第9章
 レセップス防衛戦

「ふう……」
 長い回想を終えた影太郎は、再び目の前にある巨大な艦を見上げた。
 ザフトの大型陸上戦艦レセップス。かつては『砂漠の虎』の母艦として恐れられた艦
だが、数日前のアークエンジェルとの戦闘によって大破。ザフト軍は修理不可能と見
て、レセップスに関する権利を完全に放棄した。が、
「勿体無いわよ。この艦、修理すればまだまだ使えるわ」
 そう考えたプロフェッサーは多額の金を出して、レセップスをジャンク品として購入
した。地球降下時に航行不能になった母艦(ホーム)に代わる、新たな艦として使う事
を決めた。
『バルトフェルド。あんたが遺したこの艦は、俺達が使わせてもらう。あまりいい気分
じゃないだろうが許してくれ』
 どこか気持ちの良かった男に心の中で謝った後、影太郎は仲間達の所に戻った。
 キラ達アークエンジェルの面々はここにはいない。バルトフェルド隊に勝利した彼ら
は、サイーブから「地球軍の物らしき黒いMSを乗せた飛行輸送艦がこちらに向かって
いるが、ザフトもそれを迎撃しようとジブラルタルから部隊を送り込んでいる」という
情報を聞かされ、慌しく去っていった。去り際にミリアリアはレウとの別れを惜しんで
抱きかかえ(その様子をナタルが羨ましそうに見ていたのは内緒)、影太郎とキラは再
会を誓う握手を交わした。
「戦争が終わって平和になったら、必ず会おうぜ」
 仮面を外してそう求めた影太郎にキラは、
「うん。必ず会おう」
 と約束した。
 そしてアークエンジェルが去った後、彼らと入れ替わるように、宇宙からMSの降下
用カプセルが降りて来た。乗っていたのは大気圏突入時の戦闘で離れ離れになっていた
ロウとリーアム、そして劾とフィアである。
【私もいるぞ。忘れてもらっては困るな】
 忘れてはいない。8(ハチ)だけでなく、レッドフレーム(ゴールドフレームとの戦
闘で破損した右腕は、ヘリオポリスで回収したゴールドフレームの右腕に差し替えられ
た)やブルーフレーム、リーアムのワークスジンとフィアのジンも一緒だ。
「まったく、まいったぜ。ジャンク屋組合の連中、なかなか放してくれなくてよ」
「仕方ありませんよ。一歩間違えば大惨事でしたからね。組合もザフトへの言い訳が必
要なんですよ。MSの降下作業をフォローしてもらったんですから、それで良しとしま
しょう」
 グチを言うロウ。組合を庇おうとするリーアムも、疲れ切った顔をしている。この二
人がこんな顔をしているとは、組合の尋問はかなり厳しいものだったようだ。二人の隣
では劾とフィアが苦笑している。
 とにかく、無事に合流を果たした一同は今後の事について話し合う。ロウ達はここに
残ってレセップスの修復。サーペントテールの面々は、劾が南アフリカのある企業から
依頼を受けており、そこへ向かうとの事。しかし、
「イライジャとフィアはここに残れ。今回の仕事はMSを使うが、俺一人の方が都合が
いい」
 歴戦の傭兵であり、仲間を大事にする劾が単独行動をするとは珍しい。しかし、劾が
そう言うのなら正しいのだろう。フィアとイライジャはロウ達の元に残る事にした。
「私達は構わないけど、給料は出ないわよ。正式な仕事じゃないんだし」
 プロフェッサーが言うと、劾は頷き、
「構わん。この二人をこき使ってやってくれ」
「いいの?」
「ああ。イライジャ達が世話になったようだしな」
 劾は改造されたイライジャのジンを見ながら言った。
「それにこの辺りは何かと物騒だ。ロウのレッドフレームだけでは危険だと思うが」
 劾の言うとおり、この砂漠の近辺には連合、ザフトの軍隊だけでなく、彼らに対抗す
るゲリラや武装組織が潜んでいる。バルトフェルド隊が壊滅した事で、この砂漠の勢力
バランスは大きく崩れた。いつ何が起きてもおかしくないのだ。
 話はまとまった。劾とロレッタ、そして風花とリードは南アフリカに向かい、残った
面々はレセップスの修復作業を始める。
「と、その前に、艦の中をチェックしないとな」
 艦内に何があるのか分からないのでは、おちおち修理も出来ない。艦の構造のチェッ
クも兼ねて、ロウ達はレセップスの艦内に入った。
 プロフェッサーとフィアとイライジャ、そして久しぶりに外に出たラグナスを留守番
として残し、その他全員で艦に入る。小さなライトを持ったロウが先頭を行き、その後
ろを仮面をつけた影太郎とレウ、樹里、エレア、夏の順番で進む。
「あら、夏ちゃん、一番後ろで怖くないの?」
「平気でござる。それよりエレア殿、その『夏ちゃん』という呼び名はやめてほしいの
でござる。その、どうにも少し恥ずかしくて」
「あら、いいじゃない、呼び易いし。大丈夫よ、イライジャの前では呼ばないから。好
きな人の前でカッコ悪い名前では呼ばれたくないわよね」
「イ、イライジャ殿は関係ないでござる! それに、好きな人とか、その、拙者とイラ
イジャ殿はまだそういう関係では…」
「まだ、か。つまり、いつかはそうなりたいと思っているのね。ふーん、なるほどね
え」
「エ、エレア殿、からかわないでくだされ! 拙者はそんな事、全然まったくこれっぽ
ちも思っていないでござ…」
「ワン!」
 もめる二人を他所に、レウが走り出した。後を追うと、レウは壁の前にいた。そして
鼻先で金属製の壁をつついている。どうやら、この壁の向こうに何かあるらしい。ロウ
は影太郎達に無言で注意するように促した後、そっと壁を押した。壁は鈍い音を出しな
がら開いた。
「隠し扉か。みんな、気を付け…」
「止まれ!」
 突然、若い男の声が響き渡った。同時に、銃の怪しい光が闇に浮かび上がる。夏は刀
に手をかけ、エレアも懐から銃を取り出そうとするが、
「二人とも、待て」
 と影太郎に静止された。影太郎は手を上げながら、銃を向けている男に近づく。仮面
につけられた暗視スコープのおかげで、闇の中でも相手の顔がくっきり見える。見覚え
のある顔だった。
「あんた、バルトフェルドの屋敷で会ったな。こんな所で何をしているんだ?」
「!? 君は……あの時の子供か?」
 バルトフェルドの副官マーチン・ダコスタは、思わぬ再会に驚いた。
「ワン、ワンワン!」
 レウがダコスタの足の間を抜けた。そしてダコスタの背後にある巨大なカプセルに飛
びつく。
「あ、こ、こら、それに触っちゃ駄目だ!」
 ダコスタがそう叫ぶと、レウは足を止めた。本当に賢い犬だ。
 影太郎の仮面の暗視スコープは、カプセルの中にいる男の顔も映し出してくれた。こ
ちらも見覚えのある顔だった。
「バルトフェルド……!」
 カプセルの中ではキラに葬り去られたはずの男が、静かに眼を閉じていた。



 ロウが自分達がジャンク屋で、この艦を修理しに来た事を教えると、ダコスタはあっ
さり銃を下ろした。そしてロウ達と一緒に艦の外に出て、留守番をしていたプロフェッ
サー達にも事情を説明する。
 先のアークエンジェルとの戦いでレセップスが航行不能になった後、ダコスタは部下
を引かせた後、ストライクに撃破されたラゴゥの元に向かった。せめて遺体だけでも、
と思って向かったのだが、バルトフェルドは左腕と左足を失い、左目にも大きな傷を負
いながらも生きていた。急いでレセップスの治療用カプセルに収容し、ザフトの基地に
持ち帰ろうとしたのだが、
「レセップスはこの有様だし、この辺りはザフトに敵対している勢力ばかりだ。ザフト
に連絡すれば連中にも嗅ぎ付けられ、援軍が来る前に隊長は殺されてしまうだろう」
 艦の修理も試みたが、一人ではどうする事も出来なかった。どうしたものか悩んでい
た所に来たのがロウ達だったのである。
「隊長をここで死なせる訳にはいかない。あの人は、この悲惨な戦争を終わらせる為の
戦いに必要な人だと思うからだ」
 ダコスタの発言に、ロウは少し驚いた。
「へえ。兵士にも色々な考え方をする奴がいるんだな。戦いが好きな奴が兵士になるん
だと思っていたぜ」
「ロウ、そういう奴ばかりじゃないさ」
 影太郎はキラ達の顔を思い出した。誰よりも優しい心を持ち、涙を流しながらも戦場
に立つ事を選んだ少年。
「戦いを早く終わらせる為に戦う。そんな兵士もいるのさ」
 ダコスタは自嘲するように言ったが、影太郎はその考えは悪くないと思った。キラや
アークエンジェルの面々には、そういう戦いの方が合う気がした。
「ダコスタさん、あんたはこれからどうするつもりだ?」
 影太郎の質問に、ダコスタははっきりと答える。
「隊長を助ける。その為なら何でもするつもりだ」
「だったら俺達に協力しないか? 艦の構造に詳しいあんたが居れば修理も早く済む。
協力してくれれば、あんたとバルトフェルドをザフトの勢力下まで送ってやるよ」
「隊長を助けてくれるのか? しかし君達はアークエンジェルに協力していたはずじゃ
…」
「協力していたのは確かだけど、私達はジャンク屋。地球軍じゃないわ。それに今はフ
リーよ。こちらの傭兵さん達も含めてね」
 プロフェッサーが微笑み、イライジャとフィアの顔を見る。二人は黙って頷いた。
「…………君達は変わっているな。いくら今は中立とはいえ、君達を殺そうとしていた
相手を助けるなんて」
 ダコスタの言うとおりだが、
「バルトフェルドって男は嫌いじゃない。いや、どちらかと言えば好きだ。もう敵じゃ
ないし、助けられるのなら助けるさ。あいつも喜ぶだろうし」
 影太郎は再びキラの顔を思い浮かべた。バルトフェルドを倒してアークエンジェルに
戻って来た時の彼の顔は悲痛なものだった。しかしバルトフェルドが生きている事を知
れば、きっと誰よりも喜ぶだろう。キラはそういう人間だ。
「影太郎が助けようって言うのなら、悪い奴じゃないだろ。だったら助けるさ。友達を
信じるのもジャンク屋魂だぜ!」
「ロウ、微妙に理屈が通ってませんよ」
 リーアムに指摘されても、ロウは平然としている。他の面々も同じ考えらしく、バル
トフェルドを助ける事に反対はしなかった。
 ダコスタは、この少し変わったジャンク屋達の考えに驚いたが、同時に好意を抱い
た。友を信じ、敵を助けようとしているお人好し達。こういう人間は信頼出来る。
「ありがとう。ぜひ協力させてくれ。ところで……」
 ダコスタは、先程から気になっていた事を質問した。彼の視線はエレアの後ろに立つ
鋼の巨体に向けられていた。
「それは何なんだ? 君達が作ったロボットかい?」
「ロボットじゃない。俺はサイボークですよ」
 ラグナスが少し怒った様に言う。彼は自分がサイボーグである事に誇りを持ってい
た。ダコスタを驚かせる事になっても、それだけは譲れなかった。



 ダコスタを仲間に加えたロウ達は、レセップスの修復作業に取り掛かった。イライジ
ャとフィアもジンに乗って手伝ってくれたおかげで、作業は思ったより早く進んだ。
 影太郎もレウや夏と共に何かを組み上げる一方、ロウ達の作業を手伝った。彼の機械
いじりの腕は更に上がっており、ロウも驚くほどのものになっていた。
「こりゃ凄いな。影太郎、お前、いつの間にそんなに腕を上げたんだよ」
「アークエンジェルの整備士達に色々教わったからな。それにもう一人、いい先生が
『ここ』にいるし」
 影太郎は自分の頭を指差した。アルベリッヒ・バーネットの知識を思い出す度に、影
太郎の心の中で何かが騒ぐ。以前の影太郎ならその事を嫌い、動揺していただろうが、
今の彼は違う。アルベリッヒの事を一方的に嫌うのではなく、彼を理解しようとしてい
た。
『こう思えるようになったのは、あいつ等のおかげかな』
 亡き親友ヴェイア、再会を約束したキラ、そして今、レセップスの中で眠っているバ
ルトフェルド。彼らとの出会いと別れが影太郎を成長させたのだ。
『だったら、バルトフェルドは助けないとな。俺だけ成長して相手は死亡なんて、寝覚
めが悪すぎるぜ』
 影太郎は改めてバルトフェルドを助ける事を誓った。
 しかし、それを望まない者達もいた。レセップスが修復されている事を知った地元の
ゲリラが、ある勢力にこの事を報せたのだ。その勢力の名はブルーコスモス。バナディ
ーヤの町でバルトフェルドや影太郎達を襲った、コーディネイターの絶滅を企む一大組
織だ。
 更に、レセップスへの攻撃を企むブルーコスモスの面々の前に、一人の少女が現れ
た。彼女はブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエルの紹介状を持っていた。
「私はクロナ・ギウム。盟主アズラエルの直属の部下です。レセップスへの攻撃につい
ては私に一任されました。なので私の指示に従ってください。青き清浄なる世界の為
に」
 そう言ってブルーコスモスの連中を従えたクロナは、レセップスの方を見る。バイオ
チップを埋め込んだ兵士の最終試験として、砂の大地の彼方に浮かぶあの艦を破壊する
事。それが彼女が神から与えられた使命だった。
「神様、私は貴方の命のままに動き、そして戦います。どうかこの戦いに祝福を。そし
て、私に勝利を」
 遠くにいる神に戦いの始まりを告げた後、クロナは連れて来た部下達に指示を出す。
バクゥや砂漠用ジン(ジン・オーカー)によって構成されたMS部隊が、一斉にレセッ
プスに向かう。
 ブルーコスモスの一員であるはずのクロナが、コーディネイター達が操縦するMS達
を指揮している。この奇妙な光景にブルーコスモスの面々は戸惑いを感じたが、レセッ
プスの破壊は彼らの望みでもあったので、クロナに逆らわなかった。
「私も行きます。後の事は任せます」
 クロナがジン・オーカーに乗り込み、自ら出撃する際も反対しなかった。むしろこの
美しい片眼の少女の勝利を願った。良くも悪くも、ブルーコスモスの面々は純粋な人間
であった。
 クロナも純粋な人間だった。彼女は自分が神と崇めるダブルGの命のみに従う事を望
み、ダブルGの為に戦う事を誓っていた。三叉戟(さんさげき)をジン・オーカーに持
たせ、一直線にレセップスに向かう。
「神様、どうか私に勝利を。そして、神様に逆らう憎むべき敵に死を」
 神の剣として戦場に向かうクロナと、それを応援するブルーコスモス。そんな純粋な
人達を、岩山の上から見下ろす者がいた。ギターケースを背負った、無精髭が異常によ
く似合っているミュージシャン、歌依 吟だ。クロナと同じ神に仕える男は、戦いの始
まりに心を高ぶらせていた。
「いよいよ始まるか。それにしてもあの女、ダブルGからの命令だと言ったらあっさり
引き受けたな。ダブルGからの命令だと言ったら、何でもするんじゃないのか? おか
しな女だ」
 クロナがダブルGに依存している事を見抜いた吟は、彼女を利用して戦場を作り出そ
うとしていた。バイオチップ兵士の戦闘データを集めているクロナに『レセップスの破
壊』をダブルGからの命令だと伝え、地元のブルーコスモスを利用する為にアズラエル
からの紹介状を偽造した。
「紹介状を作るのには苦労したが、上手くいったな。これでまた、新しい戦場が見られ
る。素晴らしい絶望が見られるぞ」
 吟は数日前のアークエンジェルとバルトフェルド隊との戦いの様子を思い出した。あ
の戦いも、なかなかいい絶望を見せてくれたが、少し足りないものがあったのも事実
だ。
「あのストライクとかいうMS、もっと情け容赦なく戦ってくれるものだと思っていた
んだがな。まあいい、今度の戦いは期待出来るだろう」
 最高の絶望を知り、最高の歌を作る。吟の目的はそれだけだった。その為なら、彼は
何でもする。仲間を騙し、神をも利用する。歌依吟とはそういう人間なのだ。
 扱いに困る男だが、そういう人間だからこそ、ダブルGは自らの配下にしたのだ。吟
が絶望を望めば戦場が生まれ、戦いの連鎖が広がる。そうなれば多くの人間が死ぬ。全
ての生命の死を望む神と、それに仕える狂った歌い手。最高にして最悪の組み合わせで
ある。
「さあ、クロナ、そしてジャンク屋ども。私に見せてくれ、この身を震わせるほどの絶
望を、お前達の死を!」
 吟が歓喜の声を挙げると共に、砂漠に炎が上がった。レセップスの周囲は、あっとい
う間に炎と煙に包まれていった。戦いが始まったのだ。



 戦闘が始まる少し前、クロナはブルーコスモスの名を借りて、レセップスのロウ達に
警告の通信を送った。自然の摂理に逆らって生まれたコーディネイターに協力する者も
同罪である、しかしダコスタが自害すれば攻撃しない、と。
 もちろんロウ達がそんな要求に応じる訳がない。クロナもそれは計算ずくで、返事が
来る前にMS部隊とブルーコスモスが所有していたミサイル発射機搭載トレーラーから
のミサイルで、レセップスを攻撃する。
「くそっ、これがブルーコスモスのやり方かよ! コーディネイターだから殺すなん
て、俺は認めねーぜ!」
 ロウの叫びは、彼の仲間全員の考えでもあった。一行は敵を迎え撃つ。
 しかし敵の数はMSだけでも二十機以上。ロウ達の戦力は、ロウのレッドフレームに
イライジャとフィアのジン、そしてリーアムのワークスジンだけ。樹里のミストラルも
あるが、宇宙用のMAを地上で、しかも砂漠で戦力として使うのは無理がある。そう判
断したロウは、
「樹里は影太郎達と一緒に下がっていろ。イライジャとリーアムは俺と一緒に来てく
れ。ミサイルはフィアに任せる!」
「了解。ミサイルは全部打ち落としてあげるから、MSは任せたわよ」
「おう!」
 勢いよく返事をした後、ロウはレッドフレームで敵MSの大群の中に切り込む。
「相変わらず無茶な事をするな。あいつらしいが」
「ロウは変わりませんよ。きっと、ずっとね」
 イライジャとリーアムは軽口を叩きあった後、後方からロウを援護する。リーアムの
ワークスジンはレッドフレームに襲い掛かろうとしたバクゥを銃で牽制し、イライジャ
のジンはレッドフレームが逃した敵を正確に撃ち抜く。
「ふっ。ジャンク屋にしては、なかなかやるな」
「貴方も、以前より腕を上げましたね。ヴェイアさんのジンのパーツを使ったのは無駄
ではないようで嬉しいですよ」
「無駄にするつもりは無い。俺は、俺達を救ってくれたヴェイアと一緒に戦う!」
 イライジャの決意を聞いたリーアムは、心の中で喜んだ。人の思いはこうして受け継
がれるのだろう。
『兄さん、私は地球で生きます。人の思いが生み出す世界の未来を見届け、自分もその
一員として生きる為に』
 遠く離れた兄に生き抜く事を誓い、リーアムは戦いに臨む。
 《ガーベラ・ストレート》でバクゥを切り裂くレッドフレーム。それを援護するイラ
イジャジンとリーアムのワークスジン。そして、レセップスを狙うミサイルを次々と撃
ち落すフィアのジン。全員がそれぞれの役割を果たして戦っていたが、それでも敵の数
はなかなか減らず、ミサイルの攻撃も尽きなかった。
「まったく、何発持ってきてるのよ。ブルーコスモスの資金は底無しなの?」
 グチを言いながらも、ミサイルを撃ち落すフィア。一発でも逃したらレセップスだけ
でなく、艦内の治療用カプセルにいるバルトフェルドも終わりだ。失敗は許されない。
 ロウ達の戦況も芳しくなかった。バクゥやジン・オーカー達はレッドフレームと距離
を取り、ロウの得意な接近戦を避け、射撃による攻撃に専念。イライジャとリーアムの
攻撃も当たらなくなってきた。
「こいつら、こちらの攻撃パターンを読み始めたのか?」
 機械のように正確な、しかし単純ではない動きをするMS達にイライジャは苛立って
いた。こういう敵は厄介極まりない。
 そしてロウには難敵が迫る。三叉の槍を持つジン・オーカーがレッドフレームに挑ん
できたのだ。
「くっ、速い! こいつが隊長機か?」
【そのようだ。こいつを倒せば勝てるかもしれない】
「そうだろうな。けど、そいつはかなり難しいみたいだぜ」
 ロウの額に脂汗が流れている。わずかな間に、ロウは敵の強さを感じ取っていた。
 一方、三叉戟を持つジン・オーカーの操縦者、クロナ・ギウムも、
「私の攻撃をかわすとは。あの赤いMSのパイロット、只者ではありませんね」
 ロウの力量を見抜き、改めて気を引き締める。
「…………いいえ、まだ『あなた』が出る時ではありません。ここは私に任せてくださ
い」
 クロナは自分の内から湧き上がる『何か』を抑えた。彼女は自分だけの力で戦う事を
望んだ。彼女は自分の力で、神への忠誠を示したかったのだ。
「行きます」
 ジン・オーカーが持つ三叉戟の鋭い刃先がレッドフレームに迫る。かわすレッドフレ
ームだが、クロナのジン・オーカーは相手に休む間を与えない。次々と繰り出される突
きに、レッドフレームはかわすのが精一杯だ。《ガーベラ・ストレート》を振るう間も
無い。
【マズいぞ。このままではやられる。反撃をしないと】
「分かってる! けどこいつ、隙が無いんだよ。クソッ!」
 劣勢に立たされたロウの姿は、遠く離れた影太郎も見ていた。彼の仮面には双眼鏡の
ような機能もあり、かなり離れた距離にいるレッドフレームの姿も見る事が出来た。
 このままではロウが危ない。そう考えた影太郎は、切り札を使う事にした。その為の
準備はもう出来ている。
「夏、準備はいいか?」
「はい、影太郎殿。いつでもいけるでござるよ」
 そう返事をした夏は、MSの操縦席に座っていた。
「よし、ケンタウロスを出すぞ! 樹里とラグナスも手伝ってくれ」
「うん、分かった」
「おお!」
 ミストラルに乗る樹里と、怪力を誇るラグナスが影太郎に応じる。ミストラルとラグ
ナスの鉄腕が、巨大な機体を前に押す。
「ようし。夏、ケンタウロスを起動させろ!」
「ワン!」
 影太郎の足元にいるレウが吠えた。それと同時に、夏が乗っているMSが立ち上が
る。



 砂嵐の中を駆け抜けるバクゥの機影があった。数は四。何かを追いかけているようだ
が、彼らの前には誰もいない。それでも彼らは走り続ける。そして、捜し続ける。それ
が彼らに与えられた使命だから。



 クロナのジン・オーカーの猛攻に追い詰められるレッドフレーム。イライジャ達もそ
れぞの敵の相手をするのが精一杯で、援護は期待できない。
「自分で何とかするしかないみたいだな。それじゃあ…」
【待て、ロウ。何かが近づいてくる】
「敵か?」
【違う。この識別信号は味方のものだ】
 レッドフレームの前に、新たなMSが現れた。砂の大地をしっかりと踏みしめる四本
足のMS。しかし、それは奇妙なMSだった。
「……それは何の冗談ですか?」
 クロナが思わずそう訊いたのも無理は無い。今、彼女の目の前に立っているMSは、
人と獣の形を併せ持っていたのだ。翼を取り除いたバクゥの背中に、ジンの上半身をく
っつけたMS。そしてジンの手には、古い形をした小型の刀が握られている。
 しかし、このMSこそ影太郎達の切り札だった。影太郎達の奮闘を知っていたロウ
は、援軍が間に合った事を喜ぶ。
「ケンタウロス、完成していたのか! 乗っているのは夏なのか?」
「はい、ロウ殿。ギリギリでしたが、何とか間に合ったでござる」
 ケンタウロスと呼ばれる影太郎製のMSの操縦席に座る夏は、改めて計器を確認した
後、クロナのジン・オーカーを見据える。
「なかなかの強敵のようでござるな。宮城夏、このケンタウロスでロウ殿に助太刀いた
す!」
 闘志を漲らせる夏とは反対に、クロナは冷静に敵MSを見定める。バクゥとジンをく
っつけただけの急造MS。ある意味、ジャンク屋らしい機体だが、自分の敵ではない。
『バクゥの足の強度ではジンの上半身の重量は支えきれない。よしんば支えきれたとし
ても、人型MSであるジンと、獣型MSであるバクゥとではOSそのものが違い、機体
のバランスが悪すぎて動きが鈍る。私の敵じゃない』
 そう判断したクロナは、先手必勝とばかりに攻撃を仕掛ける。突進するジン・オーカ
ー。砂漠専用に調整された機体の速度は速く、あっという間に三叉戟の刃先がケンタウ
ロスに迫る。
「夏!」
「心配ご無用!」
 その言葉どおり、夏のケンタウロスはクロナ機の攻撃を横に飛んでかわした。アンバ
ランスなはずの機体は、見ている者を驚かせるほど素早く、かつしなやかに動いた。ま
るで本物の獣のような動きだった。
「……そんなバカな。あんな機体で、あんな動きが出来るはずが」
 無い、と考えるクロナだったが、ケンタウロスの動きは全てにおいて彼女の予測を上
回った。スピード、ジャンプ、回避能力、いずれも高い性能を見せつけ、クロナのジ
ン・オーカーの攻撃を全てかわす。
「そんな、そんなバカな。あんな急造の機体で、ジャンク屋なんかが作った機体で、あ
んな動きが出来るはずが無い」
 現実を認めないクロナは、なおも激しい攻撃を繰り出す。しかし、ケンタウロスには
当たらない。
「逃げ続けるのにも飽きたでござる。今度はこちらから!」
 夏はケンタウロスの手にあった小太刀《タイガー・ピアス》の鞘を抜いた。輝く刀身
が姿を現し、その刃でクロナのジン・オーカーの三叉戟を防ぐ。
「くっ、そんな、バカな事が……!」
 焦るクロナは更に攻撃する。しかし、小太刀は普通の刀より短いので小回りに優れ、
防御に適した刀だ。夏の剣術は小太刀の特性を見事に生かしており、クロナの攻撃を悉
く防ぐ。
 その間にもケンタウロスは軽やかに動き、クロナを翻弄する。ケンタウロスの動きに
は、見ているロウも驚かされていた(驚きながらも、ロウは自分に襲い掛かってきたバ
クゥを撃墜している)。
「凄いな、あの動き。影太郎の奴、徹夜で頑張っていたのはあれを完成させる為だった
んだな」
【徹夜をしたのは影太郎だけではない。夏とレウもやっている。特にレウは本当に頑張
ったと思うぞ】
 ケンタウロスはクロナが指摘したとおり、非常にアンバランスな機体だった。ジンと
バクゥという、歩行方法からしてまったく違う二つの機体を合わせたのだから、バラン
スが取れる方がおかしいのだ。この難題を影太郎は、バクゥの関節を徹底的に強化する
事と、新型のOSを搭載する事で解決した。
 新型OSの開発には、影太郎以上に四足歩行に詳しいレウに協力してもらい、その多
彩な歩行パターンをコンピューターに組み込んだ。それは連日徹夜するほどの困難かつ
根気のいる作業だったが、夏やエレア達も協力した事で、ギリギリではあるが完成させ
た。
「まったく、影太郎もレウも夏も、いや、みんなホントに凄い奴だぜ。俺も負けてられ
ないな!」
 レッドフレームの《ガーベラ・ストレート》が、バクゥの胴体を切り裂いた。これで
六機目。イライジャ達が倒した分も含め、ようやく敵の半数を撃破した。
【夏が隊長機を防いでいる内に、一気に片をつけよう】
「おお! イライジャ、リーアム、援護してくれ。残りの敵を…」
 と指示を送ろうとしたその時、敵がいないはずの方向からビームの光が飛んできた。
「!」
【ロウ、かわせ!】
 8(ハチ)に言われる前にロウは操縦桿を動かしていた。レッドフレームは間一髪で
ビームをかわした。
「ふう、危なかったぜ。けど、あっちの方には敵はいなかったはずじゃ……。まさか、
新手か?」
【そのようだ。レーダーに反応。数は四。機種はバクゥだ】
 8(ハチ)の言うとおり、砂嵐の中から四機のバクゥが現れた。乗っているのは、ロ
ウ達とは因縁のある連中だった。
「ふふっ、まさかこんな所でこのジャンク屋達と会えるなんて。私達、ツイてるわね」
 嬉しそうに言うポーシャに、彼女の子分二人は顔をしかめる。
「いや、姉さん、俺はツイてないと思いますよ」
「俺もです。こいつ等には痛い目に合わされてきたし」
「だからここでその借りを返すのよ! 何だか分からないけど、こいつ等、随分と疲れ
ているみたいだし、絶好のチャンスよ。そうですよね、マゴット様?」
 不甲斐ない子分を叱った後、ポーシャは敬愛する上司に話しかける。が、
「虫は砂の中に逃げた。砂の中に消えた。虫は砂が好き。どうして虫は砂が好き? 砂
は虫にとって何?」
 会話にならなかった。
「マゴット様〜〜〜〜〜!」
「うん、分かってる、ポーシャ。私達の仕事はGGユニットの回収もしくは破壊。あの
ジャンク屋もユニットを持っているかもしれない容疑者。だから始末する。虫を潰すみ
たいに、プチッと」
 珍しくまともな事を言うマゴット。連中を追って地球に降りてから、初めての事だっ
た。
「マゴット様……。うっ、そ、そうです。それが私達の仕事なんです。だから頑張りま
しょう!」
 苦労人ポーシャの目に涙が浮かぶ。
「今度こそ勝ちましょう。ううん、勝たないと駄目なんです。絶対に!」
 激を飛ばすポーシャは、数日前の大気圏での戦闘で受けた屈辱を思い出した。圧倒的
な性能を誇るズィウスで出たものの、機体の性能をまったく引き出せず、劾のブルーフ
レームに翻弄された挙句、慣れない上に困難な機体の操縦にマゴットも自分達も疲れ切
ってしまった。結局、無念の撤退。あんな悔しい負け方は二度としたくない。
 気合を入れるポーシャの元に、クロナからの通信が入る。
「誰ですか、あなた達は。ザフト軍ではないみたいですが、返答によっては撃ちます
よ」
「あ、いえ、私達は敵じゃないです。クロナ・ギウムさんでしたっけ? 私達もあなた
と同じ組織の一員です。任務でこっちに来たんですけど、歌依 吟って人から話を聞い
てませんか?」
 聞いていない。が、クロナや吟の名前や二人の繋がりを知っているのなら、自分達と
無関係ではないだろう。
「分かりました。協力してくれるのなら感謝します」
「はい。私はポーシャ、そしてこっちのバクゥに乗っているのは私の上司で亜使徒のミ
ステリウス・マゴットです。マゴット様、クロナさんに挨拶してください」
「…………虫。私は虫。あなたも虫。ううん、蟲。蟲、蟲、蟲、ふふ、ふふふふふふふ
ふ」
 一瞬の沈黙の後、
「あ、あはははは。ちょっと変わった人なんです。どうぞよろしく」
 とポーシャのフォローが入る。
 あまり期待できない援軍のようだ。クロナは気を取り直して、夏のケンタウロスに挑
む。そしてマゴット達はレッドフレームを、残りのMSはイライジャとリーアムのジン
を狙う。
 再び始まった戦いは、先程までの戦いとは一転してロウ達が追い込まれていた。イラ
イジャとリーアムのジンは多数の敵の攻撃を避けるのが精一杯。夏のケンタウロスは、
しなやかだった動きが鈍くなった。
「くっ、もう関節がダメになったでござるか。コンピューターの予想より早いでござる
な」
 ケンタウロスの四本足の関節は、バクゥの物より強化されている。しかしそれでもジ
ンの上半身という負担は大きく、長時間の戦闘には向かない。先程までの見事な動き
は、早く勝負をつけようとする夏の気迫によるものも大きかったのだ。
 そしてロウのレッドフレームもマゴット達に苦戦を強いられていた。数の上でも四対
一という不利だったが、それ以上にマゴットが厄介だった。宇宙で戦った時より格段に
腕が上がっており、バクゥを見事なまでに使いこなしている。
「くっ、こいつ、バクゥとは思えないくらいに速いぞ!」
【気を付けろ、ロウ。こいつはあの槍を持ったジンと同じくらいの強敵だぞ】
「分かってるさ、くそっ!」
 マゴットの奮闘にはポーシャ達も驚いていた。まさか彼女がここまでやるとは思って
いなかったのだ。
「マゴット様、いつの間にこんなに強く……。ううっ、私の苦労がようやく報われたん
だ」
「姉さんって、そんなに言うほどの苦労をしてましたっけ?」
「いや、怒鳴ったり、俺達を怒っていただけのような気が…」
「うるさいわよ、そこの二人! 私達もマゴット様を援護するわよ!」
 意気上がるポーシャに、二人の子分が続く。四機のバクゥがレッドフレームを取り囲
み、激しい砲撃を浴びせる。
「赤い虫、捕まえた。虫かごに入れた。あとは仕留めるだけ、殺すだけ。うふふふふふ
ふふ」
 不気味に笑うマゴット。その目は、人間とは思えない妖しい光を放っていた。



 苦戦するレッドフレームの様子は、レセップスにいる影太郎達にも見えていた。
「マズいわね。このままじゃロウ達も危ないわよ」
 プロフェッサーの言うとおりだった。何とかしなければならないが、ケンタウロスを
出した今、こちらにもう戦力は残っていない。
「私が行くわ」
 とジンに乗っているフィアが言うが、
「ダメよ。ミサイルは飛んでこなくなったけど、全弾尽きたとは限らないわ。あなたが
行った後でミサイルが飛んできたら、レセップスも私達も終わりよ」
 プロフェッサーの考えは正しい。傭兵としてのフィアも、そのとおりだと結論を出
す。しかし、人間としてのフィアは、仲間のピンチを見過ごす事など出来ない。
「俺が行きましょうか? かく乱ぐらいなら何とか出来ると思いますが」
 ラグナスがそう言って行こうとすると、、
「いや、私か出よう」
 と、ダコスタが名乗りを上げた。
「ブルーコスモスのターゲットはコーディネイターである私だけだ。これ以上、あんた
達を巻き込む訳にはいかない。だから……」
「死にに行く、って言うのか?」
 影太郎のその言葉を、ダコスタは肯定も否定もしなかった。しかし、その悲痛な表情
が全てを物語っている。
「ダメだ。そんな事は許さない。連中は恐らくブルーコスモスの名前を騙っているだけ
で、俺達全員を殺すつもりだ。それに、俺はもう仲間が死ぬのは見たくないんだ」
 影太郎のその言葉に、プロフェッサー達はヴェイアと伝八の最後を思い出した。確か
に、あんな光景は二度と見たくない。
「影太郎君、だが、このままではロウや夏さん達が!」
「大丈夫だ。あいつ等はそんなにヤワじゃない。それに……」
 影太郎はレウを見る。レウはロウ達が戦っている砂丘の方角に鼻を向けていた。
「今、ロウ達と戦っているのは、恐らく宇宙で俺達を何度も襲ってきた連中だ。あいつ
等がここにいるという事は…」
「ワン!」
 影太郎の考えが正しい事を証明するかのように、レウが吠えた。そして、その声に答
えるかのように砂丘が盛り上がった。砂の大地の中から現れたのは、バクゥと同じ四足
歩行のMSだったが、よく見たらかなりの部分が改造されている。
「そ、そんなバカな! あの機体は……!」
 驚くダコスタを横目に、影太郎は突如現れたその機体に向かって叫ぶ。
「まったく、いつの間に潜んでいやがったんだ! まあいいさ、今まで隠れていた分、
きっちり働いてもらうぜ、世界一の大泥棒さんよお!」



 砂丘の中から突如現れたMS。バクゥの改造機だが、かなりの部分をいじってある。
最大の特徴は口元に二本の鉄の牙を宿している事で、その姿はまるで本物の獣、虎の様
だった。
 敵か味方かも分からない、謎のMSの出現。それに一番驚いたのは、ポーシャだっ
た。
「あ、あのバクゥは、あの女が乗っていたやつだわ。こんな所に隠れていたなんて!」
 ポーシャは謎のバクゥの姿に心を奪われた。しかし、それが隙を生んだ。
「隙ありだぜ!」
 レッドフレームの《ガーベラ・ストレート》がポーシャのパクゥに急接近。あっとい
う間もなく、ポーシャのバクゥは四本の足を切断された上、背中の砲も切り落とされて
しまった。
「う、嘘っ!?」
 いきなりの敗北に驚くポーシャ。しかし現実は非情。彼女の子分二人も、ポーシャが
倒された事で動揺したのか、ポーシャ機と同じ目に合わされた。
 残るはマゴットのバクゥのみ。一番厄介なのが残ったが、マゴットの目はレッドフレ
ームに向けられてはいなかった。彼女の目は、牙をつけた正体不明のバクゥにだけ向け
られていた。
「見つけた。虫、見つけた。ふふふふふふ、うふふふふふふふふふふ!」
 走るマゴットのバクゥ。牙をつけたバクゥも迎え撃つ。
 勝負は一瞬の内に決まった。すれ違い様に牙をつけたバクゥの牙が、マゴットのバク
ゥの右の翼を噛み砕いたのだ。バランスを崩したマゴットのバクゥは砂の大地に落ち
た。尚も立ち上がろうとするが、牙をつけたバクゥはマゴットのバクゥの首を噛み締
め、そのまま放り投げた。マゴットのバクゥは、砂丘の彼方に消えて行った。
「マ、マゴット様ーーーーーっ!!」
 ポーシャは足を切り落とされたバクゥから降りて、主の後を追う。彼女の子分も後に
続く。
 ロウの危機を救った謎のバクゥは、今度はイライジャとリーアムと戦っていたMS部
隊に襲い掛かる。バクゥもジン・オーカーも、謎のバクゥの敵ではなかった。次々と倒
され、ジャンクパーツの山を築き上げていく。
「ス、スゲえ……。あのバクゥは一体……」
 呆気に取られるロウに、影太郎からの通信が入る。
「ロウ、あのバクゥは取り合えずは味方だ。イライジャ達はもう大丈夫だから、お前は
夏を助けてやってくれ」
「わ、分かった!」
 レッドフレームは夏のケンタウロスの救援に向かう。ロウは夏と力を合わせてクロナ
のジン・オーカーを倒すつもりだったが、レッドフレームが駆けつけた時にはクロナは
既に撤退していた。
「あのバクゥが現れると、ほぼ同時に逃げたでござるよ。引き際を心得ている、恐ろし
い敵でござるな」
 夏の言うとおり、恐ろしい相手だった。もし、あのパイロットがもっと強力なMSに
乗っていたらと思うと……。
「いや、大丈夫だな。俺には心強い仲間がいるんだし」
【そうだな。一人では負けるかもしれないが、みんなで力を合わせれば、どんな困難も
乗り越えられる。あの艦をみんなで直したように】
 最後のバクゥが倒され、戦闘が終わった。守り抜かれたレセップスの姿が、妙に眩し
く見えた。



 ロウ達を助けた謎のバクゥに乗っていたのは、意外なようでそうでもない人物だっ
た。
「まったく、地球に降りてきて早々、あんた達と会うなんて、ツイてないわね」
 バクゥから降りて来た怪盗レインボースターはそう言って、ため息をついた。
 レインボースターが乗っていたバクゥは、バルトフェルド専用機だった。バルトフェ
ルドがラゴゥに乗り換えた為、パイロットがいなくなってしまい、ジブラルタル基地に
保管されていたのだが、
「軍事基地に侵入して、盗み出したのか。噂以上に凄い人だ……」
 ザフトの軍人であるダコスタは、怒るどころか感心していた。調子に乗ったレインボ
ースターは話を続ける。
 アルテミスでの騒動の後、レインボースターの子分をやっていたマユラ達は、軍の上
層部に召集され、一旦オーブに帰る事になった。一人になったレインボースターも地球
に降り、ジブラルタル基地のMSを盗み出そうとしたのだ。
「本当はあの基地にあるって噂のデュエルとかバスターとか盗みたかったんだけど、さ
すがにそっちは警戒が厳しくて。このバクゥも充分いい機体だから盗んだんだけど、そ
したら私を追ってたポーシャ達に見つかっちゃって」
 しつこく追いかけてくるポーシャ達をかわしている内に海を渡り、ここまでやって来
たのだ。つまりマゴットやポーシャ達がここに来たのは、レインボースターのせいであ
る。
「悪いと思っているわよ。だから助けてあげたんじゃない。だからそんなに怖い顔をし
ないで、許して、ね?」
「いいや、許さない。レウ」
「ワン!」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!! 犬、犬、それだけはやめて
ーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 相変らず、騒がしい大泥棒だった。しかしお詫びの印として、盗んだバルトフェルド
専用バクゥをロウ達にくれたり、ジブラルタルへの近道を教えてくれたり、なかなか嬉
しい事をしてくれた。
「借りを返しただけよ。私がプレゼントしたあのユニットのせいで、あんた達も色々苦
労しているみたいだし」
「ふうん。意外と義理堅いんだな」
「意外と、って何よ。相変らず失礼なガキね」
 そう言うレインボースターだが、実は影太郎が少し変わっている事に気付いていた。
外見ではなく、中身が変わった。少しだけいい男になったような気が、
「って何考えてるのよ、私は。私が好きなのはMSだけで、子供に興味は無いのよ。無
いったら無いの!」
 自分に言い聞かせるように呟くレインボースター。女心は複雑怪奇。



 撤退したクロナの前に、吟が現れた。ジン・オーカーから降りてきたクロナを吟は優
しい笑みを浮かべて迎える。
「お疲れ様。なかなか頑張ったみたいじゃないか」
「それは皮肉ですか?」
「いやいや。レセップスは壊せなかったが、今回の戦闘でバイオチップのデータは完璧
になった。君は充分、自分の仕事をしたよ。あっさりやられたマゴットとは大違いだ」
 マゴットの名を聞いたクロナは、吟の顔を睨む。
「なぜ彼女達がアフリカに来ている事を報せてくれなかったのですか。そうすれば事前
に彼女達と合流して、もっと効率よく戦う事も出来たのに」
 返答次第によっては、ただでは済まさない。クロナの本気を感じ取ったのか、吟は素
直に頭を下げた。
「すまない、それはこちらのミスだ。アンノンの連中にアルゴス・アイが落とされまく
っているせいで情報収集が上手くいってないんだよ」
「それは知っています。ですが、その不利を補うのがあなたの役目だと思いますけど」
「ごもっともです、はい。反省しているから、許してくれ」
 更に頭を深く下げる吟。無様な姿だった。それを見るクロナの心に暗い衝動が湧き上
がる。
『こんな奴、殺してしまおう。そうすればあの神様気取りのバカも…』
「!」
 クロナは、心の中に生まれた闇をかき消した。そして吟を睨み、
「歌依さん、バイオチップのデータはハインリッヒ様に届けてください。私は任務を続
行します」
「任務を続行する? いや、君の任務はバイオチップのデータ収集だから、もう終わっ
て…」
 と、そこまで言って、吟は自分のした事を思い出した。いい絶望を生み出す為、クロ
ナに与えた偽りの神命。
「レセップスの破壊も私の任務です。だから続行します。それでは」
 クロナはそう言って、再びジン・オーカーに乗り込んだ。そして、再び走り出した。
「やれやれ。とんでもない堅物だな。神様の言葉を疑うなんて事、考えもしないんだろ
うな。戦いはまだ始まったばかり、という事か」
 そう言いながら、吟は懐から一枚の紙を取り出した。紙には、彼が戦場を見ながら書
いた文字が走り書きされている。
「うーん、我ながら実にいい詞だ。だが、まだ足りないな。もっともっと戦争を、絶望
を見ないと」
 絶望を歌う男、歌依 吟。絶望を求める彼の旅も、まだ始まったばかり。



 レインボースターのおかげで危機を脱した一行は、ついにレセップスの修復を完了。
ダコスタとバルトフェルドをジブラルタル基地の勢力圏内まで送り届けた。別れ際にダ
コスタは、
「ありがとう、みんな。ロウ・ギュール、そして宇流影太郎。君達を見て私は、この戦
争が間違っていると確信したよ。そして我々を襲った、地球軍でもザフトでもない、謎
の勢力の存在。奴らに対抗する為にも、私は隊長と一緒に、早くこの戦争を終わらせる
為に戦う事を誓うよ」
 と言った。それを聞いたエレアが、
「そんな事を勝手に決めてもいいの? あんたはともかく、隊長さんはまだ寝たままな
のに」
 と、皮肉を込めて言う。それに対する答えは影太郎が言う。
「いや、バルトフェルドならきっと、ダコスタの考えに賛成してくれるよ。この人はそ
ういう男だ」
 影太郎のその答えに、ダコスタも力強く頷いた。そして二人は、この戦争を終わらせ
る為に戦う事、自分に出来る事をやる事を誓い合って別れた。
「また一人、いい友達が出来たわね」
 プロフェッサーにそう言われると、影太郎は嬉しくなった。彼は一人ではないのだ。
レインボースターはいつの間にか姿を消していたが。

(2007・7/14掲載)
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