第2章
 怪盗レインボースター参上!

 とある宙域に潜んでいる宇宙船に、一人の男がやって来た。左右に突き出た髪型が特
徴的なその男の名はケナフ・ルキーニ。裏社会では名の知れた情報屋である。
 宇宙船の主はルキーニを歓迎した。彼はいつも貴重な情報を売ってくれるからだ。期
待通り、今回ルキーニが持ってきてくれた情報は最高のものだった。
「いかがですか?」
 ルキーニは尋ねるが、返答は聞くまでも無かった。映像ディスクを見た相手の目は輝
いていたからだ。
「最高……」
 色気のある声で、宇宙船の主である女性が呟く。彼女の目の前にあるモニターには、
アストレイ・レッドフレームの姿が映し出されていた。
「オーブが極秘裏に作り上げたMS……。それだけでも素敵なのに、この色、この顔、
この形、全てにおいて完璧に私の好みだわ。最高の最高、最高すぎるわ」
「気に入っていただけた様で何よりです。こちらのディスクに、連中が今いる場所と今
後通るコースを予想したデータが入っています。お買い上げいただけますかな?」
「もちろん。そっちの言い値が買うわ」
「毎度どうも。では、こちらもサービスさせていただきますよ。情報を有効に利用して
くださる方は最高のお客様ですから」
 ルキーニは恭しく頭を下げる。船長の女が指を鳴らすと、彼女の部下らしき金髪の女
性が、アタッシュケースを持ってきた。ルキーニはケースの中の札束を確認した後、デ
ィスクを渡す。
「では、ご健闘をお祈りしますよ、怪盗レインボースター殿」
 そう言ってルキーニは再び頭を下げて、船を後にした。自分の小型船に戻ったルキー
ニはニヤリと笑った。
 情報屋ケナフ・ルキーニ。彼の最大の娯楽は、自分が売った情報で他人の運命が歪
み、世界が混乱する様を見る事。しかし、かつて一人だけ、ルキーニの情報の意味を見
破り、ルキーニを窮地に追い込んだ人物がいた。
「餌は撒いた。では、お手並み拝見といこうか、宇流影太郎。アルベリッヒ・バーネッ
トの体と記憶を受け継ぐ男よ」
 自分が唯一認めた男の意思を受け継ぐかもしれない人間がいる。そう思うとルキーニ
の心はざわめいた。久しぶりに楽しめそうな予感がした。



 レインボースターは興奮していた。その浮かれっぷりは、彼女の子分である三人の美
少女が心配するほどだった。
「お、落ち着いてください、レインボースター様。そんなに興奮すると、また鼻血が出
ますよ?」
 三人のリーダー格である金髪の少女が声をかけても、レインボースターは収まらな
い。ニヤニヤ笑いを止めず、鼻歌を歌っている(かなり上手い)。このままだと盆踊り
でも踊りだしそうだ。
「アサギの言うとおりですよ。まだ手に入れたわけじゃないのに、そんなに浮かれるの
はどうかと思います」
 眼鏡をかけた少女がそう言うと、最後の一人である茶髪の少女も頷く。しかし、その
発言を聞いたレインボースターの目付きが変わった。
「違う」
「えっ?」
「違うでしょ。何度言ったら分かるの? 今のあんた達は私の子分。だから私が付けた
名前を名乗りなさい!」
「あっ、す、すいません」
 眼鏡の少女が頭を下げる。しかしレインボースターは納得していないようだ。
「本当に分かっているのかしら。ちょっとテストするわよ。ジュリ、あんたの今の名前
は?」
「え、えーと、今の私の名前は……グリーンです!」
「正解。マユラとアサギは自分の名前、ちゃんと覚えてる?」
「はい。私はパープルです」
 マユラと呼ばれた茶髪の少女は元気良く返事をする。しかし、アサギという名の金髪
の少女は表情を暗くしている。
「どうしたの? アサギ、あんたまさか忘れたんじゃ…」
「覚えてます……。私の今の名前は……オレンジです」
「そうよ。覚えているのなら、どうしてそんな顔をするのよ。何か不満でもあるの?」
「不満というか、イメージの問題というか、この名前はちょっとヘタレキャラっぽい気
がして……」
「気のせいよ」
 そうかなあ、と首を傾げるアサギは放っておいて、レインボースターは話を始める。
三人の子分にレッドフレームの映像を見せて、
「今回のターゲットはこの赤いMSよ。怪盗レインボースターの名にかけて、必ず手に
入れるわよ!」
 と宣言する。
 レッドフレームを見た瞬間、三人娘の表情が変わった。全員、目を見開き、口をポカ
ンと開けている。
「あら、あんた達、どうしたの? ああ、このMSの美しさに見惚れたのね。気持ちは
分かるわ。ジンやシグーなんて目じゃないくらい美しいもんね。オーブ製のMSの性能
は分からないけど、外見は完全にオーブの勝ちね。あ、もちろんザフトのMSも好き
よ。あの一つ目が可愛いし、スタイルがちょっと無骨っぽいのがいいのよねえ。それか
ら…」
 レインボースターは自分を基準に考え、自分の世界に入ってしまったが、三人娘がレ
ッドフレームに驚いた理由はそうではない。三人はレッドフレームの事を知っていたの
だ。あのMSがヘリオポリスの秘密工場で三機作られ、工場ごと破棄されたはずだとい
う事も知っている。
 破棄されたはずのMSが、なぜ存在しているのか? 調べなければならない。そう判
断した三人娘はレインボースターに、
「やりましょう、レインボースター様!」
「子分になって間もない私達だけど…」
「精一杯頑張りますから。必ずあのMSを手に入れましょう!」
 と意気込みを語る。
「あんた達もやる気になってくれて嬉しいわ。それでこそ、怪盗レインボースターの子
分よ。レッド達とは大違いね。あいつらはお金の事しか頭に無かったから」
 レインボースターは、一週間前にクビにした三人の子分の事を思い出した。宇宙海賊
をやっていたという褐色の肌の少女と、彼女について来た二人の男。連合に追われてい
たのを助けてやって、それぞれにレッド、ブルー、イエローという名を与えてやった。
それなのにあの三人は、レインボースターがプラントに潜入した時、変な老人の臨終を
看取った際に託された機械をお宝だと思って盗み出そうとしたのだ。
『私が見つけて、三人まとめて救命ポッドに放り込んで宇宙に放り出したけど、あいつ
ら、今はどうしているのかなあ。助かっていればいいんだけど』
 いや、今はあの三人の事より、新しい獲物の方だ。レインボースターはモニターに映
っているレッドフレームの姿を見る。本当に素晴らしいMSだ。見ているだけで体が震
えてくる。
「何としてもこのMSを手に入れるわよ。方法はもう考えてあるの。まずは…」
 作戦を語るレインボースター。その勇ましい声を聞きながら、三人娘は彼女達の本当
の主に連絡しなければ、と考えていた。



 影太郎は夢の中にいた。
 ああ、そうだ。これは夢だ。なぜなら俺が目にしているのは、俺が知らないものばか
りだからだ。
 妻も。娘も。親友も。MSも。機械も。善行も。悪行も。何もかも俺が知らないも
の。見た事が無いもの。体験していないもの。
 これは俺の記憶ではなく、この肉体に刻み込まれた他人の記憶。俺は宇流影太郎であ
って、アルベリッヒ・バーネットではないのだから。
 でも、なぜだろう。そうだと分かっているのに、とても懐かしく、そして哀しいの
は。
 暖かい思いが心を包んでいく。その暖かさに身を委ねたくなる。
 いや、それは駄目だ。他人の夢に甘えるなど、絶対にやってはならない事だ。俺が俺
である為には、他人になってはならないのだ。
 つまらないプライドかもしれない。けど、そのプライドを捨ててしまったら、俺は、
俺は……。
「ワン!」
 レウの甲高い声で、影太郎は目を覚ました。そして状況を確認する。ここは宇宙船ホ
ームの一室。自分とレウに与えられた部屋だ。
 影太郎が寝ていたベッドの脇では、レウが尻尾を振りながら影太郎の顔を見ている。
影太郎が眠る前、樹里に連れて行かれたはずだが、いつの間に戻って来たのか。
「樹里と一緒じゃ退屈だったのか? まったく、困った奴だ」
 影太郎はベッドから起き上がり、レウの頭を撫でた。それだけでレウは嬉しそうな表
情を浮かべる。
「随分と懐いているわね」
 開いていた部屋の扉から、プロフェッサーが入って来た。
「レウはあんたが連れて来たのか?」
「勝手について来たのよ。私があなたの所へ行くのが分かったみたいね。本当に頭のい
い犬だわ。この子に施された遺伝子調整は、かなり高度なものね。そして、あなたも」
 そう言ってプロフェッサーは、書類の束を渡した。
「あなたの体の検査結果が出たわ。と言っても、この船の医療設備じゃ大した事は分か
らなかったけど」
 影太郎は書類を手にとって、データを確認する。彼がロウ達の仲間になって四日が経
過しているが、その間、ほとんどの時間をプロフェッサーの手による身体検査に費やし
ていた。ある程度の予想はしていたが、それでも確証が欲しかったのだ。そしてその結
果は、
「……ふん。やはり俺は長くは生きられないか」
 自分でも驚くくらい冷静な声だった。プロフェッサーは無表情で頷き、
「ええ。あなたの遺伝子にはいくつかの欠陥があるわ。もっと整った施設で詳しく調べ
れば、まだまだ出てくるでしょうね」
「ふん。記憶や能力はコピーできても、寿命まではコピー出来なかったわけか。パーフ
ェクトクローンが聞いて呆れる。作れないものを無理やり作るからこうなるんだ」
「そういう失敗を繰り返してきたからこそ、人類は進歩してきたのよ。あなたは認めた
くないでしょうけど、それが現実よ。それが気に入らないのなら、この世界を壊してみ
る?」
「興味無いな。俺を作った奴に復讐するのならともかく、無関係な人間まで巻き込むつ
もりは無い。破壊や復讐など未来に絶望した奴のする事だ」
「あなたは絶望していないの?」
 影太郎はニッコリ笑った。気持ちのいい笑顔だった。
「俺はまだ、人生に絶望するほど生きちゃいない。生まれて一ヶ月の赤ん坊が人生に絶
望したなんて言っても説得力ゼロだろ? まずは精一杯生きてみるさ」
 そう断言した影太郎を見て、プロフェッサーも微笑む。
「愚痴らず、諦めず、常に前を見て突き進む。そういうところは先生にそっくりね」
「褒めてくれるのは嬉しいが、アルベリッヒと俺を比べるのは止せ。気分が悪くなる」
「そんなに先生の事が嫌いなの?」
「ああ、嫌いだね。あいつは研究の為に十二人もの赤ん坊を殺した男だぞ。そんな悪党
を許せるものか!」
 怒気を含んだ影太郎の発言。もしアルベリッヒが目の前にいたら、即座に殴りかかっ
ているのではと思うくらい、怒りに満ちていた。
「そう。でも、私にはどうしても信じられないわ。あのアルベリッヒ・バーネットがそ
んな事をするなんて……」
 そう言うプロフェッサーも、アルベリッヒの事を詳しく知っているわけではない。彼
女がアルベリッヒの下にいた期間はとても短いものだったし、そんなに親しい間柄でも
なかった。プロフェッサーが知る『アルベリッヒ・バーネット』はアルベリッヒという
男の一面でしかないのかもしれない。それでもプロフェッサーにとって、アルベリッヒ
は尊敬に値する人物だったし、影太郎が言うような非道な行為をする人物とは思えなか
った。
 しかし、影太郎の言う事に間違いがあるとは思えない。影太郎がアルベリッヒの記憶
を不完全ながらも受け継いでおり、その事に混乱して苦しんでいるのは事実なのだ。ア
ルベリッヒが自殺したのも、影太郎の発言と照らし合わせれば納得できる。あの人がそ
んな非道をして、自分を許せるはずが無い。アルベリッヒ・バーネットとはそういう人
間だった。
「先生がどうしてそんな事をしたのか、その理由は思い出せないの?」
 プロフェッサーがそう言うと、影太郎は顔をしかめる。
「ああ。嫌な事ばかりは覚えている、いや、刻まれているのに、肝心な事は分からな
い。困ったもんだぜ」
 本当に困ったものだ。なぜアルベリッヒが非道な行為をしたのか、アルベリッヒは十
二人の赤ん坊の脳を使って何をしたのか、などの肝心な事は覚えていないのだと言う。
いや、影太郎風に言えば「刻まれていない」か。影太郎は「記憶を思い出す」という表
現を嫌っていた。他人の記憶を思い出すなど、不自然極まりない。傍から見ればつまら
ない拘りだが、影太郎にとっては重要なのだ。だからプロフェッサーも、
「そう悩む事は無いわよ。一度刻み込まれたものは永遠に残り続ける。何かの切っ掛け
で蘇るかもしれないわ」
 と気を使った言い方をする。大胆な性格に見えるプロフェッサーだが、こういう対応
が出来るのは、さすがと言うべきか。
「ありがとう。けど、まさかあんたに励まされるとはな。俺の、いやアルベリッヒの記
憶の中にいるあんたは、とんでもなく生意気で厄介で困った奴なんだが」
「……あまり好かれていないのは知っていたけど、そういう風に思われていたなんて
ね。影太郎君、もう少しじっくり話を聞かせてくれないかしら?」
 プロフェッサーが恩師への評価を改めようかと考えたその時、艦橋にいるリーアムか
ら急報が入った。海賊に襲われた宇宙船が、この船に助けを求めてきたのだ。しかしリ
ーアムは、
「これは罠かもしれません。海賊が救難者を装い、獲物の懐に潜り込もうとするのはよ
くある事ですから」
 と冷静な意見を述べる。プロフェッサーも、
「助けを求めてきた人の声が若い女性だったというのも気になるわね。海賊がそんな絶
好の獲物を逃すなんて、ちょっと考えられないわ」
 とリーアムに同調する。しかし、艦橋にやって来たロウは、
「俺は助けに行くべきだと思うぜ。助けを求めている奴を放っておくなんて、ジャンク
屋の仁義に反するぜ!」
「いや、この場合、ジャンク屋云々は関係ないと思うのですが……」
 リーアムのツッコミは無視された。
 樹里は特に何も言わなかった。ロウにもリーアム達にも一理あるからだろう。
 そして影太郎は、
「俺はロウに賛成だ。正義の味方は助けを求めている奴を見捨てないものだ」
「罠かもしれないわよ。女の子が海賊から逃げるなんて不可能じゃないかしら?」
「いや、知恵と勇気と根性があれば不可能な事なんて無い。取りあえずは助けてから考
えようじゃないか」
 結局、ロウと影太郎の意見が通り、宇宙船ホームは救難信号を発した船の元に向かっ
た。その途中で影太郎はポツリと呟いた。
「ま、その女が海賊から逃げ出すような知恵と勇気と根性を持っているかどうかは分か
らないがな」
 熱い心と冷静な頭脳を兼ね備えた男。それが宇流影太郎である。



 結論から言えば、リーアムとプロフェッサーの懸念は当たっていた。
 助けを求めてきた船に乗っていたのは、小柄な少女が一人だけ。両親が身を挺して庇
ってくれたので海賊から逃げる事が出来たと言ったのだが、これは真っ赤な嘘。
 この小柄な少女こそ、レッドフレームを狙っている女盗賊、怪盗レインボースターで
ある。MSに魅せられるあまり、時には軍の施設にも潜入し、貴重な試作機までも奪っ
ていく悪名高き大泥棒。地球軍やザフトでさえ恐れるほどの盗賊が、まさかこんな年若
い少女だとは誰も思わないだろう。その油断こそがレインボースターにとって最大の武
器になった。今までも、無力で可哀想な女の子を装う事で相手を油断させ、獲物を奪っ
てきたのだ。
 今回も同じ手を使わせてもらおう。怪しまれているのは分かっているが、それでも船
の中に潜り込めばこちらのものだ。トイレに行くと偽り、監視役としてついて来た樹里
を騙して睡眠薬を飲ませ、トイレに閉じ込めた。そして、時が来るのを待つ。
 樹里を眠らせてから一分後、ホームの船体が大きく揺れた。
「時間どおりね。あの三人、いい仕事をするじゃない」
 レインボースターが船に入り込んで三十四分後、三人娘がメビウスで攻撃を仕掛け
る。相手はあの赤いMS(レッドフレーム)で出てくるだろう。適当に戦ったら、すぐ
に逃げる。戦闘の直後というのはどんなエースでも気を抜くものだ。その隙を突いて…
…!
「ふっ、我ながら完璧な作戦だわ」
 今までにも二回、この手を使っているが、いずれも成功している。ザフトの連中は紳
士を気取っている奴が多いので、か弱い女の子の振りをすればすぐに引っかかるのだ。
ジャンク屋に仕掛けるのは初めてだが、一般人が軍人より優れているとは思えない。
 窓から宇宙を見ると、レッドフレームと三機のメビウスが戦っているのが見えた。三
人とも無理な攻撃はせず、ビームライフルによる射撃をかわす事に専念している。
「うん、いい仕事してるわ。さすがはサハク家のお墨付きね」
 アサギ、ジュリ、マユラの三人は、レインボースターを影から支援しているサハク家
から送り込まれた者達だ。サハク家はオーブを統治する五大氏族の一つで、オーブを影
から守り続けてきた一族。今、彼らはオーブを守る為の戦力として最新MSのデータを
欲しがっている。MSを盗み出す事に長けているレインボースターの協力を求めてきた
のは当然の成り行きだろう。
 レインボースターも、自分達だけではMSを集めるのに限界があると感じており、資
金や物資を提供してくれるスポンサーを求めていた。しかし、仕事に口を挟むようなス
ポンサーでは困る。
 金と物を出すだけにしてほしい。サハク家はレインボースターのこの無礼な申し出を
受け入れた。その代わり、レインボースターが手に入れたMSのデータは全て提供する
事を約束させた。レインボースターが欲しいのはMSだけで、そのデータなど必要な
い。両者は手を組み、レインボースターはその辣腕を振るった。サハク家も彼女の活躍
を評価し、子分がいなくなった彼女に人材を提供している。
 実はアストレイシリーズの開発にはレインボースターが手に入れたザフトの試作MS
のデータも使われている。もちろんレインボースターはその事は知らないが、彼女とア
ストレイは奇妙な縁で結ばれていたのだ。
「あの赤いのも期待できそうね。あー、楽しみ。ふふふふふふふふふ……」
 レインボースターが怪しく微笑んでいる間に、戦闘は終了していた。三人娘のメビウ
スは遠くに逃げ去り、レッドフレームがホームに着艦しようとしている。
「おっと、急がないと!」
 走るレインボースター。仕事はこれからが本番だ。



「襲ってきたと思ったら、ロクに戦いもせずに逃げやがった。変な海賊だな」
【ああ。海賊にしては攻撃が手ぬるかったな】
 レッドフレームから降りたロウが首を傾げる。8(ハチ)もロウと同じ考えのよう
だ。
「何も無かったのならいいじゃないか。平和が一番だ」
「だと、いいのですが……」
 楽天的な事を言う影太郎に対して、リーアムは不安を隠せないようだ。
「艦橋にいるプロフェッサーには警戒を怠らないように言ってある。何かあったら報せ
てくれるだろう。取り合えずレッドフレームの整備をしよう」
 影太郎にそう言われて、二人(と一機)も作業を始めようとした。その時、凄まじい
音が鳴り響いた。
「うわっ! な、何だ!?」
「緊急警報ですね。敵が戻ってきたんでしょうか?」
 耳を塞ぎながらもリーアムは冷静だった。艦橋のプロフェッサーに連絡を繋ごうとす
るが、
「駄目です、通じません」
「艦橋で何かあったみたいだな。行こう!」
 ロウを戦闘に三人は艦橋に向かった。三人が出て行き、格納庫に人の気配が無くなっ
てしばらく後、小さな人影が一つ現れた。
「ふっ、ちょろいわね」
 レインボースターは作戦の成功を確信した。艦のコンピューターにハッキングして、
誤報を出させたり艦橋との連絡を遮断させるなど、彼女にとっては簡単な事だ。これく
らいの事が出来なければ、今の時代に『怪盗』を名乗る資格など無い。
「さあて、お宝、お宝っと」
 レインボースターはレッドフレームの操縦席に潜り込んだ。整備をする為にハッチが
開けっ放しだったのはラッキーだった。MSのOSにハッキングして開けさせるのは手
間がかかるのだ。
「運も私に味方しているみたいね。それじゃあ……」



「警報なんて鳴らしてないわよ。何かあったの?」
 艦橋に駆けつけた三人に、プロフェッサーは現実を突きつけた。警報が鳴ったのは格
納庫だけらしく、プロフェッサーはあの轟音も聞いていなかった。
 どうなっているのか分からず戸惑うロウ達だったが、事態は急を告げていた。凄まじ
い揺れがホームを襲い、今度は『本物の』警報が鳴り響く。
「な、何だ!? 何が起こった?」
「あら。レッドフレームが格納庫の扉を破って外に逃げたみたいね」
 プロフェッサーの言うとおり、ホームのモニターにもその様子が映し出されていた。
レッドフレームは最高速度で飛び、ホームからどんどん離れていく。
「やられましたね。怪しいとは思っていましたが、あんな小さな女の子に盗まれるとは
思いませんでした。しかし、あの小さな体でどうやってMSを操縦しているんでしょう
か?」
 リーアムの疑問は無視された。
「くそっ、俺のレッドフレームは絶対に取り戻す! 8(ハチ)、キメラで追うぞ!」
【無理だ。キメラの速度では最高速度で飛んでいるレッドフレームには追いつけない。
距離もかなり離されているぞ】
「いや、今なら間に合う。ロウ、急いで追いかけろ」
 8(ハチ)の見解を影太郎は否定した。その顔は少し焦っているようだった。
「あいつは……。見張っているだけでいいって言ったのに、余計な事をしやがって。無
事でいろよ……」



 レッドフレームの操縦席の中で、レインボースターは歓喜に身を震わせていた。大声
で叫び、はしゃぎ、のた打ち回りたい気分だ。
「ああ、もう、本当に最高! 作戦は大成功だし、こんなに素敵なMSは手に入るし、
今日は私の人生で最高の日だわ!」
 喜びながら操縦桿を動かすレインボースター。彼女は影太郎と同じくらい小柄だが、
携帯型のマジックハンド(金属製)を手足につけて操縦している。これはMSを愛し、
操縦したいが故に会得した技だ。さすがに複雑な動作は出来ないが、飛ぶだけならこれ
で充分。三人娘との合流予定ポイントまで一直線に向かう。
「うふふふふふ、このMSは私のコレクションの中でも最高の一品になるわね。まずは
私でも操縦できるように改造して、それから、それから…」
「ワン!」
 その吠え声を聞いた瞬間、レインボースターの顔が凍りついた。
「…………」
「ワン、ワンワン!」
 声は足元から発せられている。レインボースターは恐る恐る足元を見る。そこには、
白い毛糸の塊のような物体があった。いや、『物体』などという表現は手ぬるいだろ
う。目を輝かせ、尾を立てて、四つの足で踏ん張っているそれは、
「い、い、犬ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ!!!!!」
 ご名答。いつの間に潜り込んでいたのか、レインボースターの足元には白い子犬がい
た。名前はレウ。ホームの新たな一員であり、影太郎の相棒にして最良の友。
 海賊に襲われたという割には元気そうな少女を怪しんだ影太郎は、レウに密かに見張
っておくように命じていたのだ。頭のいいレウは影太郎の命令どおり行動した。レイン
ボースターに気付かれないように後を付け、彼女の行動を見張り続けた。そしてレッド
フレームにもこっそり潜り込んだのである。
「ワン、ワンワンワン!」
「い、嫌ああああああああああああああああっ!! 犬、犬、嫌ああああああああああ
あああああああああああ!!」
 狂乱するレインボースター。彼女は幼い頃の経験から犬という生物を苦手にしていた
(ちなみにゴキブリも苦手)。犬に吠えられるだけで恐怖し、パニックを起こしてしま
う。
「ワンワンワンワン!」
「嫌ああああああああああああああああああ!! 来ないで、来ないで、来ないでええ
えええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
 レウはただ吠えているだけなのだが、レインボースターにとってはそれだけで地獄の
責め苦だった。もうMSの操縦どころではない。操縦桿に繋げているマジックハンドを
滅茶苦茶に動かし、レッドフレームに奇妙なダンスを躍らせている。
 大ピンチのレインボースター。しかし彼女はまだ天に見放されてはいなかった。
「レ、レインボースター様!」
 三機のメビウスが来てくれた。アサギ達だ。
「あ、あんた達、いいところに来てくれたわ。この犬、犬を何とかしてーーーっ!!」
 助けを求めるレインボースターだが、アサギ達の様子がおかしい。メビウスはいずれ
も傷付いており、アサギ達三人の息も荒い。
「はあ、はあ、レインボースター様、大変です。敵が襲ってきました!」
「敵!? まさか、あのジャンク屋がそっちに行ったの?」
「ち、違います、敵は…」
 アサギが報告を終える前に、その敵が現れた。MSだ。数は四。ジンが三機にシグー
が一機。
「ザフトのMS! まさか、ザフトに見つかったの?」
 レインボースターの顔が青くなる。ザフトの最新の試作機を何機も盗んだレインボー
スターは、ザフトにとって地球軍以上に憎むべき敵だ。それはレインボースターも分か
っているし、充分警戒もしていた。今回の仕事も、ザフトの捜査網の裏をかいて行動し
ており、絶対に見つかるはずが無い。そう思っていたのだが、
『ザフトを侮っていたって事? マズい、これは本気でマズいわ。私はMSでは戦えな
いし、アサギ達も傷付いている。戦っても勝ち目は……』
「ワン!」
「ギャー!! 犬、犬、嫌ああああああああーーーーーっ!!」
 足元の犬だけでも厄介なのに、ザフトまで来てしまうとは。絶体絶命とはこの事か。
追い込まれたレインボースターの耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「ふん、天下の怪盗レインボースターも無様なものね。こんな奴の下にいたなんて、自
分が恥ずかしいわ」
 前方のジンからの通信。かつての部下の声に、レインボースターは正気を取り戻し
た。
「その声は……レッド!? あんた、生きていたの?」
「ええ、おかげ様でね。でも、その名で私を呼ばないで! 私にはポーシャっていう立
派な名前があるんだから!」
 ジンの操縦席に座る褐色の肌の少女は、怒りをレインボースターにぶつけた。このポ
ーシャという少女、以前は宇宙海賊だったのだが、一ヶ月前に所属していた海賊団が地
球軍に掃討されてしまい、帰る場所を失った。ポーシャは二人の子分を連れて逃げた
が、行く当ても無く困っていたところをレインボースターに拾われた。ポーシャにはレ
ッド、二人の男の子分にはそれぞれブルーとイエローという名が付けられ、三人まとめ
てレインボースターの子分になったのだが、
「ふん、そうよね。あんた達はクビにしたんだから、私が付けた名前で呼ぶ必要は無い
わね。それで、手癖の悪さだけしか取り柄の無い連中が何しに来たのよ?」
「もちろん、あんたに仕返しに来たのよ。救命ポッドに三人まとめて詰め込まされて宇
宙に放り出された恨み、今こそ返すわ!」
「あれはあんた達が悪いんじゃない。私が貰ったあの変な機械を盗ろうとしたから…」
「そうね、ついでにあの機械も頂くわ。私達の新しいボスが、あれを欲しがっているの
よ」
「ボスですって?」
「そうよ。あんたなんかよりずーっと優しくて、気前が良くて、美味しいご飯を食べさ
せてくれる人。とっても素敵なボスよ。ボス、このクソ女にボスからも一言、言ってや
ってください」
「…………」
 シグーに乗っているポーシャ達のボスは、しばらく沈黙していた。三十秒の沈黙の
後、放った台詞は、
「……虫」
 可愛い声だった。年の若い女の子の声だった。しかし、意味は分からなかった。
「虫、蟲、蛆虫……可愛い。あなたもそう思う? 思うよね。あれはいいもの、可愛い
もの。ふふ、ふふふふふふふふふ……」
 満足げに笑うボス。しかしボス以外の人間には、彼女の言葉の意味はまったく理解で
きなかった。こんな少女をボスとするポーシャに向かって、レインボースターは一言、
「ポーシャ、あんたって、変わった趣味をしてるのね」
「ち、違うわよ! 確かにマゴット様はちょっと変わった人だけど、本当は凄いのよ。
私達の命の恩人だし、MSだって操縦できるし、私達ナチュラルにだって操縦できるM
Sを用意してくれたし…」
「ナチュラルにも操縦できるMSですって!?」
 その言葉を聴いたアサギの顔付きが変わった。ジュリとマユラの目も鋭さを増す。
「そんなの信じられない! ナチュラル用の操縦OSは大西洋連邦もオーブもまだ研究
中なのよ。それなのにどうして…」
「どうしてって言われても、私達だって知らないわよ。マゴット様が持ってきてくれた
のを使っているだけなんだから」
 アサギはシグーに通信回線を繋いだ。そして問い質す。
「あなた、一体何者なの? ナチュラル用のOSなんて、シモンズ主任でさえまだ作っ
ていないのに……」
 マゴットと呼ばれる少女は沈黙していた。口を開いたのは、十秒ほど過ぎてからだっ
た。
「虫」
「えっ?」
「私はミステリウス・マゴット。妖蛆の秘密を守る娘。私は虫。蛆虫。妖しき蛆虫。だ
から何も知らない。そして答えない。蛆虫はただ神様の命令に従うのみ」
「神様?」
「虫は神様に従うもの。それが虫の運命。神様はユニットを欲しがっている。だから虫
で亜使徒な私がそれを持って帰らなくちゃならない。ちょうだい。あのユニットをちょ
うだい。くれなきゃ殺す。虫を潰すみたいにプチッと殺す」
 マゴットの声に殺気は無い。感情も無い。彼女はただ、自分のやるべき事をやろうと
しているだけ。その冷徹さが恐ろしい。レインボースターとアサギ達は恐怖に震えた。
「ウー、ワンワンワン!」
 ただ一人、いや一匹だけ恐怖を感じていない者がいた。レウのマゴットのシグーに向
かって、激しく吠え立てている。
「犬の声……。犬がいるの?」
「え、ええ、そうよ」
 マゴットの問いにレインボースターが答える。
「あなたの声は震えている。怯えている。あなたは犬が嫌いなの?」
「す、好きじゃないわね……」
「そう。私は好き。犬と虫は仲良し。大人しい犬も好きだけど、吠える犬はもっと好
き」
「…………」
「ワンワンワンワン!」
 吠えるレウ。沈黙するレインボースター。微笑むマゴット。奇妙な空気が流れたが、
その空気を破る者が現れた。
「ちょっと待ったあああああああああああああああああああああ!!」
 勇ましい叫びと共に現れたは、一機の小型MA。ホームの作業用MAキメラだ。MS
の腕を移植したロウ用のキメラで、右腕には大型のドリルを装備している。パイロット
はこの機体の専属であるロウ・ギュールと、小さい体を無理やり押し込んで乗った影太
郎。
「か、影太郎、耳元で大声出すな! 耳が壊れるかと思ったぞ」
【あんな大声を出して自分の接近を敵に報せる必要があるのか? あまり意味のある行
動とは思えん】
「ロウも8(ハチ)も分かってないな。ヒーローっていうのは、大きな声を挙げて登場
するものなんだよ。自分の存在を証明して、敵にその名を刻み込むためにな!」
「なるほど。確かにカッコいいな」
【ふむ。理解は出来ないが、記録はしておこう】
 ロウと8(ハチ)を納得させた影太郎は、キメラのレーダーを確認する。レーダーの
中央部には大きな光の点がある。
「レウにつけた発信機はちゃんと働いてくれたか。さすがは組織の試作品、大した物だ
ぜ」
 レウの首輪には、救命ポッドなどに搭載されている長距離用の発信機を小型にした物
が付けられている。これは影太郎達を作った組織が作った物で、脱走した際に持ち出し
たのだ。
「ワン、ワンワン!」
 レウが今まで以上に吠える。友が、影太郎が迎えに来た事を喜んでいるのだ。
「ヒィィィィィィィィィィィイ!」
 苦手な生物の声に、レインボースターの恐怖は増幅する。顔色も悪い。
「おい、あの女、レウを怖がっているみたいだぜ。犬が苦手らしいな」
「ったく、レウの奴、あの女を見張っているだけでいいと言ったのに余計な事をしやが
って。あの女がヤバい奴だったらどうするんだよ」
「そう言うな。あいつ、自分に発信機が付いてる事を知っていてレッドフレームに乗り
込んだんだろ? 殺されるかもしれないのに乗り込むなんて、大した度胸だぜ」
【私のデータによると、犬は自分が苦手な人間が分かるそうだ。レウはそれに気付いて
乗り込んだと思われる。君達より優秀なんじゃないのか?】
「あー……ははははは」
「否定できないな」
 ロウと影太郎は揃って苦笑した。
 一方、突然の乱入者にポーシャ達は驚いていた。
「ど、どうしますか、姉さん?」
 ヒゲを生やした中年男がポーシャに尋ねる。海賊時代からの子分で、レインボースタ
ーの下にいた頃はブルーと呼ばれていた男だ。
「相手は一機だけみたいですぜ。こっちはMSが四機もいる。楽勝ですぜ」
 もう一人の子分も勇ましいことを言う。こちらは昔はイエローと呼ばれていた。
 二人の子分の言葉にポーシャもその気になった。実はMSを使っての実戦は今日が初
めてだが、先程までの戦闘では三人娘が乗るメビウス達を圧倒した。今度の相手もM
A、しかもメビウスにも劣る作業用だ。負ける気はしない。
「そうね、さっさと片付けるわよ!」
「おう!」
「はい!」
 勇ましい掛け声と共に、三人の元海賊は攻撃を仕掛ける。三機のジンはキメラを三方
から囲み、一斉射撃を行なおうとする。しかし、ロウが操縦するキメラは巧みに動き、
ジンの射撃を全てかわした。
「な、何で当たらないのよ!」
 焦るポーシャ。簡単に倒せると思っていたのに、敵は予想以上に速く、そして、
「うわああああああっ!」
 イエローの乗ったジンの頭がドリルで破壊された。敵は速く、そして強い。
「あ、あのMA、こっちの動きを完全に読んでいる……。どうして? そんなに凄いパ
イロットが乗っているの?」
 ポーシャの言うとおりだった。ナチュラルではあるがMSの操縦に関しては天才的な
能力を発揮するロウに、
「ロウ、右から来るぞ。ジンの切り返しは早い、気を付けろ!」
 MS開発に大きく貢献したアルベリッヒの記憶を受け継ぎ、ジンの性能を熟知してい
る影太郎と、
【下からも来るぞ。後方にかわせ。そして隙が出来た敵に攻撃しろ】
 驚異的な性能を持つコンピューター8(ハチ)が付いているのだ。機体の性能では勝
っているとはいえ、ジンに乗り始めたばかりのポーシャ達が敵う相手ではない。
「ギャア!」
 ブルーのジンも頭部を破壊された。続けて両腕もドリルで壊され、戦闘能力を失っ
た。これで残っているのはポーシャのジンと、マゴットのシグーだけ。
『そ、そうだ、まだマゴット様がいる! あの人なら何とかしてくれる!』
 アサギ達との戦闘でも、実質的にアサギ達を追い詰めたのはマゴットだった。彼女は
年は若いがポーシャ達より遥かに強い。彼女ならあんなMAなど敵ではないはずだ。
 しかし、マゴットは動かなかった。ポーシャ達が戦っている間も彼女のシグーはポー
シャ達を援護しようともせず、ただその場にいるだけ。今も動こうとしない。
「マゴット様、どうかなさったんですか? マゴット様!」
 何かあったのかと心配するポーシャにマゴットは、
「……可愛い」
「えっ?」
「犬、可愛い。虫も可愛いけど犬も可愛い。どうすればいいのかな。私はどっちを可愛
がればいいのかな?」
「マ、マゴット様!?」
 意味不明な事を言い出したマゴット。その隙に、ロウ達を乗せたキメラはレッドフレ
ームに近づく。そして影太郎が通信を送る。
「おい、泥棒女。追いかけっこはここまでだ。そのMSから降りろ」
「い、いやよ、これはもう私の物なんだから!」
「強がりを言いやがって。お前が犬嫌いなのは分かってるんだよ。レウ、その女に噛み
つけ。痕が残るくらい、がっちりとな」
「い、嫌あああああああああああああっ!!」
 脅迫めいたやり取りの後、宇宙服を着たレインボースターとレウがレッドフレームか
ら降りてきた。レインボースターは迎えに来たアサギのメビウスに、レウはキメラに収
容され、ロウが8(ハチ)と共にレッドフレームに乗り込む。
 その頃、ポーシャの説得が実を結び、マゴットがようやくその気になった。
「ハァ、ハァ……。お、お願いします、マゴット様。あいつらをブッ倒して、お宝を…
…」
「うん、分かった。ユニットは手に入れる。それが虫の、神の蛆虫である私のお仕事」
 マゴットのシグーがレッドフレームに突進する。ロウも迎え撃つ覚悟を決める。
「ロウ、油断するなよ。ジンと違ってあのシグーは手強そうだ」
「分かっているさ。あんたは下がっててくれ。一対一でケリをつける!」
 シグーのシールドに搭載された3銃身ガトリング砲が唸りを上げる。レッドフレーム
はこれをかわして、ビームライフルを連射する。しかしシグーも攻撃をかわし、両者は
激しい銃撃戦を繰り広げる。
「マズイな。このままだとロウが不利だ」
 影太郎の言うとおりだった。ビームライフルは威力は大きいが、エネルギーの消耗が
激しい。対するシグーは攻撃をかわされたら即座に射撃を止めて、弾数を節約してい
る。距離をとった戦いでは、レッドフレームに勝ち目は無い。
 それはロウも分かっていた。分かってはいたが、シグーは決してこちらとの距離を詰
めず、ヒットアンドアウェイに徹している。嫌らしい戦い方だが隙が無い。
「クソッ。8(ハチ)、何かいいアイデアは無いのか?」
【アイデアは無い。しかし、こういう時に相応しい言葉は知っている】
「何だよ、それは?」
【知恵と勇気と根性。これさえあれば不可能な事など無い】
「影太郎の言葉じゃないか。……へへっ、けど、確かにそのとおりだな。それに、諦め
るなんて俺らしくないぜ!」
 ロウはレッドフレームのシールドをシグーに投げた。かわすシグーにビーフライフル
を撃つ。ビームはかわされたが、わずかにシグーの体勢が崩れた。その間にレッドフレ
ームは全速力でシグーに接近する。
「虫が光に寄ってきた……。愚かな虫は死ぬしかないのに」
 シグーは76mm重突撃機銃と3銃身ガトリング砲を同時に発射。レッドフレームもビ
ームライフルを連射して、敵をけん制する。両者共に相手を落とせず、レッドフレーム
はシグーに確実に近づいてくる。
「何て強引な虫。嫌いだわ」
 シグーが重斬刀を抜いた。レッドフレームもビームサーベルを抜く。
「8(ハチ)、電力を右腕に集中させろ!」
【了解】
 レッドフレームの電気が、ビームサーベルを持つ右腕に集められた。膨大なエネルギ
ーを受け取ったサーベルは、巨大なビームの刀身を生み出す。その長さはシグーの刀を
遥かに上回っている。
「これなら、この距離からでも仕掛けられるぜ!」
 接近戦に持ち込むと見せかけ、接近する前に敵を倒せる武器を作る。ロウの奇策だっ
た。接近戦に持ち込まれたと考えたマゴットは、完全に裏をかかれた。銃を撃とうとす
るが、時既に遅し。レッドフレームの巨大ビームサーベルがシグーの左腕を切り落と
し、続いて右腕も切断。シグーの戦闘力を喪失させた。
 勝利したロウだが、止めは刺さなかった。いや、刺せなかったのだ。レッドフレーム
のエネルギーが完全に底を付いてしまい、生命維持が精一杯。影太郎が駆けつけてくる
間に、マゴットのシグーはポーシャ達を連れて逃げてしまった。
「失敗……。虫なのに失敗してしまった。ううん、虫だから失敗しちゃったのかな。分
からない。分からない、分からない。てぃび・まぐなむ・いのみなんどぅむ・しぐな・
すてらるむ・にぐらるむ・えと・ぶふぁにふぉるみす・さどくぁえ・しぎらむ――……
いあ、いあ」
 不気味な呪文を唱えるマゴットに、ポーシャは不安を抱いた。本当にこの少女につい
て行ってもいいのだろうか? でも、偶然とはいえ彼女が自分達を助けてくれたのも事
実だ。
『こうなったら毒を食らわば皿までよ。とことん付いていってやろうじゃないの!』
 ポーシャのこの決断が吉と出るか凶と出るか、それはまだ誰にも分からない。



 戦いに勝利したレッドフレームは、無事ホームに帰還した。ただし、オマケも一緒に
だが。
「誰がオマケよ。この艦に戻ってこれたのは誰のおかげだと思っているのよ」
 レインボースターが偉そうに言う。確かに、エネルギーの尽きたレッドフレームを運
んでくれたのは彼女達だし、それには感謝すべきだろう。だが、
「そもそもお前がレッドフレームを盗まなければ、こんな事にはならなかったんだろう
が。まずはお前が謝れよ」
 影太郎の言うとおりである。これにはアサギ達も頷くしかなかった。
「言われなくても分かっているわよ。もうこのMSは狙わないわ。命の恩人の物まで盗
むほど落ちぶれていないし」
「ふーん。ちっこい割にはカッコいい事を言うじゃないか」
「身長は関係ないでしょ! 私より小さいくせに生意気よ、このチビ!」
「チビって言う方がチビなんだよ。このバカ女」
「なっ、何ですって、このチビチビ小僧!」
「言ってくれるじゃないか。レウ、やれ」
「クゥン?」
「ヒィィィィィィィィイイイイイ! そ、その犬を近づけないで!」
「はいはい、二人とも、バカはそこまでにしなさい。レウも呆れているわよ」
 子供のケンカを始めた二人をプロフェッサーが止めた。
「さて、レインボースターさん。こっちも助けられたとはいえ、そちらが私達に多大な
迷惑をかけたのは事実。きっちり落とし前はつけてもらうけど、その辺の覚悟は出来て
いるわね?」
 プロフェッサーは声のトーンを落として尋ねる。その迫力にレインボースターは一瞬
怯んだが、
「ええ、分かっているわ。私も怪盗レインボースターと呼ばれた女よ。私に出来ること
なら何でもするわ。でも警察に自首しろっていうのはダメよ。私はまだまだたくさんの
MSが欲しいから」
「懲りない女だな。あんた達も大変だろ?」
 影太郎の質問に、三人娘を代表してマユラが答える。
「まあ、これも仕事ですから……。あれ?」
「何だ?」
「いえ、君の顔、どこかで見た事があるような気がするんだけど、気のせいかな?」
 気のせいではない。マユラ達三人はアルベリッヒがオーブに来た時、顔を合わせた事
がある。しかし、さすがにあの中年男性と目の前の子供が同じような存在であるとは思
わず、マユラは気のせいだと判断した。
 一方、影太郎は冷や汗を流していた。ロウ達には堂々と名乗り、自分の素性も明かし
たが、それはロウ達がアルベリッヒという人間をほとんど知らなかったからだ。彼らは
アルベリッヒはアルベリッヒ、影太郎は影太郎として見てくれる。
 しかしプロフェッサーのようにアルベリッヒを知る人間は、必ず自分とアルベリッヒ
を重ねて見る。あの外道と自分が同じ人間だと思われるのは嫌だ。
『正体を隠す必要があるな』
 そう考える影太郎の横では、プロフェッサーとレインボースターが交渉を進めてい
た。レインボースターが大量に抱えているMSのジャンクパーツをロウ達に無料で提供
する、という形でまとまったようだ。二人の女は手を取り合い、今後の友好を誓い合っ
た。
『と言っても、片方はクセ者、片方は女盗賊。友情が成立する方がおかしいか』
 影太郎の予想は的中するのだが、それはまだ少し先の話。
 別れ際にプロフェッサーは、アサギに近づいた。そして一枚のディスクを渡し、
「エリカによろしくね」
 と小声で呟いた。アサギは驚いたが、すぐに真面目な表情になり、去っていくプロフ
ェッサーに頭を下げた。そして、レインボースター達の後を追う。
 こうして、影太郎達とレインボースター一味のファーストコンタクトは色々あった
が、平穏に終了した。
「……………………ふえ? ここはどこ? 私、どうしてこんな所で寝てるの?」
 ようやく目を覚ました樹里を除いて。



 一つの事件は終わった。しかし、影太郎達はまだ知らなかった。彼らが戦った相手、
ミステリウス・マゴットの背後に存在する『神』の存在と、レインボースターが持って
いるユニットに秘められた力を。

(2007・5/4掲載)
次章へ

鏡伝アストレイ目次へ戻る