第25章
 知られざる最終決戦

 コズミック・イラ71、9月23日。ザフトの宇宙要塞ボアズが地球連合軍の攻撃を
受けた。地球軍はNジャマーキャンセラーを搭載した核ミサイルを使用し、資源衛星を
改装した巨大要塞を文字通り『消滅』させた。
 この報は直ちに世界中に知れ渡った。地球軍は自軍の勝利を大々的に宣伝し、ザフト
は再び核を使用した地球軍の非道を訴え、両軍の兵士の戦意は最高潮に達していた。
 勢いに乗る地球軍は、更に進撃を開始。プラントの最終防衛ラインを守る宇宙要塞ヤ
キン・ドゥーエに迫っていた。対するザフトも戦力をヤキン・ドゥーエに集結させて迎
え撃つ準備を整えていた。戦端が開かれるのも時間の問題である。
 以上の情報は、ケナフ・ルキーニからロウ達にも知らされていた。先日合流した劾達
サーペントテールや、劾について来たロンド・ミナ・サハクの一行もこの事態を知り、
最終決戦の時が近い事を感じた。
 地球軍とザフト、ナチュラルとコーディネイターの存亡を懸けた決戦。プラントの住
人を除く大半の人々は、数で圧倒的に勝る地球連合軍が勝利すると思っていたが、モニ
ター越しのルキーニの予想は違っていた。
「このままだと連合は負けるだろう。ザフトには秘密兵器が二つもあるからね」
 ロウや影太郎もルキーニと同じ考えだった。巨大ガンマ線レーザー砲ジェネシスと、
そのプロトタイプであるジェネシスα。この二つのレーザー砲の威力は、数の差をあっ
さりと覆すだろう。
 そして、地球軍を破ったザフトも勝利者にはなれない。この戦争を利用して人類の、
いや地球の全ての生命体の抹殺を企むダブルG。地球軍との戦いで疲弊したザフトでは
奴が率いる軍団には勝てない。ザフトは呆気なく全滅し、戦う力を失った人類はダブル
Gによって皆殺しにされるだろう。
「そうはさせない。させてたまるかよ!」
 最悪の展開を予想して、身を振るわせる影太郎。恐怖による震えではない。悪への怒
りによる震え、武者震いというやつだ。
「ワン、ワンワン!」
 レウも勇ましく吠える。釣られるようにロウも体を震わせて、士気を高める。
「ああ。物を直すジャンク屋としても、物だけでなく命まで壊そうとする奴らは絶対に
許せない。レッドフレームやB・I・Gアストレイの新装備も完成したし、それで奴ら
を喰い止めてみせる! 劾、お前も頼んだぜ」
 作戦会議の為にリ・ホームに来ていた劾は、
「俺は傭兵として、依頼された仕事をするまでだ。ダブルGの殲滅という仕事をな。だ
が、今までのどの仕事よりもやり甲斐はありそうだ」
 と答える。クールに振舞っている様に見えるが、心中では激しく闘志を燃やしている
ようだ。
 影太郎達の目的はジェネシスαの制圧と、ここを守っているダブルG軍団の撃破。ジ
ェネシスαをこのまま放っておけば、ヤキン・ドゥーエのジェネシスとの連携によって
地球軍は壊滅的な被害を受けてしまう。数の差が無くなったザフトとの戦いは、熾烈を
極めたものになるだろう。
【両軍を徹底的に争わせて疲弊させる事がダブルGの狙いだ。させる訳にはいかない
な】
「8(ハチ)の言うとおりです。ジェネシスαだけでも何とかしないといけませんね」
 リーアムが言うまでも無く、皆はそのつもりだった。現在、リ・ホームはサーペント
テールの宇宙船ともう一隻、連合製の宇宙船と共に、ジェネシスαへと向かっている。
「ジェネシスはディプレクターの人達に任せるしかありませんね。大丈夫かなあ……」
 と不安がる樹里にプロフェッサーが、
「大丈夫よ。彼らの力は私達の想像を超えているわ。でも、ジェネシスの事を彼らに伝
えられなかったのは痛いわね。あのタイミングで通信障害が起きるなんて、運が悪すぎ
るわ」
「原因も不明ですしね。キャプテンにも分からないんですか?」
「ああ、ユナちゃん、私にも分からない事はあるんだよ。あの時は私も色々と忙しかっ
たからね」
「………………」
 ユナ・シュペルダートとキャプテンGGの会話を、マルコは複雑な思いを抱きながら
聞いていた。彼の手を握るアキの手の暖かさにも気付かず、考え込んでいる。
『僕は間違った事はやっていない。メレア様の命令だし、母様だってメレア様の言う事
には従いなさいって、それがフィオーレ家の当主の役目だって……』
「マルコ殿、顔色が悪いでござるな。緊張しているのでござるか?」
「! い、いえ、何でもありません、ええ、何でも。夏さんこそ緊張しているんじゃな
いですか? アルテミスから戻ってからずっと表情がちょっと固いですよ」
「そう見えるでござるか? ううむ、緊張しているつもりは無いのでござるが、無意識
にしているのでござろうか。気を引き締め直すといたそう。拙者はまだまだ未熟者。緊
張などしていては、あの不動剛馬には勝てないでござるからな。マルコ殿、ありがとう
でござる」
「い、いや、そんな事は……」
 照れるマルコと微笑む夏。そんな二人を複雑な表情で見るアキ。この三人の関係は、
まだまだ決戦の時を迎えるには早いようだ。
 そんな一同をナイン・ソキウスは頼もしく感じながらも、同時に一抹の不安を抱いて
いた。特に影太郎に。
『何だ、この不安は。虫の知らせというやつか? ふん、非科学的な考えだな』
 ソキウスとしては感情が豊かで、人の心も理解しているナインだが、この掻き消せな
い不安の原因は分からなかった。この不安は『作られた命』という宿命を背負わされた
同胞としての共感であり、予感なのか。それとも……。



 ボアズ陥落から十二時間後、ジェネシスαの守備隊が三隻の所属不明艦を発見。艦は
いずれも一直線にジェネシスαに向かっている。
 敵の所属や正体は不明という報告だったが、アッシュ達には敵の正体は分かってい
た。ディプレクターがヤキン・ドゥーエ方面に行っている以上、ジェネシスαやアメノ
ミハシラを狙ってくる連中は奴らだけだ。
「いずれ始末するつもりだったが、向こうから来てくれるとはな。こちらから出向く手
間が省けたぞ。なあ、ドクター?」
「ああ。迅速なオペが出来そうだ」
 相棒アッシュの言葉に、頷いて返すミハイル。この二人が操縦する二機のリジェネレ
イトがジェネシスαの前に立つ。
 ジェネシスαの側にあるアメノミハシラからもMS群が出撃した。無人のオートMS
ズィニアを率いるのは、黄金と黒に塗られた異形のアストレイ、ゴールドフレーム。操
縦するロンド・ギナ・サハクは、姉との決着をつけられる喜びに打ち震えていた。
「来るか、ミナ。出来れば私の元に来てほしいな。お前をこの手で殺したその時こそ、
私は真のサハク家当主となるのだから!」
 二機のベルゼルガも出て来た。通常装備の機体にはマクシー・ミガゲノが、刀を持っ
た機体には不動剛馬が乗っている。
「いよいよ始まるのね。あいつらとの最高の、そして最後の戦いが。楽しみだわ。剛馬
ちゃんも思いっ切り戦って楽しみましょうよ」
「戦いを楽しむ趣味は無い。俺はダブルGの為に刃を振るうのみ」
 決戦を前にしても余裕を見せるマクシーと、真摯な心構えで臨む剛馬。性格は正反対
だが、どちらも強敵である。
 そしてこの様子を、アメノミハシラの窓から見つめる少女がいた。ミステリウス・マ
ゴット。ダブルGの寵愛を受け、秘密兵器ネメシスのパイロットに任命されたこの少女
は何も言わず、宇宙の虚空を見つめていた。彼女の後ろにいるポーシャ達の不安げな視
線も無視して。
「マゴット様……」
 呼びかけるようなポーシャの声にも、マゴットは答えない。動かない。表情だけでな
く肉体の全てが凍り付いているのでは、と思ってしまうような態度である。
 迎撃体制を整えたジェネシスαに対し、リ・ホームからはリトルフレームと三機のメ
カ、スタンピードレッド、ストライク撃影、デネブ、そして迷いを捨て切れないマルコ
のゲル・フィニートが出撃。サーペントテールの宇宙船からはブルーフレームセカンド
とイライジャ専用ジン、フィア用に調整されたケンタウロスが出て来た。
 そしてもう一隻の艦からもMSが出撃する。特務部隊Xの艦オルテュギアから出て来
たのは、プレアのドレッドノートとカナードのハイペリオン、そしてロンド・ミナが操
縦するハイペリオンの2号機である。
 アルテミスでの戦闘でハイペリオン3号機を操縦していたクロナ・ギウム、いやミス
トはオルテュギアの艦橋にいた。悠々と椅子に座る彼女に、カナードの副官メリオルが
尋ねる。
「ミスト、貴方には感謝します。あなたのハイペリオン3号機のパーツを使わせてもら
ったおかげで、カナードの1号機を修復出来ました。ですが、貴方は出撃しないのです
か? 以前あなたが乗っていたズィニアがあるはずですが」
「あのズィニアは壊れちゃったんだよ。あんなバケモノだらけの戦場にメビウスで乗り
込む程、僕は命知らずじゃないよ」
 そう答えるミストだが、ズィニアが壊れたというのは嘘だ。いや、壊れているのは本
当だが、これはミストが自分で壊したのだ。
『ロンド・ミナ達には悪いけど、これが僕なりの処世術なんだよ』
 クロナならばダブルGを守る為ならば、メビウスどころかガラクタに乗ってでも出撃
するだろう。しかしミストは違う。ダブルGの為に戦う気は無いし、ここて命を捨てる
つもりも無い。『彼』の目的は生きる事そのもの。もちろん影太郎達が負けた時は迷わ
ず逃げるつもりだ。
『でも彼らには負けてほしくないな。彼らには厄介なダブルGを倒してもらわないと。
勝算は低いけどね』
 ロンド・ミナ・サハクに協力したのも、影太郎達に付き合ってここまで来たのも、全
ては彼らにダブルGを倒させる為。クロナが神と崇める存在を消し去るのだ。そうすれ
ば、
『と、戦う前から負ける事を考えてちゃダメだね。今は黙って、この戦いを見守らせて
もらおう』
 ミストはオルテュギアのモニターに目を移す。モニターの中では、既に戦端は開かれ
ていた。



 四十、五十、いやそれ以上のMSに対して、たった一機で挑むなど普通に考えれば自
殺行為だ。しかし大軍が無人機で、対する一機がゲル・フィニートならば話は別だ。
「ウィルス、散布……」
 コロイド粒子に乗せて、AMSのコントロールを奪うコンピューターウィルスが宇宙
空間にばら撒かれる。粒子の網に掛かったズィニアは次々と動きを止めた。
 しかし敵も全てが無人機ではない。バイオチップを埋め込まれてダブルGの人形と化
した兵士達が乗るM1−Aやズィニアもいる。
「ありがとう、マルコ。後は俺達に任せろ」
「マルコ殿、ご助成、感謝するでござる」
 感謝を述べる影太郎と夏。しかし、その純粋な言葉と思いは今のマルコには辛いもの
だった。
「……………………」
 マルコは黙ってリ・ホームに引き上げた。なぜかアキの顔が見たくなった。
 ともあれゲル・フィニートの活躍によって、敵の数は半分になった。これならば影太
郎達だけでも何とかなる。
「いや、何とかしないとな」
 影太郎はふと、ガーネット・バーネットの声を思い出した。初めて聞いたはずなのに
心地よい、そして暖かい声だった。宇流影太郎とは何の関係も無い女。だが、アルベリ
ッヒ・バーネットが愛し、全てを託した女。そんな女の顔を見たくなった。
「だったらこんな所では死ねないよな。そして、あいつを殺させる訳にもいかない!」
 複雑な、しかし純粋な思いを闘志に変えて、影太郎はリトルフレームを飛ばした。ウ
ィズ、ガッツ、ブレイブの三機もその後に続く。
「お、おい、待てよ、影太郎! ったく、熱くなりやがって」
【ロウもかなり熱くなっていると思うぞ。操縦桿を握る力が普段より1.4倍増してい
る】
「ははっ、確かに俺も熱くなってるな。けど、もっと熱くなるぜ。留守番をしている樹
里やリーアムの分までな!」
 スタンピードレッドがリトルフレームの後を追う。その名に恥じぬスピードだ。あっ
さりとリトルフレームに追いつき、
「一人で熱くなるなよ、影太郎。熱くなるなら一緒になろうぜ!」
「ロウ……。ああ、そうだな。熱く熱く、二人で燃えよう!」
 この場の誰よりも熱く燃えている二人を乗せたMSは、一直線にジェネシスαに向か
う。その前に立ちはだかった二人も燃えていた。凄まじいまでの殺意と敵意を燃やして
いた。
「来たか、愚かな患者達」
「ようこそ、俺のジェネシスαへ。仲良く俺に殺されに来たか!」
 巨体と異様を誇る二機のリジェネレイト。予備パーツがある限り無限に再生する脅威
のMSだが、影太郎もロウも恐れてはいない。
「来てやったぜ。けど、殺されにではなく、お前らをブッ潰しにな!」
「ああ。俺のジャンク屋魂がお前らの野望を打ち砕く!」
【ジャンク屋魂でどう敵を倒すのか、言葉の意味が分からないな】
「見てれば分かるさ。いや、一緒に戦えば分かる。8(ハチ)、行くぜ!」
【了解】
 二機のリジェネレイトに挑む二機のアストレイ。だが、アストレイの名を与えられた
MSはこの二機だけではない。宇宙要塞と化したアメノミハシラから少し離れた宙域に
も二機のアストレイがいた。しかしこの二機は味方同士ではない。ブルーフレームとゴ
ールドフレーム、青と金のアストレイは死闘を演じる為、静かに対峙する。
 ブルーフレームの隣には、ロンド・ミナ・サハクが操縦するハイペリオン2号機がい
た。彼女は弟が乗るゴールドフレームを見る。
『まさか天(アマツ)と、しかもギナが乗った機体と戦う事になるとはな……』
 度重なる改良を繰り返してきたゴールドフレームは、レッドフレームやブルーフレー
ムと同じ機体とは思えない程に変貌していた。背部に巨大な翼のような新装備《マガノ
イクタチ》を装備している今の形態こそ、ゴールドフレームの完成した姿と言ってもい
い。
 ロンド姉弟はこの機体を天(アマツ)と名付けた。姉弟が天を制し、地を制し、全て
を制する為の力となるはずだったMSは今、姉弟の絆が絶たれた象徴として現れた。
「これはこれは、お久しぶりですね、姉上。サーティーンに助けられた命を捨てに来ま
したか?」
 姉を挑発するギナ。ミナは自分を助ける為に命を投げ出したソキウスの顔を思い浮か
べる。
「ギナ、サーティーンは…いや、聞くまでもないか。お前は裏切り者を生かしておくよ
うな男ではない」
「そう。姉上がそうであるようにね。姉上は昔、言いましたね。万人は一握りの価値あ
る者に生命を、全てを捧げる為に存在している。世を統べる者には人も物も栄誉も全て
を自由にする権利がある、と」
 ギナの言うとおり、昔のミナはそう思っていた。だから世界を制する力を求め、ダブ
ルGと接触し、その下についたのだ。しかし、
「神もそう言いましたよ。世を統べる神の僕である私に逆らうという事は、神への反
逆。作り物のソキウスといえど許される事ではない。サーティーンの死は当然の結果で
すよ」
 ギナにここまで言われて、ミナは気付いた。ああ、昔の自分は何という傲慢な、そし
て愚かな人間だったのだろう。他人の自由も権利も一切認めず、自分の野望を叶える為
の踏み台にしていた。その結果がこれか。たった一人の肉親が敵となるとは、何という
因果。何という喜劇。
「私を認めてくれた神、ダブルGへの反逆。それは人とした最大の罪。命ぐらいは捨て
てもらわないと。サーティーン・ソキウスは死んだ。次は姉上の番ですよ」
 ハイペリオン2号機に迫る天(アマツ)。だが、二機の間にブルーフレームが割り込
む。
「ロンド・ミナ・サハク。姉弟としての最後の話はもういいか?」
「!」
 劾の冷酷な言葉に、ミナは顔を上げた。そうだ、もうミナは決めたのだ。道を誤った
弟を、ロンド・ギナ・サハクを倒すと。ならば、ここで怯む訳にはいかない。
「ギナ。私はお前を倒す。そして邪神の下僕に落ちてしまったサハク家を再興し、オー
ブを支える柱とする。それがサハク家の当主たる私の、ロンド・ミナ・サハクの役目
だ」
 ロンド・ミナ・サハクはついに弟との決別を宣言した。それが戦いの開幕を告げるベ
ルとなった。無言で襲い掛かるゴールドフレーム天(アマツ)、それを迎え撃つブルー
フレームセカンドとハイペリオン2号機。壮絶で哀しい戦いの始まりだった。



 既に戦いの火蓋は各所で切られていた。MS達は闇の宇宙を華麗に舞い、飛び、銃を
撃ち合い、剣をぶつけ合う。
「不動剛馬、いざ尋常に勝負!」
「待っていたぞ、宮城夏。貴様の腕、我が父が作った刀を振るうに相応しいかどうか試
させてもらうぞ」
 刀と誇りに命を懸けるサムライ達の激闘。乗るMSはストライク撃影とベルゼルガ。
振るう刃は《タイガー・ピアス》と《キング・オブ・レオ》。虎と獅子、猛る獣の名を
持つ刀が振り下ろされ、防がれ、かわされ、切り結ばれる。
「くっ、この《タイガー・ピアス》でも防ぐのが精一杯とは、見事な刀でござる」
「褒め言葉は素直に受け取ろう。この刀の名は《キング・オブ・レオ》。貴様らの刀を
凌ぐ物として、俺がこの手で作った刀だ」
「何と。不動剛馬、貴様、それだけの刀を打つ技量を持ちながら、それでも拙者とロウ
殿の刀を求めるのでござるか」
「そうだ。《ガーベラ・ストレート》も《タイガー・ピアス》も俺の父が作った物だ。
ならば息子の俺が受け継ぐのが筋というものだろう。それなのにあの老人は俺に刀を渡
さなかった!」
 刀を作る技術も、剣術も、剛馬は誰よりも優れていた。父は息子を誇りとし、息子も
父の全てを受け継ぐのが当然だと思っていた。しかし、父の親友であり剛馬の師だった
男は剛馬を認めなかった。剛馬は父の遺産を受け取れず、漠然とした日々を過ごし、そ
れでも自らを高めようと戦場にまで赴いた。
「だが、戦場は俺が思っていたよりも熾烈な地だった。死にかけた俺を救ってくださっ
たのが我が主、ダブルGだ。そのご恩に報いる為にも俺は強くなる。父の刀をこの手に
して、俺を認めなかったあの男を、ウン・ノウを地獄で悔やませてやる!」
 剛馬の剣に込められた思い、それは父への愛と師ウン・ノウへの憎悪、そしてダブル
Gへの忠誠心。そのどれもが大きく、未熟な夏の剣では受け切れない。
『違う。拙者はこの男とは違う。違いすぎる』
 剣の腕も、人生の経験も、剣に込めた思いも、夏は剛馬に比べて未熟すぎる。特に思
いの差が大きい。サムライに憧れ、そうなりたいだけの夏の思いなど、剛馬の剣の前で
は砂山のように脆い。打たれればあっさりと崩されるだろう。
 事実、剛馬の攻撃は夏を押していた。二人が乗るMS、ベルゼルガとストライク撃影
の性能差も大きく、夏の勝率はゼロに等しい。
 それでも夏は戦いを止めなかった。戦場から逃げなかった。仲間に助けを求めなかっ
た。なぜ? それは夏が、
『拙者は、それでも拙者は……』



 プレア・レヴェリーは戦いを好まない優しい少年である。しかし、戦う勇気は持って
いる。ジェネシスαを止める為、ダブルGの野望を阻止する為、プレアはドレッドノー
トに乗り込み、戦場に赴いた。
 ドレッドノートの後ろには、ハイペリオンの1号機がいた。この機体はアルテミスの
戦いでドレッドノートに完敗し、半壊したのだが、ミストの好意でハイペリオン3号機
のパーツを回してもらい、修復された。
 しかし機体は元通りになっても、人間の心は簡単には治らない。ハイペリオンに乗る
カナードの心を占めていたのは唯一つ、目の前を飛ぶドレッドノートとそのパイロット
への対抗意識だけだった。
『あんな無様に負けたままで終われるものか。俺はスーパーコーディネイターになるの
だ!』
 本物のスーパーコーディネイターであるキラ・ヤマトへの怒りと憎しみは、キラと戦
う前に自分を負かした男に向けられていた。
「プレア・レヴェリー、お前は俺が…!」
 倒す、とは言わなかった。影太郎というあの生意気なガキと約束してしまったのだ。
この決戦が終わるまではプレアに手を出さない、と。
「俺達はこれから忙しくなるからな。プレアにお前さんの相手をさせている暇は無い。
この戦いが終わり、二人とも生き残っていたら存分に戦え」
 カナードは影太郎達の為に戦うつもりは無い。自分を負かした者と一緒に戦うなど、
誇り高いカナードには無理だった。その気持ちを理解した影太郎は、カナードに協力は
求めなかった。ダブルGにも手を貸さず、中立でいてくれればプレアと戦わせてやる。
「その時はハイペリオンを最高に強くしてやるよ。ドレッドノートもパワーアップさせ
るつもりだしな」
 悪くない話だ。影太郎の提案をカナードは受け入れた。プレアと戦い、そして倒す。
カナードの興味はそれだけに向けられていた。
 一方のプレアは、影太郎がそう提案したのを暗い表情で聞いていた。彼は戦いを好む
人間ではない。戦う為だけの存在、特殊能力を持つ兵士のクローンとして生まれたプレ
アは戦いというもの全てを嫌っていた。カナードと戦ったのも風花を守る為に仕方なく
戦ったのだ。それなのに影太郎はまだ自分を戦わせようというのか?
 そんなプレアに影太郎は一枚のディスクを見せた。エターナルでバルトフェルドに渡
されたディスクで、ドレッドノートの最強の武器のデータが収められている。
「今すぐ作りたいんだが、こいつはなかなか厄介な代物でな。俺やロウの技術だけじゃ
なく、それなりの設備が必要なんだ。ロンド・ミナから聞いたアメノミハシラの設備な
ら作れるんだけどな」
「影太郎さん……。すみません、僕はそんな物を使って人を傷付けるような事は……」
「お前の気持ちは分かる。けど、逃げてばかりじゃ、いつか必ず後悔するぞ」
 影太郎は厳しい声で言った。そのとおりだ。逃げている者に道は開かれない。プレア
もそう思ったから、一度はドレッドノートに乗ったのだ。
「でも、僕もドレッドノートも戦う為に生まれた存在です。進んでも逃げても、結果は
同じだと思います。それなら逃げた方が、人を傷付けずに…」
「人は傷付けないけど、お前は前に進めないぜ。それでもいいのか? それにお前が傷
付けなくても、ダブルGやカナードみたいな奴を放っておけば、誰かか傷付き、そして
死ぬ。それでもいいのか?」
「……………………」
「ちょっとだけ考えてみろ。大丈夫、お前ならきっと見つけられるさ。戦う事は人を傷
付けるばかりじゃないって事にな」
 影太郎のその言葉が忘れられず、プレアは再び戦場に出て来たのだ。はっきりとした
答えを見つける為に。
 自分を殺そうとしている男を背にして飛ぶプレア。しかしカナードは一切手を出さな
かった。影太郎との約束を守っているのだ。
 ドレッドノートとハイペリオンの奇妙な旅。しかしその旅は長くは続かなかった。彼
らの前にもう一機のベルゼルガが立ちはだかったのだ。操縦者はダブルGの使徒、マク
シー・ミガゲノ。
「あらあら、面白いMSを見つけちゃった。あなた達、強いのかしら?」
 獲物を前に舌なめずりをするマクシー。決戦の雰囲気が彼の心を高ぶらせていた。
 一方のプレアは落ち着いていた。この敵は強い。しかしどんなに強い敵でも負ける訳
にはいかない。答えを見つける為にも。
「行け、《プリスティス》!」
 ドレッドノートの腰の脇から二機の小型ユニットが飛ぶ。ユニットのビーム砲の砲口
がベルゼルガの頭部と右肩に狙いを定める。そして、閃光が放たれた。



 運命、というものが本当にあるのだとすれば、ナイン・ソキウスは自分の運命を呪っ
ただろう。
 ナチュラルに絶対服従する戦闘用コーディネイター、ソキウス。感情を持たない彼ら
の中でなぜか一人だけ感情を喪失せず、一度は洗脳されたが影太郎のおかげで自分を取
り戻し、自由を手に入れた。だが、
「戦場にいる以上、いつかはこういう日が来ると思っていた。だが……」
 デネブの操縦席に座るナインは歯を噛み締める。目の前に現れた敵機、ソードカラミ
ティと制式仕様のレイダー。そのパイロットはナインと同じ姓と顔を与えられた、彼の
兄弟とも言うべき存在達。
「フォーとシックス、よりにもよってお前達とはな」
 この二人と亡きサーティーンはナインと行動を共にする事が多く、わずかだが感情ら
しきものを見せた時もあった。だが、今は違う。
「デネブを目視で確認。操縦者はナイン・ソキウス。我々ソキウスの恥さらしだ。シッ
クス、攻撃するぞ」
「了解だ、フォー。神を裏切った愚か者に死の裁きを」
 そう言って二人は同時に襲い掛かってきた。
 フォーはソードカラミティを、シックスは制式レイダーを操縦している。ソードカラ
ミティが大剣による接近戦でデネブの足を止め、そこへ制式レイダーが銃で攻撃。デネ
ブがそれを防いでいる隙にレイダーは飛行形態に変形して、ソードカラミティを回収し
て距離を取る。それぞれのMSの特性を生かした上、決して無理をしない攻撃。ヒット
アンドアウェイという戦闘の基本を守り抜いている。
 ナインも負けてはいない。ソードカラミティにはビームサーベル《ラケルタ》を抜い
て対抗し、レイダーの攻撃は《マンダラ》を展開して完璧に防ぎ、距離を取った二機に
《サラマンダー》による長距離射撃。見事な攻撃だ。
 しかし、これらの攻撃をフォーとシックスは全てかわした。ナインの攻撃パターンは
完全に読まれているのだ。
『くっ、敵に回せば厄介な奴らだと思っていたが、これ程とは……』
 自分の全てを知り尽くしている相手との戦い。最大の試練に苦悩するナインは気付か
なかった。なぜフォーとシックスがナインの攻撃を完璧に読めるのか、その理由に。そ
して、影太郎に感じていた不安がどんどん大きくなっていく奇妙な感覚に。



 エース級の敵の相手をする影太郎達だが、敵はエースばかりではない。熾烈な戦いが
繰り広げられている脇をM1−Aやズィニアがすり抜けていく。リ・ホームやオルテュ
ギアを狙っているのだ。
「戦術としては間違ってないけど、やっぱりちょっとセコいわね。そういう子にはオシ
オキよ!」
 フィア・スカーレットが乗るケンタウロスの長距離用ビームライフルが光を放った。
正確無比な一撃が、リ・ホームに接近してきたM1−Aの頭部を貫く。
「はい、また一機撃墜。と、あっちも危ないわね」
 再びビームライフルが火を吹いた。前線で戦っていたイライジャのジンの背後に迫っ
ていたズィニアの腕を打ち抜いた。ズィニアに気付いたイライジャが避けると、更に閃
光が走る。ズィニアの胴体に風穴が開き、大爆発した。
「またまた一機撃墜。イライジャ、あんたももう少し頑張りなさいよ。このままだと私
との撃墜スコアの差は開く一方よ」
「余計なお世話だ! あの白いMSは厄介なんだよ!」
 白いMSことズィニアには弱いながらもPS装甲が施されており、実弾や実体剣を使
うジンとは相性が悪い。
「分かった、白いのは私に任せて。そっちはアストレイの量産型を片付けてよね。夏ち
ゃんにいい所を見せるチャンスよ」
「言われなくても、って、どうしてここで宮城夏の名前が出てくるんだ? 俺が活躍す
るとあの女が喜ぶのか?」
「…………はあ。夏ちゃんに同情するわ。厄介な奴に惚れ、ってイライジャ、後ろ!」
「分かっている!」
 後ろから銃で狙ってきたM1−Aを、イライジャのジンの銃が先に撃ち抜いた。劾や
フィアにはまだまだ及ばないが、イライジャも腕を上げているのだ。
 母艦を守る為に戦っているのは、この二人だけではない。リーアムのワークスジンと
樹里のバクゥも出撃して、リ・ホームに近づく敵を牽制していた。
「樹里、敵は近づけさせなければいいんですよ。撃墜したいところですが、私達の腕と
作業用MSの性能では、戦闘用MSと戦うのは無謀ですからね。そういうのはイライジ
ャさん達に任せましょう」
「い、言われなくたって、近づかないわよ。キャプテンも余計な事はしないでね」
「分かっているとも。このキャプテンGG、可愛い女の子を死なせるような事はしな
い。それに私の仕事は戦いが終わった後だからな」
 それぞれがそれぞれの場所で奮闘する中、風花は宇宙船の中で仲間達の無事を祈って
いた。仲間を信じる。それが彼女の戦いだった。
『劾、イライジャ、フィア、ロウ、影太郎、みんな、そして……プレア。死なないで。
必ず帰ってきて』
 辛い表情で祈る娘の顔を、ロレッタはあえて見ないようにした。見れば抱きしめてあ
げたくなるから。ここは戦場で、今は戦いの最中だ。娘を抱きしめてあげるのはこの戦
いに勝った後からでいい。自分達は絶対に死なないし、負けない。なぜなら自分達はサ
ーペントテール、最強の傭兵部隊だから。
「リード、オルテュギアに連絡して、こちらとの距離を詰めさせて。劾達が戻ってくる
まで、絶対に守り抜くわよ」
「了解。へへっ、こっちもあっちも騒がしくなってきやがったぜ」
 リードの言うとおり、戦いは更に激しく、そして過酷なものになる。



 二機のリジェネレイトを相手にする影太郎とロウ。破損したパーツを次々と取り替え
るアッシュのリジェネレイトに対し、影太郎はリトルフレームで対抗した。しかし、
「この腐ったハエがあっ! そんなプチモビルスーツで、このリジェネレイトを倒せる
と思ったのかあ!」
 アッシュの言うとおり、リトルフレームの攻撃力ではリジェネレイトの手足を傷付け
るのがやっとで、倒すまでには至らない。しかし苦戦しているのに影太郎はB・I・G
アストレイに合体しようとはしない。
 一方、ロウはミハイル・コーストのリジェネレイト2号機と交戦。『ドクター』の異
名を持つミハイルは正確な攻撃でロウを追い詰める。
「クソッ、やり難い相手だな」
【君の攻撃が雑なのだ。敵を見習って、もっと正確かつ適切な攻撃を…】
「うるせえ! なら、これならどうだ!」
 ロウはスタンピードレッドの速度を上げた。MSとは思えない超スピードでリジェネ
レイトの追撃を振り切ろうとする。だが、
「甘いな。確たる証拠が無い早期の判断は、誤診の元だ」
 ミハイルはジェネシスαに連絡し、リジェネレイトの特殊機能を使用する。ジェネシ
スαから発射されたレーザーをMA形態に変形したリジェネレイトの後部で受け、推進
剤を爆発燃焼させて驚異的な加速を得る機能、ライトクラフト・プロバルジョン。逆噴
射と加速中に四肢を動かしての重心移動によって、超加速中の軌道変更も可能としてい
る。その速度はスタンピードレッドに匹敵し、あっさり追いつこうとしている。
「終わりだ。これで…」
 最大加速による体当たりでスタンピードレッドに止めを刺そうとしたミハイルだった
が、突然悪寒に襲われた。戦士としての本能が働いたのだが、一足遅かった。
 スタンピードレッドはもう逃げていなかった。加速するのを止めて、方向転換。両腕
を広げてリジェネレイトを待ち構えている。
「いかん、減速!」
 するのが遅かった。スタンピードレッドの巨腕はリジェネレイトの体を掴み取り、そ
のまま押し潰す。
「うおおおおおおおおっ! このまま行くぜえっ!」
「ばっ、馬鹿な、こんな事が!」
 意気上がるロウに、動揺するミハイル。相手の力を甘く見ていた。誤診したのは自分
の方だった。
 動揺しつつもミハイルは即座に判断した。手足だけでなく胴体の部分も全て切り離
し、コアユニットのみで脱出。完全に潰される事だけは逃れる事が出来た。
「ううむ、私とした事が……。それにしても、PS装甲のリジェネレイトを握り潰すと
は、あのMS、何というパワーだ」
 両手両足にパワーシリンダーを搭載したスタンピードレッドの力は、核動力機をも上
回る。その圧倒的な力に、ミハイルは戦慄した。
「このままでは勝てん。アッシュ、私に力を貸してくれ」
「ほう、そっちは面白い事になっているようだな。いいぜ、『ドクター』。このうっと
おしいハエどもに見せてやろう。俺達のリジェネレイトの切り札をな!」
 リトルフレームを苦しめていたアッシュだが、あっさりと手を引いてミハイルの元に
向かう。影太郎もその後を追い、ロウと合流した。
「ロウ、そっちは大丈夫か?」
「何とかな。お前、B・I・Gアストレイに合体しないのか?」
「したかったんだが、あれは俺の切り札だからな。そう簡単には使えない」
【なるほど。だが、力を出し惜しみをして負けたのでは笑い話にもならないぞ】
「ごもっとも。けど8(ハチ)、どうやら今回は出し惜しみをして正解だったみたいだ
ぜ」
 そう答えた影太郎の前には、異様なMSが現れていた。先程まで戦っていたリジェネ
レイトなのだが、大きさが違う。手足の長さも違う。背部にミハイルのリジェネレイト
のユニットが合体し、更に手足にもミハイル機の予備パーツが合体して、手足の長さを
伸ばしている。
「ふははははははははは! どうだ、見たかガキども! これがリジェネレイトの最終
最強形態、リジェネレイト・ギガンティスだ!」
「忠告しておくが、二機のリジェネレイトが合体しただけ、と思わない方が身の為だ
ぞ。このMSのパワーは半端なものではない」
 ミハイルの忠告は事実だった。リジェネレイト・ギガンティス。二機の核動力機のパ
ワーを併せ持つこの機体の力は凄まじいものだった。
 ザフトから与えられたリジェネレイトを改造し、この機能を与えてくれたダブルGに
ミハイルは感謝した。このキガンティスのパワーなら、あの赤いMSも恐れる必要は無
い。逆にパワーで捻じ伏せる事も可能だ。
「なるほど、それがお前らの切り札か。なかなか面白いじゃないか。けどな!」
 影太郎は後方に待機させていた三機のメカを呼び寄せた。同時に宇宙用の煙幕が辺り
を包み込む。
 煙幕の白い煙は数秒で晴れ、煙の中から巨大なMSが姿を現した。スタンピードレッ
ドに匹敵するパワーを持つこのMSこそ影太郎の切り札、
「いいぜ、掛かってきなよ、殺人鬼。このB・I・Gアストレイに込められた俺の知恵
と勇気と根性が、その醜い怪物を叩き潰してやる!」
 と意気込む影太郎だが、相手のリジェネレイト・ギガンティスはB・I・Gアストレ
イをも上回る巨大MSである。比べると大人と子供。正面から戦うなど自殺行為だが、
「ロウ、覚悟を決めろよ」
「へっ、言われるまでもないぜ。ジャンク屋魂の底力を見せてやる!」
【魂の底力とはどういう意味だ? 理解不能だ】
 そう言う8(ハチ)も、影太郎とロウに退く気が無い事は理解できた。そういう男な
のだ、この二人は。



 天(アマツ)へと生まれ変わったゴールドフレーム最大最強の武器、それは背部に搭
載された《マガノイクタチ》である。翼状のデバイスをハサミの様に展開して敵機を捉
え、敵機にコロイド粒子を送り込み、これによって自機と敵機を擬似的に連結。敵機の
電気エネルギーを強制放電させて、自機のエネルギーとして吸収する。敵の命を奪い、
自分の力とする、恐るべき兵器だ。
 この兵器にロンド・ミナのハイペリオンが捉えられた。首を挟みこまれたハイペリオ
ンのエネルギーは失われ、天(アマツ)に吸収される。
「ふははははははは、姉上、最後の最後ぐらい私の役に立ってくださいよ」
「くっ、ギナ、お前は!」
 脱出しようとするミナだが、ハイペリオンのエネルギーはあっという間に吸い尽くさ
れてしまった。生命維持の為の非常用エネルギーは残っているが、
「姉上、しばらくそこでじっとしていてください。あの目障りな奴を殺した後、神の御
前で殺してあげますよ」
 そう言ってギナの照準は、劾のブルーフレームセカンドに向けられた。
 ブルーフレームセカンドと天(アマツ)との戦いは、天(アマツ)が優勢だった。し
かし天(アマツ)の攻撃はミナのハイペリオンの《アルミューレ・リュミエール》によ
って全て遮られてしまい、ダメージを与えられなかった。苛立ったギナは、最初に防御
役であるミナから潰したのだ。
「これで邪魔者はいなくなった。覚悟しろ、傭兵。ギガフロートての借りを返させても
らうぞ」
 地上でギガフロートを最初に襲撃した時、ギナのゴールドフレームは劾のブルーフレ
ームと水中で戦い、手痛いダメージを受けた。二度目の襲撃でもブルーフレームに手こ
ずっている間に味方が全滅、無念の撤退を強いられた。ギナにとって劾とブルーフレー
ムは、憎むべき敵以外の何者でもなかった。
「神の僕たるこの私を愚弄するのは、神を愚弄するも同じ。神に逆らう愚かな傭兵よ、
貴様はここで死ぬのだ」
 自信を漂わせて迫るギナ。天(アマツ)のトリケロス改からビームが放たれる。正確
な射撃だが、劾は落ち着いてこれをかわす。
「神か。貴様にとってダブルGは神そのものらしいな」
「そうだ。ダブルGは神の中の神、神を超えた神、私に新しい道を与えてくれた偉大な
る神。神に逆らう者には神に選ばれた私が罰を下す。神罰をな!」
 天(アマツ)の連続射撃。ビームライフルの合間にランサーダートも放つが、ブルー
フレームには当たらない。
「悪いが俺は神を信じない。神という存在を見た事が無いのでな。それに…」
 かわし続けるブルーフレームに、天(アマツ)の新たな武器が襲い掛かる。《マガノ
イクタチ》の翼の一部分からアンカーが発射された。《マガノシラホコ》と名付けられ
た鋭い銛は、ワイヤーによって操られ、蛇のように動き回る。銛の刃がブルーフレーム
の胴体を掠めた。
「人を苦しめ、操り、殺すような存在は神とは言わない。悪魔か、それとも邪神と呼ぶ
べきだろう」
「! き、貴様、神に対して何という侮辱、許せん!」
 怒るギナはブルーフレームとの距離を一気に詰める。《マガノイクタチ》でブルーフ
レームの電気エネルギーを吸収して、止めを刺すつもりだ。
 だが、
「その武器はもう見ている」
 ブルーフレームセカンドの背部のフライトユニットが分離して、巨大な剣に変形し
た。《タクティカル・アームズ》の剣形態だ。
「ふっ、その程度の武器で天(アマツ)の動きを捉えられると思っているのか!」
 ギナの言うとおり、天(アマツ)のスピードは予想以上に速い。大剣では捉えられな
いだろう。
 しかし劾は全く動じていなかった。静かに佇み、そしてこう言った。
「悪いが、もう勝負はついている。貴様の負けだ」
 その言葉を待っていたのか、天(アマツ)の動きが急に止まった。もちろんギナの意
図した事ではない。
「な、どうした? 何が起きた? 動け、動け、天(アマツ)!」
 ギナは操縦桿を揺さぶり、コンピュータープログラムをチェックする。が、天(アマ
ツ)はまったく動かない。
「《マガノイクタチ》か。恐ろしい武器だが欠点もある。コロイド粒子が相手の機体と
接触した際、役割を終えたコロイド粒子の特性が消えてしまい、新たな機能を加える事
が可能という欠点が」
「そ、そんな欠点、私は知らないぞ。貴様、どうして…」
 ここでギナは思い出した。《マガノイクタチ》を設計したのは誰か。この兵器はまだ
未完成だと搭載をためらっていた者は誰か。
「姉上、ロンド・ミナ・サハク、貴様かあっ!」
 憎悪を込めて姉の名を呼ぶギナ。ミナは沈黙でそれに返す。
 そう、全ては《マガノイクタチ》の欠点を知るミナの作戦だった。ハイペリオンが捉
えられてエネルギーを吸収されると同時に、白紙化したコロイド粒子にゲル・フィニー
トのものを改良したコンピューターウィルスを流し込み、それを吸収されたエネルギー
と共に天(アマツ)に持ち込ませる。
 コンピューターウィルスはまるで本物のウィルスのように天(アマツ)の体内を駆け
巡り、MSの機能を停止させる。劾はウィルスが回り終わるまでの時間稼ぎをしていた
に過ぎない。《タクティカル・アームズ》を剣にして隙を見せたのも、ギナを油断させ
る為だ。
「ロンド・ミナ・サハク。お前の望みどおり、弟との決着をつけさせてやったぞ。これ
でいいのか?」
「…………ああ、すまない。礼を言う、叢雲劾」
 弟ギナとの決着は、肉親である自分がつけたい。しかしミナにギナは殺せない。苦悩
の末に考えたのが今回の作戦だった。
 しかし、これはギナの命を救う為の作戦ではない。それはミナも覚悟していた。
「動け、動け、天(アマツ)! なぜ動かない? なぜ私の命令を聞かないんだ。私は
神の僕だぞ。ロンド・ギナ・サハクだぞ! 姉上とは違う、私は姉上の半身なんかじゃ
ない、半分なんかじゃない、私はミナじゃない、私はギナだ、私は、私は、私はあああ
ああああああああああっ!!!!!」
 この絶叫がロンド・ギナ・サハクの最後の言葉だった。ギナの絶叫が終わる前に、ブ
ルーフレームが天(アマツ)の腹部にアーマーシュナイダーを突き刺した。深々と突き
刺さった刃は、操縦席のギナの命を呆気なく消し去った。
「余計な事をした。すまない」
「……いや、これでいい。本来なら私がやるべき事だった。もう一度、礼を言わせてく
れ。ありがとう、劾」
 劾に礼を述べたミナの顔は悲しげだったが、ほんの少し、輝いて見えた。
『ロンド・ギナ・サハク。私の大切な弟。私はお前を忘れない。お前を歪める原因とな
った私の愚かさも、決して忘れない』
 この時をもって、ロンド・ミナ・サハクはサハク家の当主に就任した。



 ロンド・ギナ・サハクの死は劾によって味方全員に伝えられた。この知らせを聞いた
ナイン・ソキウスは自分を殺そうとする者達に問う。
「フォー、シックス、お前達の主は死んだ。それでもお前達は戦うのか?」
「当然だ。任務の遂行が私達に与えられた使命であり責務。それを果たす事が我々の存
在理由」
「ナインよ、貴様もその為に生まれたはず。そしてその証は今も貴様の頭に埋め込まれ
ているはずだ。なぜソキウスの運命に逆らうのか、理解できない」
 そう、ナインの脳には今もバイオチップが埋め込まれている。ダブルGがその気にな
ればチップは作動して、ナインの自我は奪われ、影太郎と戦った時のような操り人形に
成り果てる。
 嫌だ。そんなのは嫌だ。影太郎とは戦いたくないし、誰かに操られるのも嫌だ。
 なぜバイオチップが作動しないのかは分からない。ダブルGが油断しているのか、脳
内のチップに異変が起きたのか。理由は分からないが、ナインはこの幸福な時間がいつ
までも続いてくれる事を願っていた。
 自由な時間を大切にしたい。ソキウスの運命に従うのではなく、自分で考えて決めた
運命を生きたい。その切実な願いがナインの戦う理由であり、存在理由とも言えるもの
だった。
「俺がソキウスの運命に逆らうのは、俺が俺として生きる為だ。それが俺が、ナイン・
ソキウスが自分の意志で決めた運命だ!」
 それを邪魔するのであれば、たとえかつての友といえど、
「倒す!」
 デネブは左肩の上に装備された二つのビームブーメラン《アクイラ》を手に持ち、そ
れを投げる。フォー・ソキウスもソードカラミティのビームブーメラン《マイダスメッ
サー》を両肩から放つ。ビームブーメランの激突は《アクイラ》が制した。《アクイ
ラ》のビームの刃は《マイダスメッサー》を両断し、そのままソードカラミティの両肩
に突き刺さった。
 続いてデネブはシックスの制式レイダーに腹部の《フェーン》を向けて、強烈なビー
ムを発射する。制式レイダーもミサイルやマシンガンを撃つが、実弾武器ではビームの
威力は抑えられない。かわそうとする制式レイダー。しかしかわし切れず、ビームを浴
びた右腕が消滅した。
 ナインはデネブの性能を限界まで引き出した。ソードカラミティを《サラマンダー》
などの火器で牽制しつつ、制式レイダーを追い詰める。
 制式レイダーの武装は実弾兵器がほとんどで、PS装甲のデネブを傷付けるのは不可
能に近い。その圧倒的な優位からナインは制式レイダーに狙いを絞ったのだ。そして、
「終わりだ。散れ、シックス・ソキウス」
 複合兵装攻盾システムのビームガトリング砲が唸りを上げる。無数のビーム弾が制式
レイダーを蜂の巣にしてしまった。
「…………」
 何も言い残さず、シックスは制式レイダーと共に爆炎に消えた。残るソードカラミテ
ィもダメージを受けており、デネブの勝利は目前だった。
 最後の意地を見せるかのように反撃するソードカラミティ。だが、ソードカラミティ
の二振りの剣はデネブのビームサーベルによって切り落とされ、胸部の砲門が火を吹く
前にビームサーベルが突き刺さった。
 操縦席にも爆発が起こり、フォー・ソキウスのヘルメットにも亀裂が入った。死を目
前にしたフォーは、ナインに最後の質問をする。
「ナイン・ソキウス。貴様の話は理解できなかったが、疑問を感じた点がある」
「……何だ?」
「貴様はソキウスの運命には従わないと言った。ではなぜ貴様は、今でもソキウスを名
乗っている? それはソキウスの運命を受け入れている事にはならないのか?」
「!?」
 驚くナインの前で、ソードカラミティは爆発四散した。兄弟ともいえる敵を倒したナ
インだが、勝利の喜びは無かった。彼が得たのは自分への疑問と激しい頭痛。
「俺は、どうして俺は……ぐっ、あ、頭が…………な、何だ、この感覚は? 影太郎に
感じたものと同じ、いや違う、あれは影太郎にではなく、俺が自分自身に感じていたの
か? 分からない、分からない、何も分からない……」
 同じ頃、オルテュギアの艦橋にいたミストも頭を抱えていた。
「バ、バカな、そんなバカな! 違う、俺は違う、そんなはずは無い。そんな、そんな
事があって……」
 メリオル等が呆気に取られる中、ミストは気分が悪いと艦橋を出て行った。
 それから少し後、一機のメビウスがオルテュギアから無断で発進した。操縦していた
のはミストだった。彼女は二度とオルテュギアには戻らなかった。



 リジェネレイト・ギガンティスの力は圧倒的だった。長く伸びたその腕は、右腕だけ
でスタンピードレッドを、左腕だけでB・I・Gアストレイと互角に押し合っていた。
「はははははっ、どうした小僧ども。貴様らの力はその程度か! そうら!」
 リジェネレイトの両腕はそれぞれ押し合っている相手の機体を掴み取り、そのまま放
り投げてしまった。宇宙空間とはいえ数十tもあるMSを、まるで子供の玩具のように
投げ飛ばす怪力。半端なものではない。
「くっ、バーニア全開!」
「8(ハチ)、こっちもだ!」
【言われなくても!】
 バーニアの出力を全開にする事で、宇宙の果てまで飛ばされるのは免れた二機だが、
戦況はあまり良くない。それに時間も無い。こうしている間にもB・I・Gアストレイ
の合体のタイムリミットは迫っている。
「長引いたらこっちが不利だな……。影太郎、イチかバチか、アレをやるぞ!」
「アレって、この前考えたばかりのアレか? テストはしたけど一度きりだぞ。いきな
り実戦で、しかも奴のような強敵に使うのか?」
「おいおい、影太郎。お前らしくないぜ。アレは強敵に使う為のフォーメーションじゃ
ないか。今、あいつに使わずに誰に使うんだよ」
 ロウのその言葉に、影太郎は苦笑した。ロウの言うのとおりだ。自分では気が付かな
かったが、どうやらリジェネレイト・ギガンティスの怪力と強さに怯えて、弱気になっ
ていたようだ。
「そうだな。時間も無いし、やるか。ありったけの知恵と勇気と根性を込めた、一発勝
負の大博打!」
「おお! 8(ハチ)、《ガーベラ・ストレート》、鞘付きだ!」
【了解。お前達の奇跡と勝利を見せてもらうぞ】
 スタンピードレッドは腰に下げていた《ガーベラ・ストレート》を手に持った。しか
し鞘からは抜かず、刀を納めたままである。
「何だ、あの刀は? 抜く気も無くしちまったのか?」
「無様だな。怯えた患者などオペをする気も失せる」
 ロウを嘲笑うアッシュとミハイルだが、当の本人はまったく気にしていない。目を閉
じて、意識を集中させる。
「見せてやるぜ……。パーツ交換と言って次から次へ機械を使い捨てて、人の命もゴミ
のように扱うお前達に、俺と影太郎と、そして仲間達が作り上げた『力』をな!」
「ほざくな!」
 リジェネレイト・ギガンティスのロングビームライフルによる攻撃。二丁のライフル
から発射されたビームは、B・I・Gアストレイが放った強力なビームによって掻き消
された。ジャンクパーツから作り上げた480mm超高インパルス砲《雷電》の一撃
だ。リジェネレイトにも命中し、体の半分を消し去った。
「悪いな。お前等のターンはもう終わっているんだよ」
 損傷したリジェネレイトがパーツを交換している間に、ロウも準備を終えていた。ス
タンピードレッドの全てのパワーを腕と加速ブースターに集め、スタンピードレッドを
B・I・Gアストレイに委ねる。
「ロウ、見切ったんだな?」
「ああ、バッチリだ。このまま行くぜ!」
 その言葉を待っていた影太郎は、B・I・Gアストレイを全速力で飛ばす。目標はパ
ーツ交換を終えたリジェネレイト・ギガンティス、その真正面だ。
「バカが、死にに来たか!」
「では望みどおりにしてやろう。これが最終オペだ」
 二丁のロングビームライフルから次々とビームが放たれる。ビームはB・I・Gアス
トレイの腕や足に命中し、深い傷を付けていく。
 しかしB・I・Gアストレイは怯まない。止まらない。真っ直ぐ一直線にリジェネレ
イトに突っ込んでくる。
「こいつら、捨て身の体当たりか!?」
「付き合っていられんな」
 ジェネシスαのレーザーを受けて、超加速で逃れるリジェネレイト。だが、B・I・
Gアストレイもその動きについて来た。
 いや、ついて行けない。ビームによるダメージが大きかったのか、合体パーツが次々
と離れていく。B・I・Gアストレイの逞しい巨体は消え、貧弱なリトルフレームが姿
を見せた。
「はっ、ざまあないな。これでお前らは終わり…」
 と言いかけて、アッシュは気が付いた。B・I・Gアストレイに抱えられていたスタ
ンピードレッドがいない。消えてしまった。
「アッシュ・グレイ、来る、来ているぞ、奴が!」
 珍しく慌てたミハイルの声で、アッシュは敵の接近を知った。スタンピードレッドが
信じられないスピードで近づいてきている。B・I・Gアストレイはスタンピードレッ
ドが敵に近づくまでの盾だったのだ。そしてここまでエネルギーを温存してきたスタン
ピードレッドは、あらん限りの力で加速して、リジェネレイトの懐に飛び込もうとして
いる。
「はっ、だが、たった一機に何が出来る? パワーならこっちの方が上なんだよ!」
 アッシュの言うとおりだ。リジェネレイトの巨腕がビームサーベルを放出して、接近
するスタンピードレッドを切り裂こうとする。
 それでもスタンピードレッドは止まらない。鞘に収めたままの《ガーベラ・ストレー
ト》を前に出して、体そのものを槍のように鋭くする。
 《ガーベラ・ストレート》の鞘の先端が光りだした。ビームの光だ。この鞘こそ影太
郎とロウが協力して作り上げた、レッドフレームの切り札だ。《ガーベラ・ストレー
ト》の強靭な刃に支えられ、鋭いビームの刃を出すこの鞘は《クリムゾン》と名付けら
れた。
 今、超加速と《クリムゾン》のビームの刃によって、スタンピードレッドは全てを貫
く光の矢となった。光の矢はリジェネレイト・ギガンティスのビームサーベルも、その
巨大な腕も貫き、
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 リジェネレイトの胴体のある一点に突き刺さった。しかしそこはリジェネレイトの操
縦席でも動力源でもない。急所ではなかった。
「……ふっ、ふはははははははは! 残念だったな。渾身の一撃も大ハズレだ。貴様等
の負けだ!」
「いいや、まだ負けてないぜ」
 ロウのその言葉が現実となる。
「なっ!? ア、アッシュ、これはおかしい。リジェネレイトの様子がおかしいぞ!」
「何だと!? バ、バカな、そんなバカなあああああああああっ!!」
 アッシュの叫びが虚空に響くと同時に、リジェネレイトはその体をバラバラに分解し
てしまった。合体も変形も出来ない。巨人と化したリジェネレイトは元の姿に、いや元
よりも貧弱な姿になってしまった。
「な、何だこれは、どうなっているんだ!?」
 叫ぶアッシュには分からなかったが、ロウはリジェネレイトの構造の最も弱い部分を
貫いたのだ。
 リジェネレイトというMSは頻繁にパーツ交換を行なう為、本体やパーツへの負担は
大きく、頻繁な整備を必要とするデリケートな機体なのだ。通常の負担でも頑強なPS
装甲でかろうじて補える程に大きいものなのに、更にギガンティスという機体により大
きな負担がかかる形態になってしまった。
 どんな強固な機械でも、その強度には限界はある。リジェネレイトも例外ではない。
だがアッシュもミハイルもその限界を無視して、強さと勝利だけを追い求めた。その結
果、リジェネレイトはたった一撃で崩れ去る砂の城と化してしまったのだ。
「機械も人間や動物と同じだ。ロクな整備もせずにコキ使えば病気やケガをしたみたい
に故障するし、パーツ交換だって簡単にやるもんじゃない。機械とそのパーツとの相性
とかよーく考えてやらないと、交換する前以上に悪くしちまう」
「!……」
 ロウの言葉はミハイルの心を揺さぶった。ミハイルはリジェネレイトに医学の到達点
を見た。人間も悪くなった箇所はパーツ交換のように取り替えればいい。それこそが究
極の医療、最高の医学だと思った。だが、ロウの言うとおりだ。移植手術は簡単に行な
えるものではないし、人の体はそんなに単純ではない。その命も。
 リトルフレームもやって来た。ウィズなど三機のメカはボロボロだが、リトルフレー
ムも影太郎も無事だ。
「やったな、ロウ」
「ああ。お前が庇ってくれたおかげだよ。ウィズ達にも悪い事をしたな。後でちゃんと
直してやるからな」
「俺が盾となり、ロウが矛となって敵の急所を貫く超加速の一撃。『紅の一撃(クリム
ゾン・フレイム)』とでも名付けようか」
「安直な名前だな。影太郎らしいけど」
「どういう意味だよ、それは」
 戦闘不能になったリジェネレイトを前に、勝利の余韻に浸る二人。ミハイルも闘志を
失ったのか動かない。
 だが、まだ殺意を漲らせている男がいる。
「こ、こぉの……腐ったハエどもがあああああああああっ!!」



 既に終わった戦い。まだ繰り広げられている戦い。
 ジェネシスαとアメノミハシラを巡る一大決戦。その全ての戦いを、マゴットはアル
ゴス・アイを通じて見ていた。アメノミハシラの一室、幾つものモニターに戦いの様子
が映し出されたその部屋で、マゴットは佇んでいた。
 しかしリジェネレイト・ギガンティスが敗れた時、マゴットの顔が不気味に歪んだ。
それは今まで彼女が浮かべた事のない表情だった。例えるならば悪魔の、いや怪物のよ
うな笑み。不気味さと気持ち悪さしか感じない、人が浮かべるには余りにも異質で異常
な微笑だった。
「また一つの戦いが終わった。ううん、まだ終わってない。戦いなさい。敵も味方も、
みんな戦いなさい。そうすればネメシスは……うふふふふふふふふふふふふ」
 声を出して笑うマゴット。その悪魔のような声を、部屋の外にいるポーシャは気持ち
悪く感じていた。
「マゴット様、あなたは一体……?」

(2008・2/23掲載)
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