PHASE−02
 火星から来た魔女

 コズミック・イラ77。
 地球の人々がようやく訪れた平和を噛み締める一方で、モビルマフィアの暗躍に恐怖
していた頃。ここ火星では激しい戦いが繰り広げられていた。
 火星の御剣(みつるぎ)。そう名乗るテログループによって、火星の各コロニーの重
要施設が次々と破壊されていた。酸素生成センターや食料工場など生命維持に関わるよ
うな施設こそ避けられていたが、それでも彼らの破壊活動は激しく、多くの人命が失わ
れていた。
 火星に作られたコロニー群はそれぞれ自治を行なっていたが、火星の御剣に対しては
共同で対処する事を決定。住民達も協力し、当初は逮捕は時間の問題だと思われた。
 しかし数こそ少なかったものの、火星の御剣には凄腕パイロット達が集まっていた。
また彼らが所有するMSはいずれも高性能で、ようやく生産体制が整ったばかりの火星
製MSでは歯が立たなかった。
 捜査網を巧みに潜り抜けて、時には正面から突破して、施設を破壊する。火星の御剣
の手並みは実に鮮やかで、それ故に人々は彼らに恐怖した。
 また、人々の恐怖を煽ったのが「火星の御剣は地球から送り込まれた破壊工作班」と
いう噂である。火星に住む人達は、過酷な環境で苦労している自分達よりも恵まれた地
球の人々を嫌っていた。自分から火星に来た開拓者世代はまだしも、火星で生まれ育っ
た若者達の中には、地球人を「自分達が命がけで採取した資源を貪る寄生虫だ」と敵視
する者が多かった。
 そんな風に嫌っていた相手から刺客が送り込まれた。火星の御剣の活動は若者達の地
球に対する反感を高め、地球への反撃を公言する者さえ現れた。
 これを押さえ込んだのが、ユア・フレンド教団である。三年ほど前に火星で誕生した
この新興宗教は、カリスマに溢れる教祖ミランダ・レアーの指導の元、またたくまに火
星全域に広まった。民衆だけでなく政治家も信徒となり、火星を牛耳る大組織となって
いた。
 教祖ミランダは、信者達に過激な行動を控えるように求め、政府筋からは地球への攻
撃の無意味さを訴えた。しかしそれは地球との共存を唱えるものではなく、微妙な言い
回しで誤魔化してはいるが、今は戦力不足だから控えるべしという内容だった。かつて
地球を敵視する発言を繰り返し、人々の反地球感情を煽ったこの老婆の考えは、まった
く変わっていなかった。
 火星の人々はミランダの言葉に従い、反地球的な発言は少なくなっていった。だが、
火星の御剣によるテロは収まらず、遂にはユア・フレンド教団の施設まで襲われ、教団
の幹部が多数殺されるという事件が起きた。表向きだけとはいえ、地球との争いを避け
ようとするユア・フレンド教団まで狙うとは。人々は火星の御剣の非情さに恐怖した。

 ベルウィック・コロニー。ここは火星のコロニー群の中でも最大級の大きさを誇って
おり、火星の政治・経済・文化の中心地となっている。
 火星コロニーにしては広大なコロニー内の居住区。その外れに古ぼけた公民館があっ
た。建設されてからほとんど使用されておらず、しかし邪魔になる場所にもないので、
住民は解体などを訴えたりせず、そのままになっていた。
 町の風景の一部になっていたこの公民館が、その日、いきなり爆発した。町にまで届
く程の爆発音の後、コロニーに潜入していた数機のMSが降り立つ。
 直ちにコロニー警備軍のMSガンマーズが出動する。ガンマーズは火星製MS第一号
デルタ(別名デルタアストレイ)のコンセプトを受け継いだ機体である。量産型とはい
えその性能は低くはなく、スペックでは地球製量産型MSで最強と言われるディストラ
イクと同等である。
 しかし、火星軍のパイロットは戦闘に関しては練度が低く、経験豊富な火星の御剣の
敵ではない。ガンマーズはその優れた性能を充分に発揮する間もなく、次々と落とされ
ていった。
「はっ、どいつもこいつも弱すぎる。歯応えが無くて退屈だぜ」
 シュトゥルムガンダムの高出力バスターライフルでガンマーズの翼を貫いた後、ステ
ィング・オークレーは愚痴をこぼした。完全に気が抜けた表情をしている。
 火星の御剣のサブリーダーとは思えない不真面目さに、アヤセ・シイナは顔を歪め
た。愛機バンダースナッチの剣で地上の敵機を切り裂いた後、通信を送る。
「スティング、気を抜き過ぎよ。確かにパイロットはまだまだだけど、機体の方は性能
が上がっているわ。油断していたら落とされるわよ。せめて作戦が完了するまでは落ち
ないでよね」
「へいへい。ったく、アヤセちゃんは真面目だねえ。火星の御剣のお仕事に関しては、
全然乗り気じゃなかったくせに」
「そう、アヤセは真面目。だから頼りになる。ステラ、アヤセの事、頼りにしてる」
 ガイアガンダムのビームサーベルでガンマーズの体を横に両断しながら、ステラ・ル
ーシェはそう言った。無垢なステラの言葉にアヤセは少し赤くなる。
「わ、私の事はいいんです。今はスティングの不真面目さを問題にしているんです。ダ
ンさんに指揮を任されたんだから、せめてあの人が戻って来るまではもう少し真面目に
…」
「分かってるって。ダンにサボって仲間を見捨てたなんて、怒られたくはないからな。
お前らは絶対に守ってやる。けど、守る必要なんて無いだろ。特にあいつは、今じゃ俺
より強いし」
 スティングはそう言った直後に、シュトゥルム背部の無線誘導式ガンバレルを放ち、
接近してきたガンマーズを攻撃。四機のガンバレルを巧みに動かし、迫る敵機を次々と
撃ち抜き、爆発させた。
「よおし、命中! ギア、これで片付いたな?」
「調べます」
 指示を受けたギアボルトは、チェシャキャットのレーダーで周囲を探索する。
「はい、これで全滅です。敵の増援、今のところ反応ありません。ですが油断は禁物。
ダンが戻るまで、引き続き警戒態勢を行なってください」
「了解」
「了解」
「りょーかい、っと」
 ギアボルトの冷静かつ的確な指示にステラはもちろん、ギアボルトをライバル視して
いるアヤセも、組織のナンバー2であるスティングも素直に従う。これではどちらが上
司か分からないが、スティングはまったく気にしていない。生きる為には正しいと思う
事をやり、的確な指示には従う。これが戦場で長く生きるコツだからだ。
『雑魚は片付いた。あとはうちの大将のお手並み次第だな。久々の親子の再会か。あま
りいい気分じゃないだろうな。なるべく早く話を済ませて戻って来いよ』

 スティング達の攻撃によって破壊された公民館の地下には、広い地下施設があった。
攻撃の影響で施設の大半は瓦礫に埋まり、道も塞がっていた。
 狭くなった通路を、一人の少年が駆けていた。道端に転がる白衣を着た死体に目をや
るが、それも一瞬。瓦礫の隙間を潜り抜け、少年は地上への出口を目指す。
 苦労の末に少年は、施設の奥にある非常口にたどり着いた。だが、ごく限られた者し
か知らない筈の門の前には、一人の男が立っていた。
「やはり生きていたか。待ちかねたぞ」
 金色の右目と黒い左目で、男は少年を睨んだ。その眼光にある感情は唯一つ、嫌悪の
み。
 少年の方はというと、男の出現のあまり驚いてはいなかった。むしろ納得したかのよ
うに、不敵に微笑む。
「まさか君が直接来るとはねえ。僕がここにいると分かったから、攻撃してきたのか
い?」
「当然だ。ついでにこの研究施設も潰せるしな。ここの実験室を見たが、噂以上のイカ
レっぷりだな。よくもこんな外道な真似が出来るものだ」
「イカレている? 外道? 何言ってるのさ。ここでやっていた事は君の研究の再評
価、つまり昔、君がやっていた事じゃないか。懐かしかっただろう?」
「……………………」
「答えないのは図星だからかな? くくっ、僕は見てて懐かしかったよ。人を人とは思
わず、実験動物、いやそれ以下に扱って殺していく。ここの研究者達も前は普通の人間
だったけど、君と同じ事ばかりやっていたからか、君みたいになっていったんだ。冷酷
で非情で、目的の為なら手段を選ばない。実の妻や子さえ平然と殺す外道にね。アハハ
ハハハハハハッ!」
 少年の笑い声と共に、乾いた銃声が響き渡った。オッドアイの男が放った銃弾は、少
年の眉間を見事に貫いていた。が、
「ったく、いきなり撃つなんて失礼だな。ちょっとからかったぐらいでキレるなんて、
短気なところは相変わらずだね」
 少年はまだ生きていた。まったく痛みを感じていないらしく、平然としている。
「その落ち着きよう、やはり貴様もクローンだったか」
「正確にはクローン精製技術で作った端末、生きた情報収集装置さ。パーフェクトクロ
ーンで作った端末より完成度は低いし、身体能力も低くて、寿命も一年ぐらいしか持た
ない。ま、君達の目を眩ませるには充分だけどね」
「相変わらずしぶといな。いや、生き汚いと言うべきか。そうまでして生きたいのか、
メレア・アルストル」
「当然だろ? 自殺なんて馬鹿のやる事だし、自分から死を選ぶ理由なんて僕には無
い。だったら何が何でも生きてやるさ。それに君が死なない内は死ねないよ。父親に逆
らった愚かな息子の死を見届けないと、死んでも死に切れない。そっちも同じ気持ちな
んだろう? だからこんな所まで僕を追いかけてきたんだ。執念深い所は僕に似ている
ね。腹が立つよ、デューク。いや、ダン・ツルギと呼ぶべきなのかな?」
 本名を呼ばれたダンは、悲しげな顔になる。デューク・アルストル。その罪深きその
名から逃れる事は出来ない。だが、今の彼はデューク・アルストルではあって、そうで
はない。デュークの罪を背負い、その償いの為に生きる男、ダン・ツルギだ。
 火星の御剣を率いて、火星の各地に隠されていたユア・フレンド教団の秘密基地や研
究施設を次々と潰しているのも罪を償う為。デュークがやり残した最大の罪、『父親殺
しの失敗』を今度こそ成功させる為だ。メレア・アルストル、この男を殺さない限り、
火星にも地球にも平和は来ない。
「ま、いいさ。今回は僕の負けだ。ここの施設は破棄するよ。これで君達はますます悪
名を高めるね、おめでとう。火星の御剣に幸あれ、そして、地獄に落ちろ」
 そう言ってメレアは倒れた。そして、まったく動かなくなった。
「端末の生命力がもう尽きたのか。昔のよりは持たないというのは本当らしいな」
 ダンは銃を仕舞い、非常口から地上に戻った。本当のメレアは火星の何処かで、この
様子を見て笑っているのだろう。火星と地球の戦争を煽る事も面白がっている。忠実な
部下であるミランダを使って、人々の地球への不信と不満を募らせ、爆発させようとし
ている。
 だが、そうはさせない。地球にいる多くの友の為にも、メレアの好きにはさせない。
「スティング、目標は始末したが、またハズレだった。…文句は後で聞いてやる。脱出
するぞ。コロニーの外で待機しているアグニス達に、手筈通りにしろと連絡を入れろ」
 今回の作戦は成功したとは言えなかった。非人道的な実験を行なっていた研究施設は
潰したが、それはメレアを倒すついででしかない。またメレアの居場所を探る日々が始
まる。
 ユア・フレンド教団に支配されたマスコミの情報規制によって、火星の御剣は悪役に
され続けている。ユア・フレンドの悪行を唱えても無視され、何も知らない火星の人達
からは恐れられ、嫌われる一方だ。しかし、それでもダン達は戦い続ける。それが彼の
償いだから。
「ギアボルト、ステラ、お前達は退路を確保してくれ。出来るな?」
「出来ます。基地で待っているステファニーの為にも、貴方を生きて連れ帰ります」
「ステラ、ギアボルトを手伝う。大事な仲間だから」
 頼もしい少女達の言葉を聞き、ダンは足を進める。その頭の中では、既に次の計画が
纏められていた。今度こそ奴を追い詰める、必ず!



 コズミック・イラ99、地球。
 NO WARに対するテン・ヤマトの宣戦布告は、世界を震撼させた。大西洋連邦や
オーブ共和国、ムーン・キングダムなどの列強国でさえ迂闊に逆らえない戦力を有する
NO WARに対して、堂々と喧嘩を売ったのだ。人々が注目しない筈がない。
 各国はもちろん、喧嘩を売られたNO WARも黙ってはいない。テン・ヤマトの行
方を探ると共に、彼について調査が行われた。
 テン・ヤマト。第一次、第二次C.E大戦の英雄キラ・ヤマトとラクス・クラインの
間に生まれた子で、三人兄弟の長男。現在19歳。両親に愛されて育てられ、プラント
で最高の教育を受けて鍛えられた。知力、体力、共に優秀でプラントのコーディネイタ
ーの中でもトップクラス。高名な両親の名に恥じない、プラントの次世代を担う若者と
評価されていた。
 しかし一年前、突然失踪。弟と妹も姿を消し、父親のキラは当時務めていたプラント
の最高評議会議長の座を辞職。妻ラクスと共に片田舎に隠居してしまった。
 ヤマト一家の離散と異変については、当時から「何かあるのではないか?」と言われ
ていた。しかしヤマト夫妻は沈黙を保ち、子供達の行方も分からなかった。ヤマト夫妻
の親族であるオーブのアスハ家や、キラの友人達もまったく動かず、その様子はむしろ
不気味なくらいだった。
 だが、遂にその謎が明かされた。全てはこの為だったのだ。テン・ヤマトは、いやヤ
マト家はNO WARと戦うつもりなのだ。人々はそう考え、プラント政府はヤマト夫
妻を厳重な監視下に置いた。今までの功績を考慮して逮捕こそしなかったものの、夫妻
は自宅に軟禁され、外部との連絡が取れなくなってしまった。
 しかしキラもラクスも、まったく動じなかった。44歳となり、渋みを増したその表
情はこの苦境をむしろ楽しんでいるかのようだった。妻のラクスも同様で、二人で居間
のソファーに腰を下ろし、ラクスが入れた紅茶を飲む。
「やれやれ。我が息子ながら派手な事をしたものだ」
「でも、これくらい派手にやらなければ、あの子達の決意は伝わりませんわ。これで世
界は変わるのでしょうか?」
「さて、どうだろうね。贔屓している訳ではないが、私達の子は優秀だ。だが、それで
もあの子達だけの力では難しいだろう。たかが数人の力で変わる程、世界は簡単ではな
い。それは私達が一番良く分かっている筈だ」
「そうですわね。わたくし達も何度も苦しみ、夢を打ち砕かれましたわ。あの子達の努
力が報われればいいのですが……」
「全てはあの子達次第だ。親として私達が出来る事は、せめてあの子達の運命に幸運が
訪れるよう祈るだけだよ」
「ええ。それ以上の事をするのはいけないのですわね」
 夫妻はテンの計画について、ほとんど何も知らされていなかった。あえて知ろうとし
なかったのだ。これからの世界は彼らが作るもの、自分達は口も出さないし手を出さな
いと決めていた。子供達が明らかに間違った道を選んでしまったのなら別だが、それ以
外ではたとえ何があっても、自分達は彼らの邪魔もせず、援助もしない。それが親とし
ての彼らの方針だった。
『テン、ダイチ、スイ。私達が守った世界、作った世界をお前達がどう変えていくの
か、見せてもらうぞ』
 子供達の顔を思い浮かべながら、キラは紅茶を飲み干す。飲みながら政府の連中をど
う言いくるめるか、愛しい子供達に手が及ばないようにするか考えていた。

 地球の某所にある大きな洞窟。ここがテン・ヤマト率いるネオ・エクシードフォース
の基地である。MSさえ入れるこの巨大な洞窟は、天才的な技術者の手によって改装さ
れており、衛星カメラやレーダーでも探知されない秘密基地となっていた。
 テンが乗ったフリーダム似のMSが帰還してきた。洞窟に入ると、MSはパーフェク
トミラージュコロイドを解除。多数の小型ロボット達に整備を任せ、テンは基地の司令
室に入る。
 司令室ではテンの弟と妹が待っていた。テンは自慢気に、
「よお、帰って来たぜ。首尾は上々、全てお前の計画通りだな」
「計画通り……?」
 兄のその言葉に、弟の眉がピクッと動く。気に障る事を言われた時の彼の癖だ。
「どこが計画通りなんだよ! あんなに堂々と派手にやるなんて、僕は全然聞いてない
よ! 計画通りどころかアドリブ入れまくりじゃないか!」
「ははは、いやあ、ちょっとテンションが上がっちまって。ごめんごめん。でも結果オ
ーライだからいいだろ?」
「ああ、そうだね。おかげで予想以上に世界中から注目されまくっているよ。NO W
ARも各国の諜報部も、モビルマフィアの連中まで僕達を探し回っている。父さんと母
さんもプラント政府に拘束されたそうだよ」
「お、お父さんとお母さんが……大丈夫なの?」
「大丈夫だ、スイ。こうなる事は分かっていたし、今までプラントの為に頑張ってきた
父さん達を政府も乱暴には扱わないだろう」
「そうそう。それに親父もおふくろも、そう簡単にくたばる人達じゃない。俺達の親な
んだからな」
「兄さん、説得力があるようで無いよ。ともかく僕達はこれでNO WARと戦う事に
なった。兄さんもスイも、今後は僕の計画通りに動いてもらうよ。余計なアドリブはし
なくてもいいからね。というか絶対にするな。分かったね?」
「ああ、分かってるって。だからダイチ、そんなに怖い顔で睨むなよ。せっかくのハン
サムが台無しだぜ?」
「僕の顔なんてどうでもいいよ。じゃあ今後の予定だけど…」
「と、その前に。なあダイチ、やっぱりうちの組織の名前、変えないか? ネオ・エク
シードフォースってネーミングが安直だし、長くて言い難いぜ」
「いや、もう世界に向けて言っちゃったじゃないか。それとも兄さん、これよりいい名
前思い付いたの?」
「む……」
 ネオ・エクシードフォースという名称は、テンの弟ダイチが付けたものだった。ちな
みにテンにはネーミングセンスというものがまったく無い。昔、飼っていた犬にとんで
もない名前を付けようとして、ダイチに本気で止められた程である。
「思い付かないんだろ? だったらネオ・エクシードフォースで行くよ」
「いや、せめてもう少し短いので…」
 口論を交わす兄弟。こうなった二人を治めるのが、末妹のスイの役割だった。
「ネオ・エクシードフォース……略してネオ・シードでどう?」
「お、いいなそれ。さすがスイ、それで行こう。ダイチもいいよな?」
「まあ、兄さんが付ける名前よりはマシかな。じゃあ今後はそう名乗りましょう。話を
元に戻しますけど…」
 話し合うヤマト家の三兄弟。この静かな語らいが、世界を大きく動かす。

 オーストラリア大陸、カーペンタリア基地。かつてザフトの地上拠点の一つとして築
かれた一大軍事施設である。しかし現在はプラントと交渉したNO WARの手に渡っ
ており、南半球における彼らの一大拠点として使われていた。
 基地内にはNO WARが独自開発した新型MSが多数運び込まれていた。ノアと名
付けられたこの機体の武装は腰に差した二本のビームサーベルと頭部のバルカン砲、そ
して腕に内蔵されたガトリングガンのみ。火力を捨てた代わりに加速性と運動性を高め
た、接近戦重視の機体である。
 加速して一気に敵に近づき、ビームサーベルで両断するというのがノアの、いやコズ
ミック・イラ99のMS戦の基本である。ビームライフルなどの遠距離用ビーム兵器は
ある事情からこの時代では『役立たずの骨董品』となっており、装備しても笑われるだ
けなので搭載していない。
 この日、カーペンタリア基地に運び込まれたノアの数は三十五機。同基地のエースパ
イロット達に与えられ、詳細な性能テストが行われる予定だった。だがその予定はこの
男の来襲によって覆された。
「あれがNO WARの最新機か。X(クロス)フリーダムの実質的な初陣相手として
不足は無いな。よっしゃ、行くぜええええええええええええ!」
 愛機のパーフェクトミラージュコロイドを解除して、テン・ヤマトが吠える。かつて
父とその親友が乗ったMSの名を受け継ぐ機体は、空高くから急降下、基地のレーダー
がその機影を捉えると同時に地上に降り立つ。
「さあて、それじゃあダイチの計画通り、派手にやらせてもらうぜ!」
 Xフリーダムは背中の翼を広げた。左右四枚ずつの羽は十字を象るように広がり、翼
に取り付けられたドラグーンユニットが外される。
「行け、ドラグーンブレード!」
 ビームの刃を発生させた八機のユニットが、パイロットが乗り込んだばかりのノアに
襲いかかる。熟練のパイロット達は慌てず迎え撃つが、ドラグーンブレードの動きは変
幻自在、まるで鳥や羽虫のように飛び回り、捉え切れない。
 ノアにはかつてアカツキに搭載されていた対ビーム防御・反射システム《ヤタノカガ
ミ》を改良したビーム反射システム《ミカガミ》が搭載されている。ビームによる攻撃
をほぼ無効化する《ミカガミ》は、優れた性能と比較して極めて安価に作る事が出来る
為、この時代ではMSに限らずほぼ全ての兵器に使用されている。オーブのモルゲンレ
ーテ社が開発したこのシステムによって兵器の歴史は大きく変わり、ビーム兵器は一気
に衰退した。
 しかし、優れた防御システムである《ミカガミ》もビームサーベルなど接近戦用のビ
ーム兵器は跳ね返せない。その為、MSの武器は接近戦用の物が多くなり、MS戦は近
接戦闘が主体となった。パイロット達は接近戦に長けるように訓練され、特にNO W
ARに選ばれるような一流のパイロットは武芸の達人に匹敵する程の使い手である。
 だが彼らは遠距離から来る攻撃に対しては、ほとんど訓練されていなかった。いや、
する必要が無かったのだ。ビームによる攻撃は《ミカガミ》が跳ね返してくれるし、ミ
サイルなどの実体弾に対しても優れたOSが対応して自動で避けてくれる。自動脱出装
置も完備されており、「MSはパイロットにとっては最も安全な兵器」というキャッチ
コピーまで付けられるようになっていた。
 そんな人々の油断、過信、安全神話への盲信を、Xフリーダムのドラグーンブレード
は見事なまでに切り裂き、打ち砕いた。ノアのビームサーベルも、苦し紛れに撃たれた
ガトリング砲の弾丸も、八機のドラグーンブレードにはかすりもしない。
 襲撃からわずか三分後。三十五機もあったノアは全て切り刻まれ、手足を落とされて
しまった。脱出装置でパイロット達が逃げ出したのを確認したテンは、ノアの動力部を
貫き、完全に破壊する。
 その後に出てきた戦車や戦闘機も、Xフリーダムの敵ではなかった。機体を撃ち落と
す事よりも、乗っている人間を殺さないようにする方が大変だった。
 基地襲撃から十二分と四十八秒。たったそれだけの時間で、カーペンタリア基地は一
機のMSによって沈黙させられてしまった。
「よし、終わりっと。ああ、いや、もう一つやる事があったな」
 テンはダイチに言われた事を思い出した。これが自分達のやった事だと世界中にアピ
ールして、自分達の力を見せ付ける。力は充分に知らしめた。次は名前だ。
 基地の倉庫からMS用の塗料が詰まったコンテナを見つけて、ドラグーンブレードの
剣先に塗料を付ける。そして基地の滑走路や屋根に、メッセージを書き込んだ。
『ネオ・エクシードフォース改めネオ・シードのエース、テン・ヤマト参上!』
『俺達は世界に喧嘩を売る。この退屈な世界を面白く、そして騒がしくしてやる』
『ただし人は殺さない。死んだら喧嘩じゃなくなるからだ。そこんとこヨロシク!』
 というような内容の文章を、英語とフランス語、アラビア語に中国語、日本語など多
くの言語で書きまくった。カーペンタリア基地は塗料の臭いで包み込まれ、基地の人々
はあらゆる意味で絶句した。
「こんなもんだな。それじゃあ、あばよ!」
 やりたい放題にやった後、テンは大空の彼方に去っていった。数分後、オーブ共和国
からオーブ軍とNO WARの連合による援軍が来た時には、Xフリーダムはオースト
ラリアを遠く離れていた。パーフェクトミラージュコロイドによって隠された機影を察
知される事はなく、テンは弟と妹が待っている基地に向かっていた。
 ここまではダイチの立てた計画通りだった。メッセージの内容が少し荒っぽいという
か、テンの思うがままに書いた事以外は、全て予定通りであった。
 だが、ここからはテンもダイチも予想外の出来事、完全なアクシデントであった。し
かし後の事を考えたら、ここでテンが彼女と出会ったのは運命だったのかもしれない。
「ん? 何だあれは?」
 Xフリーダムのモニターを眺めていたテンは、目前の島から煙が上がっているのを見
つけた。黒い煙はか細く、だがはっきりと立ち上っている。
「火事か? だとしたら放ってはおけないな。レスキューは専門外だけど、困っている
奴がいたら助けないと」
 傍若無人に振舞っているように見られるテンだが、実は彼なりによく考えて行動して
いるし、基本的に善人である。見知らぬ人でも助けを求められたら全力で助けようとす
るのは彼の美点であり、弟の悩みの種の一つだった。
 島に着くと、どこからか火が出ていないか確認する。上がっているのは煙のみで、ど
うやら火事ではないようだ。ホッとしたテンだが、だとしたらあの煙は何だ?という疑
問が生じる。
 テンは煙の出元に向かった。そこは島の中心にある草原の一角で、小型のカプセルの
ような物が地面に突き刺さっていた。
「何だ、あれは? スペースシップの脱出艇みたいだけど……」
 テンが記憶している中に、あんな形の脱出艇は無い。Xフリーダムから降りたテンは
慎重にカプセルに近づく。
「中に誰かいるのか?」
 そう思いながら近づくと、不意にカプセルのハッチが開いた。少し驚くテン。だが、
カプセルの中から現れた人物は彼を更に驚かせた。
 その人物は女性だった。年はテンと同じくらいか。海のように青い髪に、空のように
青い瞳。気だるそうな表情をしているが、少し憂いさも感じさせる。絶世の、とまでは
言わないが、かなりの美人だった。
 謎めいた美女は辺りを見回す。そして驚いたテンと目が合うと、
「……あ、どうも、こんにちわ。ここは地球ですか?」
「あ、ああ、そうだ。あんたは一体…?」
「私はギアボルトです。火星から来ました。どうぞよろしくお願いいたします」
 そう言って女性は、ペコリと頭を下げる。その声、その顔、その仕草。全てが愛らし
かった。
『………………………………惚れた』
 一目惚れだった。テン・ヤマト、19歳の初恋であった。
 この出会いによって、世界は更に大きく動く。ギアボルト、二十数年ぶりに地球に帰
って来た彼女はテンにとっては恋の女神だったが、地球にとっては悪夢をもたらす魔女
だった。



次回
「危険過ぎる愛」に続く

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