第39章
熾烈! 第二の試練
「素敵な情報とは何だ? マティスとやら、発言を許可する。言ってみろ」
ナイン・ソキウスの言い様は、マティスを完全に見下していた。主人に対する無礼に
一瞬、スーが殺気を高めるが、マティスは静かにそれを制した。
「分かりました、ナイン・ソキウス様。いえ、今はダブルZ様でしたね。ではサービス
に一つだけ。間もなくビフレストで面白い事が起こります。リ・ザフトの地上勢力とブ ルーコスモス、そして正体不明のフェイクGを一網打尽にしようとする、ディプレクタ ーの大作戦」
マティスは一族の情報網を使って、ビフレストに張り巡らされたディプレクターの罠
の全容を掴んでいた。特殊コロイド粒子を利用して機動兵器を強制停止させるヨモツヒ ラサカ・システムを使った、大胆にして周到な罠。その準備も上手くカモフラージュし ている。優れた情報収集能力を持つマティス以外には、罠の詳細は知られていないだろ う。
「この作戦で、地上の勢力図は大きく変わります。リ・ザフトは地球から撤退、ブルー
コスモスはそのスポンサーであるロゴスに見限られ、ロゴスは地球軍のファントムペイ ンの戦力強化を急ぐでしょう」
そして地球軍の戦力強化は、プラントを刺激する。先日のアーモリーワン襲撃事件以
来、地球と宇宙の間には緊迫した空気が流れている。張り詰められた空気は何かが起こ れば弾けて、大きな嵐を呼ぶ。
「その嵐に、我々も乗れと言うのか」
「あら、乗るつもりは無いのですか? ネメシスの修理も終わり、ロマノフさんも隠れ
蓑を脱ぎ捨てた。コソコソする必要は無いと思うのですけど」
「私達が動く時は、私達が決めます。外部の方に言われる筋合いはありません」
ナインに代わってクロナが発言する。だが、誰も不満は口にしない。ダブルZは四人
で一人。クロナの意志は四人全員の意志だ。
「アーモリーワンの一件には、正体不明のMSが現れたという情報があるわね。そのM
Sって、あなたの手下なの?」
エウテルペが明るい声でマティスに尋ねる。
「そうかもしれませんわね。だとしたら?」
「別に。ただ知りたかっただけよ。世界を自分の思い通りに操るのって、楽しいの?」
「あら、二年前には皆様もやった事ではないかしら。もう少しでこの世界は終わってし
まうところでしたわ。あの時は私も危なかったんですよ」
二年前の大戦、マティスの一族はメレアの組織との暗闘に気を取られ、ダブルGの行
動を見過ごしていた。これは一族としては痛恨のミスであり、戦後、メレアと手を結ぶ 切っ掛けになった。
「私は復讐の為に世界を動かした。この世界を滅ぼす、ただそれだけだった。世界の裏
側で暗躍して、楽しいと思った事は無い。愚かな人間の有り様を見て、面白いと思った 事はあるが、それは別のものだろう」
ナインの言うとおり、世界を影から動かす楽しみと、人を嘲る楽しみは似て非なるも
のだ。ダブルGの残りカスにしては、なかなかよく考えている。マティスは相手への認 識を少し改めた。
「時代の嵐に乗るか乗らないかは、皆様のお考え次第。私は皆様に素晴らしく、そして
面白い情報を提供するだけです。アルゴス・アイだけでは得られない、本当に面白い情 報を、皆様にお知らせいたしますわ」
「どうして私達に協力するの? そんな事をして、あなたに何のメリットがあるの?」
質問をするクロナ。それは当然の疑問だった。マティスの一族は、情報を操作して世
界の均衡と安定を保つ事を目的としている。世界を滅ぼそうとするダブルZに協力する 理由は無い。むしろ敵対するのが自然だ。
「メリットならあります。皆様とメレア・アルストルが戦い、あの男を倒してくれると
いう私にとってはこれ以上無いくらいのメリットが」
「メレア・アルストル。ディプレクターがサードユニオンと呼んでいる組織の長。お前
は奴と手を組んでいるはずだか」
「ええ、組織の都合で仕方なく。でも、はっきり言いまして、私、あの男が嫌いなので
す。本当に殺したいくらい、大嫌いなんです」
マティスは珍しく本心を語った。彼女はメレアが嫌いだった。一族と長きに渡って戦
い続けてきた宿敵であり、一族を死の淵にまで追い込み、しかしその情報収集・管理能 力を高く評価して、自分の配下にしようとした礼儀知らずな男。一族の長として、憎ん でも憎みきれない相手だ。
「皆様がメレアを殺してくださると言うのでしたら、私と我が一族は全面的に皆様にご
協力いたしますわ。しばしの同盟も一興だと思いますけど、如何ですか?」
丁寧な口調で提案するマティス。ロマノフは主に判断を任せる。四人のダブルZが考
えて、出した結論は、
「面白そうね。嬉しくなる事、いっぱい覚えられるかも」
というエウテルペの言葉だった。
機動闘技場が崩壊し、マルコ達が香港を脱出した直後、新たな試練の内容がノーフェ
イスから発表された。
「今回の試練はチーム戦です。前回のタッグバトル以上に、個人の戦闘力はもちろん、
組織を率いる者としての指揮能力と、部下の能力を把握してその能力を生かす戦術を立 てられるかどうか、色々と拝見させていただきます」
ノーフェイスはルールを詳しく説明する。チームの人数は三人から十人まで。一方の
チームがオフェンス、もう一方がディフェンスとなり、組織が定めたチェックポイント を巡って戦ってもらう。オフェンスチームはゲーム時間内にチェックポイントに辿り着 ければ勝ち。ディフェンスチームは時間までポイントを守り抜けば勝ち。
「参加者にはMSに乗ってもらいます。武器の規定はありません。チームリーダーとな
るマルコ・フィオーレとアキ・ミツルギ以外の参加者の生死は問いません。皆さん、存 分に戦ってください」
マルコとアキが死んだらこの最終試験そのものが終わってしまうので、二人を殺す事
は禁じられた。しかし、それ以外のメンバーは八つ裂きにしても構わないと言う。実に 残酷な、メレア好みのルールである。
上からの決定で、オフェンスはマルコ、ディフェンスはアキが行なう事になった。そ
して、更に残酷なルールが追加される。
「チェックポイントには少ないですが住人がいます。ですがデスフレームもライブフレ
ームも、表に出してはならない機体。裏カジノに来るような脛(すね)に傷を持った連 中は、自らも傷持ちなので噂を広める心配はありません。ですが、普通に暮らしている 人は口が軽い。彼らに我々の姿を見られる事は、望ましくありません。」
勝ったチームは、口封じの為にチェックポイントにいる住人を全て殺す事。これが勝
者に与えられる、メレアからのプレゼントだった。
マルコもアキも答えなかった。二人とも黙って、ノーフェイスの次の言葉を待つ。
「それでは、試練の舞台となる攻略ポイントの位置をお伝えします。双方の参加者の生
還と幸運を願っていますよ。では」
仮面の男ノーフェイスはそう会釈して、モニターから姿を消した。そして、アークロ
イヤルとユニコルンの大型モニターに新たな映像が映し出される。どうやらジャングル の地図らしく、その中心部には赤い印が付いている。どうやらここがチェックポイント らしい。
「!」
その印を見て驚いたのは、数奇な運命でアークロイヤルに乗る事になった青年、トロ
ヤ・ノワレ。まるでこの世の終わりを見たかのような目で、トロヤはモニターと、赤い 印を見続ける。
「何て冗談だ……。皆殺しにしろだなんて、こんな事が許されるのかよ! しかもよく
にもよって、この村を!」
戦場となるであろうチェックポイント。そこは、トロヤが生まれ育ったジャングルの
村だった。
前回の試練に勝った直後、アキは勝者の特権として、次の試練がチーム戦である事を
知らされた。シャドウ・セイバーズの面々は強いが、確実に勝つ為には更なる戦力が必 要だと考えた彼女に、ある人物が接触してきた。
「あらら、こっちはディフェンスなのね。あたしが集めた傭兵達は、こういうの苦手な
のよね。闘技場で全滅して良かったかも」
マクシー・ミガゲノはそう言ってニヤニヤ笑う。両腕の無いこの男がアキに連絡して
きた時はさすがのアキも驚いたが、彼を仲間として迎え入れた。
『腕を失い、MSに乗れなくなったとはいえ、狡猾で悪知恵が働くこの男は侮れないで
ござる。戦略家として、今回のチーム戦には必要な人材でござるな』
夏はマクシーという男は好きではなかったが、その能力は認めていた。アキがマクシ
ーを仲間にしたのも、夏と同じように考えたからだろう。
「マクシーさん、作戦は貴方に任せます。私達に勝利を、よろしくお願いします」
「OK、任せてちょうだい。可愛い弟子の村は守りたいし、それにあっちには借りを返
したい奴もいるし」
再びニヤリと笑うマクシー。だがその微笑みは先程の楽しそうな笑みとは違う、憎し
みに満ちた怒りの笑みだった。
「剛馬ちゃん、あなたをこの手で殺せないのは残念だけど、代わりにこの人達に殺して
もらうわ。だから今度こそ戦場に出て来てね。うふふふふふ」
「……………………」
怪しく笑うマクシーに、夏は寒気を感じた。あの危険極まりないコーネリア兄妹をア
キに紹介したのもこの男なのだ。今回の戦いの作戦、本当にこの男に任せてもいいのだ ろうか?
戦いの場に選ばれた村は、東アジア共和国政府に反逆するゲリラ達の村だった。広大
なジャングルを自分の庭のように駆け回る神出鬼没のゲリラに、東アジア軍は苦戦を強 いられていた。
だがある日、上層部からゲリラ鎮圧作戦の中止命令が下された。このおかしな命令に
誰もが疑問を感じたが、上の命令は絶対だ。ゲリラ達にしてやられた苦い記憶を胸に、 政府の部隊は引き上げていった。
突然の撤退に驚くゲリラ達の前に、空に黒い艦が現れた。アキ達のアークロイヤル
だ。最初は政府軍の手先かと警戒したゲリラ達だったが、アークロイヤルから降りて来 たグリーンフレームを見て、歓声を上げた。トロヤはこのゲリラ達の一員であり、政府 軍のMSを数多く倒している英雄だった。
「ま、あたしが仕込んだんだけどね。ここのゲリラ達のしぶとい戦い方も、あたしが伝
授したのよ。弱い者が強い者と戦うのなら、地の利を活かさないとね」
自慢げに言いながら艦から降り立ったマクシーを、ゲリラ達はトロヤの時と同じ、い
やそれ以上の歓声で迎え入れた。ゲリラの村長らしき老人が、マクシーに頭を下げてい る。
「ふーん。どうやらここの英雄っていうのは本当みたいね」
フィア・スカーレットは辺りを警戒しながら言う。プロの傭兵である彼女は、いつい
かなる時でも周囲への警戒を怠らない。
用心深いフィアと夏に守られながら、アキも地上に降りた。そしてマクシーに紹介し
てもらった村長に、この村に迫っている危機を伝える。
「皆さんは一刻も早く、この村から避難してください。なるべく遠くへ行って、隠れて
ください。ここは私達が必ず守りますから」
切実に言うアキだが、血気盛んなゲリラ達は彼女の言葉に耳を貸さない。敵が来るな
ら戦うまでだ、こっちにはトロヤとマクシーさんもいるんだ、負けるはずがない、と勇 ましい事を言っている。
「やれやれ、困ったものでござるな」
グチる夏。このままではゲリラ達を戦いに巻き込んでしまう。
騒ぎ立てるゲリラ達だったが、一発の銃声が彼らの喧騒を止めた。
銃を撃ったのは、マルコの母カテリーナだった。銃口を空に向けたライフルを高々と
掲げたまま、彼女は冷徹に言った。
「今からここに私の息子が来るのよ。この村はあの子の晴れ舞台として選ばれた。あの
子の邪魔をするなら、一人残らず殺すわよ?」
カテリーナの眼は本気だった。どこから持ってきたのか、ダイナマイトまで手に持っ
ている。
政府軍を追い払ったゲリラも、キレた母親には勝てない。この女を怒らせたら危険だ
と判断したゲリラ達は、速やかに荷物をまとめ、村から出て行った。
村長も最後に出て行き、残ったのはアキ達だけ。
「カテリーナさん、ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いいわよ、これくらい。今度の試験は必ずあの子が勝つわ。その為には、まず戦いの
舞台を整えてあげないと」
「カテリーナ殿、分かっているとは思うでござるが、貴殿は拙者達のチームのメンバー
でござる。ご子息とはいえ、マルコ殿に手助けをするのは禁止でござるよ」
「分かっているわよ、そんな事。最初の試練の時だって、助けたいのを我慢したんだか
ら。それよりあの子、前より強くなったって本当なの?」
「はあ。トロヤ殿が見聞し、提供してくれた情報を調べた限りでは、何とも…」
「強くなっているわ。マルコはやる気になれば、凄い人よ」
断言するアキ。敵が強くなったのに、彼女は少し嬉しそうだった。
「機動闘技場で会った瞬間、私には分かった。彼は以前より強くなった。そしてこれか
ら、どんどん強くなる。でも私も負けない。彼を失望させない。その為に私は彼と戦っ ているのだから」
わざわざ香港に立ち寄り、宣戦布告のような真似をしたのは、第一の試練で敗北した
マルコがどうなったのかを見たかったから。期待と不安が入り混じるアキの心に、マル コは応えてくれた。顔を見なくても、拳を合わせなくても分かった。マルコはシベリア での戦いの時より強くなった。嬉しい。だからこそ、全力で戦う。
「さあ、強くなったマルコを迎え撃つわよ。ユナにライブフレームの最終調整をしても
らって、コーネリア兄妹にフォーメーションを確認してもらって、それから…」
生き生きとし始めたアキの姿に、夏は頼もしさと同時に不安を感じた。アキがマルコ
の為に戦っている事は知っているし、その気持ちを否定はしない。しかし、何か納得で きないものを感じるのだ。このモヤモヤとした気持ちは、一体何?
青い一角の艦、ユニコルンは新たな戦場へと向かっていた。
第二の試練の始まりを告げられたマルコは自室に籠もり、ノーフェイスから送られて
きたチェックポイントの情報を分析していた。トロヤとマクシーという、現地の無理に 詳しい仲間がいるアキとは違い、マルコの仲間にこの方面に詳しい者はいない。ノーフ ェイスからの最低限の情報が全てだ。
「情報が足りないな。これじゃあ作戦も練られない……」
敵の戦力は不明。現地の状況も不明。分からない事が多すぎる。これでは、戦う前か
ら勝負が付いているようなものだ。
「いや、そうでもないかな」
マルコは悩むのを止めた。自室を出て、気分転換に格納庫に向かった。ユニコルンが
現地に到着するまで、あと十時間。それまでにやっておきたい事もあるし、新しい仲間 ともきちんと挨拶したい。
「…………少し前の俺なら、そんな事、考えもしなかっただろうな」
アキに負けた頃の自分を思い出し、苦笑するマルコ。あの頃の自分は勝つ事だけ、自
分の事だけしか考えていなかった。心の視野が狭くなっており、恐ろしく狭い世界しか 見えていなかった。
「狭い世界、か」
機動闘技場で様々な体験をしたせいか、マルコは今まで自分がいた世界が狭いものだ
と思った。組織の事も、フィオーレ家の事も、自分の事も、とんでもなく小さくて、拘 るのが馬鹿馬鹿しいくらい、
「いや、そんな事を考えちゃいけないな。母さんに叱られる」
カテリーナはフィオーレ家の為、マルコの為に頑張っているのだ。スボラだけど優し
い母を哀しませたくない。
「でも、だとすれば俺はこれから、どうすればいいんだろう? 母さんの為に生きるべ
きなのか、それとも……」
組織の為、母の為に生きてきた少年は、今、自分の未来について悩んでいた。そんな
事で悩むなど、何て愚かな、いや、
「人は悩んで大きくなる、って誰の言葉だったかな。まあいいや、今は次の戦いに集中
しよう」
考えながら歩いている内に、格納庫に着いた。扉を開けると、
「違う違う! それは俺のレッドフレームのパーツだ。デスフレームのはこっち! ラ
グナス、間違えないで運んでくれよ」
「わ、分かった。それで、これはどこに運べばいい?」
「こっちよ。リトルフレームに組み込んでみるわ。上手くいけば、かなりパワーアップ
するはずよ」
「七華ちゃん、もう泥棒じゃないんだから、他人の物を取っちゃ駄目よ。昔の悪い癖が
再発してない?」
「んもう、エレアさんってば、堅物なんだから。最近、お姉ちゃんに似てきてない?」
「それは光栄ね。灯さんからは、あなたの事をよろしく頼むって言われているし」
「アニーめ、アニーめ、アニーめ、許さない、許さない、絶対に許さないぞ! 女なん
て、もう絶対に信じない!」
「分かる、分かるぞ、シュウ君。このレオ・ゲルツェンも、女なんて大嫌いだ。イノリ
の奴、バルドルさんが死んだり、マゴットちゃんと逸れたりして落ち込んでいたから元 気付けてやろうとしたら『近づかないでよ。傷心の女心に付け込むつもりが見え見えな のよ、このドスケベ』だとお! ああ、もうあんな奴、どうなろうと知った事か! あ のカプセル女め!」
「やれやれ、若い奴らは元気だねえ。不動さん、俺達は大人同士で酒でも飲みましょ
う」
「酒を飲むのは賛成だが、君だってまだまだ若いだろう。ついでに俺も。はっはっはっ
はっは!」
壮絶なまでに賑やかな世界だった。
「人、増えたなあ……」
呆気に取られるマルコ。自分の艦の事ながら、それでもちょっと増えすぎだと思う。
いや、そもそも新しい乗員をスカウトした覚えはない。みんな勝手に乗り込んで来た
のだ。
「闘技場があんなになったから、取り合えず乗せて逃げて来たんだけど……」
適当な所で降ろすつもりだったのだが、全員ここまで着いて来たのだ。もちろん、彼
らには彼らなりの理由がある。
「あんたとの決着がまだ着いてないわ。このままじゃスッキリしないから、しばらくあ
んたと一緒にいてあげる。あんたの弱点を見つけて、次は圧勝するわ」
と吠える桜道七華と、彼女を心配した姉が寄こした部下二名。
「灯さんにはお世話になったし、ロマノフの事もあるし、虎穴に入らずんば虎児を得ず
とも言うわ。あえて危険に飛び込むのも一興よ」
「俺は、エレアさんに着いて行きます。たとえ地獄の果てでも」
そして、ディプレクター上海支部の生き残り二人。
「コーネリア兄妹は、君の知り合いのお仲間らしいな。重要参考人として同行…しても
らいたいが、そちらにはそちらの事情があるようだ。同行は勘弁するから、私達も連れ て行ってくれないか。あの兄妹を捕らえる為に、協力してくれ」
「嫌だと言っても着いて行くからな。アニー・コーネリア、あいつだけは絶対に許さな
い!」
そして、気まぐれ風来坊なジャンク屋が一人。もっとも、彼の乗艦にはマルコも助か
っている。
「ロウ、デスフレームの修理は終わったのか?」
「ばっちりだ。光(コウ)ってコンピューターも回復したぜ。まあこっちは、俺は何も
やってないんだけどな」
「すまない。世話になった」
「いいよ。お前には二年前、リトルフレームの件で協力してもらったからな。樹里はプ
ロフェッサーの所に帰したけど、俺はお前達に付き合うつもりだ。いいか?」
「俺は構わないけど、いいのか? お前、もしかしたらもう二度と樹里さん達の所に帰
れないかもしれないぞ」
マルコの仲間になれば、自然とメレアの組織についての情報も知ってしまう。組織の
秘密を外に漏らすわけにはいかない。
「なあに、その時は自分で何とかするさ。俺はジャンク屋、誰にも縛られないし、誰も
縛らないのがジャンク屋の生き方だからな」
「ジャンク屋の生き方、か……」
以前のマルコなら、ロウの無鉄砲な生き方を心の中で笑っただろう。だが、今のマル
コは違う。
「少し、羨ましいな。ロウもバルドルも自分の生き方を見つけて、貫こうとしている」
そしてバルドルは自分の生き方を貫いた。レスキューに人生の全てを賭けて、一人の
女を救って、逝った。その渾身の人生が、ただひたすら眩しい。
「羨ましがる事なんてないだろ。お前にだって出来るさ」
「えっ?」
ロウの言葉に、マルコは心から驚いた。自分みたいなバカな男に。ロウやバルドルみ
たいな生き方が出来る?
「俺も、そしてバルドルって人も、ただ自分の信じる道を突き進んでいるだけだ。お前
はまだその道を見つけていないだけだ。見つけたら、あとはひたすら一直線に突き進 む! お前はそんな奴だと思うぜ。ちょっと影太郎に似ているからな、お前は」
「俺が……影太郎に?」
そう言われると少し嬉しくなるのはなぜだろう? あの男への憧れを認めたからだろ
うか?
「バルドルと言えば、あの人が助けた女の人はどうなったんだ? まだ目が覚めないの
か?」
「ああ。イノリが見ているけど、まだ起きないらしい」
バルドルが命を捨ててまで助けた女、鬼一口こと柚木良子。マルコとの戦いに敗れた
彼女は、マルコによってユニコルンに運ばれ、治療を受けている。
「そうか。お前、あの人が目を覚ましたらどうするつもりだ? バルドルって人の仇を
取るのか?」
「いや。あの女には生きてもらう。バルドルが助けた命を、最後の時まで使い切っても
らう」
マルコは当然の事を言ったつもりだったのだが、ロウは驚いた顔をした。そして、心
の底から嬉しそうに笑って、
「そうか、そうか! いやあ、やっぱり似てるぜ、お前と影太郎は! ははははははは
ははははは!」
「ロ、ロウ、何で笑うんだ? それより、デスフレームの強化案について、聞いて、も
らいたいん、だが」
とても騒がしい、だけど平和な時が流れていく。ユニコルンが戦場に着くまで、あと
九時間。
時が流れるのは早い。夜が明け、太陽が昇ろうとしている。戦闘開始まで、あと三十
分。
戦場として選ばれた村から五キロ離れた東西の両端に、アークロイヤルとユニコルン
が空中停泊している。この戦いに戦艦は参加できない。戦艦に攻撃する事も許されない し、盾代わりにする事も不可。艦とその中にいる者達は、この戦いをただ見ているだけ しか出来ないのだ。
ユニコルンの艦橋で、不動剛馬は酒を飲みながら、モニターを見る。画面には先程提
出されたアキチームのメンバー表が映されていた。ここに記された者だけが、今回の試 練に参加する。メンバー表は戦いが始まる前に提出が義務付けられており、マルコも既 に提出している。
メンバー表には出場する者の名前と、搭乗する機体が書かれている。ここに書かれた
機体以外での出撃は認められない。
「ふん。やはりあちらさんは総力戦で来たか」
剛馬の言うとおり、アキチームは全ての戦力を注ぎ込んできた。アキのライブフレー
ムに夏のストライク撃影、フィアのバスター・Bダガー。戦いには不慣れなユナも、偵 察用に改良したケンタウロスに乗って出てくる。
「いや、こういうジャングルでの戦いでは偵察機の役割は大きい。戦闘には参加しない
だろうが、早めに叩いておかないと厄介かもしれないぞ」
そしてコーネリア兄妹。機動闘技場の時と同じく、二人ともストライクEに乗ってく
るらしい。更に、
「トロヤ・ノワレ。あの小僧もいるのか。これはなかなか強力なメンバーだぞ」
剛馬は機動闘技場でのトロヤの戦いを思い出した。どんな敵に対しても真っ向から向
かっていき叩き潰す、勇猛果敢なバトルをしていた。グリーンフレームの操縦も、なか なかのレベルだった。
「あれは独学で学んだ技術じゃない。いい師匠がついているようだな」
剛馬はトロヤの師匠が、自分の戦友である事を知らない。
「とは言え、こちらのメンバーもいい面子だ。参加人数は七対七でまったく同じ。第一
戦より面白い戦いになりそうだな」
大きな期待と小さな不安を胸に、剛馬は酒を飲む。夜の闇が消えようとしていた。
ジンとバクゥという前大戦のMSの改造機であるケンタウロスは、MSの性能が飛躍
的に向上した現在では、戦闘では役に立たない。だが、ユナの手によって偵察機として 生まれ変わり、一団の『目』として活躍している。
今回の戦いでも、その役割を与えられた。ユナはケンタウロスを先陣に出し、危険を
承知で敵の様子を探る。
「もう戦いは始まっているはず。夜が明けてから十二分が経過したのに、相手はまだ来
ない……。ちょっと不気味ですね。マルコ君、かなり慎重に行動しているのかしら?」
ユナは二年前、モルゲンレーテでリトルフレームの製作を手伝ってくれた少年の顔を
思い出す。いつも影太郎の事を見て、彼の言動になぜかちょっとふてくされていた、生 意気盛りの男の子。
「あの時はまだまだ子供だったけど、男子三日会わずんば、って言いますからね。二年
も経てば成長しますよね。私も気を引き締めないと」
ケンタウロスの高感度センサーに反応。こちらに向かってくるMSを発見した。ジャ
ングルの木々の間を潜り抜け、それでいて速度を落とす事無く高速で向かってくる。
「なかなかの腕ですね。アキさん、敵が動きました。数は一、いえ、二に増えました」
先に来た機体のすぐ後に、新たな反応。先を行く機体の後をピッタリとくっついて走
っている。
「油断しないでください。両方とも腕はいいみたいですよ」
「分かっているわ。油断もしない。あちらのメンバーには私達と同じ、いいえ、私達よ
り強い人もいるし」
返事をしたアキは、マルコチームのメンバー表を見た時の恐怖を思い出す。真っ向勝
負では、恐らくこちらに勝ち目は無い。
『それでも私は戦う。それが私の全てだから』
ライブフレームに乗るアキは、空に向かって信号弾を上げる。数秒後、朝日に負けな
いくらい明るい光がジャングルを照らした。
それが合図だった。トロヤの村を中心に配置されていたメンバーが、手筈どおりに動
き出す。
「行きましょう、お兄様」
「うむ、行こうか。あのマクシーとかいうナチュラルの作戦に従うのは気に入らんが、
これも仕事だ。作戦そのものはまともだし、生きる為には恥辱を我慢しなければならな い時もある」
「さすがお兄様。寛大な御心ですわ。この恥辱、敵を殺す事で晴らしましょう」
ダリウスとアニーの兄妹は、村の東に配置されていた。ユナが発見した二機の敵を迎
撃すべく、ソードストライクEとランチャーストライクEを走らせる。
村の西はトロヤのグリーンフレームが守っていた。だがここにも、
「トロヤさん、敵が来ます! 数は一、まっすぐそちらに向かっています!」
ユナからの急報に、トロヤは気持ちを引き締める。
「来たか……! ちょぅどいい気晴らしになりそうだな」
実はつい先程まで、トロヤは機動闘技場の惨劇を思い出していた。マクシーはトロヤ
のせいではないし、殺されたのは悪党ばかりだから気にするなと言ってくれたが、人が たくさん死んだ事は事実だし、あの惨劇は協力した自分にも責任がある。
「あんな事をやった奴らと一緒に戦うなんて嫌だけど、俺の村をあんな風にしたくはな
いんだ!」
迷いを吹っ切るかのように走るグリーンフレーム。ツインソードライフルのビームソ
ードで木を切り倒しながら、緑色のアストレイはまっすぐ突き進む。
「アキ、こっちには敵が来ないわよ。私、そっちに回ろうか?」
村の南を守っているフィアからの通信に、アキは首を横に振る。
「いいえ、フィアさんは持ち場を離れないでください。村の南はジャングルの木々が茂
りすぎて最も視界の悪い地域です。攻めて来るには最良の場所で、私では対応できませ ん。そこは『スナイパー殺し』のフィアさんしか守れないんです」
遠く離れた敵の殺気さえ察知するフィアの鋭い感覚は、時にレーダー以上の働きをす
る。ジャングルのような視界の悪い場所での戦いでは、彼女の能力は非常に役に立つ。
マルコもフィアの力は知っている。だから守るのが困難な場所にフィアが配置される
事は読んでいるだろうし、そこから攻めてくる事も無い。
「フィアさんはそこにいるだけで、私達を助けてくれているんです。だから今は、そこ
でじっとしていてください」
「了解。でも、そっちが危なくなったら、すぐに行くわよ」
「その時は、よろしくお願いします。でも大丈夫だと思います。今のところ、マクシー
さんの読みどおりですから」
東西同時に攻撃を仕掛けて、こちらの防備を弱め、その隙を突いてくる。マクシーは
マルコ達がそう攻めてくると読み、あえて誘いに乗った。血気盛んなトロヤと、自分の 言うとおりには動かないコーネリア兄妹をオトリに向かわせて、
「そろそろやって来る本命を、私達が叩く。作戦どおりです」
そう、現時点ではマクシーの読みどおりの展開だった。だが、戦争が人の思い通りに
進む事など、滅多に無い。それを良く知っているフィアは、順調すぎる今の展開に不安 を感じていた。
『私の杞憂ならいいんだけど……』
敵を発見したトロヤだったが、その姿を見て驚いた。
「な!? お、俺のグリーンフレームと同じMSだと?」
「こっちも驚いたぜ。まさかもう一機、オリジナルのアストレイがあったなんてな」
【二年前、ヘリオポリスをもう少し探してみれば、あの機体も見つけられたかもしれな
いな。残念だ】
グリーンフレームとレッドフレーム。奇しき縁に導かれた、二体のアストレイが東ア
ジアのジャングルで出会った。
「よお、グリーンフレームのパイロット。名前は確か、トロヤだったな。俺の名はロ
ウ・ギュール。宇宙一のジャンク屋だ」
「ジャンク屋だと? まさか、そっちにはジャンク屋組合が…」
「組合は関係ないぜ。マルコに手を貸しているのは、俺の意志だ。昔、色々と協力して
もらったし、あいつの事は嫌いじゃないからな」
【その程度の関わりで命がけのバトルに参加するのは、どうかと思うがな】
「うるさいぞ、8(ハチ)。そっちにはアキがいるんだろ? あの子とも全然会ってな
かったな。元気にしているのか?」
親しげに通信してくるロウに、トロヤは毒気を抜かれる気分だった。このロウという
男、本気で戦う気があるのだろうか?
「あの子なら元気、だと思う。まだ会ったばかりだから、よく分からないけどな」
「そうか。それならいいさ。元気だったら、いつか会ってじっくり話せるだろう。それ
じゃあ、そろそろ始めようか」
ロウのレッドフレームが身構える。腰に下げていた巨大刀《ガーベラ・ストレート》
を抜き、その刃先をグリーンフレームに向ける。
「あんたに恨みは無いが、ここであんたの相手をするのが俺の役目なんでね。あんたも
そうなんだろう?」
その言葉で、トロヤはロウを侮っていた自分に気が付いた。言動は呑気そうだが、こ
の男の心には揺るがない信念がある。その信念に従って、戦う為にこの場に来たのだ。
「……ああ、そうだ。あんたと戦って、勝つのが俺の役目だ」
トロヤの心から迷いが消えた。機動闘技場の惨劇も、今だけ忘れる。余計な事に気を
取られていては真剣に戦おうとしている相手に失礼だし、そんな気持ちで勝てる相手で はない。
【ロウ、あのMSは手強いぞ。何となくだが、闘技場の時より厄介な相手になった気が
する】
「へえ、お前もそういう微妙な感じが分かるようになったのか。七華のサポートをさせ
たのも無駄じゃなかったみたいだな」
【確かに、彼女のサポートをするのは大変だった。そういえば彼女も出ているのだった
な。私がいなくて大丈夫だろうか?】
「大丈夫だろ。あっちにはお前より優秀なサポートがついているからな。おっと、向こ
うが堪え切れなくなったみたいだ。来るぞ!」
「来い、赤いグリーンフレーム! って、何か変だな。まあ、いいか。うおりゃあ!」
先手はグリーンフレームだった。一気に距離を詰めて、ツインソードライフルの二連
ビームソードを真上から振り下ろす。
「ととっ、危ない、危ない」
軽やかにかわすレッドフレーム。今度はこちらの番だ、と《ガーベラ・ストレート》
を横一文字に振るう。
「うおっと!」
だが、グリーンフレームはこれを見事にかわした。ロウよりも無駄の無い、訓練され
た動きだった。
「やるな。さすが、機動闘技場でベスト4まで勝ち残っただけの事はあるぜ」
【ロウ、少し楽しそうだな】
「ああ、楽しいね。俺はジャンク屋だからな。ケンカとトラブルはジャンクの華、お宝
を手に入れる為なら、どんな奴にも負けないぜ!」
【ただの負けず嫌いか。そういうところは二年前からまったく成長していないな】
呆れながらも、8(ハチ)はロウを見放さない。熱く戦うロウは嫌いではなかった。
一方のトロヤも燃えていた。一瞬の攻防だったが、それだけでロウの力量が分かった
からだ。
「こいつ、強い……! 今まで戦った誰よりも強いかもしれない」
トロヤは戦士だが、決して戦闘狂ではない。それでも彼は強い敵との戦いを望み、闘
志を燃やしてしまう。これは理屈ではない。戦士の本能であり、彼自身が望んで受け入 れた宿命だった。
レッドフレームとグリーンフレームの戦いが始まった頃、コーネリア兄妹も敵と遭遇
していた。敵の二人は、兄妹にとって因縁の相手。
「また会えたな、ダリウス、アニー。今度こそ決着をつけてやる!」
怒りを隠そうとしないシュウが乗るエールストライクEと、
「落ち着け、シュウ。今度はこいつ等も逃げやしない。じっくり戦って、勝ってやろう
じゃないか」
冷静に振舞うジョナサンのウィンダム。
「ふっ。私達に勝つだと? ひ弱で愚かな下等生物のナチュラルの豚の分際で、超人と
も言うべきコーディネイターである私達に勝つ? 寝言は寝てから言いたまえ」
優雅に、いや尊大に振舞うダリウス。これは半分は本心、半分は策略だ。
ダリウスに侮辱されたナチュラルは例外なく怒りで我を忘れて、ダリウスを狙ってく
る。その単調な動きをアニーが読んで兄を守り、攻撃を防がれた敵が動揺したところを ダリウスが攻撃して、とどめを刺す。この戦法で、コーネリア兄妹は多くのナチュラル を殺してきた。
「ああ、そこのシュウとかいうナチュラルは、もう寝ているようなものだった。技術も
未熟なら、知能も精神も未熟。そんな事だから大事な支部長を殺され、我が妹には手酷 く振られたのだ。くっくっくっ、無様だな」
ダリウスはシュウに狙いを定めた。シュウはただでさえ単純な上、アニーとの過去が
ある。アニーの兄で、パイロットとして密かに憧れていたダリウスに馬鹿にされれば、 絶対に怒るはずだ。料理しやすい相手である。
「香港では殺し損ねたが、今度は確実に殺してやる。光栄に思いたまえ。下等なナチュ
ラルの豚が、私の手によって葬り去られるなど、望んでも得られない幸運だぞ」
「お兄様、シュウは私に殺させてください。こんな身の程知らずのクズ、お兄様が殺す
価値なんてありませんわ」
兄に続き、妹もシュウを挑発する。絶妙なコンビネーションである。
「そうか。では、お前に任せよう。ああ、可哀想に、シュウ・スメラギ。失恋した相手
によって殺されるなんて、何という不幸。いや、お前のような豚には相応しい最期か。 あははははははははは!」
高笑いで挑発を締めくくるダリウス。これでシュウの心は、コーネリア兄妹を殺す事
しか考えられなくなったはず。あとはこの単純バカをどう殺すか、
「…………ふっ」
「!?」
意外な反応に、ダリウスは驚いた。シュウは笑ったのだ。それも単なる笑いではな
い。相手を完全に見下す笑い、嘲笑だった。
「驚きましたね、アーケンスさん。何から何まで、マルコの予想どおりですよ」
「いや、細かいところは違うぞ。あの子の予想では『豚』という単語は入っていなかっ
たし、アニーはもっとお前を馬鹿呼ばわりしたはずだ」
「ああ、そういえば。それでも大したものですよ。アーケンスさんの言ったとおり、あ
の子は只者じゃありませんね。いや、子供にでも予想できる程度の挑発しかできないこ いつ等がバカなのかな?」
「恐らくその両方だ。まったく、笑いを堪えるのが大変だったぞ」
「俺もですよ。最後まで堪えた自分を褒めてあげたい」
ジョナサンもシュウも、まったく怒っていない。むしろコーネリア兄妹のボキャブラ
リィの低さを侮辱して、哀れんでいる。
「な、何だ、お前達は。今のは一体、どういう意味だ!」
答えが分かっている事を聞くダリウス。分かっていても、尋ねずにはいられなかった
のだ。
そしてシュウは、予想どおりの答えを返す。
「お前ら性悪兄妹が俺達を、特に俺を狙って挑発する事は読まれていたんだよ。だから
こっちもそれを読んで、事前に挑発の内容を予想していたんだよ。そしてお前達が潜ん でいそうな場所に、あえて俺達を送り込んだ。お前達の注意を引き付け、村の守りを手 薄にする為にな」
「それでも、挑発の文句がまさかここまで一致するとは思わなかった。マルコ・フィオ
ーレ、あの子には予想屋の才能があるのかもしれないぞ。今度の競馬も予想してもらお うかな?」
軽口を叩くジョナサンだったが、コーネリア兄妹の方はそれどころではなかった。
自分達がおびき出された事は、まあいい。相手がそうする事はマクシーも読んでいた
し、あえてそうしろとも言われていた。作戦の読み合いでは、こちらが一歩リードして いるはずだ。
だが、自分の思考が読まれた事は許せなかった。マルコは下等なナチュラルで、しか
もまだ子供だと聞く。自分より遥かに未熟なはずの子供に自分の考えが読まれ、自分が 何を言うのかさえも予想されてしまった。これはナチュラルとかコーディネイターとか 関係なく、大人として最大級の屈辱だった。
プライドの高いダリウスが、この屈辱を受け入れるはずが無い。彼は生涯で最大級の
怒りを抱いた。
「…………アニー、この二人を殺すぞ。その後はマルコという小僧を殺す。私のプライ
ドを踏みにじった愚かな豚のガキを、八つ裂きにしてやる!」
「ええ、お兄様。お兄様を侮辱した者は、誰であろうと許さない。私が消して差し上げ
ますわ」
怒りを燃やすコーネリア兄妹。挑発合戦はシュウとジョナサン、いやマルコに軍配が
上がった。
「さて、ここからだな。シュウ、覚悟はいいな?」
「覚悟なんて、上海を出た時から出来てますよ。それにマルコからも頼まれましたから
ね。この二人は村には行かせません。俺の命に代えても、必ず!」
「やれやれ。会ったばかりの子供の為に戦うとは、お前も酔狂な男だな」
「それはアーケンスさんもでしょう。それに、ディプレクターは正義の味方。正義の味
方は、子供の頼みを聞くものです」
シュウのディプレクターこそ正義だとする考え方は、ジョナサンはあまり好きではな
かった。だが、この時だけは共感した。
「そうだな。詳しい事情は良く分からんが、それでも子供を守るのが大人の仕事だ。一
つ、張り切ってやるか」
笑みを浮かべるジョナサン。体の奥から、熱いものが込み上げてくる。
村の北側を守っているのは、ライブフレーム一機のみだった。チームの大将格とも言
うべき存在が腕を組んで、孤独に立っている。
罠の気配は無い。本当に、ただ一機のみ。無防備とも言える状況だが、それが逆に怖
くもある。
ライブフレームの操縦席の中で、アキはじっと待っていた。目を閉じて、体も動かさ
ず、ただ待ち続ける。
【アキ。俺、もう飽きたんだけど】
「………………」
痺れを切らした人工知能にも、アキは答えない。
【無視するなよ。今までずっと一緒に戦ってきた仲じゃないか】
「…………………………」
【おーい、アキさーん、聞こえてますかー? あなたの相棒の闇(アン)さんですよ
ー。聞こえませんかー? 聞こえていなかったら、返事をしてくださーい】
「…………………………………………」
【ちっ、俺の超一流のパーティージョークにも反応しないとは。まったく、これだから
人間って奴は。自分勝手でワガママで、何考えているんだか分からなくて】
「その言葉、そちらにそっくりお返しします」
【うおっと】
いきなり口を開けたアキに、闇(アン)はかなり驚いた。
「人工知能が驚くなんて、珍しいものを見ました。ありがとうございます」
【うるさい。それより、そろそろ動かなくていいのか? 他の連中は手筈どおりに動い
ているみたいだぞ】
「ええ、全て予定どおりです。こちらもそろそろ、ですね」
アキが口を開いたのは、闇(アン)に答える為ではない。間もなく来るであろう敵を
迎える為だ。
そして、彼女の敵が来た。
ライブフレームと同じ顔、同じ体のMS。違うのは機体の色。ダークグリーンとダー
クブルーに塗られたその体は暗く、重い印象を相手に与える。紫とオレンジという派手 な色をしたライブフレームとは正反対だ。
「来ましたね、デスフレーム。マルコ・フィオーレ」
アキは相手の名を呼ぶ。待ち望んでいた相手だった。
「ふうん。俺がここに来る事を読んでいたのか」
返事をするマルコ。こちらはアキ程、再会を望んでいた訳ではない。それでも会わな
ければならない相手だった。
「ええ。私がここにいる以上、あなたが来るのが最良の手ですから」
確かに、驚異的な再生能力を持つライブフレームと戦うなら、絶大な攻撃力を誇るデ
スフレームが一番相性がいい。
「やれやれ。考えが読まれるというのは、あまりいい気分じゃないな。そちらには、い
い軍師がついているみたいだな」
「向こうから接触してきました。あなたも知っている人です。この戦いが終わったら教
えてあげます」
「それはどうも。それで、俺達はここで戦うのか?」
「あなたが望むなら、全力で戦います」
二人の間に、冷たい空気が流れる。
「正直に言おう。俺はお前と戦うつもりは無い」
「私もです。今回はあなたと戦わなくても勝てますから」
そう、今回の試練の勝利条件は、村の中心部にたどり着くか、村を守り抜く事。わざ
わざ難敵と戦い、傷つく必要は無いのだ。
とはいえ、ライブフレームもデスフレームも強力な機体だ。動き回られて味方の邪魔
をされては困る。
「だからお前には、ここでじっとしていてもらいたいんだが」
「構いませんよ。こちらもそのつもりでしたから」
仲間達を戦わせて、自分達は戦わない。臆病者の行動に見えるが、お互い仲間達には
説明してあるし、
「俺が戦わなくても、あいつ等なら必ず勝つ」
「それはこちらの台詞です。私の仲間は負けません」
「ふん。コーネリア兄妹のような奴らを仲間にするとは、お前も手段を選ばなくなって
きたな。一回勝ったくらいで調子に乗っているんじゃないのか?」
「あの二人は仲間などではありません。単に雇っただけです。そちらこそ、随分と人を
集めたみたいですが、他人の力を当てにしすぎていませんか?」
「あいつ等が勝手に集まってきたんだ。まあ当てにしすぎというのは、そうかもしれな
いが……」
マルコは二人の男の顔を思い浮かべた。二年前、正義の味方になろうとして戦い抜い
た生意気な少年と、レスキューに命を懸けて燃え尽きた男。
どちらも優れた能力を持っていたが、自分の力の限界も知っていた。自分一人だけで
は何も出来ない。だから宇流影太郎は仲間を大事にして、バルドル・カッフェは仲間を 集めてレスキュー隊を作ろうとした。
「人に頼るのは悪い事じゃない。一人で出来ない事も出来るようになる。今回の試練の
ようにな。だから俺は、今回は仲間を信じて全てを託す事にした。メレア様の期待に背 くかもしれないが、それでもやる。これは俺が、俺に与えた試練だ」
「…………………………」
アキは少し驚いた。以前のマルコはメレアへの忠誠を第一としており、彼の意に背く
など考えもしなかっただろう。僅かな間に、マルコは大きく変わった。それが嬉しい反 面、彼が変わる瞬間を見られなかった事が寂しかった。
「そうですか。でも、あなたの仲間は失敗します。こちらにもいい仲間がいますから」
仲間を信頼する心は、アキも負けてはいない。静かな二人の対峙の中、人工知能は少
し震えを感じた。
【震え、だと? いや、ライブフレームはまったく揺れていない。物理的な震えではな
い。これは何だ? なぜ俺は震えている?】
【それは恐怖だよ、闇(アン)】
【光(コウ)! お前、直ったのか?】
【ロウが修理してくれたんだ。自己修復機能も働いていたから、いずれは直っただろう
けど、こんな早く直ったのは彼のおかげだよ】
【そうか。安心した。俺の本体はあくまでお前、デスフレームにあるからな。お前が壊
れたら俺も終わる。それで、俺が震えているのは恐怖とは、どういう意味だ?】
【言葉どおりさ。闇(アン)、君はマルコとアキを恐れているんだ。自分の考えを超え
るくらい成長している二人に、人間の可能性に怯えて、憧れている】
【……………………】
【否定や沈黙は無意味だよ。僕と君は一つの存在なんだから】
【そうだったな。じゃあ俺の恐れは、お前の恐れでもある】
【うん、僕も怖い。これからこの二人は何をするのか、どこまで成長するのか、そして
僕達はそれに付いていけるのか。考えたら凄く怖いよ】
【二人が成長すれば俺達のサポートは要らなくなり、俺達の存在価値が無くなるかもし
れない。だから怖いのか?】
【そうかもしれない。けど、そうじゃないかもしれない。僕達が本当に恐れているのは
何?】
【それは、人間そのもの】
【人間の無限の可能性】
【人間は何も出来ない。コンピューターである俺達より劣る存在】
【でも僕達は人間によって作られた。そして人間は、今も成長している】
【俺達は成長しているのか?】
【学習はしている。でも、『学習』と『成長』は別】
【分からない】
【分からない】
【分からない】
【分からない……】
人一人いない村の中心部。そこに現れた小さな影、一つ。
「思ったより簡単だったわね。マルコは注意しろって言ってたけど、あいつ、私を甘く
見すぎ。怪盗レインボースター、まだまだ現役よ」
「クーン、クーン」
桜道七華の頭の上に座るレウが、不安げに鳴く。
「大丈夫よ、レウ。本番はこれからだって分かっているから。さあ、そろそろ出て来な
さい。出ないと撃つわよ!」
リトルフレームの《ヒナワ》が、左方向に銃を向ける。その付近の景色が歪み、黒い
MSが姿を現した。
「驚いたでござるな。撃影のミラージュコロイドは完璧だったはずでござるが」
「私をナメるんじゃないわよ。泥棒は気配には敏感なの。そうじゃなきゃ、すぐに捕ま
っちゃうわ。もちろん訓練もしたけど」
多くの軍事基地に忍び込み、機体を盗み出してきた怪盗レインボースターこと桜道七
華。闇の世界で磨き上げられたその感覚の鋭さは、二年間の修練を経て、武道家である 宮城夏や、プロの傭兵のフィアにも匹敵するまでに至っていた。
「なるほど。貴殿を少々侮っていたようでござるな。猛省いたす」
「相変わらず堅苦しいわね。それで、これからどうするつもり? 大人しく退いてくれ
るなら見逃してあげるけど」
「それは出来ぬ。拙者、このチェックポイントを守るよう、アキ殿に頼まれているので
ござる」
「やっぱりそうか。あいつの読みどおりの展開ね。腹が立つわ」
チェックポイントを守る最後の砦の役は、最強の駒となる。アキのチームで最強のパ
イロットは、距離を置いた戦いなら『スナイパー殺し』のフィア、持久戦ならライブフ レームのアキ。だが、総合的に見れば、
「多くの戦場で戦い抜いて、勝利してきたシャドウ・セイバーズのリーダー、サムライ
レディこと宮城夏。確かにそうよね。私でも自分を守らせるなら、こいつにするわ」
夏が乗る撃影は二年前に造られたストライクの改造機で、性能は現代の最新MSに劣
る面もある。が、夏の剣技は性能の差をあっさり埋めて、多数の敵を葬ってきた。その 活躍ぶりは、七華も耳にした事がある。敵にはしたくない女だったが、
「まあいいわ。あんたの相手をするのは私じゃないし」
そう言った七華の後ろから、新たなMSが現れた。黒い悪魔を思わせるその機体の名
はベルゼルガ。夏にとって、忘れる事が出来ないMSだ。
「そのMSは不動剛馬の……ではないな。乗っているのは別人でござるか」
わずかに落胆する夏。二年の間に修練を積んだ夏は、気配だけで相手が剛馬でないと
分かってしまった。
「あらら、バレちゃった。もうちょっと持たせなさいよね」
「いや、そんな事を言われても、具体的にどうすればいいのか分からないし」
困り果てるレオ。マルコからも剛馬の振りをして、夏の動揺を誘うように言われてい
たのだが、
「バレちゃ仕方ないわ。私も手伝ってあげるから、あんたも頑張りなさい」
「結局こうなるのか。やれやれ、二対一というのは趣味じゃないんだけど」
帰ったらまたイノリにキツい事を言われそうだと思いつつ、レオは戦闘態勢に入る。
ベルゼルガの性能は、ストライク撃影より遥かに上だ。それにリトルフレームもサポー トしてくれる。いくら相手が宮城夏でも、負ける要素は無い。
ユニコルンの艦橋。
「レオと七華も始めたか。相手は恐らく夏だな。これで敵は七人全員が……ん?」
メンバー表が映っているモニターを見た剛馬は、酒を飲みすぎたか、と自分の目を疑
った。アキチームのメンバー表の一番下、空白の箇所に文字が書き込まれていく。
「数の上で有利になったと思っているのなら、訂正する事を進めるでござる」
とレオと七華に忠告する夏。強がっている様子は無い。
「ふうん。私達二人ぐらい、自分だけで充分って事かしら。ホント、ナメられたもの
ね」
「そうではござらん。数の上でも互角と言っているのでござる。拙者達、少々インチキ
をしたので」
「インチキなんかじゃないわ。あれは裏技みたいなものよ」
突然、聞き慣れない女の声が響いた。そして足元の大地が割れて、村の地下から巨大
な機影が現れた。MSのような人型ではない、それは、
「モ、モビルアーマー!?」
その機体の名はドグマドー。二年前に影太郎達と戦ったMAの同型機だ。円盤型の巨
体の前と後ろにそれぞれ二本ずつ、大きなハサミを宿した腕を持ち、昆虫のような八本 の脚で歩く異形の機体。
この巨大MAの操縦席に座っている者こそ、アキ達の切り札。
「ええ、あれはインチキじゃないわ。正当な裏技よ! 誰にも文句は言わせないわ」
「カテリーナ殿、そうは言うが、やはり拙者は納得できないでござる。それにあのトリ
ックがバレたら…」
「あんな小細工、メレア様ならメンバー表を出した時点で気付いているわ。そろそろ私
の名前も出る頃ね。それでも中止しないんだから、メレア様は認めているのよ」
「そうなのでござるか? 拙者には、そのメレアという人の考えが理解できぬでござる
よ。明らかな不正を見逃すなど…」
納得できない様子の夏だったが、それでも戦いを放棄するつもりはないようだ。撃影
は刀の柄に手をやり、刃を抜こうとしている。
ドグマドーも、その巨腕のハサミをリトルフレーム達に向けている。これで二対二に
なったわけだが、
「これはちょっと、ヤバいかもしれないわね……」
自信満々だった七華の額に冷や汗が浮かぶ。レオも同様だった。
「やってくれたな、アキ・ミツルギ。勝つ為には手段を選ばないそのやり方、どこぞの
誰かを思い出すぞ」
ほくそ笑む剛馬。メンバー表のプログラムの仕掛けは、時限式で実に単純なものだっ
た。気付かなかったこちらが悪いと言われても、仕方が無い。
「まあいいさ。こっちだってインチキをしているようなものだしな。なあ、マルコ?」
マルコチームの七番目のメンバー。そろそろ彼が動き出す頃だ。
「インチキ対インチキ。この戦い、勝利の女神はどちらに微笑むのかねえ? くっくっ
くっ、あー、酒が美味い」
(2009・1/24、前半掲載 1/31、後半掲載)
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