第24章
 ダブルG誕生秘話

 ロンド・ミナの降伏によってアルテミスの戦いは終わったが、デブリ帯のロウ達とダ
ブルG軍団との戦いは激しさを増していた。影太郎のB・I・Gアストレイとアッシュ
のリジェネレイト1号機、ロウのスタンピードレッドと剛馬のベルゼルガが一対一の死
闘を繰り広げていた。
「小僧、いい加減に死ね! お前の運命はもう決まっているのだからな!」
「寝ぼけるなよ、殺人鬼。俺の知恵と勇気と根性の結晶、このB・I・Gアストレイの
力はまだまだこんなものじゃないぜ!」
「やるな、ロウ・ギュール。やはりお前とは剣で勝負したかったぞ」
「剣の勝負は夏の方が得意だぜ。やりたきゃあいつとやってくれ。もっとも、お前はこ
こで俺が倒すけどな!」
 機体の性能、パイロットの腕、共に互角。両者一歩も譲らない。
 同じ頃、ミハイルのリジェネレイト2号機に健闘していた樹里(操縦しているのはキ
ャプテンGG)のバクゥの元に、ナイン・ソキウスのデネブとイザークのアルタイル、
そしてフレイのヴェガが来てくれた。
「樹里、大丈夫か?」
「そ、その声はナイン? た、助かった……」
「俺もこいつ等に助けられた」
 ナインは赤と青のMSを見る。デネブの兄弟機、アルタイルとヴェガ。誰が乗ってい
るのかは知らないが心強い援軍だ。ナインはアルタイルに通信を送る。
「助けてくれた事に感謝する。もう少し力を借りてもいいか?」
「構わん。俺達はお前達に力を貸す為に来たんだ。それに脱走したとは言え俺は軍人。
民間人を守るのが俺の仕事だ」
 アルタイルのパイロットは、あっさりと承知した。その声からは軍人としてのプライ
ドと、ダブルGという敵に対する怒りが感じられる。
「フレイ、お前も軍人の端くれだ。俺と一緒に戦え。いいな?」
「軍人って、私は……まあ、そうなんだけど、何かちょっと違う気がするのよね」
 歴戦の勇士という感じのするアルタイルのパイロットと違って、ヴェガの女性パイロ
ットは少々弱気だ。実戦経験が少ないのかもしれない。少し不安だが、この三人で戦う
しかない。ナインはリジェネレイトを睨み、
「樹里、こいつは俺達が片付ける。お前は下がれ」
「あ、ありがとう。でも気を付けて。あのMSは強敵よ」
 樹里は自分を苦しめた薄緑色の異形の機体を見る。キャプテンGGが頑張ってくれな
かったら、自分など十秒と持たなかっただろう。それにこの殺気。新たに来たデネブ達
を恐れるどころか、闘志を高めている。
「なるほど。確かに並のパイロットではなさそうだな。アルタイルのパイロット、お前
はどう思う?」
「同じ意見だ。ここに来るまでに見せたあの動き、奴は恐らく『ドクター』だ」
 イザークはリジェネレイトのパイロットの正体を見抜いた。こちらが三機、しかも全
て核動力機とはいえ、油断はならない相手だ。
「ミハイル・コーストか。なるほど、では俺達も気合を入れないとダメだな。樹里、早
くリ・ホームに戻れ」
「う、うん。キャプテン、下がりましょ…キャプテン、映像が歪んでるわよ。どうかし
たの?」
 樹里の言うとおり、バクゥの操縦席にあるキャプテンGGの立体映像は激しく揺らい
でいる。しかし当の本人は、
「あー、い、いや、何でもない。何でも。うん。映写システムが故障したのかな?」
 と答えるだけ。しかしその表情は少し暗い。
 一方、ナイン・ソキウスのデネブを逃したマクシーのベルゼルガの前には、ジャン・
キャリーの白いM1アストレイとアサギ、ジュリ・マユラのM1アストレイ、そしてバ
リー・ホーのM1−Aが集まっていた。五対一という不利な状況にも関わらず、マクシ
ーは不気味に笑っている。
「うふふふふふふふふふふ、結構集まってくれたわね。最初は誰を殺してあげようかし
ら? こいつらを皆殺しにした後は…」
 マクシーの視線は正面モニターからサブモニターに移る。サブモニターにはオーブの
宇宙艦クサナギが映っていた。
「オーブの生き残りどもが乗っている艦。ウズミ・ナラ・アスハの娘が乗っている艦。
うふふふふふふふ、落とすわ。あの艦は絶対に落とす! 潰す! 壊して、そして殺し
てやる!」
 興奮したマクシーは、ベルゼルガをクサナギに向かって飛ばす。しかし、その前をM
1−Aアストレイが塞ぐ。
「クサナギには行かせんぞ、マクシー・ミガゲノ!」
「あら、その声はバリー・ホーね。あんた、まだ生きてたんだ」
「それはこちらの台詞だ。二年前の事故でお前は死んだものだと思っていたが、まさか
生きていたとは。同じ師に学んだ同門としては嬉しいが、ダブルGの手下に成り下がる
とはな!」
「あんたこそ、クソ真面目もいい加減にしなさい。オーブはもう滅びたわ。消えた国に
義理立てする必要は無いでしょ?」
「オーブの火は消えていない。ウズミ・ナラ・アスハの意志は娘であるカガリ殿が受け
継いでいる。その仲間である我らディプレクターにもな」
「そう……。だったら、あんた達は皆殺しにしないとね! あの男が生きる事も、意志
が受け継がれる事も、あたしは許さない!」
 激突するかつての拳友。それと同時にマクシー達とは別の方向から進攻し、デブリの
影に隠れていた敵が姿を見せた。機種はズィニア、数は十。
「新手か。ジャン、ここは俺一人で充分だ。奴らを止めてくれ」
「了解した。アサギ君達も来てくれ。あのコソコソ隠れていた連中をアークエンジェル
やエターナルに行かせる訳にはいかん!」
「わ、分かりました。ジュリ、マユラも行くわよ!」
「了解。クサナギは絶対に守ってみせるわ」
「ユナの見ている前で、カガリ様を死なせる訳には行かないものね」
 四機のM1アストレイを新手に向かわせ、バリーはかつての拳友に挑む。道を踏み外
した友を己の拳で打つ。これはバリーに出来る唯一の『友情』だった。



 それぞれの死闘が始まった頃、リ・ホームでは異変が起きていた。
「エターナルとの通信が繋がらないですって? 通信機が故障したの?」
 そう問うプロフェッサーに対し、通信役を任されていたユナは首を横に振る。
「チェックしましたけど、通信機は壊れていません。でも、原因は分からないけど通信
出来ないんです」
「ロウや影太郎達とも繋がらないの?」
「ダメです、繋がりません」
「弱ったわね……。これじゃあディプレクターにジェネシスの事を伝えられないわ。キ
ャプテン、あなたの方で何とか出来ない?」
 期待を込めて尋ねるプロフェッサー。だが、キャプテンGGの立体映像は映らず、返
答も無い。
「ど、どうなってるの? まさかキャプテンの身に何かあったんじゃ…」
 不安がるユナだが、通信以外のリ・ホームの機能は正常だ。これはリ・ホームの機能
を管理しているキャプテンが無事である証だ。
『でも、無事ならどうして返事をしないのかしら?』
 味方との通信は繋がらず、キャプテンGGも応じてくれない。孤立無援となったリ・
ホームの艦橋で、プロフェッサーは考える。
 実は通信が繋がらなくなった原因は、リ・ホームのMS格納庫にあった。
 ズィニアの大軍を止めるという大活躍をしたMS、ゲル・フィニート。役目を終えた
はずのこの機体はまだ動いており、排出口から微細な粒子を放出していた。この粒子に
はズィニアをコントロール下にしたものとは別のコンピューターウィルスが組み込まれ
ている。この粒子が付着した艦やMSはその通信機能をゲル・フィニートによって掌握
され、ゲル・フィニートが許可した相手としか通信が繋がらなくなってしまうのだ。
「………………」
 ゲル・フィニートの操縦席に座る少年、マルコ・フィオーレは、数時間前に下された
命令の内容を思い出していた。ダブルG軍団から奪ったアルゴス・アイを通じて、彼の
主から下されたその命令とは、
「ディプレクターにジェネシスやジェネシスαの事を報せるな」
 というものだった。
 ディプレクターがジェネシスの事を知れば、何としてもその使用を止めようとするだ
ろう。しかしジェネシスがあるヤキン・ドゥーエ要塞には鉄壁の守りが敷かれている。
精鋭揃いのディプレクターといえどザフトの大戦力と戦って勝てるはずが無い。
「それじゃあ困るんだよ。彼らにはダブルGを倒してもらうという大仕事があるんだか
らね。それに勝ったザフトも無傷ではいられないはずだ。僕の予想でも、最低でもジェ
ネシスは失うだろうね」
 ディプレクターの戦力を知るメレアはそう判断した。最後の切り札を失い、戦力を大
きく消耗したザフトは、数で勝る地球軍にあっけなく敗れるだろう。地球軍とザフトを
戦わせて、両軍の戦力を殺ぎ合わせた後に止めを刺して、人類を滅ぼすというのがダブ
ルGの計画だ。地球軍が無傷のままではダブルGは姿を現さない。
「もううんざりなんだよ。あのバカジョージが残したガラクタに関わるのは。この世界
に静かなる福音をもたらす為にも、ダブルGには消えてもらうよ」
 その為には奴を闇から引きずり出さなければならない。地球軍もザフトもディプレク
ターも影太郎達もその為の餌、駒だ。全てはメレア・アルストルの為に。偉大なる組織
の為に。母カテリーナもそう言って、
「頑張りなさい、マルコ。メレア様の為に戦う事がフィオーレ家の当主の役目。あなた
は立派な当主になるのよ」
 と励ましてくれた。母の言う事は正しいと思うし、メレアに逆らうつもりなど無い。
 だが、しかし、何なのだろうか、この嫌な気持ちは。
『本当にこれでいいのか? 僕は正しい事をしているのか?』
 ゲル・フィニートの操縦席に座り、自問自答するマルコ。答えの出ない問いに疲れた
時、モニターを見た。
 モニターには、ゲル・フィニートの足元にいる一人の少女が映っている。彼女はマル
コがリ・ホームに戻ってから、ずっとあの場にいる。そして何も言わず、マルコが降り
てくるのを待っている。
『あの子は僕を待っている。信じている。何を? みんなを裏切っている僕を、どうし
て信じている?』
 そういえば、あの女性もマルコを信じてくれた。宮城夏。サムライにならんとしてる
美少女は劾達と共にアルテミスに向かう前、マルコの頭を撫でて、
「この艦を、拙者の仲間達を頼むでござる」
 と言ったのだ。夏はマルコを信じている。夏だけではない。このゲル・フィニートを
自分に任せた影太郎も、ロウも、樹里も、他のみんなも、そして自分の名を捨てたあの
少女も。
「くっ……」
 少女の無垢な視線がマルコの心を射抜く。迷うマルコは、自分が付けた少女の新しい
名前を呟く。
「アキちゃん、僕は、どうすれば……」
 答えの無い問いを、答える事が出来ない相手に問う。何とも卑怯な行為だが、こうで
もしないとマルコの心は持たなかった。



 マクシー・ミガゲノとバリー・ホー。同じ師の元で学んだ二人の拳士は、MSにおい
ても拳と拳の戦いを繰り広げていた。
 MSの性能ではマクシーのベルゼルガの方が上だ。パワー、スピード、武装、全てに
おいてバリーのM1−Aを上回っている。加えてベルゼルガはPS装甲によって拳の攻
撃を完璧に防いでおり、ダメージは受けていない。
 しかし、ベルゼルガはM1−Aの動きを捉え切れていない。M1−Aの性能を熟知し
ているバリーは無理はせず、敵の攻撃をかわして拳や蹴りを牽制として放つ一方、PS
装甲にも有効なビームサーベルによる斬撃を繰り出す。蝶のように舞い、蜂のように刺
す。大昔、そういう戦法で戦ったボクサーがいたらしいが、今のバリーも同じような戦
い方をしていた。
「ふうん。しばらく見ない間に少しは腕を上げたみたいね。嬉しいわよ、バリー。それ
でこそ殺り甲斐があるってものよ!」
 翻弄されているかと思われたマクシーだったが、彼も只者ではない。バリーの攻撃パ
ターンを見切り、拳や蹴りは受けてもビームサーベルだけは的確に避けている。そして
伸ばした《グラップル・アームズ》にM1−Aを襲わせる。
「くっ!」
 かわすM1−A。バリーも健闘しているが、やはり機体の性能差は大きい。それでも
退く訳にはいかない。祖国オーブを復興させる為、そしてこの世界をダブルGという悪
鬼から守る為、何としても!
「ふん。あんたの考えている事は分かっているわ。そういう堅物なところは変わってな
いわね。バカ丸出し」
 そんなバリーの決意を、マクシーは嘲笑う。
「もう無くなった国の為に戦うなんて、頭がイカレているとしか思えないわよ。しかも
あのクソッタレなオーブの為? はっ、あんな国に命を賭ける価値なんてあるもんです
か。あたしを殺そうとした、そしてあたしの仲間達を殺したウズミ・ナラ・アスハの国
なんかに!」
「ウズミ様がお前を殺そうとしただと? バカな、あの方はそんな事は…」
「するわよ。あんたも知ってるでしょ。あいつはあたしの事を目障りだと思っていた。
邪魔だと思っていた。だから殺そうとした! ううん、殺したのよ、事故に見せかけて
あたしを、そしてあたしを慕ってくれた仲間達を!」
 マクシーは二年前の事故を思い出す。それは彼がまだオーブ軍にいた頃、バリーと共
に師より免許皆伝を与えられた直後に起きた事故。彼と彼の強さに憧れ、彼を慕う部下
達を乗せた飛行機がオーブ近海に落下して爆発。乗客乗員合わせて百五十八人、全員が
死亡した、オーブ史上最悪の飛行機事故。
「あたしを乗せた飛行機が、あたしの仲間達を乗せて落ちるなんて、こんなタイミング
のいい事、偶然起きると思う? ウズミや軍の上層部があたしを消す為にやったのよ。
あたしが目障りだから! あたしが守ろうとした国が、あたしを殺そうとした! うふ
ふふふふふ、バリー、これって酷い裏切りだと思わない? こんな事をした奴は殺され
ても仕方ないわよねえ!」
「マクシー……」
 言葉を失うバリー。確かに、軍の上層部がマクシーに注意していたのは事実だ。マク
シーは以前からオーブの専守防衛体制を批判していた。自分達だけが平和を保ってい
て、それでいいのか? オーブは大西洋連邦のように積極的に外に出て、世界の平和を
守る為に戦うべきではないのか? そんなマクシーの考えは血気盛んな若者達の心を揺
さぶり、侮れない勢力になっていた。だから上層部はバリーにマクシーを説得してくれ
と頼んだ。バリーがそれを引き受けた直後、あの事故が起きた。
「あの事故であたし達を消したウズミは、自分のやりたいようにやった。オーブを臆病
者が篭もるシェルターにして、影でコソコソ動いて、結局何もかも失った! あたしの
言うとおりにしていれば良かったのよ。そうすれば!」
 迫るベルゼルガ。二機の《グラップル・アームズ》がM1−Aに向かって伸び、その
右足を捕らえた。
「しまっ…」
 抜け出そうとしたバリーだが、一足速く《グラップル・アームズ》の牙状の刃がM1
−Aの右足を切り裂いた。片足を失ったM1−Aを見たマクシーの心に歓喜の感情が浮
かび上がる。
「うふふふ、ふふ、あははははははははは! バリー、何て無様な格好! 何て情けな
い姿! 『拳神』と言われた男が、試合とはいえあたしに唯一勝った男が、落ちたもの
ねえ。腑抜けたオーブなんかにいるからそうなるのよ」
「……そうか。俺は弱くなったのか?」
「ええ、弱くなったわ。弱いバリーに用は無い。死になさい!」
 止めを刺そうと飛んでくるベルゼルガ。対するM1−Aは、エネルギーが尽きかけて
いる。機体の限界を超える動きをさせ過ぎた為、エネルギーの消耗も激しかったのだ。
「うふふふふふふ、やっぱり性能の差は大きかったみたいね!」
「そうらしい。無念だが、ここで選手交代だ」
 M1−Aの背後から、無数の閃光が飛んできた。MSの装甲も簡単に貫く強力なビー
ムだ。もう数メートル、ベルゼルガが前に出ていれば胴体を打ち抜かれていただろう。
「なっ!? あ、あれは……」
 マクシーはベルゼルガのモニターに映し出された新たな敵の姿を見る。数は三。しか
しいずれもディプレクターでは最強クラスの力を持つMSだ。
「フリーダムにジャスティス、そしてダークネスのご登場ですか。うふふふふふふ、い
いわねえ。バリーじゃ物足りなかったところよ。相手をしてあげるわ!」
 かつてない強敵を前に、マクシーの闘争心に火が点いた。



「うおおおおおおおおっ!」
 影太郎が叫びながら放ったB・I・Gアストレイの豪拳が、リジェネレイトの右半身
を破壊する。普通のMSならばこれで決着だが、
「ふん。無駄な事を」
 アッシュ・グレイの言うとおりだった。リジェネレイトは破損したパーツを切り離し
て新しいパーツに変えて、元通りの姿になる。壊すB・I・Gアストレイと再生するリ
ジェネレイト。もう何度も繰り返されている光景だ。
 ビームサーベルで斬っても、銃で貫いても、リジェネレイトは傷付いたパーツを交換
して再生する。そしてB・I・Gアストレイの方は致命的な一撃こそ避けているものの
ダメージを積み重ねている。戦う時間が限られているB・I・Gアストレイにとって、
圧倒的な持久力を誇るリジェネレイトは最悪の敵だった。
「なかなか楽しかったぞ。だが、そろそろ観念したらどうだ? 大人しくしていれば楽
に殺してやる。そのデカブツのガラクタと一緒にな!」
 リジェネレイトの四肢の先端からビームの刃が出た。四本のビームサーベルがB・
I・Gアストレイに襲い掛かる。
「くっ、そう簡単にやられて…」
「やられるんだよ、お前は!」
 アッシュの宣言どおり、B・I・Gアストレイの巨大な左腕がビームサーベルによっ
て切り落とされた。片腕になったB・I・Gアストレイの操縦席にブザー音が鳴り響
く。合体のタイムリミットが迫った事を報せる音だ。このままでもあと数秒で合体は自
動解除されるが、
「………………」
 影太郎は自分で合体解除のスイッチを押した。B・I・Gアストレイはリトルフレー
ムと三機のメカに分離した。
「ん? ようやく観念したのか。棺桶は大きい物より小さい方が好みらしいな」
 小さくなった相手を嘲るアッシュ。勝利を確信した殺人鬼に影太郎は問う。
「お前は人を殺す為に戦っていると言ったな。ザフトの為でもダブルGの為でもない、
人を殺したいから殺しているだけだと」
「ああ、そうだ。ラクス・クラインを始末しろという命令は受けているが、それも俺の
楽しみの一つに過ぎん。プラントや地球がどうなろうと俺の知った事じゃない。最高の
殺人兵器をタダでくれるザフトは俺にとって理想の職場。人を殺しても罪にならない戦
場は俺にとっては天国。人を殺しまくれと言うダブルGは最高の上司だ!」
「…………そうか。ようく分かった」
 影太郎はアキと名付けられた少女の顔を思い浮かべる。悪魔の様な男によって父を、
顔を、自由を奪われ、名前を捨てなければ心が保てなくなった、哀しすぎる少女。エウ
テルペと同じ顔をしたあの子を苦しめた奴と同じ、いや奴よりも残忍で冷酷なこのアッ
シュ・グレイという男は、
「お前は絶対に許しちゃならない存在だ!」
 飛び出すリトルフレーム。ウィズ、ガッツ、ブレイブもその後に続く。
「バカが。一瞬で殺してやる!」
 無謀な突撃をしてきたリトルフレームを迎え撃つアッシュ。リジェネレイトのビーム
ライフルを撃つが、しかしビームは四機のメカのいずれにも当たらなかった。
「何!?」
「小さいからって侮るなよ。スピードなら負けないぜ!」
 接近したリトルフレームが《ヒナワ》を撃つ。《ヒナワ》のビームはリジェネレイト
の右肩に命中。巨大なリジェネレイトを怯ませた。
 続いて突撃してきたウィズは、機体の前部と後部を切り離した。大型偵察機ウィズは
前部はトップファイター、後部はレドームやビームサーベルなどを搭載したコンテナに
なっている。トップファイターはリジェネレイトの横を通り抜け、後部コンテナはリジ
ェネレイトの胴体に激突。至近距離からビームキャノンを打ち込む。
 リジェネレイトの胴体にビームに打ち抜かれた二つの穴が空いた。しかし、
「ぐっ、こ、このガキ!」
 アッシュも並のパイロットではない。コンテナが激突した瞬間、危険を察知して操縦
席があるバックパックをリジェネレイトの胴体から切り離して脱出した。ビームが胴体
ごとバックパックを貫く一秒前だった。
「どうだ、殺人鬼。自分が殺されかけた感想は?」
「こ、このクソガキ……!」
 影太郎の挑発に顔を赤くするアッシュ。B・I・Gアストレイは消えたが、殺人鬼と
正義の味方の戦いはまだ終わらない。



 同じ頃、もう一機のリジェネレイトは、三機のMSを迎え撃っていた。
「アルタイルにヴェガ、そしてデネブ。どれも夏の夜空に輝く星の名前だったな。戦争
の道具にセンチメンタルな名前を付けるとは無意味な行為だ。ザフトも、いやコーディ
ネイターも所詮はそこまでの連中か」
 ミハイル・コーストは完璧を求めていた。完璧な手術、完璧な治療、完璧な世界、完
璧な勝利、完璧な兵器、そして完璧な自分自身。アッシュに誘われてダブルGに仕える
ようになってからのミハイルは、自分でも分かるくらい強くなった。求め続けた完璧と
いう領域に近づきつつある事が嬉しかった。
 今、ミハイルが乗っているこのリジェネレイトも完璧なMSだった。圧倒的な性能を
誇る上、傷付いても損傷した箇所を取り替えれば元通りになる。修理、いや治療という
無駄な行為を必要としない、完璧なMS。
 MSは人間の理想を形にしたのだという話がある。人が強さを求め、その強さが自分
に近ければいいと願ったから、人はMSを人の形にしたのだ、という話だ。
 ザフトにいた頃は馬鹿馬鹿しい珍説だと思っていたが、このリジェネレイトを見てい
ると満更でもない気がしてきた。決して死なない、傷付いてもすぐに治るこのMSは人
の理想そのもの。人を治す医学の到達点ではないだろうか?
「…………そうだ。これこそ私が求めてきた究極の医学。完璧なる医学。壊れた所は取
り替えればいいのだ。MSも、人も、全てを取り替えればいい。腕も、足も、内臓も、
脳も、傷付いたら私が替えてやろう。このリジェネレイトのように!」
 本人の知らぬ間にバイオチップを埋め込まれ、ダブルGの人形に成りつつあるミハイ
ルだったが、それでも彼は医者だった。哀しいほどに『ドクター』だった。
 しかし、彼と戦っている者達は人形でも医者でもない。
「ちょっと、何なのよ、あのMS! いくらやっつけても、すぐに元に戻っちゃうわ
よ!」
「ザフトがアスランのイージスを参考にした新型を作ったと聞いた事があるが、あれが
そうか。傷付いても新しいパーツを付ければいいMSとは、臆病者の考えだな」
「同感だ、イザーク・ジュール。だが奴は手強いぞ。どうする?」
「バラバラに戦っても駄目だ。コンビネーションで行くぞ。ナインとか言ったな。お前
は接近戦を挑め。俺は援護射撃する。フレイ、お前は《マンダラ》でナインを守れ」
「分かったわ。あんたは守らなくてもいいの?」
「俺を見くびるな。俺の腕とアルタイルの性能なら、奴の攻撃など余裕でかわせる。行
くぞ!」
 イザーク・ジュールにフレイ・アルスター、そしてナイン・ソキウス。運命に翻弄さ
れながらも抗う彼らは自分の意志を持ち、戦い続ける戦士である。



 戦いが激しさを増すに連れ、リ・ホームの異変も激しくなっていた。いや、異変と言
うには少しオーバーかもしれない。通信が通じなくなった以外はリ・ホームの機能に異
常は無く、プロフェッサー達も傷付いてはいない。だが、確かにそれは『異変』だっ
た。
 戦場から戻ってきた樹里は、急いで艦橋に向かった。彼女の顔に無事に帰って来た喜
びなどは無い。樹里は勢い良くドアを開けて、
「プロフェッサー、変、おかしい、大変なんです、キャプテンが、キャプテンの映像が
浮かばなくなって、キャプテンもちょっとおかしくて、その…」
「そう。そっちもそうなのね」
 慌てている樹里に対して、プロフェッサーは落ち着き払っていた。しかし、プロフェ
ッサーと付き合いの長い樹里は、彼女がわずかに動揺しているのに気が付いた。そして
プロフェッサーの発言の意味に気付く。
「樹里さん、キャプテンGGが…………消えちゃったんです」
 動揺しているユナは、自分の知っている事を簡潔に伝えた。
 そう、消えてしまったのだ。リ・ホームの艦長席に座ったり、色々な所に出てみんな
を驚かせたり、樹里と一緒にバクゥを操縦してくれたキャプテンGGが、
「消えた、という表現は正しくないわね。彼の脳はちゃんとあるんだから。でも、こっ
ちの呼びかけに応じないのよ。全然、まったく」
「そ、そんな……。呼びかけに応じないって、プロフェッサー、キャプテンに何かあっ
たんですか?」
「分からないわね。人間の脳にはまだまだ未知の部分が多いのよ。ましてや『あの』ジ
ョージ・グレンの脳だし。その未知に期待していたんだけど……」
 プロフェッサーにとっても予想外の事態が起きたのだ。樹里は冷たい予感に襲われ
た。
「ワン、ワンワン!」
 いつの間に来たのか、レウが樹里の足元で吠えた。まるで樹里を励ますかのような、
元気のいい吠え声だった。



 キャプテンGG、いやジョージ・グレンの意識は虚空の中を揺らいでいた。
 いつからここにいるのか。樹里と一緒にバクゥで戦っていた時からだと思う。援軍が
来てホッとした瞬間、急に心が揺らいだ。
 安心。
 安堵。
 安らぎ。
 それらを感じつつ、死と隣り合わせの戦場にいるという緊張、その矛盾に対する疑問
がジョージの心を更に揺さぶった。ああ、そうだ。私は昔、こんな矛盾の中で生きてき
た。いや、そもそも私の誕生自体が矛盾したものだった。
 ロウや影太郎達の前では陽気に振舞っていたジョージだが、彼は決して不真面目な人
間ではない。人類の未来を真剣に考え、その為に行動していた。今もその思いは変わら
ない。それがジョージを作った者、親とも言うべき人の願いでもあるからだ。
 子供の姿をした大人。あの人を言い表すのにこれ程適した言葉は無いだろう。あの人
の姿は今でも覚えている。いや、何があっても絶対に忘れない。あの銀色の長い髪も、
紅玉のように赤い瞳も、可愛らしいが威厳に満ちた声も。
 メレア・アルストルと名乗ったあの人は、物心がついたばかり自分にこう言った。
「ジョージ。君は人を導く為に生まれた人間だ。自らの無限の可能性に気付かない人々
の為に、人間の頂点がどういう存在なのか見せてあげるんだ。君はそれが出来る能力を
持っている。どうすればいいのかは僕が教えてあげるよ」
 何も知らないジョージに、メレアは全てを教えてくれた。語学、歴史、数学、理学な
どの学問だけでなく、スポーツや武道、そして礼儀作法など、人が長きに渡り培ってき
た全ての知識を、情報をジョージに学ばせた。
 ジョージはメレアを尊敬していた。自分に色々な事を教えてくれる一方で、常にジョ
ージの一歩先を行くメレアはジョージの憧れであり、目標だった。メレアは世界的な規
模の秘密組織の長である事も、ジョージの生家であるグレン家がメレアの組織の配下で
ある事も、自分の遺伝子がメレアによって調整された事も、ジョージを喜ばせた。自分
はこんなにも偉大な人に作り出され、教わっているのだと感動した。
 青年になったジョージは、メレアの願いどおりに活躍した。わずか十七歳で大西洋連
邦のMIT(マサチューセッツ工科大学)の博士課程を修了。アメリカンフットボール
のスター選手として活躍する一方、オリンピックでは銀メダルを獲得し、海軍のエース
パイロットとしても名を馳せる。理工学の分野でも様々な業績を挙げ、ついには自身が
設計した大型宇宙探査船ツィルコフスキーの宇宙飛行士として木星探査に出発するとい
う偉業を成し遂げる。
 ジョージ・グレンは『万能の天才』として世界中の人々から賞賛されていた。彼の人
生そのものが人類の頂点であり、多くの人々が彼のようになりたいと努力するようにな
った。
 そんな人々を見たジョージは、罪の意識を感じた。自分の能力は人の手によって作り
出されたもので、努力だけで到達できるものではない。それなのに人々はジョージのよ
うになりたい、ジョージにのようになれるはずだと実らない努力をしている。
 それはいい事なのだろうか? みんなに空しい努力をさせている私は、みんなを騙し
ているのではないだろうか?
 悩んだジョージは、メレアの許可を得ず、独断で自分の出生の秘密を告白した。メレ
アの名前を出さなかったのは彼に迷惑をかけたくなかったからだが、自分が遺伝子を調
整された人間だというジョージの告白は、彼の予想を超えた混乱を招いた。その混乱は
今も続き、この戦争に繋がっている。
 ああ、何という矛盾。人類の未来を願ったはずの行動が、人類に過酷な戦いの道を歩
ませてしまうとは。
 木星から戻ったジョージは、自分が撒いた種が世界を揺るがしてしまった現実を知っ
た。そして、遺伝子を調整されて生まれた人間とそうでない人々の架け橋になろうと努
力した。そんな彼をメレアは許し、協力してくれた。
「君は人類の未来の為にやった事なら、結果はどうあれ僕は許すよ。君は僕の子供みた
いなものだからね」
 メレアは優しくそう言った。彼の姿は子供の頃からほとんど変わっていなかったが、
それでもジョージがメレアを尊敬している気持ちは変わらず、だからメレアが許してく
れたのは本当に嬉しかった。だから、
「でも、君は今、多くの人から命を狙われている。僕も守ってあげるけど、万が一の為
の備えは必要だね」
 という提案にも頷いてしまった。そう言った時のメレアの目の妖しい輝きにも気付か
ず。
 ダブルG計画。そう名付けられた極秘の計画がメレアの手によって進められた。クロ
ーン培養したジョージの脳を組み込み、ジョージと同じ記憶と人格を持つ生体コンピュ
ーター・ダブルGの製造計画。それはもう一人のジョージ・グレンを作り出すという事
でもある。忠実で従順で優秀で、シナリオにない台詞は決して言わない、メレアの思い
どおりに動く、コンピューターという名の人形を。



「今思えば、僕はジョージ・グレンに拘りすぎていたね」
 居城の自室で安らぐメレアは、脇に控えるノーフェイスにそう言った。そして、自戒
するようにため息を付く。
「あいつは本当に優秀だったからねえ。ま、僕が自ら調整したんだから当然だけど。組
織が培ってきた遺伝子研究の成果を結集させた、最高の人間。あいつが成功したら同じ
ような奴をたくさん作って、政治や軍事の世界に送り込もうとしたんだけど……」
 結果として、ジョージのような人間は大勢生まれた。だが、それはメレアには従わな
い『コーディネイター』という異種族。ジョージに並ぶ能力を持ちながら、精神は普通
の人間と変わらないので、能力と精神のバランスが極めて不安定な生命体。
「あんなのじゃないんだよ。僕が新時代の人類として期待して研究したのは、コーディ
ネイターなんかじゃないんだ。それなのに、まったくジョージの奴は余計な事をしてく
れたよ。あー、もう!」
 あいつの事を思い出す度に腹が立つ。ジョージ・グレンはメレアの最高の成功作にし
て、最悪の失敗作だ。手塩にかけすぎたのがいけなかったのだろうか。
 そしてあの男は最大の禁忌を犯した。木星探査であいつが持ち帰ったクジラ石ことエ
ヴィデンス01。木星に行っても何も見つけるな、というメレアの命令をジョージは聞
かなかった。世紀の大発見に浮かれて、木星に人類の目を集めさせてしまった。
 木星には『イオの輝き』がある。メレアにとって命そのものともいえるあの物質は、
その存在さえ絶対に知られてはならない。だがジョージの大発見のせいで、人々は木星
開発に夢を抱き、大規模な調査船団を派遣しようという動きも起きた。
 だからジョージを始末した。木星開発の象徴とも言うべきあの男が死ねば、ナチュラ
ルとコーディネイターの争いが激しくなっていた世界は、木星の事など忘れるだろう。
メレア・アルストルの聖地たるあの星へ行く事は許さない。これまでも、そしてこれか
らも。
 ジョージを殺す事は、奴が地球に帰って来る前から決めていた。だが、あの男の能力
を失うのは惜しい。洗脳して忠実な操り人形にしようかとも考えたが、それよりもっと
いい方法を思いついた。あの男の知識と人格をコンピューターに移植するのだ。機械は
人間に逆らわない。コンピューターになったジョージは、メレアの優秀な道具として役
に立ってくれるだろう。
「そう思って作らせたのに、まさかそのコンピューターが僕の敵になるとは……」
 コンピューター・ダブルGにはメレアの組織が開発した思念波通信システムが組み込
まれ、生きているジョージから最新の情報も入手できるようにした。これでダブルGは
より完全で優秀なコンピューターになると思われた。
 だが、ジョージが彼を憎むナチュラルの少年に射殺された瞬間、ダブルGはジョージ
からの最後の情報を受け入れてしまった。自分を殺した者への怒りと憎悪、死への恐怖
と絶望。それはダブルGを狂わせ、暴走させるのに充分な力となった。
 ジョージの死の直後、ダブルGは姿を消した。奴は自力で移動できるよう自分を改造
していたのだ。
「ジョージといい、ダブルGといい、そしてあのバカ息子といい、どうして僕が手がけ
たやつは僕に逆らうんだろう? 優秀な奴らなのに。ノーフェイス、どうしてだと思
う?」
「彼らは賢すぎて、メレア様の偉大さを理解していないのでしょう。自分の限界に気付
かず、増長したエリートが自滅するというのはよくある事です」
 ノーフェイスは自分の考えを語った。それは主の気を悪くしないよう、少し気を使っ
た答えだった。
 ダブルGはメレアの事は知らない。コンピューターであるダブルGはハッキングされ
る可能性も考えられており、ジョージの記憶を移植する際、メレアとその組織に関する
事は除かれたのだ。だからダブルGとメレアの暗闘は、メレアが若干有利な状況で進め
る事が出来た。しかし、
「大戦も終局を迎えつつあります。ダブルGが直接行動する時も近いでしょう」
 ノーフェイスの言うとおり、ダブルGは最後の作戦の為の準備を行なっている。ジェ
ネシスαをアメノミハシラの側に置いたのもその為だ。
「コソコソ隠れていたゴキブリが、ようやく出て来てくれるみたいだね。その方が片付
け易い。奴が出て来れる為の準備をしないとね。マルコは上手くやってくれるんだろう
ね?」
「戦闘が始まったら、ケナフ・ルキーニから提供されたMSゲル・フィニートを使っ
て、我々が開発した新型のコンピューターウィルスを散布する予定です。これでジェネ
シスの存在がディプレクターに知られる事は無いでしょう」
「そう。ケナフ・ルキーニか。あの男もそろそろ目障りになってきたな。奴にはマティ
ス嬢もご立腹のようだし、いずれ始末しないと。バカ息子の件もあるし、僕がこの世界
に静かなる福音をもたらす為には、まだまだやらなきゃならない事が多いなあ」
 グチを言うメレアだが、その顔は少し楽しそうだった。無限に近い命を持つこの男に
とっては、少々の困難は退屈しのぎのようなもの。メレア・アルストル。彼は世界を舞
台に遊ぶ男。世界を弄ぶ純粋な魔人。



「…………」
「どんな気分だ、ジョージ・グレン。自分が慕っていた相手が、自分の事をまったく思
っていなかった事実を知って、絶望したか? メレアを憎むのか? あの時、お前を殺
した子供を憎んだように」
「随分と面白いものを見せてくれるじゃないか。これは本当の事なのか?」
「つい最近、私の中に残っていたわずかなデータを見つけた。人間で言うなら『思い出
した』という現象だ。そのデータからメレアの事を知り、奴らに見つからない新型のア
ルゴス・アイを送り込んだ。今のは二時間前の映像だよ」
「ほう。この時期にメレアが私達の事を話しているとは、随分とタイミングがいいな。
騙されんぞ。この映像、貴様の勝手な考えも入っているだろう」
「ご想像に任せよう。メレアの事を思い出したのは、ちょうど貴様がキャプテンGGと
して目覚めた頃だ。やはり私と貴様の思念は繋がっているようだな」
「ああ。あまり嬉しくないが」
「それにしても、メレア・アルストルか。なるほど、ゴミのような人類を影から支配し
てきた男だけあって傲慢で冷酷だ。こんな男を生かしておく世界に存在価値は無い。や
はり人類は滅ぶべき存在だ」
「それは違うぞ、ダブルG。メレアのような人間はごく一部だ。大半の人間は…」
「無知で、無能で、メレアのような狡猾な人間の操り人形になるだけの愚か者だ。お前
を殺した奴のようにな」
「………………」
「一度死んだくせにまだ分からないのか? いい加減、人間に期待するのはよせ。お前
と同じように遺伝子を調整された人間は、そうでない人間との殺し合いを続けてばかり
だ。奴らの争いは森を焼き、星を壊し、世界を蝕み、やがて全てを滅ぼす。人類はもう
終わりなんだよ。ならば…」
「いや、私は人類を信じている。ロウ・ギュールや劾君、そして影太郎君のように未来
を信じて強く生きている人間も大勢いる。彼らの力は、いずれお前を倒すだろう。私も
その力となるつもりだ」
「ほう。この私を倒すつもりなのか。もう一人のお前である、このダブルGを」
「そうだ。お前は私。私の憎しみと怒りを受け継いでしまった、道を踏み外してしまっ
た愚かな私だ。だから私が、ジョージ・グレンがお前を止める!」
「出来るか? お前如きに」
「出来るさ。だからお前は私を恐れている。私にこんなつまらない映像を見せて、私の
心を折ろうとしている。だが、私は負けんよ。キャプテンGGとして皆を導き、お前の
野望を叩き潰す!」
「……ふん。いいだろう、やってみせろ。オリジナルと思って丁重に扱うつもりだった
が、そこまで言うのなら仕方が無い。貴様はいずれ葬り去ってやる。そしてこの私こそ
が唯一無二の存在、新たなオリジナルとなろう。不死身にして不滅の命を持つ、神の中
の神、神を超えた神として!」
「そうはさせんよ。お前を止める事が私の贖罪であり、私が選んだ未来なのだから。あ
あ、そうだな、もしかしたら私が甦ったのは……」



 ジョージ・グレン、いやキャプテンGGが長いようで短い眠りから目覚めた時、戦い
はもう終わっていた。
 ズィニアは全滅。マクシー、ミハイル、アッシュ、剛馬は数で勝る相手に優位に戦い
を進めていたが、アメノミハシラにいるロンド・ギナからの救援要請によって状況は一
変した。
「ちっ、もう少しってところで……。ロンド・ギナめ、俺のジェネシスαを守れなかっ
たら承知しないぞ!」
「アッシュ、我々が守らなければならないのはジェネシスαだけではないぞ。アメノミ
ハシラにはネメシスがある事を忘れるな。主の命を守れぬ者に亜使徒の資格は無い」
「ふう、剛馬ちゃんは堅物ねえ。でも、確かにあれを守らないと凄く怒られそう。ミハ
イルちゃんも撤収するわよ」
「了解した。オペの中断は不本意だが、命令ならば止むを得まい。二機のリジェネレイ
トによる最強形態を試してみたかったのだが、いずれ機会はあるだろう」
 二機のリジェネレイトとベルゼルガは、目にも止まらぬ高速で撤退した。影太郎達は
苦戦したものの危機を脱したのである。
 しかし、この激闘はザフトにも探知されてしまい、艦隊が接近していた。迎撃体勢が
整っていないディプレクターは、リ・ホームに撤退するよう信号弾を発した後、フリー
ダムやM1達を艦に収容した。
 ダークネスもアークエンジェルに戻ろうとしたが、ふと振り返り、リトルフレームと
目を合わせた。リトルフレームに興味を抱いたのか、ダークネスのパイロットは影太郎
に通信を送ってきた。
「そこの小さいMSに乗っている人。あんた、なかなかやるわね。名前は?」
 その女の声を聞いた瞬間、影太郎の全身に衝撃が走った。初めて聞くのに懐かしい、
ぶっきらぼうなのに優しい、そして愛しく思える不思議な声。
「ガーネットさん、相手の名前を聞く時は自分から名乗るものですよ」
 エターナルで会った少年、ニコルの声が続いて聞こえてきた。どうやら二人で一緒に
ダークネスに乗っているらしい。
「あ、そうだったわね。それじゃあ改めまして。私の名前はガーネット・バーネット。
昔はザフト、今はディプレクターの一員よ。そっちの名前は?」
「……影太郎。宇流影太郎だ」
 まるで心そのものを搾り出すかように影太郎は力を入れて、声を出した。そうでもし
ないと声が出ない気がしたのだ。
「ああ、あんたが影太郎君。キラやミリィから話は聞いてるわ。今度会ったらゆっくり
話しましょう。それじゃあ」
「今回は助かりまして。お気を付けて」
 ガーネットとニコルは別れの挨拶をした後、アークエンジェルに引き上げて行った。
しかし影太郎は自分の中に生まれた気持ちに戸惑い、二人に挨拶を返す事が出来なかっ
た。
「ガーネット・バーネット。アルベリッヒ・バーネットの娘。そして、俺の…何だ?」
 影太郎が迷っている内に、MSを収容したエターナル、アークエンジェル、クサナギ
はデブリ帯を後にした。
「影太郎、何ボーッとしてるんだよ。俺達も逃げるぞ」
「あ、ああ」
 ロウに呼ばれてようやく我に返った影太郎は、スタンピードレッドと共にリ・ホーム
に戻る。影太郎達を収容したリ・ホームは即時撤退。ザフトの追撃は無く、一同は新た
な戦いの危機を脱した。だが、
「そう、ロウ達の方はジェネシスの事を話す前に敵が来たのね。ジェネシスの情報をデ
ィプレクターに伝える事が出来なかったのは痛いわね……」
 さすがのプロフェッサーも暗い表情を浮かべる。
「今からでも報せる事は出来ないんですか?」
 ユナが一縷の望みを込めて尋ねるが、プロフェッサーは首を横に振る。
「距離が離れすぎてるわ。ジャンク屋組合を通じて補給の際に伝えたくても、今回の補
給で当分は大丈夫だから…」
【次に補給する時には、既にジェネシスが使用されている可能性は高いな】
 8(ハチ)の言うとおりだろう。それでは遅いのだ。
「このままじゃ、ジェネシスのせいで大勢の人間が死ぬ。何とかしないと……」
 悩む影太郎。その様子を見たマルコの心が少し痛む。自分の腕を握るアキの手の暖か
さが、少し煩(わずら)わしかった。重苦しい空気の中、プロフェッサーが言い放つ。
「ディプレクターとの連絡は取り続けるけど、それまでボーッとしている訳にはいかな
いわ。私達は私達に出来る事を、やれる事をしましょう」
 ジェネシスも厄介だが、その反対側の宙域に潜んでいるジェネシスαはもっと厄介な
存在だ。二機のジェネシスによる連続攻撃を行なえば、地球軍は壊滅的なダメージを受
けるだろう。そしてジェネシスαはダブルGの掌中にある。その照準がプラントに向け
られてもおかしくない。
「いや、地球軍が壊滅したら、ジェネシスαは間髪入れずにプラントに向かって撃たれ
るでしょうね。そうすればプラントは壊滅。ダブルGの望みどおりです」
 リーアムの予想は的中するだろう。それは絶対に阻止しなければならない。
「私からも頼む。ジェネシスαに向かってくれ」
 キャプテンGGに言われなくても、全員そのつもりだった。特に影太郎はアッシュ・
グレイの残忍な発言と、ガーネットの優しい声を思い出す。奴にガーネットを殺させは
しない。絶対に!
「あんな奴が大量破壊兵器を使う事になったら、世界は終わりだ。奴を倒して、ジェネ
シスαもブッ壊す!」
「燃えてるな、影太郎。その時は俺も手伝うぜ。ジャンクパーツもたくさん出るだろう
からな。商売繁盛、そして、絶対勝利だ!」
 ロウに続いて、全員が頷く。
 リ・ホームはサーペントテールとの合流予定ポイントに向かった。その途中でキャプ
テンGGは思い出した事を話した。ダブルGの正体、そして、世界中に放たれているア
ルゴス・アイや、奴とその配下によって数多くの機動兵器に組み込まれた特殊なプログ
ラム≪バグ≫の事も。
「≪バグ≫は究極のハッキングプログラムだ。侵入を阻止する事は不可能。あれに侵入
された機械はアルゴス・アイを通じて、全ての機能をダブルGに支配されてしまう」
「連合やザフトのMSには、既にそのプログラムが組み込まれていると?」
「ああ。消去するにはプログラムそのものを書き換える必要がある。だが……」
「話しても誰も信じてはくれないわね。ディプレクターとも連絡が取れないし」
 プロフェッサーの言うとおり。今の世界は不信で固まっており、味方であるディプレ
クターの協力は望めない。
「≪バグ≫を何とかする方法はある。その為にはそれなりの設備が必要だ。ダブルGの
痕跡が少しでも残っている施設がいいのだが…」
「だったら、今から行く所がちょぅどいいんじゃないのか?」
 とロウが提案した。確かに、MSも生産できるアメノミハシラならば設備は整ってい
るし、ダブルGとも関係がある。
「アメノミハシラに行く理由が、また一つ増えたか。そして、ますます負けられなくな
ったな」
 影太郎は闘志を更に燃やした。そして強敵リジェネレイトを倒す為の策を考える。
「ロウ。ちょっと手を貸してくれないか?」



 アメノミハシラからの救援要請を聞いて、急ぎ戻ってきたマクシー達だったが、出迎
えたロンド・ギナは首を傾げた。
「そんな連絡はしていない。アメノミハシラもジェネシスαも、見てのとおり無事だ」
 彼の言うとおりだった。通信記録を調べても、アメノミハシラからそんな通信を送っ
た記録は無い。
「何者かがダブルG軍団の通信コードを見破って、偽の通信をしたと考えるべきでしょ
う。我々を撤退させる為の小賢しい策です」
「ミハイルちゃんの言うとおりでしょうね。まったく、やってくれるわね。これからど
うする? あいつらを倒しに戻る?」
「その必要は無い。奴らはいずれここに来る。近い内に、必ず」
「剛馬ちゃんのサムライの勘ね。そうね、あいつらは必ずここに来るわ。あたしもそん
な気がする。うふふふふふふふふ」
 舌なめずりをするマクシー。そしてアッシュは、ジェネシスαの巨大な姿を見ながら
不気味に笑う。
「奴らが来た時はお前にも働いてもらうぞ。たっぷりと働いてもらうぜ、俺のジェネシ
スαよ。くくくくくくく!」
 闘志と殺意を燃やす者達を、ミステリウス・マゴットは無垢な瞳で見つめていた。そ
んな彼女を心配そうに見ているポーシャ達の視線には気付かずに、ただ呆然と世界を見
ていた。
「ネメシス……。蟲が来るよ。いっぱい来るよ。楽しい虫取りが始まるよ。楽しい楽し
い虫取りが。楽しい、愉しい。ふふっ」



 情報屋ケナフ・ルキーニの秘密基地。
 アッシュ達に偽の通信を送るという難しい仕事を終えたルキーニは、好物のポッキー
チョコレートを食べる。冷えたチョコが口の中に、疲れた体に染み渡る気がする。この
感覚がたまらない。
「休憩中のところ悪いけど、私が頼んだ仕事は終わったの?」
 そう言って隣にやって来た少女に、ルキーニは自信たっぷりの顔で答える。
「ああ。君の読みどおりだ。ジェネシスαとアメノミハシラには色々なお宝がある。ご
要望どおり、動かせる物だけリストアップしておいた」
 ルキーニは少女に数枚の紙を渡す。紙に書かれた情報は実に正確なものだった。少女
は満足して微笑み、
「ありがとう。偽の情報を流した報酬も含めて、指定の口座に振り込んでおくわ」
「分かった。しかし、君はロウ・ギュールや宇流影太郎達の事は嫌っていると思ったの
だが、彼らを助けるような事をしたのはなぜかね?」
「確かにあいつ等は嫌いだけど、色々と借りもあるしね。それに、ダブルGなんてヤバ
い奴、放っておけないでしょ」
 そのヤバい奴の事を知りながらも放っておいたルキーニは苦笑した。だが、今回の事
で少しは挽回出来ただろう。
「それじゃあ私は行くわ。あいつ等がジェネシスαを壊す前に行かないとね」
「成功を祈っているよ。君だけでなく、影太郎のもね」
「伝えておくわ。じゃあね」
 そう言って怪盗レインボースターは、馴染みの情報屋の元を去っていった。目指すは
新たなお宝が眠る決戦の地、アメノミハシラ。

(2008・2/9掲載)
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