第1章
 俺の名は影太郎

 虚空の闇の中を小さな宇宙船が飛んでいた。
 その後を五機のモビルスーツが追う。機種はジン。ザフト軍の量産型MSだが、どの
機体も金色に塗られている。
 逃げる宇宙船。追う金色のジン。両者は激しいデッドヒートを繰り広げ、やがて無数
の残骸が漂う宙域に入った。
 宇宙船は残骸の中を巧みに進むが、追手も同じように残骸をかわしながら進んでお
り、追跡を振り切れない。
 やがて宇宙船は、最も大きな残骸の中に入った。五機のジンは二機を見張りに残した
後、三機が残骸の中に潜入する。
 コズミック・イラ71年、1月15日。運命の出会いの時は迫りつつあった。



 コズミック・イラ71年、1月15日。
 この日、オーブ連合首長国の資源コロニー、ヘリオポリスがザフトと地球連合軍との
戦闘によって崩壊。その後には多くの残骸が残され、宇宙の闇を漂っていた。
 普通の人々にとってはコロニーの残骸など、迷惑なゴミでしかない。しかし、そのゴ
ミを回収し、日々の糧としている者たちがいる。
 ジャンク屋。そう呼ばれる者たちの中でも有名なグループが、ヘリオポリスが存在し
ていた宙域にやって来た。地球軍の輸送艦を改装した艦が、残骸に満ちた宇宙を進む。
コロニー崩壊から数時間しか経っておらず、彼ら以外のジャンク屋の姿は無い。
「ようし、一番乗りだ! やっぱ俺は運がいいぜ」
 母艦『ホーム』の艦橋で、ジャンク屋の少年、ロウ・ギュールは自分の幸運を喜ん
だ。それに対する彼の仲間の反応は、
「民間人の脱出は確認されています。ロウの言うとおり、今、この宙域にいるのは我々
だけと思っていいです」
 リーアム・ガーフィールドは彼らしく冷静に肯定し、
「で、でもさっきまで地球軍とザフトが戦っていたんでしょ? 本当に大丈夫なの?」
 少し気弱な少女、山吹樹里(やまぶき きさと)もまた、彼女らしく不安げな表情を
見せる。そして最後の一人である白衣を着た妙齢の女性は、
「大丈夫かどうかは入って見ないと分からないわね。ロウ、どうするの? 引き返すの
かしら?」
 とロウに尋ねる。『プロフェッサー』という異名以外、本名も年齢も不明な彼女の挑
発的な言葉にロウは、
「もちろん行くさ! お宝を目の前にして引き下がるなんて、ジャンク屋じゃない
ぜ!」
 と勢いよく答える。
【そうだな。何かあったら私がロウをフォローする】
 人工的な音声でそう言ったのは、8(ハチ)と呼ばれるコンピューターだった。高度
な人工知能を搭載した小型コンピューターで、アタッシュケース型のボディに付いたデ
ィスプレイに文字や画像を表示しつつ、音声で会話する。コンピューターではあるが、
時には人間以上に人間くさい一面も見せる、ロウたちの『五人目の仲間』である。
 五人(正確には四人と一機)を乗せたホームは、ヘリオポリスの残骸の中でも最も大
きな物の前にたどり着いた。8(ハチ)を手に持ったロウと樹里、そしてリーアムの三
人はMAキメラに乗り込み、残骸の中に入る。キメラは連合の小型MAミストラルを改
造した機体で、狭い場所にも潜入できる。三機のキメラは奥へ奥へと進んでいく。
 やがて三人は広い空間にたどり着いた。空気がある事を確認した後、ロウと樹里がキ
メラから降りて瓦礫の山を漁る。
「うーん、あまりいいのが無いなあ……。ん? 何だ、あれは?」
 ロウは、建物の瓦礫の山から煙が上がっているのを見つけた。どうやら建物の内部か
ら爆破したらしい。
「建物を中から、か。ヤバい物を始末しようとしたのか? こいつはお宝の匂いがする
ぜ!」
 ロウはリーアムのキメラに瓦礫を退かせた。彼の予感は的中した。瓦礫の山の中に
は、金色のモビルスーツの腕が埋まっていたのだ。
「右腕だけか。けど見たことの無いタイプだ。新型か?」
「新型のMSって、ここは中立コロニーでしょ? 何でそんなのがあるのよ!」
「信じられません。オーブでMSが作られているなんて……」
「リーアム、信じられないのは分かるけど、現に目の前にあるんだぜ。ここはMSの秘
密工場だったんだろうな」
 ヘリオポリスがザフトに攻められた事で秘密が明らかにされるのを恐れた連中が、証
拠を隠滅するために工場を爆破した。そんなところだろう。
「腕があるって事はボディもあるな。見つけないとバチが当たるぜ!」
「で、でも、ヤバいよ! もしかしたら、工場を爆破した連中がまだいるかも…」
 樹里は不安がるが、ロウの思考は完全に『お宝探し』に向けられており、耳に届いて
いない。しかし、こういう不吉な予感に限って的中するのである。



【ここの壁が脆くなっている。キメラのドリルを使えば簡単に穴が開くぞ】
「ありがとよ、8(ハチ)。ようし、行くぜ!」
 ロウのキメラが地下を掘り進んでいくと、巨大な空間に出た。そこには新型のMSが
二体、横たわっていた。二機のMSは同じ型だが、一機は赤と白、もう一機は青と白で
塗られている。
「信じられません。新品のMSが完全な形で埋まっているなんて……」
 奇跡ともいえる出来事を前に、リーアムは言葉を失っていた。一方、ロウは眼を輝か
せ、樹里もお宝の発見に興奮している。
「赤いのと青いのが二つも! 凄い、凄いよ、ロウ!」
「ああ。今日の俺は運がいいぜ」
【気を付けろ。幸運と凶運は紙一重だと言われている】
「心配するなって。それじゃあ、あのMSの中身を拝見して…」
「その必要は無い」
「!」
 突然の背後からの声にロウたちは振り返った。見知らぬ男がロウたちに銃を向けてい
る。
「じっとしていてもらおうか。そうすれば命だけは助けてやる。あまり人を殺したくは
ないんでな」
 男はそう言って、不適に微笑む。人を殺したくはない、という言葉とは裏腹に殺気を
漲らせている。少しでも妙な動きをしたら、即座に撃ち殺すつもりだ。
「頼むから動かないでくれよ。仕事以外で人を殺したら、『不殺のレオン』の名に傷が
付くからな」
「不殺のレオン……まさか、あなたはゴールド・ゴーストのレオン・クレイズです
か!?」
 男の名を聞いたリーアムが驚く。ロウと樹里の顔色も変わる。
 ゴールド・ゴースト。この世界では有名な傭兵集団だ。その強さと冷酷さは世界屈指
であり、地球軍やザフトからも恐れられている。
 その恐るべき傭兵集団のリーダーが、今、ロウたちの目の前にいる男、レオン・クレ
イズである。敵を殺さない戦い方をする事から『不殺のレオン』と言われているが、彼
が敵を殺さないのは彼が優しいからではない。「敵を殺さなくても充分勝てる」という
傲慢さの現れであり、必要とあらば女子供でも容赦なく殺す。
「俺の名を知っているのなら話は早い。ここでじっとしていろ。何もしなければ、俺も
撃たない。簡単な理屈だろう?」
 ニヤニヤ笑うレオン。彼の正体を知った樹里とリーアムは抵抗する気を失い、樹里は
体を震わせている。だが、この男は違った。
「あんたがあの有名なゴールド・ゴーストのリーダーさんか。会えて光栄だね。けど、
あんた、こんな所で何してるんだ?」
 ロウはまったく臆せず、レオンに尋ねる。
「俺たちはジャンク屋だ。ここにはお宝を探しに来た。で、このMSを見つけた。俺た
ちはMSを持って帰れればそれでいい。あんた達の邪魔はしないから、見逃してくれな
いか?」
 ロウは横たわる二機のMSを指差しながら、レオンと交渉する。対するレオンの返答
は、
「それは出来ん。こっちもそのMSは欲しいからな」
「あんた達の狙いも、このMSなのか?」
「いや、俺達はある男を追って来た。そいつを探している内に、ここに来たのさ。しか
し、これはなかなかいいMSだ。俺たちのモノにする。これでゴールド・ゴーストは更
に強くなる」
 レオンは喜びに打ち震えていた。ゴールド・ゴーストを世界最強の傭兵集団にする事
が彼の望みである。このMSを手に入れれば、その夢に一歩前進できるのだ。
「サキ、オーマ、そのMSの調整はまだ終わらないのか?」
 レオンは仲間の名を呼ぶと、横たわっていた二機のMSの操縦席のハッチが開き、人
間が姿を見せた。赤いMSからは男が、青いMSからは女が現れた。
「私の方は終わったわ。いつでも動かせるわよ」
 青いMSに乗っていた女は仕事を終えていた。彼女はゴールド・ゴーストのナンバー
2、サキ・アサヤマ。クセ者揃いのゴールド・ゴーストの実質的なまとめ役であり、そ
れ故に優秀である。
「あー、俺の方はまだだ。こいつのOSはちょっと特殊なんで、調整には時間が掛かり
そうだ」
 赤いMSに乗っていた男はサキほど優秀ではなかった。彼の名はオーマ・ディプトリ
ー。MSパイロットとしてはいい腕をしているのだが、OSの扱いは苦手らしい。
 部下の報告を聞いたレオンは少し考えた後、
「そうか。じゃあその赤いのは艦に持ち帰ってから調整する。サキ、青いので赤いのを
運び出せ」
「いいけど、私のゴールドウィップはどうするのよ。ここに置いていく気?」
「俺のゴールドクローで運ぶ。少し傷は付くだろうが、それは我慢しろ。さて、と」
 レオンはロウ達に目を向ける。サキとオーマもMSから離れ、レオンの隣に来てロウ
達を睨む。
「どうするの、レオン? 始末するのなら私が殺るけど」
「いや、俺に殺らせてくれよ。久々に人間を燃やしたいんだ」
 オーマが物騒な事を言う。『戦場の放火魔』と呼ばれる彼らしい発言だ。もっとも、
この残虐さのせいで前にいた傭兵部隊をクビになったのだが。
「ふん、そうだな。それじゃあ……」
 レオンが冷酷な判断を下そうとしたその時、
「ちょっと待ったあああああああああああああああっ!!」
 豪快な叫び声と共に、天井から何かが飛び降りてきた。人間、それも子供だ。低い背
に小さな手足。どう見ても幼稚園児以上には見えないその子供は、ロウたちとレオンの
間に着地した。
「なっ、何だ、お前は!?」
 驚くロウ。謎の子供はロウを無視して、鋭い目付きでレオンを睨む。
「火事場泥棒だけでなく、人殺しまでしようっていうのか。そんな悪行、この俺の命と
魂にかけて、絶対に許さない。そう、絶対にだ!」
 子供の声には強烈な力が込められていた。体は小さいが、心は大きい。そんな印象を
抱かせる声だった。
 この幼い少年の出現にはレオン達も驚いた。だがプロの傭兵らしく、すぐに冷静さを
取り戻す。
「ふっ、これはこれは。どこに隠れたのかと思って探し回っていたが、自分から出て来
てくれるとは。探す手間が省けたな」
 そう、この少年こそ、レオン達の本当の『目的』。レオン達は彼を追っている内にこ
の工場に迷い込み、二機のMSを発見したのだ。
『今日の俺はツイているぜ。新型のMSは手に入るし、獲物は向こうからやって来る
し』
 そう思ったレオンは銃口を少年に向けた。
 しかし、以前に8(ハチ)が言ったとおり、幸運と凶運は紙一重。ロウ達がそうだっ
たように、最良の瞬間にこそ最悪の事態は訪れるものなのである。
 探していた獲物が現れたことでレオンは興奮していた。それはサキとオーマも同様
で、故にサキは自分の後ろに忍び寄っていた存在に気付かなかった。
「ワン、ワンワン!」
 犬の吠声が空間に鳴り響いた。同時に、白く小さな影がサキの腕に噛み付く。
「きゃあ!」
「サキ!?」
 副官であり恋人でもあるサキの悲鳴にレオンは気を逸らせた。そして、ほんの一瞬、
自分が今まで銃を向けていた相手の事を忘れてしまった。その隙をロウは見逃さなかっ
た。
「頼むぜ、8(ハチ)!」
【えっ?】
 8(ハチ)の返事を聞かず、ロウは8(ハチ)を投げ飛ばした。8(ハチ)は外見は
小型のアタッシュケースだが、中身は機械で埋め尽くされており、当然重い。その重さ
のため、途中で失速して落下したが、それでもレオンの足に命中。彼を転倒させた。
「ぐあっ!」
 倒れるレオンの手から銃が落ちる。それをリーアムが素早く拾い、レオンに銃を向け
る。
「レオン、サキ! てめえら…」
 オーマが懐から銃を取り出そうとしたその時、レオンはわずかな殺気を感じた。ロウ
達のものではない。歴戦の戦士であるレオンだからこそ感じ取れ、本当に些細な、され
ど明確な殺気。
「散れ!」
 レオンのその声で、犬を振りほどいたサキとオーマも未知の敵がいる事を理解した。
そして素早くその場を飛び退く。直後に複数の銃声が鳴り響いた。その場に留まってい
たら、オーマの体には風穴が開いていただろう。
 三人の傭兵は、この部屋の入口近くの物陰に身を隠す。ロウ達も同じように身を隠し
た。サキの手を噛んだ白い子犬は謎の少年に拾われ、ロウ達と一緒に隠れている。
『ちっ、この俺とした事が』
 レオンは状況を分析する。敵も武器を手にした以上、簡単には手が出せなくなった。
それに自分達を撃ってきた正体不明の敵もいる。いや、正体不明ではない。あの殺気に
は覚えがある。レオン率いるゴールド・ゴーストと並び称される傭兵集団のリーダーに
して、レオンの目標。
「なぜ貴様がここにいる、サーペントテールの叢雲 劾(むらくも がい)!」
「仕事だ」
 名を呼ばれた劾は、冷静な声で返した。
「仕事だと? あの小僧に雇われたのか?」
「違う。あの少年とは偶然ここで会っただけだ」
「貴様の狙いは何だ?」
「お前達が奪おうとしていたMSの破壊。及び、あのMSを見た者を始末する事だ」
「ほう。つまり俺達も…」
「ああ。死んでもらう」
 このやり取りの間に、レオンは劾の位置を掴もうとした。しかし劾の声は常に違う場
所から聞こえてくる。話しながら移動しているらしい。
 状況は自分達にとって、あまりいいものではない。そう判断したレオンは、
「サキ、オーマ、ここは退くぞ」
 と即決した。
「了解」
「ちっ」
 すぐに頷いたサキと違って、オーマは不満げだったが、指示には従った。元サーペン
トテールのメンバーである彼は、劾の力量はよく知っている。簡単に倒せる相手ではな
いし、それに劾の仲間も潜んでいるかもしれない。
 三人は背を見せずに部屋から退去した。敵が去ったのを見て、ロウ達は一息つく。
「ふう、助かったぜ」
「何とかなりましたね」
「こ、怖かったあ……」
 樹里はまだ体を震わせていた。臆病な彼女にとって、今回の修羅場はかなりキツいも
のだったようだ。
「ワン、ワンワン!」
「ようし、よくやった。偉いぞ」
 謎の少年は子犬の頭を優しく撫でた。子犬は尻尾を激しく振っている。
「まったく、その犬もですが、ロウも無茶をしますね」
 リーアムの言うとおりである。先程ロウに投げ飛ばされ、ようやく拾い上げられても
らった8(ハチ)も、
【精密機械を投げ飛ばすなど信じられない! 君は私を壊すつもりか?】
「そんな簡単に壊れるお前じゃないだろ。もし壊れたら、俺が全力で直してやる。俺は
ジャンク屋だからな」
 8(ハチ)を拾い上げた後、ロウは謎の少年に話しかける。
「ありがとよ。お前のおかげで助かったぜ」
「礼なんていい。俺は自分のしたい事をしただけだ。レウもだろ?」
「ワン!」
 レウと呼ばれた子犬が吠えた。尻尾を激しく振り、ロウの足に体をこすり付ける。そ
の愛らしい姿に、それまで震えていた樹里も頬を緩める。
「うわあ、可愛い〜〜〜〜。頭、撫でてもいい?」
「ああ。こいつも喜ぶ」
 少年の言うとおり、樹里に頭を撫でられたレウは樹里にもじゃれついた。そして樹里
の手をペロリと舐める。
「うわあ、ホントに可愛い〜〜〜〜〜」
「和んでいる場合ではないと思うが」
 冷静な大人の声が、一同の和やかな空気を吹き飛ばした。そして、物陰から一人の青
年が姿を現した。サングラスの奥に光るその目は、声と同じく冷静で、感情らしいもの
を感じさせない。
 彼こそが叢雲 劾。先程、ロウ達を助けてくれた傭兵だ。だが、今、その手に持った
銃の銃口はロウ達に向けられていた。
「えっ?」
 状況が理解できず、戸惑う樹里。だが、他の三人はなぜ劾が自分達を狙うのか分かっ
ていた。
「あんたの仕事はこのMSの破壊と、目撃者の始末だったな。当然、俺達もそれに含ま
れるわけだ」
 ロウの言うとおりだった。樹里は驚き、謎の少年に尋ねる。
「ね、ねえ、あの人って、君の仲間じゃないの?」
「いや。あいつとはさっき会ったばかりだ」



 時を少し前に戻す。
 ヘリオポリスに残された二機のMSの破壊と、それを見た者の始末。今回の仕事は劾
にとっては難易度の低いものだった。それでも彼は油断せず、MSジンに乗った二人の
仲間を外に残し、自分はMAメビウスで秘密工場の中に潜入した。
 工場の中はコロニー崩壊の衝撃で各所が破損し、通り難くなっていた。しかし劾の操
るメビウスは余裕で狭い道を通り抜けていく。
 道を中ほどまで進んだ頃、メビウスのカメラが人影を捉えた。映像を拡大すると、五
歳くらいの少年がこちらに手を振っている。少年の頭の上には白い犬が座っていた。
 少年はこちらに向かって呼びかけていた。秘密工場の職員ではないようだし、敵とも
思えない。それでも警戒はすべきだろう。劾はメビウスからは出ず、通信で少年と話
す。
「君は誰だ? こんな所で何をしている?」
 劾の質問に対して、少年は人懐っこい笑みを浮かべた。
「そんなに警戒しなくても、俺はあんたの敵じゃない。ここに来たのは偶然だ。厄介な
連中から逃げている内に迷い込んだんだ。もっとも、満更知らない場所でもないけど」
 少年は自分が金色のジンの集団に追われている事を話した。そして、そいつらもこの
工場にいる、と。
『五機の金色のジン、ゴールド・ゴーストか。手強いな』
 外にいる仲間に連絡して応援を頼むか? いや、それでは時間が掛かる。考えている
と、今度は少年の方から質問してきた。
「あんた、この工場に何しに来たんだ?」
「…………」
「ああ、そうか。傭兵が任務の事をペラペラ喋ったらダメだよな。まあ見当は付くけ
ど」
 少年は、頭の上にいる子犬の体を触りながら、
「まったく、サハク家の連中もバカだよなあ。ウズミに黙って勝手にMSを作るから、
後始末に苦労するんだよ」
「!」
 その名が出た時、さすがの劾も驚きを隠せなかった。
 オーブの五大氏族の一つ、サハク家。影からオーブを支え、守ってきた一族。劾の依
頼人は名乗りはしなかったが、その隙の無い様子と、秘密裏に事を運ぼうとする態度か
ら、劾はサハク家の者だと見ていた。この少年はそうだと断言し、この工場にあるMS
の存在も知っている。何者かは分からないが、
「…………」
 劾はメビウスの銃口を少年に向けた。彼の仕事は、この工場にあるMSの破壊と、そ
の存在を知った者の抹殺。ならばこの少年も標的の一つだ。
 しかし、MAの巨大な銃口を向けられているのに、少年はまったく動じていなかっ
た。微笑みも消していない。
「依頼を確実に遂行するつもりか。あんた、いい傭兵だな。けど、その心は報われない
と思うぜ」
「…………」
「サハク家のやり方は知っている。奴らは秘密保持の為なら何でもやるし、秘密を知っ
た者は絶対に生かしておかない。それがたとえ、自分を信じてくれる者でもな」
「…………」
「あんたにあのMSを見た者を始末させて、最後にあんたを殺す。これで秘密は守られ
る。サハク家ならこれくらいの事はやりかねないぜ。いいや、必ずやる」
「…………」
「見届けてみないか? あんたの依頼主が、あんたの信頼に応えるような奴かどうか。
俺を殺すのはそれからでもいいだろう。事がハッキリするまで、俺は逃げないからさ」
 劾はこの少年に興味を持った。年の割には大胆不敵すぎるし、頭も回りすぎる。それ
にこの少年の目、どこかで見たような気がする。この場で殺す気にはなれなかった。
「口が上手い子供だ」
「いや、これは単なる推理と分析だよ。あんたよりはサハク家を知っている男の、な」
「俺を利用して、お前を追って来た連中の始末をさせるつもりか」
「その時は、あんた一人を危険な目に合わせたりしない。俺もやるさ」
「ワン!」
「ああ、お前もだったな。よろしく頼むぜ、レウ」
 少年は最後まで笑顔を崩さなかった。彼の頭の上にいる子犬も、最後まで少年から離
れなかった。



「という訳だ。俺とこいつは仲間じゃないんだよ」
「そ、そんなあ……」
 少年の説明を聞いた樹里は、顔を青くした。
 劾の銃は少年の頭を狙っている。しかし、なかなか引き金を引かなかった。彼もま
た、銃を向けられていたからだ。
「ここは退いてもらえませんか? 私達が殺し合っても得な事などないはずです」
 そう提案するリーアムの手には、レオンから奪った銃が握られている。劾は冷静に、
「やめておけ。お前では俺は殺せん」
 と宣言する。劾の言うとおりだ。リーアムはコーディネイターだが、劾もコーディネ
イター、しかもプロの戦士なのだ。銃を手にしたからといって、勝てるとは思えない。
それはリーアム自身が一番良く分かっていた。
『この私がこんな無茶な事をするなんて……。ロウの影響でしょうか?』
 だとしたら、リーアムは少し嬉しかった。彼は自分の予想を超える行動をするロウに
憧れ、観察していた。今のこの行動が日々の観察の結果だとしたら、決して悪いもので
はない。
 一方、ロウは再び8(ハチ)を投げる体勢を取っていた。当たるとは思えないが、気
をそらす事ぐらいは出来るだろう。
『いや、それはちょっと無理かな。あの劾って奴、さっきまでいた連中より強そうだ
し』
 それでも、あの少年を殺させてはならない。彼はロウ達が助かる切っ掛けを作ってく
れた、いわば命の恩人だ。
『受けた恩は必ず返せ、って爺さんも言ってたしな。それに…』
 ロウは、後ろにある二体のMSに目を向ける。あの傭兵はこのお宝も壊すつもりらし
い。そんな事はさせない。ジャンク屋の意地にかけても、このMSは守り抜く。
「それ、いいMSだろ」
 突然、少年がロウに話しかけた。ロウは戸惑いつつも、
「あ、ああ。なかなか、いや、かなり凄いMSだ。オーブが作ったのか?」
「そうだ。機体名はアストレイ。型式番号は赤いのがMBF−P02、青いのは03。
オーブが連合の技術を盗用して作った試作MSだ。俺も実物を見るのは初めてだけど
な」
「見るのは初めてなのに、どうしてそんなに詳しく知っているんだよ?」
「俺の、いや、正確には俺の元になった男の弟子がオーブで働いている。そいつが報せ
てくれたのさ。機体の名前と基本データだけだけどな」
「へーえ。ん? 元になった男って…」
 ロウが聞き慣れない言葉について尋ねようとしたその時、8(ハチ)がけたたましい
音を立てる。
【外から緊急通信が入っている。そこの傭兵の名前を呼んでいるぞ】
 一瞬の沈黙の後、ロウが、
「8(ハチ)、繋いでくれ」
【了解】
 8(ハチ)のディスプレイの人の顔が映る。ロウ達と同じくらいの年の男性。まるで
アイドルのような美形だが、ザフトの緑の軍服を着ている。
「劾、応答してくれ、劾!」
「イライジャか。どうした?」
「ああ、劾! 依頼人が突然攻撃してきやがった! それにゴールド・ゴーストの連中
まで来やがった。俺とフィアだけじゃ持ちそうにない。戻ってきてくれーっ!」
 イライジャという少年は必死に助けを求めてきた。本当に危機的な状況らしい。
「外が戦闘になっているって、それじゃプロフェッサーも!?」
「ああ、ヤバそうだな」
「どうしますか、ロウ?」
 リーアムの質問にロウが答える前に、少年が口を開いた。
「銃を降ろせよ、劾。俺の言ったとおりになっただろ?」
「…………」
「もう俺達が殺し合っても意味は無いぜ。それとも、あくまで任務を遂行するつもり
か? 自分を裏切った奴の為に俺達を殺すのか?」
「…………」
 劾は黙って銃を降ろした。それを見たリーアムも銃を降ろす。樹里もホッと息をつい
て、
「た、助かった〜〜〜〜」
「いや、まだ終わってないぜ。外の連中を何とかしないと」
「ロウの言うとおりです。このままだとホームも沈められますよ」
 これからどうするか、と話し合おうとしたその時、劾が素早く走り、青いアストレイ
の操縦席に入った。
「あ! それは俺達が見つけ…」
「借りるぞ」
 ロウの文句に対して劾は短く返し、ハッチを閉じた。青いアストレイは静かに立ち上
がり、MS用の出口から出て行ってしまった。
「あのヤロー、せっかく見つけたお宝を!」
「まあいいじゃないですか。彼に敵を撃退してもらった後で返してもらえば」
「でも、あの人だけで大丈夫かな? 相手は一杯いるみたいだよ」
 ゴールド・ゴーストの五機のジンに加え、裏切った依頼主の部隊。劾には仲間もいる
ようだが、それでも苦戦は必至だろう。
「なら、俺達も行こうぜ」
 少年はそう言って、赤いアストレイの操縦席に入る。そして、鮮やかな手つきでキー
を打ち、コンピューターをチェックする。
「ふん。あのオーマって奴、なかなかいい仕事をしてるじゃないか。これなら少しプロ
グラムを変えるだけで動かせるな」
「動かせるって、君が戦うつもりなの!?」
「そうしたいのは山々だけど、俺の小さすぎる体じゃコイツは動かせない。あんた達の
中で乗ってもいいって奴は…」
「俺が乗るぜ!」
 少年が言い終わる前に、ロウが大きな声で名乗りを上げた。少年は微笑んで、
「いい返事で。そのやる気があれば大丈夫だな」
「ま、待ってよ、ロウ! ナチュラルのあんたにMSなんて動かせるわけが…」
【心配ない。私がサポートする】
「おお、頼むぜ、8(ハチ)」
「で、でも、ロウ、これって戦いなんだよ! 死んじゃうかもしれないんだよ!」
「心配するな、樹里。俺の悪運の強さは知ってるだろ?」
「運って問題じゃないわよ! 無理なものは無理って言ってるのよ!」
 厳しい事を言う樹里に、少年が手を動かしながら語る。
「お嬢ちゃん、あんたの気持ちは分かる。だが、今はその『無理』を何とかしないと生
き残れないんだぜ」
「う……」
「大丈夫だ。このロウって奴は死なないさ。こいつは俺と同じ、無理を何とかできる三
つの力を持っているみたいだからな」
「三つの力? 何ですか、それは?」
 リーアムが尋ねると、少年は少し息を蓄えた後、大声で叫んだ。
「それはなあ、知恵と、勇気と、根性だ! この三つは、人類が進歩してきた力の源。
この三つがあれば、大抵の困難は乗り越えられる!」
「…………」
「…………」
【…………】
「…………」
 リーアムも、樹里も、8(ハチ)も、ロウさえも沈黙した。そして、それぞれこう思
った。
『答えになってませんね』
『ひょっとして、この子、バカ?』
【理解不能。いや、何となく分かる気がしないでもないが】
「…………すげえ」
「えっ?」
 樹里がロウの目を見ると、彼の目はキラキラ輝いていた。こういう目をした時のロウ
はヤバい。色々な意味で。
「あんたの言うとおりだ! 知恵と勇気と根性、これさえあれば不可能な事なんて無
い! 特にこのロウ・ギュールにはな!」
「いい返事だ。よし、お前も手伝え。この赤いのを動かせるようにするぞ!」
「おう、任せろ!」
 どうやらこの二人、完全に意気投合したようだ。盛り上がる二人を見た樹里はため息
をつきながら、こう思った。
『ああ、厄介なのが一人増えた……』
「ワン!」
 子犬のレウが、樹里を慰めるかのように彼女の足にじゃれついていた。



 その頃、宇宙空間では、メビウスの部隊と二機のジンが激しい戦いを繰り広げてい
た。ジンを操縦しているのはサーペントテールの一員である美少年イライジャ・キール
と、女戦士フィア・スカーレット。自分達を裏切った依頼主が送り込んできたメビウス
を次々と打ち落としている。
 と言っても、敵機を撃ち落しているのはフィアのジンだけで、頭部に巨大な刃を付け
たイライジャのジンは、敵の攻撃をかわすのが精一杯。フィアの足を引っ張っていた。
「イライジャ、大丈夫?」
「あ、ああ。俺に構わず、敵を…」
「! かわして!」
 フィアの叫びに、イライジャは即座に操縦桿を動かす。間一髪、イライジャのジンは
長距離からの射撃をかわした。
「た、助かった。ありがとう、フィア」
「どういたしまして。それにしても、メビウスだけでも厄介なのに……」
 フィアは視界の外にいる敵を睨む。ジンのレーダーでも捉えきれない程の遠方からの
狙撃。それはゴールド・ゴーストの最年少メンバー、だがある意味では最も恐るべき
敵、ギアボルトの手によるものだった。
「……また外しましたか。あれはイライジャ・キールの仕業ではなく、フィア・スカー
レットが指示したのでしょう。なかなかやりますね」
 狙撃用に特化されたジン・ゴールドスナイパーの操縦席の中で、ギアボルトは任務の
失敗を確認した。口調こそ冷静なものだが、内心はかなり苛立っている。
 その通信を聞いたジン・ゴールドハンマーのパイロットは苦笑を浮かべる。
「またあの女かよ。お前、あいつとはとことん相性が悪いみたいだな。それとも、お前
の腕が落ちたか?」
 14歳の少年戦士、フォルド・アドラスは仲間の失敗をからかった。まだまだ子供な
のだ。
「フィア・スカーレットは一流のガンナーで、それ故に他者からの射撃には敏感に反応
するそうです。私の腕が落ちたのではなく、あの女が特異な存在なのです」
「なるほどねえ。じゃあ俺が行こうか?」
「隊長が戻ってくるまで、ここで待機しているはずです」
「もう戦闘は始まっているんだぜ。バカ正直に命令を守る必要は無いだろ」
「その意気込みは立派だが、命令違反は困るぞ」
「がっ! た、隊長!」
 レオンからの通信に、フォルドは驚き、ギアボルトは少し嬉しそうな表情を浮かべ
る。
 程なくしてギアボルト達の元に、三機の黄金のジンがやって来た。レオンが操縦す
る、両腕に巨大な爪を装備したジン・ゴールドクロー。サキが操縦する、電磁ムチを武
器とするジン・ゴールドウィップ。そしてオーマが操縦する、右腕を巨大な火炎放射器
に換装したジン・ゴールドファイヤー。ここに黄金の亡霊達が集結した。
「劾はまだヘリオポリスの中にいる。この機にサーペントテールを叩くぞ。ギアボルト
はここで後方支援、他の者は俺に続け! メビウスには構わず、サーペントテールだけ
を叩け!」
 レオンの命令に、四人の部下は黙って従う。四機のジンは一気に距離を詰め、イライ
ジャとフィアのジンに迫る。
「くっ、ついに来たか! 劾はまだ来ないのか!?」
「泣き言を言うのは勝ってからにしなさい。今は私達だけでやるのよ!」
 フィアはイライジャを励まし、黄金のジンを迎え撃つ。相手はオーマのゴールドファ
イヤーだ。
「ふん、俺が追い出された後にサーペントテールに入った女か。お手並み拝見!」
「オーマ・ディプトリー、兵士だけでなく無関係な民間人まで焼き殺した恥知らず! 
相手になってやるわよ!」
 ゴールドファイヤーの右腕はアーム型特大火炎放射器《スルト》になっており、その
大火力で敵を焼き尽くす。強烈な炎が放たれたが、フィアのジンはこれをかわして、銃
を撃とうとする。だが、
「俺を無視してもらっては困るな!」
 レオンのゴールドクローが一気に接近。巨大な爪でフィアのジンを切り裂こうとす
る。かわすフィアだが、そこへゴールドファイヤーが炎を放射。炎はフィアのジンの左
足を包み、溶かしてしまった。
「くっ、何てデタラメな火力…!」
 一方、イライジャのジンも苦戦していた。
「ほらほら、逃げなきゃ潰してやるぞ!」
 フォルドのゴールドハンマーが操るケン玉型の武器、重金属製大型モーニングスター
《タイタン》と、
「逃げてばかりじゃ勝てないわよ。もっとも、反撃なんて出来ないでしょうけど」
 サキのゴールドウィップが振るう電磁ワイヤーウィップの連携攻撃が、イライジャの
ジンを傷つける。
「クソッ、相変わらず嫌らしい戦い方を……!」
 悔しがるイライジャ。ゴールドハンマーもゴールドウィップも中距離戦に長けた機体
である。その性能を最大限に発揮する為、一定の距離を保ったまま攻撃してくる。決し
て深追いはせず、確実にダメージを与え、敵を行動不能にする。それがフォルドとサキ
の戦い方だった。
 イライジャもフィアも苦戦していた。ゴールド・ゴーストだけでも手強いのに、裏切
った依頼主のメビウス部隊も攻撃の手を緩めない。メビウスの大群と四機のジン、更に
ギアボルトの超遠距離からの狙撃。状況は最悪といってもいい。
 このままではやられる。イライジャとフィアが同時にそう思った時、奇跡が起きた。
 ヘリオポリスの方向から一閃の光が放たれ、その光がメビウスを貫いた。
「えっ?」
「な、何、今のは? まさか……」
 イライジャとフィアが驚いている間にも光は次々と放たれ、メビウスを撃墜してい
く。全てのメビウスが落とされた後、青の戦神が駆けつけて来た。イライジャは、青い
アストレイに乗っている救い主の名を呼ぶ。
「劾!」
 イライジャとフィアのジンは敵の攻撃をかわし、青いアストレイと合流する。
「遅れてすまない。だが、間に合ったようだな」
「ええ。でもギリギリだったわよ。特にイライジャは」
「フィ、フィア、余計な事を言うな!」
「事実でしょ。でも劾、そのMSは? それがターゲットだったの?」
 青いアストレイを見て、フィアが疑問を口にする。劾は頷き、
「ああ。だが、色々あってな。詳しい話は後だ。戦闘はまだ終わっていない」
 劾の言うとおりだった。メビウス部隊は殲滅したが、もっと手強い敵が残っている。
「な、何だよ、あの青いMSは?」
 見知らぬ機体の登場に驚くフォルド。他の三人は、
「あの正確な射撃からすると、乗っているのは劾か。ちっ、あのMSは俺達の物になる
はずだったのに……」
「レオン、どうするの?」
「惜しいが、敵になったからには仕方がない。破壊しろ!」
「了解。フォルドとギアボルト、オーマもいいわね?」
「あ、ああ」
「分かりました」
「くっくっく、劾、俺を追い出したお前を殺せるなんて、最高だぜ!」
 ゴールド・ゴースト対サーペントテール。世界屈指の傭兵部隊が、ついに激突する。
 と思われたその時、破壊されたはずのメビウスが一機、密かに動き出した。そして銃
口をイライジャのジンに向ける。
「! イライジャ、避けて!」
「えっ?」
 射撃による攻撃に人一倍敏感なフィアが気が付いた。しかし、イライジャの反応は遅
く、その場を動かなかった。メビウスの銃が弾を放とうとしたその瞬間、
「させるかよ!」
 ロウの叫びと共に閃光が走った。壊れかけていたメビウスは光に打ち抜かれ、完全に
破壊された。
「い、今のは……?」
 驚くイライジャ達の前に、赤いアストレイが現れた。右手にビームライフル、左手に
シールドを装備しており、戦う気迫に満ちている。
「よお、危なかったな。それとも余計な手出しだったか?」
 ロウからの通信に、劾は小さく笑みを浮かべる。
「いや、すまない。礼を言う」
「そうか。それじゃあ一緒に戦おうか!」
 ロウの発言を聞いたイライジャは驚いた。
「バ、バカか、お前は! 相手はゴールド・ゴーストだぞ。戦闘は俺達プロに任せて
…」
「そうはいかない。もう追い回されるのはたくさんだ。奴らとはここでケリをつけた
い」
 赤いアストレイから、ロウとは別の人間の声が放たれた。あの少年の声だ。彼はロウ
と一緒に赤いアストレイに乗り込んでいたのだ。
「手強い相手だからこそ、戦力は多い方がいいだろう? 大丈夫、こいつの腕は俺が保
障する。俺や8(ハチ)もサポートするし、足手まといにはならないと思うぞ」
「な、こ、子供が何を言って…」
「分かった。協力に感謝する」
「が、劾!?」
「おお! 暴れてやるぜ!」
 とロウが気合を入れた頃、ゴールド・ゴーストの面々は、
「あの赤いMSも動かせるようにしたのかよ。クソッ、あれは俺が仕上げるつもりだっ
たのに!」
「どうしますか、レオン?」
「退くぞ。今回の任務は失敗だ」
「えーっ? それじゃあ褒章がもらえないじゃないか」
「あのMSの性能はジンより遥かに上だ。それを二機も相手にするのは危険すぎる。ま
してやその内の一機は劾が操縦している。奴はバクチを打つ相手ではない。奴と戦うの
なら、確実に勝てる罠を仕掛けた上で戦わないと」
 レオンは劾を倒したいと願う反面、恐れてもいた。だから劾を相手に無理な戦いはし
ない。
「今回失敗しても、次の仕事で挽回すればいい。だが死ねばそこで終わりだ。傭兵は勝
利より生き残る事を優先すべきだ」
 レオンの傭兵哲学は、そういうものだった。これを懸命な考えと評価するか、臆病者
だと罵るかは人それぞれだろう。彼の仲間達は、
「了解しました」
「分かったよ。りょーかーい」
「ちっ」
 不満そうな者もいたが、結局全員従った。ギアボルトも退き、五機のジンは宇宙の闇
の中に消えていった。
「あれ? 何だよ、もう終わり? あいつら、やる気ゼロだったのか?」
「ロウ、そうじゃない。あいつらがプロの傭兵だったって事さ」
 少年の方がこういう事は知っているらしい。
 こうして戦いは終わった。しかし、これは本当の戦い、そして、壮絶すぎるほどに壮
絶で過酷な戦いの始まりに過ぎなかったのだ。



 ロウ達の母艦ホームは、戦闘が始まった直後に後方に退いていた。戦闘が終わってロ
ウが通信を送ると、プロフェッサーは元気な声で無事を報せてくれた。
 ロウと謎の少年は工場に残っていたリーアムと樹里、そしてレウを回収して、ホーム
に帰艦。サーペントテールの三人も招かれ、一同は艦橋に集まり今後の事について話し
合う。
 青いアストレイは正式に劾に譲られる事になった。そして、赤いアストレイにはレッ
ドフレーム、青いアストレイにはブルーフレームという名が付けられた(右腕だけが発
見された金色のアストレイの名は、当然ゴールドフレームである)。
 一通り話し終えたところで樹里が、
「ところで、私、ずーーーーーーーっと前から訊きたい事があるんだけど」
 と言って、謎の少年を見る。そして彼の頭に乗っているレウと、少年の顔を交互に見
て、
「君は、ううん、君達は一体何者なの? 名前は? どこから来たの? どうしてゴー
ルド・ゴーストに追われていたの? どうしてアストレイの事を詳しく知っているの?
 どうして…」
「質問が多いな、キサちゃん」
「キ、キサちゃん?」
「樹里だからキサちゃん。いいあだ名だと思うんだけど、ダメかな?」
 微妙なあだ名である。ロウがそう言おうとしたら、
「相変わらずネーミングセンスがありませんね、『先生』」
 プロフェッサーが先に口を開き、意外な単語を発した。
「せ、先生!? この子がプロフェッサーの先生?」
 驚く樹里。ロウやリーアム、サーペントテールの面々も驚いている。そして、先生と
呼ばれた少年は複雑な表情を浮かべた。
「気付いたか。俺もあんたの事は知っている。昔の名前は捨てたのか?」
「ええ。今はプロフェッサーと名乗っています。先生もそう呼んでください」
「OK。けど、あんたも俺を先生と呼ぶのは止めてくれ。俺はあんたの先生であって、
そうじゃない存在だからな」
 少年の謎めいた言葉に、プロフェッサーは少し寂しげに頷いた。
「そう、やっぱりね。死んだはずの人間が生き返って、しかも若返るなんて、そんな事
があるはずが無い。大体の推測は付きますから、みんなには私から説明しましょう
か?」
「いや、俺が言おう」
 そう言って少年は、一同の顔を見回す。
「改めて名乗らせてもらおう。俺は普通の人間じゃない。ある男の細胞から作られたク
ローン、それも元になった人間の記憶と人格、能力もほぼ完璧に受け継いでいるパーフ
ェクトクローンだ」
 プロフェッサー以外の全員が言葉を無くした。いや、一人だけ例外がいた。
「なるほど。それで理解できた。お前は子供にしては優秀すぎるし、度胸が座りすぎて
いる。それは大人の記憶を持っているからか」
「そのとおりだ、劾。もっとも、完璧に元の奴の記憶を受け継いでいるわけじゃない。
思い出せない事もある」
 少年は、少し寂しげに笑った。その時の彼は、この場の誰よりも大人らしい表情をし
ていた。
【レウも普通の犬ではないな。彼は私のデータにある犬の基本能力値を大きく上回って
いる】
 8(ハチ)の推測に少年は頷く。
「ああ。レウは俺を作った組織に遺伝子を弄繰り回されている。知力、体力、共に優秀
な上に人語を完璧に理解できる、コーディネイター犬だ」
「クローン人間とコーデイネイター犬ですか。奇妙な組み合わせですね」
 リーアムの冷静な発言の後、イライジャが大きな声で、
「で、でも、クローン人間の製造は、もう随分前から地球でもプラントでも禁止されて
いるはずだ! それに記憶も能力も受け継いだクローンなんて、そんな…」
「イライジャ。この世界は見えるもの、聞こえるもの、知っているものだけが全てじゃ
ない。世界の闇は俺やお前が考えている以上に暗く、深い」
 劾の言葉は重いものだった。彼もまた、世界の闇によつて生み出された命である。
「お前達を作った組織は何だ? ブルーコスモスか、それともザフトか?」
「分からない。俺を世話していた連中は何も教えてくれなかったからな」
 少年の話によると、彼はおよそ一ヶ月前、どこかの施設で生み出されたらしい。少年
もレウも施設では実験動物のように扱われ、彼らを一つの命として見る者は誰もいなか
った。
 このままでは実験の果てに殺される。そう思った少年は三日前、自分に懐いていたレ
ウと共に施設を脱走したのである。
「追っ手を出すとは思ったが、まさかプロの傭兵を雇うとはな。あいつらはしつこく
て、逃げ切るのは無理だと思った。MSに対抗するにはMSしかない。ここはヘリオポ
リスの近くだ、もしかしたら…と思って、あの秘密工場に逃げ込んだのさ」
「そうだったのか。でも、お前の体じゃ操縦出来ないだろ」
 ロウの言葉に、少年は苦笑する。
「ああ。自分の体が子供のサイズだって事をすっかり忘れていた。どうしようか迷って
いたら劾に会ったのさ。後はみんなが知っているとおり。色々あったけど、終わりよけ
れば全て良し、という事で」
 まとめようとする少年に、ロウが最後の疑問をぶつける。
「なあ、お前の元になった人間って誰なんだ?」
「…………」
 少年はプロフェッサーの顔を観る。プロフェッサーは首を横に振る。
「ちぇ、言い難い事は俺に言わせるのか。まあいいや、隠すほどの事じゃない。俺の元
になった奴の名は、アルベリッヒ・バーネット。プラント最高の科学しにして変人、そ
して、俺がこの世で最も嫌いな人間だ」
 アルベリッヒ・バーネット。その名を聞いた劾は、なぜこの少年に親しみを感じるの
か理解した。この少年の目が彼女に似ているからだ。昔、一度だけ自分と共に戦った女
戦士の目に。
 劾と、真実を知っていたプロフェッサー以外の面々は心底驚かされた。樹里は口をパ
クパクさせながら、
「ア、アルベリッヒ・バーネットって、シーゲル・クラインやパトリック・ザラと並ぶ
プラントの三大VIPの一人で…」
【MSの技術者としても一流の人物だ。MSの基礎理論を開発した一人でもある】
 8(ハチ)の説明を、リーアムが補足する。
「そしてザフト最強の女性MSパイロットといわれる『漆黒のヴァルキュリア』、ガー
ネット・バーネットの父親ですね。ですが数年前に自殺をしました。自殺した理由は分
からず、一時は地球軍の暗殺部隊に殺されたという噂が流れましたが」
 リーアムの補足を聞いた少年は、今までよりも深い苦笑をした。
「そりゃとんでもないデマだな。アルベリッヒは本当に自殺したんだよ。理由は簡単、
奴は人を殺したんだ。それも、生まれたばかりの赤ん坊を十二人もな!」
 少年は怒りを露にした。頭の上にいるレウが少し怯えているが、少年は構わず話を続
ける。
「俺の記憶の継承は完璧じゃないから、なぜアルベリッヒが赤ん坊を殺したのかは分か
らない。けど、あいつがその事を悔やみ、生きる気力を無くして自殺したのは覚えてい
る。いや、刻まれているんだ。俺の細胞の一つ一つに、隅々までな」
 後悔という思いが、細胞の隅々まで染み渡っているような感覚。忘れたくても忘れる
事が出来ない記憶。しかしそれは自分ではなく、アルベリッヒ・バーネットという『他
人』の記憶。自分は何もしていないのに悔やみ、苦しみ続ける。あまりにも理不尽だと
思った。だから、少年はアルベリッヒを否定する。
「アルベリッヒは後悔と無念と哀しみに負けて、自ら死を選んだ。奴は人殺しの悪党
で、おまけに卑怯者だ。俺は奴のクローンだが、奴の人生を繰り返すつもりはない。俺
は奴とは逆の道を行く。子供を守り、世界の平和を守る男として生きる。アルベリッヒ
のような悪党と戦う、正義の味方として生きてやる。アルベリッヒ・バーネットの名も
名乗らない。俺の名は……」
 そこまで言って、少年は考え込んだ。そして何度か首を傾げた後、
「決めたぞ。俺の名は影太郎。宇流影太郎(うる かげたろう)。知恵と勇気と根性を
武器にして戦う男だ!」
 少年のこの宣誓にロウは、
「カ、カッコいい……」
 と眼を輝かせ、8(ハチは)、
【いい名前だ。音の響きも悪くない】
 と褒めており、リーアムは、
「これがクローンのネーミングセンスですか。いい勉強になります」
 と興味を抱き、プロフェッサーは、
「ま、いいんじゃない?」
 と面白がっている。樹里だけが疑問を口にした。
「何なの、その名前は? どうして『太郎』なのよ」
「東洋のある国では、名前に『太郎』と付けると立派な男になるそうじゃないか。俺は
表の世界には出ず、影の中で戦う男。だから影太郎だ」
 樹里はツッコまなかった。もう一つ気になる事があるからだ。
「宇流って苗字の意味は?」
「昔、そう名乗った正義の味方がいたそうだ。えーと、確か、ウルトラ…」
「もういい、分かった」
 樹里は質問を止めた。これ以上、こいつに何かを言わせてはならない気がしたのだ。
そして、こう思った。
『ああ、また厄介なのが一人増えた。私の人生、お先真っ暗かも』
 この予感は半分当たり、半分外れる。
 影太郎の宣言を聞いたイライジャは呆れていた。
『正義の味方になる? 何を言っているんだ、このガキは』
 現実を知らないガキの戯言。イライジャにはそうとしか思えなかった。
 一方、フィアと劾は冷静だった。
「あの子、凄い事を言いますね」
「ああ。彼が行く道は、地獄の中を突き進む修羅の道だ」
「そうだと知っているのかしら?」
「知っているだろう。彼はアルベリッヒ・バーネットの記憶を持っている。世界が善悪
だけで語れない事も、世界の闇の深さも知っているはずだ」
「それでもあえて言ったんですね。宇流影太郎、か……」
 フィアは影太郎の顔を見た。口先だけではない、本気で夢を目指す男の顔をしてい
る。こういう顔をした人間は嫌いではない。
「ワン、ワンワン!」
 レウが嬉しそうに鳴いている。それは過酷な道を行こうとする影太郎への応援歌だろ
うか。



 9740−6584−2291−7752。とある組織にそう呼ばれている宙域に、
資源衛星の破片に偽装された施設がある。その施設の長がいる部屋に、あまり喜べない
報告が入った。
「脱走者は逃走。その行方は不明。追撃は困難、か。ふん、子供と犬の始末も出来ない
とは、ゴールド・ゴーストも噂ほどではないな」
 デューク・アルストルは呆れたように言う。いや、実際に呆れているのだ。
「俺の部下に任せた方が良かったかな」
 いや、それは出来ない。派手な動きをすれば組織の上層部に不審を抱かれ、なぜ兵を
動かしたのか探られる。そして脱走者が、デュークが入手した『イオの輝き』を使った
パーフェクトクローンの実験体である事が知られてしまう。
「戯れに作った犬や、あの男の弱点を探る為に作った実験体のせいで、あの男に俺を始
末する口実を与える訳にはいかないからな」
 だから傭兵に、それも一流と呼ばれる連中を雇ったのだが、まさか失敗するとは。
「さて、どうしたものか……」
 少し考えた後、デュークは実験体を放っておく事にした。
「下手に騒ぎ立てて、あの男に興味を抱かせるような事は避けるべきだ。今は大事な時
だしな」
 そう結論を出したデュークは実験体の事を忘れ、新たな思考を巡らせる。実の父を倒
し、組織の、いや、この世界の頂点に君臨する為に。

(2007・4/30掲載)
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