第40章
 恐るべきネメシス

「な、何て大きなMAなんだ……」
 ドクマドーの威容にレオの心が竦(すく)む。
 彼が乗っているベルゼルガは性能的にはドクマドーと互角、いや勝っている部分も多
い優秀な機体なのだが、高性能すぎるこの機体をレオは使いこなしていない。それはレ
オ自身も分かっている為、レオは必要以上に敵を恐れてしまうのだ。
「ドグマドーか。私は見るのは初めてだけど、リトルフレームには懐かしい相手なのよ
ね、レウ?」
「ワン!」
 七華の頭の上でレウが賛成するように吠えた。レウもドグマドーと会うのは初めてだ
った。二年前、影太郎が駆るリトルフレームがドグマドーと戦った時、レウは七華と一
緒に別の場所にいたのだ。
「噂には聞いてたし、デザインが面白いから手に入れようと狙っていたんだけど、戦争
が終わって探しても見つからなかったのよね。ルキーニの奴、『探しても無駄ですよ。
ドグマドーはもう全て解体されました』なんてテキトーな事言って。今度会ったら、あ
の時の調査費用、返してもらうわよ」
 ロクな仕事をしなかった情報屋にグチる七華。そんな事を言っている間にも、敵は迫
っているのだが。
「と、独り言に夢中になってる場合じゃなかったわね。レオ、あんたはあのデカブツを
お願い。ベルゼルガのパワーなら、あのMAにも引けは取らないはずよ。イノリにいい
とこ見せるチャンスよ」
「わ、分かりました。でも、一言余計です。俺とあいつはそういう関係じゃ…」
 反論しようとしたレオの眼前に、ドグマドーの巨大バサミが迫る。
「うおっと!」
 ギリギりでかわすベルゼルガ。PS装甲なので挟まれても傷は付かないが、敵に捕ま
るのは避けたい。
「思ったより動きが速いな。このMAのパイロット、なかなかの腕だぞ」
 レオはそう評価したが、実はドグマドーのパイロットは、これが初の実戦である。
「だ、大丈夫。訓練はバッチリやったし、アキちゃんだって私には才能があるって言っ
てくれたし、それにあいつだって技術者のくせに一流のパイロットなんだもん。私、あ
いつにだけは負けたくないのよ!」
 ここにはいない男にライバル意識を燃やすカテリーナ。許せない男、ムカつく男、だ
からこそ追いつき、そして追い越したい男。あの忌々しいデューク・アルストルに勝つ
為にも、この戦いは負けられない。
「ええ、そうよ。私は負けないわ。最後の砦を守る重要なポジションを任せてくれたア
キちゃんの信頼に応えたいし。将来の娘を泣かしたら、母親失格だわ」
「カテリーナ殿はアキ殿の事を認めているのでござるな。普通の母親は、息子の恋人を
嫌うと聞いているのでござるが」
「夏ちゃん、私はそこまで分からず屋じゃないわよ。それにあの子をマルコの相手に選
んだのは私だし。あの二人、遺伝子の相性がピッタリなのよ。アキちゃんは、きっとフ
ィオーレ家の栄光の歴史を継ぐに相応しい子供を産んでくれるわ。だからアキちゃんと
は仲良くするの。嫁姑問題なんてやってる程、私は暇じゃないしバカでもないのよ」
「ふうむ。褒めるべきなのか説教すべきなのか、迷うでござるな」
 返答に困る夏だったが、カテリーナの緊張が解れた事を確認すると、自分の敵と向き
合う。敵はアストレイ・リトルフレーム、パイロットは桜道七華。
「いや、怪盗レインボースターと呼ぶべきでござるか。影太郎殿を嫌っていた貴殿がそ
のMSに乗るとは、縁とは不思議なものでござるな」
「そうね。私もそう思うわ。だからこそ負けられないのよ。あいつにこのリトルフレー
ムを返す、その時まではね」
「ワン!」
 七華もレウも、闘志をむき出しにする。その熱い心を、夏はストライク撃影のコクピ
ットで感じ取った。
「ふふっ、戦う意志を向けられるのは、心地よいものでござるな。あちらのベルゼルガ
のパイロットとは全然違うでござる」
 レオと呼ばれるベルゼルガの操縦者にも、闘志はある。熱さを感じない、弱々しいが
力は感じられるという奇妙な闘志だった。
 第一の試練の時は分からなかったが、今ではレオの奇妙な闘志がはっきり分かる。他
人の意志を感じ取る。それは自分の心と向き合い、成長させたという事。夏の心は以前
より強くなっているのだ。
「短い間にも色々あったでござるからな……。アキ殿の為にも、拙者も負けられないの
でござるよ。いざ、尋常に勝負!」
 撃影が愛刀《タイガー・ピアス》を抜く。対MS用小太刀の刀身は、美しくも危険な
輝きを放つ。
「まずは小手調べでござる」
 撃影の姿が消えていく。ミラージュコロイドを発動させたのだ。
「ふーん。そうやって姿を隠して不意打ちするつもり? サムライレディと言うよりニ
ンジャレディね」
「ワン、ワンワン!」
「分かってるわよ、レウ。この女はそういう戦い方はしないわ」
 二年前の未熟だった頃とは違う。幾多の死線を潜り抜けて成長した夏は、姑息な戦法
などに頼る必要は無い強さを身に付けている。だとしたらこれは、
「本当に、ただの小手調べみたいね。私の力を試すつもりかしら。だとしたら、見くび
られたものね」
 七華は神経を研ぎ澄ませる。MSのレーダーやセンサーは使わない。怪盗として、多
くの警戒厳重な設備に忍び込み、伝説を築き上げた世界一の盗賊としての感覚は、機械
よりも速く、正確に敵の動きを察知する。
「ぶっちゃけ、ただのヤマカンなんだけど…」
 リトルフレームの正面に、突如現れた撃影。鋭い小太刀を振り下ろすが、リトルフレ
ームは余裕でこれをかわした上、撃影の腹に蹴りを入れた。
「当たる確率が100%なら、問題無いわよね」
 蹴りの衝撃で、わずかに揺らぐ撃影。だがすぐに持ち直す。
「なるほど。そのMSに乗る為の最低限の力はあるようでござるな。なかなかのもので
ござった」
「そっちこそ、ほんの少しの動きでこっちの蹴りを受け流したくせに。やるなんてもん
じゃない、一流の武道家の動きだったわ。MSをそんなに器用に、ううん、微妙に動か
せるなんて信じられない。力任せの戦闘バカより厄介だわ」
 リトルフレームの蹴りは受け流されて、威力は半減。撃影にダメージを与える事が出
来なかった。
 夏の操縦には一切の無駄が無い。ほんの些細な動きさえ、次の攻撃や防御の布石とな
っている。あるいは、全ての動きを布石にして、対応しているのか。だとしたら夏の操
縦テクニックは『上手い』といレベルではない。彼女の操縦は『強い』。
「あー、もう、こんなとんでもない奴と戦わされるなんて、とんだ貧乏くじだわ。相方
は全然頼りにならないし」
 レオのベルゼルガは、ドグマドーの猛攻をかわすので精一杯だった。とてもこちらを
援護する余裕は無い。
「私にこんなバカな事をやらせるなんて、マルコの奴、帰ったら文句言ってやるわ。う
うん、一発引っぱたいて…」
「クーン、クーン」
「ああ、ごめんなさい、冗談よ。マルコとはケンカなんてしないから、そんな哀しそう
な声を出さないで。ったく、レウ、あんたマルコの事、そんなに気に入ったの?」
「ワン!」
 元気良く返事するレウ。七華は複雑な気持ちになった。
「やっぱりあいつ、引っぱたいてやるわ。二発、ううん、三発ね」



 レッドフレームとグリーンフレーム。同じ地で生まれながらもまったく違う道を辿っ
てきたアストレイ達の戦いは、白熱したものになっていた。
「はあっ!」
 ロウのレッドフレームが、愛刀《ガーベラ・ストレート》を振り下ろす。しかしグリ
ーンフレームはこの剣筋を見切り、余裕でかわす。
「今度はこっちの番だ!」
 吠えるトロヤ。グリーンフレームの反撃は、ツインソードライフルによるものだっ
た。銃身の上下に装備されたビームサーベルで切りかかり、かわしたレッドフレームを
ビームライフルで銃撃。独特な武器を巧みに使いこなして攻撃するが、レッドフレーム
にはかわされてしまった。
「ととっ、危ないな。ビームが木に当たったら大火事になるぞ」
「消火剤はたっぷり積んでいるから、火が点いてもすぐに消せるさ。ジャングルで戦う
のなら、それくらいの準備はしないとな」
【なるほど。機動闘技場の時より、グリーンフレームの動きが若干鈍いのは消火剤のせ
いか。ジャングルを火事にしたくないのならビーム兵器など使わなければいいのに、お
かしな奴だな】
 8(ハチ)の言うとおりだが、これには事情がある。ゲリラ達にツインソードライフ
ルを作らせ、グリーンフレームに装備させたのはマクシー・ミガゲノだった。彼はこの
武器をトロヤに与えた時、こう言ったのだ。
「このジャングルを守りたいあなたにとって、この武器は適さないでしょうね。ビーム
兵器は火を点けやすいから、一歩間違えば大惨事を引き起こす。でもだからこそ、あな
たに与えるの。この危険な武器を使いこなせるようになれば、あなたも少しは落ち着く
でしょう」
 その血気盛んな性格から『密林のファイヤーボール』と呼ばれ、仲間からも慕われつ
つ恐れられているトロヤ。そんな彼にマクシーは、ビーム兵器という鎖を付けて、無闇
に暴れないようにしたのだ。
「最初は怒ったけど、今では師匠には感謝してるぜ。おかげで少しはマシに戦えるよう
になった!」
 トロヤにとってマクシーは、力を与えてくれた師であり、未熟な自分を変えてくれた
恩人だ。だからトロヤは、マクシーには逆らわない。たとえ闘技場での殺戮とこの戦い
に、ほんのわずかな疑問を抱いていても、
「それでも俺は師匠を信じる。それが俺の戦いだ!」
 トロヤはマクシーを信じる道を選んだ。
 グリーンフレームが走る。槍状にしたライフルで、レッドフレームを貫こうとする。
【単純な突撃だ。かわせるぞ、ロウ】
「いや、かわすだけじゃ物足りないな。それにかわしてばかりじゃ、あいつには勝てな
いだろ」
【どうするつもりだ?】
「こうするのさ!」
 ロウは《ガーベラ・ストレート》の鞘を投げた。向かってきた鞘を、トロヤはビーム
の刃であっさり切り裂く。
 だが、鞘を切り落とした向こう側に、レッドフレームの姿は無かった。と同時に、グ
リーンフレームのセンサーは上空から迫る影を捉える。
「上か! 逃げ場の無い上に逃げるなんて、頭悪すぎるだろ!」
 トロヤはツインソードライフルをライフルモードに切り替える。これで落ちてくる敵
を狙い撃てば、こちらの勝ちだ。
 だが、上空にレッドフレームの姿は無かった。空を飛んでいるのは、レッドフレーム
のバックパックだけ。
「そ、そんな!? あの赤いアストレイはどこに?」
 グリーンフレームのレーダーもセンサーも、レッドフレームの姿を捉えていない。反
応は上空から落ちてくるバックパックだけ、
「!」
 ロウが鞘を投げてから、トロヤが真相に気付くまで、わずか五秒。たった五秒で見抜
かれたトリックは、実に単純なものだった。
【気付かれたようだな】
「みたいだな。ま、当然だろ。所詮は子供のアイデアだからな」
 最初にバックパックを空に飛ばした後、レッドフレームがバックパックの影に隠れる
ように高く飛ぶ。バックパックとレッドフレーム本体が垂直線上に飛べば、レーダーを
誤魔化せる。もちろん、わずかなズレも許されない。この戦いが始まる前にマルコが考
案した、単純な割に、難易度の高いトリックだった。
【だが、あいつの懐に潜り込むには】
「充分!」
 レッドフレームはグリーンフレームのすぐ前に着地した。そしてグリーンフレームの
両手を掴み、その動きを封じる。
「うっ、な、何だ、こいつのパワーは? 同じMSなのに、あっちの方がパワーは上な
のか?」
「悪いな。バックパックに着脱機能をつける際に、少しだけ改造したのさ。試作型の超
小型パワーローダー、まだまだ不安定だが、お前を抑える程度なら充分だぜ」
 勝負あり。ロウの勝利とは、敵を倒す事ではない。
「俺はジャンク屋だからな。こんなに凄いお宝は壊さない。グリーンフレーム、ゲット
だぜ!」
【図々し過ぎる気もするがな】
 8(ハチ)のツッコミは無視された。お宝を手に入れたロウだったが、浮かれてはい
なかった。確認したい事があったからだ。
「俺の予想、外れてくれればいいんだが……」



 シュウとジョナサンのディプレクター組とコーネリア兄妹との戦いは、二対二ではな
く、一対一の戦いが二つ行われている様相になっていた。
「シュウ、下等なナチュラルの分際でこのダリウス・コーネリアを侮辱した罪、万死に
値するぞ! 殺す、生意気なマルコ・フィオーレの前にまず貴様を殺す!」
「上等だ。殺せるものなら殺してみろ、ナチュラルの子供にも見抜かれるような底の浅
い男が!」
 ダリウス・コーネリアのソードストライクEが《シュベルトゲベール》を振りかざし
て、シュウ・スメラギのエールストライクEに襲い掛かる。シュウ機は軽快にジャンプ
して、敵の斬撃をかわす。
「お兄様!」
「おっと、お前さんの相手は俺だ。おじさんは血の気の多いクソガキより、若い女の子
を相手したいんでね」
 兄を助けようとしたアニー・コーネリアのランチャーストライクEの前に、ジョナサ
ンのウィンダムが立ちはだかる。
「元大西洋連邦のナチュラルめ、邪魔をするな!」
 ランチャーストライクEの背部パックに装備された350oガンランチャーからミサ
イルが発射された。しかしウィンダムのビームサーベルが一閃、ミサイルを全て切り落
とした。
「そ、んな……!」
「このウィンダムを甘く見るなよ。量産機とはいえ、スペックでは二年前のストライク
にも負けてないんだ」
 確かにウィンダムは高性能機だが、並のパイロットではその性能の高さを活かしきれ
ず、落とされる場合が多い。意外とじゃじゃ馬なウィンダムを見事に使いこなしている
ジョナサン・アーケンス、やはり只者ではない。
「くっ、下等なナチュラル風情が、私とお兄様の邪魔をするな!」
「『下等なナチュラル』か。気になっていたんだが、お前さん、本気でそう思っている
のか? 兄貴の寝言を繰り返しているだけじゃないのか?」
「何ですって……。ジョナサン・アーケンス、貴様、私を愚弄するつもりか!」
「そんなつもりは無いさ。けどなアニー、お前、俺の知っている女に少し似ているんだ
よ。弟をコーディネイターに殺されて、全てのコーディネイターを憎んだ女に」
 ジョナサンの記憶に刻まれたその女の名は、レナ・イメリア。『乱れ桜』と呼ばれる
地球連合のエースパイロットである
「あいつ、キツいところもあるけど、本当は凄く優しい女だった。それなのに無理して
戦って、敵を殺しまくって、けどそれまでの戦いが全部ダブルGに仕組まれた事だった
って知って、凄く落ち込んで……。俺が一緒にディプレクターに行こうって誘っても、
意地を張って来なかった。いい女なんだが、堅物すぎるのがなあ」
「その女と私が似ているですって? どこが! 私はダブルGの事でショックなど受け
なかったし、堅物でもないわ。お兄様と一緒に戦って…」
「兄貴の意のままに動く人形か。そういう無理すぎる生き方をするのも、一種の堅物だ
よな。シュウと一緒にいた頃のお前は、いい顔してたぜ」
「あれはお芝居よ。シュウの事なんて、何とも思っていないわ」
「芝居で心から笑える程、器用な女じゃないだろ、お前は。もっと素直に生きてみたら
どうだ?」
「私は素直に生きているわ。お兄様の為に生きる、それが私の素直な気持ちよ!」
「ダメだこりゃ。兄貴もバカなら、妹もバカか。しかも死ななきゃ治らないレベルのバ
カか? 残念だ、裏切り者とはいえ同僚は殺したくないんだがな」
「そういう台詞は、私を殺してから言いなさい!」
 怒りを露にするアニーの連続射撃を、ジョナサンのウィンダムは華麗にかわす。どち
らが高貴な出なのか分からない戦いだ。
 一方、ダリウスとシュウの戦いは意外な展開になっていた。
 コーディネイターであるダリウスは、前大戦での経験もあり、猛者揃いのディプレク
ターの中でも上位に位置する技量の持ち主だった。対するシュウはナチュラルで、才能
はあるが腕はまだまだ未熟。模擬戦でもダリウスにいつも負かされており、シュウはダ
リウスを目標にしていた。
 二人の力関係は、はっきりしていた。ジャンケンに例えるならダリウスがグーで、シ
ュウはチョキ。勝敗の結果は明らかで、絶対に変わる事のないものだった。
 そのはずだった、のだが、
「馬鹿な、なぜだ、なぜ私の攻撃が当たらないのだ、なぜ!」
 ダリウスのソードストライクEは、多彩かつ容赦のない攻撃を繰り出していた。対艦
刀《シュベルトゲベール》による斬撃だけでなく、ブーメラン《マイダスメッサー》と
ロケットアンカー《パンツァーアイゼン》をそれぞれ二基ずつ、四つの武器による立体
的な攻撃を繰り出し、シュウのエールストライクEを追い詰める。
 追い詰めるのだが、そこから先へ進めない。どんな攻撃を行なっても、全て避けられ
て、かわされてしまうのだ。完全に動きが読まれている。
「馬鹿な! あり得ない、ナチュラルのシュウ如きに私の動きが読まれるなど、絶対に
あり得ない事だ!」
「ああ、そうだ。お前の動きを読んでいるのは俺じゃないからな」
 ダリウスの悲鳴のような通信を拾ったシュウは、律儀にそれに答える。いや、これも
シュウをサポートしてくれた少年の立てた作戦だった。
「お前の動きのパターンは、マルコが読んでくれたのさ。大した子供だよ、あいつは。
俺とジョナサンが渡したお前達兄妹のデータから、お前の動きを完全に予測して、この
MSのコンピューターに組み込んでくれたんだ」
 ロウやユナ、8(ハチ)も手伝ってくれたが、基本プログラムはマルコがわずか一時
間ほどで組み上げた。マルコに調整されたシュウのストライクEは、操縦するシュウが
驚く程に軽やかに動き、高性能コンピューターはダリウスの攻撃を的確に予測して、シ
ュウに伝えてくれる。
「おかげで俺は楽に戦える。ホント、マルコ様々だよ。あの子には足を向けて寝られな
いな」
「そ、そんな馬鹿な。下等なナチュラルのガキが、私の動きを完璧に読んだだと? あ
り得ない、そんな事はあり得ない、あってはならいな事だ!」
「会話のパターンも使い古されてきたな。マルコが言ってたぞ。お前みたいに他人を見
下している奴は、自分の愚かさから眼を背けて、他人を愚弄する事でしか優越感を得ら
れない人間のクズ、だってな」
 マルコにそう言われた時、シュウの中にあったダリウスへの苦手意識は綺麗さっぱり
消えた。逆に、年端も行かない子供にここまで見抜かれてしまったダリウスという男の
底の浅さに、怒りを忘れて同情してしまった。
「ま、クズに憧れていた俺もクズだったって事だ。昔の自分が恥ずかしいぜ。だからお
前は今日、ここで俺が倒す。覚悟しろ、ダリウス!」
「こ、この下等なナチュラルが! 子供とコンピューターに頼っているクズが、調子に
乗るな!」
「ああ、誰かの力を借りるのはここまでだ。たっぷり勉強させてもらったからな。ここ
からは俺の力だけで、お前に勝つ!」
 それがマルコとの約束だった。コンピューターに頼りすぎる弱い奴は、どの道最後ま
で生き残れない。サポートはしてあげるが、最後は自分の力だけで勝たなければならな
い。弱い奴を仲間にする程、僕は暇じゃないんです、と言われた時、シュウはこの少年
に興味を持った。
「あいつがこれから何をするのか、ちょっと見てみたくなった。だからこんな所で、お
前みたいな奴には負けられないんだ。行くぜ、ダリウス!」
 シュウのエールストライクEがビームサーベルを抜いた。接近戦を得意とするダリウ
スに、あえて接近戦を挑む。シュウの決意の現れだった。



「ア、アキさん、戦況は互角、いえ、こちらが少し不利です。トロヤさんは捕まったみ
たいだし、コーネリアさん達はかなり押されています。救援に行った方が……」
 偵察役のユナから、味方の危機を報せる通信が送られてきた。だが、アキは顔色を全
く変えず、
「その必要は無いわ。特にコーネリア兄妹は、自力で何とかするでしょう。夏さんとカ
テリーナさんは優勢なのでしょう? あの二人がポイントを守り抜けば、たとえ他の全
員が倒れてもこちらの勝ちです。焦る事はありません。じっくり行きましょう」
「で、でも…」
 ユナの返事を聞かず、アキは通信を切った。
「そう、焦る必要は無い。あの兄妹は大っ嫌いだし、マクシーの作戦通りならトロヤが
負けるのも計算の内。勝負はこれからです」
 一方、マルコの方にもユニコルンの剛馬から連絡が入る。アキがメンバー表にしてい
た小細工と、味方の優勢を知ったマルコは、
「ふん。しばらく見ない間に面白い事をするようになったじゃないか。つまらない小細
工をした上、母さんを戦場に引きずり出すとは」
「あなたがチェックポイントに向かってくれれば、もっと面白くなったんですけどね。
親子対決、見てみたかったです」
「……………………」
【マルコ、冷静に】
「分かっている、光(コウ)。息を吹き返したばかりのお前に無理はさせない」
 アキへの敗北や、機動闘技場での戦いを経て精神的に成長したマルコだが、それでも
母カテリーナはマルコにとって大事な存在であり、最大の弱点でもある。アキはそれを
利用して、マルコを動揺させようとしている。
 そうだと分かっていても、マルコは怒りを抑えられなかった。アキを殴りたい衝動を
必死に堪える。
「七人目」
「ん?」
「そちらのチームは、まだ六人しか姿を見せていません。七人目は出て来ないのです
か?」
 マルコチームの七人目を警戒するアキ。その人間らしい様子を見て、マルコは少し冷
静さを取り戻した。
「……ふん。気になっているみたいだな、あいつの事が」
「気になります。どこにいるんですか?」
「探せばいいだろう? フィア・スカーレットをまだ動かしていないのは、その為のは
ずだ」
 マルコの言うとおり、フィアはアキチームの守りの要であると同時に、七人目を見つ
ける為のセンサーとしての役目もあった。『スナイパー殺し』と呼ばれる彼女の感覚の
鋭さは、隠れている七人目を見つける為の最大の武器となる。
「そろそろ姿を出させては? チェックポイントに向かった二人は、そろそろ限界でし
ょう。あの二人では、夏さんには勝てません」
「だろうな」
「?」
 あっさり認めたマルコに、アキは違和感を感じた。この男は何を考えている? 何か
策があるのか?
 そう考えたその時、地面が揺れた。
「!」
 これがマルコの策か、と警戒するアキ。直ちに闇(アン)に指示を出す。
「闇(アン)、震源地を突き止めて」
【言われなくてもやってるさ。お、すぐ近くだぞ。地面の中を移動している。しかも、
こっちに真っ直ぐ向かってくるぞ】
「MS? それともMA?」
【分からん。データに該当する機体は無い。いや、似ているのはあるな。だが、このM
Sは…】
 闇(アン)に分析させつつ、デスフレームの様子を確認するアキ。この揺れがマルコ
の策ならば、デスフレームに何か動きがあると思ったのだが、
「な、何だ、この揺れは? 光(コウ)、震源地は?」
【移動している。こっちに近づいてくるよ! どうする、マルコ?】
「どうするも何も、こんな事は予想外だ。アキの奴、九人目まで用意していたのか?」
 謎の揺れは、マルコにとっても予想外のものだった。そして数秒後、大地が大きく割
れて、揺れの元凶が姿を見せた。
 地の底から現れたモノの正体はMSだった。かろうじてMSと分かる程に異質で、異
常な姿。初めて見るはずなのに、見覚えのある機体。それを見たマルコは、無意識にそ
の名を口にする。
「ネメシス……! なぜ、こんな所に?」



 ネメシス。
 復讐の女神の名を与えられたMSは、二年の沈黙を破り、その姿を世界に晒した。
 いや、二年前とは違う部分もある。上半身はほとんど変わっていないが、下半身が二
本足から四本足となり、まるで馬のような姿になっていた。それも二枚の翼を宿した、
神話の天馬のような姿である。
 人の上半身と、天馬の如き下半身という異形のMS。これを操る四人のパイロットも
また、異形と呼ぶべき者達であった。
 彼らの姿は普通の人間と変わらない。いや、四人とも普通の人間より美しく、可愛ら
しいという表現が似合う幼い子供もいる。
 四人は広い操縦席に集まっていた。部屋の中心にそびえる円柱を取り囲うように配置
された四つの椅子に、それぞれ座っている。誰とも目を合わさず、四人はモニターに映
る映像を見る。
「あれがデスフレームとライブフレームか。なるほど、良く似たMSだ」
 四人の中で唯一の男性、ナイン・ソキウスは敵のMSに興味を持ったようだ。何かに
魅入られたかのように、じっくりと画像を見ている。
「マティスの言ったとおり、ここにいたわね。それで、どっちと戦うの?」
 四人の中で最も小柄な少女、エウテルペ・テレプシコーラが尋ねる。彼女の眼はライ
ブフレームを睨んでいた。
「私達に決める権利は無い。今日のネメシスは、ネメシスに新しい力を与えたマゴット
のものだから」
 クロナ・ギウムは落ち着いた声でそう言い、操縦桿から手を放した。ナインとエウテ
ルペも同じように、操縦桿から手を放す。これは今日の全てを他者に託すという証。
 いや、ここに『他者』などいない。この四人は四にして一、体は分かれたが心は同じ
という異常な存在。
 そんな自身らの異常さに気付いたのか気付いていないのか、ミステリウス・マゴット
は沈黙していた。彼女の頭の中に、ある少女の顔が浮かび上がる。
「イノリ、どこにいるの? マゴットはここ、ここにいるのに」
 何という哀しそうな声。幼い子供が母親を探しているかのような悲痛な叫び。
 だがマルコもアキも、この叫びには動じなかった。二人の心には揺るがない覚悟と信
念があるのだ。そして、怒りも。
「ネメシス、誰が乗っているかは知りませんが、これは私とマルコの戦いです。部外者
は立ち去ってください」
 「はい」という返事は期待していない。この邪魔者を立ち去らせるには腕づくでやる
しかない。そしてそれは、容易な事ではないだろう。蘇った強敵ネメシスに対し、それ
でもアキは戦う道を選んだ。マルコと戦う為に。彼の為に。



 グリーンフレームに勝利したロウは、トロヤを説得して機体から下ろし、グリーンフ
レームが持っていたツインソードライフルを分解し、チェックしていた。8(ハチ)や
レッドフレームのコンピューターまで使って確かめた結果は、
【ロウ、お前の推理は当たっていたぞ。この武器にはとても小さい物だが、強力な爆弾
が仕掛けられている】
「やっぱりそうだったか。当たってほしくはなかったんだけどな……」
 複雑な表情でため息をつくロウ。このやり取りを横で聞かされたトロヤは、衝撃を隠
せなかった。
「う、嘘だろ。その武器は師匠が設計して、村のみんなで作った武器だ。爆弾を仕掛け
るなんて、そんな事をする奴は村にはいない。お前ら、俺を騙して…」
【なら、お前も見てみろ。武装ゲリラなら爆弾にも詳しいはずだ】
 8(ハチ)にそう言われ、トロヤは分解されたライフルを見る。ロウの手元にある部
品は、以前に見た事がある物だった。村を攻撃する政府軍の基地を襲う為、高い金を出
して手に入れた小型爆弾。人が持てるくらい小さいが、威力はかなりのものだ。
「そ、そんな、バカな! その爆弾は『そんな物騒すぎる物、必要ないわよ』って師匠
が持っていって、処分したはず…」
【しなかったのだろう。そしてお前達の目を盗んで、こっそり仕掛けた。お前の師匠は
お前達が思っているような人間ではないようだな】
 8(ハチ)の辛辣な、だが恐らく真実を語っている言葉に、トロヤは言い返せなかっ
た。信じていたのに、なぜ? 尊敬していたのに、信じていたのに、なぜ師匠はこんな
事を?
【ふむ。この爆弾、ビームエネルギーを一定量以上に使うと爆発する仕組みになってい
るな】
「使いすぎるとドカン!という訳か。危なすぎるぜ」
【陰険な仕掛けだが、技術はなかなかのものだ。主要回路の影に設置され、巧妙に隠さ
れている。プロの目でもなかなか気付かないだろう。ロウ、どうしてこの仕掛けに気付
いた?】
「ジャンク屋のカンってやつだな。グリーンフレームがこの武器を振るった時、ほんの
少しだけ傾きすぎな気がしたんだよ。微妙に重心がズレているなあ、何か余計な物を積
んでいるのか?と考えていったら、嫌な予感がしてな」
 考えすぎだと思ったが、嫌な予感は止まらず、寒気さえ感じるようになった。こうい
う時の予感は、必ず当たる。
【予感だけで、あんな大声で「グリーンフレームに乗っている奴、早く降りろ! その
機体、爆発するかもしれないぞ!」などと叫んだのか。あの時は私まで驚いた。爆弾が
無かったら、大恥をかくところだったぞ】
「恥をかきたかったな。こんな予感、当たってもちっとも嬉しくない。苦労して作られ
たMSに爆弾を仕掛けるなんて、このMSを作ったり、操縦したり、関わった奴全員を
侮辱しているぜ。ジャンク屋として許せねえ」
 ロウは珍しく本気で怒っていた。メカを愛する彼は、メカを捨て石のように使う者は
誰であろうと許せなかった。
 裏切りのショックで呆然としているトロヤに、ロウは、
「おい、俺をお前の師匠の所に連れて行け。一発ぶん殴らせろ」
「…………無理だ。お前じゃ師匠には敵わない。両手が無いけど、師匠は強いんだ。ミ
ガゲノ師匠には、誰も敵わないんだ」
「! ミガゲノって、まさか、マクシー・ミガゲノの事か!?」
 驚きつつも、ロウは同時に納得した。弟子のMSに爆弾を仕掛ける。そんな卑劣な行
為も、あの男ならやりかねない。
【懐かしい名前だが、あまり嬉しくない再会になりそうだな】
「くっ、行くぞ、8(ハチ)。レッドフレームの準備を…」
「待て。俺も連れて行け」
 上空からの声。落ち着いた大人の、だが、わずかに揺らぐ心を感じさせる声だった。
 突然、ジャングルの空に現れた巨大な一角艦、ユニコルン。その艦長席に座る不動剛
馬は、深いため息を付いた。
「来るべきものが来た、か。いや、俺達はもっと早く会うべきだったんだろうな。我が
友、マクシー・ミガゲノ……」



 シュウ・スメラギ&ジョナサン・アーケンスvsコーネリア兄妹。三機のストライク
Eと一機のウィンダムが入り乱れる戦場に、決着の時が訪れようとしていた。
「うおおおおおおおおっ!!」
 シュウのエールストライクEが、ビームサーベルでダリウスのソードストライクEに
切りかかる。
「くっ、小賢しいわ!」
 ダリウスのソードストライクEは二基のビームブーメランを放ち、敵機の足を止めよ
うとする。が、ブーメランは二基ともあっさり切り裂かれて、爆発した。
「曲がる前に落とせば、ブーメランなんて怖くない!」
「ナ、ナチュラル風情が、このダリウス・コーネリアの攻撃を退けるなど、あってはな
らない事なのに!」
「そんなの、誰がいつ決めたんだよ。お前が勝手にそう思っているだけじゃないか。お
前は子供以上に子供っぽいんだよ、ダリウス! お前に比べたら、マルコの方が遥かに
大人だぜ」
「ま、またしても侮辱したな。このダリウス・コーネリアを、貴様如きナチュラルのカ
スが!」
「カスでもやる時はやるんだよ。こんな風にな!」
 シュウ機のビームサーベルがダリウス機に迫る。ダリウス機も《シュベルトゲベー
ル》を振るおうとするが、大振りな刀身は重量が重く、シュウ機より動きが僅かに鈍く
なる。
 その隙こそシュウが狙っていたものだった。彼は今までのダリウスとの戦いで、接近
戦仕様ではあるが近接戦闘にはイマイチ向いていないというソードストライカーの欠点
を熟知していた。ダリウスに勝つには、この欠点を突くしかない。
「はあっ!」
 一閃。エールストライクEのビームサーベルは、《シュベルトゲベール》を持ってい
たソードストライクEの両腕を切り裂き、剣ごと地に落とした。
 腕を失ったソードストライクEに、勝機は無い。シュウは勝ったのだ。
「バ、バカな。こんなバカな事が……」
 敗北を受け入れられず、うろたえるダリウス。哀れにも思える様子だが、シュウは同
情しない。この男の裏切りによって、多くの血が流されたのだ。許す訳にはいかない。
「覚悟しろ、ダリウス。劉支部長や上海支部のみんなを殺した罪、その命で償ってもら
うぞ」
「シュウ、避けろ!」
 突然のジョナサンからの通信が、シュウを救った。この通信のおかげでシュウは思い
出したのだ。あの女は兄の危機を絶対に見捨てない、必ず助けに来る事を。
 実際、そのとおりになった。アニー・コーネリアのランチャーストライクEが放った
《アグニ》の光はシュウ機を下がらせ、彼女が兄の側に行く機会を与えた。
「お兄様、大丈夫ですか、お兄様!」
「お、遅いぞ、アニー。この兄を見殺しにするつもりだったのか?」
「そんな! 私がお兄様を見捨てるなど、天地がひっくり返ってもあり得ません。私の
命は、いいえ、私の全てはお兄様の為にあるのですから」
「そうか。ならばお前はその機体から降りろ」
「え?」
 ダリウスを信じ切っているアニーも、さすがにこの申し出には驚いた。しかしダリウ
スは妹の動揺に気付かず、怒りの言葉を口にする。
「あの男を殺す。シュウ・スメラギを殺す。奴に妙な入れ知恵をしたマルコ・フィオー
レを殺す。生意気なナチュラルどもを皆殺しにするのだ。その為には力がいる。MSが
いる。だから、お前の機体を私に貸せ。早く降りろ、アニー」
「お、お兄様、お気持ちは分かりますが、ここは撤退すべきだと思います。二対一では
不利ですし、それにマルコを殺すのはルール違反…」
「ルールなど知った事か! 私が殺すと言ったら殺すのだ! 私を縛るルールなど存在
しないし、あってはならないのだ! そんな奴は殺してやる。ルールごと殺してやる。
私を縛りつけようとしたディプレクターの馬鹿どものように!」
 ダリウスは怒りのあまり、正気を失いかけていた。そうと分かっていても、アニーは
彼には逆らえない。妹が兄に逆らうなど、彼女には考えられない事だった。
 ランチャーストライクEからアニーが降りて、代わりにダリウスが乗り込む。操縦席
に座ったダリウスの顔が不気味に歪む。
「ふふふふふふふ、殺してやる、殺してやる。私に逆らう者は、私を縛り付ける者はみ
んな殺してやる。下等なナチュラルどもは特にな!」
 狂気のダリウスを乗せて、飛び立つランチャーストライクE。その姿を、アニーは半
壊したソードストライクEと共に見送った。
 取り残されたアニーは、戦いの最中にジョナサンに言われた事を思い出した。アニー
はダリウスの言う事に従っているだけ、繰り返しているだけ。そんな生き方で良いの
か? 妹として、正しいのか?
「お兄様、私は……これで良かったのですか? お兄様……」
 悩む彼女の頭上を、巨大な影が通り過ぎていった。一つ、二つ、そして三つ。



 その頃、ゲリラの村での戦いも佳境を迎えつつあった。
「くっ、さすがに……」
「簡単にはしとめさせてはくれぬでござるか」
 ストライク撃影の剣閃をかわすリトルフレーム。だが、リトルフレームの《ヒナワ》
による攻撃も、撃影に全て避けられている。互角の展開だった。
『互角? そうじゃないわね。宮城夏はまだまだ本気じゃない』
 七華は自分の実力を良く知っており、自惚れてはいなかった。だから冷静に、自分が
夏に及ばない事を受け入れた。
 確かに、戦闘のプロフェッショナルに成長した夏が本気になれば、七華は一瞬で倒さ
れるだろう。なぜ夏が本気にならないかは分からないが、
『こっちに取ってはラッキーね。ううん、そうでもないかしら? このままじゃラチが
開かないわ』
 負けはしないが、勝てもしない。完全な膠着状態である。
 夏も決して手を抜いている訳ではない。友であるアキの為に戦いたいという気持ちは
本物だし、わざと負けるつもりも無い。だが、心の中に生まれたわずかな疑心が、彼女
の動きを鈍らせているのだ。
『コーネリア兄妹のような外道を仲間にしたり、いくら本人が承諾したとはいえ、戦い
には素人のカテリーナ殿をいきなり実戦の場に出したり、アキ殿、それでいいのでござ
るか? 拙者達はこの戦いに勝つべきなのでござるか?』
 アキの本心が分からない。訊いても彼女は答えてくれない。それでも、
「あの悲しげな目……。あの目だけを信じて戦うというのは酷でござるが、それしかな
いでござるな。カテリーナ殿!」
 夏はレオのベルゼルガと戦っているカテリーナを呼ぶ。彼女のドグマドーと力を合わ
せて、一気に勝負をつけるつもりだ。
「やるつもりみたいね。レオ、気合を入れなさい。でないと死ぬわよ」
「わ、分かっている。けど俺にあまり話しかけるな。味方とはいえ女の声を聞くと、ど
うも……」
「こんな時に何を言ってるのよ。しかも今更」
「ワウン」
 レウも呆れたように吠える。レオ・ゲルツェンの女性恐怖症は以前より収まったもの
の、時々ぶり返したように発生する。
『相手のパイロットが女性らしいっていうのは、教えなくて正解ね。イノリが言ってい
たとおり、扱い難い奴だわ』
 イマイチ頼りにならない味方と共に、夏とカテリーナの攻撃に備える七華。ストライ
ク撃影とドグマドー、単体でも手強い相手が手を組み、コンビネーションを繰り出そう
としている。一体どんな攻撃をするつもりなのか。
「怖いような、楽しみなような……。影太郎なら笑っていたかもね」
「クーン」
「大丈夫よ、レウ。私はこんな所では死なないわ。それにそろそろ、こっちの切り札も
来る頃…」
 と呟いた七華は、リトルフレームの体が影に覆われた事に気付いた。そして、突然レ
ーダーに反応。上空に巨大な艦が現れたのだ。ミラージュコロイドを解除して現れたそ
の艦は、
「ユ、ユニコルンじゃないのよ。ちょっと、このゲームって戦艦は参加しちゃダメなん
でしょ。何やってるのよ、不動剛馬! これじゃあ私達の反則負けに…」
 文句を言う七華の元に剛馬からの通信が入る。
「ゲームは中止だ。それどころじゃない事態が起きている。俺達のボス二人、揃って大
ピンチだ」
「何ですって?」
「な……」
「マルコとアキちゃんが!?」
 オープン回線で送られたその通信には、七華だけでなく、夏とカテリーナも驚かされ
た。
「それに、個人的に気になる事もある。出て来い、マクシー」
 剛馬の呼びかけに対する返事は無かった。その代わり、後方で待機しているアークロ
イヤルから通信が送られてきた。その通信は、ある男の声紋に反応し、その男がある言
葉を口にした時に送られるようプログラムされていた。
「はーい、剛馬ちゃん。やっと私の名前を呼んでくれたわね。久しぶり、元気だったか
しら?」
 陽気なマクシーの声は、それ故に恐ろしかった。



 デスフレームもライブフレームも弱いMSではない。いや、世界的に見ても、その能
力は高い方に入るだろう。
 パイロットの技量も低くはない。マルコもアキも短い間に多くの経験を積み、技術面
でも精神面でも成長している。
 だが、この二人の力を持ってしても、ネメシスには及ばなかった。
「ぐあっ!」
「くうっ!」
 大きく吹き飛ばされる二機。空を舞い、地に落とされ、凄まじい衝撃がパイロットを
襲う。
 もう何度も味合わされた苦痛だった。気絶しないのが不思議なくらいだ。
「ふっ。たくましくなった、と思うべきなのか、な?」
【余裕ぶっている場合じゃないですよ】
「分かっているよ、光(コウ)。それにしても、何て強さだ……」
 マルコは新しいネメシスの強さに恐怖を感じた。二年前、影太郎のB・I・Gアスト
レイと戦ったネメシスも強かったが、半人半馬となった今のネメシスは、あの時以上に
強い。
 ネメシスの武装は、二年前とあまり変わっていない。《サンクチュアリィ・改》が無
くなっているなど、むしろ廃されている部分もある。
 だが、機体本体のパワーとビームの威力は、二年前を遥かに上回っている。そして、
そのスピード。デスフレームとライブフレームを圧倒的に上回っており、まるで瞬間移
動をしているかのようだ。
「何て速い……。闇(アン)、捉える事は出来ないの?」
【無理だ。奴のスピードは、データにあるスタンピードレッドの最高速度に匹敵する。
ライブフレームの性能では、捉えるどころか反応する事さえ出来ない】
 人工知能の冷徹な計算結果に、アキは落胆する。わずかな望みさえ潰されてしまった
感だ。
 文字どおり、目にも止まらぬ超高速で走り回り、飛ぶネメシス。腰の二門のビーム砲
《アシュクロフト》でデスフレームを撃ち、ライブフレームには腕の複合兵装防盾シス
テム《アンゴルモア》に搭載された55oレールガン《エクツァーン・フュンフ》を放
つ。
「当たるか……うわああああっ!」
「きゃあ!」
 避けた二機だが、爆発の余波だけで体勢を崩してしまう。その隙にネメシスが接近、
デスフレームとライブフレームに強烈な体当たりを食らわせる。
「ぐあっ!」
「うっ!」
 木々の上を越えさせられて、遠方に飛ばされる二機。地に落ちた彼らに、ネメシスが
追撃を仕掛ける。《アンゴルモア》から大型ビームサーベルを出して、その刃を輝かせ
る。
「くっ、これ以上、好きには!」
 マルコは闘志を振り絞って、デスフレームを立ち上がらせた。そして《ホクト》の使
用準備に入る。
「光(コウ)、奴に触れたら《ホクト》を最大出力で放ってくれ。またお前を眠らせる
かもしれないが…」
【でも、それしか方法は無いんだよね。分かった、君はあいつに触れる事だけに集中し
て】
 覚悟を決めた光(コウ)に、マルコは応えようと集中する。ネメシスは一直線にこち
らに向かってくる。反撃される事など考えていないのか、それともどんな攻撃もかわせ
ると思っているのか。
「その傲慢が命取りだ」
 デスフレームは、空高く飛んだ。そして、ネメシスに向かって急降下する。無謀な体
当たりのように見えたが、マルコはバーニアの出力を調整して、ネメシスに衝突する寸
前で機体を停止させる。
「驕ったな、ネメシス」
 自分のスピードに絶対の自信を持つネメシスは、こちらの攻撃を慌ててかわすような
事はしない。ギリギリまでこちらの攻撃を引き付けて、当たる寸前でかわす。そうして
自分の強さを見せ付けるのだ。そんな傲慢なネメシスの戦い方を、マルコは逆に利用し
て接近し、千載一遇のチャンスを得た。
 デスフレームはネメシスの頭を掴んだ。握力は最大。ネメシスが高速移動しても、絶
対に放さない。
「今だ、コ…」
 光(コウ)の名を呼ぼうとしたマルコの眼前で、信じられない事が起きた。
 ネメシスの姿が消えた。移動したり、逃げたのではない。それならネメシスの頭を掴
んでいたデスフレームも、一緒に移動しているはずだ。だが、デスフレームはその場に
いる。ネメシスだけが消えてしまった。消滅してしまったのだ。
「そ、そんなバカな……!」
 驚くマルコは、同時に思い出した。二年前のネメシスは、自身を細かいパーツにまで
分解して、コロニーヘの一部と化して潜んでいた。今回も、
「パーツ、いや、それ以下の細かい部品レベルにまで一瞬で分解して、こちらの攻撃を
かわしたのか?」
 だとしたら、デスフレームでは奴は倒せない。デスフレームの必殺兵器《ホクト》は
相手に触れて激振動を叩き込む。が、触れる事が出来ない相手に振動は送り込めない。
 ショックを受けるマルコの後ろに巨大な影が現れた。半人半馬のその姿は、自分を散
りに等しい域まで分解して、そこから一瞬で元に戻ったネメシスだ。分解・復元機能も
二年前とは比べものにならない程、強化されている。
「!」
 気付いたマルコだったが、時既に遅し。ネメシスのビームサーベルがデスフレームに
振り下ろされ、
「ああああああああああっ!!!!!」
 密林に響き渡る女の悲鳴。マルコの眼前で、切り裂かれるライブフレーム。聞きたく
ない程に痛烈な悲鳴は、その乗り手のものだった。
「ア、キ……………………。アキイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」
 マルコの叫びを背に受けて、倒れるライブフレーム。それを意に介さず、ネメシスの
刃が再びマルコを狙う。
 今度こそ終わりかと思われたその時、
「でえええええええええい!!!!」
 勇ましい男の声と共に、ネメシスが吹き飛んだ。地に倒れたネメシスに、遠くからの
銃撃。ビームと実弾を交えた正確な狙撃が、ネメシスの体に次々と当たる。
「マルコさん、無事ですか?」
「そ、その声は、ラグナス!? どうしてここに…」
「俺だってチームのメンバーです。仲間を助けるのは当然ですよ」
 マルコチームの七人目であるラグナス・バモラスは、デスフレームの足元にいた。ロ
ボットのように改造されたその体は、MSさえ倒す程のパワーを生み出している。
「この二年間で、エレアさんに改良してもらいましたからね。MSの一機ぐらいなら何
とかなりますよ」
 そう、だからこそマルコはラグナスを切り札にしたのだ。人間サイズでMSと同等の
力を出せるラグナスは、敵に見つからずその陣地に潜入できる。七華やシュウ達が敵の
目を引き付けている間にラグナスがチェックポイントに辿り着く。それがマルコの考え
た作戦だった。
 もっとも、この作戦はラグナスの名をメンバー表で見たアキも読んでいた。だからこ
そ勘の鋭い『スナイパー殺し』フィア・スカーレットをラグナス対策としてレーダー代
わりにして、ルール違反をしてまでポイントの守りを固めたのだ。
「まあそのフィアさんも、今では味方ですけどね」
 ネメシスを狙撃したのは、フィアのバスター・Bダガーだった。剛馬からネメシスの
乱入を知らされた夏達はゲームを一時中断、力を合わせてネメシスと戦う事にしたの
だ。
「他の人達もこっちに向かっています。もうすぐ…」
「! 危ない、ラグナス!」
 倒れていたネメシスから放たれたビームが、ラグナスに命中した。かに見えたが、間
一髪でラグナスは避けていた。
「あ、ありがとうございます、マルコさん。あなたが叫んでくれなかったら…」
「礼はいい。それよりもあいつ、まだ動けるのか」
 バスター・Bダガーの度重なる狙撃を受け、ネメシスの各所に傷が出来ていた。スピ
ードを上げた分、装甲は薄くなったらしい。だがそれでもネメシスは怯まず、四本の足
でしっかりと立ち上がった。
 ネメシスの逆襲が始まる、と思われたのだが、ネメシスはデスフレームにもラグナス
にも攻撃をせず、倒れたままのライブフレームを掴み上げた。そして、その馬のような
下半身の背に乗せて、飛び立っていった。
「え!? い、いいんですか、あいつ、逃げちゃいますよ?」
 ラグナスの言うとおりだったが、デスフレームの受けたダメージも大きく、追う余裕
は無い。ライブフレームがネメシスに捕まってしまい、フィアも狙撃できない。迂闊に
攻撃すれば、アキの身が危ない。
「くっ、あいつめ、アキを人質にしたのか……」
 だが、それはまだアキが生きているという事だ。わずかな希望を持ちつつ、マルコは
ネメシスへの雪辱を誓った。
「この借りは必ず返す。そして、アキは助け出す。必ず!」



 密林の影に隠れていたMSが一機。ランチャーストライクEだ。操縦席には、妹を強
引に降ろしたダリウス・コーネリアが乗っている。
 彼はネメシスとデスフレーム、ライブフレームの戦いの一部始終を見ていた。剛馬か
らの緊急通信を受けてゲリラの村に向かったシュウとジョナサンを追っていた途中、こ
の戦闘に遭遇したのだ。
「美しい……」
 ダリウスはネメシスの強さに魅了された。デスフレームとライブフレームをまったく
寄せ付けないスピードとパワー、たとえ倒されてもすぐに立ち上がる、その逞しさ。全
てが美しく、魅力的だった。
「ま、待ってくれ。美しき女神よ、待ってくれ!」
 ダリウスは、空の彼方へ飛び去ったネメシスを追う。彼を慕う妹アニーの存在は、ダ
リウスの頭の中から完全に消えていた。
 この薄情な兄をじっと見つめる機械の目があった。その向こう側にいる男は、新しい
玩具を見つけた子供のように微笑んだ。
「トロヤは期待外れだったけど、この子は面白いわね。鍛えれば楽しめそう。うふふふ
ふふふふふふ。そう言えば、剛馬ちゃんは私のメッセージを聞いてくれたかしら?」
 マクシー・ミガゲノは妖しげな興奮で身を振るわせた。彼の戦いは、これからが始ま
りだった。



「はーい、剛馬ちゃん。やっと私の名前を呼んでくれたわね。久しぶり、元気だったか
しら? また会えて嬉しいわ。でも、本当の再会はもう少し待ってね。その時こそ、あ
んたを私の手で殺す時。あんたのせいで無くした私の両腕も、その時までには何とかす
るわ。あんたも、あんたの仲間も、みーんな私が殺してあげる。私のスポンサーも、そ
れをお望みみたいだし。私のスポンサー? ダブルZって言うの。ええ、そうよ、私達
の元ご主人様、ダブルGの残りカスよ。でも、とっても強いのよ。覚悟してね。うふふ
ふ、ふふふふふ、あはははははははははははははは!!!!!」

(2009・2/7、前半掲載 2/14、後半掲載)

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