第26章
 影太郎、燃え尽きる時

「こ、こぉの……腐ったハエどもがあああああああああっ!!」
 殺人鬼アッシュ・グレイはその怒りを爆発させた。ザフトの特殊部隊を率いるのエー
スパイロットであり、ダブルGの亜使徒に選ばれた人間だという愚かなプライドが、彼
に自身の敗北を許さなかった。
 アッシュのリジェネレイト1号機はまだ動く。勝利の余韻に浸りかけていたロウと影
太郎の隙を見たアッシュは機体を素早く動かして、スタンピードレッドの背部に取り付
いた。
「何ッ!?」
 驚くロウの背後では、リジェネレイトが最後の切り札を行なっていた。このMSはコ
ネクターのあるMSなら、たとえ敵軍の機体であっても接続プラグの形状を変化させて
強引にドッキングし、その操縦系統を奪う事が出来る。自分の手足を失っても敵の体を
奪って再生(リジェネレイト)して戦う。恐るべき執念のMSである。
「フハハッ! この機体は俺が貰った! こいつの力で貴様等の仲間を皆殺しにしてや
る。まずは、そこのチビからだ!」
 アッシュの視線がリトルフレームに向けられる。しかし、ピンチに陥ったはずの影太
郎はまったく動じていなかった。
「やれやれ、何をするかと思えば……。お前、運が悪かったな。寄りにもよって、そい
つの機体をジャックするとは」
「何だと?」
「その赤いMSに乗っている男の名はロウ・ギュール。俺の親友で、宇宙一の悪運強い
ジャンク屋だ。ロウ!」
「ああ、もう終わったぜ!」
【私も手伝ったからな。当然の結果だ】
 アッシュは首を傾げる間も無かった。ロウと8(ハチ)が協力して打ち込んだプログ
ラムはリジェネレイトの介入プログラムを排除。機体の操縦系を奪還した。
「バ、バカな! リジェネレイトのプログラムにこんなに早く対処するなど、コーディ
ネイターでも不可能だ。貴様ら、一体何者なんだ!?」
「へっ、影太郎が言っただろう。俺はロウ・ギュール。ナチュラルもコーディネイター
も関係ない、ただのジャンク屋だ。そして、お前やダブルGみたいな悪党を許せない、
一人の人間だ!」
【私もいるぞ。コンピューターの私も奴らは許せん】
「くっ、まだだ、まだ切り札はある!」
 リジェネレイトはスタンピードレッドを羽交い絞めにした。戦闘能力を失ったとはい
え核動力機、そのパワーは衰えていない。対するスタンピードレッドはこれまでの戦闘
でエネルギーの消耗が激しく、フルパワーを発揮出来ない。
「うっ、し、しまった!」
「もう動けまい。ミハイル、お前もそのプチモビを捕まえろ! こいつ等をジェネシス
αの斜線上に持っていく!」
 アッシュはスタンピードレッドとリトルフレームをジェネシスαのレーザーで消滅さ
せるつもりだ。アッシュとミハイルが乗るリジェネレイトは、ジェネシスαのレーザー
を受けても消滅する前にライトクラフト・プロパルジョンによって脱出する事が可能
だ。レーザーの餌食になるのはリトルフレーム達だけである。
 必勝を約束された、完璧な作戦だった。だが、ミハイルのリジェネレイト2号機は動
かなかった。
「どうした、ミハイル!? 早くしろ!」
「…………」
「ちっ、奴らの攻撃で動けなくなったのか。通信機までイカレたのか? まあいい、こ
うなったらこの赤い奴だけでも!」
 スタンピードレッドを捕らえ、飛び去ろうとしたリジェネレイトだったが、その前に
機影が立ちふさがった。リトルフレームではない。その影はリジェネレイトと同じ形を
していた。
「2号機だと? まだ動けたのか!」
 驚くアッシュに対して、薄緑色のリジェネレイト2号機は予想外の行動に出た。スタ
ンピードレッドの背中に張り付いていたリジェネレイト1号機を強引に引き離して、そ
のまま押さえ込んだのだ。
「な、何だと! 何をする、ミハイル!」
「…………私は間違っていた」
 ミハイル・コーストの声には戦いの興奮も狂気も感じられなかった。落ち着いた大人
の声、患者に優しく話しかける医師を思わせる声だった。
「厄介な患部は切り離して、新しい物にすればいい。違う。それは違う。そんなものは
医療ではない。医療とはケガや病を治す為のもの。悪い部分を切り離す、見捨てるとい
う行為は医療ではない。私は医者だ。私のやるべき事は、やるべき、事は……」
 ミハイルの脳に埋め込まれたバイオチップは、彼に優れた力を与え、ダブルGへの絶
対的な忠誠心を植え付けた。しかし彼の医師としての誇り、考え方を変える機能は持っ
ていなかった。今まではダブルGへの忠誠心によってその心は押さえ付けられていたの
だが、影太郎達に敗北した事によるショックがミハイルを変えた。ミハイルに己の過ち
を認めさせ、完全ではないが医師としての心を呼び戻したのだ。
「私は医者だ。患者を治す事、病気を治す事が私の務め。私の誇り。私の全て。なのに
私は何をしている? 人類を滅ぼすなど医者のする事ではない。私は……」
「ちいっ、離せ、離しやがれ、このヤブ医者があっ!」
 アッシュのリジェネレイトは器用に動き、腕を一本だけ自由にした。そして腕の先端
からビームサーベルを放出し、
「肝心な時に壊れやがって。邪魔するんじゃねえ、このヤブがあああっ!!」
 光の刃が2号機の操縦席を貫いた。しかし2号機は止まらなかった。最後の力で1号
機を抱き締め、その衝撃によって1号機の電気系統やブースターを破壊した。
 直後にジェネシスαのレーザーが発射された。レーザーを受けた二機のリジェネレイ
トはライトクラフト・プロパルジョンを起動。虚空の彼方へと飛んで、いや、飛ばされ
ていく。
「そ、そんなバカな! この俺が、このアッシュ・グレイが流されていくしかないだと
おおおおおおおお!?」
 方向転換が出来なくなったリジェネレイトは、影太郎達の元に戻ってくる事は無かっ
た。壮絶な戦いは意外な形で終わった。
「影太郎。あの緑のリジェネレイト、どうして俺達を助けたんだ?」
【私にも分からない。奴が私達を助ける理由は無いはずだ】
「ああ、俺にも分からないよ。けど……」
 リジェネレイト2号機の操縦席がビームサーベルで貫かれた瞬間、影太郎は誰かが微
笑んだように感じた。あれは気のせいではない。あの時、2号機に乗っていたのはダブ
ルGの人形などではなく、
「あのパイロットは人間に戻ったんだよ。どうして戻ったのかは分からないけど、それ
はいい事だったと思うぜ」
 最期の瞬間とはいえ、人として死んだミハイル・コースト。影太郎の心には彼の死に
様が深く刻み込まれた。
『俺も長くは生きられない身だ。どうせ死ぬなら、人間として死にたいものだな。と、
まだ戦いが終わっていないのにこんな事を考えてちゃダメだな。反省、反省』
 悲観的になった自分に苦笑する影太郎。だが、こうしている間にも彼のタイムリミッ
トは確実に迫っている。



「でやあああああああああああああああああああああっ!!」
 雄々しい叫びと共に、夏は退く事無く敵に挑む。その闘志は夏が乗るストライク撃影
にも伝わり、撃影は彼女の手足となって忠実に動き、彼女の剣技を再現する。
 夏の剣技はまだまだ未熟。MSに乗ってもその未熟さは解消されておらず、熟練の剣
士である剛馬には通じなかった。
「未熟だぞ、宮城夏。その程度の技で俺を倒せると思ったのか?」
 思ってはいない。自分の未熟さも承知している。力の差は歴然だ。サムライに憧れて
いるだけの夏の剣など、剛馬には通用しない。分かっている。そんな事は分かっている
のだ。だが、
「それでも拙者は、戦うのでござる!」
 撃影の左腕からピアサーロック《グレイプニール改》が発射された。これを軽く弾く
ベルゼルガ。だが、その間に撃影の姿は消えていた。
「ミラージュコロイドか。くだらない真似を……」
 剛馬は失望した。どうやら夏は剣では敵わないと分かって、形振り構わず勝ちに来た
ようだ。少しは見所がある相手だと思ったのだが、姑息で卑怯な、凡庸な敵に成り下が
ったのだ。
「まあいい。ならば斬るのみ」
 失望感を抱きながら、剛馬は神経を研ぎ澄ませる。レーダーがミラージュコロイドを
解除した撃影を捉えるよりも先に、剛馬は夏の気配を感じ取った。上から来る!
「甘い!」
 ベルゼルガの刀《キング・オブ・レオ》が上天を斬る。撃影が振り下ろした《タイガ
ー・ピアス》がその刃を受け止め、宇宙に一瞬の閃光を生み出す。
 だが、撃影の攻撃はこれで終わらなかった。至近距離から《グレイプニール改》を発
射したのである。爪を広げぬまま発射された《グレイプニール改》はベルゼルガの顔に
直撃し、その体を大きく揺らした。
「うおおおおおおおおおっ!!」
 体勢を崩したベルゼルガに、夏は猛然と襲い掛かる。右手に小太刀《タイガー・ピア
ス》を、左手にはアーマーシュナイダーを握り、ナイフと小太刀の二刀流で切りかかっ
た。PS装甲であるベルゼルガには有効なダメージは与えられないが、その衝撃は剛馬
がいる操縦席を大きく揺らす。
「ぐっ、こ、この……いい加減にしろ、この小娘が!」
 ベルゼルガは《キング・オブ・レオ》を横に一閃。撃影を下がらせた。
「どういうつもりだ、宮城夏。先程からの姑息で無様な戦い振りはサムライのものでは
ない。貴様、死と敗北を恐れるあまり、自らの士道を見失ったか!」
 こんな未熟な娘が父の刀を持っているのか。そう思うと剛馬の心は激しい怒りに包ま
れた。夏を斬る。その感情が剛馬を支配しつつあった。
 だが、夏の返答は熱くなり過ぎていた剛馬の心を冷ました。
「見失ってなどござらぬ。これが今の拙者の士道でござる。サムライを目指す者の士道
でござる」
「何……だと?」
「拙者はまだまだ未熟。剣も心も、サムライなどとは口が裂けても言えぬ程度のもので
ござる。それでも拙者は戦わなければならぬ。この戦いに拙者の仲間達の、拙者が今ま
で出会った人達の、これから出会う人達の未来が掛かっている。未熟だからと言って逃
げる事は出来ぬのでござる」
 敵に、悪に背を向けてはならない。
 仲間を、弱き者を守る。
「拙者は戦う。剣だけではなく、今の自分が持っている力を全て使って、知恵も勇気も
根性も、自分の全てを出し尽くして戦う。それが未熟者である拙者がすべき戦い方であ
り、真のサムライへと近づく道だと信じているでござる」
 己の未熟さを知り、それを恥として萎縮せず、勇気を持って前に進む。
 持てる力の全てを出して、敵を侮る事無く戦う。
「これが今の拙者の士道でござる。未熟者の士道でござる。だが、拙者はいつか必ず本
物の己の士道を見つける。その日まで戦い続ける!」
 己の士道を、覚悟を示した夏。彼女は卑怯者になったのではない。未熟な自分に出来
る事をやり、力の限り戦っていたのだ。
「……………………」
 剛馬の心から熱が消えた。夏への怒りと苛立ちは、彼女の決意を認める感情に変わっ
ていた。
「見事だ、宮城夏。なぜウン・ノウがお前に刀を託したのか、ようやく分かった」
 そして、なぜ父が息子である自分に刀を託さなかったのかも分かった。剛馬は苦笑し
つつ、夏を認めた。
「お前は自分の未熟さを知る知恵を持った女だ。自分を知る勇気を持った女だ。どんな
困難にあっても挫けない根性を持った女だ。いや、男も女も関係ない。ロウ・ギュール
も貴様も大した奴だよ。お前達のような者にこそ父の刀は相応しい」
「剛馬…殿……」
 夏は剛馬の答えに驚いていた。今の剛馬からはダブルGの使徒としての凶悪さも恐ろ
しさも感じられない。その落ち着いた声と態度からは、優しささえ感じられる。
「この勝負、しばらく預けたい。お前がどれ程のサムライになるのか見たくなった。お
前が自分の士道を見出したその時、改めて勝負しよう。いいな?」
「それは………構わぬでござる。だが、拙者はまだまだ未熟。いつその時が来るか分か
らぬでござるぞ」
「いや、お前なら必ず見つける。そして強くなる。そういう奴だからこそ勝負を預ける
のだ」
 微笑む剛馬。彼の心は倒すべき宿敵を見つけた喜びに打ち震えていた。この女は強く
なる。その時こそ、
「不動剛馬。貴様には失望したぞ」
 主君と崇める邪神の声が、剛馬の心を違う方向に揺らした。



 マクシー・ミガゲノにとって、ダブルGは命の恩人だった。二年前の飛行機墜落事故
でただ一人生き残ったマクシーを匿い、怪我の治療をしてくれた上、自分の力を認めて
くれた主。その使徒として働く事に迷いは無かった。
 ダブルGが正しいのか間違っているのか、そんな事はどうでもいい。命の恩人の邪魔
をする気は無いし、それに他人がどうなろうと自分には関係は無いし興味も無い。世界
が滅ぶのならば憎きオーブも滅ぶという事。それは素晴らしい。そう思ったマクシーは
恩返しと退屈しのぎ、そしてオーブへの復讐を兼ねて、ダブルGに協力してきた。戦っ
てきた。
 幾多の戦いはマクシーを興奮させた。強い敵との戦いは彼の心に火を灯し、燻ってい
た何かを燃え上がらせた。だからマクシーは戦うのは嫌いではない。いや、むしろ戦場
こそが彼の生きる場所。オーブの防衛政策に反対したのも、戦いを求めるその心からだ
った。
 そして今もマクシーは戦っている。相手はプレア・レヴェリーのドレッドノートと、
カナード・バルスのハイペリオン。しかしハイペリオンはマクシーのベルゼルガに攻撃
をせず、ドレッドノートの方も積極的には挑んではこない。ドレッドノートの動きはわ
ずかに鈍く、戦うことをためらっているようにも見える。
「ためらう? ためらうですって? このあたしを前にして戦いをためらうなんて、随
分と余裕があるじゃない。それともナメてるのかしら?」
 どちらにしても気に入らない。戦いを楽しむマクシーにとって、戦いを怖がっている
ようなドレッドノートの動きは許せるものではなかった。
「戦場では、あんたみたいな奴が一番最初に死ぬのよ。だからあたしが殺してあげる
わ!」
 ベルゼルガの両腕の《グラップル・アームズ》が伸びる。蛇のようにしなりながら、
ビームを連射してくる。
「くっ!」
 かわすプレアだが、彼はまだ迷いを捨て切れていなかった。人を傷付けたくないのに
戦わなければならない。戦う為に生まれた事を否定したいのに戦場にいる。この矛盾が
プレアを悩ませる。
『影太郎さんは、戦う事は人を傷付けるばかりじゃないと言っていた。でも、やっぱり
僕が戦えば誰かが傷付く。傷付けてしまう。僕の手で誰かを、敵を殺してしまう。そん
な事、僕は望んでいないのに……』
 迷うプレアに、マクシーのベルゼルガが襲い掛かる。ドレッドノートも本体から切り
離した《プリスティス》で牽制するが、ベルゼルガは《プリスティス》のビームを全て
かわして、《グラップル・アームズ》を伸ばす。
「そんな殺気の無い攻撃があたしに通じるとでも!」
 自分をナメた愚かな敵に、制裁の一撃を与えようとするマクシー。《グラップル・ア
ームズ》の鋭い刃がドレッドノートの体を切り裂くかと思われたが、突如現れた光の壁
が刃を阻んだ。
「こ、この光は……」
 プレアは驚いた。まさかあの人が自分を助けてくれるとは思わなかった。だってあの
人と僕はついこの前、戦ったばかりなのに。
「あ、ありがとうございます、カナードさん」
 ハイペリオンの《アルミューレ・リュミエール》を展開させたカナードは、プレアの
礼に対して、
「貴様は俺が倒す。こんな所であんな奴に殺されては、俺が困るんだよ」
 と述べた。カナードにとってプレアはキラ・ヤマトを倒す前に倒さなければならない
存在だ。プレアと戦い勝つ為には、プレアに死んでもらっては困るのだ。
「そこでじっとしていろ。ハイペリオンの輝きが貴様の機体を守ってやる。だが、貴様
に手は貸さないぞ。あの飛び回っている武器を使って、あの黒いMSを仕留めろ」
 カナードは《プリスティス》を有効に使えと言っているのだ。ハイペリオンの《アル
ミューレ・リュミエール》でドレッドノート本体への攻撃を防ぎ、無線兵器である《プ
リスティス》で攻撃する。確かにこれなら確実に勝てる。カナードのこの妙案にプレア
は頷きかけたが、
「……いえ、もう大丈夫です。バリアを解除してください」
「何だと? まさか貴様、死ぬつもりじゃないだろうな。戦う気が無い奴が勝てる相手
じゃないぞ」
 歴戦の兵士であるカナードは、マクシーの力量を見抜いていた。マクシーは強い。M
Sの性能も高い。ドレッドノートとハイペリオンの二機でようやく互角に戦える相手だ
ろう。気が乗らない今のプレアががマクシーと戦うのは、自殺行為に等しい。
 そう思ったからカナードはプレアを止めた。しかしプレアは、
「大丈夫です。僕はまだ死にません。いえ、死ねません。僕はまだ何も成し遂げていな
いし、答えを見つけてもいないんですから」
 地球を旅立つ時にマルキオ導師から託された使命、パトリック・ザラを失脚させる鍵
となるドレッドノートの受領。残念ながら戦況の変化によりドレッドノートの価値は無
くなったが、平和を願うマルキオの意志は守らなければならない。だからプレアはドレ
ッドノートを守り抜くつもりだ。
 そして、自分と似た存在である影太郎の言葉。戦う事は人を傷付けるばかりじゃない
と言うのなら、その答えを知りたい。見つけたい。
 恩ある人の為に、友達の為に、ここで逃げる訳にはいかない。兵器として生まれた自
分が兵器として生きる以外の道を見つける為にも、
「ドレッドノート、僕に本当の勇気を!」
 勇気を振り絞ったプレアを乗せて、ドレッドノートが宇宙を駆ける。二機の《プリス
ティス》もその横に並ぶ。
「あらあら、いきなり真っ向勝負? 開き直ったのかしら。いいわ、きっちり殺してあ
げる!」
 迫る敵機を前に、マクシーの心は高ぶる。ベルゼルガの《グラップル・アームズ》で
攻撃を仕掛ける一方、A.Bフィールド(アンチ・ビーム・フィールド)を展開させて守
りを固める。攻撃も守備も怠らない。マクシーは周到だった。
 しかしプレアの勇気は、マクシーの周到さを上回った。ドレッドノートは《グラップ
ル・アームズ》からの攻撃を二機の《プリスティス》で牽制して防ぎ、ベルゼルガの懐
に飛び込んできたのだ。
「な、何ですって!?」
 先程までとはまったく違う、積極的な動きに戸惑うマクシー。《プリスティス》とい
う装備からドレッドノートが遠距離からの攻撃を得意とするMSだと考え、距離を取っ
た攻撃しかしてこないという思い込みもあり、マクシーの動揺を大きなものとした。
 その間に、ドレッドノートはベルゼルガの目前に迫った。ベルゼルガのA.Bフィー
ルドは長距離からのビーム攻撃を減少させる為のもので、ビームサーベルなど出力の高
い格闘用ビーム兵器の威力は減少できない。両腕は《グラップル・アームズ》を伸ばし
ている為、格闘は無理。
「しまっ…」
「ここまでです!」
 プレアはドレッドノートの複合兵装防盾システムのビームサーベルで、ベルゼルガの
頭部を貫いた。カメラアイを失ったベルゼルガの操縦席のモニターは何も映さなくなっ
た。胴体のサブカメラが機能するまでの刹那の間に、ドレッドノートはベルゼルガの両
腕を切断した。
「そ、そんな、このあたしが……」
 まさかの敗北にショックを受けるマクシー。両腕の《グラップル・アームズ》に武装
を集中させていたベルゼルガは、両腕を失った時点で戦闘不能となる。だからプレアは
危険を承知で突入し、狙いをベルゼルガの両腕に絞って攻撃した。単純だが、敵の懐に
飛び込む勇気が無ければ出来ない作戦である。
「……あなたにもう勝ち目はありません。降伏してください」
 戦闘の停止を呼びかけるプレア。相手は世界を滅ぼそうと企むダブルGの部下。降伏
などしてくれないだろうと分かっていても、それでもわずかな希望を、未来に繋がる答
えを求める。それがプレア・レヴェリーという人間なのだ。戦う勇気を得ても、彼の本
質は変わらない。
『ふん。甘い奴だ』
 カナードはプレアのその優しさを軽蔑した。しかし、彼が見せた勇気には感心してい
た。この小僧は侮れない。だからこそ倒し甲斐がある。
 しばしの沈黙の後、マクシーが答えを出す。それは予想どおりであり、意外なものだ
った。
「嫌よ。降伏なんかしないわ。だって降伏したら、戦えなくなるじゃない!」
 戦いはマクシーにとって最高の娯楽。それが出来なくなるくらいなら、死んだ方がマ
シだ。いや、死ぬつもりは無い。生きている限り、マクシーは戦い続ける。
 そんな彼に対する返答は、プレアからのものではなかった。
「マクシー・ミガゲノ。貴様には失望したぞ」
 主と崇める邪神の声が、マクシーに残酷な宣告を下す。



「不動剛馬。貴様には失望したぞ」
「マクシー・ミガゲノ。貴様には失望したぞ」
 呆れ返るようなダブルGの、まったく同じ二つの声は同じ時に、しかし別の場所にて
発せられた。内容も微妙に違うものだった。
「剛馬。貴様は私に命を救われ時、誓ったはずだ。私に生涯変わらぬ忠誠を捧げる、
と」
「マクシー。貴様は私に命を救われ時、誓ったはずだ。私に生涯変わらぬ忠誠を捧げ
る、と」
「私はお前の忠誠に応え、お前を我が使徒とした。お前のサムライとしての働きに期待
していたからだ」
「私はお前の忠誠に応え、お前を我が使徒とした。お前のMSパイロットとしての働き
に期待していたからだ」
「だが、この大事な時にお前は私を失望させた」
「だが、この大事な時にお前は私を失望させた」
「私の大切なマゴットとネメシスに敵の接近を許し、三人の亜使徒を失い、その上、私
に逆らう愚か者との勝負に拘るとは」
「私の大切なマゴットとネメシスに敵の接近を許し、三人の亜使徒を失い、その上、ク
ローンの小僧ごときに敗北するとは」
「言い訳は聞かん。もはや貴様は役に立たん。貴様は強いが、生き様に拘りすぎる」
「言い訳は聞かん。もはや貴様は役に立たん。貴様は強いが、戦いを好みすぎる」
「生き様に拘るという事は、人生を全うし、生きる事に執着しているという事だ」
「戦う事を好むという事は、勝利を望み、生きる事に望んでいるという事だ」
「生きる事を望む者は愚劣になる。そんな奴は役に立たん」
「生きる事を望む者は臆病になる。そんな奴は役に立たん」
「不動剛馬。生に拘り、死を恐れる偽りの忠義者よ。貴様に我が使徒たる資格は無い」
「マクシー・ミガゲノ。戦いを好み、死を恐れる偽りの忠義者よ。貴様に我が使徒たる
資格は無い」
「消えろ」
「消えろ」
「私の前から永遠に消えろ」
「私の前から永遠に消えろ」
「今までの働きに免じて、命だけは助けてやる」
「今までの働きに免じて、命だけは助けてやる」
「ベルゼルガもくれてやる」
「ベルゼルガもくれてやる」
「消えろ。そして怯えろ。人類の滅びを。自らの死を」
「消えろ。そして怯えろ。人類の滅びを。自らの死を」
「最後に残った人類として、私に殺されるその日まで」
「最後に残った人類として、私に殺されるその日まで」
 これでダブルGの通達は終わった。
 残されたのは、主に捨てられた哀れな飼い犬達。戦う理由も、力も失った二人の男は
宇宙の暗黒を見る。これからどうすればいいのか、何をすればいいのか。未来を自分で
決めなければならない事への恐怖が、剛馬とマクシーを飲み込もうとしていた。



「甘いな。なぜ殺さなかった?」
 アメノミハシラの廊下を歩く影太郎にカナードが声をかけてきた。友好的な雰囲気で
はなく、ケンカを売っているのかと思わせる程、殺気立っている。
「戦いはもう終わったんだ。そんなに気を張り詰めなくてもいいだろう。ここはもうダ
ブルGの物じゃないんだからな」
 影太郎の言うとおり、戦いは終わった。アメノミハシラとジェネシスαは影太郎達に
制圧され、ロンド・ギナに監禁されていたオーブの民も解放された。
 彼らはロンド・ミナの帰還を喜び、影太郎達を歓迎してくれた。ミナは一旦地球に下
りて、影からオーブの再建に尽力する道を選んだ。別れ際、劾に深々と頭を下げるその
姿には、野心家として暗躍していた頃の陰は無かった。
 その後、サーペントテールも新たな仕事が入ったので、プレアの戦いを見届けたいと
言う風花を残して、アメノミハシラを後にした。風花の代わりというわけではないが、
夏がサーペントテールに同行した。修業の為と言っていたが、もう半分はイライジャの
為、自分の為かもしれない。剛馬との戦いは、夏に少し勇気を与えたようだ。
 劾達と夏が去り、少し寂しくなったが、それでも和やかな空気が流れている。だが、
その空気に馴染もうとしない男がいた。
「俺の戦いはまだ終わっていない。いや、これから始まるんだ。アメノミハシラを解放
したら、プレア・レヴェリーとの決着を付けさせる。忘れたとは言わせないぞ」
「忘れてないよ。プレアもそのつもりだし、ドレッドノートの新しい装備も作っている
からな」
 今、アメノミハシラの工場ではドレッドノートの新装備が作られている。ディプレク
ターに補給した際にバルトフェルドから渡されたディスクには、ドレッドノート用のド
ラグーン・システムの設計図が収められていた。複雑なシステムなのでアメノミハシラ
級の設備でしか作れず、作るのにも時間が掛かるが、
「ロウが頑張っているんだ。一週間もあれば完成するだろう。その間にお前のハイペリ
オンも強くしてやるよ。絶対にあると思っていたアイテムも見つかったしな」
「ニュートロンジャマーキャンセラーか。確かに、あれを着ければハイペリオンは無敵
になる。だが、いいのか? 貴様の仲間を殺す事になるぞ」
「お前が勝てば、な。今のプレアは強いぜ。お前でもそう簡単には勝てないと思うけど
なあ」
 言われなくても、それはカナードが一番よく知っている。マクシーという強敵を恐れ
ず、その懐に飛び込んだ勇気は恐ろしささえ感じさせる。
『! 恐れるだと? バカな、俺に恐れるものなど……』
「で、何が甘いんだ?」
「?」
「最初の話だよ。お前は甘いとか、なぜ殺さなかったとか」
「ああ、あれか。マクシーと剛馬の事だ。なぜ奴らを見逃した? 奴らは敵だぞ」
「敵だった、だよ。今のあいつらはダブルGに見捨てられた捨て犬だ。とどめを刺す必
要は無いだろう」
 ダブルGからの解雇通信は、リ・ホームの通信機にも拾われていた。事情を知った影
太郎達は、無言で去っていく剛馬とマクシーを見逃したのである。
「それに剛馬とは、夏が再戦の約束をしているからな。俺達が勝手に殺したら、夏に怒
られる。そういうの、お前なら分かるんじゃないのか?」
「……………………」
 カナードは答えなかった。この子供の言う事に頷いたら負けるような気がしたのだ。
「貴様らは甘い。敵を見逃したり、俺のハイペリオンを強くしたり。その甘さはいつか
命取りになるぞ」
 そう言ってカナードは去っていった。苦笑して見送る影太郎の前にマルコが現れた。
「話、聞かせてもらいました。あの人の言うとおりですよ。君は甘い。正義だの友情だ
の、知恵だの勇気だの根性だの、そんなバカなものを信じていると、いつか…」
「死ぬだろうな」
 その言葉を影太郎があっさり言った事に、マルコは驚いた。まったく、この男はいつ
も自分を驚かせる。
「どうせ俺は長くは生きられない。だからせめて自分の信じた道を真っ直ぐ、曲がる事
なく生きる。俺の場合、信じる道に正義とか友情とか、そんな青臭いものが転がってい
ただけさ。どんな道でも自分の信じるの道で死ねば、笑って死ねると思うからな」
 影太郎はミハイル・コーストの最期に思いを馳せる。あの時、ミハイルは確かに微笑
んでいた。ああいう風に死ねたらいいのかもしれない。
「でも、これって簡単なようで、案外難しいんだぜ。あのアルベリッヒ・バーネットも
出来なかったぐらいだからな」
 苦笑する影太郎。だが、その顔は悲痛な思いが感じさせるものだった。耐えかねたマ
ルコが口を開く。
「人はいつかは死ぬし、君は人より長くは生きられない。けど、でも、その、あの……
……」
 マルコは言葉に詰まった。何かを言いたい。言わなければならない。でも、何をどう
言えばいいのか、まったく分からない。自分はこんなにもバカだったのか?
「ま、当分は死なないから安心しろ。やる事はまだまだあるし、居なくなったナインや
ミストも探さないと。ったく、あの二人、どこに行ったんだ? 撃墜されてはいないみ
たいだけど。お前もいきなり居なくならないでくれよ。探すのが面倒だからな。アキち
ゃんとの新婚旅行に行く時も、俺に断ってからにしてくれ」
 影太郎は冗談を言って、マルコの肩をポンッと叩いた。近づいて分かったが、マルコ
の背が少し伸びている。子供の成長は早い。残り時間が短い自分と違って、この少年や
少女はまだまだ生きられる。生きなければならない。その為にも、ダブルGの陰謀は必
ず阻止する。
 マルコを残して、影太郎はリ・ホームに向かった。リ・ホームの艦橋ではプロフェッ
サーとリーアム、そして樹里の手によって最終作業が進められていた。
「よ、手伝いに来たぞー」
「ワン、ワンワン!」
 軽く挨拶した影太郎を、レウが吠えて迎えてくれた。尻尾を激しく振っている。
「ははっ、そんなにはしゃぐなよ。後でたっぷり遊んでやる。プロフェッサー、作業は
進んでいるのか?」
「まだ始まったばかりよ。これは思ったよりも難儀な仕事よ」
「泣き言かよ。天才といわれたあんたらしくないぜ」
「天才だって泣く時もあるし、苦労もするのよ。リーアム、さっき調整した時のデータ
を見せて。樹里、そこのドライバーを取って」
「は、はーい」
「ふう。これは本当に大変な作業ですよ。キャプテンにもプログラムを手伝ってもらっ
たり、苦労をかけますね」
「はっはっは、何のこれしき。それに影太郎の言うとおり、泣き言を言っている暇は無
いぞ。この装置には世界の命運が掛かっているのだからな!」
 キャプテンGGが立体映像から激を飛ばす。プロフェッサー達が四苦八苦して作って
いるこの装置は、キャプテンGG、いやジョージ・グレンが考案した、ダブルGに干渉
する為の装置だった。アメノミハシラに残されたデータや、ロンド・ミナからの情報に
よってアルゴス・アイの情報を入手した一行は、これに干渉して制止させる為の装置を
作ろうとしているのだ。
「キャプテンの知識と精神をプログラムにして、私達が手に入れたアルゴス・アイから
他のアルゴス・アイに干渉して静止させる……。言うは容易いですが、なかなか難しい
ですよ、これは。プロフェッサーが根を上げるのも当然です」
「リーアム、私は根を上げてなんかいないわよ。ちょっと疲れただけ。休憩したら、す
ぐに再開するわよ。時間も無いし」
 プロフェッサーの言うとおり、残された時間は少ない。旧知のケナフ・ルキーニから
の情報によると、ザフトと地球軍の決戦は明日か明後日には始まる。その時、ダブルG
はアルゴス・アイを使うだろう。MSを勝手に爆破されたり、動きを止められたら、デ
ィプレクターも手が出せない。
「オーバーじゃなく、この作業に人類の未来が掛かっているのよ。アメノミハシラのメ
インコンピューターまで使っているんだから、ちゃっちゃっとやらないと。影太郎、突
っ立ってないで手伝って。樹里、お茶!」
「は、はい! ……私って役に立ってるのかな?」
「クーン」
 レウは鼻を鳴らしたが、直後に耳をピンと立てた。そして艦橋を飛び出し、一目散に
駆け出していく。
「おいレウ、どこへ行くんだ? …………まさか!」
 影太郎は急いでレウの後を追った。プロフェッサーの怒りの声も、今の影太郎の耳に
は届かなかった。



 巨大ステーションであるアメノミハシラには、多くのMS格納庫がある。その一つで
事件が起きていた。
「むー、むーむーむー!」
 猿ぐつわを咬まされて縛り上げられながらも、ユナは抗議の声を上げる。しかし彼女
を縛った侵入者はその声をまったく気にせず、
「うふふ、狙いどおりだったわね、ザフトの最新MS、最高のお宝だわ!」
 と、目の前に立つMSに見惚れていた。
 この機体はジェネシスα内の工場で作られていたもので、パーツとして転がっていた
のをロウが見つけて、解体される予定のジェネシスαからアメノミハシラに運び込んだ
のだ。そしてドレッドノートの強化に忙しいロウに変わって、ユナがその組み上げを任
された。パーツの完成度が高く、ただ組み上げればいい状態だった為、一日で作業を終
えたのだが、
「ありがとねー、わざわざ組み上げてくれて。これで簡単に持ち出せるわ♪」
 いつの間にか入り込んでいた泥棒に不意を突かれて、ユナは縛られ、ロウがアウトフ
レームと名付けたMSも盗まれようとしていた。
 が、
「ワンワンワンワンワンワン!」
「嫌ああああああああああああああああっ!! 犬、犬、嫌ああああああああああああ
あああああああああ!!」
 懐くように飛び掛るレウと、絶叫して逃げる怪盗。この見慣れた光景に、レウの後を
追って来た影太郎はため息をつく。
「まったく……。このクソ忙しい時に来るんじゃねえよ、この泥棒女。大人しく地球で
極道の妹やってろよ」
「は、あははは、久しぶりねえ、チビチビ小僧。こ、この怪盗レインボースターに向か
って随分な口を叩くじゃな、く、来るなあ! 犬、来るなあああああああああああああ
あああああああああああ!!」
 逃げるレインボースターと、追いかけるレウ。放っておいても良さそうだと思った影
太郎は、ユナの縄と猿ぐつわを解いた。
「大丈夫か?」
「は、はい、ありがとうございます。助かりました。もう少しで完成したアウトフレー
ムを盗まれるところでした」
「まったく、サーペントテールと夏が出て行った直後にトラブル発生とはな。いや、あ
の泥棒女、このタイミングを狙っていたのか。そのずる賢さをもっと他の事に使えば
…」
「ああっ! た、大変、あの人、アウトフレームに!」
 叫ぶユナ。彼女の言うとおり、レインボースターがアウトフレームの操縦席に入り込
んでいた。レウに追いかけられてパニックを起こしているらしく、スイッチや操縦桿を
メチャクチャに動かしている。
「い、い、犬、来るな、来るな、来ないでえええええええええええええええ!!」
 操縦席のハッチが閉じた。同時にアウトフレームの目が光り、足が前に出る。
「こ、これはマズイな。ユナ、俺達のMSは出せるのか?」
「リトルフレームとウィズ達の修理は終わっています。でもスタンピードレッドや他の
機体はまだ…」
 ロウもプロフェッサーも忙しい上、スタンピードレッドの損傷は激しく、そう簡単に
は直らない。だからロウは万が一に備えて、すぐに使えそうなアウトフレームの完成を
頼んでいたのだが、それが裏目に出てしまった。
 とにかく、このままにはしておけない。影太郎はユナとレウを連れて、リトルフレー
ムがある別の格納庫に向かった。
 その間にアウトフレームは格納庫の扉を破り、宇宙に出てしまった。だが、これが眠
っていた悪魔を呼び起こす愚行だとは、まだ誰も気付かなかった。



 アウトフレームはザフトがリジェネレイトと共に製造した、最新MSの予備機であ
る。パーツから組み上げたばかりだが、その性能は量産機を超えており、わずかな時間
でアメノミハシラから、隣にあるジェネシスαまでたどり着いた。
 ここでようやくレインボースターも冷静さを取り戻した。息を整えて、今後の事を考
える。
「はあ、はあ、あ、あの犬とチビのせいで計画がグチャグチャになっちゃった。で、で
もMSは盗み出せたんだから、一応は成功よね。早く待機させてある宇宙船に戻らない
と……」
 だが、時既に遅し。リトルフレームと三機のマシンが追手として出て来た。そしてあ
っさりアウトフレームを見つけて、一気に近づく。
「見つけたぞ、泥棒女。そのMSを返してもらうぞ」
「ふーんだ、誰があんたなんかに! 返してほしかったら力づくで来なさい!」
 そう言って戦おうとするレインボースターだったが、アウトフレームの武装をチェッ
クして愕然とする。このMSには武器がまったく装備されていないのだ。
「な、何なのよ、このMSは! かなり凄いMSだって聞いたのに、ルキーニの奴、カ
ゼネタを掴ませたわね!」
 実はガセではないのだが、詳しい話は別の機会に。レインボースターはタイミングが
悪かったのだ。
 出撃する前にユナからアウトフレームの事を聞いてきた影太郎は、平然としていた。
慌てるレインボースターをバカにするように、
「さあて、どうする? そのMSは武器も無いし、整備の途中だったからエネルギーの
残りも少ない。そんな状態で俺と戦うつもりか? だったら相手になるぜ。B・I・G
アストレイでな。それが嫌ならアウトフレームを返せ」
「ぐっ……。い、嫌よ。あんたみたいな女たらしのエロチビになんか!」
「誰が女たらしだ。自慢じゃないが、俺は生まれてから女の子にモテた事は無いぞ!」
 知らぬは当人ばかりなり。
「ふーん、その割にはあんたの周りには女の子ばっかりじゃない。サムライ気取りの人
とか、スナイパー殺しの傭兵とか、さっきの整備士とか、この前行方不明になったエウ
テルペとか、他にも…」
「何? エウテルペが行方不明だと!?」
「あれ、知らなかったの? 結構大きなニュースになってたのに。って、そんな事はど
うでもいいのよ。とにかく、女の敵で私の敵のあんたにこのMSは渡さないわ!」
 無茶苦茶な理屈だが、レインボースターは引き下がるつもりは無いらしい。怪盗と女
としての意地、というものだろうか。こうなったら腕づくで押さえるしかない。ため息
をつく影太郎だが、
「!!??」
 背筋に寒気が走った。何かに、誰かに見られている。不気味で得体の知れない視線を
感じる。誰だ? 誰が、どこからこちらを見ているのだ? いや、この視線は人間のも
のなのだろうか。人間のものにしては、あまりにも…………
「あら? 何、この反応?」
 戸惑うレインボースター。ジェネシスαに近づいていたアウトフレームのレーダーが
何かの影を捉えたのだ。大きさはMSに近いが、データには無い機体だ。
「新型のMSかしら。でも、一体どこにいるの?」
 レインボースターはレーダーが影を捉えた場所を確認する。そこはジェネシスαの内
部だった。
「そんな、あの中は影太郎達も、私だって確かめた! MSはもう無いはずよ!」
 だが、現実にレーダーは反応している。そして、謎の影は動いている。こちらに急速
に近づいている。
 来る。何かが来る。とてつもない何かが。不吉な予感を感じた二人は、ジェネシスα
から離れた。その直後だった。
「!」
「きゃあああああああ!!」
 アウトフレームの眼前で、ジェネシスαの壁の一部が爆発した。いや、爆発したので
はない。壁の一部が勝手に吹き飛んだのだ。壁を形成していた無数の部品が、無重力の
空間を漂っている。
 この現象は一度では終わらなかった。二度、三度、ジェネシスαの壁は次々と吹き飛
び、部品が宇宙を漂う。見る限りではジェネシスαが自爆しているようにも見えるが、
「な、何? 何なの、これ?」
 レインボースターだけでなく、影太郎も本能的にこの現象の不気味さを感じていた。
勝手に吹き飛ぶジェネシスα。そして、漂う無数の部品。しかし爆発してバラバラにな
ったはずの機械のパーツは、よく見ればどれも大きな傷は無い。ジェネシスαは爆発し
たのではない。これは、機械が自分の意志でジェネシスαから離れているとしか、
『バカな、そんな事があるはずが』
 そう思おうとした影太郎の前で、恐ろしい『現実』が姿を現す。
 バラバラに吹き飛び、ジャンクと化したはずの機械達が一箇所に集まりだした。機械
達は更に自らを分解して、他の機械と組み合い、まったく別の機械になっていく。小さ
な物から大きな物へ。ボルトなどの細かい部品から巨大な手足へ。
 その異様な光景に影太郎もレインボースターも動く事が出来なかった。機械が自らを
作り上げていくという常識を超えた現実を前に、二人とも我を忘れて見入っていた。そ
れはあまりにも異常なものを見た時の人間としては当然の反応。そして、異常は『現
実』になった。
 創造された機械はMSだった。宇宙の闇に溶け込むかと思われるほど黒く、両腕に巨
大な盾を装備し、両肩には円状のユニットを搭載した、異様で異質なMS。
 呆気に取られる影太郎とレインボースターに、MSの方から通信が送られてきた。若
い女性、女の子の声だった。しかし、
「やあ諸君。初めまして、と言うべきかな?」
 その声に込められた感情は、いや、その女の子の声には感情などまったく込められて
いなかった。まるで機械のように無機質で、冷た過ぎる声。その冷たさが怖い。
「私の名はミステリウス・マゴット。諸君とは何度か戦った事があるな。だが、それは
昔の名前。まだこの体と私が分かれていた頃、私と区別する為に与えた仮の名だ」
 自分の名を他人の名のように語る少女。その内容と声の冷たさが、影太郎達に必要以
上の恐怖を感じさせる。
 そして、少女は名乗った。
「私の名はダブルG。かつてジョージ・グレンと呼ばれた男、そして、このマゴットと
いうクローンの元になった男の成れの果てだ」



 ジェネシスαから少し離れた宙域に、ミラージュコロイドで身を隠している宇宙船が
あった。船にはマゴットの部下だった元宇宙海賊ポーシャとその子分二人が乗ってい
た。
 マゴット、いやダブルGの宣言はこの宇宙船にも伝えられていた。動揺する子分達。
「ど、どうなってるんすか、姉(あね)さん? マゴット様がダブルGで、ジョージ・
グレンのクローンで、いや、ダブルGってマゴット様のボスで、ジョージ・グレンはと
っくの昔に死んでるはずじゃ、ええっ!?」
「わ、訳が分かりませんよ。クローン人間を作るのはダメなはずだし、そもそもジョー
ジ・グレンは男でしょ? 男なのに女の子のクローンなんておかしいですよ。それにあ
のMS、ネメシスですよね? どうしてジェネシスαの中でバラバラになっていたんで
すか? そしてまた復活したんですか? ああ、もう、何もかも分からないですよ!」
「うるさいよ、お前達! 分からないのなら黙ってな!」
「「は、はいー!」」
 子分達を怒鳴りつけたポーシャだったが、彼女にも分からない事だらけだった。
 男から女のクローンが作れるとは聞いた事がある(その逆は無理らしいが)。クロー
ン技術も進んでいるらしいし、ジョージ・グレンの細胞があるのなら、その細胞からマ
ゴットが作り出されても不思議はない。
 だが、マゴットは自らをダブルG、ジョージ・グレンだと名乗った。それにポーシャ
が知っているマゴットとは、言動も態度も性格もまったく違う。まるで別人だ。
 そして、あのMS。あれはダブルGがマクシー達に絶対に守れと命じたMS、ネメシ
スだ。ネメシスの操縦者にはマゴットが選ばれた。なぜ?と思っていたが、これも今な
ら少し分かる。あのMSはダブルGの分身であるマゴットを守る為の力。だからマゴッ
トを乗せた。でも、何の為に? そして今、どうして姿を見せたのか。マゴットを危険
な戦場に出す必要は無いはずだ。なぜ? どうして?
 分からない事だらけだ。ポーシャは自分が抜けられない深みに嵌まっていると感じつ
つ、それでも少女の無事を祈った。
「マゴット様……」



 ポーシャの疑問には、意外とあっさり解答が出された。解答を出したのはマゴット、
いやダブルG本人だった。奴は影太郎とポーシャ達だけでなく、異変を察知してリ・ホ
ームに集まったロウ達にも通信を送り、親切に教えてくれたのだ。
「私は元になった愚か者と違って、用心深い性格でね。万が一に備えて、保険をかけて
おいたのだよ」
 それが、ジョージ・グレンの残されたわずかな細胞から作り出したクローンである。
ダブルGは彼らを自分の予備とするつもりだったが、生み出されたクローンはジョー
ジ・グレンやダブルGの記憶や人格は受け継いでおらず、中にはダブルGに逆らおうと
する者もいた。そうした失敗作を処分していく内に、ダブルGはある案を思い付いた。
「記憶も人格も最初から無ければいい。クローンには必要最低限の情報しか与えず、そ
の後に私の記憶と人格を植え付ければいい」
 だが、この試みも失敗の連続だった。多くのクローンはダブルGが送る膨大な情報に
耐え切れず、人格を完全に崩壊してしまった。
 失敗作が山積みになっていく中、ただ一体のクローンが成功した。それが戯れに作っ
た女性クローンの一人、マゴットだった。
 しかしマゴットも、ダブルGの情報を完全に受け継ぐ事は出来なかった。マゴットが
受け継いだデータは全データの半分程度。それが限界だった。
 マゴットの後にもクローンを作り、記憶を受け継がせようとしたが、全て失敗した。
成功したと言えるのはマゴットだけだった。
 ダブルGはマゴットへの完全な記憶継承を諦めた。そして植え付けた記憶と人格をマ
ゴットの精神の深遠に眠らせる一方、もう半分の記憶を受け継ぐ物を作った。
「それがこの最強のMS、ネメシスだ。私の記憶の片割れにして、私を守る最強の鎧で
もある」
 ダブルGはネメシスのコンピューターに残り半分の記憶と人格のデータを移植した。
そしてマゴットに更なる暗示を掛けて、ネメシスの操縦席に座ると共にダブルGの記憶
と人格が目覚めるようにしたのだ。人間とコンピューター、二つの頭脳を持つ事によっ
て、もう一人のダブルGが生まれたのだ。
「何という……バカな事を!」
 キャプテンGGが声を漏らす。普段の明るさはまったく無い。あるのは自分の分身と
も言える悪魔が行なった所業への怒りと苛立ち、そして哀しみ。
「私とネメシスは一心同体。万が一我が居城パンデモニウムにいるダブルGが倒されて
も、私とネメシスがいればダブルGは死なない。人類に死を。世界に滅びを」
「…………そうか。だったら貴様は、ここで倒さないとな!」
 自分の予備まで用意していた狡猾な邪神に、影太郎の闘志が燃え上がる。不気味なネ
メシスに恐怖を感じつつ、それでも影太郎は勇気を奮い起こす。
「プレアだって頑張ったんだ。俺もやらないとな!」
「影太郎さん……」
 リ・ホームの艦橋のプレアは、影太郎の勇気を感じて涙を流す。ドレッドノートはド
ラグーンを取り付ける為の整備中。スタンピードレッドは修理が終わっていないし、カ
ナードのハイペリオンもNジャマーキャンセラーの調整の為、OSを組み直しており出
撃できない。夏は修業の為にサーペントテールに同行してしまったし、マルコのゲル・
フィニートは戦闘用のMSではない。リーアムのジンや樹里のバクゥは出られるが、あ
のネメシスというMSは量産機で勝てる相手ではない。
「戦えるのは影太郎だけかよ! クソッ、最悪のタイミングで出て来やがって!」
【ロウ、ダブルGはこの時を待っていたのかもしれんぞ。奴の狙いは影太郎、B・I・
Gアストレイなのでは?】
 8(ハチ)の予想は当たっているようだった。ネメシスはレインボースターのアウト
フレームには目もくれず、影太郎のリトルフレームだけを狙っていた。両腕の複合兵装
防盾システム《アンゴルモア》に搭載されたレールガン《エクツァーン・フュンフ》か
ら撃ち出された弾が、リトルフレームの肩をかすめる。
「くっ、あいつ、俺の行動パターンを予測してやがる!」
 確かにネメシスは攻撃は、影太郎の行く手を常に遮り、逃げ道を塞いでいる。そして
逃げ場を無くしたところを攻撃。何とかかわす影太郎だが、リトルフレームは確実に傷
付いている。
 ウィズ、ガッツ、ブレイブの三機もリトルフレームを援護する。だがウィズのビーム
キャノンも、ブレイブのレールガンも簡単に避けられ、ガッツの体当たりは盾で受け止
められて弾き返された。
 パワーに優れたガッツの体当たりを押し返すとは、ネメシスの力はパワーエクステン
ダーを搭載した機体と同等、もしくはそれ以上かもしれない。だとしたらリトルフレー
ムのままでは勝ち目は無い。だが、
『リトルフレームも完全には直っていない。合体のチェックもしていないし、長くは持
たないな……』
 影太郎の体が震えた。それは死への恐怖か、それとも、
「おい、泥棒女」
 影太郎はアウトフレームに通信を送る。戦いについて行けず、呆然としていた少女は
我を取り戻した。
「な、何よ」
「お前、アメノミハシラに戻れ。そしてロウ達と一緒に逃げろ」
「え?」
「いいから逃げろ。ここは俺が引き受ける」
「バ……バカじゃないの! 引き受けるって、あいつはあんたなんかが勝てる相手じゃ
ないわよ!逃げるならあんたも一緒に…」
「無理だ。そんなに甘い相手じゃないし、それになぜかは分からないが、こいつの目当
ては俺らしいからな」
 影太郎の言うとおりだ。それはレインボースターも分かっている。だから彼女は後悔
する。
「…………このMSに武器があれば、私だって戦えたのに。あんたと一緒に戦えたの
に。ちゃんと整備してもらっていれば、私が盗まなければ……」
「泣き言なら後で聞いてやる。いいから行け」
「影太郎……」
「お前の事は好きじゃないけど、そんなに嫌いでもない。だから生きろ。お前が死んだ
らレウも悲しむ」
 そう言って影太郎は、リトルフレームでネメシスに挑む。三機のマシンが集まり、リ
トルフレームを巨大な姿に変える。その名はB・I・Gアストレイ。宇流影太郎の知恵
と勇気と根性が形になったMS。影太郎の魂そのもの。
「それでいい。そのMSこそ私が求めていた敵だ」
「強い敵を求めているのか? 変わった奴だな、お前は」
「強き者との戦いが、このネメシスをより強くする。強き者を我が一部とする。それが
ネメシスの力。まずはお前のMSからだ」
「強いMSなら他にもたくさんあるぜ。なぜ俺のMSを、B・I・Gアストレイを狙
う?」
「それは、私にも分からない」
「何だと?」
「分からないが、私はお前を求めている。その理由を知りたい。その為にも私はお前を
倒す。お前のMSを倒す。世界を滅ぼすのはその後だ」
「そうか。だったら絶対に負けられないな!」
 B・I・Gアストレイの《雷電》がビームを発射。かわしたネメシスは腰部の高出力
ビーム砲《アシュクロフト》で反撃。B・I・Gアストレイの左肩を貫く。左肩に書か
れた『正義』の文字も消されてしまった。
「何の、まだまだ!」
「仲間を逃がす為の時間稼ぎが。愚かな」
「いいや、レインボースターにああ言ったが、今、ここから逃げ出すのはダメだ。アル
ゴス・アイも止められないしな。逃げろと言ったのは万が一の為だ。あいつ等が逃げ出
す前に貴様を倒す!」
「無理だ」
 ダブルGと化したマゴットの言うとおりだった。ネメシスの能力はB・I・Gアスト
レイを圧倒的に上回っていた。B・I・Gアストレイの巨体はネメシスに翻弄され、殴
られ、斬られ、蹴られ、その度にパーツが次々と落ちていく。
 右腕のショベルはビームサーベルの餌食となり、左腕に装備された《雷電》は《アシ
ュクロフト》との撃ち合いに敗れて砲身が破壊された。B・I・Gアストレイはもうボ
ロボロだった。
「これまでだ。死ね。そして私は、お前に執着していた答えを知る」
「……いいや、まだだ!」
 B・I・Gアストレイは最高速度で飛ぶ。ネメシスに体当たりを仕掛けるつもりだ。
しかし、
「悪あがきを」
 ダブルGは落ち着いて対応する。《エクツァーン・フュンフ》やプラズマ砲《ヴェズ
ルフェルニル》、腰の《アシュクロフト》に両肩の有線式ビームユニット《サンクチュ
アリイ・改》まで使ってB・I・Gアストレイを撃つ。
 貫かれる装甲。ビームの熱で解ける手足。誰がどう見てもB・I・Gアストレイの敗
北、影太郎の死である。だが、それを認めない者達がいた。
「影太郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
 ロウ・ギュールと、
「影太郎さん!」
 プレア・レヴェリーと、
「貴様、俺に偉そうに説教しておいて、その程度か!」
 カナード・パルスと、
「影太郎、影太郎、死なないでよ、影太郎!」
 怪盗レインボースター。そして、
「宇流影太郎、お前は、まだだろう。お前はまだこんな所で終わっちゃ駄目だろう、影
太郎!」
 マルコ・フィオーレ。
 いや、この五人だけではない。プロフェッサーも、樹里も、リーアムも、キャプテン
GGも、アキも、ユナも、言葉は話せないがレウも、そしてここにはいないが夏も、劾
も、イライジャも、風花も、ロレッタも、リードも、フィアも。
 敵も味方も、影太郎に関わってきた全ての人々は彼の死など考えはしなかった。宇流
影太郎とは、そう思わせる男なのだ。
 だからB・I・Gアストレイも止まらない。撃たれても撃たれても、そのスピードを
緩めない。
「……何だ、こいつは? この機体は、この男は一体、何なのだ?」
 ダブルGは額に流れる汗を感じた。いや、汗を流しているのはマゴットだ。
「馬鹿な。そんな馬鹿な事があるはずがない。ミステリウス・マゴットと影太郎には大
した関わりは無い。それなのになぜ、なぜ……」
 動揺するダブルGはB・I・Gアストレイの、いや、その身を包む装甲を失ったリト
ルフレームの体当たりをかわす事が出来なかった。体は小さいが、B・I・Gアストレ
イの強大な推進力による体当たり。スタンピードレッドとの合体技クリムゾン・フレイ
ムに匹敵するその衝撃は、ネメシスをアメノミハシラから引き離した。
 そして両機は、アメノミハシラの下にある青い星の重力に捕らわれた。逃れる術は無
い。リトルフレームとネメシスは赤い炎に包まれ、地球の大地に消えていった。
 時にコズミック・イラ71、9月25日。ザフトの宇宙要塞ヤキン・ドゥーエで、世
界の未来を賭けた決戦が始まる前日の出来事である。

(2008・3/15掲載)
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