第23章
 苦悩の果てに

 アルテミスを遠くに見ながら対峙する、二つのMS群。傭兵部隊サーペントテールと
ロンド・ミナ・サハク率いるアルテミス防衛部隊。
 防衛部隊は、ロンド・ミナとカナード、そしてクロナが乗る三機のハイペリオンと、
七機のメビウスによって構成されている。対するサーペントテールのMS数は四機。劾
のブルーフレーム・セカンドを中心に、プレアのドレッドノートと夏のストライク撃
影、そしてイライジャのジン。MSの数の上では有利だが、劾は油断しない。鉄壁の防
御力を誇るハイペリオンの恐ろしさは、以前の戦いでよく知っている。簡単に倒せる相
手ではない。
『対抗策は用意してあるが、気は抜けないな』
 劾は少し緊張しながら、ハイペリオンに通信を送る。今回のミッションの目的は戦闘
ではないのだ。
「俺はサーペントテールの叢雲劾。ロンド・ミナ・サハク、お前に話がある」
 名前を呼ばれたミナは驚いた。
「……ほう。私の事を知っているようだな。どうして私がここにいると分かった?」
「情報屋が教えてくれた。性格に難はあるが、情報屋としては優秀だ」
 ケナフ・ルキーニの顔を思い出しながら答える劾。あの男には大きな借りが出来てし
まった。借りを作りたくない相手なのだが、今回は仕方ない。この戦いには人類の存亡
が掛かっているのだ。
「時間が惜しいので単刀直入に言うぞ。俺達と手を組まないか?」
「!? 何、だと……」
 またも驚くミナ。だがその一方で、劾の提案の理由と意味、そして自分へのメリット
とデメリットを考える。
「……お前達、アメノミハシラを攻撃するつもりだな。しかし、今のお前達の戦力では
防備が強化され、要塞と化したアメノミハシラを落とすのは不可能。だからあの施設に
ついて詳しい私の力を求めているのか」
「そうだ。ディプレクターにも協力を要請している。これから始まる決戦の前に、ジェ
ネシスαも、アメノミハシラも、落とさなければならない存在だ。お前はダブルGと袂
を別ったと聞いた。俺たちに手を貸してほしい」
 劾の申し出はミナにとっても渡りに船だ。アルテミスを掌握したとはいえ、自軍の戦
力はまだまだ小さい。アメノミハシラと一戦を構えるには、戦力の質も量も不足してい
る。サーペントテールやディプレクターと手を組めば、戦力差を補える。ダブルGの軍
団とも正面から戦えるだろう。
 だが、
「………………断る」
 ロンド・ミナは愚かな判断を下した。自分でも間違った判断だと分かってはいる。だ
が、彼女にはそうするしかなかった。



 デブリ帯に潜んでいたディプレクターへの補給作業は滞りなく行なわれていた。オー
ブ艦のクサナギではユナがアサギ、ジュリ、マユラとの再会に涙を流し、アークエンジ
ェルでは影太郎はサイやミリアリアなど懐かしい面々と握手して、互いの無事を祝い合
った。その途中、ミリアリアに色黒の少年が食事に誘いに来たが、ミリアリアは完全に
無視。落ち込む色黒の少年をサイが慰めるという一幕もあった。
 最後の艦エターナルでの作業の途中、ロウと影太郎はダコスタに呼ばれて、エターナ
ルの艦長室に招かれた。そこで影太郎は意外な人物と再会した。
「バルトフェルド!」
 かつてアフリカで『砂漠の虎』と呼ばれ、キラとの戦いで死んだと思われたザフトの
名将。ダコスタや影太郎達によって一命を取りとめた彼は、左眼と左腕、左足を失った
ものの戦線に復帰し、エターナルの艦長に任じられたのだが、
「パトリック・ザラのやり方には納得いかなくなって、艦と歌姫と一緒に大脱走したの
だよ。一度地獄を見たせいか、少しばかりバカになったようだ」
 苦笑するバルトフェルド。その顔に刻まれた傷跡は痛々しいが、アフリカで話をした
時よりも表情が和らいでいる。恋人のアイシャを失い、自身も瀕死の重傷を負ったの
に、その苦痛を与えた相手と一緒に戦っているのだ。影太郎はバルトフェルドの心の強
さに感服した。
「キラや他のみんなとも話をしたいのだろうが、生憎うちのエースパイロット達はほと
んど寝ている。先日、メンデルで厳しい戦いがあってね。その疲れでみんながダウンし
ている間に、つまらない話を先にしたいと思ってね」
 そう言ってバルトフェルドは、懐から小さなディスクを出した。
「君達がドレッドノートを持っている事は知っている。コイツはドレッドノートのテス
トで得られたデータから生み出されたシステムの設計図だ」
 バルトフェルドはドレッドノートの件の顛末を全て知っていた。パトリック・ザラの
失脚を考えるシーゲル・クラインに賛同し、ドレッドノートをプラントから運び出す手
伝いをしたのは彼の部下だった。そもそもバルトフェルドがザフトからの離反を決意し
たのは、ドレッドノートが造られた真の理由を知ったからだ。
「自爆させる為の兵器なんて作って、しかもそれに核を搭載するなんて、パトリック・
ザラはマトモじゃない。沈みかけた船に乗り続ける程、僕は酔狂じゃないんでね」
 軽く言うが、そう決心するまでは大いに悩んだはずだ。ふざけている様に見えて、実
は真面目すぎるくらい真面目な男なのだ。
「さて、問題はこの設計図だ。僕はコイツの扱いについて非常に悩んだ。これに書かれ
た物を作ってドレッドノートに装備すれば、あのMSは更なる力を得るだろう。だが、
強すぎる力は自らを滅ぼす。コイツは扱い次第では、ドレッドノート以上に危険なモノ
だ」
 核を搭載したMSよりも危険なモノ。その言葉にロウも影太郎も少し震えた。
「このまま黙殺しようとも考えたが、それは亡きシーゲル・クライン殿の意志を無駄に
する事にも成りかねない。ダブルGとの決戦を前にした今、強い力を持った協力者は一
人でも多く欲しいところだしな」
 難しい判断に悩んでいたバルトフェルドだったが、ドレッドノートがロウ達の手に渡
った事を知り、彼らに全てを託す事にしたのだ。
「君達は連合とかザフトとか、組織に縛られずに自分の意志を通す力と心を持った人間
だ。だから私を助けてくれたし、そしてこのシステムについても正しく使ってくれると
信じている」
 バルトフェルドはロウにディスクを渡した。さすがのロウも少し戸惑っていたが、
「受け取れよ、ロウ。男の信頼に応えるのが男だぜ。お前はそれが出来る男だ」
 と、影太郎が助言した。
「プレッシャーを掛けるなよ、影太郎。分かった、こいつは預かっておくぜ」
「ありがとう。シーゲル殿に代わって礼を言おう」
 バルトフェルドは軽く頭を下げた。
「話は変わるが、君達の所には私のバクゥがあるそうだね。まあ倉庫に眠らせておくよ
りはマシだが、誰が乗っているのかね?」
「ああ、あれには樹里が乗っている。ナチュラルの女の子だ」
「ほう、あの癖の強い機体をナチュラルが……。その子はさぞ腕のいいパイロットなの
だろうな」
 感心するバルトフェルドに、ロウと影太郎は苦笑した。キャプテンGGのフォローで
何とか操縦している樹里の様子を思い出したが、これを笑う事には堪えた。
「僕の話は以上だ。そろそろキラ君達も目を覚ますだろう。会ってきたまえ」
 話を切り上げようとしたバルトフェルドだったが、影太郎はそれを止めた。
「ちょっと待ってくれ。艦長、ディプレクターのリーダーとか主だったメンバーを集め
てくれないか。大事な話があるんだ」
 ロウと影太郎は、みんなを集め、その席でジェネシスについての情報や、アメノミハ
シラ攻略の為の援軍を求めるつもりだった。だが、
「!」
「敵襲警報!? バカな、見つかったのか?」
 完全に隠れていたはずなのに、とうろたえるダコスタ。バルトフェルドはため息をつ
いて、ロウと影太郎を見る。
「どうやら君達はマークされていたようだな」
 バルトフェルドの言うとおりだろう。敵はリ・ホームの後を付けて、このデブリ帯に
潜むエターナル達を発見したのだ。何という失態。楽天的なロウや影太郎も、さすがに
唇を噛み締める。
「艦長、ここは俺達が何とかする。自分のミスは自分で償う。あらん限りの知恵と勇気
と根性を振り絞って!」
「分かった、影太郎君。我々のMSはほとんどが補給や整備中で、あまり数は出せない
からな。ここは君達に任せよう。さっきの話の続きは…」
「敵を蹴散らした後で改めて話す。行くぞ、ロウ!」
「おう!」
 二人は艦長室を走って出て行った。その後ろ姿をバルトフェルドは頼もしく思いつ
つ、同時に儚げないものを感じていた。特に、
『宇流影太郎、か……。どことなくうちの戦女神様に似ているが、何とも危ういな。激
しく燃えてはいるが、燃え尽きる前の蝋燭のようにも見える』
 自分の考えが外れている事を願いつつ、バルトフェルドはダコスタを連れて、エター
ナルの艦橋に向かう。そして各艦の戦闘可能な機体に出撃を命じた。



 デブリ帯に侵入したMSの数は二十を超えていた。機種はズィニアが大半を占めてい
る。リ・ホームの艦橋のモニターにも、ズィニアの姿が映し出された。
「あれはダブルG軍団のMSですね。アークエンジェルからの情報によると、機体名は
ズィニア。かなり強力な機体みたいですね」
「知ってるわよ。地球でも苦労させられたわ」
 プロフェッサーはギガフロートの戦いを思い出した。実弾攻撃を受け付けず、高い防
御力を持つPS装甲を装備した量産MS。厄介な相手だが、
「私達が呼んだようなものだし、やるしかないわね。ルキーニからのプレゼントもある
し、何とかなるでしょう。みんな、頼んだわよ」
 プロフェッサーの頼みに応えるように、リ・ホームからMSが出撃した。ロウのスタ
ンピードレッドを先頭に、影太郎のリトルフレームとブレイブ、ウィズ、ガッツの三機
のマシン、ナイン・ソキウスのデネブが飛び出す。更にその後には、
「私だって!」
「樹里!? お前にはまだ戦闘は無理だ、下がってろ!」
「ロウ、心配無用だ。私がついているよ!」
 樹里が操縦するバルトフェルド専用バクゥの後部座席には、キャプテンGGの立体映
像が座っていた。ご丁寧に宇宙服まで着ている。キャプテンGGはリ・ホームのホログ
ラムデータの転送有効範囲内ならば、MSの遠隔操作が可能なのだ。予めMSにもデー
タを組み込んでおく必要はあるし、コントロールシグナルの有効範囲から出たら操縦で
きなくなるのだが、
「樹里は仲間を、君を守りたいと思っている。ファンの思いには応えないとね」
「なっ…!」
 隠していたロウへの気持ちを言われて、顔を赤くする樹里。更に影太郎も、
「恋する乙女の気持ちは強いな。分かった、俺も出来るだけフォローする。頑張れよ、
樹里」
「あああああああああああああっ!!」
 戦う前から大ダメージを受けてしまった樹里だったが、
「ちょっと、そんな所でボーッとしないでください。邪魔ですから」
「あ、ご、ごめん、マルコ」
 樹里のバクゥは横に動き、マルコのMSに前を譲る。
「まったく……。サーペントテールや夏さんが居ないからって、僕まで駆り出されるな
んて。しかもこんなクセの強いMSに乗せるなんて……」
 文句を言いながらもマルコは機体の動作をチェックする。このMSの名はゲル・フィ
ニート。六つ目のセンサーを搭載した頭部と、両肩の四対の羽状ユニットが特徴的な、
独特のフォルムをしたMSである。
「あの情報屋も、どうせならもう少し強いMSをくれれば良いのに。武器らしい武器も
無いこんな欠陥品の試作機で、しかもコンペティションで負けた機体を…」
「そこの坊や、ブツクサ言わないの。こんな事なら、お嬢ちゃんを乗せた方が良かった
かしら?」
 プロフェッサーの言葉にマルコはゾッとした。四六時中、彼にくっついて離れなかっ
た『娘』の顔を思い出す。いや、顔は可愛いのだが、さすがにずっと一緒というのは疲
れる。このMSに乗る時も、一緒に乗ろうとする彼女を止めるのには苦労した。「君を
危険な目に合わせたくないんだ」なんて一昔前の漫画みたいな言葉で納得してくれたの
には拍子抜けしたが。
「わ、分かりました、やりますよ。僕だって、まだ死にたくはありませんから」
 夏やフィア、プレアをサーペントテールに着いて行かせた為、数ではこちらが圧倒的
に不利だ。この戦力差をひっくり返すには、ゲル・フィニートの力が必要なのだ。
 先を行っていたリトルフレームやスタンピードレッド、デネブを退けて、ゲル・フィ
ニートが先頭に立つ。敵MSの姿は肉眼でも見える。大分近づいている。武器を持たな
いゲル・フィニートは、このままでは秒殺されるだろう。だが、
「あー、もう、簡単なようで難しい仕事なんだよなあ。プログラムの最終調整はOK、
後は…」
 マルコに焦りの色は無い。冷静に手を動かしつつ、何かを待っている。
 じりじりと近づいて来るズィニア達。戦いは間近だと思われたその時、
「入った! 今だ!」
 敵が狙いどおりの距離まで来てくれた事を知ったマルコは、スイッチを押した。
 ゲル・フィニートの両肩の羽状ユニットが展開し、ユニットの先にある穴から極めて
小さな粒子が放出される。放出された粒子は次々とズィニアに取り付き、
「ウィルス送信!」
 ゲル・フィニートから送信されたコンピューターウィルスをズィニアの量子コンピュ
ーターに送り込む。これがゲル・フィニートの唯一の武装《バチルスウェポンシステ
ム》である。コロイド粒子を媒介として、MSに使用されている量子コンピューターを
汚染するウィルスを流し込み、その動作を封じ込め、操る事も出来る。無人機であるズ
ィニアにとっては天敵ともいえる、ある意味では最強の武器なのだが、
「うわっ、もうエネルギー切れ!? 何て燃費の悪い装備なんだ……」
 ルキーニから聞かされてはいたが、ゲル・フィニートの致命的な欠点にマルコはため
息をついた。武装の貧弱さと、稼働時間の短さ。これがこの機体が正式採用されなかっ
た理由である。
「稼働時間の延長なら、何とかなりそうなんだけどなあ。まあ、いいや。僕の仕事は終
わったし。ロウさん、後は任せてもいいんですよね?」
「ああ、上々だ。残りの敵は俺達に任せろ!」
 気を引き締めるロウ。これで終わりだとは思っていない。こちらの意図を察して、ズ
ィニア達をオトリ役にした敵がいる。二十機のズィニアを失っても、こちらに勝てる自
信を持っているのだ。それが過信でなかったら、無人機よりも厄介な相手だ。
「マルコ、リ・ホームの方は頼んだぞ」
「…………」
 影太郎にマルコは返事をしなかった。今回は助けてしまう事になったが、いずれはこ
の男とは戦う事になる。馴れ合うつもりは無かったし、これ以上、この男を助けたくな
かった。
「こちらが挨拶しているのに、あの態度。気に入らないな」
「そう言うなよ、ナイン。あいつはまだ正式に俺達の仲間になった訳じゃないからな」
「『まだ』か。いずれは仲間になると思っているのか?」
「ああ。あいつとは仲良くなれる気がするんだ。お前みたいにな」
 影太郎のその言葉は、ナイン・ソキウスに喜びを与えた。ソキウスの中で最も強い自
我を持つが故に孤独だった少年にとって、影太郎は自由を与えてくれた恩人であり、最
初の友だった。だから守る。絶対に。
「来たぞ!」
 ロウが敵の出現を報せる。ミラージュコロイドで姿を隠していた大型MAが二機、デ
ブリの影に隠れていたMSが二機、その姿を現した。どちらも新型機のようだ。
 二機のMAは同型だが、一機は紫と黒に、もう一機は白と薄緑に染められている。ジ
ン・ハイマニューバに似ている配色だ。その形状は歪(いびつ)としか言い様がなく、
どことなくではあるが(ロウ達は見た事がないが)アスラン・ザラのかつての乗機イー
ジスのMA形態に似ている。
 MSの方はどちらも同じ色をしている。黒と赤に塗り分けられた、炎や悪魔を連想さ
せる機体色だ。巨大な翼と、両手に装備された怪物のような小型ユニットも不気味で、
姿だけでも相手を緊張させる。
【ロウ、あのMSの腰を見ろ。刀を持っているぞ】
 8(ハチ)の言うとおり、黒と赤のMSの片方は、レッドフレームの《ガーベラ・ス
トレート》に似た刀を腰に装備している。
「あいつ、まさか……」
 戦慄するロウ。彼の前に現れた、この異形の機体達の操縦者も、機体に勝るとも劣ら
ない『異形』であった。肉体ではなく、その心が。
「うふふふふふふふふふふ、ジャンク屋組合の動きを見張っていたら、ついに見つけた
わよ。あたしを捨てたオーブの死に損ないども、あたしがまとめて送ってあげるわ。ウ
ズミ・ナラ・アスハがいる地獄へね!」
 憎むべき国の生き残りを前にして、MSの操縦席で舌なめずりをするマクシー・ミガ
ゲノ。
「ベルゼルガか。さすが我が神が送ってくださったMS、いい機体だ。これならば存分
に戦えそうだな」
 強力なMSに乗り込んで、闘気を高める不動剛馬。
「フフフフ……。要塞に籠もっているのは性に合わないのでマクシーの奴に着いて来た
が、とんだ大物に出くわしたな。相棒、お前もそう思うだろう?」
 紫と黒のMAを操るアッシュ・グレイは、同型機のパイロットに通信を送る。相手は
冷静な声で、
「どんな相手でも、私は手術(オペ)をするだけだ。私に出来る最高の手術を、完璧な
手術を。つまり完全なる勝利を。このリジェネレイトならば、それが出来るはずだ」
 と返答した。『ドクター』の異名を持つミハイル・コーストらしい冷静な答え。だが
その声は、人間のものとは思えないくらい冷たいものだった。



 ロンド・ミナ・サハクも劾も、戦いは望んでいなかった。しかしミナは戦うしかなか
った。彼女が乗るハイペリオン2号機のビームマシンガンがブルーフレーム・セカンド
を狙い撃つ。ビームをかわしながら、劾は考える。
『ケナフ・ルキーニの情報も当てにはならんな。ロンド・ミナ・サハク、もう少し賢い
女だと思ったのだが』
 望まぬ戦いだが、銃を向けられたからには戦うしかない。ブルーフレームは背部の
《タクティカル・アームズ》をガトリング形態にし、ビームマシンガンの射撃をかわし
ながらハイペリオンを狙い撃つ。改良して実弾とビーム弾を交互に放てるようになった
ガトリング砲だが、実弾もビームも光の壁によって防がれてしまった。
「光波防御帯。やはり使ってくるか」
 攻撃を防がれても冷静な劾に対して、ロンド・ミナの心は大きく揺れ動いていた。ダ
ブルGと戦うのならば劾達と手を組んだ方がいい。それは分かっている。だが、
「叢雲劾、一つ聞かせてくれ。お前はギナを、私の弟をどうするつもりだ?」
 それこそがミナが劾と戦う唯一にして最大の理由だった。返答によっては、ミナは本
気で劾を殺すだろう。劾は迷う事無く、こう答えた。
「倒す。いや、殺すと言った方がいいか」
「…………本気なのか?」
「ロンド・ギナ・サハクを生かして捕らえる理由も、その必要性も俺には無い。敵には
情けを掛けず、倒せる時に確実に倒す。それが傭兵のやり方だ。手を抜いて戦える相手
でもなさそうだしな」
 劾は彼らしい判断を下した。それがどんな結果を生むのか、承知の上で。
「……………………分かった。ならばお前は私の敵だ! 私はギナを、弟を、私の半身
を守る!」
 非情な劾への怒りと、弟への愛情を力に変えて、ミナは劾に挑む。ハイペリオン2号
機は《アルミューレ・リュミエール》を展開。光の壁で全身を覆い尽くして、ブルーフ
レームの攻撃を完全に防ぐ。
 二人の会話は周囲の機体にも伝えられていた。弟を思うロンド・ミナの叫びを聞いた
プレアは、この戦いが無意味なものだと感じた。ロンド・ミナは悪い人間ではない。弟
を愛する優しい姉だ。戦う必要など無い、話し合えば分かり合えるはずだ。だが、ミナ
は劾を狙っており、プレアの前に立ちはだかる敵も銃を下ろさない。
「そのMSは核動力機だそうだな。ならば俺に寄こせ! その力でハイペリオンは最強
のMSになる!」
 カナード・パルスは捜し求めていた獲物を前にして、興奮していた。そんな彼には、
「やめてください! 僕達は戦いに来たんじゃないんです!」
 というプレアの声は届かない。
「お前達にそのつもりが無くても、こっちのリーダーはやる気なんだ。奴には借りがあ
る。今は従ってやるさ。そうすればオレも強くなれるからな!」
 ミナの怒りを理由に、ドレッドノートを襲うカナード。ビームマシンガンの連続ビー
ムに対して、ドレッドノートは盾で防ぐしかない。
「プレア、このままじゃ!」
 同乗している風花が叫ぶ。彼女が心配しているとおり、このままでは打ち落とされる
だろう。戦うしかない。風花を、自分を守る為に。
「…………」
 プレアは自分がなぜ、ここに来たのかを思い出す。プレアはドレッドノートに自分を
重ねていた。戦いの中で死ぬ運命を与えられたこの機体を、自分の写し身のように感じ
たのだ。戦う運命を与えられたもの同士、ドレッドノートと共に戦場に行く事で、戦う
だけではない『何か』が得られるのではないかと思った。しかし、それは間違いだった
のだろうか?
「分からない……。けど、今は戦うしかない。戦場に出たからには、こうなる事は覚悟
していたんだから!」
 カナードの攻撃を防ぎつつ、反撃の機を伺うプレア。戦う事で運命を切り開く時もあ
るのだと信じて、操縦桿を強く握る。
 一方、クロナ・ギウムが、いやミストが乗るハイペリオン3号機には、夏のストライ
ク撃影とイライジャのジンが挑んでいた。しかし、
「くっ、またかわされた。逃げるだけか、あいつは?」
「妙でござるな。戦う気が感じられないでござる……」
 ミストのハイペリオンは撃影やジンの攻撃をかわしたり、防いだりはするものの、反
撃をまったくしなかった。夏の言うとおり、戦う意志も殺気も感じられない。
 かと言って通信しようとすれば、銃口を向けてくる。しかし引き金は引かない。
「あのパイロット、何を考えているのでござる?」
 首を傾げる夏。真面目な彼女を迷わせているミストは、
「ふわあああああああああ……」
 欠伸をしていた。
「面倒な事になったなあ。ロンド・ミナ・サハクの気持ちは分からないでもないけど、
ここはこいつ等と手を組むべきだよ。僕はこいつ等の事は嫌いじゃないし、僕が殺した
いのは神様だけだし」
 ミストの目的は、打倒ダブルGのみである。それ以外の事には興味は無いし、必要以
上にロンド達に手を貸すつもりも無い。
「今回は三叉槍も持っていないし、高見の見物をさせてもらおうかな。ああ、後方のメ
ビウス部隊、君達は手を出さないでよ。怖ーいスナイパーが狙っているからね」
 ミストは遠くにいる敵の気配に気が付いていた。彼の言うとおり、後方に下がってい
たサーペントテールの宇宙船の近くで、フィアが操縦するケンタウロスが狙撃用のライ
フルを構えていた。敵が一気に動いたり、劾の要請があれば援護射撃をするつもりだっ
たが、
「やりにくいわね。MA部隊は動かないし、一対一の勝負を邪魔したくないし、劾は何
も言ってこないし。ロレッタ、どうしよう? 風花ちゃんが乗っているドレッドノート
の援護をする?」
「その必要は無いみたいよ。あの子は運が良いし、あの男の子も頑張ってくれるわ」
 娘と彼女が選んだ少年を信じるロレッタに、フィアは母親というものの強さを見た。



 ディプレクターが隠れていたデブリ帯では、ダブルG軍団と影太郎達の戦いが行なわ
れていた。ほとんどのMSが整備中だった上に、エースパイロットが休息していた為、
出撃が遅れているディプレクターに代わって奮闘する影太郎達。だが、敵はいずれも並
の相手ではなかった。
「邪魔な奴は全て消す、殺す! それが俺の目的だ!」
 MAリジェネレイト1号機に乗るアッシュ・グレイは、影太郎のリトルフレームを追
い詰める。デブリの間を逃げ回るリトルフレームを、リジェネレイトはPS装甲でデブ
リを砕きながら追いかける。
「くっ、何てスピードだ。けど!」
 リジェネレイトは大きさの割にスピードが速すぎる。小回りは利かないはずだと考え
た影太郎は、デブリの影に三機のマシンを隠して配備していた。そして敵MAが迂闊に
突っ込んできたところを四機で囲んで、
「なかなかいい作戦だ。だが、この機体には通用しない!」
 包囲網に入る直前、リジェネレイトはMAからMSに変形。その際の衝撃と反動でブ
レーキをかけて停止した。
「なっ、こいつはMSだったのか! しかも……」
 巨大なバックパックを背負ったリジェネレイトMS形態の威容と巨体は、影太郎をも
圧倒させた。敵を萎縮させたと感じたアッシュは通信回線を開いて、己の欲望を語る。
「ザフトから受けた俺の任務は、戦局を混乱させているラクス・クラインの抹殺! 神
もそれを望んでいる。だが、俺の目的はその先にある!」
「何だと?」
 語っている間もアッシュは攻撃の手を緩めない。リジェネレイトの四肢の先端からビ
ームサーベルを放出させて、リトルフレームと三機のマシンに切りかかる。
「それは、より多くの人間を殺す事! 軍隊も戦争も関係ない。その都度、適当な建前
を手に入れて殺戮を遂行するのが俺の目的だ!」
 人を殺した後、アッシュは殺した人間の数だけ、粗末な作りの人形を手に入れる。そ
れを棚に入れてコレクションとして飾り、楽しんでいる。
「神は俺に最高の殺しの舞台を与えてくれた! だから俺は殺すのさ、神に逆らう奴
を、俺の獲物を!」
 四方から襲ってくるビームサーベルを、リトルフレームはその機動性でかわす。三機
のマシンもウィズとブレイブはかわし、動きの遅いガッツは少し当たったが、頑丈なシ
ョベルの先端だったので大したダメージは無かった。
「ほう、宇宙でショベルカーとは面白いと思ったが、なかなかやるな。それでこそ殺し
甲斐がある!」
「お前は……! そんな無茶苦茶な理屈が通ると思っているのか!」
 怒る影太郎はウィズとブレイブに砲撃させて、その隙にガッツと共にリジェネレイト
の懐に飛び込む。巨大な相手に対する定石ともいえる戦法だ。リトルフレームは《ヒナ
ワ》からビームサーベルを放出してリジェネレイトの胴体を斜めに切断。そしてガッツ
のショベルで、強烈な一撃を叩き込む。PS装甲も衝撃までは無効化できず、リジェネ
レイトの傷は広がり、胴体は見事に両断された。だが、
「やるじゃないか。だが、それで勝ったと思うのは早いぞ」
 アッシュは無事だった。リジェネレイトの操縦席はバックパックにあるのだ。
 デブリの影から、巨大なカプセルが飛び出してきた。カプセルが分解されると、中か
らリジェネレイトの手足と胴体が一つになったパーツが出て来た。リジェネレイトは損
傷したパーツを切り離し、新たなパーツと合体。元通りの姿になる。
「残念だったな。お前が斬ったのは本体じゃない、ただの予備パーツだ。斬られたパー
ツを廃棄して、新しいパーツにすれば再生完了! リジェネレイトは不死身のMSなん
だよ!」
 勝ち誇るアッシュ。操縦席があるバックパックこそがリジェネレイトの本体なのだ。
「リジェネレイトも俺も不死身! そして俺は殺し続ける。神と共に、全ての人間を殺
すのさ!」
「くっ、なぜだ、なぜ人間を殺そうとする! 人をたくさん殺せば平和が来ると思って
いるのか!」
「平和? はっ、そんなものに興味は無い。言ったはずだ、俺の目的は人を殺す事。た
だそれだけだ。楽しいから殺すのさ。ザフトもダブルGも俺に人を殺す力を与えてくれ
る。奴らが与えてくれた武器を使って、俺は自らの心の声に従うのだ。もっと多く、も
っと速く、もっと殺せとなっ!!」
「お前は……!」
 影太郎はこの男に恐怖と怒りを感じた。この男は悪魔だ。どんな過去があったのかは
知らないが、今のこの男は間違いなく邪悪だ。今ここでこいつを止めなければ、大勢の
人が殺される。
「させるものか! 俺の知恵と勇気と根性を振り絞って、お前を倒す!」
「小僧が! 貴様ごときに、その貧弱なMSに何が出来る? 出来ると言うのならやっ
てみせろ。死ぬ前に俺を楽しませてみせろ!」
「おお、望みどおりに!」
 そう言った直後に、白い煙幕が辺りを包む。宇宙の闇さえ覆い隠すほどの煙はすぐに
晴れ、その後に巨大なMSを残した。
「ちっ、宇宙用の特殊煙幕とは小ざかしい真似を、! あ、あれは……」
 恐れ知らずのアッシュ・グレイをも絶句させる巨体。蟻のようだったリトルフレーム
が三機のマシンと合体する事によって誕生した巨神。その名は、
「これがB・I・Gアストレイだ! 覚悟しろよ、殺人鬼。お前はここで叩き潰す!」
「……ふん、粋がるなよ、ガキが。リジェネレイトの力、まだまだこんなものではない
ぞ!」
 激突する二体のMS。パワーのB・I・Gアストレイとスピードのリジェネレイト。
どちらが勝つのかは誰にも分からない。
 そんな死闘は他でも繰り広げられていた。ロウ・ギュールのスタンピードレッドと不
動剛馬のベルゼルガ。高速で飛び回るベルゼルガを、レッドもそれに匹敵するスピード
で追いかける。
「このベルゼルガについて来るとは、大したMSだ。しかし刀は持っていないのか。ロ
ウ・ギュール、貴様があの老人から受け継いだはずの刀はどうした?」
「《ガーベラ・ストレート》なら今、改造中だ。刀じゃなくて鞘の方だけどな」
【スタンピードレッドのパワーは強すぎて、そのまま振るえば反動が強すぎて《ガーベ
ラ・ストレート》の刀身が傷付く恐れがある。まったく、そういう事はもっと早く考え
ておくべきだ】
「うるせえ。お前だって、こいつが完成するまで気が付かなかったくせに」
「ふっ。面白いコンビだな、お前達は。あの老人が気に入ったのも頷ける」
 呑気に話しているように見えるが、この間にもスタンピードレッドとベルゼルガは激
しい戦いを繰り広げていた。レッドがパワーエクステンダーから生み出した強大なパワ
ーを込めて拳を振るうが、剛馬のベルゼルガはこれをかわした後、鋭い蹴りを放つ。し
かしレッドもこれをかわして、反撃の蹴り。かわすベルゼルガ。銃火器は使わない、肉
弾戦のみ。馬鹿らしくも見えるが、同時に崇高ささえ感じる戦いだった。
「不動剛馬、腰の刀は抜かないのか? それ、あんたが自分で作った刀だろ?」
「そうだ。名は《キング・オブ・レオ》。お前の《ガーベラ・ストレート》と戦い、手
に入れる為に作った刀だ。だから《ガーベラ・ストレート》を持っていない、サムライ
でもないお前に振るう事は出来ん」
「そうか、残念だな。俺はサムライじゃなくて、ジャンク屋だからな」
「この刀は俺がサムライと認めた者にだけ振るうつもりだ。宮城夏、あの娘は見所があ
る。《キング・オブ・レオ》の相手に相応しいサムライになってほしいものだ」
「あいつならその期待にきっと応えてくれるさ。けど、その前に俺とも戦ってくれよ。
蘊・奥(ウン・ノウ)の爺さんには悪いが、仇討ちじゃないぜ。あんたとの喧嘩は楽し
いからな!」
「ジャンク屋とは血の気の多い連中が集まっているようだな。いいだろう、刀を持たぬ
者に倒されるというのなら、この身が未熟だったという事。だが、忠義の為に戦うサム
ライに敗北は無い!」
 拳のみ、蹴りのみで戦うロウと剛馬。しかし剛馬と同じベルゼルガに乗るこの男、マ
クシー・ミガゲノは、剛馬とはまったく違う戦い方をしていた。
 ミハイル・コーストが駆るリジェネレイト2号機を引き連れたマクシーの獲物は、ナ
インのデネブと樹里(とキャプテンGG)が乗るバクゥである。
「ミハイルちゃんあの目障りな犬っころを仕留めて。あたしはこっちの裏切り者を始末
するわ」
「分かりました。ですが、よろしいのですか? そちらの方が手強い相手だと思います
が……」
「いいのよ、いいのよ。あたし、強い相手と戦う方が燃えるの」
 それは強がりなどではなく、本気の言葉だった。ミハイルにはマクシーの気持ちが理
解できた。簡単な手術より困難な手術の方が、成功した時の達成感は大きい。それと同
じようなものだろう。
「分かりました。では」
 そう言ってミハイルは、標的をバクゥに定める。
「う、うわ、来たあ! この、この!」
「落ち着きたまえ、樹里。ファースト・コーディネイター、このジョージ・グレンの力
を信じるんだ!」
 樹里だけが操縦していたら、ものの数秒で落とされていただろうバクゥは、キャプテ
ンGGの的確な操縦によって何とか生き延びていた。武器はほとんど無いので敵の攻撃
をかわすだけだが。
「あのバクゥのパイロットは愚か者だな。宇宙ではバクゥなど的になるだけだという事
も分からないのか? 退屈な手術(オペ)だ。さっさと片付けるとしよう」
 ミハイルは取るに足らない相手だと判断し、リジェネレイトに攻撃させる。さすがザ
フトでエースと呼ばれたパイロット、バクゥの動力部を狙った正確な射撃だったが、
「なめてもらっては困るな! 伊達にファースト・コーティネイターは名乗っていない
のだよ!」
 バクゥはその四足と、作業用に増設された背部のクレーンを使った慣性によって方向
を転換。ミハイルの意表を突いた。
「な、何だ、あのおかしな動きは?」
 変則的過ぎるバクゥの動きに戸惑うミハイル。その隙に、
「えーーーーーーーい!」
 樹里が切り込む。バクゥはリジェネレイトの腕に食らい付き、バルトフェルド専用機
として装備された牙を使って砕こうとした。しかし、PS装甲のリジェネレイトの体は
傷付かず、
「この……愚か者が!」
「きゃあああああああああっ!!」
 リジェネレイトのパワーによって、無理やり引き剥がされた。
「ううむ、やはり機体性能の差が大きすぎるな。樹里、ここは一旦リ・ホームに引き上
げよう」
「う、うん。でも……あいつ、逃がしてくれるかな?」
 リジェネレイト2号機から怒りと殺気が満ち溢れている。素人の樹里にも分かる程に
大きなものだ。
「許さん、許さんぞ。愚か者の雑魚の分際で、この私の手術(オペ)を邪魔するとは、
万死に値する!」
 怒るミハイルの猛攻が始まる。樹里の危機だが、ナインは助けに行けなかった。彼も
危機に陥っていたのだ。
「あらあら、どうしたの? ソキウスってもっと強いって聞いたんだけど、情報間違っ
ていたのかしら?」
「くっ……」
 からかわれるナイン。だが、そう言われても仕方ない程に両者の実力には差が開いて
いた。ナインの攻撃は悉く先読みされてしまい、逆にマクシーの変幻自在な攻撃をナイ
ンはかわす事が出来ない。
 マクシーのMSも強力だった。マクシーのベルゼルガは両腕に装備された伸縮自在の
《グラップル・アームズ》を使用。PS装甲をも砕く特殊な刃やビーム砲を搭載したこ
の腕に、ナインは敵との間合いが計れず、翻弄された。スピードもわずかだがデネブよ
りベルゼルガが上回っている。
 デネブは手足だけでなく、胴体も各所が傷付いている。PS装甲は《グラップル・ア
ームズ》に対しては何の役にも立たない。六機の《マンダラ》を展開しても、防御陣の
死角を突かれて回り込まれ、攻撃を受けてしまう。
 ならば、攻撃は最大の防御だと《サラマンダー》を撃てば、
「あらあら、まだ分からないの? おバカさんねえ」
 MS数機を撃墜するほどのビームが、ベルゼルガには届かない。ベルゼルガに近づく
毎にビームは小さく、そして遅くなっていき、かわされてしまうのだ。
「アンチ・ビーム・コートの威力は予想以上ね。効果範囲が小さいのが欠点だけど、そ
の程度のビームなら、ね。うふふふふふふふふふふ」
 笑うマクシー。ベルゼルガの性能を完全に引き出し、ナインを翻弄している。対する
ナインも決して弱いパイロットではないのだが、
「くっ、影太郎も戦っているんだ。俺があいつの足を引っ張る訳には!」
 影太郎の役に立ちたいという気持ちが焦りとなり、力を発揮し切れていない。ナイン
を救った影太郎の友情が、ナインの足枷になっている。
「ちょっと飽きてきたわねえ。これなら、あっちのバクゥを相手にした方が楽しかった
かしら。じゃあ、そろそろ止めを…」
 刺そうとしたその時、デネブの後ろからビームが発射された。標的はベルゼルガだ。
「なっ!?」
 驚きながらもマクシーはベルゼルガのアンチ・ビーム・フィールドを展開。ビームの
威力を弱めて、これをかわした。
「ふう、今のはちょっと危なかったわね。でも、誰が撃ったのよ?」
 ベルゼルガのレーダーを見ると、こちらに近づいて来るMSの影が映っている。
「あらら。ちょっと遊びすぎたみたいね。ディプレクターの援軍だわ」
 そう、影太郎達が時間を稼いでくれたおかげで、整備を終えたディプレクターのMS
が助けに来てくれたのだ。そのメンバーは、
「ふん。ジャンク屋め、民間人にしては頑張っているじゃないか。もういい、後は我々
に任せろ。行くぞ、フレイ!」
 イザーク・ジュールのアルタイルと、
「ちょっ、ちょっと、そんなに急がないでよ。そんなに慌ててるから、さっきのビーム
だって外すのよ。もっと落ち着いて行動しないさいよね」
 フレイ・アルスターのヴェガ。それぞれ攻撃と防御に秀でたこの二機は、ナイン・ソ
キウスのデネブとは兄弟機である。
 更に、
「まったく、久しぶりに会ったのに、ろくに挨拶もしないまま死なれたのでは寝覚めが
悪すぎる。礼も言いたいし、パワーエクステンダーの感想も聞きたいしな」
 影太郎達と共に戦った事もある『煌く凶星「J」』と呼ばれる男、ジャン・キャリー
が白いM1アストレイに乗って来た。
「あの黒いMSの動き、まさかマクシー・ミガゲノか? 死んだと聞いていたが、生き
ていたのか」
 かつての拳友の変わり果てた姿に心を痛める、オーブの『拳神』バリー・ホーも助け
に来てくれた。彼は宇宙用のM1−Aアストレイに乗っている。
「アサギ、マユラ、私達もやるわよ!」
「ええ、カガリ様もユナも、守ってみせる! マユラもいいわね?」
「もちろん! 私達だってオーブ軍のMSパイロットなんだから、フリーダムやジャス
ティス、ダークネスが出て来るまで持ち堪える事ぐらい!」
 三人の少女が乗ったM1アストレイも出撃してきた。心強い援軍の登場だが、
「…………ふふ、うふふふふふふふふ。そうだった、忘れてたわ。オーブの連中、あた
しを捨てたオーブに未だに未練タラタラなおバカさん達。皆殺しにしないとね!」
 恨み重なる故国の軍を見て、マクシーの怒りの炎が燃え上がる。彼にとっても、ナイ
ン達にとっても、本当の戦いはこれからだった。



 娘の生還を信じるロレッタの強い思いは、決意を固めたプレアによって報われる。プ
レアはハイペリオンの攻撃をかわし防ぎつつ、カナードの気配を捉えようとしていた。
時間にしてわずか数秒で、プレアはカナードの気配を捉えた。集中力を高めたプレアに
は、闘気と殺気に溢れたカナードは黒く燃える炎のように感じられた。
「…………行け、《プリスティス》! 敵はあの黒い炎だ!」
 プレアの指示と共に、ドレッドノートの腰の脇のアーマーが射出された。太いコード
で結ばれたアーマーユニットは変形して、小型のビーム砲となり、ハイペリオンを攻め
立てる。しかし、
「資料で見たガンバレルに似ているな。面白い武器を使うじゃないか。だが、そんな武
器、効くか!」
 カナードは冷静に対応した。《プリスティス》のビームをビームシールドで防ぎ、ビ
ームマシンガンの先端に装備させていたビームナイフの刃で《プリスティス》とドレッ
ドノートを繋いでいるコードを切る。メビウス・ゼロのガンバレルと同じ武器ならば、
遠隔操作ユニットは本体と繋がらなければ動けない。
「ハハッ、終わったな!」
 勝利を確信したカナードは、ドレッドノートにとどめを刺そうとする。だがその時、
後方に打ち捨てられた《プリスティス》が動き出した。ユニットがコードから分離して
勝手に動き、ビームをハイペリオンに放ったのだ。
「何っ!?」
 攻撃に気付いたカナードだったが、反応が遅かった。ハイペリオンの背部ユニットは
ビームによって破壊され、《アルミューレ・リュミエール》を完全に展開する事が出来
なくなってしまった。
 これがドレッドノートに秘められた真の力、分離式統合制御高速機動兵装群ネットワ
ーク・システムこと《ドラグーン・システム》である。現時点では核エネルギーによっ
て無限ともいえる動力を得たドレッドノートだけが使える武装だ。
 量子通信を利用したこのシステムはNジャマーの妨害電波に邪魔される事無く、小型
ユニットを遠隔操作する事が可能だが、操作するには特別な才能が必要らしい。プレア
はその才能を持っていたのだが、それでも慣れない武装の操作は疲れるらしく、額に汗
が浮かんでいる。
「プレア……」
 心配する風花に、プレアは気丈に微笑む。
「だ、大丈夫です。風花ちゃんは……僕が守ります、から。……終わりに…するよ、ド
レッドノート!」
 その宣言どおり、戦いは終わった。二機の《プリスティス》とドレッドノート本体か
らの射撃を浴びたハイペリオンは、右肩と背部のユニット、そして左腕を破壊され、無
残な姿を晒した。
「うわああああああっ! そ、そんなバカな……」
 敗北の衝撃に打ちのめされるカナード。先日のスタンピードレッドのとの戦いは《ア
ルミューレ・リュミエール》を破られただけで、数の不利もあった。しかし今回の戦い
は違う。一対一の戦いで、言い訳も出来ない程の完敗だ。
「オレが負けた? キラ・ヤマトと、完全体と戦う前に負けたというのか? 奴を超え
るなど、所詮は空しい夢だったのか……?」
 動揺するカナードに、降伏を呼びかけるプレアの声は聞こえていなかった。答えない
相手に呼びかけつつ、プレアは意識を失った。気を失う寸前、風花の涙ぐんだ声が聞こ
えたような気がした。
 一方、ロンド・ミナと劾の戦いも終わろうとしていた。ミナのハイペリオンは《アル
ミューレ・リュミエール》でブルーフレームの攻撃を完全に防いでいたが、エネルギー
の残量が残り少なくなっていた。しかしハイペリオンの攻撃は劾に読まれ、全てかわさ
れていた。
「攻撃が単調だ。焦っているようだな」
 劾は好機だと考えた。そしてハイペリオンを初めて見て以来、考えていた対抗策を実
行する。
『いや、考えていた、という表現は適切ではないな。これは偶然と幸運によるものだ』
 そう自重した劾は、ブルーフレームを最高スピードでハイペリオンに直進させる。当
然ハイペリオンは光の壁の向こう側から、ビームサブマシンガンを連射。ブルーフレー
ムはこれを何とかかわして、ハイペリオンの上方に回り込む。そしてコンバットナイフ
《アーマーシュナイダー》を取り出して、《アルミューレ・リュミエール》に突き刺
す。あらゆる物を防ぐはずの光は、《アーマーシュナイダー》の刃を中に入れた。
「やはりな。ビームエネルギーによる装甲は、対ビームコーティングされた物質は防げ
ない」
 劾は《タクティカル・アームズ》を大剣形態に変形させた。この剣にはビーム攻撃を
防ぐ為にラミネート装甲が施されている。この剣なら無敵の《アルミューレ・リュミエ
ール》を突き破る事が出来る。
 だが、劾は攻撃を仕掛けなかった。ミナのハイペリオンの動きが止まったのだ。《ア
ルミューレ・リュミエール》も消えてしまった。壁の向こう側に入ったナイフの刃が、
宇宙を漂っている。
『あの刃を見て、敗北を察したか』
 劾の思ったとおり、ロンド・ミナ・サハクは自分の敗北を悟った。カナードは既に敗
れており、ミストは本気で戦おうとはしない。待機させているMAでMSの、しかも劾
の相手をするのは無謀すぎる。
 敗北を受け入れたミナだったが、聞きたい事が一つだけあった。彼女は劾に通信を送
る。
「私の負けだ。だが、降伏する前に聞きたい事がある。私がギナをどうするのかと訪ね
た時、なぜお前は嘘を言わなかった?」
 劾の冷徹とも思えるあの発言によって、ミナは戦うしかなくなったのだ。弟ギナを守
りたいミナにとって弟を殺そうとする者は、例えどんな理由があっても敵となる。それ
は劾も分かっていたはずだ。なのに、なぜ? 疑問に思うミナに劾は答える。
「例えどんな理由があろうと、誤魔化すだけの嘘をつく者を俺は信用しない。だから俺
は嘘は言わない事にしている。それだけだ」
 単純な答えだった。嘘が入り乱れる戦場で生き抜いてきた男とは思えない、いや、だ
からこそなのか、正直な思い。
「俺には家族がいない。だから、姉を殺そうとする弟を、それでも庇う姉の気持ちは分
からない。しかし、弟はそんな姉の思いには応えない事は分かる」
「……なぜだ? なぜ弟は姉の思いに応えない?」
 すがる様に尋ねるミナに、劾は冷たい言葉を浴びせる。
「そういう弟だから、姉を殺そうとしたのだろう」
「!」
 それはミナも分かっていた。今のギナは、姉を心から慕い、自らの半身と呼び、共に
生きる事を誓った弟ではない。偽りの神に魅入られ、惑わされ、歪んでしまった哀れな
男。それも極めて大きく、深い歪み。唯一の肉親さえ殺そうとした男に、もうどんな言
葉も届かないだろう。
 そんな弟の異常に、姉は気付かなかった。いや、気付かない振りをしていた。弟は私
と同じくらい賢いから、いつかきっと目を覚ましてくれる。そんな根拠の無い信頼に甘
えて、仕事に打ち込んだ。その結果がこれだ。
 弟を救えない自分に腹を立てて、真実を述べた相手に八つ当たり。何という愚かな結
末なのだろう。こんな愚かな身でサハク家を、オーブを支配しようとしていたとは。
「私は………………馬鹿者だな」
 それがロンド・ミナ・サハクの降伏宣言だった。
 劾は何も言わなかった。降伏したミナが生まれて初めて出す悲しみの嗚咽も、聞こえ
ない振りをした。

(2008・1/26掲載)
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