第21章
 ネメシスの謎

 民間用宇宙ドック、バーナクル。ジャンク屋組合が破棄された資源衛星を改装して作
ったドックである。
 ロウや影太郎達を乗せたシャトルはこのドックの滑走路に着地した。そして、ここで
待っていたリーアムの出迎えを受ける。
「よお、リーアム。久しぶりだな」
「影太郎君もお元気そうで何よりです。地球での活躍は聞いてますよ」
 二人はにっこり笑って、再会の握手を交わす。
 一足先に宇宙に上がっていたリーアムは、プロフェッサーの指示でホームに代わる新
しい宇宙船を用意していた。地球連合のコーネリアス級輸送艦を改造し、速度、機能な
どあらゆる点でホームを上回るこの船には『リ・ホーム』という名が付けられた。その
巨体に驚くロウ達に、プロフェッサーが怪しく笑う。
「驚くのはまだ早いわよ。リーアム、例のモノは?」
「順調です。艦橋で待っています」
「待っている? 客が来てるのか?」
「ふふっ、行けば分かるわよ」
 首を傾げるロウに、プロフェッサーは詳しく説明しない。その理由はリ・ホームの艦
橋に入った瞬間に分かった。一足先に艦橋に入った樹里が、
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
 と悲鳴を上げる。彼女の前には、ずっと憧れ続けていた人物がいた。しかし彼は既に
死んでいるはず。幽霊? いや、違う。その人物ははっきりとした声で自分の名を名乗
る。
「やあ、諸君。リ・ホームへようこそ! 私が艦長のキャプテンGG(ジョージ・グレ
ン)だ!」
 ジョージ・グレン。この世界でその名を知らない者はいない。人類初のコーディネイ
ター『ファースト・コーディネイター』にして、18年前、コーディネイターを憎む少
年の放った銃弾に倒れた悲劇の男。それがなぜここにいる? 樹里だけでなく、ロウや
マルコ達も驚きを隠せない。しかし影太郎は驚いたものの、すぐに冷静に考える。
「キャプテンGG……まさか、あのGGユニットか?」
 影太郎はアルテミスでレインボースターに託された、あの正体不明のユニットを思い
出した。
「そうよ。あの中にはジョージ・グレンの脳が冷凍保管されていたのよ。それを私が眠
りから覚まさせたの。今、見えている彼の姿は立体映像よ」
「はっはっは、そう言う事だ。みんな、よろしく頼む!」
 陽気に挨拶するグレン。彼の脳はリ・ホームの制御コンピュータとリンクしており、
この大型宇宙船を自分の体のように操縦できる。宇宙飛行士としても歴史に名を残して
いる男が操縦してくれるのは心強いが、
「これでみんなは船の事に気を使わなくてもいいわ。楽でしょ?」
 と微笑むプロフェッサーには、一同は感謝よりも呆れてしまった。
「凄いんだけど、違う意味ではとんでもないバカだわ。本物のマッドサイエンティスト
ね……」
 フィアが全員の気持ちを代弁した。
「おいおい、私の恩人を悪く言わないでくれ。君達の事はリーアム君から聞いている。
私も君達の力になりたい。協力させてくれ。そうそう樹里、君は私のファンなんだって
ね。握手してあげよう、って今の私は映像だったな。いやあ、私とした事がとんだミス
テイク。はっはっは! ん? どうしたのかな。顔が引きつっているけど、緊張してい
るのかな? これから一緒に旅をするんだ。楽しくやろうぜ、ベイビー♪」
 陽気に話すジョージ・グレン。その言動は一言で言えば『陽気なお調子者のおっさ
ん』である。とても歴史に名を残している人物とは思えない。樹里の目に涙が溜まる。
「こ、こんな…………こんなヤツ、私のグレン様じゃない〜〜〜〜〜〜!!」
 泣きながら走り去る樹里。プロフェッサーとグレン以外の全員が、幻想を打ち砕かれ
た少女に同情した。



 一隻の宇宙船がプラントから飛び立った。この船の出港は公式には記録されておら
ず、船の存在を知る者も少ない。
 しかし、この船にはプラントの未来を左右するMSが積み込まれていた。
「ドレッドノートか……。皮肉な名前だな」
 宇宙船の艦橋に立つサーペントテールのリーダー、叢雲劾は積荷の名前を呟いた。
 ギガフロートの防衛任務を終えたサーペントテールに、マルキオ導師はプラントのあ
る人物から極秘裏に提供されたMSドレッドノートの運搬と護衛を依頼した。依頼を受
けた劾達はロウ達よりも先に宇宙に上がり、プラントに直行。ドレッドノートが積み込
まれたこの宇宙船に乗り、極秘裏に出港した。
 プラントからの追手は来ない。どうやらザフトには気付かれなかったようだ。緊張が
解けたイライジャが、劾が呟いた言葉について尋ねる。
「ドレッドノートがどうして皮肉なんだ? 『勇敢な者』って、いい名前じゃないか」
「言葉ってのは、特に名前ってやつはそのままの意味ばかりじゃないんだよ。それが分
からないとは、まだまだお前さんは若いな」
「はあ?」
 操縦席に座るリード・ウェラーの皮肉に、イライジャは顔をしかめる。
「プラントを守護する勇者。イライジャはそういう意味で付けられた名前だと思ってい
るんでしょうけど、あれが核搭載機だって事を忘れているわね。それも試作型の。そん
な危険な機体に乗る人は、とんでもなく勇敢な人だけだっていう意味で付けられたのか
もしれないわ」
 ロレッタの言うとおりかもしれない。劾もそう思って、皮肉な名前だと言ったのだろ
う。風花も頷いて、
「それにマルキオ導師が話してくれた、あの機体の本当の使用目的……。それを知った
ら、ドレッドノートなんて名前は皮肉以外には考えられない」
「確かに…………そうだな」
 イライジャも納得したようだが、その表情は暗い。ドレッドノートが作られた真の目
的。その理由は思い出すだけでも腹立たしく、作った者の正気を疑う。
「劾、あのMSをマルキオはどうするつもりなんだろうな。まさか、Nジャマーキャン
セラーを地球軍に渡すつもりじゃ…」
「マルキオという男は、そういう事をする人間ではない。彼はこの戦争とその激化を憂
いている。どんな理由があっても、戦争は多くの人命を奪う行為だ。だからこそ越えて
はならない一線がある。しかしあの機体は、プラントがその一線を軽々しく越えてしま
った事を証明する証となる。マルキオも、あの機体をマルキオに託した者も、プラント
の暴走を止めたいのだろう」
「ドレッドノートの事が公表されれば、プラントは大変な事になるでしょうね。それが
平和に繋がればいいんだけど……」
「そうだな。傭兵としては、平和になると飯の種が無くなって、困るかもしれないが」
「リードさんがお酒の量を減らしてくれれば、サーペントテールの経済事情もかなり助
かるんですけどね」
 幼い風花からの一言に、リードは言い返せなかった。サーペントテール一の酒豪がや
り込められた姿に、劾も苦笑する。
 こうしている間にも宇宙船はプラントを離れていき、予定されていた合流ポイントに
向かっていた。その宙域でマルキオの使者にドレッドノートを引き渡せば、今回の任務
は終了だ。だが、
「! 劾、レーダーに反応。こちらに近づいて来るMSがいるわ」
 ロレッタがそう告げると全員の表情が一変する。先程までの和やかな雰囲気は消え去
り、世界そのものが引き締まったかのような緊張感が発せられた。
「識別コードはザフトのものよ。数は十」
「追っ手か!?」
「プラントからはもうかなり離れているぜ。MSの航続距離の限界を超えている。それ
に今頃追いつくなんて、追っ手にしてはちょっと遅すぎないか?」
「リードの言うとおり、プラントから追って来たとは思えない。こちらのコースが読ま
れていたのか、内通者による情報漏れ、待ち伏せか……」
 冷静に分析する劾。理由は分からないが、ザフトはこちらの動きを読んで追いかけて
来ている。このままでは追いつかれるだろう。ドレッドノートをザフトに渡す訳にはい
かない。
「出るぞ、イライジャ」
「分かった。新しいブルーフレームの力、見せてもらうぜ」
 イライジャは専用のジンで、劾はロウの協力によって生まれ変わったブルーフレーム
で出撃する。ブルーフレーム・セカンドがその力を見せる時が来た。



 MSや荷物の積み込みを終えたリ・ホームはバーナクルを出港。地球でマルキオから
指示された宙域に向かっていた。
「うーむ、私としては木星に向かいたかったのだがねえ。ジョージ・グレンと言えば木
星というイメージらしいからな。ファンのイメージは大切にしないと。はっはっは!」
 陽気に笑うグレン。だが、既に彼のイメージは崩壊していた。
「あんなヤツ、私のグレン様じゃないわ……」
「お、落ち込まないで、樹里。頑張りましょう、ね?」
 ユナの励ましも、どん底にまで落ち込んでいる樹里には届かない。彼女の完全復帰に
は時間が掛かりそうだ。
 航路を定めたロウ達は、グレンと話を始めた。何しろ相手は伝説のファースト・コー
ディネイターだ。話したい事、聞きたい事は山ほどある。しかし当のグレンは、
「うーむ、色々と答えたいのだが、思い出せない事も多くてねえ。私を作った者につい
ても思い出せない。ダブルGという名前には聞き覚えがあるんだが……」
 と頭を悩ませている。原因は分からないが、グレンの記憶は完全には蘇っていないよ
うだ。
「脳は損傷していないし、システムにも問題は無いわ。時間が経てば自然に思い出すで
しょう」
 とプロフェッサーは言う。自分が失敗したとはまったく考えていないようだ。
「はっはっは、みんな、そんなに心配しなくても大丈夫だ。昔の私に欠けていたものは
覚えているからな。それは笑いのセンスだ! 君達との旅でそれをマスターしようと思
っている。なかなかいい教材もあるようだし」
 そう言ってグレンは、マルコと彼に抱きついている『娘』を見た。四六時中引っ付か
れて消耗しきっているマルコと、そんな彼からも離れようとしない『娘』。なるほど、
確かに面白い。
「君達からは色々と学びたいね。よろしく頼むよ、マルコ君と……ええと、そちらのお
嬢さんの名前は何と言うのかね?」
 実は桜道会に調べてもらい、『娘』の本名は分かっている。だが『娘』はその名で呼
ばれる事を頑なに拒んだ。彼女の名前は、心ならずも殺してしまった父親が名付けてく
れたものらしい。今の彼女にとって自分の名前は、辛すぎる過去を思い出させるだけの
ものでしかないのだ。
「なるほど。だが、名無しのままでは不便だな。よし、私が名前を付けてあげよう。私
は女の子の名前についても詳しいんだ。ええと、セイラ、ララァ、ファ、ルー、シャク
ティ、レイン、アレンビー、リリーナ、ティファ、それにディアナ様…ん? なぜディ
アナに『様』とつけてしまったんだろう? なぜかこの名前には『様』とつけなければ
いけない気がするんだが、私の失われた記憶と関係があるのか?」
 全員が思った。まったく無い、と。
「あー、ジョージさん」
「キャプテンと呼びたまえ、影太郎君。可愛らしく、ジョーちゃんでもいいぞ」
「いや、キャプテンにする。あんたのネーミングセンスは色々な意味で問題がありそう
だから、この子の名前は俺達で考えるよ。それより、あんたに聞きたい事があるんだけ
ど、いいかな?」
「何だね? 答えられる事なら答えよう」
「かつてあんたが世界に呼びかけた事で作られたコーディネイターが、今、ナチュラル
と戦争をしている。これについて、あんたはどう思う?」
 人類最初のコーディネイター、ジョージ・グレン。人としての栄光を極めた時、彼は
自分が遺伝子を調整されて作られた人間である事を明かし、その遺伝子の構造データを
全世界に公開した。このデータを元に多数のコーディネイターが作られた為、「ジョー
ジ・グレンの告白こそが世の混乱の元凶だ」と考えている者も少なくない。
「俺の元になっているアルベリッヒ・バーネットも、ちょっとだけだがそんな風に思っ
ていたみたいだ。だから聞きたいんだ。全ての原因であるあんたに」
 真剣な眼差しで問いかける影太郎。キャプテンGGも今までの陽気さを潜め、真面目
な表情を見せる。
「なるほど。質問を質問で返すが、君はどう思うんだ? 宇流影太郎君」
 キャプテンはアルベリッヒにではなく、影太郎に訊いてきた。それは影太郎という人
間と正面から語り合おうという意志の表れ。
「……俺は、生まれてまだ間もない。だが、そんな俺でもこの戦争は何かおかしいのは
分かる。ダブルGが暗躍している事もあるけど、ナチュラルもコーディネイターもお互
いの憎しみをぶつけ合うばかりで、相手の話を聞こうともしない」
 影太郎の考えにプレアが頷き、口を挟む。
「戦争は外交の手段の一つだと考えている人がいるそうです。対話と暴力を同じように
考えるのはどうかと思いますが、外交だと考えている限りは上層部は冷静に対応すると
思います。ですが、この戦争には冷静さが感じられません。影太郎さんの言うとおり、
怒りや憎しみをぶつけ合うばかりで……」
「クーン……」
 レウが悲しげに鼻を鳴らす。ロウも、
「メカだってそうだ。俺は武器の存在を否定するつもりは無い。武器は人に力を与えて
くれる。それで大切な人や物を守る事も出来る。でもこの戦争で作り出されるメカは、
より多くの破壊だけを作り出そうとしている。何かが狂ってやがるぜ」
 破壊しか生まないメカは、それを作り出す者が破壊を望んでいるという事だ。ナチュ
ラルの死を、コーディネイターの根絶を。自らの狂気に気付く事も無く、彼らは破壊の
為のメカを作り続けている。メカの可能性を信じるロウにとって、それは許せない行為
だった。
「なるほど、君達はこの戦争は間違っていると思っているのか。ならば、それを正せば
いい」
「正す?」
「ロウ、君の仕事は何だ? 影太郎君、君がやろうとしている事は何だ?」
「えっ?」
「ん?」
 問われた二人は考える。ロウ・ギュールはジャンク屋。壊れた物を修理して、新たな
可能性を与える。影太郎が目指しているのは、正義の味方。間違った道を行く者に苦し
められている人を救い、過ちを正す。
「そうか!」
「なるほど。自分に出来る事を、望む事をやれと言うのか」
「そうだ。君達の道は間違ってはいない。いや、君達こそ私が理想としていた人間、コ
ーディネイターなのだ」
 キャプテンGGことジョージ・グレンが言った『コーディネイター』とは、遺伝子を
調整(コーディネイト)された人間という意味ではない。古くからいる人類と、新しい
人類を繋ぐ架け橋、両者の間を調整する者になるように命名されたのだ。
「私はこの名前の持つ意味に誇りを持っている。だから仲間が増えてほしいと思って、
世界に呼びかけたのだ」
 ジョージ・グレンの思いは真摯なものだった。彼は本心から人類の未来を案じ、コー
ディネイターに希望を託したのだ。しかし旧人類と新人類を繋ぐはずだったコーディネ
イターは今、自分達こそが新人類だと考え、旧人類であるナチュラルを滅ぼそうとして
いる。何という皮肉。
「だが、今、気付いたよ。コーディネイターという名前は遺伝子を調整された人間だけ
に付けられるものではない。君達のように人々の未来を考え、その調整役になろうとし
ている人間こそ、コーディネイターと呼ばれるべきなのだ」
 そう言ってキャプテンは、プレアとマルコにも顔を向けて、
「ふむ。どうやら君達もコーディネイターのようだ。たとえ何者であろうと、人の為に
生きて、救おうとしているのならね」
「!」
「…………」
 驚くプレアに対して、マルコは何も言わなかった。『娘』のせいで疲れ切っているか
らなのか、それとも…?
「キャプテン、ご高説のところを悪いんだけど」
「ああ、分かっているよ、プロフェッサー。どうやら厄介な事になっているようだね」
 前述したようにキャプテンGGの脳はリ・ホームの機能と直結している。その為、
リ・ホームのレーダーが捉えた情報を誰よりも早く知る事が出来る。
「合流予定の宙域で交戦か。しかも、ますます厄介な事になりそうだ……」



 劾達の宇宙船を追って来たのは、プラント最高評議会議長パトリック・ザラ直属の特
殊防衛部隊だった。パトリックの命令は「何者かに強奪されたドレッドノートの奪還も
しくは破壊」だったが、部隊を率いる男の真意は別にあった。
「相手はサーペントテールか。因縁のオペになりそうだな」
 特殊防衛部隊の副隊長に就任したミハイル・コーストは、かつて苦汁を舐めさせられ
た相手を前に高ぶっていた。隊長であり、彼をこの部隊に推薦してくれたアッシュ・ク
レイは今、プラント内の反逆者を狩り立てているだろう。
「彼も私も神の為に働いている。この戦いもまた、神の望み。ならば…!」
 ミハイルは九機の部下に攻撃を命じる。この部隊のMSはミハイル機も含めて、全て
ジン・ハイマニューバによって構成されている。パイロットは全員、選び抜かれた精鋭
であり、
「分かっているな、お前達」
「はい、ミハイル副隊長」
「全ては我らが神の為に」
「神の為に」
「神の為に」
「神の為に……」
 九人全員、医師であるミハイルの手術によってバイオチップを頭に埋め込まれ、ダブ
ルGの忠実な僕となっている。
『私の意のままに動く忠実な部下。そして、私も以前とは違う。今度のオペに失敗は無
い!』
 加速するハイマニューバ部隊。十機のMSは一糸乱れぬ動きを見せ、劾のブルーフレ
ームとイライジャのジンを包囲した。そして銃の引き金を引く。
「問答無用か。ならばこちらもそうしよう」
 しかし劾は冷静だった。イライジャを導きつつ、十の銃撃を全てかわし、動きがわず
かに鈍い敵機に攻撃を仕掛ける。この神技とも言える動きは、肩に付けられたフィンス
ラスターと言うバーニアによるものだった。この優れたバーニアと、底部面積が小さく
なるように改良された脚部によって、ブルーフレーム・セカンドは以前よりも運動性を
飛躍的に高めている。もちろん、機体を自在に操る劾の操縦技術があってこそだが。
 ハイマニューバに接近したブルーフレームは、手にしたハンドガンで敵MSの操縦席
を撃ち抜く。
「敵は倒せる時に倒す。それが傭兵のやり方だ」
 戦場にいる時の劾は誰よりも非情になる。それが劾の強さの源だった。
「イライジャ、お前は右に回れ。敵の陣形を乱す」
「了解!」
 ミハイル率いる部隊のフォーメーションは完璧に近いものだった。だが、だからこそ
一度亀裂が生じれば簡単に崩れる。敵の完璧であるが故の脆さを見抜いた劾は、正面か
らの戦いを避け、かく乱させる戦法を選んだ。
「くっ、ネズミのようにコソコソと……! そんなやり方で私のオペを邪魔するつもり
か、愚劣な!」
 憤るミハイル。ダブルGに強化された事で身体機能やMSの操縦技術は上がったが、
精神的にはやや不安定になっていた。自分の思い通りにならないと敵にも味方にも当り
散らすようになり、『ドクター』と呼ばれた冷静すぎる以前とは別人のようになってし
まうのだ。
「一番から三番は私に続け! 残りはジンに攻撃を集中させろ!」
 ミハイルは隊を二つに分けた。難敵であるブルーフレームには自分が、雑魚と見たジ
ンには部下を向かわせた。しかし、
「ふん、あまり俺をバカにするなよ!」
 イライジャも未熟なままではない。敵の攻撃をかわしながら、隙を見つけては銃を放
ち、接近してきた敵には頭部のバスターソードを叩き込む。五機のハイマニューバを相
手に、イライジャは旧式のジンで互角以上に戦っていた。
「影太郎や夏達だって頑張っているんだ。無様な姿は見せられるかよ!」
 友の顔を思い浮かべ、奮起するイライジャ。それはバイオチップを埋め込まれ、操り
人形となったミハイルの部下達を凌ぐ集中力を生み、彼らを圧倒した。
「バ、バカな、たった一機のジンをなぜ落とせない?」
 部下の醜態に呆れるミハイル。しかし彼も危機に陥っていた。連れて来た三機の部下
はブルーフレームにあっさりと倒され、残っているのはミハイルだけ。
「もう少し手こずるかと思ったが、大した事は無かったな」
 冷静に判断する劾。油断でも過信でもなく、本当に冷静な判断だった。
 イライジャの方に向かったハイマニューバも三機も落とされ、残りは二機。このまま
では全滅もあり得る。
『くっ、せっかくダブルG様に情報を頂き、この宙域で待ち伏せていたのに、これでは
あの方に顔向けが……』
 悔しがるミハイルの元に、新たな機体の接近を告げるシグナルが届く。地球軍やザフ
トの識別信号は発していない。
 劾も謎の機体の接近を捉えた。ミハイルへの攻撃を止め、イライジャと合流して謎の
機体に備える。
「劾、これはマルキオの使者じゃないのか?」
「俺もそう思ったが、どうやら違うようだ。奴からは敵意と殺意を感じる」
 劾の予感は的中した。現れたのは、ユーラシア連邦が極秘裏に作り上げた新型MSハ
イペリオン。劾達の味方ではない。
「ほう。こんな所でガンダムと会えるとはな」
 ハイペリオンを操縦しているカナード・パルスはブルーフレームを見て、聞き慣れな
い単語を発した。続いてミハイル機に通信を繋ぐ。
「お前はミハイル・コーストだな? 俺はユーラシア連邦のカナード・パルスだ」
「!……君がそうか。噂はラウ・ル・クルーゼ殿から聞いている」
「ふん、あまりいい噂じゃなさそうだな。まあいい、助けてやるから大人しく帰れ。N
ジャマーキャンセラーを搭載したMSは俺が頂く」
「貴様、なぜあの機体の事を!」
「ユーラシアの情報部も仕事はしている。Nジャマーキャンセラーさえあれば、俺のハ
イペリオンは最強のMSになる。そうすれば俺は誰にも負けない。あのキラ・ヤマトに
もな!」
「NジャマーキャンセラーならダブルG様が持っている。頼めばいいだろう」
「ふん。他人に恵んでもらった力など、本当の力じゃない。俺は俺の力で全てを手に入
れる。それに俺は、あのダブルGって奴は信用していないんでね」
「なっ! き、貴様、我らが神に向かって、何という暴言を!」
「ほう。じゃああんたは奴を信じているのか? 自分の顔も見せず、あんな曖昧な命令
しかしない奴を。ネメシスを守れっていうあの命令も、何だかよく分からないしな」
 先日、ダブルGはカナードやミハイル、不動剛馬などの使徒や亜使徒達に「如何なる
事があってもネメシスを守れ」という特別な命令を下した。だが、ネメシスとは何なの
か、それはどこにあるのか、などについては説明せず、
「戦うのだ。数多の戦場を駆け巡り、戦い、敵を倒せ。いや、負けても構わん。勝利も
敗北も、お前達の戦いの全てがネメシスの糧となる。お前達が戦う事、それがネメシス
を守る事になるのだ」
 という意味不明な事しか言わなかったのだ。
「部下を導こうとしない上司など信じられるか。俺は俺のやりたいようにやらせてもら
う。ダブルGも、好きなように戦えって言ってるしな」
「き、貴様という奴は……!」
「ほう、俺と戦るつもりか? だったら相手になるぜ。仲間同士で戦ってはダメだとい
う命令は受けていないしな」
 睨み合うハイペリオンとジン・ハイマニューバ。一触即発のようだが、ミハイルはま
だ自分を見失ってはいなかった。劾との戦いで疲弊した自分と、今、ここに来たばかり
のカナードとでは体力にも精神力にも差がありすぎる。それにハイペリオンの性能につ
いては、上司であるマクシーから聞かされている。敵にするには厄介すぎる相手だ。少
なくとも今の装備では勝てない。
「…………分かった、ここは貴様に任せる。だが、用心するんだな。敵はサーペントテ
ールの叢雲劾。貴様といえど、簡単に倒せる相手ではないぞ」
 そう忠告して、ミハイルは生き残った部下と共に飛び去っていった。ミハイルの忠告
にカナードは、
「ふっ、望むところだ。強い敵を倒してこそ、俺の強さが証明される。そして、いつか
必ずキラ・ヤマトを!」
 ハイペリオンのビームサブマシンガンの銃口が、ブルーフレームに向けられる。
「ザフトが逃げたと思ったら、今度は連邦かよ。ったく、次から次へと!」
「危険な物には危険な連中が集まるという事だ。気を引き締めろ、イライジャ。今度の
敵はお前を庇って戦える相手ではなさそうだ」
 新たな敵の出現に対しても、劾は冷静だった。だから正確に敵の能力を分析して、判
断する。こいつは強い、と。



 ミハイルの部隊の撤退とハイペリオンの出現は、リ・ホームでも把握していた。
「ふむ、大分手こずっているようだ。十機の敵を相手に一歩も引かなかった劾君とやら
が苦戦するとは、相手は相当の強敵のようだね。どうする?」
 キャプテンGGが問うが、答えは既に決まっている。
「もちろん助けに行くさ! 劾には色々と世話になってるからな」
「ロウの言うとおりだ。それに、敵はダブルGの手下らしいんだろ? だったら放って
おく訳にはいかない」
 影太郎がそう言うと、キャプテンは自信無さ気に、
「うーん、通信妨害が酷くて、途切れ途切れに聞こえただけだからな。ダブルGとかネ
メシスとか……」
「プロフェッサー殿、ネメシスとは一体何でござろうか?」
「私も聞いた事が無いわね。普通に考えれば、奴らの秘密兵器じゃないかしら?」
 そう答えたプロフェッサーの脳裏に、昔、付き合っていた男の顔が浮かび上がる。世
界一の情報屋、あの男がまだ生きていたら、何か分かるかもしれない。
「ネメシスとやらについては、後で考えましょう。今は劾達を助けるわよ。ロウ、影太
郎、ナイン、MSの準備は出来ているわ。さっさと行きなさい!」
「おう!」
「分かった!」
「了解した」
 敵の襲撃に備えて夏とフィアをリ・ホームに残し、影太郎のB・I・Gアストレイ、
ナインのデネブ、そしてロウのレッドフレームがリ・ホームから発進する。
「ロウ、それが新しいレッドフレームか。なかなかカッコいいじゃないか」
「へへっ、羨ましいだろ。名付けてスタンビードレッドだ! これならどんな敵にも負
けやしないぜ!」
 生まれ変わったレッドフレームを誇るロウ。プロトハイペリオンの光波防御シールド
のユニットを背部と両腕に搭載して防御力をアップ。背部には高速移動用の大型高出力
ブースターを背負い、両腕と両足はパワーエクステンダーを搭載した強大なパーツに換
装。B・I・Gアストレイに匹敵する威圧感を持ったMSになった。
「スタンピード(獣の暴走)とは、不吉な名前だな」
 ナイン・ソキウスの言うとおりだが、ロウは気にしなかった。
「ああ。けど、こいつは俺の思いそのものなんだ。どんな大きな壁が立ち塞がっても、
とことん突っ走って、ぶつかって、壁をぶち破る! それがこの俺、ロウ・ギュール
だ!」
【既に暴走しているようなものだな】
「うるさいぞ、8(ハチ)。影太郎、お前もそうだろ?」
「その通りだ。一緒に突き進もうぜ、ロウ!」
 意気投合する二人の熱血漢に当てられたのか、ナインの体も少し熱くなってきた。今
までに感じた事の無い感覚。だが、決して不快ではない、むしろもっと感じたい。
『宇流影太郎にロウ・ギュール。この二人は……凄いかもしれない』



 劾とカナード。両者の力量はねまったく互角だった。
「やるな。だが、その強さ、生かしておく事は出来ん!」
 ブルーフレームの銃撃を、ハイペリオンは腕の光波防御シールドで防ぐ。そして反撃
の銃撃。ビームサブマシンガンから放たれた光の雨をブルーフレームは鮮やかにかわし
つつ、ハンドガンで攻撃する。しかし、これも光波シールドに防がれる。
「速い! 二機の動きが追えない」
 見ているしかないイライジャ。戦士として成長している彼でも、この二人の戦いに割
り込む事は出来なかった。レベルが違い過ぎる。
「くっ、なんて無様なんだ、俺は……」
「自分を責めるなよ、イライジャ。夏が聞いたら泣くぞ」
「! その声は…」
 懐かしい声と共に現れたのは、B・I・Gアストレイと、ギガフロートでは敵として
戦ったデネブ。そして生まれ変わったレッドフレーム、スタンピードレッド。
「よお、劾、助けに来たぜ!」
「宇流影太郎にロウ・ギュール、デネブのパイロットはナイン・ソキウスか。協力に感
謝する。だが油断するな。奴は手強いぞ」
 これで五対一。数の上では劾達が有利となったが、カナードはまったく慌てない。
「ふん。戦いは数だけでは決まらない事を教えてやろう。見せてやる、ハイペリオンの
輝きをな!」
 そう言ってカナードは、ハイペリオンの最強武器のスイッチを押した。ハイペリオン
の背部のユニットから五機の発生機が飛び出し、そこから発せられた光がハイペリオン
を包み込む。あらゆる攻撃からハイペリオンを守るモノフェーズ光波防御シールド《ア
ルミューレ・リュミエール》の完全展開モードだ。
「ふっ、こうなった以上、俺に敗北は無い。覚悟しろ、雑魚ども。ビームだろうが実体
弾だろうが、このシールドを破る事は不可能だ!」
 勝ち誇るカナードはビームサブマシンガンを連射する。マシンガンのビームはシール
ドを通り抜けて、影太郎達の機体を狙う。
「くっ、散開して攻撃だ!」
 影太郎の指示に全員が従う。ブルーフレームの《タクティカル・アームズ》のガトリ
ング銃が、イライジャのジンの銃が、スタンピードレッドのビームライフルが、デネブ
の超高インパルスキャノン《サラマンダー》が、B・I・Gアストレイも両足の連発性
大型レールガン《ブレイブラスター》でハイペリオンを攻撃するが、光の壁を破る事が
出来ない。
「なるほど。あのMSはプロトハイペリオンの完全版か」
【シールドはより高性能なものになっているようだ。どうする、ロウ?】
「迷う前に突っ込む! それが俺とスタンピードレッドの戦り方だ!」
【無謀すぎる! もう少し考えて…】
「考えているさ。今、あいつに勝てるのはこのスタンピードだけだ。行くぜ!」
 ロウのスタンピードレッドが、ハイペリオンに突撃する。背部のブースターは全速全
開、ただ真っ直ぐにハイペリオンに向かっていく。
「バカが、死にに来たのか!」
 無謀な突撃をあざ笑うカナード。スタンピードレッドにビームサブマシンガンを連射
する。が、光の銃弾は全て、スタンピードの光波防御シールドに防がれた。
「! バカな、ハイペリオンと同じ装備だと!?」
「同じじゃないぜ。こいつはお前の攻撃を防ぐだけのものじゃない!」
 スタンピードの光波シールド《レッドプリズム》の形が変わっていく。シールドのエ
ネルギーは機体の前面のみに集中し、光は細く鋭く、まるで槍のように尖っていく。機
体のスピードは更に上がり、ハイペリオンに向かって飛んでいく。
「き、貴様、そんなバカげた戦法で、この俺を!」
 カナードはマシンガンを乱射するが、全て光波シールドに防がれた。スタンピードは
スピードを緩める事無く、ハイペリオンに突撃。『槍』と化した《レッドプリズム》は
ハイペリオンの光の壁に突き刺さり、そして貫いた。
「くっ!」
 しかし機体に『槍』が突き刺さる寸前、カナードはハイペリオンの光波シールドを消
して、その場から素早く飛び去った。スタンピードレッドの『槍』は獲物を逃し、虚空
を貫いたのみだった。
「はあ、はあ……。く、クソッ、もう、少しだった、のに、よお…うえっぷ」
【吐くな! 汚すな! 意識を保て! まったく、無茶をするにも程がある!】
「ロウ、大丈夫か、ロウ! 返事をしろ、ロウ!」
 8(ハチ)と影太郎の声を遠くに聞きながら、ロウは失神した。スタンピードの超加
速モードは、ナチュラルのロウには耐えられない程の重圧を生み出すのだ。骨を折らな
かっただけでも良しとすべきだろう。
 それに今の突撃は有効だった。自慢の《アルミューレ・リュミエール》が破られたカ
ナードは激しく動揺している。
「バ、バカな。キラ・ヤマトを倒すこの俺が、あんな雑魚に……。何なんだ、こいつら
は一体何なんだ!?」
 この連中は何をするか分からない。自分一人だけで戦うのは不利だ。ハイペリオンの
エネルギーもかなり消費している。このままでは勝てない。負ける。死ぬ。
 未知数の力を持った敵に動揺し、恐怖するカナード。しかし彼は幸運だった。
「苦戦しているようだな、カナード・パルス。手を貸そうか?」
 そう言って突如現れたのは、アストレイに似た青いMSだった。オーブで見たM1ア
ストレイに似ているが、頭部のV字型アンテナはM1より大きく、大型のビームライフ
ルを装備している。各部のスラスターも増加されており、宇宙用だと分かる機体だ。
「ブルーフレームの量産型か?」
 謎の敵の出現に焦る影太郎。恐らく機体の性能ならB・I・Gアストレイの方が上
だ。戦えば負けはしないだろう。しかし、この青いアストレイに隙は無く、気絶してし
まったロウを庇いながら戦える相手ではない。それにこのMS以外にも敵が潜んでいる
かもしれない。
 警戒する影太郎達を尻目に、青いM1アストレイの操縦者はカナードと言葉を交わ
す。
「カナード・パルス、私はロンド・サハク。君と同じダブルGの亜使徒だ。私が援護す
る。ここは退きたまえ」
「退け、だと? 貴様、俺に尻尾を巻いて逃げろと…」
「戦うべき時に戦い、退くべき時に退く。真の勇者とはそういう者だ。熱くなりすぎた
者に待つのは敗北か自滅だけだぞ」
「くっ……」
 動揺してしまったが、カナードは理性を失ってはいなかった。ロンドの言うとおり、
今は退いた方がいい。
「分かった。この屈辱は次の機会に晴らすとしよう」
「では、私に着いて来たまえ。後方にいる君の母艦にも連絡を入れてある。共に来たま
え」
 ロンドの卒の無い対応に、カナードは警戒心を強めた。しかし今はこの男に従うべき
だろう。
 ハイペリオンは青いM1と共に、宇宙の闇の中に姿を消した。影太郎達は後を追わな
かった。気絶したロウを放っておく訳にはいかなかったし、敵の戦力が分からない以
上、深追いは禁物だ。
 その後、遅れてやって来たリ・ホームと合流。サーペントテールの面々も全員無事
で、彼らが運んできたドレッドノートもリ・ホームの格納庫に収められた。そして影太
郎達は、劾からマルキオがこの機体を求めた真意を知らされた。
「そんな……」
 絶句するプレア。彼が求めたドレッドノートは、人間の愚かさと残酷さを現すMSだ
ったのだ。



 青いM1アストレイと共に母艦オルテュギアに戻ったカナードを待っていたのは、副
官のメリオル・ピスティスと、見知らぬ少女だった。右目を髑髏の眼帯で隠したその少
女からは女性らしい雰囲気は感じられない。
「誰だ、お前は?」
 銃を手にするカナードをメリオルが静止する。
「カナード特務兵、この方は我々の敵ではありません。いえ、私達の恩人です」
「何だと?」
 メリオルはカナードが出撃している間に起きた事を話した。アルテミスのガルシアが
カナードが所属している特務部隊Xの解散を命じた事。それに反対したメリオル達を、
オルテュギアの艦内に潜んでいたスパイが射殺しようとした事。それをこの眼帯の少女
が阻止してくれた事。
「彼女に助けられなかったら、私達は殺されていました。帰る場所を失ったあなたも、
いずれは……」
「そんな事が起きていたのか。だが、どうしてガルシアは部隊の解散を命じたんだ?」
 特務部隊Xは、ユーラシア連邦が大西洋連邦に対抗する為のMSの開発とその運用を
目的とする部隊だ。プロトタイプが盗まれた事もあり、ハイペリオンのデータはまだ充
分ではないし、カナード達も目立ったミスはしていない。解散させる理由など無いはず
だ。
「ガルシアがお前達を葬ろうとした理由は簡単だ。大西洋連邦とユーラシアが手を組ん
だからだ」
 青いM1から降りてきた長い黒髪の人物の言葉に、カナードは自分の運命が大きく変
わった事を察した。ユーラシアと大西洋連邦が手を組んだのならば、大西洋連邦に対抗
する為の部隊など邪魔でしかない。しかしなぜ、ユーラシアは潜在的な敵国である大西
洋連邦と手を組んだのか?
「核だ。大西洋連邦はNジャマーキャンセラーを手に入れ、量産を開始したのだ」
 それは核の封印が解かれた事を意味する。無数の核ミサイルはプラントを壊滅させ、
大西洋連邦に勝利をもたらすだろう。ユーラシアは勝ち馬に乗ったのだ。
 しかし、この戦争の裏を知るカナードにとって、核の封印の解除は別の意味を持つ。
「ダブルGが大西洋連邦にNジャマーキャンセラーのデータを渡した、という事は、い
よいよやるつもりなのか?」
「そうだ。奴は全てを滅ぼすつもりだ。人も、獣も、虫も、魚も、草木も、あらゆる命
を殺して、滅ぼす事がダブルGの目的だからな」
 世界の滅亡というダブルGの真意を聞かされても、カナードは驚かなかった。ダブル
Gの行動を見れば、彼が世界を憎んでいるのはすぐに分かった。もっとも、カナードは
この世界に未練など無いし、ダブルGを止める理由も無い。キラ・ヤマトとの決着をつ
けさせてくれれば、この世界がどうなろうと構わない。だが、
「カナード・パルス。私に力を貸してくれないか?」
 青いM1アストレイのパイロット、ロンド・サハクはそう言って、カナードに手を差
し伸べた。
「手を貸せとは、どういう意味だ?」
「言葉どおりの意味だ。私と一緒に戦ってほしい。私はダブルGを止める。場合によっ
ては、奴を倒す」
「…………本気か? 一筋縄でいく相手じゃないぞ」
「分かっている。だが、もう時間が無いのだ。遅すぎたくらいだが、今からでも間に合
うはずだ。私と、このクロナ・ギウムと共に戦ってほしい」
「ロンドさん、今の僕はクロナじゃありません。ミストです」
 眼帯の少女がロンドに訂正を求める。男性のような口調と雰囲気だった。
「そうだったな、すまない。カナード・パルス、返事を聞かせてほしい。君に考える時
間を与える余裕も無いのだ。今すぐ返事をしてくれ」
 ロンドの声は、激しい焦りを感じさせるものだった。この只者ではなさそうな男を焦
らせる程の事態が起こっているのだろうか? カナードは少し考えて、
「いいだろう。ネメシスを守れなんて訳の分からない命令は聞きたくないし、ダブルG
に忠義など感じていない。そして、お前には助けてもらった恩がある。手を貸してやろ
う」
「ありがとう。これで何とかなるかもしれない」
 ロンドはカナードの手を握った。印象とは違う、暖かな手だった。
「改めて名乗らせてもらおう。私はロンド・ミナ・サハク。オーブの五大氏族の一つ、
サハク家の長だ。では案内しよう。我がサハク家の宇宙での城にして、滅びしオーブの
再建の要となるはずだった場所、アメノミハシラへ」

(2008・1/12掲載)
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