第41章
 オーバー・デス

 ネメシスの再登場とライブフレームの強奪。いずれも緊急事態と言えるものであり、
戦闘終了後、ユニコルンに戻ったマルコが緊急回線を使ってまでメレアに報告したのは
当然である。
 だが、メレアの反応は、
「そう。なかなか面白い事になったね」
 と淡白なものだった。試練の場にアルゴス・アイを隠しており、一部始終を見ていた
そうであるが、それにしても淡白すぎる。貴重なMSと優秀な幹部候補生をさらわれた
のに、まったく動じていない。薄情とも思える程に。
『!? 俺は何を考えているんだ。メレア様に対して、薄情などと無礼な事を……』
 自戒するマルコ。組織を支えてきた名門であるフィオーレ家の血を継ぐ者としては無
礼すぎる考えだった。
 ユニコルンの艦橋にはマルコともう一人、彼の母親であるカテリーナがいた。艦橋に
はこの二人しかいない。艦長の剛馬でさえ追い出されている。大総裁との直接会話が許
されているのは、組織の重鎮であるこの親子だけだからだ。
 モニターに映るメレアに彼女は頭を下げて、
「大総裁様、アキちゃんは、いえ、アキ・ミツルギは組織にとって役に立つ人材です。
ライブフレームも、敵の手に渡すには惜しいMS。組織の面目を守る為にも、何として
も取り戻すべきかと思います。その役目、どうか私達にお申し付けください」
 と懇願した。息子を溺愛するカテリーナは、息子の婚約者と認めたアキにも愛情を注
いでいた。何としても助けたい。その思いは隣にいるマルコにも伝わってきた。
 だが、メレアにはカテリーナの気持ちが伝わらなかったのか、熱意の籠もらない返事
を返す。
「ふうん。チームメイトである君達がアキを助けようと思うのは分かるよ。仲間だもん
ねえ。ここでアキ・ミツルギがリタイアしたら、自動的に君達の負けになるし」
「か、勝ち負けの問題ではありません。私も、ここにはいませんが彼女のチームメイト
も全員、彼女の無事を願っており、助けたいと思っているのです。大総裁様、アキ・ミ
ツルギがさらわれたのは、彼女を守る私達のミスです。どうか……」
「ああ、いいよ」
 あっさり認めたメレア。更に、
「でも、君達だけであのネメシスっていうバケモノと戦うのは無理だよ。マルコ、お母
さんを手伝ってあげなよ。アキ・ミツルギを助けるまで休戦だ。せっかくの試練も競う
相手がいなくちゃ意味が無いからね」
「……分かりました。大総裁のご命令のままに」
「ああ! ありがとうございます、大総裁様! ご温情に感謝いたしますわ!」
 感激するカテリーナだったが、マルコはメレアの考えを『温情』とは思わなかった。
 この男は自分達の事を、ゲームの駒としか思っていない。ゲームを盛り上げる為なら
自分達にどんな事でもやらせるだろうし、殺す事だって厭わないだろう。アキを助ける
のに協力しろ、という命令も、一刻も早くゲームの駒を回収して、遊びを再開したいだ
けなのではないだろうか?
『! だから俺は、何で大総裁に対してこんな失礼な事を考えるんだ。フィオーレ家の
当主になる者として、恥ずべき考えだ。母さんが知ったら泣くぞ』
 そう反省しながらもマルコは、隣でメレアに頭を下げ続けている母に、頭を下げるの
をやめてほしいと思った。あんな男に感謝など、しても無意味だ。大総裁と言われてい
るが、バルドルの方が遥かに大きく、立派な人間だった。
 知らず知らずの内に自分を成長させてくれた男の顔を思い出すマルコ。その間にメレ
アは、カテリーナに新たな許可を与えていた。
「でも、デスフレームの力でもパワーアップしたネメシスには勝てないだろうね。よ
し、あのMSを強化改造する事を許そう。ネメシスにも勝てるくらい、徹底的に強化し
たまえ。そちらには優秀なスタッフが揃っているみたいだからね。ロウ・ギュールにユ
ナ・シュベルダート、それに…」
 続いてある女の名前を口にした時、メレアの口元が微妙に歪んだ。その歪みを見たマ
ルコは、メレアの邪悪な意志を感じた。
「エレア・クーウェル。ふふっ、本当に凄い面子が揃っているね。デスフレームがどん
な風に生まれ変わるのか、楽しみだよ。ふふふふふふふふふふふふ」



「…………ふん。やってくれたね」
 マルコとカテリーナとの通信を終えたメレアは、途端に笑顔を引っ込めた。薄情なが
らも楽しそうだった笑顔は、不満そうな表情に変わる。まるでお気に入りのオモチャを
取り上げられた子供のような、無遠慮な顔になる。
「ノーフェイス」
 メレアは傍らにいる腹心の名を呼んだ。顔を銀の仮面で隠した男は、主に会釈して、
「ただ今、組織の全力を挙げて、ネメシスの行方を追っております。また先日失踪した
アンドレイ・ロマノフの方向からも調査を進めております。一両日中には分かるかと」
「そうか。まったく、とんだゲスト乱入だよ。楽しみにしていたゲームを滅茶苦茶にし
た上、僕の大事なオモチャまで持っていくなんて。あのバケモノにはそれ相応の報いを
与えないとね」
「はっ。ですが、なぜネメシスはライブフレームを持っていったのでしょうか。単純な
戦闘力、破壊力ならばデスフレームの方が上なのに…」
「ネメシスが、いやダブルZが求めているのが戦闘力の向上なんて単純なものじゃない
からだろう。奴らはライブフレームの《デミウルゴス》を狙ってきたんだ」
 ナノマシンによって、傷付いた機体を即座に修復する《デミウルゴス》。大量の電気
を消耗するという欠点はあるものの、現時点では世界最高の修復システムと言ってもい
い。
「あれをネメシスに組み込めば、奴は傷付く事を恐れずに戦い続ける事が出来る。スピ
ードを強化した分、装甲が弱くなったネメシスには喉から手が出る程、欲しいシステム
だったんだろうね」
「それでパイロットごと奪っていったのですか。しかし奴が必要としているのはシステ
ムだけで、アキ・ミツルギはむしろ邪魔な存在です。となれば…」
「いや、あの女はまだ生きているよ」
 既にアキの命は無いだろう、と考えたノーフェイスだったが、メレアは意外にもそれ
を否定した。
「アキ・ミツルギは地獄を見た女だ。ああいう女はしぶとく、図々しく生き残るもの
さ。それにもしかしたら、僕に対する人質として使えるかもしれない。あの女ならそう
思って、アキを利用しようとするだろう」
 あの女。そう言った時のメレアの表情は、ノーフェイスでさえ驚く程に怒りと苛立ち
に満ちていた。
「マティスの行方は掴めたのか?」
「いえ……。自分の屋敷にも、地球連邦の施設にもいません」
「やられたよ。あの女、ダブルZの事を知っていて、僕に黙っていたな。利用するつも
りが、してやられた」
「見つけ次第、始末するのですか?」
「いや、見つけるだけでいい。あの女にはまだ利用価値がある。それにただ殺すだけじ
ゃ、僕の怒りは収まらない。僕を裏切った者には、それ相応の罰を与えてから地獄に落
ちてもらう。あのバカ息子みたいにね」
 静かに怒りの火を燃やすメレア。この男はやると決めたら絶対にやる。自分の息子で
さえ容赦なく葬り去ったのだ。ノーフェイスは、マティスの愚かさに呆れつつ、彼女に
少しだけ同情した。
「メレア様、それから木星から戻ってきたゼノンの件ですが、如何なさいますか?」
「もう少し泳がせておけ。でも、監視は怠るなよ。何か面白い事をやってくれそうだけ
ど、それを上手く利用すれば…」



 メレアが言ったとおり、マルコの元には優秀な人材が集まっていた。
 宇宙一のジャンク屋を自称し、技術者としても一流の男、ロウ・ギュール。
 元モルゲンレーテのMS技術者であり、リトルフレームを作った少女、ユナ・シュベ
ルダート。
 火星生まれのマーシャンでありながら地球に移住し、様々な組織を渡り歩いてその技
術に磨きをかけた女、エレア・クーウェル。
 デスフレームとライブフレームの実質的な開発者であるカテリーナ・フィオーレ。
 更にこれに、
「はーい、久しぶりね、マルコ。元気だった?」
 ロウ達リーダー格である謎の美女プロフェッサーが、樹里と共に合流してくれた。そ
の美貌と堂々とした態度は、二年前と全く変わっていない。懐かしくさえ思える。
「ネメシスの件は知っているわ。あのMSの事は私も気になって、ジャンク屋組合の情
報網を使って追いかけていたのよ」
 ジャンク屋組合の長となったリーアム・ガーフィールドも協力してくれて、地球落下
後のネメシスが生きていた事、共に落ちたリトルフレームから影太郎を引きずり出して
何処かに消えた事、崑崙党のアンドレイ・ロマノフが大量の物資を購入して、それをネ
メシスの元に送っている事までは掴んだのだが、ロマノフはそれ以上の尻尾を出さず、
捜査は難航していた。
「そしてこの前の機動闘技場での騒ぎと、今回の事件が起きてしまった。後手に回って
しまったけど、これ以上、敵の好きにはさせないわ。ダブルZとかいうダブルGの燃え
カスなんて、さっさと倒しましょう」
 プロフェッサーの言うとおりだ。ネメシスとダブルZを放っておけば、更に手が付け
られない存在となり、組織にとっても、この世界にとっても恐るべき敵となる。そうな
る前に倒さなければならない。
 一同は早速、デスフレームの強化改造に着手した。マルコが以前から考えていた案を
元にして、各自が独創的なアイデアを出し合い、それを検討する。
「ラグナスに組み込んだ超小型パワーローダーを使いましょう。あれならスペースは取
らないわ」
「けど、あれはかなりエネルギーを使うんだろう? あれから丸一日が経ったのにラグ
ナスの奴、まだ充電中で動けないじゃないか。ネメシスは一発で倒せる相手じゃない。
長期戦も考えたシステムを組み込もうぜ」
「ロウの言うとおりです。ネメシスは核動力機と同等、いえそれ以上のパワーを持って
います。あれに対抗する為には、こちらも同等のエネルギーを使わないと。私はエレア
さんが以前、見せてくれたあのエネルギーシステムを使う事を提案します」
「あのシステムは作るのに時間が掛かるし、MSに使うのも……」
「時間の事なら心配いらないわ。人手は少ないけど、設備は万全だし、あなたも含めて
スタッフは精鋭揃い。マルコの為にも、アキちゃんの為にも、出来る事は全てやりまし
ょう!」
「カテリーナさんの言うとおりだ。出し惜しみしている場合じゃないぜ、エレアさん。
俺も色々考えているんだ。例えば……」
 頭をつき合わせて話し合うロウ達を横目に、マルコはプロフェッサーに話しかける。
「プロフェッサー、さっきのあなたの話だけど…」
「分かっているわ。影太郎の事でしょ」
「ああ。二年前、地球に落ちた影太郎はダブルZに連れ去られた。あいつは、まだ生き
ているのか?」
「ロウや樹里、リーアムにも同じ事を聞かれたわ。答えは不明。この二年、世界中を探
し回ったけど、彼の死体は見つかっていないし、彼の姿を見た人もいない」
「完全な行方不明、か」
「ガッカリした?」
「いや。むしろ希望が持てた。あいつはそう簡単に死ぬ奴じゃないしな」
「ふーん……」
 プロフェッサーはマルコの顔を直視する。二年前、一緒に旅をした頃のこの子は影太
郎に対抗心を燃やして意識しまくり、その子供っぽさに笑いつつも、危うさを感じてい
た。影太郎の熱さに憧れる素直な心を、無理やり押し込めようとしていた少年は、その
憧れを認め、立派に成長していた。
『何が原因なのかは知らないけど、これならもう大丈夫ね。子供って、いつの間にか成
長するのよね。その力と若さが羨ましいわ』
 心の中で微笑むプロフェッサー。表情も少し和らいだものになった。



 デスフレームの改造作業は、ユニコルンより設備が整っているアークロイヤルの格納
庫で行なわれる事になった。繊細なナノマシンを扱うライブフレームを整備する為とい
う理由で、技術者であるカテリーナとユナによって改修された格納庫は、MSを一から
作る事さえ可能な工場になっていた。
「母さん、これはちょっと改修しすぎじゃないの?」
「メレア様からは許可は貰っているわよ。組織の邪魔にならない事なら好きにしてもい
い、って。さすが大総裁メレア・アルストル様、寛大な御方だわ」
「………………」
「あら、マルコ、不機嫌そうね。もしかしてヤキモチを妬いているの? 大丈夫、大総
裁様の事は尊敬しているけど、あなたへの愛情は別腹、ううん、もっと大きいわ」
「そう。だったら………………………」
「だったら、何?」
「いや、何でもない。俺、馬鹿な事を言おうとした。忘れてくれ、母さん」
「?」
 首を傾げるカテリーナは、マルコが自分の事を『母様』ではなく『母さん』と呼んで
いる事に気付かなかった。自分への呼び名が『僕』から『俺』に変わっている事にも気
付いていない。
 この親子の様子を見ていた男が一人。ユニコルンを自動操縦にして、アークロイヤル
にやって来た不動剛馬だ。
「子は変われど親は変わらず、子が離れるのを親は望まず、か。厄介なものだな。そう
言う俺も、他人の事は言えないが……」
 剛馬はかつての戦友からの宣戦布告を思い出す。愛弟子であるトロヤを自爆させてま
で事を成し遂げようとした、両腕を失っても怒りと憎しみを燃やし続けている男。
 あの男の憎しみが、更に別の人間の人生も変えた。師に裏切られたトロヤは、師の真
意を確かめる為と言って、自分たちに着いて来た。
『変わっていく。憎しみが皆を、世界を変えていく。だが、俺は…』
「剛馬殿」
 いつの間に来たのか、宮城夏が剛馬の名を呼ぶ。
「お前か。俺に近づく気配を悟らせないとは、随分と腕を上げたようだな」
「失礼だが、剛馬殿は腕を落としたようでござるな。今の貴方は二年前とは別人のよう
でござる」
「二年もあれば人は変わる。お前や、マルコだってそうだろう?」
「剛馬殿、拙者はこの二年の間、貴方を倒す為に、貴方を超える為に修業に明け暮れて
きた。だが……」
「ご覧の有り様だ。今の俺には、お前が命と信念を懸けてまで挑む価値は無い」
「……………………」
 自分自身を突き落とすような剛馬の発言を、夏は否定しなかった。
「分かったら、さっさと行け。いや、ここはお前達の艦だったな。去るのは俺の方か」
 自虐気味に笑い、夏の横を通り過ぎる剛馬。その背中に向かって、夏は言葉を浴びせ
た。
「剛馬殿、拙者は待つでござる。貴方との決着をつけない限り、拙者は先に進めないの
でござる」
「………………」
 剛馬は聞こえなかった振りをして、格納庫から出て行った。その表情は険しいものに
なっていた。
「ふん、どいつもこいつも勝手な事ばかり言いやがって。いや、悪いのは俺か。酒を飲
んで忘れようとしても、過去からは逃げられないらしいな。では、どうする、俺? 無
駄に逃げ続けるのか、それとも……」



「はあ……」
 ユニコルンの廊下を、ため息をつきながら歩く男。レオ・ゲルツェンだ。
 彼は少し落ち込んでいた。剛馬からベルゼルガという高性能MSを譲り受けながら、
なぜか活躍できない。前回の戦いでも七華のサポートが出来ず、戦いが終わった後、彼
女に散々怒られた。
「機体に問題は無いから、やっぱり俺の腕が悪いんだろうなあ。シミュレーションでは
完璧なのに、どうしてなんだろう?」
 いくら考えても分からない。機体との相性が悪いのだろうか
「シュウに相談してみようかな。あいつも今、ちょっと大変みたいだけど」
 ディプレクター嫌いのレオだが、シュウとはなぜか気が合い、短い間に仲良くなって
いた。二人とも女に苦労しているからだろうか?
「ん? あれは…」
 廊下の向こう側から、歩いてくる人影がある。イノリだった。
「って、お前、何やってるんだ! カプセルに入らずに外を歩くなんて!」
 イノリの元へ駆け寄るレオ。彼女の顔色は青く染まり、息も荒い。まるで重病患者の
ようだった。
「やっぱり苦しそうじゃないか。カプセルはどこだ? 早く入らないと……」
「わ、分かっているわ、よ。大丈夫、だから、手を放し、て。このスケベ」
 スケベという単語だけはしっかりと言いつつ、イノリは自分の足で立った。
「も、もう少しは行けると思った、んだけど、まだダメ、ね。でも、昨日よりは、長く
歩けたわ。これなら…」
「何だって? お前、昨日もこんな事してたのかよ。無茶だ、お前の体は…」
「わ、分かってい、るわよ。自分の体、の事、だし。でも、歩きたいの。歩かなくちゃ
いけないのよ。自分の足で、歩いて、あの女の、所に、行かない、と」
「あの女って……鬼一口の事か?」
 イノリが興味を抱いていた男、バルドル・カッフェを殺した殺人鬼、鬼一口。ライゴ
ウに乗って機動闘技場で暴れた彼女は、マルコに倒された後、半壊した機体と共にユニ
コルンに収容された。今は病室で眠っているはずだ。
「カプセルな、んかに、入った弱い、私じゃダメ。カプセルに入ったままじゃ、あの女
を殴れない、し」
「殴るってお前、あの女を…」
「許さない。バルドルやマルコが、許し、ても、私は絶対に、許さない」
 レオの心が痛む。女性恐怖症のレオにとって、イノリはその事を気にせずに話せる唯
一人の女だ。その彼女の心に強い跡を残したバルドルに、
『!? バカな、こいつとはただの仕事仲間だ。気軽に話せるのもこいつがカプセルに
入っていたからで……』
 だが、今のイノリはカプセルから出て、自分の足で歩いている。危険な外の空気に触
れて、憎い女の所へ行こうとしている。それはイノリにとって、実戦にも勝る程に辛い
事の筈。
『それでもお前は行くのか。そんなにも許せないのか。憎んでいるのか。忘れられない
のか。あの女の事を、あの男の事を、そんなにも……』
 レオにはイノリの気持ちが分かった。彼もまた、忘れられない憎しみを抱いている人
間だから。
「よっ、と」
「! な、何を、するのよ」
「肩を貸してやる。このままあの女の所に連れて行ってもいいんだけど、お前はそれじ
ゃあ気が収まらないんだろう? だからお前があの女の所に行くのは手伝わない」
 それはイノリの愛の証。過ごした時間は短かかったが、そして本人も気付いていない
だろうが、彼女はバルドルを本当に愛していたのだ。
「けど、戻る時は手伝っても構わないだろ? 途中で倒れたら俺が担いで部屋まで連れ
て行ってやる。だから気の済むまで、一歩でも先に進め。そうでもしないと、いつまで
経ってもあの女の所には辿り着けないぞ」
「……大きな、お世話、よ。でも、確かにあなたの言うとおり、ね。分かったわ」
 イノリはレオの方に体を預けた。力の抜けた少女の体は、軽くて柔らかかった。



 ユニコルンとアークロイヤルが行動を共にするようになって、一週間が経過した。
 この間に、世界を揺るがす大事件が起きた。ブレイク・ザ・ワールド。世界各地に降
り注がれたユニウスセブンの破片は多くの人命を奪い、新たな戦火を呼ぶ。
「…………酷いものね。想像以上の被害が出そうだわ」
 男は、世界が壊れる凄惨な映像を見て、哀しそうに呟いた。広い豪邸の椅子に腰を下
ろし、モニターを見つめる彼の目には、やるせない悲しみが込められていた。
「マティス、これもあなたの計画の内なのかしら? 世界を壊し、人の命を奪う事が人
類の繁栄の為になると思っているの? いいえ、あなたはそんなに頭の悪い人じゃない
わね。だとしたら、これを許した今のあなたは……」
 女性の口調だったが、男の声には男性らしい力強さを感じさせられた。それは、この
男の決意の証。
「そろそろ私も動く時が来たようね」
 男は懐からトランプのカードを取り出した。スペードのマークが書き込まれた、十三
枚のカード。
「ダブルZやメレア・アルストルの野望を粉砕し、世界を救う力を持つ十三の剣。でも
彼らは強いわ。下手に私が関わったら、彼らの戦いを妨げてしまう。力を貸すべき人は
慎重に選ばないと」
 男は、トランプに張られた十三人の写真を見て、じっくりと考える。
 切り札であるAのカード、ディプレクター北米支部長、キラ・ヤマトを選ぶべきか。
 2のカードである自称宇宙一のジャンク屋、ロウ・ギュールを選ぶべきか。
 7のカード、オーブ大統領の護衛を務める伏龍、アスラン・ザラか。
 その上司である10、オーブ共和国臨時大統領、カガリ・ユラ・アスハにすべきか。
 絵札のJ(ジャック)、ディプレクタープラント支部長、ガーネット・バーネットも
頼もしい存在だ。
 ディプレクターのQ(クィーン)にして世界の平和の象徴、ラクス・クラインは強い
女性だ。彼女なら自分のサポートを受けなくても、充分に戦えるだろう。
 ではK(キング)のカード、フェイクGの一機サンライトのパイロットにして、メレ
アにとって宿縁の敵とも言うべき男、ダン・ツルギを選ぶか。
「…………違うわね。彼らは世界の表舞台に立つべき人達。私は裏の住人。裏が手を貸
すべき人もまた、裏の住人であるべきなのよ」
 男が選んだのは、何も書かれていない純白のカードだった。マークすら描かれていな
い、白一色のカード。
「何も書かれていないからこそ、その可能性は無限。アルベリッヒ・バーネット、いい
え宇流影太郎の意志を継ごうとしている男、マルコ・フィオーレ。メレアにとって獅子
身中の虫となってくれる事を祈るわ」



「うっ、ううっ、うっ……」
 目覚めぬ悪夢の中で、女は苦しんでいた。
 自分の周りに無数の人間が立つ。見覚えのある顔もあれば、無いものもある。
 見覚えのある顔は、かつて女が殺した人間の顔。知らない顔の者も、恐らく自分が殺
した人間なのだろう。
 どの顔も恨みと憎しみに満ちていた。それは仕方ない。自分を殺した者を憎むな、恨
むなという方が無理だろう。
 だから彼女も憎まなかった。恨まなかった。その代わり、生き続けてやる。多くの恨
みと憎しみを買ってでも、それでも生き延びる。彼女はそうやって生きてきたし、人間
として正しい生き方だと思っていた。
 だが、あの男は違った。自分の命を捨ててまで、他人を助けようとした。恨みも憎し
みも無く、笑いながら死んだ。
 なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?
 分からない、分からない、分からない、分からない。
 迷う女に、その男はそっと語りかけてきた。これは夢。だとしたら男の言葉は、女が
心の奥底で思っていた事。自分自身の望み。
 ならば、迷う事は無い。
 女は、永い眠りから目を覚ました。



 ブレイク・ザ・ワールドから更に時が流れ、アークロイヤルではデスフレームの強化
改造が最終段階に達していた。マルコもアークロイヤルに泊り込み、その調整を手伝っ
ている。
 一方、ユニコルンの格納庫も暇ではなかった。作業用の小型ロボット達が行き交い、
人を避けながら整備をしている。
「うわっと、危ない」
 直進してきた作業ロボットを避けたシュウは、あるMSを見上げた。そして、その操
縦席でOSの調整をしている男の名を呼ぶ。
「アーケンスさーん、そろそろ昼飯ですよー!」
「お、もうそんな時間か。時が立つのは早いな」
 ジョナサンは操縦席から出て、床に飛び降りた。かなりの高さから飛び降りたのに、
しなやかに着地する。
「凄いですね。さすがはアーケンスさんだ」
「いや、ちょっと体が鈍っている。ライゴウの調整が終わったら、トレーニングをし直
さないと」
 そう言ってジョナサンは振り返り、自分の新たな愛機を見る。かつて鬼一口が乗り、
機動闘技場でマルコと戦ったフジヤマ社製のMSは、修復を終えて元の姿を取り戻して
いた。
「フジヤマ社もちゃっかりしてますね。俺達にこの機体を貸す分、実戦データはきちん
と送ってくれなんて。俺達は正義の為に戦っているんだから、MSの一機ぐらいサービ
スしてくれても…」
「いやいや、かなり気前が良いと思うぞ。データを送るだけで、予備パーツやら追加武
装まで送ってくれたんだからな。試作機の一機だけで豊富な実戦データが手に入るんだ
から、向こうにとってもありがたい話なんだろうが」
 話をする二人は、後ろに忍び寄る影に気付かなかった。影は二人の間に割って入り、
一目散に走る。
「!? だ、誰だ、今のは?」
「女……? お、お前は!」
 MSの体を飛んで登る女の顔を見たジョナサンは驚いた。その女は、昨日まで病室で
寝ていた意識不明の重態女だったからだ。
「鬼一口、貴様、何を…」
 するつもりだ、とジョナサンが質問する前に鬼一口はライゴウに乗り込んだ。ハッチ
を閉じて、起動コードを入力する。
「戦う。戦う。私は、戦う……」
 その単語のみを呪文のように唱える鬼一口。彼女は自らを狂わせようとしていた。



 鬼一口の脱走は、直ちにアークロイヤルに伝えられた。デスフレームの改良作業が終
わり、喜んでいた一同の気持ちは一気に冷えた。
「あの女、どこへ逃げるつもりだ? まさか師匠の、いやダブルZの所へ行くつもりな
のか?」
 敵が増える事に不安を抱くトロヤ。だが、ライゴウは遠くには行かず、大地に降り立
った。接近戦用のキャリバーンストライカーを装備し、機体の青い部分が水色に変わっ
たライゴウから、アークロイヤルに通信が送られてきた。
「マルコ・フィオーレ、私と戦いなさい。パワーアップしたデスフレームで私と戦いな
さい。そして、私に殺されなさい。強い敵を殺す事で、私は生きる事を許される。私が
生きる為にはあなたを、敵を殺すしかないのよ」
 鬼一口からの一方的な挑戦は、マルコの母親を激怒させた。
「な、何よあの女! 勝手な事を言って、MSを盗んで、その上私のマルコを殺すです
って!? 冗談じゃないわ、あんなバカ女、私が殺して…」
「ストップ、ストップ。カテリーナ、落ち着きなさい。ケンカを売られたのはマルコ
で、あんたじゃない。で、どうするの、マルコ?」
 プロフェッサーの問いに、マルコは迷わず答える。
「行きます」
「そう言うと思ったわ。ロウ、オーバーデスフレームの調整は終わってるわね?」
「ああ、バッチリだ。けど充分なテストはまだしてないぜ」
【武装の安定性に不安が残る。実戦形式のテストはしておきたかったな】
 調整を手伝った8(ハチ)の言うとおりだったが、そんな時間は無さそうだ。鬼一口
のライゴウは、左腕のロケットアンカー《パンツァーアイゼン改》の砲口を上空のアー
クロイヤルに向けている。いつ撃ってきてもおかしくない。
「お客様をお待たせする訳には行かないわね。いきなりの実戦だけど、出すわよ。みん
なも手伝って」
 プロフェッサーの指示に従い、ロウ達は生まれ変わったデスフレームの出撃準備を行
なう。マルコも母の心配そうな視線を背に受けつつ、MSの操縦席に乗り込む。
 ユニコルンから通信が入った。レオとイノリの顔がモニターに映る。
「マルコ、あの女と戦うのね」
「ああ」
「お願い、あいつを殺して」
「……………………」
「あの女、バルドルに助けてもらったくせに、バルドルを殺したくせに、まだあんな事
を言っている。許せない、絶対に許せない。だから…」
「イノリ、マルコの集中を乱すな。マルコ、負けるなよ。そして新しいデスフレームの
力、見せてもらうぞ」
「ああ。全力でやってみるさ」
 マルコは簡潔にそう答えて、二人からの通信を切る。そして操縦席のハッチが閉じ
て、自分一人の世界に入り込む。
 いや、彼一人の世界ではなかった。
【いよいよですね。緊張してきました】
【ふっ。ビビるなよ、光(コウ)。初めての戦いでも、やる事は前と同じだ。戦って勝
つ、それだけだ。なあ、マルコ?】
「ああ、そうだな。だが、それが一番難しいんだぞ、闇(アン)」
【いいや、お前は勝つさ。俺と光(コウ)がサポートするんだからな。アキを助けるま
で、お前には勝ってもらわないと困るんだよ】
 デスフレームを制御する人工知能・光(コウ)と、そのもう一つの人格である闇(ア
ン)。二つの人格はその体が生まれ変わると共に同居し、マルコと同時に語り合う事も
可能となった。
『プロフェッサー達の調整のおかげか。組織の科学者でも出来なかった事をやるとは、
凄すぎる人達だ』
 デスフレームを改良するロウ達の技術力は、個人レベルのものとは思えなかった。熱
意とアイデア、そしてそれを実現する力は、メレアの組織をも凌駕していた。
 強い思いで夢を現実にする者達。彼らと出会った事で、マルコは人の可能性と、世界
の広さを知った。そのせいか、組織の中で籠もっていた頃には、考えもしなかった事ま
で頭に浮かぶ。
『大総裁は、組織以外の人間はみんな愚かで、だからこそ自分が導かなければならない
と言っていた。だが、本当にそうなのか? ロウ達も、そしてあの女も、そんなに愚か
だとは思えない』
 その答えを知る為にも、マルコは『あの女』と戦うつもりだ。
「準備、終わったわよ。行って来なさい、マルコ」
 プロフェッサーのその言葉をマルコは待っていた。操縦桿を強く握り、
「了解。マルコ・フィオーレ、アストレイ・オーバーデスフレーム、行きます!」



 オーバーデスフレーム。
 そう呼ばれるMSは、その足を地に下ろした。その姿を目にした鬼一口は、一瞬心を
奪われた。
『綺麗……。歪(いびつ)だけど、でも、綺麗』
 ダークグリーンとダークブルーという配色は、旧デスフレームと同じ。だが、機体の
形状は大きく変わっている。
 最も変わった点は両腕だ。上腕部に装甲が付けられたせいか、普通のMSより一回り
大きな腕に見える。
 雄々しくも美しき、異形の機体。心に闇を持つ殺人鬼を惹き付けるその名は、アスト
レイ・オーバーデスフレーム。
「死を超えて勝利を掴む。それ故にオーバーデスと名乗る。行くぞ、鬼一口!」
「ええ、来なさい。機動闘技場の時みたいには行かないわよ!」
 開戦。突進してきたオーバーデスフレームに対し、鬼一口のライゴウはロケットアン
カー《パンツァーアイゼン改》を撃つ。牽制として撃ったもので、当たるとは思ってい
なかった。だが、
「!? 避けない? どうして…」
 ロケットアンカーの鋭い先端に向かって、オーバーデスフレームは真っ直ぐに飛び込
んできた。その顔がアンカーによって貫かれると思われた瞬間、オーバーデスフレーム
の右腕が動いた。巨大な右腕は素早く動き、その装甲で鋭いアンカーを弾き飛ばす。
 いや、よく見ればそれは『装甲』ではなかった。腕を覆っていた装甲は、一瞬で丸く
分厚い盾に変わっていた。そして、またすぐに元の形状に戻る。
【《シユウ》システム、良好。形状変化のスピードも問題無し。行けるよ、マルコ】
【浮かれるな、光(コウ)。俺の計算では変形までの時間は、あと0.005秒は縮め
られる。機体の制御は俺とマルコに任せて、お前は《シユウ》の調整に集中しろ】
【う、うん。分かったよ、闇(アン)】
 もう一人の自分に怒られる光(コウ)。二重人格の人工知能が自分に怒られるという
のは、どうにも奇妙な光景だ。マルコは心の中で苦笑した。
 光(コウ)が変形させた変幻自在装甲《シユウ》は、特殊な液体金属とナノマシンに
よって構成された、その名のとおり、自在に変形する装甲だ。状況に応じて様々な武器
に姿を変える事が出来る、究極の汎用兵器と言ってもいい。
 しかしその制御は高度な人工知能を持ってしても、極めて困難だった。8(ハチ)で
さえ根を上げたその制御を、光(コウ)と闇(アン)は一方の人格を制御に集中させる
事によって行なっている。自分達でも、どうしてそんな事が出来るのかよく分からない
らしいのが不安だが、心強い武器である。
「くっ、だったら!」
 鬼一口はキャリバーンライゴウの右腕に装備された武装、ビームブーメラン《マイダ
スメッサー改》を放つ。従来のマイダスメッサーとは違い、実体の刃にビーム刃を纏わ
せて、威力を上げている。
 更に背中の対艦刀《シュベルトゲベール改》と、大型ビームサーベル《カラドボル
グ》の両刀を手にする。巨大な剣の二刀流で、一気に勝負を決めるつもりだ。
「はああああああっ!」
 ブーメランの後に続き、切り込んでくるライゴウ。これではブーメランを避けても、
その隙を突かれて斬られてしまう。
「闇(アン)!」
【分かっている。行け、《キバ》ども!】
 人工知能・闇(アン)はオーバーデスフレームの腰のスカート部分に、攻撃指令を下
した。腰の両脇と、後ろの部分に搭載されていた機械が動き、放たれた。
 三つの機械はいずれも細長く、その形状は名前のとおり、獣の牙を思わせた。高速で
飛ぶ三機の尾からは、美しい光の粒が放たれていた。
 三機の《キバ》の先端から、光の刃が出た。三本のビームの牙は一斉に《マイダスメ
ッサー改》に襲い掛かり、貫き、爆破させた。
 闇(アン)によって制御される自立攻撃ユニット《キバ》。《シユウ》と並ぶオーバ
ーデスフレームの強力な武器である。
 邪魔なブーメランは片付けた。そして、迂闊に近づいてきたライゴウには、
「受けろ、激振の蹴りを!」
 オーバーデスフレームの体が回転、強烈な右回し蹴りがライゴウに襲い掛かる。
「!」
 鬼一口の生存本能が告げた。これは普通の蹴りではない。
 事実、そのとおりだった。左腕の《パンツァーアイゼン改》を盾として蹴りを受け止
めたのだが、頑丈な《パンツァーアイゼン改》が塵と化していく。
「こいつ、足にも《ホクト》とやらを、くっ!」
 鬼一口は《パンツァーアイゼン改》を切り捨て、ライゴウを素早く後方に下げた。そ
の直後に《パンツァーアイゼン改》は、完全に塵となった。あと少し、離脱が遅れてい
たら左腕も同じようになっていただろう。
 両腕のみに搭載されていた《ホクト》を、両足にも搭載。これは攻撃力の増強という
メリットと共に、激振動の反動も増加して機体も損傷するというデメリットももたらす
禁忌の強化だった。それ故にデスフレームでは行なわなかったのだが、
「光(コウ)、機体の調子はどうだ?」
【ほとんどダメージは無いよ。《シユウ》による激振動の反動の拡散と軽減は計算どお
り、いや、それ以上だね。《ホクト》も今までより使いやすくなるよ】
【その分、《シユウ》を制御するお前の役割は重要だぞ。気を抜くなよ、光(コウ)】
【分かっているよ、闇(アン)。君こそ油断しないで。戦いはまだ始まったばかりなん
だからね】
【ふん。長期戦なら望むところだ。エレア・クーウェルが作った《ストロングス》とや
らがどこまで力を与えてくれるか、耐久力を試すにはいい機会だ】
 不敵な発言をする闇(アン)。だが、それは自らの不安を打ち消す為のものだったの
かもしれない。
「……………………」
 マルコとオーバーデスフレームが押しているように見える状況だったが、マルコの顔
色は冴えなかった。むしろ不安と恐怖の色が濃くなっている。



「鬼一口め。相変わらず、恐ろしい女だな」
 アークロイヤルの艦橋モニターで戦いの様子を見ていた剛馬もまた、マルコと同じよ
うな表情だった。鬼一口とは付き合いの長い彼は、あの殺人鬼の恐ろしさをよく知って
いる。
「えっ? でも、マルコが押しているように見えるわよ。ライゴウは逃げているだけじ
ゃないの?」
 樹里の言うとおり、鬼一口のライゴウはオーバーデスフレームの攻撃をかわすのがや
っと、というようにしか見えなかった。逃げたり避けたり、その繰り返しで攻撃をして
こない。
「ああ、そうだな。あいつは逃げているだけだ。マルコの攻撃を逃げて、そして、全て
かわしている」
 ロウの顔付きも、マルコや剛馬と似たものになっていた。見回すと七華やトロヤ、夏
やフィアなどMSの操縦に優れた者達は皆、同じ顔をしていた。
「マルコの攻撃は悪くない。ううん、並の奴なら最初の回し蹴りで終わっているわ」
「そうだな。俺だったら《ホクト》が足にもあるなんて思わず、あれでやられていた。
けど、あの女は…」
「一瞬で《ホクト》の存在を察知して、最小限の犠牲で逃げた。その後も迂闊に近づか
ず、オーバーデスフレームの動きを予測して、全ての攻撃をかわしている。敵ながら見
事でござる」
「そうね。『スナイパー殺し』と言われる私でも、こんなに長い間、避け続ける自信は
無いわ」
 マルコと鬼一口の戦いが始まって、二十分が経過していた。だがマルコの攻撃は一発
も当たっていない。
「エレア、《ストロングス》は持つのか?」
 剛馬の質問に、エレアはしっかりと頷く。
「あれには私の全てを注ぎ込んだわ。火星で学んだ事だけでなく、地球に来てから学ん
だ事も、全て。あれのエネルギーが尽きる事なんて無いわ。でも…」
「人間の方はそうはいかないだろうな。マルコはまだまだ子供だ。体力もそろそろ限界
だろう」
「クーン……」
 レウが心配そうに鼻を鳴らす。皆も同じ心境だった。



 避ける、避ける、避ける。
 最小限の動きで避ける。エネルギーの消耗を出来るだけ抑えて、敵の攻撃をかわす。
 生きる為に。生き延びる為に。
「…………違う」
 これでは駄目だ。こんな戦い方では駄目だ。
 私は、こんな事の為に戦っているのではない。
 私が戦うのは、生きる為ではない。
 私が戦うのは、死を恐れているからではない。
 私がマルコ・フィオーレと戦う理由、それは……。



【ガルとバシは左右から挟み込め! 逃げたところをドガで仕留める!】
 三機の《キバ》を巧みに操り、ライゴウを追い詰めようとする闇(アン)。しかしラ
イゴウは彼の予想を超える素早い動きで、《キバ》の攻撃をあっさりかわした。
【クソッ、何で当たらないんだよ! 人間如きが俺の計算を上回るなんて、そんな…】
「闇(アン)、ちょっと黙っていてくれ」
 マルコは初めて、闇(アン)に命令を下した。その氷のように冷静な声に、さすがの
闇(アン)も、
【わ、分かった……】
 と引っ込むしかなかった。
 マルコは攻撃の手を止めて、少し考える。オーバーデスフレームの性能は予想以上だ
った。光(コウ)と闇(アン)のフォローも万全、各武装にも問題は無い。
『それなのに鬼一口を倒せない。俺がこの機体の性能を引き出せていないからだ』
 光(コウ)と闇(アン)のフォローが優れすぎている為、ついつい彼らに任せてしま
った。しかし、それでは駄目だ。これは俺とあの女の、マルコ・フィオーレと鬼一口こ
と柚木良子の戦いなのだ。
「あの女は覚悟を決めている。俺と戦う覚悟があるから、俺をよく観察して、その動き
を見切っている」
 ならば自分も覚悟せねばならない。この戦いに命を賭ける覚悟を。
 マルコは深呼吸した後、眼を閉じた。レーダーやセンサー類も全てカットした。
【えっ、ちょっ、ちょっと】
【おい、マルコ、お前何を…】
 人工知能の音声機能も切った。狭い操縦席は静寂で包まれた。
「………………………………………………………………」
 自分の心の中から何かが湧き上がってくるのを感じる。それは恐怖。敵への恐怖、敗
北への恐怖、そして、死への恐怖。
 気付かない振りをしていた。忘れた振りをしていた。だが、逃れられない。忘れられ
ない。当然だ、この敵は常に自分と共にある。生きている限り、恐怖からは逃れられな
い。
 鬼一口は、その事を知る機会が悪すぎたのだろう。恐怖から逃れられないと彼女が知
ったその場所は、戦場よりも過酷な砂漠の中。敵との戦いで恐怖を忘れる事も出来ず、
それでも生きる為に仲間を殺して、今度は仲間達に怯えて、それでも生き抜いてきた。
『地獄だな……』
 マルコは鬼一口と呼ばれる女に同情した。マルコの背には冷や汗が流れている。ただ
眼を閉じただけで、これ程の恐怖を感じたのだ。あの女が感じた恐怖は、想像を絶する
ものだろう。それ故に彼女は仲間を殺し、それを肯定する為に生きて、人を殺し続けて
きたのだ。
 哀れだと思う。悲しい女だと思う。だからこそ勝ちたいと思う。あの女を救ってやり
たいと思う。彼女を恐怖から解放する為には、彼女に勝って、負けても生きられるのだ
と教えるしかない。
『バルドル、あんたとは違うやり方だが、これが俺なりのレスキューだ』
 決意を固めたマルコは、操縦桿を動かした。
 オーバーデスフレームは、背中のパックからビームサーベルを抜いた。《ホクト》も
《シユウ》も《キバ》も使わない。使う武器はサーベルと、マルコの覚悟のみ。
 マルコの変化は、鬼一口も感じた。
「? あの子、今までとは違う。動きが読めない。何かが変わった?」
 行動パターンが予測できない事に動揺する鬼一口。だが、これこそ彼女の望んだ事で
もある。
「成長したみたいね。いいわ、それでこそ!」
 キャリバーンライゴウは二刀を振りかざした。《シュベルトゲベール改》と《カラド
ボルグ》、MSを紙の様に寸断する刃を持って、オーバーデスフレームに襲い掛かる。
 受けて立つマルコの心を占めるのは、恐怖。死にたくない。負けたくない。だから相
手の動きを良く見る。鬼一口と同じように相手を観察して、動きを見切り、攻撃をかわ
して、そして、
「やあああああああああああああああああああっ!!!!」
「!」
 二刀の斬撃を掻い潜ったオーバーデスフレームのビームサーベルが一閃、ライゴウの
両腕を切り落とした。
 文字どおり、一瞬の煌きで勝負はついた。二十分以上も続いた戦いの終わりは、実に
呆気ないものだった。
 そう、『戦い』の終わりは。



 地に尻を着いたライゴウから、鬼一口が出て来た。仲間を殺してまで今まで生きてき
た女の顔は、妙に晴れやかだった。
「負けた……」
 完敗だった。刹那とさえ言えない、ほんの一瞬の攻防。だが、それで充分だった。あ
の時、マルコは自分を超えたのだ。
 あの一閃は死の恐怖に追われ、逃げ続けてきた自分に止めを刺してくれた。そう、自
分は死の影に追いつかれた。でも、まだ生きている。負けたのに生きている。
 当然だ。敗北が常に『死』に繋がっている訳ではない。そういう場合の方が少ないの
だ。敗北や失敗から学び、そこから努力して、前より強くなる。倒れても立ち上がり、
再び歩き出す。それが人間であり、生きるという事なのだ。
「私はそんな事も忘れていた。負けて死ぬ事を恐れて、何も学ばなかった……」
 だから負けたのだ。でも、そのおかげで分かった事がある。
「マルコ。私があなたと戦ったのは、それがバルドルの願いだったから」
 バルドル・カッフェ。鬼一口に殺された彼は、それでも彼女を助けようとした。
 眠っている間、鬼一口はずっと彼の夢を見ていた。夢の中のバルドルは、何も言わな
かった。ただ優しく微笑み、時々遠くの方を寂し気に見ていた。
 それは昔、鬼一口が殺した仲間の一人の眼に似ていた。いつも家族の事を語り、その
元に帰る事だけを願っていた男。あの男も家族の思い出を語った後、あんな眼をしてい
た。今、ここにいない者を心配する眼。
 バルドルが心配しているのは誰だろう? 決まっている、彼の仲間だ。彼が死ぬ間際
に願いを託した男の事だ。
 マルコ・フィオーレ。
 短い間ではあったが、二人の間には確かな絆が出来ていた。だからこそマルコはバル
ドルの願いを聞き、鬼一口を助けたのだ。
 そんな優しい少年から、鬼一口は友人を奪ってしまった。自分を助けようとした優し
い人を殺してしまった。
 いや、バルドルだけではない。自分は今まで、どれだけ多くの人を傷付けてきただろ
うか。かつての仲間、崑崙党の邪魔をした者、闘技場で戦った相手。不動剛馬とマクシ
ー・ミガゲノもそうだ。マクシーが両腕を失ったのも、鬼一口のせいなのだ。それが原
因であの二人は、友情を壊してしまった。
 ああ、何と自分は罪深いのだろう。どれだけの罪を犯してきたのだろうか。
 鬼一口は苦しんだ。苦しみ、悶え、悩み、痛み、そして考えた末に出した結論は、
「バルドルはマルコ、あなたに夢を託した。夢を叶える為には力がいる。あなたは強く
ならなければならない。だから私はあなたと戦った」
 マルコを強くする為に、嘘をつき、挑発して、マルコに本気を出させた。そしてマル
コは自分に勝った。勝ってくれた。
「ああ。そうだろうと思ったよ」
 やはり、この少年は全てを悟っていた。賢い子だ。その上で全力を出して、自分と戦
ってくれた。優しい子だ。
「そう、分かってたんだ。だから私を殺さなかったの? バルドルの仇なのに、私を殺
さないのは……」
「いや、バルドルの事は関係ない。俺はもう、人を殺したくない。それだけだ」
 バルドルという友を失った時、マルコはとても嫌な気分になった。二年前に影太郎が
消えた時と同じ、いや、それ以上の喪失感。
「誰かを殺せば、どこかの誰かにあんな気持ちにしてしまう。そんなのは嫌だ。耐えら
れない。だから俺は人を殺さない。たとえ相手が、どんな悪党だとしてもな」
「甘いわね。そんな考え、戦場では通じない。あなたが殺されるわよ」
「だから俺は強くなる。殺さない為に、殺されない為に、俺は強くなる。本当の強さを
手に入れる」
 人を殺す事など簡単だ。ナイフ一本あれば、子供でも大人を殺せる。だが、それはマ
ルコの求める『強さ』ではない。
「戦争だから、戦場だからと人殺しを肯定するのは、俺には納得できない。どんな理由
があっても、人を殺す事がいい事だなんて、俺は認めたくない」
 鬼一口という殺人鬼との戦いの中で、マルコは彼女の悲しみを知った。彼女の罪を許
すつもりは無いが、それを理由に彼女を殺したくはない。矛盾しているが、それが正直
な気持ちだった。
「戦いのプロなら、あんたをあっさり殺すんだろうな。けど、俺は殺さない。俺は戦い
のプロなんかになりたくない。俺がなりたいのは、そんなんじゃないんだ」
 マルコの頭に浮かぶのは、二人の男の顔。宇流影太郎とバルドル・カッフェ。
「俺は、人を救う為に戦いたいんだ」
 甘い理想だった。だが、鬼一口はニッコリと微笑んでくれた。
「ありがとう。バルドルもきっと喜んでいるわ」
 礼を言った後、鬼一口は歩く。ライゴウから離れていくその手にあるのは、手榴弾だ
った。
「マルコ、あなたの夢を叶えなさい。信じて、諦めず、生きて、努力し続ければ、どん
な夢でも叶うわ」
 それが鬼一口、柚木良子の遺言だった。
 爆発。飛び散る血と肉片。かつてアジア全土を震え上がらせた殺人鬼は、安らかな心
で逝ってしまった。
「……………………」
 マルコは彼女を止めなかった。なぜか、と聞かれると答えられない。死んでほしくは
なかったが、彼女が最後に見せた微笑みの美しさに見惚れてしまったのだ。
「あれが、死を受け入れた人の顔なのか……」
 だとしたら、自分はあれを超えていかなければならない。死の先にある生を、未来を
掴み取る。自分はその為に戦うのだから。



「ふざけないで! こんな、こんな結末、私は認めない! 認めないわ!」
 ユニコルンの艦橋モニターの前で、イノリが叫ぶ。柚木良子の死を望み、その戦いと
最期を見た彼女の心は、荒れ狂っていた。
「自殺なんて、自分で自分を殺すなんて、あんなの認めない! 許さない! あいつは
もっと苦しんで、傷付いて、それから死ぬべきだったのよ! そして、殺すのは私。ど
うせ死ぬつもりだったのなら、私に殺されなさい! それなのに、それなのに、あんな
……うっ、ゴホッ、ゴホッ!」
「イノリ、もうよせ。カプセルに戻った方がいい」
 涙を流し、咳き込みながら怒るイノリを、心配したレオが止める。肩を貸して、イノ
リを部屋に連れて行く。
「ゴホッ、ゴホッ、わ、私は許さない。許さないんだから……」
 呪いの言葉を吐くイノリと、彼女を支えるレオ。二人が退室した後、残されたジョナ
サンとシュウは息を付いた。
「ふう、凄まじいものだな。大人しい女を怒らせると怖い、怖い」
「確かに。でも鬼一口、いえ、柚木良子ですが、最初から死ぬつもりだったんでしょう
か?」
「爆弾を持っていたという事は、そうだろうな。マルコの成長を見届けて、思い残す事
が無くなったんだろう。そして、あいつの尻を叩く為に自分の命を使った。これでマル
コは、柚木良子の命も背負う事になった。人の命を背負っている以上、無様な生き方は
出来ん。これからのあいつは大変だぞ」
「そうですね。まだ十三歳の子供なのに……」
「あいつの背負った荷物を代わってやる事は出来ん。それでも、手伝いくらいはしてや
りたい。俺はもうしばらく、あいつに付き合う。シュウ、お前はアニーを連れて上海支
部に帰れ」
「いえ、俺も残ります。ダリウスはまだ捕まえていないし、あの子に力を貸したいのは
アーケンスさんだけじゃありませんよ」
「おいおい、それじゃあアニーはどうするんだよ。一人で上海に戻れと言って聞くはず
が……」
「ええ。戻らないわよ」
 艦橋の扉の前に、アニー・コーネリアが立っていた。兄ダリウスに見捨てられ、この
艦に収容されて以来、ずっと部屋に籠もっていた女は、腕を組んで二人を睨んでいる。
「檻に閉じ込めず、部屋に鍵も掛けないなんて、随分と無用心ね。私が逃げると思わな
かったの?」
「そんな気力があるようには見えなかったからな。で、何の用だ?」
 尋ねるジョナサンだったが、大体の予想は付いていた。それはシュウも同じだった。
「私、あなた達について行くわ。お兄様に会いたいの」
「会ってどうする? お前を見捨てた事を怒るのか、それとも…」
「分からないわ。だから会いたいのよ。そして確かめたいの。私の本当の気持ちを」
 迷いながらも、アニーも前に進む決意をしたようだ。かつて彼女に捨てられたシュウ
だったが、それでも少し嬉しくなった。



 戦いを終えてアークロイヤルに戻ったマルコの元に、謎の通信が送られてきた。ユニ
コルンにも回線を通して、全員に伝える。
 モニターには見知らぬ男の顔が映された。黒い髪で左目を隠した、上品そうだが得体
の知れない感じのする男だった。
「こんにちは、マルコ・フィオーレ君。鬼一口との戦い、見せてもらったわ。勝利のお
祝いの言葉は不要みたいね」
「誰だ、お前は。俺に何の用だ?」
「そんなに警戒しないで、と言っても無理ないわね。大丈夫、私はあなたの敵じゃない
わ。そうでしょう、プロフェッサー?」
 話を振られたプロフェッサーは、苦笑しながらも頷く。
「そうね。あなたには私も助けられたわ。桜道会もお世話になっているみたいだし」
「えっ? まさか、あなたは灯さんが言っていた…」
 エレアには心当たりがあるらしい。謎の男は頷き、
「彼女からもあなた達の事は頼まれたわ。私の名はマティアス。ダブルZと、あいつに
手を貸している私の妹を倒す為に、あなた達の力を必要としている者よ」
「ダブルZと、おまえの妹だと?」
「ええ、マルコ君。恥ずかしい話だけど、あの子はダブルZと組んで、この世界をメチ
ャクチャにするつもりなの。その後に、自分の思いどおりになる世界を作ろうとしてい
る。世界中の情報を握るあの子が、全てを支配する世界をね」
 困ったようにため息を付くマティアス。芝居がかった態度だった。
 話を聞いたカテリーナが、何かを思い出す。
「情報を握る、マティアス……。あなたの妹って、まさかマティスという名前じゃない
の?」
「そうよ。さすがメレア・アルストルの側近、よく知っているわね」
 認めるマティアス。この男、メレアの組織の事まで知っている。マルコはマティアス
への警戒心を強めたが、
「ああ、そんなに警戒しないで。言ったでしょ、私はあなた達の敵じゃないわ」
「そうかしら? 噂は聞いているわ。マティスさんの組織の邪魔をしている、一族の落
ちこぼれがいるって。それはあなたの事ね? マティスさんはメレア様の協力者よ。マ
ティスさんの敵であるあなたに手を貸すなんて…」
「いつの話をしているのよ。あの二人、表向きにはまだ手を組んでいるけど、裏では裏
切り合っているわ。お互いにお互いを利用しようと、色々やっているみたいよ」
「えっ!?」
 カテリーナは驚いたが、マルコはそうでもなかった。マティスという人物については
知らないが、メレアの事は良く知っている。あの傲慢な男に大人しく従う人間の方が珍
しい。
『! また俺は、何て不遜な事を…』
 組織への忠誠心が揺らぐマルコに、マティアスが追い討ちをかける。
「マルコ君、忠告するわ。メレア・アルストルとは手を切りなさい。その方が君の身の
為よ」
「!」
 その言葉には、カテリーナが黙っていなかった。
「あ、あなた、何を言っているんですか! うちの可愛い息子を誑(たぶら)かさない
でください!」
「誑かすなんて、人聞きの悪い。私は心配して言っているのよ。あの男は自分以外の人
間なんて、ゴミかオモチャ程度にしか考えていない。実の息子だってそうよ。こいつは
性格最悪だったけど、それでも血を分けた子供よ。それなのに、かなり酷い事をしてい
るわね」
「あれはあいつが、デューク・アルストルが悪いんです! あいつはメレア様を裏切っ
て、自分の妻と息子まで……。とにかく、伝統あるフィオーレ家の当主が、メレア様を
裏切るなんて出来ませんし、ありえません! あってはならない事です。お引取りくだ
さい!」
 悪質な勧誘業者を追い返すように、ピシャリと言うカテリーナ。だが、マティアスは
怯まなかった。むしろ同情するような眼をしている。
「伝統あるフィオーレ家、ねえ……。カテリーナさん、あなた、本気でそう思っている
の? それとも、みんなや息子さんを騙しているの?」
「? 何の事ですか。私はマルコや皆さんを騙してなんていません。特にマルコには、
絶対にそんな事はしません」
「そう。実はあなた達の組織については以前から調べさせていたんだけど、カテリーナ
さん、確かにあなたは凄い人だわ。組織の科学技術を大幅に進歩させ、メレアの側近と
して非の打ち所のない働きをしている。でも……」
 そこから先の言葉は、マルコは聞いてはいけない気がした。だが、聞かなければなら
ない気もした。だから彼は耳を塞がなかった。この時、耳を塞がなかった事を、すぐ後
にもの凄く後悔するのに。
「あなたの前に、フィオーレという姓の人間は、メレアの組織にはいないわ。巧妙に隠
されているような形跡も無い。本当に『いない』のよ。カテリーナさん、フィオーレ家
の先代当主って、どんな人だったの? その前の人は? お名前は?」
 次々と出される問いに、カテリーナは答えられなかった。顔を真っ青にして、
「あ…………ああ、ああ、うわあああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 絶叫。
 それは息子マルコの心を割く程に強烈で、哀しい悲鳴だった。

(2009・2/21、前半掲載 3/4、後半掲載)

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