第30章
 プレアの遺言

 マルコの艦ユニコルンには、マルコと艦長の不動剛馬しか乗っていない。艦やMSの
整備を始めとする雑用は全てコンピューターと、それに操られる小型ロボットによって
行なわれている。
 たった二人で世界の影を旅する艦。だが、この日は四人の客を迎え入れていた。艦橋
にやって来た彼らを、マルコは無表情に、剛馬は酒瓶を片手に挨拶する。
「よく来てくれましたね、カナード・パルス。僕の依頼を引き受けてくれた事に感謝し
ます」
「ユニコルンにようこそ、噂の傭兵ボーイ。歓迎するぞ。ほう、可愛いお嬢ちゃんも一
緒か。一杯どうだ?」
 剛馬はカナードの隣にいるメリオル・ピスティスに酒瓶を差し出す。堅物なメリオル
はまったく相手にせず、
「ミスター・フィオーレ。依頼についてですが、私達はまだお受けするとは言っていま
せん。今回はその件についてのご相談に伺いました」
 とマルコに言った。
 先日、マルコは組織の本部から、アキがシャドウ・セイバーズを雇った事を知らされ
た。戦力を増強したアキに対してマルコも傭兵を雇い、駒を増やそうとした。だが、シ
ャドウ・セイバーズを上回る実力を持つ傭兵集団サーペントテールとは連絡が取れず、
「ふん。つまり俺はサーペントテールの代用品って訳か。舐められたものだ」
 カナードは一気に不機嫌になった。かつての戦いから二年経ち、正規軍から傭兵にな
っても、プライドの高いところは変わっていない。
「仕方ありません。私達は傭兵としてはまだまだ新人。歴戦の猛者であるサーペントテ
ールと比べて、評価が劣るのは当然です」
 メリオルの意見は的確だった。
「それに私達の仕事にはミスも多い。先日の仕事ではゲリラの人質にされた依頼主が近
くにいたにも関わらずゲリラと戦って、危うく…」
「あれは、あんな所にいた奴が悪いんだよ。ゲリラから助けてやったのに感謝もしなか
ったし、報酬もケチりやがって。最低の依頼主だぜ!」
「そうでしょうか? ゲリラと一緒に殺されかけたのに、報酬を払ってくれただけでも
寛大だと思いますが」
 一度火が点いたら止まらないカナードと、グチりながらもそんな彼を理解し、懸命に
支えるメリオル。いいコンビである。そんな二人の後ろには、マルコの知らない顔が二
つ。
「二人とも、そのくらいにしろよ。依頼主の前だぜ」
 そう言った男は、なぜか艦橋に入らず、こちらに背を向けている。顔も廊下側に向け
られており、マルコやカナード達とは目を合わせようとしない。
 この男、ザフトの一般兵が着る緑色の服を着ているが、ザフト兵ではなくカナードの
仲間らしい。カナードには割と親しげに話しているが、メリオルともう一人の人物とは
会話をしようとしない。
「レオの事は気にしないでください。この人、女性が苦手なんです。ぶっちゃけ言うと
ゲイ」
「違う! か、勝手な事を言うな、イノリ・ユーミル。お、俺は女性が、に、苦手なだ
けだ、それだけ、それだけだ!」
 レオ・ゲルツェンはイノリの発言を否定したが、その口調はしどろもどろ。どうやら
女性が苦手というのは本当らしく、話をするだけでも緊張するようだ。
「あらあら、情けないですね。まあこんな変わった奴ですけど、見放さずに寛容な精神
で見守ってあげてください。こんな男でもいつかきっと、真人間になれる日が来るでし
ょう。太陽が燃え尽きるくらいまでには」
「イ、イノリ、貴様……」
 何か文句を言おうとしたレオだが、その口は回らなかった。女性が苦手なこの男にと
って、毒舌家のイノリは天敵のようだ。
 だが、レオを変人扱いしたイノリ・ユーミルも、負けず劣らずの変わり者だった。
 いや、イノリ本人は可愛い女の子だ。ウェーブのかかった金髪の長い髪、エメラルド
のような緑色の瞳。顔の右半分を白い包帯で覆い隠しているが、その包帯は彼女の可愛
らしさを引き立たせているアイテムとなっている。
 問題はイノリが『入っている物』である。彼女の体は、硬質ガラス張りの巨大な長方
形型のカプセルの中に入っていた。カプセルの下には多数の車輪を付けた移動装置があ
り、カプセルに入ったままでどこにでも行ける様になっている。
「さ、こんな女性恐怖症のおバカさんは放っておいて、カナードさんとマルコさんで話
を進めてください。私もあまり長居はしたくないですし」
「イノリさんは艦に残っても良かったんですよ。時間制限があるカプセルの中より、艦
の無菌室にいた方が楽なはずです」
「メリオル、わざわざ無菌室を作ってもらって悪いんだけど、あの部屋は狭いし壁も薄
いし、それに退屈なの。たまには外を歩かないと健康にも良くないでしょ? あ、で
も、あなたとカナードさんとのデートの邪魔をしちゃったかしら? あー、私ってバカ
バカ。気付かなくてごめんなさい」
「…………」
 メリオルは何か言いたげだったが、口には出さなかった。レオだけでなく、彼女もこ
の毒舌少女には苦労しているようだ。
 話が進まないので、マルコは奇妙な二人を無視する事にした。カナードとメリオルも
同じ気持ちらしく、レオ達の相手を酔っ払いの剛馬に任せて話を進める。
「マルコ。悪いがこの依頼、断らせてもらう」
「どうしてですか? 報酬はそちらの言い値で構いませんよ。そちらの財政事情は苦し
いと聞いています。メリオルさん、いいんですか?」
「報酬は魅力的ですが、こちらの判断は全てカナードに委ねています。カナードが引き
受けないのであれば、私の方からは何も言えません」
「そんな……。カナードさん、どうして引き受けてくれないんですか? サーペントテ
ールの代わりみたいに扱った事は謝ります。だから…」
「その事はもういい。俺がお前の依頼を引き受けない理由は、それがプレアの願いだか
らだ」
「プレア? プレア・レヴェリーの願い?」
 マルコは二年前、短い間だったが共に過ごした少年の顔を思い出した。優しい瞳をし
た金髪の少年。戦う為に作られたクローン人間という宿命に抗い、影太郎達と一緒に平
和を求めた子供。
「二年前、お前とアキって女がいなくなった後、俺はあいつと戦った。その戦いの中で
あいつは死んだ。だが死ぬ前に、あいつは俺に願いを託した」
 カナードも思い出した。二年前の戦いと、プレアの最期と、彼の遺言を。



 影太郎がネメシスと共に大気圏に突っ込んでから三日が経っていた。その間にも色々
な事があった。
 マルコとアキが去った。別れ際にアキが「さようなら」とだけ言い、二人は迎えに来
た宇宙船に乗って、行ってしまった。
 アウトフレームを盗んだレインボースターは、ロウ達にアウトフレームを返した後、
しばらくアメノミハシラの中をうろついていたが、いつの間にか姿を消していた。なぜ
かレウもいなくなっていた。
 サーペントテールについて行った夏は、影太郎の事を聞いて急いで戻ってきた。ちょ
うどマルコ達が去る直前に帰って来て、ロウ達と一緒に初めてアキの声を聞いた。夏は
影太郎の生存を信じて、吉報をじっと待っていた。
 そして今。静まり返ったアメノミハシラの工場で、プレアはドレッドノートを静かに
見上げていた。
 ドレッドノートの背中には、バルトフェルドから受け取ったデータから作られた新装
備が付けられていた。新装備は丸型の機械に四つの巨大なドラグーン・ユニットが付け
られ、アルファベット文字のXのような形になっている。Xという文字を背負っている
ようにも見えるドレッドノートを前にしたプレアの目には、哀しい色が浮かんでいた。
「どうしたんだ、プレア。緊張しているのか?」
 工場にやって来たロウが話しかける。風花・アジャーと樹里も一緒だ。
「いえ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけで、緊張はしていません。ハイペ
リオンの強化は終わったんですか?」
「ああ。強化と言ってもNジャマーキャンセラーを取り付けて、OSをそれ用に調整す
るだけだったからな。楽な仕事だったぜ」
「OSの方は8(ハチ)に任せっきりだったけどねー」
「ぐっ」
 意地悪く言う樹里に、ちょっと凹まされるロウ。二人の姿にプレアは微笑むが、風花
はプレアが心から笑っていない事に気付いていた。
「プレア、やっぱり無理しているんじゃない? カナードとの戦い、本当は気が進まな
いんでしょう?」
「…………」
「プレアが戦いを好まない、優しい人なのは知っている。どうしても嫌だったら……」
「ありがとう、風花ちゃん。でもこれは僕がやらなきゃいけない事なんだ。カナードさ
んの為にも、そして、影太郎さんの為にも」
 影太郎の名が出た瞬間、ロウと樹里の表情が曇る。掛け替えの無い仲間を失った悲し
み。耐え難い辛さだ。ロウがドレッドノートとハイペリオンの強化に没頭したのも、プ
ロフェッサーやリーアム、キャプテンGGまで仕事に打ち込んでいるのも、辛い悲しみ
を少しでも忘れる為だ。
「影太郎さんは逃げてばかりでは、いつか必ず後悔すると言いました。僕もそう思いま
す。だから僕はカナードさんと戦います。暴走しかけているあの人を止める為に」
 キラ・ヤマトという『完成品』を殺して、自分が唯一無二の『完成品』になる。それ
がカナードの目的だ。その為ならば彼は何でもやる。人類の敵であるダブルGに協力す
る事も厭わない危険な男。今ここで止めなければ、新たな悲劇の引き金になる。
「僕は決めました。新しい力を得たこのドレッドノートで、カナードさんを止める。影
太郎さんも、それを望んでいるはずです」
 プレアの目に迷いは無かった。影太郎がいない今だからこそ、強く思い、戦わなけれ
ばならない。命の灯が残り少ないプレアは、生と死の重さを誰よりも強く感じており、
だからこそ逃げ出そうとはしなかった。
 勇ましいプレアの言動は、暗く沈んでいたロウと樹里の心を少し軽くした。ロウはプ
レアの肩を叩き、
「プレア、お前、強くなったな。まるで影太郎みたいだ」
「いいえ、僕は彼には遠く及びません。もう一度、あの人と話したかったです」
「話せるさ。影太郎はきっと生きている。地球ではジャンク屋の仲間や桜道会の人達が
探してくれているし、お前とカナードの戦いが終わったら、俺達も地球に行く。必ず影
太郎を見つけて、勝利の報告をしようぜ」
「……そうですね。それが出来たら、本当にいいですね」
 それが叶わぬ望みだと知りつつ、プレアは再びドレッドノートを見上げる。
 ドレッドノート、いや、その外見と「人を助ける為に戦う」という兵器の王道を外れ
た使い方をされる事から、ロウに『Xアストレイ』と名付けられた機体は、戦いの時を
じっと待つ。



 前の戦いの傷も直されていないアメノミハシラの近宙域で、二体のMSは対峙した。
 新たな力ドラグーンを得て生まれ変わったドレッドノート改めXアストレイ。操縦者
はプレア・レヴェリー。
 対するはNジャマーキャンセラーを搭載して無限のパワーを得たハイペリオン。操縦
者はカナード・パルス。
「待っていたぜ、お前と戦えるこの時を……。プレア、お前が死ぬか、俺が死ぬか、最
後の勝負だ!」
「カナードさん、どうしても戦うつもりなんですか」
「当たり前だ。この戦いの為に、俺はお前達に手を貸してやったんだからな。それとも
影太郎やマルコとかいうガキがいないと、戦いたくないのか?」
「……いいえ。影太郎さんは必ず生きていますし、マルコさんとアキさんは自分の意志
でここを去ったんです。僕に何かを言う資格はありません」
「そういう事だ。お前の最期を見る観客が少なくなったのは残念だが、これも運命って
やつだろうな。さあ、そろそろ殺し合おうじゃないか」
 殺意と闘志をむき出しにするカナード。一方のプレアは自分でも不思議なくらい落ち
着いていた。深呼吸をした後、アメノミハシラのモニターでこの戦いを見ているロウ達
に通信を送る。
「皆さん、これから何かあっても、手出しをしないでください。たとえカナードさんが
僕を殺そうとしても、です」
 自分の死すら恐れぬ発言。ロウだけでなく、モニターを見ているプロフェッサーやリ
ーアム、樹里、風花、そしてロンド・ミナもプレアの覚悟を感じ取った。プレアはこの
戦いに命を、いや、己の全てを賭けている。
「分かった。何があっても俺達は手を出さない。だから思いっ切り戦え、プレア」
「はい。風花ちゃん、サーペントテールの皆さんにはよろしく言っておいてください」
「……分かった。劾達にはちゃんと報告するわ。君の勝利を」
 風花はプレアが勝つと信じていた。彼女の信頼を裏切りたくない。その思いが、プレ
アを更に強くする。
「遺言は終わったか? さあ、俺と戦え!」
 ハイペリオンがその銃口をXアストレイに向ける。冷たい銃口を見たプレアの心に火
が灯る。
「はい、お待たせしました。戦いましょう。僕は全力であなたを止めてみせます!」
「それでいい!」
 そして、戦いが始まった。
 ハイペリオンは無敵の光壁《アルミューレ・リュミエール》を展開した。核エネルギ
ーを利用しているからなのか、その輝きは今までのものよりも力強く感じられる。
「行け、プリスティス!」
 プレアはXアストレイの両腰から小型ドラグーン・ユニット《プリスティス》を放
つ。今までの戦いではドレッドノートの切り札として活躍してきた武器だが、そのビー
ムは《アルミューレ・リュミエール》を破る事は出来なかった。
「無駄だ! 一度展開した《アルミューレ・リュミエール》を破る方法など無い!」
 ハイペリオンは左腕の展開ユニットからビームの剣を出し、それを横に振るう。ハイ
ペリオンに近づきすぎていた二機の《プリスティス》は、容易く破壊された。
「くっ!」
 武器を失ったプレアの額に汗が浮かぶ。強い。無限の核エネルギーを得たハイペリオ
ンも、闘志を漲らせているカナードも、以前戦った時とは比べ物にならない程、強くな
っている。強敵だ。
「ハハハハハハハハハッ!!」
 笑いながら火器を乱射するカナード。乱射と言っても、狙いは正確だ。ビームサブマ
シンガンのビーム弾はXアストレイの逃げ道を塞ぎ、ビームキャノン《フォルファント
リー》の一撃はXアストレイの盾を溶解してしまった。
 この戦いを見守るロンド・ミナ・サハクが、ロウに呟く。
「完全にカナード・パルスのペースだな。このままではプレアは殺されるぞ」
 確かにこのままでは、ロンドの言うとおりになるだろう。だが、ロウはまったく焦っ
ていなかった。
「大丈夫だ。プレアにはアレがあるからな」
 ロウの目は、Xアストレイの背中に装備されたユニットに向けられていた。
 プレアも、この切り札を使う決心をした。強力すぎる武器だが、今のカナードとハイ
ペリオンはこれを使わなければ止められない。
「Xアストレイ、僕に勇気を!」
 その言葉と共に、Xアストレイの背部ユニットから四機のドラグーンが放たれた。
 Xアストレイのドラグーンユニットにはそれぞれ十門の小型ビーム砲が装備されてお
り、絶大な火力を誇る。完全に使いこなせば、たった一機で大軍を相手にし、殲滅する
事も可能だ。
 だが、プレアはこの装備を人を傷付ける為には使わない。ハイペリオンからのビーム
攻撃を相殺したり、防いだりと、防御にのみ使用している。
「ほう、なかなか強力な武器じゃないか。だが、どうして俺に向けて撃たない? まあ
撃っても無駄だがな。《アルミューレ・リュミエール》を展開している限り、ハイペリ
オンは無敵だ!」
 カナードの言うとおり、いくらドラグーンの火力でもハイペリオンの強固な光の壁は
破れない。一方、ハイペリオンの攻撃は更に正確になり、ドラグーンでも防ぎきれなく
なっている。このままではプレアの負けだ。



 戦いはカナードが優勢に進めている。だが、彼の副官であるメリオルの表情は暗かっ
た。カナードはメリオル達の援護を拒み、メリオル達が乗る母艦オルテュギアはアメノ
ミハシラから遠く離された。戦いの様子はアメノミハシラからの映像通信で伝えられて
いたが、カナードの優勢を知ってもメリオルの暗い表情は変わらない。
『彼は自分一人で戦う事を望んでいる。敗北した屈辱を晴らし、自分の力を証明する為
には、それが一番の方法だから。でも、私達はユーラシアからも、ダブルGという悪魔
からも見放された存在。誰に力を証明するというのですか? そして、力を得たその先
に何を求めているのですか?』
 メリオルにはカナードの気持ちが分からなくなった。考えてみれば、彼とは職務以外
の事を話した覚えが無い。メリオルが知っているカナード・パルスという人間は、軍人
としてのカナード、MSパイロットとしてのカナードだけ。
『彼の事をもっと知りたい。いえ、知らなければならない。これから先、彼と一緒に生
きる為にも。だから、私達の所へ帰って来てください、カナード』
 メリオルはカナードの生還を願った。『勝利』ではなく『生還』だけを望んだ。



 しかし、カナードはメリオルの思いを知らず、戦い続けていた。プレアに攻撃を防が
れても、それさえも楽しむかのように更なる攻撃をする。その繰り返しだ。
「ハハハハハッ、いいぞ、戦え、プレア! 強い敵と戦い、勝利する。それが俺の生き
る理由、存在する証だ!」
「あなたには戦いも勝利も必要ありません。あなたは人々の永遠の理想、高い希望を託
された人間、スーパーコーディネイターでしょう。だったら…」
「違う! その失敗作だ!」
 コンプレックスを刺激されたカナードの攻撃の勢いが増す。ビームサブマシンガンの
連射は更に激しく、正確なものになり、変幻的なドラグーンの動きさえ捉え始めた。
「はっ、見ろ、この力を! こんな能力、戦う事以外に何に活かせる! お前には分か
るまい。生まれながらに特殊な能力を持っているお前には、不完全な能力を与えられ、
失敗作と断定された者の気持ちなど!」
 いや、それは違う。プレアにはカナードの気持ちがよく分かる。
「……分かります。僕も失敗作ですから」
「なっ!?」
「影太郎さんには言いましたけど、僕はクローンです。空間把握能力を持った、連合の
MAパイロットのクローン……。彼の力を大量に得る為の手段として、僕は軍の手によ
って作られました」
 だが、この計画は失敗に終わった。クローン達の寿命はとても短く、多くの者は生ま
れてすぐに死亡。奇跡的に生き延びた者も、どんなに長く生きても十歳前後で死ぬと判
明した。
 プレアは軍の研究施設に幽閉された。実験動物とするには体力が無く、作り出すのに
多額の予算が使われている為、簡単に始末する事も出来ない。何の役にも立たない哀れ
な存在として扱われていたプレアを保護したのが、軍の関係者から彼の噂を聞いたマル
キオ導師だった。
「僕は戦う為の道具にもなれなかった失敗作です。でも、そんな僕にマルキオ導師は優
しくしてくれました。死の運命に負けず、最期の時まで輝かせろ、と」
 マルキオはプレアを一人の人間として認め、彼に使命を与えた。そして、その使命の
中でプレアはロウや影太郎達と出会い、友達になった。兵器として生まれた命は、一人
の人間として輝いたのだ。
「僕は兵器として作られました。でも、僕は人を傷付けるのは嫌だ! だから僕は運命
に抗います。熱く激しく燃えて戦った、影太郎さんのように!」
「はっ、バカな事を!」
 プレアの決意を、カナードは鼻で笑った。過酷な人生を送ってきた彼から見れば、プ
レアの考えは甘過ぎるものだった。
「なるほど、確かに俺達は『同じモノ』らしい。だが、貴様と俺とでは決定的に違う事
がある。俺は自分の運命を受け入れて、更に先を目指している。スーパーコーディネイ
ターを超えるという先をな。貴様のように生温い世界に逃げた臆病者とは違う。現実を
見ろ、プレア・レヴェリー! 所詮、俺達は戦う事しか出来ないんだ!」
「…………違います。それは、絶対に違う!」
 カナードの考えを否定し、叫ぶプレア。もし影太郎がこの場にいたら、きっと自分と
同じように言っただろう。プレアはそう確信していた。
「僕もあなたも戦う為に作られた存在です。でも、だからといって戦う為に生きる必要
はありません。自分がどう生きるのか決めるのは自分の意思、自分自身で決めるべきな
んです! あなたの能力をどう使うかはあなたが決める事、いえ、決めなければならな
いんです!」
「違うな。生まれ持った運命を消し去る事など、誰にも出来ない! 自分の意志で決め
られる事は、自分の敵を見定め、戦う事だけだ! お前なら理解できると思ったが、所
詮は平和に馴らされたガキか。あの生意気な影太郎とかいうガキと同じだな!」
「あなたは影太郎さんの事を何も分かっていない。あの人はずっと戦い続けていた。僕
達よりも過酷で、無残な運命を、それでも一生懸命に生きていた。いや、今も生きてい
るはずです!」
 プレアは影太郎の生存を信じていた。だから彼は戦うのだ。生きているはずの彼に恥
じない戦いを、生き方を貫く為に。
「僕はあの人から教えられました。戦う事の辛さと重さ、そして本当の意味を。カナー
ドさん、僕は僕の能力を、あなたが否定した平和な暮らしの中で生きる人達を守る為に
使います。それが僕が、僕の意志で決めた事です。影太郎さんのように知恵と勇気と根
性を振り絞って、人の想いを守る為に、僕は戦う!」
「甘っちょろい事を言うな! 人の想いだと? そんなもの……!」
「あなたは気付いていない。あなたも人々の想いの中で生きている事を、あなたを大切
に想っている人がいる事を。それを知ってもらう為にも、僕はあなたに勝つ! あなた
への想いも守る為に!」
 Xアストレイのドラグーンが四方に飛び、ハイペリオンの上下左右に付く。そしてビ
ームを発射。ビームの粒子線が再成形されて、全周囲に及ぶ巨大なビームバリアを作り
出した。そして、ビームバリアは《アルミューレ・リュミエール》を展開しているハイ
ペリオンを包み込んだ。
「なっ、何だこれは!?」
 二重の光の壁に閉ざされ、戸惑うカナード。動揺する彼にプレアは静かに答える。
「これが僕の想い。あなたを包む。あなたはそのハイペリオンと同じように全てを拒む
殻を作って、人と隔たりを作っている。僕はあなたの殻を無理に開けようとは思いませ
ん。ただ、あなたの全てを包み込むだけです」
「ふざけるな! こんなもの!」
 怒るカナードは、ハイペリオンのビームサブマシンガンを連射する。だが《アルミュ
ーレ・リュミエール》をすり抜けるはずのビーム弾は光波シールドを突き抜けず、消え
てしまった。
「弾が外に撃てない……。モノフェイズシールドが機能しないのか?」
 ハイペリオンの《アルミューレ・リュミエール》は相手の攻撃を完全に防ぎ、ハイペ
リオンの攻撃は外に出すという、モノフェイズ(単位相指向型)機能を持っている。だ
が、そのビームの波長は極めて特殊かつ繊細なもので、波長が少しでも乱れるとモノフ
ェイズ機能は発揮されない。ハイペリオンを外から包み込んでいるXアストレイのビー
ムシールドの波長に干渉されてしまい、機能しなくなってしまったのだ。
「くっ、こんな、こんなバカな事が、あってたまるか!」
 カナードはハイペリオンを全速で飛ばした。Xアストレイとの距離を取り、包囲して
いるドラグーンも振り切るつもりだ。
「待ってください、カナードさん! 逃げないで!」
 追うプレア。両機はアメノミハシラに向かって突き進む。
「カナードさん、止まってください! このままだとアメノミハシラにぶつかりま
す!」
「うるさい!」
 ハイペリオンはそのまま突き進み、アメノミハシラの上層部に激突した。二重のシー
ルドに守られているハイペリオンは無傷だが、アメノミハシラは大きく損傷してしまっ
た。無人のブロックだったから良かったものの、ロウ達がいる箇所にぶつかったら大惨
事になっていた。
「カナードさん、もう止まってください! これ以上、争いや破壊をしないで!」
 必死に呼びかけるプレア。その声の暖かさはカナードの心を揺らす。
「……! 暖かく、そして、強い。これが……想いの力なのか?」
 その暖かさに素直に身を委ねればいいのかもしれない。だが、カナードの戦士として
のプライドがそれを拒んだ。
「くっ、俺はそんなモノ、認めないぞ! このハイペリオンで吹き飛ばしてやる!」
 ハイペリオンは背部の《フォルファントリー》を撃つ態勢に入る。ハイペリオン最強
の武器であるこの二門のビームキャノンで全てを吹き飛ばすつもりだ。
「! だ、駄目だ、そんな事をしたら、カナードさん!」
 驚くプレア。カナードがやろとしている事は自殺行為だ。いくら高出力の兵器を撃っ
ても、光波シールドのモノフェイズ機能は戻らない。それどころか強大すぎるエネルギ
ーは消滅されず反射され、ハイペリオンに返ってしまう。
「止めろーっ!!」
 珍しく激しく叫ぶプレア。だが、その叫びはカナードの耳には届かなかった。
「全てを壊せ、ハイペリオン!」
 カナードの憎悪と苛立ちを受けた《フォルファントリー》から、強烈なビームが発射
された。だが、結果はプレアの予想どおり。光波シールドに阻まれ、行き場を失ったビ
ームエネルギーは光波シールドによって包み込まれた空間に跳ね返り、そして暴走。空
間にいたハイペリオンをズタズタにする。
「ぐあああああああああっ!!」
 自らの攻撃によって、ボロボロになっていくハイペリオン。その振動はカナードにも
伝わり、彼の心にもダメージを与える。
「自分の撃った弾でやられるとは……。こんなバカなミスをするとは、所詮、俺は失敗
作という事か」
 ハイペリオンの右腕は失われ、《フォルファントリー》も破壊された。《アルミュー
レ・リュミエール》の発信機も全て壊れてしまい、もう光波シールドを展開する事は出
来ない。
「これで、終わりか……」
 そう覚悟したカナードの脳裏に、ある少年の顔が浮かぶ。自分達に協力すればハイペ
リオンを強くして、プレアと戦わせてやるなどと言った、何を考えているのか分からな
い少年。あいつはこの結末を予想していたのだろうか?
「だとしたら、俺はあいつの手の上で弄ばれたようなものだな。宇流影太郎、か。プレ
アといい、あいつといい、俺はガキとは相性が悪いらしいな……」
 自嘲するように笑うカナード。ハイペリオンに搭載した核動力炉から、危険を告げる
アラートが響く。大破した衝撃で核エンジンが暴走しているのだ。あと数分で、Xアス
トレイやアメノミハシラを巻き込んで大爆発するだろう。
「…………ふん。確かに俺は負けた。だが、負け犬には負け犬の意地がある!」
 カナードはハイペリオンの状態を素早く点検した。武器は全て失われており戦闘は無
理だが、機体はまだ動く。
「充分だ!」
 そう言ってカナードは、ハイペリオンのオートパイロット機能のプログラムを調整し
た。これはパイロットが重傷を負ったり、機体を動かせなくなった時の為にある程度、
自動的に動いて基地に帰還する為のシステムなのだが、カナードは帰還先を遥か遠くの
宙域に設定した。ハイペリオンが爆発するまでの時間を逆算して、誰もおらず何も無い
虚空の宙域で爆発するようにした。
「これでいい。そして、俺も……」
 最後の意地を見せて、ハイペリオンと共に逝こうとしたカナードだったが、そこへX
アストレイがやって来た。
「カナードさん、無事ですか!?」
「プレアか。何しに来た? まさか俺を助けようと言うんじゃ…」
「ええ、助けます。あなたを死なせはしません。それに僕はもう、誰かが死んだり、命
を投げ出すのは見たくない!」
 プレアの心には、大気圏に飛び込んで消えたネメシスとリトルフレームの姿が焼き付
いていた。あんな光景はもう見たくないし、せっかく分かり合えた人を失うのも嫌だ。
「早く、脱出してください!」
「…………」
 カナードは一瞬だけ迷った。自分は生きてもいいのだろうか。最高のコーディネイタ
ーにはなれない自分が生きる理由はあるのだろうか? 分からない。だがらそれを知り
たくなった。生きてみたくなった。
「…………プレア!」
 カナードは自分を想ってくれた少年の名を呼び、ヘルメットのバイザーを閉じて、ハ
イペリオンの操縦席から飛び出した。その直後、ハイペリオンのオートパイロット機能
が作動。爆発寸前のハイペリオンは、最後の力を振り絞るかのように飛び去った。
 数分後、闇しか存在しない宙域で光が弾け飛んだ。ハイペリオンの戦いは、こうして
幕を閉じた。そして、Xアストレイも。



 Xアストレイとハイペリオンの戦闘に巻き込まれたアメノミハシラは、各所にダメー
ジを受けてしまった。外から見ると崩壊寸前だ。
 だが、傷付いたのは外装や一部の施設だけで、居住区や工場などは無事だった。
「このアメノミハシラは、オーブの再建を影から支える力となる。失うわけにはいかな
いからな」
 ロンド・ミナ・サハクは力強くそう言った。ダブルGを手を組むという過ちを犯し、
弟ギナを失い心に傷を負ったミナだが、もう大丈夫そうだ。彼女の本当の戦いは、これ
から始まるのだ。
 だが、その一方で、戦いという名の人生を終えようとしている者がいた。
 アメノミハシラの医療センターの一室には、ロウ達が集まっていた。キャプテンGG
もユナが持っている簡易携帯型の映像装置を通じて、ベッドに横たわっている少年の顔
を見ている。
 横になっている少年はプレアだった。カナードとの戦いを終えて帰還した直後、駆け
寄ってきたロウ達の前で倒れ、ここに運ばれたのだ。
「うっ、ううっ……」
「プレア……」
 苦しむプレア。その顔を見た風花の目に、涙が浮かぶ。プレアの顔は憔悴しきってお
り、顔色も死人のように色を失っている。プレアの手を握ると、とても冷たい。体温も
下がっているのだ。
 医者の話では、プレアの肉体の細胞が急速に崩壊しているらしい。今まで我慢してき
たらしいが、カナードとの壮絶な闘いで心身ともに衰弱し、崩壊のスピードが一気に増
してしまったのだ。
「お前は、命を削ってまで俺と戦ったのか……」
 カナードの顔が曇る。彼の隣には、オルテュギアから駆けつけたメリオルがいた。泣
き出しそうなカナードの手を、そっと握るメリオル。暖かい手だった。
「カナード、さん……。気にしないで、ください、こうなる事は分かって、いましたか
ら……」
 細胞が壊れていく痛みで苦しいはずなのに、それでもプレアは自分より他人の事を気
にしている。プレア・レヴェリーとは、そういう人間なのだ。
「カナードさんは無事、なんですね。良かった……。あ、そこにいるのは風花ちゃん、
だね…?」
「うん、プレア。アタシはここにいるよ。みんなもいるよ。ロウも、樹里も、8(ハ
チ)も、プロフェッサーも、リーアムも、夏さんも、フィアも、ユナも、キャプテンG
Gも、みんないるよ」
「…………ええ、分かります。みんなの暖かい心が伝わってきます……。風花ちゃん、
手を、握ってくれませんか。もう、目が良く見えないんです……」
 風花はプレアの冷たい手を握った。その上にカナードが手を重ねる。そうせずにはい
られなかったのだ。
「影太郎さんとマルコ君、アキちゃんはいないんですね……。残念です。マルコ君とは
もっと話をしたかったですね。彼も、色々と何かを抱えているみたいだったから……」
「もういい、喋るな」
「風花ちゃんとカナードさん……の手、暖かい……。僕は一人じゃない。みんなも、カ
ナードさんも一人じゃない。人と人は、想いの力で繋がっているんです」
「こんな、俺でもか……?」
 カナードのその言葉に、プレアはこっくりと頷いた。もうほとんど見えないプレアの
目にも、カナードの反対側の手を握っているメリオルの手は、しっかり見えた。それは
命が燃え尽きる直前に起きた奇跡。
「皆さん、本当に、お世話になれました。影太郎さんにも、よろしく言っておいて……
ください」
 プレアは影太郎との再会をロウ達に託した。本当は自分で会って、言いたい事がたく
さんあるはずだ。だが、それはもう叶わない望み。ロウは何も言わず、こっくりと頷い
た。樹里や夏、ユナも涙を流しながら頷く。
「カナードさん、お願いが、あります……。あなたの力は、人の為に、使ってくださ
い。勝手なお願いですが、そうすればきっと、あなたへの想いは……繋がって、あなた
の力に…なって……く……れ…………」
 それがプレアの最後の言葉だった。短い間だったが、己の運命と戦い続けた少年の命
の火は、ここに燃え尽きた。



「そういう訳だ。だから俺はお前の力にはなれない。悪いな」
 少し長い話を終えたカナードは、マルコにそう言い切った。だがマルコは諦めず、
「カナードさんが傭兵をしている理由は分かりました。プレアの最後の願い、人を守る
為に戦う道を選んだんですね。でも、僕も守ってほしいと思っています。なのにどうし
て…」
「そうかな? 俺にはお前が『守ってほしい』と思っているようには見えないぜ」
 カナードは冷たい視線でマルコを睨む。
「お前は俺を戦力として利用するつもりだ。いや、俺は傭兵なんだから、それは別にい
い。問題なのは、お前が俺に守ってもらうつもりが全然無いって事だ。俺を必要として
いない奴の為に戦う気にはなれない。それだけだ」
「そ、そんな事は……」
「あるなあ。うん、あるある、確かにあるぞ。はははははははははっ!」
 酔っ払った剛馬が、マルコの言葉を遮った。
「この前もこいつは一人で軍の基地を攻撃したんだよ。俺の助けなんかいらない、まっ
たく当てにしていない。そんな冷たい奴の為に命を張る気にはなれないよなあ。ああ、
まったくもって、カナード君が正しい! はははははははははははっ!!」
「ふん。だが、その酔っ払いの言うとおりだ。俺はお前の力にはなれないし、なるつも
りも無い。じゃあな」
 そう言ってカナードは艦橋から出て行こうとした。メリオルもその後に続く。
「? レオ、イノリ、どうした。帰るぞ」
 艦を去ろうとしたカナードとメリオルに対し、レオとイノリは動こうとしなかった。
「カナードさん、俺はこの艦に残ります」
「私も残るわ。こっちにいた方が面白そうだし」
「なっ……!」
 驚いたメリオルが何か言おうとしたが、
「そうか。分かった、好きにしろ」
 カナードはあっさり承諾した。
「元々お前達は俺の正式な部下じゃない。レオは三日前に砂漠で、イノリは一週間前に
オアシスで拾った、ただの居候だ。どこへ行こうと俺に止める権利は無い。いつでもど
こへでも、好きな時に好きな場所に行けばいい」
「はい。ありがとうございます」
 レオは深々と頭を下げる。礼儀正しい男だ。
「ありがとう。あ、私の無菌室だけど、もういらないから壊してもいいわよ。経費はそ
っち持ちで」
 移動式カプセルの中にいるイノリは、図々しい事を言った。もちろんこの後、メリオ
ルと激論になり、結局費用は半々という事になった。
「という訳で、これからよろしく頼みます、マルコさん。MSの操縦には自信がありま
す。役に立つと思いますよ?」
「私は戦闘は得意じゃないけど、でも私も役に立つと思うわ。今ならお買い得よ? ふ
ふふふっ」
 こうしてユニコルンに奇妙な乗員が二人、加わる事になった。この後、マルコ達はイ
ノリ用の無菌室を作る為に一苦労するのだが、それはまた別の機会に。



「レオ・ゲルツェンとイノリ・ユーミルか。ノーフェイス、君もなかなか面白い奴らを
選んだね」
「恐れ入ります」
 テラスに設けられた豪華な椅子に座り、紅茶を飲みながら話す主に、ノーフェイスは
頭を下げた。ちなみに今日はいつもの銀仮面ではなく、人間の顔をしている。偉そうな
人相や着ている服から推測すると、どこぞの大会社の社長か重役か。
「女性恐怖症のレオと、無菌室に引きこもってばかりのイノリ。この二人を一緒の艦に
乗せるだけでも面白いのに、同じ艦にマルコや不動剛馬もいるんだからねえ。これで何
か起きなかったら、僕は神様を訴えるよ」
「両名とも性格に問題はありますが、腕は確かです。あの二人がいれば、シャドウ・セ
イバーズの協力を取り付けたアキ・ミツルギとも互角に戦えるでしょう」
「うん。ゲームマスターが必要以上に介入するのはよくないけど、これもゲームを盛り
上げる為だ。今のマルコじゃ、仲間になってくれそうな人間なんていないし」
「よろしいのですか? もしマルコが勝てば、あのような問題を持っている男が組織の
最高幹部に…」
「ならないよ。彼が勝つ確率は極めて低い。カテリーナには悪いけど、マルコ・フィオ
ーレは幹部にはなれない」
 組織の将来を不安がるノーフェイスに、メレアはそう断言した。
「どうしてかって? 理由は第一の試練を見れば分かるよ。それよりノーフェイス、本
命のゲームの準備は進んでいる?」
「はっ。エンキドゥ・カンパニーを隠れ蓑にして、ブルーコスモスやリ・ザフトへの資
金提供、ロゴスの内部調査。どれも問題ありません」
「ならいいんだ。間もなく本番だ。ミスは絶対に許されない。いいね?」
「はっ、心得ております。全てはこの世界を救う為に。偉大なる大総裁メレア・アルス
トル様の為に」
 ノーフェイス、いや、エンキドゥ・カンパニーの社長秘書にして社長代行も勤めるミ
シェイル・ホーガンはそう言って、真の主に頭を下げた。世界屈指の大企業の社長代行
が、子供に深々と頭を下げている。世界の経済を知る者が見れば、心底から驚く光景だ
った。
 こうしている間にもユニコルンは、組織が助っ人として送り込んだ二人を乗せて、姿
を隠しながら飛ぶ。何処へ? それはまだ、誰も知らない。



 美しい花が咲き乱れる花園で、一人の男と三人の少女が遊んでいた。
 少女は花輪を作り、それを見せ合って、出来を競っている。ただ一人の少年は少し離
れた所から三人の少女を見ている。
 そこへ大きな影が現れた。それは四本の足で立ち、たてがみを生やした獅子の影だっ
た。だが、普通の獅子のような毛は生えておらず、動きも少しぎこちない。まるで、
「ロボットのライオンか」
 様子を見に来たロマノフが呟く。彼の言うとおり、謎の獅子はロボットだった。本物
の獅子とは違う金属製の肌と手足、そして勇ましいたてがみ。動物の獅子とは違い、人
工的に作られた物ではあるが、それ故に一切の無駄が無い。そんな理想的な体は金色に
塗られており、本物の黄金のように輝くその姿は、芸術品のように美しい。
「あ、ゴルド。ウジ虫以下のロボット虫」
「マゴット、変な事を言わないで。でもホントだ。ゴルドだ、ゴルドが来てくれた。わ
ーい、わーい! 私、ゴルド大好き!」
「ゴルドが来てくれた。これはダブルG様からの、ううん、ダブルZ様からのプレゼン
ト? あ、違う。ダブルZは私。私達みんなダブルZ。ややこしい」
 相変わらずなマゴットと、子供のように無邪気にはしゃぐエウテルペ。そして、邪神
への忠誠は変わっていないクロナ。この四人にもう一人、
「ゴルドか。警護、ご苦労」
 ナイン・ソキウスと呼ばれるこの少年を加えた四人。この四人こそダブルGの後継者
にしてダブルGをも超える悪魔、ダブルZ。ゴルドはダブルZである四人を守る為に作
られたロボットだ。
 四人はゴルドを遊び相手に、花園でしばしの時を過ごす。平和な光景だった。外から
見ているロマノフでさえ和む光景だ。
 だが、審判の時は確実に近づいている。人類を滅ぼそうとする悪魔達のペットロボッ
ト、ゴルド。その緑の目に映るのは、無邪気に遊ぶ四人の少年少女。彼らこそが人類に
破滅をもたらす者。それでもゴルドは、この四人を守る。それがゴルドの存在意義であ
り、運命だから。

(2008・5/24掲載)
第31章「真実を追う者」に続く

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