第22章
 宇宙要塞アメノミハシラ

 ロウ達が宇宙に上がる少し前。彼らに敗北したロンド・ギナ・サハクは地球軍に協力
してビクトリア基地をザフトから奪還。同基地のマスドライバーで、ゴールドフレーム
や地球で手に入れた新たな部下と共に宇宙に帰還した。
 衛星軌道に浮かぶ宇宙ステーション・アメノミハシラ。元々はオーブの軌道エレベー
ターの最頂部となる施設として作られたが、地球とプラントの戦端が開かれた事によっ
て、MSも製造可能なファクトリーを持つアメノミハシラは軍事施設として利用される
事になり、サハク家の管理下に置かれた。以後、ロンド姉弟の宇宙での拠点として使わ
れている。
 久しぶりにアメノミハシラに帰ってきた弟を、ロンド・ミナ・サハクは暖かく出迎え
た。彼女はギナを自分の半身と考えており、誰よりも大切に思っていた。
「ビクトリアでの活躍は聞いている。サハク家の名を高める戦い振りだったそうだな。
それでこそ我が半身だ」
 弟ギナを褒めるミナ。実際、ビクトリアの戦いにおけるギナの活躍は素晴らしいもの
で、地球連合の勝利に大きく貢献した。
 弟を褒め称えた後、ミナはギナの部下達にも声をかける。
「お前達も良くやってくれた。ギナを守り、我らに勝利をもたらしたその力、今後もサ
ハク家の為に使ってくれ」
 と褒められたにも拘らず、ギナの部下である三人の少年はまったく表情を変えなかっ
た。少年達は三人とも同じ顔をしており、その目には生気といえるものが一切感じられ
ない。
「はい、承知しています、ロンド・ミナ・サハク様。我々はアズラエル様からそうする
よえに命令を受けていますから」
 少年の一人が淡々と言う。表情だけでなく、声にも感情は込められていない。まるで
ロボットのようなこの三人には、人としての名前は無い。ソキウス。かつて連合によっ
て作り出された、ナチュラルに従う事を宿命とする悲しきコーディネイター。この三人
はその生き残りで、それぞれフォー、シックス、サーティーンの名、いや製造番号が与
えられている。
 アズラエルの手によって精神を薬物で消されたこの三人は、アズラエルやダブルGの
命令に絶対服従する人形と化している。三人のソキウスに同情したミナは、出来る限り
この三人に優しく接しているが、彼女の思いが伝わっているかどうかは定かではない。
 ミナとギナは執務室に入った。ミナは取って置きの美酒を出して、弟の勝利を祝おう
とする。しかし、心から喜ぶ姉にギナは、
「姉上」
 と声をかけた。妙に冷たい声だった。
「地上の大勢は既に決した。このままなら物量に物を言わせた連合が勝つだろう」
「確かに。戦争は結局は国力の差がものを言う。いくらナチュラルとコーディネイター
の能力に差があっても、所詮プラントは小国に過ぎない」
「だが、地球連合もザフトも勝利する事は出来ない。最後に勝つのは我々と、そして我
らが神だ」
 神。ミナはその言葉が嫌いだった。ギナがその言葉を発する度に、姉弟の隔たりが大
きくなっていくように感じるのだ。
「ギナ。あまり奴を信用するのは止めろ。奴は我々を利用しているに過ぎないし、我々
も奴の力を利用しているだけ。亜使徒という地位にあるが、我々は奴の手下ではないは
ずだ」
 ダブルGとロンド姉弟の関係は、あくまでギブアンドテイク。お互いに利用価値があ
るから、手を組んでいるに過ぎない。ミナはそう割り切り、ダブルGとは距離を置いて
いた。だが、
「姉上はダブルGに逆らうつもりなのか?」
 そう尋ねるギナの眼には、わずかに狂気の光が宿っていた。いや、狂気ではなく妄信
と言うべきか。
「逆らうつもりは無い。今の時点で奴を敵に回しても、我々に利は無いからな。真のオ
ーブを再建する為に奴の力を利用して……」
「オーブの再建か。くっ、くくっ、ははははははははははははははははっ!!」
 突然、大笑いするギナ。さすがのミナも驚くが、同時に不安に襲われた。彼女が最も
恐れていた事が現実になろうとしている。
「姉上。なぜそんなにもオーブに拘る? あんなちっぽけな国、どうなろうと構わない
じゃないか。オーブは滅びた。もう私達を縛るものは無い。私達は自由だ。神に認めら
れた私達は、神が作る新しい世界で生きる資格がある。ならば新しい世界で、私達の新
しい国を作ろう。古き世界を滅ぼして、新しい世界を、新しい国を! ははははははは
はははははははははっ!!」
「ギナ、お前は……」
 ミナは悲しかった。以前からその傾向はあったが、ギナはダブルGの力に飲み込まれ
て、忠誠を誓ってしまった。姉と弟の道は別れてしまったのだ。
「ああ、でも分かっているよ。姉上は神を嫌っている。偉大なるダブルGを嫌ってい
る。私を姉上のコピーや影武者や身代わりなどではなく、一人の人間として認めてくれ
たダブルGを嫌っている。つまり姉上は私も嫌いなんだ、そうなんだ!」
「違う! それは違うぞギナ、私はお前を私の半身だと思って……」
「ああ、そうだね。私は姉上の半身。半分だけの存在。私は姉上がいなければ何も出来
ない無能者。ジャンク屋や傭兵なんかにも負ける、役立たずのバカな男。でも、こんな
私を神は、ダブルGは許してくれた。認めてくれた。褒めてくれた。そして仰られた。
神に従わぬ者を倒せと。愚かな姉と戦い、その戦いをネメシスに捧げよと!」
 ギナがそう叫ぶと同時に執務室の扉が破られ、武装した兵士がなだれ込んできた。兵
士達の銃口はミナに向けられている。
「観念してください、姉上。アメノミハシラは既に私の手の中だ。ダブルG様のおかげ
でね」
 ミナも気付かぬ内に、アメノミハシラの兵士はギナの配下になっていたようだ。ダブ
ルGも手を貸したという事は、兵士達はバイオチップを埋め込まれて洗脳されたと見て
いいだろう。
『いつの間にそんな事を……。奴を見くびっていたか』
 ミナは、神を名乗りし悪魔の狡猾さと恐ろしさを改めて知らされた。ミナの城とも言
うべきこのアメノミハシラは、ミナの手の中には無かったのだ。何という滑稽な結末。
「さようなら、姉上。今後このアメノミハシラはオーブ再建の要などではなく、ダブル
G様を邪魔する者の排除と、新世界創造の為の基地として使わせていただきます」
 勝ち誇るギナは、兵士達に銃を撃つよう指示しようとした。が、その時、執務室を白
い煙が覆い尽くした。
「ぐほっ、な、何だ、これは!?」
 戸惑いつつも辺りを警戒するギナ。耳を澄ませると、執務室を出て行く数人の足音が
聞こえた。
「姉上が逃げたぞ、追え!」
 ギナの言うとおり、執務室から出たのはミナだった。煙幕が立ち込めると共に何者か
に手を引っ張られ、絶体絶命の窮地から逃れたのだ。彼女を救ったのは、
「大丈夫ですか、ロンド・ミナ・サハク様」
 三人のソキウスの一人だった。ソキウス達は声も顔も体格もまったく同じなので区別
が付きにくいが、
「サーティーンか」
 ミナはあっさり見分けた。
「助けてくれた事には礼を言う。だが、お前達はギナの部下のはずだ。どうして私を助
けた?」
「確かに私達はロンド・ギナ・サハク様の部下です。フォー、シックスはギナ様に従っ
ていますし、私も貴方を助けろという命令はギナ様からも、ダブルG様からも受けてい
ません」
「では、なぜ…」
 疑問を抱くミナに、サーティーン・ソキウスは振り返って、
「理由は分かりません。ですが昔、私の兄弟の一人、ナインが今の私と似たような事を
しました。命令に従わず、以前自分を助けてくれた一般人を助けたのです。もちろん後
日、命令違反の罰を受けました。その時はナインを愚かだと思いましたが……」
 サーティーンの表情は変わらず、無表情なままだった。しかし、その声からは以前と
は違う暖かさが感じられる気がした。
 自分に優しくしてくれた人を守りたい、助けたいと思うのは、人としての自然な気持
ち。サーティーン・ソキウスはその気持ちに目覚めたのだ。こういう状況でなければミ
ナも喜びたいところだが、二人の後ろには追っ手が迫っている。
 二人はMS格納庫にやって来た。整備中のMSが数機、並んでいる。ロンド姉弟の愛
機であるゴールドフレームは別の格納庫で整備されているのでここには無いが、宇宙用
に強化されたM1アストレイ、通称M1−Aがズラリと並んでいる。
 ミナはその内の一機に乗り込んだ。ロックをあっさりと解除し、発進準備を整える。
しかしサーティーンはMSに乗ろうとしない。
「発進ゲートは私が開けます。ロンド・ミナ様は行ってください。外には貴方に協力し
てくださる方が待っています」
「待て、お前も…!」
 一緒に、と言おうとしたが、それが無理な事をミナは悟った。発進ゲートを開ける為
にはどちらかが残り、ゲートを操作しなければならない。サーティーンは既に覚悟を決
めている。ならばミナのやるべき事は只一つ。
「……感謝する、サーティーン・ソキウス。ロンド・ミナ・サハクはお前の事を絶対に
忘れない」
「ありがとうございます。では、お元気で」
 これが、この二人が交わした最後の言葉になった。
 生涯で唯一人、自分に優しくしてくれた人を救う為、サーティーン・ソキウスは命を
懸けた。その思いは報われ、ロンド゜・ミナ・サハクはアメノミハシラの勢力圏外で潜
んでいたクロナ・ギウムの小型艦に拾われ、弟の追撃から逃れる事が出来た。完全に洗
脳されたフォーとシックスに撃ち殺された時、サーティーンの顔には生まれて初めての
笑みが浮かんでいた。



 特務部隊Xの母艦、オルテュギアの艦橋。
 ロンドの長い話を聞かされたカナードは、真っ先に思った事を口にした。
「あんた、女だったのか」
「パルス特務兵、それは失礼過ぎる発言です」
 たしなめるメリオルと苦笑するクロナ、いやミスト。ロンド本人も微笑して、
「構わん。むしろそう思われたくて、男のように振舞っているのだからな」
「ふん。それはギナっいう弟の為か?」
「そうだ。我々はロンド・ミナであり、ロンド・ギナでもある。女でもあり、男でもあ
る。そしてどちらが倒れても『ロンド・サハク』という存在は生きる。我々は一人で二
つの命を持つ存在、心を同じくする者だと思っていた。だが……」
 ギナは変わってしまった。ダブルGの甘言と強大な力に魅せられ、苦楽を共にしてき
た姉を裏切った。
「私の情報網を使って、ダブルGの最終目的は突き止めていた。もちろん私は人類を滅
ぼすつもりなどない。私の望みは真なるオーブの再興で、無用な殺戮は望まない」
「ふん」
 カナードはダブルGやロンドの目的などに興味無かった。ロンドに着いて行く事にし
たのは、メリオル達を助けてもらったた借りを返す為だ。ダブルGも好きではないが、
弟に裏切られてもまだ綺麗事を言うこの美女も、あまり好きではなかった。しかしユー
ラシア軍に見捨てられ、ダブルGも裏切ってしまった以上、この女と一緒に行くしかな
い。
「それで、これからどうするんだ? アメノミハシラに行って、あんたの弟をブチのめ
すのか?」
「ああ、そのつもりだったのだが……」
 ロンドの表情が暗く沈み、ミストが口を出した。
「ついさっき、困った情報が入ったんですよ。アメノミハシラの戦力がかなり強化され
てしまったんです」
「かなり?」
「ええ。かなり」
「その情報は信用できるのですか?」
 メリオルが尋ねると、ミストは頷く。
「ええ。彼は情報屋としては一流です。この艦にガルシアの手先がいると教えてくれた
のも彼ですから。性格とヘアスタイルには問題がありますけどね」



 ミストが入手した情報は正確なものだった。ロンド・ミナが逃げ出したアメノミハシ
ラでは、ミナに忠誠を誓った者達がギナに洗脳された兵士達によって、次々と殺されて
しまった。それはミナが最も望まぬ光景、オーブの民同士による殺し合い、いや殺戮だ
った。かつてのギナもこんな光景は望んではいなかったのだが、今は違う。
「殺せ、殺せ、殺せ! 私に逆らう者、臆病者の姉に今なお従うという愚か者は全て殺
せ! このロンド・ギナ・サハクこそサハク家の当主にして唯一の主! その私に従わ
ぬ者はオーブにはいらぬ。殺せ!」
 友人を、恋人を、親子を殺し合わせるギナ。その眼の光には狂気を漂わせている。
 血に染まったアメノミハシラの廊下を、二人の男が歩いている。ギナはその二人を見
ると、頭を深々と下げた。
「これはこれは、お出迎えもせずに失礼しました。使徒マクシー・ミガゲノ様、不動剛
馬様、ようこそ我がサハク家の城へ。亜使徒ロンド・ギナ・サハク、お二人の来訪を心
から歓迎いたします」
 丁寧に挨拶されたマクシーと剛馬は、正反対な態度を示した。マクシーはニッコリ笑
ったが、剛馬は鼻を鳴らして、不機嫌を露にした。
「こらこら、剛馬ちゃん。そんなに怒らないの。ゴメンなさいね、ギナちゃん。この人
はちょっと変わってるから」
「人を変人みたいに言うな。貴様はこれを見て、何とも思わないのか?」
 そう言って剛馬は周りを見回す。床に転がる死体、死体、死体。金属製の壁や廊下を
赤く染める鮮血、流血、紅血。地獄絵図と言うに相応しい光景である。残忍ではあるが
非道ではない剛馬が不機嫌になるのも無理は無い。だがマクシーは、
「別に。むしろ清々するわね。だってこいつら、クソッタレなオーブの人間なのよ。あ
んなクソッタレな国は滅びて当然だし、国民はみんな死ぬべきよ。あたしの手で皆殺し
にしたいくらいよ。あ、ギナちゃんは別よ。今のあなたはアタシ達の可愛いナ・カ・マ
なんだから。うふふふふふふふ」
 不気味に笑うマクシー。この男のオーブへの憎悪は尋常ではない。
「あー、もう、本当にオーブはあたしが滅ぼしたかった。せめてウズミ・ナラ・アスハ
はこの手で殺したかったわ。綺麗事ばかり言って、結局は国を滅ぼしちゃったバカ過ぎ
るバカ。あいつの顔を思い出しただけで吐き気がするわ」
「同感です、マクシー様。しかし奴はもう死にました。そんなにお気になさらなくても
…」
「ギナちゃん、甘いわね。ウズミは死んでも、あいつの娘はまだ生きているわ。カガ
リ・ユラ・アスハ。父親に似て頑固者のバカな小娘。あいつが生きている限り、オーブ
はまだ滅んでいない。だから殺さなくちゃ。あたしのこの手でね。うふふふふふふふ」
「気合を入れるのは結構だが、あまり私情に走るな。我らが神より命じられた事、忘れ
てはいないだろうな」
「もちろんよ、剛馬ちゃん。仕事とプライベートは区別しているわ。でもネメシスを守
って、たくさん戦うなんて仕事、簡単過ぎでしょ。亜使徒の腕利き連中を集めただけじ
ゃ駄目なのかしら?」
「神には神のお考えがある。我らはそれに従うだけだ」
 そうこうしている内に、アメノミハシラに新たな来客が来た。しかしその『客』は人
間ではない。宇宙空間に浮かぶ『それ』を見たマクシーが思わず、
「うわー、大きいわねえ……」
 と、口にしてしまう程の巨体。パラボラアンテナにも似た円形の巨大機械と、鋭く尖
った塔のような中型の機械によって構成された『客』の名は、ジェネシスα。ザフトが
決戦兵器として作り上げたガンマ線レーザー砲のプロトタイプである。
「素晴らしい。これぞまさに、神の力だ」
 驚嘆したギナは、ジェネシスαをここに連れて来た男との通信を繋げる。通信室の巨
大モニターに、派手な装飾をした男の顔が映し出された。
「こちらはロンド・ギナ・サハクだ。ようこそ、アッシュ・グレイ。同じ神に仕える者
として、君を歓迎しよう」
「ほう、歓迎してくれるとは嬉しいねえ。ザフトではパトリック・ザラ以外の奴は俺を
白い眼で見ているからな」
 そう不満げに言うアッシュだが、それも当然だろう。この男は人を殺し過ぎるのだ。
パトリック・ザラは彼の能力を高く評価しており、MSパイロットとして一流なのは間
違いないのだが、アッシュの性格は冷酷、残忍、残虐にして最悪。友達にはなりたくな
いタイプの人間だが、そんな男でもギナは心から歓迎した。
「我らは神の僕。神に仕えるのならば、君がどんな人間でも私は気にしない。神に逆ら
う者は誰であろうと殺すがね」
「実の姉でも、か? 話は聞いているぜ。はっはっは! 気に入ったぜ、ロンド・ギ
ナ・サハク。もうすぐミハイルの奴も来る。ジェネシスα共々、しばらく厄介になる。
よろしくな!」
 剛馬にマクシー、そしてアッシュとミハイル。更に小惑星をも消滅させる威力を持つ
ジェネシスαを得た事で、アメノミハシラは無敵の宇宙要塞となった。ここを拠点にネ
メシスを守り抜き、神の望みを叶える。ギナはその決意を更に固めた。今の彼は神と崇
めるダブルGの為だけに生きている。
 しかし、そんな彼も一つだけ、ダブルGの判断に疑問を抱いていた。
「ああ、客は俺だけじゃない。あいつ等もいるぞ。ここに来る時に偶然会ってな」
 アッシュの後にモニターに現れたのは、一人の少女だった。少女の後ろでは三人の人
物、褐色の肌をした女性が一人と気弱そうな男が二人、ウロウロオドオドしているが、
ギナの目にはこの三人は入っていなかった。彼の関心は唯一人、空ろな目をした少女に
のみ向けられていた。
 ギナ達の視線を浴びた少女は微笑む。優しさも暖かさも無い、人間らしささえ感じら
れない、まるで怪物のような微笑み。
「私は……ミステリウス・マゴット。私は虫が好き。好き。大好き。捕まえたいくらい
に好き。潰したいくらいに好き。うふ、ふふふ、うふふふふふふふふふふふふ……」
 意味不明な事を言って、不気味に笑うマゴット。亜使徒の中でもあまり功績は上げて
おらず、他者との仲も良くないこの少女が、なぜ?
「剛馬ちゃん、あなたは知らないの?」
「何をだ」
「マゴットちゃんの事よ。直属の上司のあなたなら、何か知っているんじゃ…」
「知らんな。知る必要も無い。我らは神の命に従うのみだ」
「それはそうだけど、でも、ねえ」
 首を傾げるマクシー。彼の疑問は、は剛馬以外の亜使徒全員が抱いている気持ちでも
あった。なぜ、この少女がネメシスのパイロットに選ばれたのだろうか?
「うふ、うふふ、虫、虫、毛虫、羽虫、ウジ虫、毒虫、バケモノ虫。うふふふふふふふ
ふふふふふふ……」
 マゴットはただ笑うのみ。殺人鬼や姉を裏切った弟、故国を憎む男やサムライまでも
怯ませる程の不気味さを漂わせながら、彼女は笑っていた。



 リ・ホームのMS格納庫で、プレアはドレッドノートを見上げていた。サーペントテ
ールの宇宙船からこちらに運び込まれ、受け渡しは完了。このMSを地球に持ち帰る事
がプレアの使命であり、その達成は目前だった。だが、
「………………」
 プレアの心は沈んでいた。ザフトが開発したNジャマーキャンセラー搭載した初のM
S、ドレッドノート。Nジャマーキャンセラーならば既にデネブの物があるのに、なぜ
マルキオはこの機体を求めたのか? ずっと抱いてきたその疑問が明かされた時、プレ
アは衝撃を受けた。
 ドレッドノートはNジャマーキャンセラーを搭載した核動力MSの基礎データ収集が
目的で作られた機体だと思われた。だが、パトリック・ザラはこの機体を元にしたMS
を量産して、それらにもNジャマーキャンセラーを搭載して、核動力MSの大軍団を作
ろうとしていた。それはまだ納得できる。国を守る為に軍事力を高めようとするのは、
施政者として当然の事だ。だが、
「何だ、随分と浮かない顔をしているじゃないか」
「ワン!」
 影太郎とレウがやって来た。リトルフレームや支援メカ達の整備を終えたようだが、
油で服や手袋が真っ黒になっている。レウも体のあちこちが黒く染まっている。
「どうした。何か嫌な事でもあったのか?」
 プレアの心情を知りながら、影太郎はプレア本人の口から言わせようとする。悩みは
心の中に閉じ込めて一人で考え込むより、口に出して誰かに話した方がいい場合もある
のだ。
 影太郎の心遣いを察したプレアは、その思いを口にする。
「たとえそれが押し付けられたものでも、運命を変える事は出来ないんですね……」
「クウン?」
 首を傾げるレウ。影太郎はその頭を撫でながら、プレアに聞き返す。
「どういう意味だ? ドレッドノートの事か?」
「ええ。そして僕自身の事でもあります。キャプテンGGも気付いているみたいです
が、影太郎さんも気付いているんでしょう? 僕が普通の人間とは違うって」
「……ああ。何となくだけど、やっぱりそうなのか?」
「はい。僕はクローンです。それも不完全な」
 プレアは地球連合のメビウス・ゼロ部隊の隊員のクローンとして生み出された。メビ
ウス・ゼロはMSとも対等に戦える強力なMAだったが、主力兵器であるガンバレルを
操る為に必要な空間認識能力を持つ者は非常に少なかった。パイロット不足に悩まされ
ていた連合軍は、極秘裏にゼロ部隊の隊員のクローンを作ったが、いずれも不完全で、
細胞崩壊を起こして死亡してしまった。
「生まれてすぐに亡くなった兄弟達に比べたら、僕は長生きした方です。それでも、も
うあまり長くは生きられませんが……」
 プレアは再びドレッドノートに目を向けた。兵器として生み出されたプレアと、忌ま
わしい思いと共に作り出されたドレッドノート。プレアにはこの機体が自分の分身のよ
うに感じられた。
「僕は兵器として生きるのは嫌です。だから、みんなの役に立ちたくて、このドレッド
ノートがその為の力になるのだと思ってここまで来ました。でも……」
 劾が話してくれた、ドレッドノートの秘密。それはこのMSが、敵を倒して国を守る
為の機体ではなく、ただ敵を殺し尽くす為の機体だという事だった。
 ザフトは核を搭載したこのMSを、核爆弾として使うつもりだったのだ。どんな強力
な兵器でも、戦場に出る限りは撃墜される可能性はゼロではない。圧倒的な性能を誇る
核搭載MSも決して例外ではない。しかし、ただ撃墜されるだけではない。機能停止と
共に強力な自爆装置が作動して、自分を倒した敵だけでなく、敵軍全てを核の炎で焼き
尽くす……。
 コストも倫理も無視して作られ、兵器としての道さえ外れてしまった、存在してはな
らない兵器。それがドレッドノートだった。妻レノアを核によって失ったパトリック・
ザラが、己の憎悪を晴らす為に作らせた、哀しくも恐ろしいMS。
「劾さんが言ってましたね。『これは戦場に立つ者の意志と誇りを踏みにじるMSだ』
って。僕もそう思います。パトリック・ザラはこのMSを無人機にするつもりだったそ
うですが、それでもこれは存在してはならない機体なんです」
 プレアは静かに怒っていた。ドレッドノートの事を知れば誰もがプレアのように憤る
だろう。マルキオもそうだった。彼はシーゲル・クラインと手を組んでこの機体を盗み
出し、地球で公表するつもりだった。そうすれば核に対してアレルギーを持つプラント
市民は、パトリックを一斉に非難するだろう。
「核の封印を解いたパトリックはプラント市民の支持を失って失脚。その後、ザラ派が
体制を整える前に地下に潜伏していたシーゲル・クラインがクーデターを起こして、政
権を取る。そして地球と和解。マルキオ導師のシナリオ、出来はいいと思うぜ。たった
一つ、致命的な誤算が無ければな」
 先日、潜伏していたシーゲルが発見され、射殺されたとのニュースがプラントから世
界中に発せられた。シーゲルは娘のラクスがザフトの新型MS三機を盗んで逃走した罪
を問われており、その真実が明かされぬまま命を落とした。プラント市民はシーゲルに
疑惑を抱いたままである。今、ドレッドノートの事を発表しても、パトリックの政権を
揺るがす事は出来ないだろう。
「人を殺す為に作られた兵器が平和をもたらすなんて、やっぱり無理なんですね。僕も
……」
「いや、それはまだ分からないぜ」
 プレアの嘆きを、影太郎はあっさり断ち切った。
「過去は変える事は出来ない。でも未来はまだ始まってもいない。全てはこれからだ。
お前が兵器である事を拒んでここに来た様に、人は自分の運命を変える事が出来る。も
ちろん、それなりの知恵や力はいるがな。あと、変わる事を恐れない勇気と…」
「絶対に諦めない根性、でしょ? 知恵と勇気と根性、アンタの口癖」
 そう言ったのは風花・アジャーだった。格納庫に入って来た彼女は、ズンズンとプレ
アに近づき、
「ちょっとだけ話を聞いちゃった。アンタに色々あったのは分かったわ。でも、アンタ
を見てると、イライラするのよねえ。自分一人だけ悩んでいるみたいで、周りを見てい
ない。プレア、アンタ、自分の事だけしか考えていないの?」
「そ、そんな事はありません。僕は…」
「だったら、どうして仲間を頼らないの?」
「えっ!?」
「アンタは影太郎に相談する振りをして、自分で結論を出してる。それはとっても卑怯
で失礼な事。仲間に本当の気持ちを話さない卑怯者。グチを聞いてもらいたいだけなら
壁と話しなさいよ」
「ぼ、僕は、そんな…………」
 風花の言葉に衝撃を受けるプレア。影太郎はプレアを風花に任せて、二人の会話を聞
く。
「アタシ達サーペントテールは、一人でも生きていける人達が集まっている。特に劾は
強いわ。でも、劾は仲間を大事にしているし、色々と相談もしている。アタシは劾を見
て気付いたんだ。一人で出来る事は限られている。でも仲間がいれば、可能性は無限に
広がる。仲間を信じて、力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる。だから一人で
悩まないで、プレア。一緒に悩んで、話し合って、解決しようよ」
「風花ちゃん……」
 プレアは自分の心が和らいでいくのを感じた。風花の言うとおり、自分の運命を悲観
するあまり、無意識に壁を作っていたようだ。それでは相談した影太郎にも、自分と真
剣に向き合ってくれるこの少女にも失礼だ。
「分かったよ、風花ちゃん。僕は…」
 プレアが話し出そうとしたその時、
「みんな、ちょっとブリッジまで来て! 面白い通信が入ったわよ」
 プロフェッサーからの呼び出しが掛かった。雰囲気を読まない呼び出しの後に残った
のは、話すタイミングを失って困るプレアと、どうすればいいのか分からず顔を赤くす
る風花、そんな二人をニヤニヤして見ている影太郎。そして、
「クーン?」
 またも首を傾げるレウだった。



「みんな、集まったわね。サーペントテールの人達も、ご苦労様」
 リ・ホームの艦橋に集合した一同を、プロフェッサーはわざとらしく労った。
「ドレッドノートの引き渡しは完了した。もう俺達はこの艦には用は無い。次の仕事が
あるので引き上げたいのだが…」
 と申し出る劾だったが、プロフェッサーは無視して、
「昔馴染みの情報屋からの通信よ。ロウ、影太郎、あなた達へよ」
「俺達に?」
 ガーベラ・ストレートの強化案を練っていたロウは、疑問に思いながらもモニターの
前に立った。影太郎もその隣に立つと、モニターに画像が映し出された。独特の髪形を
したその男の顔を見た劾の表情が、わずかに歪む。
「ロウ・ギュールに宇流影太郎君だね。俺は情報屋のケナフ・ルキーニ。君達に有益な
情報を持ってきた」
「あんた誰だ? プロフェッサーとは知り合いみたいだけど、俺は会った事はないよ
な。影太郎、お前は知っているか?」
「会うのは初めてだ。でも、名前は知っている。アルベリッヒの記憶の中にある名前
だ」
「ほう、かのアルベリッヒ・バーネット殿に俺の名前を覚えていてもらえたとは光栄だ
な」
 口振りからすると、ルキーニは影太郎の秘密も知っているようだ。影太郎はアルベリ
ッヒの記憶を思い出して、クセ者の情報屋に問いかける。
「で、俺達に何の用だ? サーペントテールへの依頼なら劾に回すぞ」
「その話は後にしよう。私は以前から君達に興味を持っていて、その動向を追っていた
んだが、君達も、そしてこの世界も、なかなか面白い事になっているようだ。ドレッド
ノートが有効に使えなくなったのは世界にとって、あまり良くない事かもしれないが」
 ドレッドノートの事まで知っているとは、油断のならない男だ。しかし、それを自ら
明かしたのはどういうつもりだろう? 疑問を抱く影太郎に、ルキーニは話を続けた。
「間もなく連合軍が動き出す。目的はザフトの宇宙要塞ボアズの攻略だ。ボアズは連合
の核ミサイルの雨を浴びて、文字どおり消滅するだろう」
「!」
 ルキーニのこの予想には影太郎だけでなく、その場にいた全員が驚かされた。資源採
掘用の小惑星を改造して造られた宇宙要塞ボアズは、プラントの防衛ラインを形成する
重要拠点の一つであり、ザフトも多くの戦力を集めている。それがあっさりと落とされ
るというのか?
「大西洋連邦はNジャマーキャンセラーを本格的に使うつもりか。ダブルGから提供さ
れたのだろうが、恐らくボアズを落とした後の戦いでも使ってくるだろうな」
 冷静に分析する劾。そう、ボアズが落ちても、まだ戦いは終わらないだろう。その次
の戦いこそが連合とプラントの最終決戦となる。舞台はプラントの最終防衛ラインとな
る宇宙要塞ヤキン・ドゥーエ。両軍共に死力を尽くした、壮絶な戦いになるのは容易に
予想できる。
「それこそダブルGの思う壺ね。両軍が力を使い果たしたところで、止めを刺してゲー
ムセット。神を気取るバカの一人勝ちになりそうだわ」
 このままではプロフェッサーの言うとおりになるだろう。世界の終焉、人類の滅亡。
そんな悪夢のような言葉が一同の頭を過ぎる。しかし、
「させるかよ、そんな事、絶対に!」
「ああ。そうなる前にダブルGを倒す。そしてこの戦いを終わらせるんだ!」
 勢い良く吠えるロウと影太郎。二人を見たルキーニは怪しく微笑み、
「君達ならそう言うと思っていた。だが、それは君達の役目ではないと思うのだよ。デ
ィプレクターという名前に聞き覚えはないかね?」
 ディプレクター。ラテン語で仲介者を意味するその言葉は、影太郎達には聞き覚えの
ないものだった。だが、ラクス・クラインを中心とするその組織のメンバーを聞かされ
た影太郎は、少し心が震えた。
「キラ達が……。そうか、あいつらも頑張っているんだな」
 自分達とは違う場所で、同じ敵と戦っている人達がいる。友がいる。その事実は影太
郎を勇気付けた。
「さて、本題に入ろう」
 ルキーニの話は簡単なものだった。ボアズを落とした後、連合はヤキン・ドゥーエに
総攻撃を仕掛ける。ディプレクターはこの戦闘に割って入るだろう。しかし、ヤキン・
ドゥーエから遠く離れた宙域に、ザフトの秘密兵器が隠れている。超遠距離からでもヤ
キン・ドゥーエまで届き、敵軍を壊滅させる事が出来る程の兵器だ。
「その位置は掴んだ。しかし、私にはこれを何とかするだけの戦力は無い。君達にこの
兵器を破壊してもらいたいのだ」
 ルキーニはその兵器がダブルGの部下によって私物化されている事も教えた。上司の
パトリック・ザラには「ボアズやヤキンの戦力と挟み撃ちにする」と嘘の作戦を語り、
実際は連合もザフトも焼き尽くすつもりだ。
「秘密兵器の名はジェネシスα。これを管理している男の名は、アッシュ・グレイ。こ
いつは危険な男だ。用心したまえ」
「そうか、ありがとう。プロフェッサー、リ・ホームの進路をジェネシスαに…」
「待ちたまえ。まだ全てを話していない」
 急く影太郎を、ルキーニは少し慌てて止めた。今、彼に死んでもらっては困るのだ。
「この宙域にはオーブの軌道ステーション・アメノミハシラがあるのだが、これも連中
の手に落ちている。なぜかは知らないが他の使徒や亜使徒もいるし、MSもかなりの数
だ。今の君達の戦力では、この難攻不落の要塞に近づく事も出来ないだろう」
 そこで、とルキーニは提案した。怪しげな男だったが、彼の提案はなかなかいいもの
だった。



 ルキーニの提案を聞いた後、ロウ達は二手に分かれた。ロウ達のリ・ホームはルキー
ニが教えてくれた宙域に向かい、サーペントテールを乗せたシャトルはリ・ホームとは
別方向に向かった。
 サーペントテールのシャトルがリ・ホームを離れて、二日が過ぎようとしていた。航
海は順調に進み、
「そろそろ目的地に着くわよ。みんな、準備はいい?」
 艦を操縦するロレッタが声をかけるが、その必要は無かったようだ。劾とイライジャ
は既にMSに乗っているし、リードは副操縦席で待機。風花は、
「あら? あの子、どこに行ったのかしら?」
 ロレッタは嫌な予感がした。その予感は的中していた。彼女の娘は、リ・ホームから
再びこの艦に持ち込まれたドレッドノートの操縦席に入り込んでいたのだ。
「だ、駄目ですよ、風花ちゃん……。こんな事をしたら、あなたも危ないですよ」
 ドレッドノートの操縦席に座っているのはプレアだった。顔色が悪いが、それでも風
花をMSから下ろそうと説得する。しかし、
「危ないのはアンタの方よ。昨日も倒れたし、今だって体調、良くないんでしょ? そ
んな体で戦おうなんて自殺行為よ」
「でも、このMSは…僕でないと、真の力を……引き出せないんです。だから……」
「だからアタシも行くわ。アタシは小さいから邪魔にならないし、万が一の事があった
らドレッドノートを操縦して艦に戻る。この前も言ったでしょ? 一人で戦おうとしな
いで、仲間を信じて戦おうよ。みんなで生き残る為に」
「風花ちゃん……。君はどうして、そんなに」
 プレアが何か聞こうとした時、艦内に警報が鳴り響いた。敵襲を告げる音だ。ブルー
フレーム・セカンドの操縦席に座る劾の耳にも、警報の音は届いた。
「向こうから来たか。手間が省ける。イライジャ、フィア、準備はいいな?」
「ああ。いつでも行けるぜ」
「こっちも準備OKよ。サーペントテールのスナイパー殺しはまだまだ健在だって事、
見せてあげるわ。夏、あんたも頑張りなさいよ。イライジャにいいところを見せるチャ
ンス…」
「も、もちろん、拙者も頑張るでござるよ。劾殿、こちらは任せてくだされ!」
「ああ、頼りにしている。プレア、そっちは…」
「劾、こっちはアタシがいるから大丈夫よ!」
「風花、お前……」
 驚く劾だが、瞬時に風花の思いを受け取った。彼女は年齢は子供だが、その心はもう
立派なサーペントテールの一員だ。風花が自分の意志で決めた事ならば、劾にも止める
権利は無い。
「分かった。だが無理はするな。お前が死んだらロレッタが悲しむ」
「了解! 劾、心配しないで。アタシもプレアも死ぬつもりは無いわ」
 頼もしい返事だ。苦笑いをした劾は、艦を操縦しているロレッタと通信を繋げる。
「ロレッタ、風花の事だが…」
「ええ、今、聞いたわ。まったく、あの子ったら普段は慎重なくせに、妙なところで無
茶をするんだから。誰に似たのかしら?」
「君にそっくりだと思うが」
「冗談として受け取っておくわ。それより敵だけど、数は十。MSが三機と、MAが七
機。MAは全部メビウスね。MSは…」
 敵の陣容はルキーニの情報どおりだった。ならば勝てる。劾は自軍の戦力を改めて分
析して、作戦を確認する。
 自分のブルーフレーム・セカンド。
 イライジャのジン。
 フィアのケンタウロス。
 助っ人に来てくれた宮城夏のストライク撃影。
 そして、自分から着いて来ると言い出したプレアのドレッドノート。プレアの真意は
分からないが、ドレッドノートの性能を発揮してくれれれば、
「この戦い、必ず勝てる」
 劾はそう判断した。勝利の鍵はプレア・レヴェリーが握っている。



 所属不明の艦が接近している、という報告を聞かされた宇宙要塞アルテミスの面々は
少し驚いたものの、その後は冷静に対応した。ある事情により、この要塞の人員の数は
少なくなっていたが、いずれの顔にも気合が満ちている。
 アルテミスから三機のMSと七機のMAが発進した。その後、アルテミスは光波防御
帯に包まれた。
「これでアルテミスは絶対に安全、か。後方を気にする事無く戦えるというのはいいも
のだな」
 ハイペリオン2号機の操縦席に座るロンド・ミナ・サハクは、心からそう思った。弟
に裏切られ、その為にサーティーンを失った彼女は、今までよりも仲間を気に掛けるよ
うになっていた。そんな彼女をカナードは、
「ふん」
 と、相手にしなかった。思ったよりも軟弱な女だと言いたくなったが、
「おや、カナードさん。ロンドさんに何かご不満でもあるんですか?」
 ハイペリオン3号機のミストの言葉に遮られた。どうもこの女は苦手だ。ミストはそ
の名の通り、まるで霧のように掴み所の無い女だった。本心がまったく分からず、油断
できない。
 ともあれ、三人の元・亜使徒をパイロットにした三機のハイペリオンは、七機のメビ
ウスを引き連れて宇宙を駆ける。これが今の彼らの全戦力だった。アメノミハシラに比
べたら乏しい戦力だが、だからこそ負ける訳にはいかない。
 アメノミハシラを攻略して弟を救おうとするミナに対して、カナードはアルテミスの
攻略を提案した。あの要塞の事は知り尽くしているし、指揮官のガルシアは無能な男
だ。それにアルテミスにはハイペリオンの2号機と3号機がある。ロンドのM1−Aと
ミストのズィニアも悪いMSではないが、数で劣るこちらがアメノミハシラを落とす為
には、ハイペリオンの防御力は必要不可欠だ。
 ロンドはカナードの提案を聞き入れ、すぐにアルテミスに向かった。わざと投降した
カナードをガルシアは疑いもせずに捕らえた。ガルシアが有頂天になっている隙にカナ
ードは脱走。光波防御帯のスイッチを切り、母艦オルティギアをアルテミスに近づけさ
せて攻撃させる一方、わざと鹵獲させたハイペリオンを奪還して、要塞内部で暴れまく
った。
 途中、『アルテミスの荒鷲』を自称するバルサム・アーレンド少尉がハイペリオン2
号機で抵抗したが、カナードの敵ではなかった。カナードはハイペリオンの《アルミュ
ーレ・リュミエール》のエネルギーを槍状にして、2号機の《アルミューレ・リュミエ
ール》を貫き、操縦席にビームナイフの刃を近づけた。これは以前、彼に屈辱を与えた
敵の戦法を利用したものだった。
「憎い敵が考えたものだろうと、勝てるのなら使ってやる。俺が強くなる為に!」
 バルサムはあっさり降参。ここまで来れば後は簡単だ。司令室にいたガルシアはロン
ド・ミナのM1−Aの銃口を突きつけられると、こちらもあっさり降伏した。戦闘開始
からわずか一時間で、アルテミスはロンド達の手に落ちた。
 ガルシアを始めとする将校達とバルサムは独房に閉じ込められた。ロンド・ミナはア
ルテミスの兵士達にダブルGの事を教え、共に戦ってほしいと願った。賛同してくれた
のは三十一名。平和に慣れ切っていたアルテミスの兵士にしては、なかなかの数だろ
う。賛同しなかった兵士達はガルシア達と同じく牢に入れられた。ミナはここを拠点に
戦力を整えるつもりだったのだが、突然の敵襲が予定を変えてしまった。しかもその敵
機は、
「あれはプロト03…! では相手はサーペントテールか」
 さすがのミナも、地球圏最強といわれる傭兵部隊の襲来には驚かされた。しかし、同
時に別の考えも浮かぶ。
『プロト03も優れたMSだ。我々の物にすれば、あるいは……』
 弟を思う姉の心は、唯一つ。弟を神の呪縛から救いたい。その為には力がいる。絶対
的な力が。
 力を求めるミナ。だが彼女の敵の中には、自分の力の使い方に悩む者がいる。
『どうして僕はついて来たんだろう。どうして僕は、戦おうとしているんだろう。戦い
たくなんてないのに……』
 悩みながらもプレアは操縦桿を握る手を緩めない。彼が死ねば、一緒に乗っている風
花も死ぬ。それは絶対にダメだ。残り少ない自分の命に代えても風花は守る。プレアは
自分と、自分を信じてくれた人達に誓った。守る、と。生きる、と。勝つ、と。



 一方、サーペントテールと別れたロウ達は、二日間の航海の末、ある宙域にたどり着
いた。デブリ帯と呼ばれ、小惑星の破片が多く漂うこの宙域は、身を隠すには絶好の場
所だった。
「お、いたいた。ロウ、お前は初めて見るんだよな。あれが俺達の友達が乗っている大
天使だ」
 影太郎が見つけたのは、岩の間に巧みに隠れている宇宙艦だった。アークエンジェ
ル。かつてアフリカで影太郎達と共に戦い、今は地球軍を離反して独立部隊ディプレク
ターとして戦う、白き不沈艦。
 その隣には、見慣れぬ艦がいる。だが、ルキーニからの情報で名前は知っている。二
振りの剣を併せた様な船首の艦はオーブの宇宙艦クサナギ。ピンク色の船体が特徴的な
艦はザフトの新型艦エターナルだ。
「連合とオーブ、そしてザフトの艦が一緒にいるなんて、随分と珍しい光景だな」
「ホントね。でも、何だかちょっと嬉しいかも」
 樹里の気持ちは分かる。国や軍の境を越えて集った彼らこそ、ダブルGの陰謀に対抗
できる最大の希望。だからこそ、ここに来たのだ。
 キラ達との再会に心を躍らせながら、影太郎は考えていた。宇宙要塞と化したアメノ
ミハシラの攻略。それは影太郎達にとって最も厳しい戦いになるだろう。
『それに嫌な予感がする。俺達の行く手には得体の知れない何かが潜んでいるような、
そんな気が……』
 それでも影太郎達は進むしかない。それが影太郎の決めた道であり、彼の生き様なの
だから。

(2008・1/19掲載)
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