第7章
 アークエンジェル

 砂漠に佇む宇宙船ホーム。その傍らで、プロフェッサーはひげ面の男と握手を交わし
た。
「よお、元気そうだな。宇宙でジャンク屋稼業をしていると聞いていたが、こんな所に
まで来るとはな。商売が上手くいってないのか?」
「余計なお世話よ、サイーブ。商売の方は順調よ。でも、他の事は色々と、ね」
 旧友の皮肉に、プロフェッサーは苦笑交じりに答える。
 地球に降下したホームは、アフリカ大陸の北部にある砂漠に不時着した。この地域
は、プラント政権を支持するアフリカ共同体の勢力下にある。更に数日前、ビクトリア
の宇宙港が陥落した後は、アフリカ共同体と対立していた南アフリカ統一機構の軍も撤
退。広大な砂漠地帯はザフトの獣型MSバクゥに蹂躙された。
 しかし、ザフトの支配を受け入れない者達もいた。彼らは地下組織を作り、自分達を
支配しようとするザフトに対して抵抗運動を行なっていた。プロフェッサーと握手を交
わしたこの男、サイーブ・アシュマンが率いる組織・明けの砂漠もその一つである。
「そっちの噂も聞いているわよ。『砂漠の虎』相手に派手にやってるそうじゃない」
「ほう、宇宙にまで俺達の噂が届いていたとは嬉しいねえ。いい話を聞かせてくれた礼
だ。宇宙にいるお前さんの仲間達が降りてくるまでの間、面倒を見てやるよ。お前さん
に借りを作っておくのも悪くないしな」
「ありがと。そうね、借りはいずれ返すわ。ジャンクパーツの半額セールをやる時は招
待状を送ってあげる」
「そいつは嬉しいねえ。当てにしないで待っててやるよ。それにしても、お前さんも随
分と変わった連中を集めたんだな」
 サイーブはホームから荷物を運び出している面々を見た。確かに個性的なキャラクタ
ーが揃っている。
「このクソ暑い砂漠でも袴を着た姉ちゃんに、妙に口の悪い女、傭兵の親子に酔っ払い
親父、人懐っこい犬っころに可愛いお嬢ちゃん、そして変な仮面をつけた小僧。どいつ
もこいつも一癖ありそうな奴ばかりだ。類は友を呼ぶってやつか?」
「集めようと思って集めたわけじゃないわよ。まあそういう意味では、類友って言うの
は合ってるわね」
 実はもう一人、いやもう一機いるのだが、プロフェッサーは黙っていた。全身機械の
ラグナス・バモラスは人前に出すには色々な意味で危険すぎる。彼にはしばらくの間、
動かないジャンクパーツとして振舞ってもらう事にした。
 サイーブとプロフェッサーが今後の事について話し合っている一方で、荷物の運び出
しは順調に行なわれていた。変な仮面をつけた小僧こと影太郎達が小さな荷物を運び、
イライジャのジンが大型のジャンクパーツを担ぎ上げる。イライジャのジンは先の戦闘
で大きなダメージを負ったが、荷物運びぐらいは出来る。サイーブ達が乗ってきた五台
の大型トラックに、次々と荷物が積み込まれた(ラグナスも含めて)。
 しかし最後の荷物は簡単に運べる代物ではなかった。血の色に塗られた真紅のジン。
ザフトの『英雄』グゥド・ヴェイアが残した、彼専用のMS。
「あれはトラックには載せられねえな。勿体無いが、ここに置いていくか?」
 サイーブがそう言った瞬間、辺りの空気が変わった。
「あれは捨てない」
 そう言った影太郎の声は、サイーブを戦慄させた。子供とは思えないほど冷たく、そ
して恐ろしい声。
「あのMSは俺の友達が残したものだ。だから絶対に捨てない。傷付けさせもしない。
絶対に、俺が、守り抜く。絶対に」
 仮面の奥で光る影太郎の目には冷たい光が宿っていた。仲間達は、誰も影太郎に異を
唱えない。プロフェッサーでさえ暗い表情を浮かべる。
 結局、ヴェイアのジンはイライジャが操縦する事になった。ヴェイアのジンは彼専用
に改造されており、イライジャでは動かす事さえ困難だったが、それでも歩かせる事は
出来た。イライジャのジンには夏が乗り、二機のジンと五台のトラックが砂漠を進む。
 サイーブが乗るトラックにはプロフェッサーも同席した。助手席に座るプロフェッサ
ーにサイーブが話しかける。
「なあ、宇宙で何かあったのか? 特にあの小僧、ちょっと、いやかなりおかしいぞ」
 サイーブの言うとおりだ。今の影太郎は普通ではない。しかし、
「分かっているわよ、そんな事は。けど、どうすればいいのか分からないのよ。私達も
かなり参っているし、人を励ますなんて私のキャラじゃないし」
 ロウ・ギュールがいれば、と心から思う。彼の明るさが懐かしかった。
 地球に降下した後、奇跡的に繋がったリーアムからの通信によると、ロウは今回のデ
ブリの処理に失敗したとされ、ジャンク屋組合で詰問を受けているという。ジャンク屋
組合は今回の事件の責任を全てロウやプロフェッサーに被せるつもりのようだ。マゴッ
トのズィウスを退けた劾とフィアも証言を求められ、しばらく動けないらしい。
『やってくれるわね。まあ、あっちにはリーアムがいるなら大丈夫だろうけど……。む
しろ問題はこっちだわ』
 窓を閉じていても、砂の味をした空気が口の中をざらつかせる。気分がますます暗く
なる。何とかしなければ。でも、どうすればいい?
『アルベリッヒ先生の意地悪なテストより難問だわ』
 尊敬する師の記憶を受け継いだ少年は、今、失意の中にある。しかし彼を助ける手立
てが思いつかない。プロフェッサーは自分の無力さに呆れていた。
 暗い雰囲気に耐え切れなくなったのか、サイーブは話題を変える。
「それにしても、最近は宇宙から落ちる奴が多いな。三日前には天使様が落ちてきたし
よ」
「天使様?」
「ああ。白くて大きな天使様だ。地球軍の新型特装艦アークエンジェル。ザフトじゃ
『足つき』って呼んでるそうだがな」
 その艦の噂ならプロフェッサーも聞いた事がある。ヘリオポリスで五体の新型MSと
共に開発されていた地球軍の戦闘艦。ヘリオポリスを脱出した後、ザフトの追撃をかわ
し続け、アラスカに降下しようとしたのだが、大気圏に突入する直前にザフトに攻撃さ
れて軌道を変更。やむなくこの地に落ちたらしい。
「千客万来ってやつだな。俺達にとっては幸運とも言えるが」
「一緒に『砂漠の虎』と戦うつもりなの?」
「ああ。連中もアフリカから出る為にはザフトを叩く必要があるし、利害は一致してい
る」
「あなたも変わったわね。昔は地球軍もザフトも嫌っていたのに」
「贅沢を言える状況じゃないからな。虎は強い。お前達も手を貸してくれないか?」
「昔の誼(よしみ)で協力してあげる…って言いたいけど、無理ね。今の私達じゃ足手
まといになるわ」
 プロフェッサーはそう言ってため息をついた。強気な彼女には似合わない姿だった
が、それも仕方ないだろう。現状でもかなり厄介な状況なのに、更に悩みの種が増えそ
うなのだ。
『アークエンジェルか。動揺すると思ったから影太郎達には言ってないけど、噂ではあ
の艦には……』



 五台のトラックと二体のジンは砂漠を走り抜け、広い岩山にたどり着いた。ここは
『明けの砂漠』の秘密基地で、多くの人々が隠れ住んでいた。
「って、ちょっと多すぎじゃない?」
 プロフェッサーの言うとおり、秘密基地というには人が多かった。老人や女子供もい
る。
「昨日、タッシルの町が虎の襲撃を受けた。ここにいる連中はタッシルの住民だ」
「それにしても多すぎない? 敵の襲撃を受けたにしてはケガもしてないみたいだし」
「そりゃ当然さ。虎は一人も殺していないからな」
 『砂漠の虎』アンドリュー・バルトフェルド。ザフト屈指の名将であり、このアフリ
カがほぼザフトの支配下に置かれたのは彼の功績によるものである。しかしかなりの変
わり者でもあるらしい。襲撃する町に警告して、住民が逃げた後に焼くとは。
「命は助かっても家や食料は灰になっちまった。そして、こいつ等を助ける為に俺達の
食料も出さなきゃならない。それを狙ったんだとしたら、まったく大した野郎だよ」
 敵味方共に最小の犠牲で、最大の効果を生み出そうとしている。『砂漠の虎』は噂以
上の名将らしい。
「そんな奴と戦わなきゃならないなんて、あんた達に同情するわ」
「同情だけか? 出来れば食料や物資が欲しいんだが」
「ジャンクパーツで良かったらどうぞ。格安でサービスするわ」
「そいつはありがたいな。けど、そういう物なら俺達以上に欲しがっている連中がいる
ぜ」
 トラックから降りたサイーブとプロフェッサーの元に、三人の人物がやって来た。妙
齢の女性が二人と、金髪の男が一人。いずれも地球軍の軍服を着ている。そして三人の
中心にいるリーダーらしき女性が話しかけてきた。
「サイーブさん、そちらの方は?」
「俺の古い知り合いのジャンク屋だ。さっきアクシデントで地球に来たって言うんで迎
えに行ってたのさ。プロフェッサー、こっちの三人が例の天使様に乗っている連中だ」
 三人の軍人は自己紹介をした。アークエンジェル艦長マリュー・ラミアス少佐と副長
のナタル・バジルール中尉。そして『エンデュミオンの鷹』と呼ばれる、地球軍でもト
ップクラスのエースパイロット、ムウ・ラ・フラガ少佐。
『白き大天使を操る女性艦長とその副官、そして天使様を守る騎士…と呼ぶにはちょっ
と老けてるわね』
 失礼な事を考えながら、プロフェッサーは三人に挨拶をした。本名を名乗らないプロ
フェッサーに対してナタルは不信を抱いたらしく、表情を強張らせる。
「いくら昔の知人とはいえ部外者をアジトに招き入れるなど、ゲリラのリーダーにして
は軽率だと思いますが」
 サイーブを睨むナタル。どうやら彼女は典型的な職業軍人らしい。そんな堅物な彼女
に、
「まあまあ、いいじゃないの。こんな美人に会えば浮かれるのは分かるし、ヤバくなっ
た時は俺達が何とかすればいい」
 ムウが気楽そうに言う。彼はナタルとは正反対の人間らしい。軍人にしては珍しいタ
イプだが、そのお気楽さには少し演技が入っているような気もする。
 そんな個性的な二人を、マリュー艦長が収める。
「少佐、少しセクハラが入ってますよ。バジルール大尉も、協力者の知人を無闇に疑う
ような言動は慎みなさい」
 この三人のやり取りに、プロフェッサーは心の中で苦笑していた。なかなか面白い、
かつバランスの取れた人間関係が築かれている。この三人が指揮している艦ならば『砂
漠の虎』に対抗できるかもしれない。
『しばらくここにいるのも面白そうね。影太郎にはいい気分転換になるかもしれない
し』
 乾いた風が吹いた。砂混じりの風だが、少し心地よかった。



 夏とイライジャがジンに乗り、トラックに積み込まれた荷物を降ろしていく。ホーム
に搭載されていたジャンクパーツの中から使えそうな物だけを選んで持ってきたのだ
が、それでもかなりの量だった。夏が乗るイライジャ専用ジンは破損しており、イライ
ジャはヴェイア専用のジンを満足に動かせない。二人が疲れているせいもあり、なかな
か作業が進まない。
「はあ……」
 ため息をつく夏。砂漠の暑さに、慣れないMSの操縦。どちらもキツいが、彼女を疲
れさせている原因はそれだけではない。
 地球に来て以来、彼ら一行の空気は非常に暗かった。ムードメーカーであるロウがい
ない上、彼と並ぶ明るさを持っていた影太郎が失意のどん底にあるのだ。
『ヴェイア殿と伝八殿の死が、相当ショックだったのでござろうなあ……』
 ウン・ノウの死の衝撃が癒される間もなく訪れた悲劇。全員がショックを受けたが、
特に影太郎は酷い状態になってしまった。
 影太郎とヴェイアは、短い間の付き合いではあったが本当に仲が良く、見ている者ま
で和ませてくれた。それ程の友人を失ったのだ。落ち込まない方がおかしいだろう。し
かしそれを考えても影太郎の落ち込み様は並ではなかった。誰とも話そうとせず、樹里
やプロフェッサー、苦楽を共にしてきた愛犬のレウさえ近づけさせない。ヴェイアのジ
ンの前に座り、一日中ボーッとしている事もあった。
「どうした? サボッている暇は無いと思うが」
 そのヴェイアのジンに乗っているイライジャが通信してきた。
「影太郎の事か」
 鋭い読みだ。いや、イライジャも気にかけているのだろう。
「お前の気持ちは分かる。俺も、いやみんなも一緒だからな。今の影太郎は見るに耐え
ない。ヴェイア達が見たら悲しむだろう」
 そのとおりだと思う。ヴェイアも伝八も影太郎を落ち込ませる為に命を投げ出したの
ではない。
 影太郎を立ち直らせたかった。励ましたかった。しかし、その方法が思いつかない。
「イライジャ殿、拙者達はどうすればいいのでござろうか?」
「…………」
「何もしなくていいと思うわよ」
 答えが思いつかないイライジャに変わって、女の声が返事をした。先日、ラグナスと
共に加わった火星帰りの美女、エレア・クーウェルだ。
「今のあの子には誰の声も聞こえないわ。本人が聞こうとしてないからよ。そんな奴に
何を言っても無駄。自分で自分がおかしくなっている事に気付くまで、放っておくしか
ないわ」
「でも、それでもし手遅れになったら…」
「その時は本人が苦しむだけよ。ううん、いっそ地獄を見た方が立ち直れるかもしれな
いわね」
 苛酷な火星の環境で暮らしてきただけあって、エレアの考えは厳しいものだった。だ
が、彼女の考えには一理ある。
「確かに、今はそっとしておくのが一番なのかもしれないな。それに俺みたいな馬鹿に
出来る事なんて、たかが知れている。静かに見守ってやる事にしよう」
 見捨てるのでも見放すのでもない。見守るのだ。それは言葉で言うほど簡単な事では
ないが、イライジャはそう決心した。夏も頷く。
「ところでエレア殿、通信機はどこのを使っているのでござるか? ホームから持って
きたやつは樹里殿が使っているはずでござるが」
「ラグナスの体の中にあるのを使っているのよ。こいつの体、色々な物があって便利な
のよ。影太郎君の仮面より役に立つかも」
「ありがとうございます。エレアさんのお役に立てて嬉しいです」
 道具扱いされているラグナス。気の毒に思えたが、本人はむしろ喜んでいるようなの
で、こちらも気にしない事にした。
 雑談を終えた一同は作業を再開した。影太郎もMSの足元で荷物を運ぶ。しかし、な
かなか作業は進まない。影太郎達だけでなく、MSに乗っているイライジャと夏まで肩
で息をし始めた時、
「手伝いますよ」
 一機の白いMSが来てくれた。
 それはジンなどのザフト製MSとはまったく違う機体だった。ロウや劾が乗っている
アストレイシリーズに酷似しているが、装甲の材質や間接部分の処理など、まったく違
う箇所も多い。
「これが噂に聞いた連合製のMSか……」
 白いMSを見上げた影太郎は呆然とする。アストレイもいいMSだと思ったが、完成
度ならばこの機体の方が上かもしれない。
 X105・ストライク。後のMS開発に大きな影響を与える名機は、荷物を次々を降
ろし、運んでくれた。その動きはジンよりも軽快で、かつ力強い。機体の性能はもちろ
ん、操縦者の技量もジンに乗っている二人を上回っている。
 荷物運びを終えたストライクは、岩陰に隠れていたアークエンジェルに帰艦した。お
礼を言う為にプロフェッサーがアークエンジェルに向かい、影太郎達もその後に続く。
 一般人である影太郎達は、許可なく戦艦の中に入る事は出来ない。残念ながら許可は
下りなかったが(バジルール大尉が猛烈に反対したらしい)、代わりに向こうから挨拶
に来てくれた。やって来たのは艦に戻っていたムウ・ラ・フラガ少佐と、優しげな顔を
した少年兵の二人。驚いた事に、この少年がストライクの操縦者らしい。
「キラ・ヤマトです。よろしく」
 少年兵は笑顔を浮かべて、手を差し出した。影太郎達はもちろんプロフェッサーも驚
いていたが、すぐに気を取り直し、彼の手を握る。
「君、コーディネイターね?」
 プロフェッサーの質問に、キラは苦笑混じりに頷く。
「ええ。やっぱり変ですか? コーディネイターの僕が地球軍に入って、ザフトと戦っ
ているなんて」
 その台詞や表情から、彼が過去に同じような事を言われたのだと分かる。プロフェッ
サーは首を横に振り、
「確かに珍しいけど、おかしいとは思わないわ。人にはそれぞれの道がある。君は君の
道を選んだだけでしょう?」
 プロフェッサーのその言葉に、キラは複雑な表情をする。
「最初からこの道を選んだのかと訊かれると、ちょっと自信が無いんです。状況に流さ
れただけのような気がするし……。でも、今、ここにいるのは僕が選んだ事ですから」
 そう断言するキラの肩を、ムウが叩く。
「ま、こいつにも色々と事情があるって事だ。察してくれよ」
 確かに、色々あるのだろう。そう察した一同は、これ以上訊かない事にした。
 そしてプロフェッサーが作業を手伝ってくれた事に礼を述べたその時、サイーブと部
下達が走ってきた。全員、血相を変えている。
「マズい事になった。フラガ少佐、ちょっと手を貸してくれないか」
「何かあったのか?」
「俺の留守の間に、血気盛んなバカどもがこっそり飛び出してやがった。近くにいるザ
フトのMS部隊相手に、タッシルの復讐をするつもりらしい。カガリの嬢ちゃんも一緒
だ」
 カガリ。その名を聞いた瞬間、キラの表情が変わった。
「そんな! キサカさんやクラウドウィナーの三人は?」
「キサカとアルルは物資の買い出し、ライズとイリアは偵察に出している。ったく、よ
りにもよってこんな時に!」
「なんとまぁ。風も人も熱い土地柄だとは思っていたけど、勝利の女神様まで熱くなる
とはねえ」
 フラガの軽口には誰も付き合わなかった。本人もすぐに気を引き締めて、
「お嬢ちゃん達の武器は?」
「この前、あんた達を助けた時と同じだ」
 アークエンジェルがこの地に降りた直後、バルトフェルド率いるバクゥ部隊の攻撃を
受けた。慣れない地上での戦いに苦戦するストライクを、『明けの砂漠』は地中に仕掛
けた爆弾などを駆使して助けたのだ。
「またあの仕掛けを使うのか?」
「いや、カガリ達が行った方には仕掛けは用意していない。敵の数は少ないらしいが
…」
「それでも相手はMSだろ? ジープやバズーカだけでどうにかなる相手じゃないぜ」
 フラガの言うとおり、何の作戦も無く、その程度の装備でMSに立ち向かうなど自殺
行為だ。
「僕が助けに行きます」
 キラは迷い無く言った。
「カガリ達は僕達を助けてくれた。それに、もう誰かが死ぬのを見るのは嫌なんです」
 キラの言葉にムウも頷く。
 ムウは艦橋にいるマリューに出撃許可を求め、マリューは即座に了承。アークエンジ
ェルの格納庫のハッチが開き、エールストライカーパックを装備したストライクが出撃
する。ストライクは高い跳躍を繰り返し、岩山を飛び越え、砂漠を飛んでいく。
 ストライクの姿が見えなくなった直後、岩山の基地に一機の戦闘機が降り立った。ク
ラウドウィナー。地球軍が開発したMS支援用の戦闘機だ。裏の市場に流れていた物を
買い取ったらしい。
 クラウドウィナーからは二人の人間が降りてきた。筋肉隆々の大男と、若く可愛い女
の子。前の座席に座っていた女の子の方が操縦者らしい。
「アルル、キサカ、戻ったか。実は…」
 サイーブは二人に事の次第を説明する。二人の顔が青くなった。
「キサカ様!」
「ああ、カガリを連れ戻すぞ。アルル、もう一度飛んでくれ!」
 クラウドウィナーに乗り込む二人。だが、操縦席には先客がいた。黒い仮面を被っ
た、小柄な少年。
「俺も連れて行ってくれ。ちょっと見たいものがあるんだ」
 それはヴェイアの死後、完全なまでに落ち込んでいた影太郎が初めて見せた『行動』
だった。
 子供の遊びに付き合っている暇は無い、と追い出そうとしたキサカだったが、
「レドニル・キサカ二佐。いや、昇進したそうだから、今は一佐か」
「!」
「カガリ・ユラ・アスハの事が心配なのは分かるが、この場は俺に譲ってくれ。頼む」
 影太郎は少しだけ頭を下げた。自分の名前だけでなく、極秘であるはずのカガリの本
名まで知っているこの少年に、キサカは不気味さを感じた。が、同時に懐かしさも感じ
ていた。どこかで会ったような気がするのだが、思い出せない。
「…………アルル、その子と一緒に行け」
「えっ!? いいんですか?」
「いいから行け。そして、首に縄をつけてでもカガリを連れ戻せ。急げ!」
 影太郎と、驚いたままのアルルを乗せ、クラウドウィナーは空に飛び立った。残った
キサカはプロフェッサー達に振り返り、
「君達は、いや、彼は何者だ?」
 と尋ねる。プロフェッサーは笑って、
「あの子は宇流影太郎。ちょっと変わっているけど、私達の仲間よ」
 とだけ答えた。



 クラウドウィナーが戦場に到着した時には、戦況はほぼ決していた。
 敵のバクゥは全部で三機。一足先に駆けつけたストライクによって既に二機が撃墜さ
れていたが、『明けの砂漠』のジープも全て壊されている。車から放り出された人達
も、そのほとんどが動いていない。
 ストライクは三機目のバクゥと対峙していた。四足歩行獣の形態をしたバクゥは、砂
漠では二足歩行型のMSを上回る機動性を発揮する。しかし、ストライクの動きはバク
ゥに勝るとも劣らない。バクゥの射撃を全てかわし、砂を踏みしめながら距離を詰め
る。その一切の無駄が無い動きは、影太郎を驚かせる。
『あれはOSから調整してあるな。あのキラって奴がやったのか?』
「……あ、いた! カガリ様!」
 アルルが金髪の少女を見つけると同時に、キラの戦いも終わった。最後のバクゥはス
トライクのビームサーベルによって胴体を両断され、そのまま落下。二つに分かれた体
は、砂漠の砂の中に埋もれていった。
 戦闘が終わったのを確認した後、クラウドウィナーは砂漠に着地した。
「カガリ様!」
 アルルが一目散に駆け寄ったその少女は、負傷した少年兵を抱きかかえていた。少年
のケガは酷く、どう見ても助からなかった。
「アフメド! しっかりしろ…! アフメド!」
 少女に名を呼ばれた少年兵は、うっすらと目を開ける。
「カガリ…俺…お前…うっ……」
 少年兵の目は永遠に閉じられた。
「!……アフメド…アフメド…うう…アフメドぉぉぉ!!!」
 泣き崩れるカガリ。友人の死に涙する少女の姿は、見ている方まで悲しくさせる。
 ストライクからキラが降りて来た。彼は泣いているカガリの背中に向かって、
「死ぬつもりだったの?」
「なっ…!」
「こんなところで…。何の意味もないじゃないか…」
 キラの冷たい言葉に、カガリの怒りが爆発した。彼女はキラの襟首を掴み上げ、
「貴様! 見ろ! みんな必死で戦った…戦ってるんだ! 大事な人や大事なものを守
る為に必死でな!」
「違う……」
「何!」
「君達がやろうとしたのは、何かを守る為の戦いじゃない。ただの復讐じゃないか」
「それのどこが悪い! 『砂漠の虎』はみんなが住んでいる町を焼いた! だから…
…」
「だから何の準備もせず、無謀な戦いをしたの?」
 キラの言葉は冷徹だった。そして、
「気持ちだけで…一体何が守れるっていうんだ!」
 側で聞いていた影太郎の心さえ振るわせる程に哀しかった。その言葉が、キラが自分
自身に言っているように聞こえたから。



 砂漠の夜は寒い。昼は地獄のような熱波に満たされていた世界が、日が沈むと冷えた
空気に満たされ、まったく違う世界になる。
 星が多すぎる夜空の下で、キラは一人佇んでいた。サイやミリアリア、トールやカズ
イなどの彼の友人達は、はいつの間にか親しくなったジャンク屋の面々と食事をしてい
る。キラも誘われたのだが、一人でいたいと断った。
「ふう……」
 ため息をつくキラ。昼間の事を思い出す。女の子を殴るなんて初めての経験だった。
どうにも気分が悪い。再度ため息をつくと、子供の声が聞こえた。
「何だよ、こんな所にいたのか」
 黒い仮面をつけた少年がキラの元にやって来た。仮面の黒と夜の闇が合わさり、少し
不気味な顔になっている。まるで闇の中にある影、その場にある事は分かっているのに
決して見る事は出来ない存在。
「君は……」
「ああ、昼間は名乗っていなかったな。俺の名は宇流影太郎。影太郎でいいぜ。今はジ
ャンク屋に世話になっている。よろしくな」
 影太郎はキラの隣に腰を下ろした。キラも砂の上に座る。冷たくなった砂が二人の体
を冷やしていく。
「影太郎君、僕に何か用?」
「君づけなんてしなくてもいい。ちょっとあんたに聞きたい事があってな」
 影太郎はキラの目を見る。仮面の向こうにある影太郎の目は、わずかながら光を帯び
ている。亡き共に少し似ているこの少年に興味を持ったのだ。だから尋ねる。
「フラガ少佐やあんたの友達から話を聞いた。あんたも色々あったみたいだな」
「……うん。そうだね。本当に色々あったよ。ほんの少し前までは、こうなるとは夢に
も思ってなかったけどね」
 キラはヘリオポリスの工業カレッジに通う普通の学生だった。しかしヘリオポリスが
ザフト軍が急襲された時、偶然出会ったストライクに乗り込み、ザフトを撃退。以後、
アークエンジェルの一員として、ザフトと戦い続けている。幼き頃の友人であるアスラ
ン・ザラがいるザフトと。
「あんたの活躍も聞かされたよ。みんなアークエンジェルがここまで来れたのは、あん
たのおかげだって言ってた。本当に凄いな。あの『エンディミオンの鷹』も褒めていた
ぜ」
「…………」
「なあ、教えてくれないか。どうすればあんたみたいに強くなれるんだ? コーディネ
イターだからってだけじゃ、あんたの強さは説明できない」
「君は……強くなりたいの?」
「ああ。俺は強くなりたい。力が欲しい」
「どうして?」
 影太郎の頭に死んでいった者達の顔が浮かぶ。ウン・ノウ、ヴェイア、伝八。
「俺の目の前で死んだ人達がいる。俺にもっと力があれば助けられたかもしれない。も
う誰も死なせたくないんだ。だから力が欲しい。みんなを守れる力が!」
 そう叫んだ影太郎は、強く拳を握る。自分でも嫌になるくらい非力で、小さな拳だっ
た。弱い自分を変えたかった。そうしなければならない気がしたのだ。でないと、俺は
また…。
「僕は強くなんてないよ」
「謙遜は止せ」
「謙遜じゃない。本当に僕は強くなんてないんだ。守れなかった人もいるし」
 キラは、一人の少女とその父親の事を話した。カレッジに通っていた頃、密かに憧れ
ていた少女。アークエンジェルに避難した彼女に会う為にやって来た父親。しかし、親
子の再会は果たされなかった。父親が乗った艦はザフトの攻撃に合い、少女の目の前で
爆散した。
「僕も頑張ったけど守れなかった。フレイは僕に怒ったよ。約束したのにどうしてお父
さんを守ってくれなかったの、って。相手が自分と同じコーディネイターだから本気で
戦っていないだろう、って」
「!」
 影太郎は驚いた。とんでもない事を言う女だ。父親の死で動揺しているとはいえ、言
っていい事と悪い事がある。
「怒ったの?」
 キラの問いに、影太郎は躊躇せずに頷く。
「ああ。父親を殺されたその女には同情するが、その言葉は許せない。それは戦場で戦
っている奴に対する最大の侮辱だ。昼間の戦いを見れば、お前が手を抜くような奴じゃ
ないのは分かるしな」
 影太郎の言葉を聞いたキラは一瞬驚き、そして微笑んだ。少し嬉しそうだった。
「フレイも悪気があって言った訳じゃないよ。彼女の友達の話だと、言った後でかなり
後悔したそうだし。それに、僕がフレイのお父さんを守れなかったのは事実なんだ」
「けど、それは……」
「仕方がなかった、とか、戦場ではよくある事、なんて言い訳は使いたくない。守れな
かったのは事実だし、僕一人の力なんてそんなものなんだよ」
 キラはそう断言した。しかしそれは悲観的な言葉ではなく、
「だから僕はみんなの力を借りる事にしたんだ。一人で頑張りすぎず、自分に出来ない
事はみんなで力を合わせてやる。僕は一人じゃないんだから」
 仲間と力を合わせて、難題や困難を乗り越える。それは戦場を生き延びる鉄則であ
り、人類の歴史そのものだった。
 ヘリオポリスを脱出して以来、キラは一人で頑張り続けた。アークエンジェルで唯一
のMSであるストライクには彼しか乗れなかったし、実際、キラが頑張らなければアー
クエンジェルは沈んでいただろう。
 しかし、ふと振り返ってみると、キラの友人は彼から少し離れていた。大人も子供
も、自分を違う目で見ていた。人間としてではなく、『優秀なMSのパイロット』とい
う部品を見るような目で見られている気がしたのだ。
 落ち込みかけていたキラを救ったのは、二人の女性だった。ヘリオポリスの戦闘の直
後にアークエンジェルに転がり込んできた元ザフトのMSパイロットと、偶然デブリ帯
で保護したプラントの歌姫。彼女達はキラを一人の『人間』として扱ってくれた。特に
MSパイロットの態度は他の人々にも影響を与え、キラは自分の心を落ち着かせる事が
出来たのだ。
「あの二人がいなかったら、僕は駄目になっていたかもしれない。自分だけで何とかし
ようとして焦って、何もかも失っていたかもしれない」
「…………」
 キラの言葉は、影太郎の心を揺さぶる。影太郎もそうだったからだ。自分だけの力を
頼り、焦って、より強い力を求めて、仲間達に心配をかけて…。
「僕が今、ここにいるのは、僕だけの力じゃない。僕を支えてくれた人達がいたからな
んだ。仲間を大事にする事。それが僕がこの戦いで学んだ事だよ」
「仲間を、大事に……」
「君の仲間も、君の事を心配しているみたいだよ。ほら」
 キラが指差した方向から、誰かがやって来た。樹里と風花とカガリだ。レウもいる。
「影太郎、ここにいたんだ。突然いなくなったから、みんな探していたのよ」
「ワン!」
「あまり心配させないでください。レジスタンスの基地とはいえ、ここは戦場に近い場
所なんですから」
 二人の少女と一匹の犬の声は、とても優しいものだった。影太郎の事を本当に心配し
ていたのだと分かる。その優しさに影太郎が戸惑っていると、
「あれ、カガリもいたの?」
 ようやくキラがカガリもいる事に気付いた。カガリは少し怒って、
「いちゃ悪いか。こいつ等がその仮面をつけた子を探していたから手伝っていたんだ。
お前と一緒にいたのは好都合だ。お前には言いたい事があったからな」
「僕に?」
 昼間、彼女を殴ってしまった事だろう。キラは少し不安になり、影太郎は仕返しに来
たのかと思ったが、
「ああ、その……昼間の事は私が悪かった。すまなかった」
 と、カガリの方が頭を下げた。
「アフメドのお母さんが泣いていたんだ……。他にも、死んだ人達の家族はみんな…
…。私はみんなを止めるべきだったのに、それどころか……」
 カガリの顔が悲しみに沈む。レジスタンスの面々からは勝利の女神と呼ばれ、いつも
強気な彼女とは思えない表情だった。
「キサカやライズ、イリア達にも怒られた。キラが殴っていなかったら私達が殴ってい
たと。私を守る為に戦ってくれている者達に心配させるなんて、私は、バカだ……」
「カガリ……」
 キラはカガリの肩にそっと手を置いた。
「僕も君の事が心配だった。君は僕の仲間だから」
「キラ……」
「もう心配させないで。そして、みんなで一緒に戦おう」
 一人や少数で突っ走るのではなく、全員で力を合わせて戦う。そんな当たり前の事も
忘れて、多くの犠牲を出してしまった。カガリは自分のミスを悔やみ、そしてキラの言
葉を心に刻む。
「ああ。これからもよろしくな」
「うん、こちらこそ」
 微笑み合う二人。少し顔が似ているこの二人を見た影太郎は、樹里達に視線を移す。
そしてヴェイアの顔を思い浮かべる。
『仲間、か……』
 亡き友に思いを馳せた影太郎に、キラが声をかける。
「そろそろ戻ろうか。君も早く帰った方がいいよ。子供はそろそろ寝る時間だから」
「子供扱いするな。大体、お前だって子供じゃないか」
「そうだね。でも、君よりは大きいし、年上だよ」
 キラは影太郎の正体を知らないから、子供扱いしているのだろう。しかし不愉快では
なかった。
『そうだな。俺はまだまだ子供だ』
 アルベリッヒ・バーネットの記憶を持ってはいるが、それでも宇流影太郎という人間
は、生まれたばかりの未熟な子供なのだ。知識はあるが経験が足りない精神に、樹里や
風花よりも小さい体。精神的にも肉体的にも、弱くて脆い子供。自分の弱さを認められ
ず、悪あがきをした挙句、仲間達にも心配をかけてしまった。
『まったく、自分の弱さに腹が立つな』
 そう思う影太郎だが、その表情は明るいものだった。そして、自分の悪あがきの象徴
である黒い仮面に手をやる。
『この仮面を作ったのも、自分の弱さを認めたくなかったからかもしれないな』
 知恵と勇気と根性があれば何とかなる。この信条も、自分の非力さを認めたくなかっ
たからかもしれない。しかし、これからは自分の弱さを認めなければならない。それこ
そが前に進むという事であり、強くなるという事でもあるのだ。
 死んでいった者達の為にも、自分はここで立ち止まる訳にはいかない。心身ともに強
くなる事を決意した影太郎に、キラが話しかける。
「君と話をしていると楽しかったよ。何となく、君はあの人に似ているし」
「あの人?」
「さっき言った、元ザフトのパイロットだった人だよ。女の人なんだけど、僕なんかよ
りずっと強い人だ。君とは仲良くなれると思うよ」
「キラ、その人って、噂に聞いた……」
 カガリの目が輝く。キラは頷き、
「うん、ガーネット・バーネット。『漆黒のヴァルキュリア』と呼ばれている人だよ」
「!」
 その名前を聞いた影太郎は、言葉を失った。次の瞬間、闇の中に爆音が鳴り響いた。



 敵の襲撃を知ったムウは、食事を切り上げてアークエンジェルの艦橋に向かう。
「ったく、久しぶりに美味い飯を食ってたってのによお。こうも簡単に見つかるなん
て、ここは秘密基地じゃなかったのか?」
 艦橋には既にマリューとナタルがいた。ムウも席に座り、状況を確認する。レーダー
には複数の敵影が映っている。機種はバクゥ、数は十二。
「かなりの数だな。こんな大群の接近に気付かなかったのかよ。この辺はNジャマーの
せいでレーダーがほとんど効かないとはいえ、ちょっとお粗末じゃないのか?」
 ムウの文句にナタルが答える。
「敵の来た方向には砂嵐が起きていたそうです。それをカモフラージュにしたのでしょ
う」
「砂漠の気候を上手く利用されたわね。『砂漠の虎』らしい戦法だわ」
「確かに。……ちょっと、らしすぎる気もするがな」
 ムウは小声で呟いたが、マリューとナタルの耳にも届いていた。彼女達もムウと同じ
疑念を抱いていた。
 昼間、カガリ達が戦い、キラのストライクに倒された三機のバクゥはバルトフェルド
の部下だと思われた。実際、操縦席の中にいたパイロットは全員ザフト軍のスーツを着
ており、『明けの砂漠』の中には彼らの顔を知っている者もいた。連中がザフトの軍人
なのは間違いないのだが、問題なのは彼らの死因だった。三人とも頭部が吹き飛んでい
たのだ。
 それはストライクの攻撃によるものではなく、体の内側から爆破したと考えられた。
つまり三人の頭の中には爆弾が仕掛けてあり、それが爆発し、三人の頭を吹き飛ばし
た。
 敵に捕まるくらいなら、という考えだろうか。しかしサイーブの話によると、バルト
フェルドは部下にこんな事をする男ではないらしい。マリュー達も、ザフトが兵士の頭
に爆弾を埋め込んでいるなどいう話は聞いた事も無い。
「『砂漠の虎』の仕業に見せかけた、他のザフトの部隊の仕業でしょうか? 艦長」
「分からないわ。虎の邪魔をするつもりなのか、虎の手柄を横取りしようとしているの
か。それとも……」
 ザフト以外の勢力の仕業なのか、という考えも浮かんだが、マリューは口にはしなか
った。ザフト以外の勢力という事は、地球軍か、もしくはそれに匹敵する組織だ。そん
な組織が存在するなどとは思えないし、情報が少なすぎる。
「とにかく今は敵を撃退しましょう。ヤマト少尉のストライクを発進させて」
「了解。スカイグラスパーの調整が終わっていれば、俺も出られるんだけどなあ」
 グチを言うムウを無視して、通信席に座ったミリアリアがサイーブからの連絡を伝え
る。
「『明けの砂漠』も出るそうです。クラウドウィナー三機が空から援護してくれます。
それからジャンク屋の人達もMSを出してくれるそうです」
「分かりました。協力に感謝しますと伝えてください」
「民間人の手も借りなければならないとは……。彼らを守る事が我々軍人の仕事なのに
……」
 守るべき人達まで戦わせてしまう。しかし、そうしなければ生き残れない。理想と現
実の狭間で苦悩するナタル。
「バジルール少尉、気持ちは分かるけど、今は…」
「分かっています。我々に出来る事は彼らを援護する事だけです」
 マリューに言われる前に、ナタルは気を引き締めた。そしてレーダーに映る敵影を睨
む。



 艦橋が戦闘態勢に入った頃、ストライクもエールストライカーを装備して出撃した。
夜空には三機の戦闘機クラウドウィナーが飛び、ストライクの後には赤と青の二機のジ
ンが続く。
「サーペントテールのイライジャ・キールだ。振りかかった火の粉を払いに来た。仕事
ではないが手を貸そう」
 赤いジンに乗るイライジャが、キラに通信を送る。小太刀を持った青いジンのパイロ
ットも、
「宮城夏でござる。今はジャンク屋に世話になっているでござる。よろしくでござる」
 と、独特な口調で挨拶してきた。
「は、はい、よろしくお願いします」
 キラは夏の口調と、ジンが僚機として戦ってくれる事に戸惑っていた。敵軍のMSが
共に戦ってくれる。少し違和感を感じたが、悪い気分ではなかった。
『いつかこうして、ザフトとか地球軍とか関係なく、みんなで力を合わせる事が出来た
ら……』
 そんなキラの夢は、敵バクゥの砲撃音と共に打ち砕かれた。
 十二機のバクゥは三機ずつのチームに分かれた。第一のチームはストライクに接近戦
を挑み、第二のチームはクラウドウィナーへの砲撃に専念。そして第三のチームはイラ
イジャと夏のジンに襲い掛かる。
「くっ、こいつ等……」
「拙者達を分断させるつもりでござるか!」
 夏の考えは当たっていた。バクゥ達は巧みな連携を行い、ストライク、クラウドウィ
ナー、二機のジンの間を引き離していく。アークエンジェルも援護射撃を行なうが、砂
の上を縦横無尽に走るバクゥにはかすりもしない。
「イライジャさん、宮城さん!」
 キラは二人を助けようとするが、三機のバクゥが行く手を塞ぐ。バクゥ達は必要以上
にはストライクに近づかず、しかしストライクが他に助けに向かおうとすれば全力で妨
害する。ストライクを引き止め、その間に他の戦力を仕留めるつもりだ。戦いの様子を
空から見るクラウドウィナーのパイロット、ライズ・アウトレンが悔しげに呟く。
「こいつ等、嫌な戦い方をする。動きにも連携にも無駄が無さ過ぎる。気味が悪いくら
いだ」
 クラウドウィナー二番機を操縦するイリア・アースも同じ考えだった。
「そうね。人間を相手にしている気がしないわ。まるで機械と戦っているみたい」
 それでもキラのストライクは優勢だったし、空にいるクラウドウィナーも、地上から
の攻撃は全てかわしている。この二つについては心配しなくてもいいだろう。問題は、
「ぐっ!」
「イライジャ殿、うわっ!」
 イライジャと夏のジンだ。両機とも動きに精彩を欠いている。イライジャも夏も機体
は自分用に調整されたものではないし、しかも夏は砂漠での戦いは今回が初めてだっ
た。青いジンの小太刀《タイガー・ピアス》は空を切るだけで、バクゥの影さえ捉えら
れずにいる。
「くっ、何という未熟……。これでは師匠や伝八殿に合わせる顔が無いでござる……」
 師から託された刀を使いこなさない自分に腹が立った。その焦りが、夏の動きをます
ます鈍くする。
「夏、お前は下がれ! ここは俺が何とかする!」
 バクゥを銃で牽制するイライジャ。しかし、ヴェイア専用に調整された機体は彼の意
志に応えてはくれず、弾は全て外れてしまう。
「クソッ、細かい調整する時間が無かったとはいえ、情けなさ過ぎるぞ、俺は!」
 宇宙にいる劾やフィアには見せられない醜態だ。だからこそ、何としてもここは切り
抜けなければならない。ここで倒れたら、この赤いジンの元の持ち主に合わせる顔が無
い。
『あいつは俺達を助ける為に命を散らせた。そして影太郎を助ける為にこのジンを残し
た。だから、こいつに乗っている奴は守らなければならないんだ、あいつを、そしてみ
んなを!』
 仲間の為に命を投げ出した男の為、そして今、苦しんでいる少年の為、イライジャは
必死に戦う。それでも赤いジンの動きは鈍く、バクゥの攻撃を受け続ける。
「ぐあっ!」
 被弾する度にジンの赤い装甲が剥がれていく。その凄惨な光景は夏にはヴェイアが、
そしてイライジャが血を流しているように見えた。
「イライジャ殿! くっ、死なせるものか、これ以上、拙者の仲間を、大切な人を、死
なせるものかーーーーっ!」
 愛する人の危機を前に夏が吠える。《タイガー・ピアス》だけでなく、青いジンの頭
部に装備されたバスターソードも振り回してバクゥに切りかかるが、そんな冷静さを欠
いた攻撃が当たる筈が無い。逆にバクゥに体当たりされ、青いジンは弾き飛ばされた。
「うわあっ!」
「夏!」
 助けに向かおうとするイライジャだったが、残り二機のバクゥが遮る。
「くっ、貴様ら、どけ!」
 焦るイライジャ。夏のジンは攻撃をかわし続けているが、このままではいずれ倒され
るだろう。
 窮地に陥った二人の耳に、
「イライジャ、夏!」
 樹里と風花に探させていた少年の声が飛び込んできた。
「影太郎か!? お前、どこに行って…」
「すまない、心配をかけた」
 そう謝る影太郎の声は、イライジャ達がよく知っている少年の声だった。ヴェイアと
伝八が死ぬ前にはよく聞いていた、元気のいい、聞いている者に力を与えるような声。
「色々言いたい事はあるし、お前達も俺に言いたい事はあるだろうけど、でも、その、
えーと、あの……」
 珍しく発言に迷う影太郎。イライジャはバクゥを睨みながら、夏はバクゥの攻撃を避
けながら、影太郎の言葉を待つ。
 そして、きっかり一分後、届けられた言葉は、
「頑張れ!」
 だった。
 短い言葉だったが、その言葉に込められた想いはイライジャにも夏にも伝わった。そ
れは自分達の勝利を信じる言葉。それは自分達の生還を望む言葉。それは自分達と共に
生きる事を誓った言葉。そして、誰よりも深く傷ついていた少年が、再び歩き出した事
を伝えてくれた言葉。
「……ふっ。そう言われたからは頑張らないとな。夏!」
「言われなくとも、そのつもりでござるよ。ここで頑張らなければサムライではござら
ん!」
 二人の心に炎が灯された。そして操縦者の気持ちに応えるかのように、赤と青のジン
も軽快な動きを見せる。
 夏の青いジンはバクゥの砲撃を全てかわし、バクゥに急接近。そして《タイガー・ピ
アス》でバクゥの首を切り落とし、残った胴体は頭部のバスターソードで両断した。
 イライジャの赤いジンも、二機のバクゥの砲撃を全てかわした。そして銃で一機を撃
墜。退却しようとした最後の一機の前に回り込み、頭部を重斬刀で切り裂いた。
 最後の攻撃が終わると同時に、赤いジンは機能を停止した。ヴェイア用に調整されて
いたのを無理やり操縦し、負担をかけていたのだ。ここまで動き、そして勝利したのは
奇跡だろう。
『いや、天国にいるあいつが力を貸してくれたのかもしれんな……』
 そう考えたイライジャは、現実的でない考えに苦笑した。しかし、それでもいい気が
した。
 程なくしてアークエンジェルから通信が入る。ストライクとクラウドウィナーも敵機
を全滅させたとの事。夜の砂漠に再び静寂が戻った。



 戦場から遠く離れた岩山の上に、二人の人間が立っていた。一人は無精髭を生やし、
ギターケースを背負った中年男。もう一人は女の子だが、右目を眼帯で塞ぎ、冷たい風
が吹く砂漠の夜なのにミニスカートを着用している。眼帯には髑髏のマークが刻まれて
おり、少女に不気味な印象を与えている。
 二人の眼前にはアルゴス・アイが浮かんでいた。そしてもう一機のアルゴス・アイが
隠し撮りしていた光景、ストライク達と十二機のバクゥの戦いを夜空に映し出してい
た。
 戦いがストライク達の勝利に終わると、中年男がため息をついて、
「あーあ、やられちまったか。ま、昼間の奴らよりはマシだったけどな」
 と残念そうに言った。
 映像はまだ続いていた。ストライクを降りたキラや、アークエンジェルの面々がバク
ゥのハッチを開けている。そして、その凄惨な光景に全員が言葉を失う。
「おやおや、軍人さんらしくもない顔をする。昼間見ているだろうし、それに頭が吹き
飛んだ死体なんて今は珍しくもないだろうに」
 キラ達の反応を嘲笑う中年男。絶望を歌にするこの男にとって、凄惨な死体もまた、
歌の材料に過ぎない。
「負けはしたがデータは取れた。これでバイオチップの開発も更に進むだろう。あんた
の上司のハインリッヒ様は大喜びだろうな」
 そう言われた眼帯の少女は、まったく表情を変えなかった。淡々と、
「神様は喜びますか?」
 とだけ尋ねた。中年男は苦笑して、
「ああ、喜ぶだろうさ。戦力が増えるんだからな」
「そうですか。それはいい事ですね」
 この返答も淡々としたものだった。あまりに薄い反応に、男は皮肉を言う事にした。
「どうだ、自分の兄弟が殺られた気分は? 仇を討とうとは思わないのか?」
 『兄弟』という単語こそが皮肉だったが、それに対する少女の反応は、
「彼らと私に血縁関係はありません。私と共通しているのは頭部にバイオチップを埋め
込まれている事だけです。それも私のは彼らより旧式だし、私は彼らのように強制的に
埋め込まれたのではなく、自ら進んでチップを埋め込みました」
 と、ただ事実を述べるだけだった。男は根負けして、
「ああ、そうだったな。君は偉いよ。旧式のチップでそこまでの力を身につけたんだか
らな。で、これからどうする? あいつ等を殺るのか?」
「それが神様の望みなら。私にそういう命令は下されたのですか?」
「いや、今のところは。君への指令はバイオチップ兵士のデータ収集だけだ」
「では私は戦いません。GGユニットという物体の回収も私の仕事ではありませんし」
「ユニットを回収すれば、神様は喜ぶと思うが」
「それは貴方の勝手な推測です。私は神様の言葉しか信じないし、考えません。私は神
様の望み以外の事をするつもりもありません」
 彼女の凄いところは、本気でそう思い、実行しているところだった。使徒、亜使徒を
含め、忠誠心だけなら彼女が一番かもしれない。
「そろそろ私は帰ります。砂漠の夜は冷えますから、歌依さんも早く帰った方がいいと
思いますよ。それでは」
 クロナ・ギウムはそう言って、闇の中に姿を消した。一切の気配を残さない、彼女ら
しい退場の仕方だった。
「やれやれ。あの異常な堅物ぶりは何とかならないものかね。能力はあるんだが。あれ
じゃ永遠に亜使徒のままだな」
 クロナを見送った後、歌依吟は再び映像に見入った。残骸と化した十二機のバクゥ
と、それを見下ろすように立つストライク。その足元で、凄惨な光景に言葉を失ってい
るキラ達。
「いいシーンじゃないか。あいつ等もいい顔してる。ふむ、もう少し、この砂漠に留ま
ってみるか。もしかしたら最高に素晴らしい絶望を見られそうだ」
 吟は微笑んだ。他人の不幸を期待する者が浮かべる、実に不快な微笑みだった。

(2007・6/25掲載)
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