PHASE−01
 過去と現在と未来の果てで

 コズミック・イラ。
 それは人類の歴史で最も過酷で、熾烈な時代。二度の大戦によって多くの命が散り、
人々が血と悲しみの涙を流した時代。
 しかし、戦いの日々は終わり、人類はようやく平和な時を手にした。第二次C.E大
戦から四年の歳月が流れたコズミック・イラ77、世界は穏やかな風に包まれていた。
 だが、その風を、時代の流れを拒む者もいる。平和な世界を拒絶し、闘争と破壊を求
める者達は、世界の影に潜み、機会が来るのを待っているのだ。その時が来れば、彼ら
は影から飛び出して世界を蹂躙するだろう。

 オーブ共和国の道路を、一台の巨大なトラックが走っている。いや、「走っている」
などという柔らかな表現は適切ではない。全速力で疾走し、警察が築いたバリケードも
壊して、トラックは暴走している。
 トラックの積荷は、オーブの国立銀行に収められる筈だった莫大な量の金塊だった。
運転している強盗犯達によって奪われてしまったのだが、この派手な逃走劇は強盗犯達
にとっても予想外のアクシデントだった。
「クソッ、警察の動きがここまで早いとは……。お前らがモタモタしているからだ
ぞ!」
 トラックを運転しているボス格の男が、助手席にいる二人の子分を怒鳴る。実際、こ
の二人がもたついたせいで逃げるのに手間取り、こうして追われる身になってしまった
のだ。
「お、親分、これからどうするんですか?」
「このままじゃ捕まりますぜ。オーブの警察はしつこいって有名だし…」
「ガタガタ騒ぐんじゃねえ! 予定通り、あの場所に行くぞ。あの工場にさえ辿り着け
れば……」
 ボスは目を血走らせて、必死でトラックを運転する。彼の執念が天に届いたのか、暴
走トラックは警察の追跡を振り切り、目的地に到着した。町外れにある寂れた廃工場。
ここはモルゲンレーテ社の古い施設で、作業用MSの実験場として使われていた。
「よし、行くぞ!」
 三人の強盗犯はトラックを乗り捨てて、工場の中に入った。数分後、警察のパトカー
が大量に到着し、工場を包囲した。
「お前達は完全に包囲されている! 大人しく出てこい!」
「無駄な抵抗は止めろ! 罪が重くなるだけだぞ!」
 投降を呼びかける警官達。包囲網は完璧でアリの這い出る隙間も無く、犯人達の逮捕
は時間の問題かと思われた。
 が、その期待は工場から登った爆炎によって打ち砕かれた。炎の中から巨大な三つの
影が現れ、パトカーに向かって来る。
 影の正体はモビルスーツだった。ボスの男が乗っているのはグフイグナイテッド、子
分二人はウィンダムに乗り込み、パトカーを踏み潰していく。
「も、モビルスーツ、しかも軍用のだと!? あのチンピラどもめ、モビルマフィアと
繋がっていたのか?」
 警官達は勇敢に立ち向かい、拳銃を撃つが、MSの装甲には通用しない。MSの巨大
な足が前に出る度に地震のような振動が起こり、立つ事さえままならない。
「ヒャッハー! 親分、こいつは最高ですぜ。うるさいポリどもが泡を食って逃げてい
きやがる」
「おうよ。高い金を出した甲斐があったってもんだ。こいつらを片付けたら逃げるぞ。
トラックも忘れるんじゃねえぞ!」
「了解! ヘヘッ、お宝、お宝」
 ウィンダムの手が金塊を蓄えたトラックに伸びたその時、一筋の閃光が天空より降り
た。高温の閃光はウィンダムの手を焼き、消滅させた。
「なっ!?」
「お、親分、あ、あ、あれ、空の上の、あれは……」
「そ、そんな馬鹿な、こんな早く来やがったのか!?」
 狼狽える強盗犯達。彼らの頭上には、八枚の翼を広げたMSが飛んでいた。数は一、
だがその強さは世界中の誰もが知っている。もちろん強盗犯のボスも知っている。恐怖
と絶望を胸に、彼は強大すぎる敵の名前を呼んだ。
「ス、ストライクフリーダム、キラ・ヤマト……!」
 ディプレクター三英雄の一角にして、世界最高のMSパイロットの一人、キラ・ヤマ
ト。愛機ストライクフリーダムの操縦席に座る彼は、眼下の強盗犯達に呼びかける。
「これ以上の抵抗は無駄です。MSを降りて、警察に自首してください。でなければこ
ちらも実力を行使して、貴方達を鎮圧させていただきます」
 丁寧ではあるが、容赦の無い通告だった。従うか否か、強盗犯のボスは考えて答えを
だそうとしたが、
「ふざけんな! もう少しで上手くいくところなのに、捕まってたまるか!」
 子分の一人が暴走してしまった。愚かな子分はビームライフルを空に向けて、ストラ
イクフリーダムを狙い撃つ。
 しかし、そんなヤケクソ気味の射撃が歴戦のエースパイロットに当たる筈が無い。あ
っさりかわされて、キラを本気にさせた。
「仕方がないね。命までは取らないけど、大人しくしてもらいます」
 ストライクフリーダムの二丁のビームライフルが連続でビームを放つ。キラの正確無
比な攻撃は二機のウィンダムの手足を全て破壊し、グフイグナイテッドの両腕も貫い
た。
「あ…が…………」
「あ、あわわわわわわ……」
「な、なんて奴、何なんだ、あいつは……」
 反撃をする暇さえ無い。格が違いすぎる。ボスはグフイグナイテッドを飛ばして逃げ
ようとするが、行く手をストライクフリーダムが遮る。キラはビームライフルをグフの
顔に突き付け、
「逃げないでください。今度はコクピットを打ち抜きますよ?」
 と脅した。もちろんキラにそのつもりは無いが、圧倒的な力を見せつけられた後でこ
う言われては、説得力があり過ぎる。ボスは逃げる気さえ失い、グフを着陸させた。
 三人の強盗犯は全員、両手を上げて操縦席から出て来た。警官が彼らに手錠をかけら
れるのを見て、キラはホッと一息ついた。無事に解決した事を心の中で喜んでいると、
軍司令部から通信が送られてきた。
「キラ、ご苦労だった。オーブ国内の事件なのに、手を煩わせてしまって済まない」
 モニターに映るアスラン・ザラはそう言って、親友に頭を下げる。
「別にいいよ。僕の追っている事件に関係があると思ったから出たんだ。犯人達から話
を聞いてみないと分からないけど、やっぱり僕の考えは当たっていたみたいだ」
「只の強盗がMSを使うとはな。やはり裏にはモビルマフィアがいるのか?」
 モビルマフィア。それはMSを多数所有する、世界規模の犯罪組織やテログループに
対する総称である。二度の大戦によって大量に造られたMSは、戦後の軍縮政策によっ
て多くが解体されたり破棄されたが、闇の市場に流れた機体も多かった。破損した機体
もジャンク品として流れた後に修復され、歪ながらも戦える能力を取り戻した。
 戦車や戦闘機に比べてMSは操縦が簡単で、細かい作業も行える為、犯罪者にとって
も扱いやすい道具だった。豊富な資金を持つ犯罪組織は挙ってMSを購入し、組織の勢
力拡大に利用した。コズミック・イラ77の世界の平和を乱す存在として、モビルマフ
ィアは人々から警戒され、恐れられていた。
「可能性は高いね。どこのマフィアかは分からないけど」
「三大マフィアと呼ばれる天空国家デュランダルか、崑崙党か、ネプチューン・ファミ
リーか、それともまったく別の組織か……。地球諸国とプラントの間に平和条約が結ば
れたばかりなのに、こんな騒ぎを起こすとは、やってくれる。お互い、当分は休む暇も
無さそうだな」
「そうだね。どの組織にしてもオーブにまで手を伸ばしてくるなんて、一気に勢力を拡
大するつもりなのは間違いないと思う。僕達も気を引き締めないと」
「ああ、オーブは俺の第二の故郷でもある。卑劣なマフィアどもの好きにはさせない
さ。絶対にな」
 キラもアスランと同じ思いだった。二人は頷き合って、新たな戦いの始まりに身を震
わせる。

 東アジア共和国、上海にある崑崙党の地下秘密基地。その会議場には、十仙と呼ばれ
る組織の最高幹部十人が集まっていた。老若男女揃った十人はいずれも黒いフードで顔
を隠しており、円卓に集って話を進める。
「オーブに送ったMSは三機ともやられたそうだ。キラ・ヤマトめ、やってくれる」
 若い男の声が報告すると、他の九人がざわめいた。
「エクシード・フォースか。ディプレクターが解散して我々にとってやりやすくなった
と思ったら…」
「ディプレクターの軍事力はエクシード・フォースに引き継がれ、今まで通り世界的な
活動をしている。これではディプレクターがあった頃と何ら変わらんではないか!」
「平和の使者、正義の味方気取りか。目障りな」
「暗殺部門の連中は何をしているのだ? キラ・ヤマトはアスラン・ザラ、ラクス・ク
ラインと同様に、我が組織の暗殺リストのトップに位置している筈だ。いつまで奴らの
好きにさせておくつもりだ?」
「何度もやっている。だが、尽く失敗しているのだ。コーディネイターだからという訳
ではないだろうが、奴ら、異常なまでに勘が鋭い。こちらの計画も完全に読まれてい
る」
「内通者がいるのではないか?」
「馬鹿な! 我ら崑崙党の結束を疑うと言うのか!」
「はあ? 結束などと本気で信じているのですか? 数年前に新参の幹部のせいで痛い
目に合ったのをお忘れですか?」
「あれは当時の十仙が愚かだったからだ。今は違う、我々は……」
 会議は踊り、様々な意見が飛び交う中、一人の人物が静かに立ち上がった。顔はフー
ドで隠れているが、それでも隠し切れない程、他の九人と比べて異質な雰囲気を漂わせ
ている。
「皆さん、どうか落ち着いてください。エクシード・フォースの件については、わたく
しにお任せしてもらえませんか? なあに、悪いようにはしません。組織にも迷惑はか
けません」
 女のような甲高い声で、男はそう言った。
「ほう。名乗りを挙げるとは、余程の自信があるようだな」
「いいだろう、それ程に言うのならば君に任せよう」
「期待しているよ、八仙・白霧(バイ・ウー)。崑崙党の名に恥じぬ活躍と、君の成功
をね」
 白霧の申し出を、他の九人はあっさり承諾した。渡りに船だと思ったのだろう。
 会議は終わり、九人が退席した会議室に、白霧は一人残っていた。黒いフードを取
り、オールバックにした白い髪と端正な顔を現す。
「緑暗刻(リュー・アンコー)、いるかい?」
 白霧にその名を呼ばれた男は、何も言わずに彼の後ろに立った。青い道化服に身を包
み、顔も青い化粧で塗り隠している。瞳の色まで青と徹底していた。
「キラ・ヤマトの始末は君に任せる。好きなようにやっていいよ」
 好きなようにやっていい。その言葉を聞いて、暗刻は微笑んだ。獲物を殺してもいい
と言われて喜ぶ猟犬を思わせる、恐ろしい微笑みだった。
「ははっ、マジっすか? オレ様ッチ、マジでヤッちゃっていいんすか? ヤッちゃい
ますよ。オレ様ッチ、全力全開でヤッちゃいますよ? いいんすか?」
「ああ、いいよ。君の望むままにやってくれ。でも、わたくしの前で口を開かないでく
れ。君の口調は不愉快だ」
「あっ、サーセンっした。あんまり嬉しくて、つい」
 謝った後、暗刻は口を閉ざした。ふざけた口調で話すこの男を、白霧は嫌っていた
が、殺し屋としての腕だけは信頼していた。

 成層圏を巨大な艦が飛んでいた。パーフェクトミラージュコロイドによって隠蔽され
たこの艦は各国のレーダーにも衛星による監視カメラにも補足されず、世界の大空を
悠々と飛んでいる。
 艦の名はローラン。モビルマフィアとして恐れられている天空国家デュランダルの移
動本部にして、その国土である。全長3000メートルという並の艦の十倍以上の巨体
に、千人を越える人間を乗せて、宇宙と地球の狭間から世界を観察している。
 ローランの艦長室、王室と呼ばれる部屋には一人の女性がいた。彼女の名はミシェイ
ル・マゼンダ。深い知性を感じさせる、天空国家の国王として君臨する女傑である。
 好物の紅茶を飲みながら、ミシェイルは部屋に入って来た部下から報告を受ける。
「そう、キラ・ヤマトは今、オーブにいるのね。だったら南米地区の同志に連絡して。
ブエノスアイレスの基地の襲撃を予定より早めて、明日に行うわよ」
「南米の基地を襲うんですか? キラ・ヤマトがいないのなら、彼がいたロサンゼルス
基地の方を先に潰すべきでは?」
「それくらいキラ・ヤマトも予測しているわよ。ロス基地の警戒レベルは、彼がいた時
よりも上がっている筈。その為の戦力として、ブエノスアイレス基地の兵力をこっそり
回してね。偵察部隊を送って、ブエノスアイレス基地の様子を探らせなさい」
「はっ、分かりました。陛下のご指示に従います」
 部下が部屋から出て行った後、ミシェイルは苦笑した。陛下と呼ばれる様になって数
年経つが、未だに慣れなかった。一介の医師、不妊治療者に過ぎなかった自分がテロ組
織のリーダーになるなんて。
『これも私の運命という事かしら? それならその運命に従いましょう。デュランダ
ル、貴方の理想、目指した世界は私達が実現してみせるわ。それが私のせめてもの…
…』
 苦悩する孤独な女王を乗せて、ローランは世界の空を飛び続ける。

 何処かの海底に築かれた海底都市。いや、都市と呼ぶには憚られるだろう。十隻の潜
水艦が集まっただけの彼の地には、それでも多くの人々が暮らしていた。
 ここに住んでいる人達は、多種多様だった。肌の色、年齢、そういった外見だけでな
く、人種的にも入り交じっている。ナチュラルもいればコーディネイターもおり、その
間に生まれたハーフも大勢いる。そしてみんな仲良く暮らしている。ナチュラルとコー
ディネイターの対立に悩まされてきた者達が見たら、理想的とも言える光景である。
 しかしここは崑崙党や天空国家デュランダルと並び称させる、世界を脅かす者達の巣
窟だった。彼等の名はネプチューン・ファミリー。ローマ神話の海神の名を掲げ、青く
深い海の底に潜むモビルマフィアだ。水中用MSを使って商船や戦艦を襲い、金や物
資、武器弾薬を略奪しており、現代の海賊として軍隊からも恐れられている。
 しかしファミリーと名乗るだけあって、組織の面々は固く結束している。まるで家族
のようにお互いを思いやっており、様々な事情で地上にいられなくなった難民達も受け
入れており、海底に理想郷を築き上げていた。
 今日もまた、この理想郷に新たな住人が加わった。まだ幼さが残る少年だが、先の大
戦後、平和になった世界で運命に翻弄された結果、唯一の肉親であった母を失い、貧困
と絶望の底に落ちた。母の知り合いの伝を便り、ここに連れて来られてきたのだ。
 床も壁も天井も全て機械で、戸惑う少年に、付き添ってきた男が話しかける。
「さあ、ここが今日から君の住む場所だ。海の底だから不自由な事もあるけど、なあ
に、住めば都だ。住んでいる連中もいい奴ばかりだ。すぐに仲良くなれるだろう」
「……………………」
 そう言われても落ち着かない少年の前に、可愛い女の子がやって来た。少年の顔をジ
ロジロと見た後、
「あなた、だあれ?」
 と話しかける。名前を聞かれたらはっきりと答える。亡き母からそう躾けられた少年
は大きな声で、
「カミル・グラディス、十歳! よろしくお願いします!」
 と名乗った。後にこのファミリーのリーダーとなる少年は、母タリア・グラディスの
顔を思い浮かべ、少しだけ寂しい気持ちになった。



 ここで時を少し進める。
 コズミック・イラ99。新たな歴史が始まってから、間もなく百年を迎えようとして
いた。辛く厳しい試練を乗り越えた人類は力を合わせ、新しい時代を作り、守り抜いて
きた。その証となる年を間近に控え、世界中が喜びに包まれていた。
 ベルリン・オリンピアシュタディオン。最大収容人数七万六千人というこの巨大な競
技場は、かつて三機のデストロイガンダムによって町と共に灰燼となった。しかし戦
後、町と共に再建され、以後は町の復興のシンボルとなった。
 今年はスタジアム復興からちょうど二十年目となる。それを記念してこの日、世界中
から大勢の人々が集まり、平和記念式典が行われていた。
 大西洋連邦、オーブ共和国など地球上の国家だけでなく、ムーン・キングダムやプラ
ントからも多くの人物が招かれた。いずれも大臣や首相など国政を担うVIPであり、
彼らの存在はこの式典の重要性をアピールしている。
 世界中に中継されているこの式典を仕切っているのは、国家に属する組織ではなかっ
た。彼等の名は全世界恒久平和維持機関「NO WAR」。その名の通り、反戦と平和
を理念とし、世界各地の紛争に介入、仲裁を行う国際組織である。
 民間から誕生した組織だが、その力は絶大。詳細は不明だが驚異的とも言える資産を
所有しており、財力と武力の両方を使って組織の規模を拡大。モビルマフィアを次々と
駆逐し、世界に平和をもたらした。その声望はかつてのエクシード・フォースをも凌
ぎ、各国も無視できない存在となっていた。
 スタジアムの中央に造られた演説台に、一人の青年が立った。NO WARの幹部の
一人である青年は、満員の観衆に向かって堂々と話しかける。
「皆さん。本日は我々NO WARの平和記念式典にお越しいただき、誠に有難うござ
います。今日この日を皆さんと一緒に迎えられた事を、我々の組織の代表に代わって感
謝いたします」
 NO WARの代表は公式の場にその姿を見せた事が無く、この組織の大きな謎の一
つになっていた。なので代表と言える人物は存在せず、NO WARは今、演説してい
る東アジア地区長を始めとする幹部達によって纏められているという噂もある。
 謎多き組織ではあるが、彼等の実績と戦力は無視できない。各国から招待された重要
人物達はそれぞれ複雑な心境で、東アジア地区長の演説を聞いていた。
「……こうして我々は、世界の平和の維持に貢献してきました。これからも我々は力の
限り、この世界を守り抜き、戦争の起こらない世界を実現すべく努力していきたいと
…」
「ふん。立派なご高説だな」
 小声でそう呟いたのは、ムーン・キングダムから招待された青年だった。青年はルビ
ーのように美しい赤髪を掻き上げ、演説を続ける東アジア地区長を睨む。
「シリウス殿、お控えください。聞こえたら厄介な事になりますぞ」
 隣に座っていたムーン・キングダムの大臣が自重を求めるが、シリウスの苛立ちは収
まらなかった。
「分かっている。だからこそ許せないのだ。連中の功績は認める。多くのモビルマフィ
アを壊滅させたし、今のこの世界が平和なのは奴らが各国の軍事力を監視しているから
だ。しかし、やり方が強引過ぎる。現に我が国でも連中のやり方には不満の声が上がっ
ているではないか。その声を抑えこむのに、義母上がどれ程苦労なされているか……」
「ならばこそ、です。養子とはいえムーン・キングダムの王家に属する貴方様が迂闊な
事を言えば、ミナ女王陛下にご迷惑をかけてしまいますぞ」
「む……」
 敬愛する義母の名を出され、シリウス・ジュールは口を閉じた。幸い彼の発言は誰に
も聞かれなかったらしく、式典は滞り無く進んでいく。
 だが、演説がひと通り終わり、NO WARの地区長達に花束が渡されようとしたそ
の時、事件が起きた。
 競技場の各地で爆音が鳴り響く。続いて上がる白煙。テロかと驚き騒ぐ人々の前で、
煙の色は白から赤、青、黄、緑、桃と鮮やかな色に変わっていく。
 爆発音も爆弾ではなく、いつの間にか仕掛けられていた爆竹の音だった。色とりどり
の煙に派手な爆竹、これはテロと言うより、
「何だこれは、まるで祭りじゃないか。NO WARの演出か?」
 首を傾げるシリウスだったが、NO WARの幹部や職員達もこの成り行きに驚いて
いる。連中の仕業でないとしたら、一体誰がこんなイタズラを?
 スタジアムにいる者だけでなく、この様子をTVやネット配信等で見ていた者達も同
じ疑問を抱いた。そんな絶好のタイミングを見計らったように、その男は現れた。
「ハーッハハハハハハハハハハハハハ! よお、世界中のみんな、驚いてくれたか? 
緊張する必要はないぜ。これはちょっとした挨拶、この退屈な世界への俺からの贈り物
だ」
 若い男の声が、空から響き渡った。見上げるとベルリンの天空に、一機のMSが飛ん
でいた。
「あれは……フリーダム? 伝説のMSがどうしてこんな所に?」
 驚くシリウスだったが、そのMSはフリーダムでもストライクフリーダムでもなかっ
た。全体的なフォルムは似ているが細部は違っており、背中の八枚の翼は十字架を二つ
背負ったかのような形状になっている。
 フリーダムに似たMSは、競技場に堂々と着地する。競技場に配備されている警備の
MSは、まったく動かなかった。後で分かったのだが、競技場内だけでなくベルリン、
いやドイツ地区の全てのMSや機動兵器がハッキングを受けて、行動不能になっていた
らしい。
「安心してくれ、みんな。俺は別にドンパチをやりに来た訳じゃない。NO WARに
は大切な式典をぶち壊してしまって済まないが、それでも言いたい事があるから来たん
だ。少しの間だけでいい、俺の話を聞いてくれ」
 謎のMSのハッチが開き、中から一人の男が出てきた。パイロットスーツに身を包ん
だ男はヘルメットを取り、その顔を世界に晒した。アイドルのように美しく整った顔立
ちをしているが、その目は狼のように鋭く、研ぎ澄まされた刃のような印象を受ける。
「! あいつは……」
 シリウスはこの男の顔を知っていた。彼の名前も素性も、よく知っていた。なので彼
がこの場に現れた事に納得し、これから彼が何を話すのか、その内容も検討が付いた。
ああそうだ、あの男なら絶対にこの場に現れる。平和の為という口実でNO WARの
力を世界に知らしめるこんな茶番、あいつなら絶対に許さない。
「平和な世界、大いに結構。戦争なんて俺だって嫌だ。人が大勢死ぬなんて、考えただ
けでもゾッとする。吐き気がするぜ」
 でも、と男は続けて語る。
「今のこの世界は退屈過ぎる。どいつもこいつも死んだような目をして、活気ってもん
が無い。地球も宇宙も、みーんな冷たくなっている。これでいいのか? こんな世界が
みんなの願っていた世界なのかよ?」
 長い平穏による閉塞感。それはシリウスも感じていた。だからシリウスは、彼の言葉
を受け入れた。ああそうだ、お前の言うとおりだ。この世界はおかしいと、俺も思って
いた。でも俺は動かなかった。動けなかった。お前は動いたんだな。俺達の代わりに、
いやお前自身の意思で、お前という人間を貫く為に。
「俺は今の世界が嫌いだ。だから俺は、俺達は世界にケンカを売る。人は殺さない。戦
争やテロなんて下らない事もしない。俺がやりたいのはケンカだ。正々堂々、真っ向か
らこの世界を拒んでやる。文句があるのなら掛かってきな。こっちから売ったケンカ
だ、挑戦はいつでもどこでも受けてやるぜ!」
 男は指を鳴らした。同時にMSの砲塔から、数え切れない程のビラが発射された。ビ
ラには『挑戦者募集!』というタイトルから始まる文章と、メールアドレスらしい数字
が書かれていた。
「俺とケンカしたい奴は、そこに連絡してくれ。待っているぜ!」
 言いたい事を言い終えた男は、再びヘルメットを被り、操縦席に戻った。シリウス以
外の全員が呆気に取られている中、謎の男はMSを飛び立たせた。
「俺の名はテン・ヤマト! 世界にケンカを売る組織、ネオ・エクシード・フォースの
リーダーをやらせてもらっている。あー、でもこの組織の名前、微妙に長くて気に入ら
ないんだよなあ。いい名前を思い付いたら応募してくれ。こっちもいつでも受け付けて
いるぜ。じゃあな!」
 そう言って、男は行ってしまった。その名の通り、天の彼方へと飛び去った旧友に、
シリウスは心の中で喝采を上げた。
『やってくれたな、テン。ああ、実にお前らしいよ。お父上の立場も考えず己を貫き通
すその生き様、俺には絶対に出来ない事だ。ならばやってみろ、テン。そこまでして時
代の流れに逆らうのなら、生きたいと願うのなら、世界中を巻き込んででも最後の最後
まで生きて、やってみせろ!』
 微笑を浮かべて友を応援するシリウス。そしてこの場にいる者でもう一人、この成り
行きを喜んでいる男がいた。NO WARの幹部陣で最初に演説した男、東アジア地区
長を務める組織の重鎮、
『これはこれは、なかなか面白い展開になったじゃないか。テン・ヤマト、確かキラ・
ヤマトの息子でしたね。親子揃ってわたくし達に刃向かうなんて、これもまた縁という
ものでしょうか』
「白霧殿、お怪我はありませんか?」
 ようやく駆け付けた護衛達に、白霧はニッコリ笑う。
「わたくしは大丈夫。他の皆さんも傷一つありませんよ。式典は中止しますので、皆様
にお引き取りしてもらってください。ネオ・エクシード・フォースとやらへの対策を考
えなければいけませんからね。久しぶりに忙しくなりますよ。ふふふふふ……」
 堪え切れずに笑う白霧。それは新しい獲物を、いや遊び相手を見つけた喜びだった。

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