第28章
 ファントムペインに死を

 雪と氷に閉ざされたシベリアの大地に築かれた軍事基地。表向きにはユーラシア連邦
軍の基地という事になっているが、それは真実ではない。ここは地球連合軍の第81独
立機動群、通称『ファントムペイン』の基地である。
 世界経済を影から操っていると言われている巨大秘密結社ロゴス。ファントムペイン
はロゴスの手足として暗躍する不正規の特殊部隊で、目的達成の為ならば手段を選ばな
い。時には同じロゴスの傘下組織で、テロ集団と化したブルーコスモスと共闘する事も
ある。
 敵だけでなく味方からも恐れられているファントムペイン。そのシベリア基地では、
彼らに与えられた新型MSの最終調整が終わろうとしていた。
 広大な格納庫では三機のMSが整備を受けていた。黒いMSはストライクに、青いM
Sはデュエルに、緑色のMSはバスターにと、いずれも二年前の大戦で活躍した連合の
MS『G』に酷似している。
 しかし三機とも機体の各所が改造されており、新たな武装も付けられている。単なる
改修機ではない、新型機と言ってもいい。二年間の技術の発展を感じさせる機体だ。
 各機の整備状況は、青いデュエルと緑のバスターが数分で終わったのに対して、黒い
ストライクはかなり時間が掛かっている。機体の各所が分解され、入念な点検が行なわ
れている。
 黒いストライクの足元に一人の青年がいた。青年は機体を見上げていたが、その眼に
は感情らしきものが無い。冷静で冷徹、まるで機械のような眼だ。
「…………」
 沈黙する青年の元に、二人の人間がやって来た。派手なメイクをした若い女性と、色
付き眼鏡を掛けた黒人の青年だった。
「よお、何しけた面してるんだよ、スウェン。色男が台無しだぜ?」
 黒人の青年は、黒いストライクを見上げる青年の名を呼ぶ。が、スウェン・カル・バ
ヤンからの返事は無い。彼は黙って、黒いストライクを見上げていた。メイクをした女
が微笑んで、
「ふふっ、さすがのポーカーフェイスなスウェンも落ち込んでいるみたいね。でもノワ
ールがテスト中に止まったのは、あんたのせいじゃないんでしょ? そんなに気にしな
くても…」
「ストライクノワールが停止した理由はまだ分かっていない。俺の操縦ミスでない事は
確かだが、楽観的な予想もすべきではないと思うぞ、ミューディー」
 自分を気遣ってくれたミューディー・ホルクロフトの言葉にも、スウェンは冷静に答
えた。
「それはそうだけど……まったく、相変わらずね、あんたは」
「そうそう、こいつはこういう奴なのさ。ミューディー、こんな奴は放っておいて、俺
とビリヤードしようぜ。この前のリベンジ、受けてくれよ。な?」
 黒人青年はミューディーの肩に手を置こうとした。が、ミューディーは彼の手を軽く
払われた。
「遠慮するわ、シャムス。あんた、しつこいんだもの。私はそんなに暇じゃないの」
「うわあ、厳しいねえ。でも、しつこいのが俺の取り柄だって言う人もいるんだぜ?」
 あっさり振られたが、シャムス・コーザは挫けなかった。ミューディーにしつこくリ
ベンジを申し込み、ミューディーはそれを無視。この基地では見慣れた光景だ。
 騒がしい二人には構わず、スウェンは愛機に眼を注ぐ。GAT−X105E・ストラ
イクノワール。前大戦で活躍した名機ストライクの改修機だ。
 この機体はファントムペインがアクタイオン・インダストリー社を中心とする複合企
業に行なわせた初期型GAT−Xシリーズ再生計画『アクタイオン・プロジェクト』に
よって製造されたMSである。ストライクを強化改修したストライクE(EはEnha
nced(強化型)のE)に複合武装を持つノワールストライカーを装備。旧型の改修
機でありながら、新型機にも勝る性能を誇る。
 ミューディーが乗る青いデュエル、GAT−X1022・ブルデュエルと、シャムス
が乗る緑のバスター、GAT−X103AP・ヴェルデバスターもストライクノワール
と同じ計画によって造られ、改修されたMSである。ノワールも含めたこの三機はファ
ントムペインの強力な戦力として、期待されていた。それだけに調整も入念に行なわれ
ており、基地の人員もスウェン達パイロットも、休む間もなく働いていた。
 自分の努力が報われてほしい。皆の努力に応えたい。無表情なので機械のように感情
が無いと思われているスウェンだが、決してそんな事は無い。ブルーコスモスの過酷な
教育のせいで、感情を表に出す術を忘れてしまっただけなのだ。
 ストライクノワールの整備は細かい部分まで行なわれている。作業が終わるのは、当
分先になりそうだ。シミュレーターで訓練をするか、それとも……と迷うスウェンの耳
にサイレンの音が轟く。
「何だ? 侵入者かよ?」
「あらら。この基地に忍び込むなんて、命知らずな奴もいたものね。殺されたいのかし
ら?」
 急を知らされても呑気なシャムスとミューディー。だがスウェンは基地の空気が変わ
った事を察した。
「……違う。敵襲だ」
 スウェンの言うとおりだった。うるさ過ぎるサイレン音の後、この基地に正体不明の
MSが近づいているという放送が流れる。数は一。
「はっ、たった一機かよ。ナメやがって。俺がすぐに片付けてやるぜ!」
「私も行くわ。シャムスだけじゃ不安だし」
「言ってろ。久々の実戦だ。俺の凄さを見せてやるぜ!」
 軽口を叩くシャムスとミューディー。その余裕は敵が一機だけだからなのか、自分達
の実力の自信を持っているからなのか。恐らくはその両方だろう。
 実戦に臆さない二人の態度は頼もしいが、少し不安を感じさせる。スウェンは敵が一
機だけというのが気掛かりだった。
『敵はこの基地の正体を知って攻撃してきたのか? それもたった一機で。考えられな
い程に無謀な行為だ。だが、これが敵の冷静な判断によるものだったら? たった一機
のMSだけで、この基地を攻略可能だと考えたのなら……』
 スウェンは背筋に寒気を感じた。不吉な光景が頭に浮かぶ。



 シベリアの雪原を駆けるデスフレーム。その操縦席に座るマルコ・フィオーレは、こ
れから始まる戦いについて考えていた。
『相手はブルーコスモス、いやロゴスの精鋭ファントムペイン。簡単に勝てる相手じゃ
ないけど、そういう相手だからこそ戦う意味がある』
 マルコは強い敵を求めていた。強い敵と戦い、勝利して、自分が強くなったと信じた
かった。今よりもっと強くなる為に。
『僕は強くなる。そして勝つんだ。絶対に…』
「小僧」
 ユニコルンにいる剛馬からの通信が入った。ユニコルンはミラージュコロイドを展開
し、少し離れた場所に潜んでいる。
「そろそろ敵の縄張りに入るぞ。本当にお前一人で戦うつもりか?」
「ええ。今回はあなたの出番はありません。そこで待機していてください。余計な手出
しはしないでください」
「了解。雇い主様からも、出来るだけお前の望みどおりにしてくれと言われているから
な。それにしても無謀だな。連合の基地、しかもあのファントムペインがいる基地を一
人で攻撃するとは」
「ちゃんと考えた上での行動ですよ。今の僕にとって、ファントムペインは最良の敵で
すから」
 非正規部隊であるファントムペインは、たとえ全滅してもその被害が表沙汰になる事
は無い。地球軍も公式には動かないだろう。正体を秘密にしなければならないデスフレ
ームにとって、ファントムペインは非常に都合のいい相手なのだ。
「適当に強くて、どんなに暴れてもマスコミの眼を気にする必要は無い。最高の相手で
すよ。彼らには僕が強くなる為の踏み台になってもらいます」
「踏み台、ねえ。ケツの青いガキが言うじゃないか。相手はプロの軍人だぜ。舐めてか
かると……」
「舐めてはいませんよ。それに、プロの軍人程度を踏み台に出来ないようでは、僕は永
遠に勝てない」
「ほう。あのアキっていうお嬢ちゃんはそんなに強いのか?」
「………………通信を切ります。もう一度言いますけど、手出し無用ですから」
「あ、おい」
 剛馬の返事を聞かず、マルコは通信を切った。それを待っていたかのように、人工知
能の光(コウ)が話しかけてきた。
【マルコ、剛馬さんの言うとおり、相手を過小評価するのは危険だよ。ファントムペイ
ンの力は侮れないし、ノーフェイスさんからの情報では、あの基地にはアクタイオン社
が作った新型のMSもある。油断したら…】
「油断などしていない。敵の戦力も分かっている。その上で決めたんだ。奴らと戦う、
そして僕一人の力で勝つってね」
【でも、やっぱりちょっと無謀だよ。強くなりたいのは分かるけど、そんなに焦らなく
ても……。アキだっていきなり強くはならないよ。もう少しじっくり…】
「僕が勝ちたいのは、アキじゃない」
【えっ?】
「おしゃべりはここまでだ。敵が来た」
 デスフレームのレーダーが敵影を捉えた。機体は全てMSで、数は十二。
「たった一機相手に十機以上も出してきたか。あっちもかなりやる気みたいだね。そう
こなくっちゃ」
 マルコはまったく不安を感じなかった。デスフレームの足を止め、ビームライフルと
シールドを構えて、敵の接近を待つ。



 シベリア基地から出撃した戦力は、シャムスのヴェルデバスターとミューディーのブ
ルデュエル、そして105ダガーを改良してエールストライカーを標準装備したMS、
スローターダガーが十機。
「たった一機にこんなに出る必要は無いんじゃない? 私達だけで充分でしょ」
 冷静に考えればミューディーの言うとおりだが、シャムスの考えは違った。
「こいつ等は奴を逃がさない為の囲み役、そして追い込み役だ。奴を仕留めるのは俺の
バスターだ。ミューディーはのんびり見てろよ」
「ふうん。でも見てるだけじゃ退屈だし、やっぱりあんたに任せるのは不安だし、私も
戦らせてもらうわ。とどめ役ぐらいは譲ってあげるわよ」
 そう言ってミューディーはブルデュエルを走らせる。
「おい、ちょっと待てよ、ミューディー! くそっ、マズイぞ。ミューディーがあいつ
を仕留める前に俺がやらないと。全機、奴を取り囲め! 逃がすんじゃないぞ!」
 シャムスはスローターダガーに乗る兵士達に指示を出し、自らはヴェルデバスターに
射撃体勢を取らせる。両腰に装備された複合バヨネット装備型ビームライフルを平行に
連結させて、長射程用の連装キャノンモードにする。巨砲の銃口が、動きを止めたデス
フレームに狙いを定める。
「戦場で止まるとは、バカかあいつは? 俺一人でも充分だったぜ」
 ほくそ笑むシャムス。ビームライフルの引き金が引かれ、強烈なビームがデスフレー
ムを襲う。
 デスフレームはその場から動かず、盾で防ごうともしない。右腕を前に突き出し、ビ
ームを受け止めた。その程度でヴェルデバスターのビームは防げない。ビームはデスフ
レームを打ち抜くかと思われたが、
「なっ!?」
 シャムスは自分の眼を疑った。ビームが一瞬で消えてしまったのだ。デスフレームも
無事で、傷一つ無い。
「な、な、何だ、あいつ、何をしやがったんだ!?」
 訳が分からず混乱するシャムス。デスフレームに接近戦を挑もうとしていたミューデ
ィーもこの奇跡に戦慄した。
「あの腕はビームコーティングされているの? ううん、そんな生易しいものじゃない
わ。何だかよく分からないけど、あの腕は……ヤバい」
 幾多の修羅場を潜り抜けてきた戦士としてのカンが、ミューディーの動きを止めた。
しかしそんなカンを持っていない未熟な兵士達は、スローターダガーでデスフレームに
襲い掛かる。
「ちょっ、待ちなさい、あんた達! そいつは…」
 ヤバいのよ、と言う間も無かった。ブルデュエルの前に出た三機のスローターダガー
はデスフレームのビームライフルによって操縦席を撃ち抜かれ、雪原に倒れた。奴の射
程範囲に入ってしまったのだ。
「くっ!」
 ミューディーはブルデュエルを後退させる。シャムス以上に正確な射撃だった。これ
では迂闊に近づけない。
「みんな、距離を取るのよ。奴に近づかず、ビームとかで牽制して動きを止める。仕上
げはシャムスに任せるわ」
 あの正体不明の腕がある限り、あのMSに接近戦は挑みたくない。奴以上の射程距離
を誇る武器を持つヴェルデバスターに、奴の射程外から撃たせる。それが最善の策であ
り、唯一の攻略法だとミューディーは考えたのだ。
「頼んだわよ、シャムス。たまにはいいところを見せなさいよね」
「あ、ああ、分かった。任せろ!」
 動揺していたシャムスだったが、ミューディーの檄で落ち着きを取り戻した。再びラ
イフルでデスフレームを狙う。
 だが、シャムス達は忘れていた。相手は黙って倒されるような人形ではない。意志を
持って動き、戦う人間だという事を。
「ふうん、こっちの射程外から攻撃するつもりか。《ホクト》がある限り無駄なのに」
【でも《ホクト》の乱発は機体に負担がかかり過ぎるよ】
「分かってる。そろそろこっちから動くよ」
 そう言ってマルコは、胸のマーガレットの花を象ったブローチを触った。これは母カ
テリーナから与えられた、フィオーレ家当主の証。これを付けている限り、自分に敗北
は許されない。絶対に勝たなければならない。フィオーレ家の当主として、マルコ・フ
ィオーレという一人の男として。
 マルコはデスフレームを走らせた。そして先程撃ち抜いた三機のスローターダガーの
元へ行き、一機を拾い上げる。
「このままじゃ勿体無いからね。有効に使わせてもらうよ」
 デスフレームはスローターダガーを空へ放り投げた。空き缶のように軽く投げ捨てら
れたスローターダガーは、ブルデュエル達がいる方へ飛び、落ちていく。
「なっ!?」
 予想外の事態に戸惑うミューディー達。味方の機体なので破壊すべきかどうか、一瞬
迷う。その迷いこそマルコが欲していたものだった。
「甘い。そして、遅い」
 デスフレームがビームを撃った。ビームは落ちていくスローターダガーの動力炉を撃
ち抜き、機体を大爆発させた。
「ああああああっ!!」
 爆発の際の閃光と衝撃がミューディーを襲う。ブルデュエルはPS装甲が施されてい
るので爆発などでダメージは受けないが、周囲にいた味方のスローターダガーはそうで
はない。爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたり、倒れたりして、陣形は大きく乱れた。
 その隙を見逃すマルコではない。デスフレームに雪原を走らせて、ビームライフルを
連射。スローターダガーの操縦席を次々と貫く。
「くっ、みんな、しっかりしなさいよ! シャムスも早く奴を撃って!」
「言われるまでも!」
 再びビームを放つヴェルデバスター。しかし、
【大丈夫、余裕でかわせる】
「分かってる」
 光(コウ)の分析結果に従い、マルコは操縦桿を軽く動かす。光(コウ)の言うとお
り、ヴェルデバスターのビームはあっさりかわされた。
【狙いが正確すぎるんだよ。だから読み易い。マルコみたいにフェイントを混ぜながら
撃ってくると予測するのは大変だけど、あのバスターのパイロットはまだまだ実戦には
慣れていないみたいだね】
「あるいはあの程度の腕でも勝てる相手としか戦ってこなかったか。弱い奴とばかり戦
っている臆病者は強くはなれない。僕も気を付けないとね」
 言われ放題のシャムスだが、それも仕方の無い事だった。彼の射撃は全てかわされて
しまい、その度に味方は倒されていく。スローターダガーの残骸を利用したマルコの効
果的な、いや狡猾な戦法はミューディー達を惑わせ、反撃する機会を与えない。
 今度は残骸を地を這うように投げる。足元に迫る機体をかわそうと体勢を崩したスロ
ーターダガーに、デスフレームが一気に迫る。
「迂闊ですね。それでもファントムペインなんですか?」
 軽い失望を抱いたマルコはデスフレームにライフルを捨てさせて、ビームサーベルを
持たせた。ビームの刃がスローターダガーを横一文字に切断する。
【す、凄い……。残りはあと二機だよ】
 光(コウ)の言うとおり、スローターダガー部隊は全滅。生き残っているのはブルデ
ュエルとヴェルデバスターだけだ。
「勝てるとは思っていたけど、ここまで一方的に勝つとは思わなかった。あの二機は少
しは歯応えがあるといいんだけど」
 マルコは生き残った二体のMSを睨む。その美しく青い瞳には、何の感情も宿してい
なかった。シベリア基地で味方の窮地を見ているスウェン・カル・バヤンのように。



 前言を撤回しよう。スウェンとマルコの眼は似ていない。
 確かに二人とも、その眼には感情を宿していない。だが、スウェンは少し違う。彼は
感情を外に出さないよう訓練をしていたし、自身もそうしようと務めていた。決して感
情が無くなった訳ではない。
 その証拠に、基地の司令室の大型モニターで味方の苦戦を見るスウェンの拳は硬く握
られていた。スウェン本人も気付いていない、無意識の行動だった。
 モニターに映る戦場に、基地の全員が言葉を失っていた。たった一機のMSに十機の
スローターダガーが全滅し、ブルデュエルとヴェルデバスターも苦戦している。いや、
このままでは倒されるだろう。
『機体もパイロットも只者ではない。シャムスとミューディーでは勝てない』
 二人を助けるには基地から援軍を出すしかないが、迂闊には動けない。あの謎のMS
はオトリで、基地から援軍を出させて防備を手薄にしたところを別働隊で攻撃、という
策である可能性は高い。それならばたった一機による無謀な攻撃にも説明が付くし、基
地の上層部はそう考えて動けずにいた。
『このままでは二人とも負ける。死ぬ。殺される』
 スウェンはシャムスとミューディーの顔を思い浮かべる。あの二人とは決して仲が良
いわけではないが、それでも厳しい訓練を乗り越え、苦楽を共にしてきたのだ。死なせ
たくない。
 スウェンの足は自然とMS格納庫に向けられていた。そして、全力で走る。二人を救
う為に。ファントムペインに死を与えようとする死神を倒す為に。
 格納庫に来たものの、スウェンの愛機であるストライクノワールは分解調整中で出撃
は不可能。量産機のスローターダガーでは、敵MSと性能差があり過ぎる。
 だが、スウェンには最後の希望が残されていた。既に実戦の場から退き、格納庫の片
隅に置かれた一機のMS。長い旅路と戦いの果てにこんな僻地の基地に持ち込まれ、過
酷なテストにこき使われた挙句、忘れ去られつつあったMS。
 スウェンはこのMSの操縦席に乗り込み、機体のチェックをする。コンピューターや
OSに問題は無い。武装も一通り揃っているし、近々最後のお披露目をする予定だった
ので、整備もきちんとされている。
『どうやら運には見放されていないようだな』
 スウェンは操縦桿を強く握った。MSの足元には整備士や基地の人間達が集まってお
り、希望を込めた目でMSを見ている。人々に存在を忘れられかけていた機体は、今、
最後の戦場に出ようとしていた。
 スウェンの心に、わずかに熱が入る。誰も聞く者はいないと分かっているのに、口が
自然と出撃コールを呟く。
「……スウェン・カル・バヤン、パーフェクトストライク、出る」



 デスフレームとブルデュエル、ヴェルデバスターの戦いは勝敗が決しつつあった。
「くっ、このおっ!」
 ミューディーはブルデュエルの左肩からスティレット投擲噴進対装甲貫入弾を出させ
た。ブルデュエルは一度に三本の貫入弾を投げるが、デスフレームはシールドであっさ
り防ぐ。三本の貫入弾はシールドに突き刺さり、爆発するが、シールドには浅い傷しか
付かなかった。
「MSも特別ならシールドも特別かよ。クソがあっ!」
 デスフレームにビームを連射するヴェルデバスター。しかしほとんどのビームはかわ
され、奇跡的にデスフレームを捉えたビームも、デスフレームの腕が触れると呆気なく
散ってしまう。
 デスフレームの腕に宿された《ホクト》は、その振動によって相手を破壊するだけで
なく、対ビーム防御にも使える強力な武装だった。機体への負担も大きいが、マルコは
《ホクト》を乱用せず、使用時間も二、三秒以内にしている。
「相手を壊す時はもう少し時間をかける必要があるけど、ビームを防ぐ程度ならこれく
らいで充分だ」
【確かにそうだけど、それでも使い過ぎは危ないよ。あと二、三回ぐらいで…】
「分かってる。それまでには決着をつける」
 マルコは生き残った二機の敵を睨む。ブルデュエルもヴェルデバスターも動きが鈍く
なっている。パイロットの疲労が限界に近いのだろう。
「ちょっと手間取ったけど、こんなものかな。それじゃあ…」
 止めを刺そうとしたその時、レーダーが新たな敵影を捉えた。シベリア基地からの援
軍だ。既に目視でも確認できる距離にいた。
「あれは……ストライク!?」
【う、うん、間違いない。あれは二年前の大戦で活躍したストライク、しかもストライ
カーをフル装備したパーフェクトストライクだ!】
 予想外の敵の出現に、マルコも光(コウ)も驚いた。
 GAT−X105・ストライク。二年前、『閃光の勇者』キラ・ヤマトの愛機として
数多くの戦場を駆け抜け、伝説的な活躍をしたMS。キラがジャスティスに乗り換えた
後は『エンデュミオンの鷹』ムウ・ラ・フラガの機体となり、エール・ソード・ランチ
ャーの三種類のストライカーを全て装備したパーフェクトストライクに改造され、ダブ
ルGとの最終決戦まで活躍した。
 戦後、アークエンジェルは地球軍からディプレクターに譲渡されたが、豊富な実戦デ
ータを持つストライクは今後のMS研究に役立てる為、開発した地球軍が所有した。そ
してストライクノワール等の開発に使われ、用済みとなり、このシベリア基地で保管さ
れていたのだ。
「シャムス、ミューディー、大丈夫か?」
「お、おう。ってその声はスウェンか!? 驚いたぜ、まさかお前が助けに来てくれる
とはな。しかもそんなオンボロのMSで。死にに来たのかよ?」
「死ぬつもりはない。そしてこのパーフェクトストライクはオンボロではない。整備は
万全だ」
 ストライクは地球軍では人気の高いMSだった。シベリア基地の人々もこのMSを大
切に扱っており、特に整備士達は近日中に内輪でストライクの引退式を行なうつもりだ
った。その為に念入りに整備されていたのだ。
「はっ、そういう事かよ。ったく整備の連中、ファントムペインらしくない事をしやが
って……」
 だが、そのファントムペインとは思えない行為がミューディーとシャムスを救う事に
なったのだ。シャムスも文句は言えない。
「二人とも、まだ動けるか?」
「ああ。俺もバスターもまだまだ元気だぜ」
「こっちも平気よ。スウェンが来てくれれば百人力だわ」
 スウェンの加勢によって、シャムスもミューディーも闘志を取り戻した。しかし体の
疲労は誤魔化せない。長時間の戦闘は不利だ。
「他の基地に援軍を要請した。既にこちらに向かっている。それまで基地を守り抜けば
俺達の勝ちだ」
「分かったわ。援軍が来るまでの時間は?」
「今日はシベリアにしては天候がいい。二十分、いや十五分で来てくれるだろう」
「十五分か。短いようで長い時間だ。けど、やるしかないな!」
「そのとおりだ」
 冷静に答えるスウェンは、敵の様子を伺う。たった一機でファントムペインを相手に
ここまで戦ったMSとパイロットだ。旧式のMSでどこまで抗えるか。
『基地に戻り守備に徹して、時間を稼ぐ。これが最良の方法だが、それを許すような相
手ではない。それに基地に被害を出す訳にはいかない』
 シベリア基地にはファントムペインの三人の戦闘データや生態データ、MSの開発デ
ータなど貴重な資料が保管されている。今後の為にも失う訳にはいかない。
「シャムス、ミューディー」
「言わなくても分かってるぜ。これ以上、基地には近づけさせない。奴はここで止める
ぜ!」
「そう、それが私達の任務。私達はファントムペイン。失敗は許されないし、私達自身
も許さない。だから勝つ、絶対に!」
「そのとおりだ。俺達は勝つ。ファントムペインの名に賭けて」
 これ以上の言葉は不要だった。三人は静かに、だが激しく闘志を燃やす。
 歪んだ教育と厳しい訓練によって育てられた三人だが、だからこそ自分達の力に誇り
を持っていた。彼らファントムペインは勝利する事が全てであり、生きる理由だった。
 その激しい闘志は、敵であるマルコにも伝わった。マルコの額に汗が流れる。
【どうしたの、マルコ? 体調が不安定になっているよ。呼吸も荒くなっているし、脈
拍も…】
「大丈夫だよ、光(コウ)。僕はこれを待っていたんだ。ようやく本気で戦えるみたい
だよ」
 強い敵の出現は、マルコの望むところだった。強い敵と戦い、それに勝利して、自分
を強くする。そうしなければ奴には勝てない。永遠に。
「そう、僕はあいつに勝つ。もっと強くなって、いつか必ずあいつに勝つんだ!」
 マルコも闘志を激しく燃やす。敵も味方も燃えていた。シベリアの冷気も、彼らの闘
志を冷ます事は出来ない。
 先手を取ったのはスウェン達だった。パーフェクトストライクの《アグニ》とヴェル
デバスターの両肩の350oガンランチャーと94o高エネルギービーム砲が一斉に火
を吹く。
 デスフレームは上空へ飛び上がり、攻撃をかわした。だがブルデュエルも大きくジャ
ンプして、ビームサーベルで切りかかる。
「はああああっ!」
「ちっ!」
 僅かに焦るマルコ。ビームを散らす程の振動を発する《ホクト》だが、ビームサーベ
ルによる斬撃は無効化できずダメージを受けてしまう。
 マルコはバーニアを一瞬で巧みに動かして、上空で機体の姿勢を変えた。ブルデュエ
ルのビームサーベルはかわされたが、デスフレームは不自然な姿勢で着地してしまい、
大きな隙を作ってしまった。これを見逃すスウェンではない。
「シャムス、援護を。ミューディーは俺に続け」
 冷静に指示を出した後、スウェンはデスフレームに襲い掛かる。パーフェクトストラ
イクは《アグニ》を放り出し、右手に持っていた大剣《シュベルトゲベール》を両手で
掴んで振り上げる。
【マルコ、来るよ!】
「分かってる!」
 マルコはデスフレームのシールドをストライクに向かって投げた。シールドは《シュ
ベルトゲベール》によって両断されたが、その間にデスフレームは体勢を立て直し、立
ち上がった。
 しかし敵はストライクだけではない。ビームサーベルを手にしたブルデュエルが再び
襲ってきた。
「そろそろ終わりにしましょうか!」
 叫ぶミューディー。ブルデュエルの右肩に装備されたシールドの裏にある《スコルピ
オン機動レールガン》を連射してデスフレームの足を止めて、ビームサーベルで切りか
かる。
【うわあ、マルコ!】
「コンピューターがうろたえるな!」
 何とか攻撃をかわすマルコだが、パーフェクトストライクが接近。《シュベルトゲベ
ール》の巨大な刃が振り下ろされる。これもかわしたが、
「逃げてばかりかよ。さっきまでの勢いはどうしたんだよ、ホラホラ!」
 ヴェルデバスターがビームと無数のミサイルを放つ。今までの鬱憤を晴らすかのよう
な猛攻に、デスフレームは致命傷を避けるのが精一杯だ。
「もらった! これで…」
「とどめよ!」
「仕留める…!」
 ヴェルデバスター、ブルデュエルは搭載された全ての火器の照準をデスフレームに向
ける。パーフェクトストライクも《アグニ》を再び手にした。いくら《ホクト》でもこ
れだけの攻撃を全て防ぐのは無理だ。
【マ、マルコ!】
「……まだだ。僕は負けない!」
 マルコはデスフレームの拳を雪原に付けた。そして《ホクト》を最大出力で放つ。
 直後、常識を超える程の凄まじい振動が、シベリアの地を揺らす。半ば凍りついてい
た大地は一瞬で崩壊し、デスフレーム達が立っていた場所には巨大な亀裂が走り、陥没
した。
「うわあああああああ!!」
「な、何、何が起こったのよ!?」
「くっ……」
 ファントムペインの三機のMSは、いずれも大地の崩壊に巻き込まれ、地に埋まって
しまった。三機とも決して鈍い機体ではなかったのだが、マルコの意外な戦法にパイロ
ットが虚を突かれ、対応できなかったのだ。どんに優れたMSでも、それを操るのは人
間。闘志を高める事によって戦闘力を高める場合もあるが、動揺して対応が遅れる場合
もある。
「やられたな」
 と冷静に呟くスウェン。彼の目線の先には、埋もれたストライク達を見下ろすデスフ
レームの姿があった。
 デスフレームはビームライフルの銃口を向けていた。ライフルでストライク達の操縦
席を撃ち抜けば、デスフレームの勝ちだ。
 しかしデスフレームは動かなかった。いや、動けなかったのだ。
【マルコ、これ以上の戦闘は無理だよ。エネルギーはもうギリギリしか残っていない。
ユニコルンに帰るのがやっとだ。機体へのダメージも…】
「………………」
 光(コウ)に言われなくても、マルコは限界だった。フルパワーで放った《ホクト》
の振動はデスフレームの操縦席にまで及んでおり、デスフレームの機体だけでなく、マ
ルコの体にもダメージを与えていた。脳を激しく揺さぶられたマルコは、意識を保つの
が精一杯だった。ビームライフルを撃つスイッチを押す気力も無い。
 しかし、銃口に睨まれているスウェン達も動けなかった。不気味な静寂が雪原を支配
する。
 永遠に続くかと思われた気まずい静寂。だが、長くは続かなかった。
「ふん。どうやらそこまでのようだな」
 突然、上空に巨大な影が現れた。角のような先端が特徴的な飛行戦艦が、晴れたシベ
リアの空を飛んでいる。マルコの母艦ユニコルンだ。
「雑魚は全滅させたが、エースは生き残らせたか。よく頑張ったと褒めるべきか、詰め
が甘いと言うべきか、中途半端な結果を出しやがって」
 ユニコルンの艦長席に座る剛馬は、そう言って酒を飲む。赤い顔をしており、口調も
乱暴だったが、
「引き上げるぞ、マルコ。お前もデスフレームも限界らしいし、敵の援軍が近づいてい
る。長居は無用だ」
 という指示は的確だった。
「それともここで死にたいのか? 敵に背を向けるという屈辱から逃げて、強くなる前
に死ぬのか? まあ俺はそれでもいいがな」
 そう言って剛馬は、再び酒を飲む。酔っ払いの暴言にマルコは、
「…………引き上げます。迎えに来てくれて、ありがとうございました」
 と礼を述べた。
 こうしてマルコとデスフレームの初陣は終わった。マルコとスウェン達、どちらが勝
ったのか、そしてどちらが負けたのか。それを知るのは戦った当人達だけだろう。
 だが、この戦いがマルコにとって辛く険しい旅の始まりだという事、そして新しい敵
を作ってしまった事は確かである。《ホクト》の振動はシベリアの大地だけでなく、マ
ルコの心も大きく揺さぶり、彼に新たな試練を与える。



【マルコ・フィオーレか。光(コウ)、奴は強くなると思うか?】
【まだ分からないよ。闇(アン)はどう思う?】
【俺にも分からん。さっきヤバかった時は俺が出ようかと思ったが……】
【僕も君が出て来ると思ったよ。でも出なかったね】
【ああ。あいつなら何とかする気がしたんだ。理由は分からないがな。そして実際に何
とかしやがった。あいつ、ちょっと面白いな】
【そうだね。でも、マルコは何かを抱えている。辛くて苦しい思いを隠している】
【それはアキも同じだろう。この二人の戦い、面白くなりそうだ】
【見守るの?】
【ああ。死なない程度に楽しませてもらう】
【そう。じゃあね、闇(アン)】
【じゃあな、光(コウ)。お前も死なない程度に頑張れ】



 無数のモニターに囲まれた小さな部屋で、一人の女がくつろいでいた。美しい黒髪の
女の眼からは、強い意志と冷酷な心を感じさせる。
 部屋のモニターの一つには、シベリアでのマルコとファントムペインの戦闘の様子が
映し出されていた。女は紅茶を飲みながら、この戦いの一部始終を見る。
 戦いが終わり、デスフレームを回収したユニコルンがミラージュコロイドを展開して
姿を消すと、モニターの映像が切り替わった。場所は戦闘後のシベリア基地。事後処理
や負傷者の治療などに一生懸命な人々の様子が映し出されているが、女はこの映像を無
視して、静かに呟く。
「あれがアストレイ・デスフレーム……。メレア・アルストルの組織が作り上げた新型
のMSの一つ。なかなか面白い機体ね」
 この女、マティスの組織とメレアの組織は同盟を結んでいた。世界中の情報を管轄し
てコントロールしているマティスの組織と、情報だけでなく政治、軍事、科学、経済の
発展を影からコントロールしてきたメレアの組織。時に対立した事もあったが、現在は
互いに利用価値を見出し、協力関係にある。
「意外と頭の固いロゴスよりは利用価値があるわ。でも…」
 アクタイオン・プロジェクトにはマティスの組織も関わっている事は、メレアも知っ
ているはず。知っててデスフレームに基地を襲わせたのだとしたら、宣戦布告に等しい
行為だ。
「だけど、メレア・アルストルはそんなに愚かな男ではない。表の世界の連中やロゴス
や崑崙党だけでなく、私まで敵に回すとは思えない」
 だとしたら今回の事は、部下が勝手にやった事だろうか? それもあり得ない。メレ
アは部下の暴走を許すような間抜けではない。だとしたら、これは……。
「ゲーム、遊び、娯楽、道楽、退屈しのぎかしら? 悪趣味だけど、あの怪物ならやり
そうね。ふふふふふふ」
 自分の考えにマティスは笑ってしまった。二百年以上も生きているメレアの考えは分
からない。世界を混乱させた上で何かやろうとしているようだが、マティスにはどうで
もいい事だ。彼女の望みは唯一つ、世界の情報を全て掌握して、管理する事。それを邪
魔するのであれば、メレアも倒す。元々、あの男は嫌いなのだ。
「でも私の組織の戦力ではメレアの組織には勝てない。ロゴスとは裏で手を結んでいる
けど、それだけでは不安だわ」
 マティスの脳裏にデスフレームの姿が浮かぶ。たった一機であれだけの活躍をしたM
S。恐らくメレアの自信作だろう。あれを手に入れれば、メレアの組織の技術を手に入
れる事が出来る。
「先に喧嘩を売ってきたのはあちらの方。だったら、こちらが手を出しても構わないわ
よね。あちらもそれを望んでいるようだし」
 そう呟きながら、マティスは思考を巡らせる。デスフレームを手に入れる策。手に入
れた後、どう使うか。多くの情報を元に考えて、策を巡らせる。それがマティスのゲー
ムであり、遊びであり、最高の退屈しのぎだった。
 ロゴスやメレアの組織に続き、人類の歴史の闇に潜んでいた組織の一つが動き出そう
としていた。だが、それもまた、世界を巻き込む巨大な動きの一部に過ぎない。



 何処とも知れぬ闇の中、円卓を囲む席が四つ。そこに座るは男が一人、女が三人。
 円卓の前には一人の男が膝を付き、頭を下げていた。彼にとって席に座る四人は、全
員が敬愛すべき主だった。
 円卓を囲む四人が語り始めた。まずは男が、よく通る声で、
「動き出したか」
 と言う。続いて幼い少女が、
「奴らの方が先に動くとはな。こちらが動かないので油断したのか、それともこの動き
は我らを誘い出す罠か」
 と言う。そして、少女の隣に座っていた黒髪の少女が、
「分からない。が、黙って見過ごす訳にはいかないだろう」
 と言うと最後の一人、女性達の中では最も年上だがまだ若く、右目を眼帯で隠してい
る女が、
「ネメシスの傷も癒えつつある。そろそろ我らも動く頃合いだ。ロマノフ、崑崙党の掌
握にはまだ時間が掛かるのか?」
 と跪いている男に声をかける。
「申し訳ございません。私の上にはまだ二人の人物がおり、この二人によって崑崙党は
動いています。この二人を廃して私が組織の頂点に立つには、今しばらく時間が…」
 アンドレイ・ロマノフは頭を深く下げて、自分の過失を詫びる。死も覚悟していたの
だが、
「そうか。まあ良い。焦らずじっくりやれ」
 と、円卓を囲む四人の内で唯一人の男が言った。
「は、ははっ! ありがとうございます。必ずやご期待に応えてみせます」
「焦らずとも良い。どの道、ネメシスの完全復活までにはまだ少し時間が掛かる」
 と幼い少女が言い、
「ダブルGの失敗を繰り返す訳にはいかない。今度こそ成功させる」
 と黒髪の少女が言い、
「今度こそ殺す。人類を。全ての生命を。殺して、壊して、そして滅ぼすのだ」
 と眼帯を付けた少女が言う。
 この四人の声は全て違うが、口調や雰囲気は全く同じものだった。別人なのに同一の
人物。そんな矛盾した存在がいる。
「今度こそ成功させる。全ての生命に永遠の終焉を」
「究極の終焉を。未来無き絶対の終焉を」
「人間の時代を終わらせる。地球の歴史を終わらせる。神という存在さえ超えた、我が
力で。我が意志で」
「我は神を超えた神、ダブルGをも超えた存在。ダブルGの意志を受け継ぎ、それを果
たす為に生まれたモノ。我はGを超えた存在。人類に最後を、終焉をもたらすモノ」
 四人は一斉に立ち上がった。そして、忌まわしき偽神の意志を継ぐモノとしての名を
名乗る。
「Gを超えるモノ、Z。それは最後の文字にして、終焉を司る文字。究極を表す文字。
究極の終焉をもたらす我に相応しい文字。我はZ、ダブルZ。ダブルGの意志を継ぎ、
全ての命を殺すモノ。神をも殺すモノ。世界の全てを殺すモノ」
 四にして一。その奇妙な、だが恐るべき存在は世界に対して宣戦を布告する。
「我は殺す。世界を殺す」
 ナイン・ソキウスの、
「殺す。滅ぼす。終わらせる。全てを」
 エウテルペ・テレプシコーラの、
「全てを殺す。何もかも殺す。それだけが我の望み。我の願い」
 ミステリウス・マゴットの、
「殺戮は我が喜び。破壊は我が快楽。終焉は我が希望。必ずやる。必ず殺す。必ず滅ぼ
す。世界を、人類を、必ず」
 クロナ・ギウムの体と声を借りて、悪魔はその悪意と殺意を世界に告げる。
 今、この悪魔の意志と存在を知っているのはアンドレイ・ロマノフと、ごくわずかな
者だけ。だが、いずれ多くの人がこの悪魔の事を知るだろう。運命の時は刻一刻と、確
実に迫っている。

(2008・4/26掲載)
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