第10章
 パニック・イン・バザー

 ダコスタ達を送り届けた後、イライジャとフィアはサーペントテールに戻る為、ロウ
達と別れた。別れ際にイライジャは影太郎の手を握り、
「ヴェイアの心は俺やお前の中で生きている。俺の力が必要になったら、いつでも呼ん
でくれ」
 と約束した。そして夏にも優しい微笑みを見せ、去っていった。
 その後、ロウ達を乗せた陸上戦艦レセップスは西に進路を取った。そして四日後、中
東の砂漠にある小さな町にたどり着いた。
 町は小さいが、人は多く集まっていた。それらの人を目当てにした露店も多く、町そ
のものが祭りの会場と化していた。派手に着飾っている人も多く、仮面をつけた影太郎
さえも町の景色に溶け込んでいる。
 この町は連合にもザフトにも属さない中立地帯だった。それに目をつけたジャンク屋
組合は町の人々と協力して、定期的に市(バザー)を開いていた。世界各地からジャン
ク屋達が集まり、それぞれが手に入れたジャンクパーツを取引している。
「色々売っているのね。艦で待っているラグナスを連れて来たら、売り物だと誤解され
たかもしれないわね」
 エレアの言うとおり、ジャンク屋達が開いている店には様々な品が売られていた。ま
ともな物から妖しげな物まで、見ているだけで楽しくなる品揃えだ。
 日が沈み、星が空に煌きだしても、町の賑わいは衰えなかった。照明代わりの篝火が
あちこちで上がり、人々は熱心に商売を続けている。
 ロウ達がこの町に来たのも、バザーに参加する為だった。宇宙やアフリカで入手した
大量のジャンクパーツを売り捌く。ロウ達のジャンク品は他のジャンク屋の物よりも格
安かつ上質な品だった為、次々と売れていった。開店からわずか三時間で完売。プロフ
ェッサーによると、ここ最近では一番の売り上げを記録したらしい。
「これだけあれば、あんた達の艦を買うには充分ね」
 プロフェッサーは影太郎を見て言った。影太郎は頭を下げて、
「ありがとう。でも、本当にいいのか? この金はジャンク屋であるあんた達の物なの
に、俺の都合で使っても…」
「気にすんなよ。俺達にはプロフェッサーの貯金があるしな」
 ロウがそう言うと、プロフェッサーは苦笑しながらも否定しなかった。どこで手に入
れたのかは知らないが、プロフェッサーの貯金の額は半端ではないらしい。噂では小国
家の年度予算にも匹敵するとか。
「それにこれは俺達の為でもあるんだ。お前らがジャンク屋の仕事を頑張ってくれれ
ば、俺達はギガフロートでの仕事に専念出来るからな」
 ロウ達はジャンク屋組合から二つの仕事の依頼を持ちかけられていた。一つは現在イ
ンド洋を航行している、マスドライバーを備えた人工島ギガフロートの建設作業への協
力。もう一つはヨーロッパ方面のジャンク屋達の手伝い。どちらか引き受けてほしいと
の事だったが、ロウは二つとも引き受けたのだ。
「デブリの処理を失敗した事で、組合の私達への評価はかなり落ちていますからね。そ
れを何とかしたいんですよ、ロウは」
 リーアムの説明を聞いた影太郎は、少し驚いた。
「意外だな。ロウはそんな事は気にしない奴だと思っていたんだが」
「デブリの件で組合に尋問された時、腕が悪いだの能無しだの、かなり侮辱されたよう
です。見返したいのかもしれませんよ」
 ロウは細かい事には拘らない性格だが、ジャンク屋としてのプライドは人一倍強い。
ジャンク屋として馬鹿にされれば黙ってはいられないだろう。
 相談した結果、一行は二手に別れる事にした。ロウと樹里、リーアムとプロフェッサ
ーはレセップスでギガフロートに行き、影太郎とレウと夏、そしてエレアとラグナスは
新しい艦を手に入れてヨーロッパに向かう事に決まった。
「いい機会だわ。あんたもそろそろ独り立ちしたら? 私達の後ろについていくばかり
じゃ、あんたの目指す道は歩けないと思うわよ」
 プロフェッサーにそう言われた影太郎は、素直に頷いた。ロウ達の事は好きだが、彼
らには彼らの道がある。その道が自分の行く道と重なった時は一緒に行けばいいし、そ
うでない時は自分の足で歩くべきだ。それでなくても影太郎には時間が無いのだから。
 別行動をするのはいいが、それにはレセップスのような艦が必要だ。艦を探していた
影太郎達は今日このバザーで、MSも運送できる飛行艇が売られると聞き、わざわざや
って来たのだ。
 ジャンク品を完売した事で資金は充分ある。影太郎達は町の中心部にあるバザーのメ
イン会場に向かった。
 メイン会場はその名に相応しく、ジャンク品とは思えないほど上質な物が売られてい
た。MSの武器や部品はどれも新品同様で、完璧にパーツが揃った機体も売られてい
る。どれも値段は高いが、見ただけでも素晴らしい品なのは分かる。
「凄いけど、どうやって仕入れているのかな? あのMSなんて正規軍の物だって言わ
れても信じるくらい綺麗だし」
 樹里は、夜の炎に浮かび上がる青いMSを見上げながら言った。彼女の言うとおり、
その青いMSは傷らしい傷はほとんど無く、新品同様だった。両肩に装備された大口径
のキャノン砲も美しい輝きを放っている。
「見た事が無い機体だな。8(ハチ)、お前のデータベースには登録されているか?」
【いや、ロウ、私のデータベースにはこの機体に関する情報は存在しない。だが、どう
やらシグーの改良型らしい。両肩のキャノン砲はビーム兵器のようだ】
「ビーム兵器ですか? でも、まだザフトではMSが携帯できるサイズのビーム兵器は
開発されていないはずですが……」
「リーアム、アストレイにもビームライフルやサーベルがあるんだ。地球軍が作ったの
なら、ザフトが作っていてもおかしくないだろ。バクゥにもビームサーベルをつけた奴
がいるし」
 ロウは夏の顔を見た。彼女が乗っているケンタウロスの下半身として使用されている
バクゥもビームサーベルを装備している。MSは日々改良され、新しい機体が作られて
いるのだ。
「どうやらザフトの試作機みたいね。でも、ホントにこんな物、どうやって手に入れた
のかしら。あら? あれは……」
 プロフェッサーは、青いMSの足元にいる若い男に注目した。砂漠の民の民族衣装に
身を包んでいるその男は、MSを買いに来た客と交渉していたが、値段が折り合わなか
ったらしく、客は去っていった。品物が売れなかったにも関わらず、男は明るい表情を
していたが、近づいてきたプロフェッサーに気付くと、男の顔は青く染まった。
「あ、あんたは! ど、どうしてこんな所にいるんだ、い、いや、いるんですか?」
「ジャンク屋の私がジャンク屋のバザーにいても不思議じゃないでしょ。ロイ君、あな
たの方こそこんな所で何をしているの? ザフトからジャンク屋に転職したのかし
ら?」
「し、しーっ! 静かにしてください! 俺がザフトのMSパイロットで、しかも『緑
の疾風』なんて呼ばれているエースだっていうのは内緒にしてくださいよ!」
「いや、あんた自分から喋ってるぞ」
 プロフェッサーの隣にやって来た影太郎に指摘され、ディス・ロイは更に顔を青くし
た。幸い、大声で話していなかったので、側に来ていたロウ達には聞かれていなかった
ようだ。ロイは一息ついて、
「もう、ホントに勘弁してくださいよ〜。借りた金なら利子をつけて必ず返しますから
〜」
 この一言で影太郎達は、ロイがプロフェッサーに頭が上がらない理由を察した。どう
いう経緯でプロフェッサーから金を借りる事になったのかは、あえて推測しなかった。
人には絶対に他人には知られたくない事もあるし、知ってはいけない事もあるのだ。
 『緑の疾風』ディス・ロイ。その名前なら影太郎達も聞いた事がある。プラント育ち
のナチュラルで、ナチュラルでありながらザフトに入り、努力を積み重ねてMSパイロ
ットになった男。ナチュラルからは裏切り者と呼ばれ、ザフトの仲間であるコーディネ
イターからも信用されていない、微妙な立場にいるエース。コーディネイターでありな
がら地球軍に組している『煌く凶星J』ことジャン・キャリーと立場が似ている事から
何かと比較され、今ではジャンと同じくらいの有名人だ。
 その有名人が、なぜこんなバザー会場にいるのだろうか? 影太郎が尋ねようとした
ら、
「ロイ、何をしているんですか。仕事をサボらないでください」
 と、キツい感じの声と共に、黒い長髪の美少女がやって来た。
「ああ、すいません、シホさん。すぐ仕事に戻りますから」
 黒髪の少女に謝るロイ。ロイは年下らしい少女を目上の人間のように扱っている。と
いう事は、
「ふーん、そっちの女の子もザフトの軍人さんなのか。それもエリートクラスの」
 影太郎の推理は当たっていた。シホという少女は驚いて、ロイに詰め寄る。
「あ、あなた、まさか私達の事を喋ったんじゃ…!」
「い、いいえ、そんな事は決して!」
 言い訳するロイを見て、イタズラ好きのエレアが微笑む。
「あら、嘘はいけないわよ、ディス・ロイさん。あなた、自分から『緑の疾風』だって
名乗ったじゃない。そしてプロフェッサーに声をかけて、あれやこれやそれやと言った
り、やっちゃったり」
「!」
 確かにそうなのだが、微妙な部分が違っている。特に後半部分は。しかし事実も混ざ
っているので否定出来ない。うろたえるロイに、
「……大事な任務中に何やっているんですか、このバカーーーーーッ!!」
 シホの怒りが爆発した。影太郎は仮面の奥で黙祷を捧げた。



 ロイを怒った後、シホ・ハーネンフースは影太郎達を青いMSの影に連れ込んだ。そ
して、プロフェッサーがロイの知り合いだと聞かされ、何とか納得してくれた。
「皆さんの事は分かりました。でもロイ、いくらアクシデントでも潜入調査中に民間人
に身分を知られるなんて、信じられないミスです。ジブラルタルに戻ったら上に報告し
ます。私も覚悟していますけど、あなたは私以上に覚悟しておいてください」
「そ、そんなあ……」
「シホさん、ちょっと待ってくれないかしら」
 ロイに助け舟を出したのはプロフェッサーだった。意外な救援に皆が驚く。
「今回の事はロイが悪いんじゃなくて、懐かしさのあまり彼に声をかけた私が悪いの。
だから彼を責めないで。もし彼がザフトをクビになったら、私への借金も返せなくなる
し」
 本音をサラリと言った後、プロフェッサーは青いMSを見上げる。シグーディープア
ームズ。地球軍より奪取したGAT−Xシリーズから入手した小型ビーム兵器のテクノ
ロジーを検証する為、試作型のビーム兵器を搭載した実験機。両肩には約10mの全長
を誇る大型ビーム砲を搭載し、左腰にはストライクとの交戦データを元に開発されたレ
ーザー重斬刀を装備している。
「これ、ザフトの実験機でしょう? こんな貴重な機体を売るなんて、ザフトはそんな
に財政難なのかしら?」
「売るつもりはありません。これは任務です。民間人の皆さんには関係ありませんの
で、どうかお引取りを」
「そうはいかないのよ。借金相手が失業のピンチだし」
 プロフェッサーはニッコリ笑って、シホの顔を見る。プロフェッサーの目は、面白い
話をせがむ子供のような目をしていた。こういう目をした彼女を誤魔化すのは不可能と
いってもいい。それでもシホは話を逸らそうとしたが、
「事情を話したら協力してくれますか?」
「ロイ!」
「シホさん、やっぱりこの任務は俺達だけじゃ無理ですよ。ジャンク屋やこのバザーの
事にも詳しそうなこの人達にも協力してもらいましょう」
「でも、これは私達の任務だし、上の許可も無く勝手に情報を漏らしたら……」
「今更、何を言ってるんですか。勝手な事ならもうやってるじゃないですか。責任は俺
が取りますよ。クビになるんだったら、最後にいい格好ぐらいさせてください」
 ロイは覚悟を決めたようだった。真剣な表情のロイを見たシホはついに折れ、
「分かりました。でも話は責任者である私がします。ジャンク屋の皆さん、私達に協力
してくれませんか?」
「話の内容にもよるわね。一体何があったの?」
 プロフェッサーに急かされたシホは、小声で話し始めた。
 十日ほど前、ザフトのジブラルタル基地に賊が潜入。バルトフェルドの専用機として
改造されたバクゥを盗み出したのだ。
「現場に残されていたという置き手紙や、犯行の手口から、レインボースターと名乗る
怪盗の仕業だという事が分かりました。ザフトのエースの機体が盗まれたとあっては恥
なので口外はされていません。皆さんもくれぐれも…って、どうかしましたか? 皆さ
ん、顔色が悪いようですが」
「い、いや、何でもない、気にしないでくれ」
 そう答えたロウだけでなく、影太郎達は全員気まずい空気に包まれた。レインボース
ターが盗んだバクゥは、現在、ロウ達の艦であるレセップスの中にある。「盗んでみた
けど、この機体は私の趣味に合わないわ。動かしにくいし、あんた達にあげる」という
手紙と共にレインボースターが置いていった機体を回収し、自分達が使えるようにした
のだが(レインボースターの小柄な体に合わせたのか、操縦席はかなり改良されてい
た)、
『あの女、またトラブルの種を持ち込みやがって。今度会ったら……』
 静かに怒る影太郎には気付かず、シホは話を続けた。本題はこれからだったのだ。
 バクゥが盗まれた翌日、またしても賊が潜入。昨日よりも厳重な警備体制を潜り抜
け、今度はシホ達のものとは別のシグーディープアームズを強奪し、西の方へ逃走し
た。
 一度ならず二度までも機体を盗まれるという大失態に、ジブラルタルの上層部は慌て
ふためいた。何としても盗まれた機体を、特に貴重なディープアームズは絶対に取り戻
すか、もしくは機密保持の為、破壊しなければならない。ジブラルタルの各部隊に秘密
裏に命令が下され、シホやロイが所属していた部隊も出撃した。
 上層部や他のザフト兵達は地球軍の仕業だと考えたが、シホはそうは思わなかった。
二度の事件共にジブラルタル基地の施設はほとんど破壊されなかったし、傷を負った
り、死んだ者もいない。地球軍がジブラルタル基地に潜入したのなら、基地は完膚なき
までに破壊され、多くの犠牲者が出たはずだ。それに最新鋭機を盗んだにしては地球軍
の動きは鈍く、ザフトに恥をかかせる機会なのにマスコミにも発表されていない。
 シホは二つの事件はレインボースターの仕業だと考えた。そしてロイと共に、二日目
に盗まれたディープアームズの後を追った。そしてついに、この町の近辺でディープア
ームズを見たという情報を手に入れたのだ。
 犯人はこの町にいる。しかし、ここまで来たら敵も迂闊には動かないだろう。そこで
シホは賭けに出た。自分のディープアームズをバザーに出品してオトリにし、敵を挑発
して誘い出す。自分が追う者がここにいると知った敵は、逃げ出すなり反撃してくるな
り、何らかのリアクションをしてくるはず。そこを狙おうというのだ。
「ふうん。いいアイデアだけど、危ない事をするわね。この町に逃げ込んだという事
は、ここは犯人のナワバリなんでしょ? そんな所で挑発するなんて、命知らずにも程
があるわよ」
 エレアの言うとおりだった。部隊長だけでなく、ジブラルタルの上層部もシホの作戦
を無謀だと反対し、せめて他の部隊が行くまで待つようにと命じたのだが、そこへバル
トフェルド専用バクゥの目撃情報が入った。行方の分からない機体より、確実に目撃さ
れた機体を取り戻そうと、上層部はシホ達の部隊以外の捜索隊を、バクゥが目撃された
北アフリカに向かわせてしまったのだ。
「上の連中は、バクゥを取り戻すまでこの町で待機していろって言ったんですけど、こ
のバザーを逃したら次は無い。バザーのドサクサに紛れて、町から逃げるかもしれませ
んからね」
 ロイの言うとおりだった。だからシホは賭けに出たのだ。部隊の隊長を説得し、全て
の責任は自分達が、いや自分が負うと言ってしまった。恐れをなした隊長は、ジブラル
タルに報告すると言って帰ってしまい、他の隊員もそれに従った。残ったのはシホとロ
イ、そしてシホが乗るディープアームズと、ロイのジンだけ。
「それでも私はやり遂げるわ。盗まれた機体を取り戻すか破壊する。それが私の任務だ
から」
 待機命令を出した上層部には逆らう事になる。それでもシホは止めなかった。人の物
を盗む盗賊を捕まえ、盗まれた物を取り戻す。それは絶対に間違ってはいないはずだ。
呆れるほど愚直な正義感だったが、そんなシホだからこそロイは共感したし、影太郎
も、
「分かった。俺達も協力しよう。MSを盗むような悪党は見逃せないし、俺達にも無関
係な話じゃないからな」
 と申し出たのだ。
 影太郎の言葉にロウ達も頷いた。レウ以外の全員、少し後ろめたい気持ちを隠して。



 夜の闇が町を包むと共に、バザーは佳境に入った。篝火は更に強く燃え上がり、店の
品は次々と売れ、町の各所では手品や大道芸などの見世物が行なわれていた。
 その中でも、町の中心部にあるメイン会場の熱気は凄まじいものだった。お宝と言っ
てもいい最高級のパーツを求めて集まった人々の前には巨大なステージが立っており、
ステージの上にはバザーの主催者が招待した特別ゲストがマイクを握っていた。
「みんな、来たぜーーーーーーーっ!! 佐々山一朗のスーパーデザートステージの幕
開けだ! デザートと言っても、フルコースのデザートじゃないぜ。砂漠って意味だ。
砂漠の夜は寒いけど、今日はそんな寒さを吹き飛ばす熱い歌を歌ってやるぜ! みんな
もノッてくれよーーーーーーっ!!」
「おおおおおおおおおおおーーーーーーっ!!」
 一般客だけでなく、プロのジャンク屋達も盛り上がっている。ステージに立つ男の放
つ熱は、彼の声を聞いた全ての人間の心を熱くし、魂を揺さぶる。
 佐々山一朗。自他共に認める、世界一熱い歌手。59歳の高齢にも拘らず世界中を飛
び回り、熱いヒーローソングを歌い続けている。世界各地に多くのファンを持ってお
り、彼のコンサートは常に熱く、激しいものになる。
「それじゃあ行くぜ! まずは最新のアルバムからこの曲だ。燃える拳と、俺やみんな
と同じ熱いハートを持った男の歌、『ヒートマックス・スーパーヒーロー』!」
 重厚な音楽が鳴り響いた後、佐々山の声が轟き渡る。若い頃から歌い続け、1000
曲以上の持ち歌を持つ男は、今日も熱い歌を歌うのであった。
 盛り上がる会場の片隅で、影太郎は静かに周囲を見回していた。ジブラルタル基地か
らディープアームズを盗んだ犯人がこの町にいるのなら、必ず仕掛けてくる。その時を
見逃してはならない。影太郎達は町の各所に散らばり、何か起こらないか見張ってい
た。
 佐々山の歌に興奮する人々を横目に見ながら、影太郎は辺りを見回る。黒い仮面をつ
けた少年が通り過ぎても、誰も彼に気が付かない。佐々山の歌のせいで、みんな興奮
し、我を忘れているのだ。
「ふう……」
 影太郎が静かにため息をつくと、
「へえ、君も僕と同じなんだね」
 突然、背後から声をかけられた。振り返るとそこには、影太郎と同じ年くらいの少年
がいた。短く黒い髪に、宝石のように美しいブルーの瞳。美しい少年だったが、少し危
うさを感じさせる。
「君、全然ノッてないね。分かるよ。この歌、つまらないんだろ?」
 少年は冷静だった。興奮した人々の中で、この少年と影太郎だけが冷静なままだっ
た。騒ぐ大人達と、極めてクールな顔をした子供達。何とも奇妙な光景だった。
「そうだよね。こんな歌、どこかいいんだろう? 僕には理解できないよ。こんな低俗
な歌を歌う奴も、こんな歌を喜んでいる人達も。君もそう思っているんだろう?」
 少年は、本当に退屈しているようだった。彼の青い目には輝きが無かった。興奮や感
動などとはまったく無縁の目。美しいけど、異質で不気味な目。
 少年の青い目は、影太郎をじっと見つめる。見られているだけで寒気を感じる目だっ
たが、影太郎は怯まなかった。仮面の奥から少年の目を見据えて、
「いや、そうでもない」
 と、はっきりと答えた。
「この歌手の歌は、俺は聞くのは初めてだ。けど…」
 影太郎は自分の頭を指差した。
「俺のここに、いや、心の中かな? とにかくそこにいる奴は、この佐々山って人の歌
を何度も聞いている。そのせいか、俺はこの人の歌は嫌いじゃない。懐かしくて新し
い、そして心の中から何かが沸き上がって来る気がする。ああ、いい歌だと思うぞ」
 アルベリッヒ・バーネットは佐々山一朗のファンだった。愛する娘と共に彼の歌を聞
き、娘もまた、佐々山のファンになった。親子で彼の歌を歌うのが楽しくて、嬉しかっ
た。その暖かな記憶が影太郎の中で甦っていた。アルベリッヒの好きな歌を、自分も好
きになる。少し悔しいけど、悪くない気分だ。
 微笑する影太郎に、青い目の少年は不快そうな表情を見せる。どうやら影太郎の答え
は、彼のお気に召さなかったようだ。
「とてもそうは見えなかったけど。周りの連中が騒いでいるのに、君だけは違うじゃな
いか」
「今は仕事中だからな。心の中では熱く燃えているのさ」
「仕事中? 何をしているのさ」
「内緒だ。ちょっとキツい仕事だが、知恵と勇気と根性を振り絞って頑張るつもりだ」
「知恵と勇気と根性? そんなものでどうにかなるの?」
「ああ。この三つがあれば、どんな困難も乗り越えられる。俺はそう信じている」
「ふーん……」
 そう言った後、少年は影太郎に背を向け、走り去ってしまった。
『機嫌を悪くしたようだな。悪い事をしちゃったかな?』
 そうは思ったが、今は大事な仕事の最中だ。影太郎は仮面の通信機で、他の場所にい
る仲間達に連絡を取る。
「…………どこも異常無し、か。これはハズレだったかな?」
 少し失望する影太郎。佐々山の熱い歌が聞こえてきた。熱血ソングを中心とした彼の
コンサートは順調に進んでいた。



 カテリーナ・フィオーレは息子を探していた。しかし、愛する息子は見つからなかっ
た。
 彼女は後悔していた。あの時、人ごみに紛れなければ。息子の手を離さなければ。
 彼女は恐怖していた。もし息子が見つからなかったら。もし息子が誰かの手に落ちて
いたら。
「そんな、そんな事になったら私は、私は……」
 最悪の事態を考え、顔面蒼白になるカテリーナの耳に、
「母様(かあさま)!」
 愛する息子の声が飛び込んできた。
 カテリーナは声のした方向を見る。彼女の青い瞳は、同じ色をした息子の瞳を見つけ
てくれた。息子はカテリーナの元に走ってきて、彼女の胸に飛び込む。
「ああ、マルコ! よくぞ無事で! 母さん、心配したのよ。もうどこにも行かない
で、ね?」
 息子を優しく抱きしめるカテリーナ。マルコ・フィオーレは大きくて暖かい母の胸の
中で、
「すいません、母様。これからは僕は母様とずっと一緒にいます。ずーーーーっと、一
緒に」
「ああ、もう、マルコったら、本当に可愛い! 母さん、嬉しいわ!」
「母様……」
 美しい親子の抱擁。二人の周りにいるバザーの客達も、少し呆れながらも微笑を浮か
べていた。しかし、この親子が小声で話している事には誰も気付いていなかった。
「母様、僕、さっき、凄く嫌な人に会ったんです。僕と同じ年の子供なんだけど、黒い
仮面をつけた変な奴」
「そう。あなたをそんな気持ちにさせるなんて、悪い人だったのね」
「僕、あいつ嫌いです。許せません」
「まあ、マルコを怒らせるなんて、なんて悪い人なんでしょう。マルコ、あなたはフィ
オーレ家の次期当主。大総裁メレア・アルストル様の剣となり、盾となる為に生きるべ
き人。そのあなたを侮辱したという事は、主であるメレア様を侮辱したという事。それ
は決して許される事ではないのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。だから罰を与えましょう。あなたを不快にさせたその子供に、そし
て、私達親子を引き離したこの町にも罰を!」
 カテリーナは懐から小さな機械を取り出し、そのスイッチを押した。



 夏はプロフェッサーと共に行動していたのだが、突然彼女はいなくなってしまった。
どうしたものかと困ったいたら、プロフェッサーはひょっこり戻ってきた。
「プロフェッサー殿、どこへ行っていたのでござるか? 心配したのでござるよ」
「ごめんなさい。ちょっと買い物をしてたのよ」
「買い物なら、シホ殿の手伝いが済んでからでも良いではござらぬか」
「だから予約だけでもと思ったんだけど、一足遅かったわ。予想以上に高かったのに、
誰が買ったのかしら?」
 プロフェッサーが首を傾げたその時、遠くで炎と爆音が上がった。
「今のは!?」
「来たみたいね」
 プロフェッサーの言うとおりだった。町の中で立ち上がる黒煙の向こうに、青い影が
そびえ立っている。シホの乗機と同じ、シグーディープアームズだ。
 ディープアームズの手には通常タイプのシグーが使用する重突撃機銃が握られてい
る。ディープアームズはその銃口を真下にいる人々に向ける。放たれる銃弾。逃げ惑う
人々。壊される家屋。たった一機のMSの為に町は地獄と化した。
「やりたい放題ね。と、のんびり見ている場合じゃないわ。夏!」
 とプロフェッサーが指示する前に、彼女は既に行動していた。脇目も振らずに走り、
レセップスに到着。ケンタウロスで出撃する。
「MSを盗んだだけではなく、町まで壊すとは許せんでござる。宮城夏、ケンタウロ
ス、出陣するでござる!」
 ケンタウロスに続き、ロウのレッドフレームと、リーアムのワークスジンも発進し
た。そしてロイのジンと、シホのディープアームズも合流。五機のMSは、破壊活動を
続ける敵のディープアームズを取り囲んだ。
 敵のディープアームズの足元には、燃え盛る家と、黒焦げになった人間の死体が積み
重なっていた。その惨状を見たロウは、激しい怒りを感じた。
「……シホさん、あんたは今度の事件はレインボースターの仕業だって言ってたけど、
それは違うみたいだぜ。あの女は性格は悪いが、こんな事をする奴じゃない」
「そうでござるな。レインボースター殿は泥棒ではござるが、無闇に人を殺すような人
物ではござらん。このような事をする悪魔では、決して!」
 夏のケンタウロスが、敵ディープアームズに切りかかる。下半身のバクゥ部分のビー
ムサーベルと、上半身のジンの手に握られた小太刀《タイガー・ピアス》による連続斬
りだ。ディープアームズは銃弾を放つが、ケンタウロスは《タイガー・ピアス》で防
御。そのままディープアームズの懐に飛び込もうとする。
 しかし、ディープアームズの反応も早かった。ケンタロウスがビームサーベルの攻撃
範囲に入るギリギリのところで後方に飛び退く。両肩のビーム砲には既にエネルギーが
チャージされており、ケンタウロスを照準に捉える。
「夏さん、避けてください!」
 シホは夏に指示すると同時に、自分のディープアームズのビーム砲を敵に向ける。二
機のディープアームズのビーム砲からビームが放たれたのはほぼ同時。衝突したビーム
は閃光となり、激しい衝撃を町に与えた。MS達も後ろに下がらせられる。
「くっ、やっぱり威力は互角ね……」
 分かりきった事ではあるが、シホは嬉しくなかった。敵ディープアームズのパイロッ
トは、取り扱いが難しいビーム砲を使いこなしており、狙いも正確だった。機体の性能
だけでなく、パイロットの腕も互角。
 更に、レセップスに戻った樹里とエレアから悪い知らせが伝えられてきた。この町
に、所属不明のMSが接近している。バクゥタイプで数は五。このタイミングで来たと
いう事は、敵の援軍だろう。町ごと包囲されたら逃げ場は無い。
「ここは俺に任せろ。お前達はバクゥを何とかしてくれ」
 ロウが指示する。ザフトの軍人であるシホとロイに、民間人であるロウが指示をし
た。シホにはあまり愉快な事ではないが、今は考えている時間さえ惜しい。
「分かりました。ですがロウさん、気を付けてください。敵はかなりの腕です」
「ああ、分かっているさ。けど、だからこそ退けないんだよ」
 ロウの言葉に、夏もロイもリーアムも頷く。ジャンク屋の祭典であるバザーを滅茶苦
茶にし、多くの人を殺したこの敵だけは許せない。
「ジャンク屋の誇りにかけて、必ず倒す! 行くぜ!」
 愛刀《ガーベラ・ストレート》を抜いたレッドフレームは、ディープアームズにその
刃先を向ける。



 ディープアームズの襲撃で、町は大混乱に陥った。影太郎も、レセップスに戻ろうと
したのだが逃げ惑う人々の群れに巻き込まれてしまい、自分がどこにいるのか分からな
くなってしまった。
「完全に迷ったか……。このままじゃマズいな」
 影太郎は仮面のナビゲーションシステムを起動させた。しかし小型ディスプレイには
画像が映らない。
「Nジャマーの影響か? それとも壊れたのか? クソッ!」
 どうしたものかと迷っている影太郎の耳に、あの熱い声が飛び込んできた。
「俺の事はいい、お前達だけでも逃げるんだ!」
「何言ってるんだよ、爺ちゃん!」
「お爺ちゃんこそ早く逃げて!」
「爺ちゃんの歌は俺達の目標、世界の希望だ。こんなところで失う訳にはいかないんだ
よ!」
「ああ。爺さんを見捨てて逃げたら、爺さんのファンに殺されるぜ。いや、俺達自身が
自分を許せない」
「ヒロノブ、ミツコ、マサト、イサオ……。ふっ、どいつもこいつも、さすが俺の孫だ
な。分かった、佐々山ファミリーは生きるも死ぬも一緒だ!」
 抱き合う五人の家族。地獄のような世界の中で、互いを思い合う彼らの姿は美しかっ
た。が、
「盛り上がっているところ悪いけど、勝手に死なれちゃ困るんだよ」
 影太郎、あえて場の空気を無視して乱入する。
「む? 坊や、ここは危ない。早く逃げなさい」
「ああ、逃げるさ。けど、あんた達も一緒に逃げるんだよ。俺はラクス・クラインの歌
も好きだが、あんたの歌も同じくらい好きだからな。あんたも、あんたの孫達も死なせ
たくないんだよ」
「ラクス・クラインか。彼女はいい歌手だ。いつかデュエットをしたいものだな」
「それは俺も見たいな。その夢を叶える為にも、こんな所で死んじゃ駄目だろ」
「そうだな。だが、すっかり炎に囲まれてしまった。どこへ逃げれば……」
「大丈夫だ」
 影太郎は心を落ち着け、耳を澄ませる。炎が物を燃やす音、無慈悲な爆音、人々の悲
鳴。それらの哀しい音に混じって、希望へと導く音が聞こえる。
「……ン! ワン、ワンワン!」
 はぐれた愛犬レウの吠声。強い意志と勇気を感じさせる声。レウは助けを求めて吠え
ているのではない。影太郎を導こうとしているのだ。
「まったく、頼りになる奴だよ、お前は」
 帰ったら最高のドッグフードを買ってやろう。レウへの褒め言葉を考えつつ、影太郎
は佐々山達に、
「あんた達、俺について来い。脱出だ!」
 と、大声で命じた。自分の孫、いや曾孫ほどの年齢の子供に命令されたのに、佐々山
達は素直に従った。五人の大人を引き連れて、影太郎は突き進む。炎も爆発も、今の彼
らは止められない。
「坊や、君の名前は?」
 佐々山が訊いてきた。
「影太郎。宇流影太郎だ」
「ほう、私と同じ地域の名前だね。そこの出身なのかね?」
「いや。これは色々あって、自分で付けた名前だ。あんたにちょっと憧れていた大人を
知っている。そいつのせいかもな」
 影太郎はその男の事を思い出して、微笑んだ。あんなに嫌いだった男の顔が、今では
妙に懐かしかった。



 影太郎達が炎の中をひた走っている頃、夏とシホ、リーアムとロイは五機のバクゥを
迎え撃っていた。
「ディープアームズだけでなくバクゥまで……。誰が乗っているのかは知らないけど、
味方のMSと戦う事になるなんて……」
 苦悩するシホ。気持ちは分かるが、迷っている暇は無い。五機のバクゥは一斉に襲い
掛かってきた。
「そう簡単には、やられないでごさるよ!」
 夏は怯まなかった。ケンタウロスを操縦している事もあり、四足歩行MSの動きにも
慣れてきている。恐れず、慌てず、バクゥの攻撃をかわしつつ接近して、《タイガー・
ピアス》でその首を切り落とす。尚も向かってくる敵は胴体を両断し、完全に停止させ
る。
「拙者はヴェイア殿やイライジャ殿に代わって、影太郎殿を守るのでござる。こんな所
で負ける訳にはいかないのでござるよ!」
 散っていった仲間や愛する人の思いを受け継ごうとする今の夏は、強い。ザフトのエ
ースであるロイも唸るほどの強さだった。
「凄いな。ジャンク屋にしておくには勿体無い腕だ」
 ロイの発言を、リーアムが訂正する。
「いいえ、夏さんはジャンク屋ではありません。彼女はサムライです」
「サムライ? 確か、東洋の剣士だったな」
「ええ。強く、気高く、他人の命を守る為に剣を振るう者。彼女はそれを目指している
んですよ」
 それは理想の戦士であり、戦う者の究極の姿。誰もが一度は目指し、そして挫折する
道。シホもロイもそういう戦士になろうとしたが、なれなかった。夏もいずれは諦める
のだろうか?
「……そうなってほしくはないね。何となくだけど!」
 ロイのジンの銃が、敵バクゥの頭部を撃ち抜く。正確な射撃だった。『緑の疾風』の
異名は伊達ではない。
 リーアムのワークスジンも銃で援護する。リーアムも戦い慣れてきたのか、バクゥの
射撃を上手く避けている。そして射撃を外したバクゥに、シホのディープアームズのビ
ーム砲が命中。また一機撃墜した。
「さすがですね、シホさん」
「ありがとう。でもこの武器は連射性能が低くて、数は撃てないわ。油断しないで」
 敵のバクゥは残り二機。シホの忠告どおり、夏達は油断せず戦い、ケンタウロスの小
太刀とディープアームズのビーム砲で勝負を決めた。



 一方、町中でのレッドフレームと敵ディープアームズとの戦いも終わろうとしてい
た。
 敵のディープアームズはシホ機と違って、休む間もなくビームを撃ち込んでくる。し
かし、軽快な動きをするレッドフレームには当たらない。
「8(ハチ)、お前の予測、かなりいい線いってるぜ」
【奴の攻撃は正確すぎて読みやすい。機械のような攻撃パターンだ】
 機械と機械なら、性能の高い方が勝つ。そして8(ハチ)にはロウという最高のパー
トナーがついているのだ。負けるはずが無い。
 ディープアームズの動きが鈍くなっている。ビームを撃ち過ぎたせいで機体のエネル
ギーが尽きてきたのか。
【今だ、ロウ】
「言われなくても!」
 レッドフレームは《ガーベラ・ストレート》を振りかざし、ディープアームズに切り
かかる。ディープアームズは最後のビームを放つが、
【威力が落ちている。これなら】
「ああ、かわすまでもないぜ!」
 レッドフレームはビームに向かって《ガーベラ・ストレート》の刃を構えた。そして
閃光の如き一閃、その鋭くも頑強な刃でビームを切り裂いてしまった。
 ディープアームズからの追撃は無かった。ロウはそのままレッドフレームを走らせ、
ディープアームズの頭部と両腕を切り落とした。
「ふう、終わったな」
【いや、まだだ。あそこに逃げ遅れた人達がいるぞ】
 8(ハチ)がそう告げると、レッドフレームのモニターに幾人かの人影が映った。炎
の間を潜り抜けて、顔を黒くした連中が姿を見せる。その先頭にいるのは一匹の犬と、
黒い仮面をつけた一人の少年。
「レウ、影太郎!」
 ロウはレッドフレームでその場に駆けつける。そして炎に砂を被せ、周囲の火を消し
た。火が消えた事を確認すると、ロウは一目散にレッドフレームから降りてきた。
「影太郎、レウも大丈夫なのか?」
「ああ。俺一人なら危なかったけど、レウがいたからな。こいつは俺の命の恩人、いや
恩犬だよ」
「ワン!」
 嬉しそうに吠えるレウ。白い体は灰を被り、黒く汚れていたが、普段より美しく見え
た。
「ん? 影太郎、そっちの人達は?」
「佐々山一朗とそのお孫さん達だ」
「えっ、この人があの佐々山一朗!?、うわ、俺、どうしよう」
 どうやらロウも佐々山のファンだったようだ。喜びと驚きで戸惑っている。
『こいつもかよ。ん? そういえばロウって、少しあいつに似ているような気が……し
ないでもないような、やっぱり似ていないような、うーん』
 少し複雑な気持ちになる影太郎。喜ぶべきなのか、驚くべきなのか、戸惑うべきなの
か。



 戦いが終わった後、ロウ達はMSを使って消火活動を行なった。火は消し止められ、
死傷者は少なくなかったが、生き残った人達は早くも町の復興作業に取り組んでいた。
砂漠の人々は逞しいのだ。
 ロウとシホ達は、犯人の正体を知る為にディープアームズやバクゥの操縦席を調べ
た。だが驚いた事に、六機の敵MSには誰も乗っていなかった。操縦席には見慣れぬ機
械が詰まっており、人の入る隙間は無かった。いずれの機体も完全な無人機だったの
だ。
 しかも操縦席の機械は、どれも内側から爆発しており、ただの鉄屑と化していた。こ
れでは犯人の正体は掴めない。しかし、影太郎は感じていた。自分がロウ達と出会って
以来、自分達を襲ってきた謎の勢力。ザフトでも地球軍でもブルーコスモスでもない、
誰にも知られる事無く、だが確かに存在する組織。連中の仕業だろうか?
「だとしたら、奴らは俺の敵だ。いや、俺だけじゃない。この世界に生きる全ての人間
にとっての敵。そんな気がする」
 影太郎のその考えを、ロウもシホもロイも黙って聞いていた。しかし、それぞれの胸
には何か思う事があるようだった。



「宇流影太郎。俺は君に感動したよ」
 レセップスで休んでいた影太郎達の元に、五人の客が訪れた。佐々山一朗と、その四
人の孫達だ。佐々山は影太郎の顔を見るなりこう言って、彼の手を握り締めた。
「あの灼熱地獄のような状況で、大の大人である俺達でさえどうする事も出来なかった
のに、君は最後まで希望を失わず、自分だけでなく私達まで助け出してくれた。その勇
気と優しさ、そして強い心、本当に素晴らしい!」
「い、いや、俺は助けたかったから助けただけだし、脱出できたのはレウのおかげ…」
 謙遜する影太郎だが、佐々山は聞いてくれなかった。
「久しぶりに心が震えたよ。本物の炎よりも熱く、そして激しく燃える、スーパーバー
ニングだけどクールな魂(ソウル)! 君はそれを持っている。素晴らしい、本当に素
晴らしいよ。君のような若者がいてくれた事は嬉しい。ありがとう、本当にありがと
う!」
「あ、いや、あの、その……」
 影太郎は他のメンバーに助けを求めるが、ロウは羨ましそうな目で見るだけ。リーア
ムはニコニコ、プロフェッサーとエレアはニヤニヤ笑っており、樹里はレウを抱いて他
人の振り。夏はMSの点検に行ってしまったし、ラグナスは来客を警戒して隠れてい
る。佐々山の四人の孫は「諦めてください」と目で言っている。駄目だ、救助は期待で
きない。
 それから一時間ほど語った後、佐々山は影太郎を外に連れ出した。
「私達と町を救ってくれた君にプレゼントを贈ろう。さあ、受け取ってくれたまえ!」
 佐々山が持ってきたのは、巨大な飛行艇だった。それはロウ達が別行動をとる影太郎
達の為にプロフェッサーが買おうとしたのだが、既に売り切れていた。
「結構な値段だったから、どこのお金持ちが買ったのかと思っていたけど、あなた達だ
ったのね」
「ああ。世界ツアーの母艦として使おうと思ってな。だが、これは影太郎君、命の恩人
である君に上げよう。受け取ってくれるかな?」
「あ、ああ、いや、いいのか? こんな高価な物を貰っても……」
「構わないさ。だが、一つだけ私の願いを聞いてくれ」
 佐々山は今までよりも真剣な顔をして、影太郎に言う。
「私は戦いは否定しない。そういう歌も歌っているからな。だが、戦う力を持たない弱
い人達を傷付け、苦しめるような事はしないでくれ。君達の力を、出来る限り正しい事
の為に使ってくれ。それが私の願いだ」
 それは戦乱に喘ぐ今の世界では、とても難しい願いだった。正しい事とは何なのかは
人それぞれだ。時には自分よりも弱い者に拳を向けなければならない時も来るかもしれ
ない。それは影太郎も知っている。彼の中には正義を貫こうとして、非道に手を染めた
男の記憶があるのだから。しかし、
「ああ、分かった。約束するよ。あんたの願いは聞き届ける。俺の知恵と勇気と根性を
使い果たしてでも、必ず」
 影太郎は佐々山に約束した。いや、佐々山だけではない。彼の仲間達に、そして自分
自身にも約束したのだ。それが彼の選んだ道だった。
「ありがとう」
 佐々山の返事はその一言だけだった。それで充分だった。
「ところでこの飛行艇、名前は何て言うんだ?」
「名前はマチルダ。どこかの国が作った物で、つい最近、地球軍とザフトの戦闘に巻き
込まれてこの町から少し離れた場所に落ちたそうだ。パーツがほとんど無いから修復に
は苦労したらしくて、かなり金を取られたけど、ま、気にするな」
「ふーん。乗っていた奴らは無事だったのかな……」
 こうして砂の中に埋もれていた飛行艇は、再び大空を飛ぶ事になった。以前乗ってい
た少女と数奇な運命で結ばれている少年と、その仲間達を乗せて。



 バザーの町から遠く離れた場所に一台のキャンピングカーが止められていた。車の中
は豪邸のような部屋になっており、カテリーナとマルコの親子がくつろいでいた。
 親子の前には巨大なモニターが置かれており、モニターには昨夜のレッドフレームと
シグーディープアームズの戦いの映像が映し出されていた。ディープアームズが敗北す
るシーンを見た マルコは悔しそうに、
「失敗しましたね。ザフトの試作機、もう少し使えると思ったんですけどね」
「所詮はザフト製よ。ビーム兵器の小型化さえ出来ない連中が作ったMSなんて、ジャ
ンク以下だわ。本当なら私が作ったMSを使いたかったんだけど、メレア様から今は派
手に動いたら駄目だって言われているのよ。残念だわ」
 映像が切り替わる。シホや夏達とバクゥ部隊の戦いが映し出された。
「でも無人MSのデータは取れたわ。アルゴス・アイはいい映像を送ってくれるように
なったし、新兵器の開発も順調に進んでいる。メレア様の理想、静かなる福音がこの世
界を満たす日は遠くないわよ」
「そうですね、母様。その時が来たら僕も戦います。僕はその為に生きているんですよ
ね?」
「そうよ、マルコ。フィオーレ家は組織の剣であり、盾でもある。その当主である貴方
も剣に、盾になるのよ。それが貴方の生きる道。私と共に生きる道なのよ。ああ、私の
マルコ……」
 息子を抱きしめるカテリーナ。母の腕の中でマルコは、モニターの新たな映像を睨ん
でいた。炎の中から佐々山達と共に脱出する黒い仮面をつけた少年。名前は宇流影太
郎。自分と似ているようで違うこの男、気に入らない。いつか必ず、僕の手で倒す。必
ず。

(2007・7/21掲載)
次章へ

鏡伝アストレイ目次へ戻る