第11章
 ジブラルタルに煌く星

 騒がしすぎるくらいに騒がしかったバザーの後、影太郎はロウ達と別れ、飛行艇マチ
ルダに乗って飛び立った。
 影太郎について来たのは宮城夏とエレア・クーウェル、そしてラグナス・バモラスと
レウの四人と一匹。MSは夏のケンタウロスと、バザーで買った中古のディンが一機。
これにはエレアが乗る予定だったのだが、
「エレアさんを戦わせるわけにはいきません! 俺がやります」
 とラグナスが申し出たので、やらせてあげる事にした。ディンの操縦席を改装して、
ラグナスの巨体が入れるようにした。かなり窮屈だが、ラグナスは満足していた。
「これで俺もみんなの役に立てます。留守番ばかりじゃ体が鈍っちゃいますからね」
「ラグナスの場合は『体が錆びる』じゃないの? はあ、今度はアタシが留守番役か。
退屈だわ」
「ため息をつくなよ、エレア。ベルリンの仕事で金が入ったら、新しいMSを買ってや
るから」
「本当? 当てにしてるわよ、影太郎君」
 影太郎達を乗せたマチルダは地中海の空を横断し、イベリア半島を経由してベルリン
へと向かっていた。ヨーロッパ屈指の大都市であるこの町では、最近ザフトと地球軍の
戦闘が頻繁に行なわれており、ジャンクと化した兵器が山のように積まれている。その
引き取りを依頼されたジャンク屋組合はプロフェッサーにこの仕事を頼み、プロフェッ
サーは影太郎達に任せたのだ。
「それにしても退屈だわ。何か事件でも起きないかしら」
 全員が集まったマチルダの広い操縦室で、エレアがため息をついた。
「エレア殿、不謹慎でござるよ。平和が一番ではござらぬか」
「ワン!」
 夏の意見に、レウが賛成するように吠えた。しかし、
「それはそうだけど、退屈なものは退屈なのよ。ねえ影太郎君、何か面白い話をしてく
れないかしら?」
 影太郎は愛用の黒い仮面を外し、仮面の中の機械の調整をしていた。その手を止めず
に、
「悪いが、あんたが気に入りそうな話は無い。忙しいから邪魔しないでくれ」
「ダメねえ。話題性の無い男は女の子に嫌われるわよ。夏ちゃん、退屈しのぎに夏ちゃ
んのコイバナでも聞かせてくれない?」
「コイバナ?」
「恋の話よ。略してコイバナ。夏ちゃんとイライジャ君との馴れ初めとか聞きたいわ
ね」
「な、なななななな何を言っているのでござるか! 拙者とイライジャ殿はそういう関
係ではないと言っているではござらぬか!」
「説得力ゼロよ。さあさあ、今日こそ聞かせてもらうわよ。夏ちゃんのコイバナとか秘
密の話を洗いざらいね」
「エ、エレア殿、目が怖いでござるよ。影太郎殿、ラグナス殿、助けてくだされ!」
 思わぬ危機に助けを求める夏だったが、
「ラグナス、お前のディンなんだけど、もう少し重量を軽く出来るかもしれないぞ。や
ってみるか?」
「それは助かる。俺は人間より重いから、これで帳尻が合わせられるな」
「無視しないでくだされ! 助けてくれでござる!」
「……悪い、夏。今のエレアのような目をした女とは関わるな、と俺の中のアルベリッ
ヒが警告しているんだ。触らぬ神に祟りなし」
「俺はエレアさんには逆らえません。すいませんねえ」
「二人とも、声が笑っているでござる! 楽しむつもりでござるな? 拙者の窮地を楽
しむつもりでござるな!」
「いや、ぶっちゃけ俺も聞きたいし。夏は俺と会う前からイライジャの事が好きだった
みたいだからな」
「そうなんですか? 面白そうな話ですね。ぜひ聞かせてください」
「ワンワン!」
「レウも聞きたいそうだ。さあ、話してもらうぞ、夏」
「最悪でござる。こっちのパーティーについて来たのは大失敗だったでござる……」
 夏以外の面々が平和な空気に包まれていると、突然警報音が鳴り響いた。レーダーを
見ると地上に所属不明のMSの反応があった。目視出来る距離まで近づくと、六機のジ
ンが見えた。いずれも銃を持っており、きな臭い空気を漂わせている。
「ザフトの部隊みたいね。こっちを攻撃するつもりかしら?」
「いや、それは無いだろう。ジャンク屋組合に所属している艦を攻撃したら国際問題に
なる」
 ジャンク屋組合に所属しているジャンク屋は国際法によってその身分と中立性を保証
されており、いかなる者も攻撃出来ず、どんな国も入国を拒む事は出来ない。その代わ
り、ジャンク屋の方から正規軍に攻撃を仕掛けたり、組合以外の勢力に加担する事も
(自衛手段以外では)認められていないが、こちらから何もしなければ危害を加えられ
る事は無い。
「……はずなんだが、様子がおかしいな」
 六機のジンの中に、白く塗られて一際目立つジンがいた。白いジンは仲間であるはず
の五機のジンに取り囲まれており、攻撃されている。
「ジンがジンを攻撃しているわね。仲間割れかしら?」
「だとしたら俺達には関係の無い話だ。ジャンク屋組合の規則も考えると、ここは見て
見ぬ振りをすべきだが……」
 そうもいかないようだ。白いジンを攻撃していた連中は、接近してくるマチルダに気
付いた。機体に描かれたジャンク屋組合のマークも見えているはずなのに、銃やバズー
カを向けてきた。
「こちらを攻撃するつもりらしいな。どうやら俺たちは見ちゃダメなものを見てしまっ
たようだ」
「どうするでござるか?」
 影太郎は何も言わずに黒い仮面をつけた。言うまでもない、という事である。
「分かった。ラグナス殿、行くでござるよ」
「おお!」
 夏とラグナスは駆け足で走り、それぞれのMSに乗り込んだ。操縦室に残った影太郎
とエレアはマチルダを操り、ジン部隊の攻撃をかわしながら、マチルダの船体に取り付
けられた大型コンテナの扉を開く。
「宮城夏、ケンタウロス、出るでござる!」
「ラグナス・バモラス、ディン、発進するぜ!」
 ジンの上半身ととバクゥの下半身を持つ改造MSケンタロウスが地に降り、ラグナス
のディンが空を飛ぶ。まさか反撃してくるとは思っていなかったのか、敵のジン部隊は
激しく動揺し、銃を乱射するが、
「そんな攻撃、当たらぬでござる!」
 多くの実戦を経験し、腕を上げていた夏はケンタウロスを巧みに操り、全ての弾をか
わした。そしてジンの懐に飛び込み、小太刀《タイガー・ピアス》の刃で胴体を両断す
る。
 ラグナスのディンは空から射撃を行い、夏を援護する。
「エレアさんを守る為、そして仲間達を守る為、俺も戦うぞ!」
 初めての出撃にもかかわらず、ラグナスの戦いぶりは見事なものだった。その射撃は
機械のように正確で、敵機の手足を撃ち抜いて動きを鈍らせる。そこに夏のケンタウロ
スが接近して《タイガー・ピアス》で切り裂く。この繰り返しで五機のジンを全て倒し
た。
 残った白いジンは、こちらと戦うつもりは無いらしく、銃口を降ろしていた。マチル
ダの影太郎は白いジンに通信を繋ぐ。
「俺達はジャンク屋組合に所属している者だ。チーム名はシャドウ・セイバーズ。ピン
チみたいだったから助けたが、あんたはザフトの脱走兵か?」
 この通信への返事は少し遅れてきた。落ち着いた感のする男の声だった。
「私は地球連合軍少尉、ジャン・キャリーだ。君達の勇敢な行動には感謝する。だが…
…」
「ふん。スクラップを漁るハイエナどもが、余計な事をしてくれたな」
 ジャンが何か言おうとしたその時、新たな通信が割り込んできた。ジャンより若い男
だが、ジャンより不敵で不愉快な感じのする声だった。
「こちらは地球連合軍のアレックス・サンダルフォン大佐だ。ジャンク屋ども、貴様ら
は我々の作戦の邪魔をした。こちらの陣地に来てもらうぞ。拒否すれば組合の方に直接
抗議するが、それでもいいのか? そうなれば色々と困った事になると思うが」
 有無を言わせぬ強気な口調だった。無駄な抵抗や拒絶はするな、逆らう事は絶対に許
さない、そう言っているように聞こえたし、そのつもりだろう。サンダルフォンという
男、どうやら影太郎の嫌いなタイプの人間のようだ。



 ジブラルタル。イベリア半島の南端に位置するこの町は大西洋と地中海を繋ぐジブラ
ルタル海峡の玄関口である。その為、古くから交通の要衝として栄えてきた一方、この
町を手に入れようとする諸勢力による戦乱の舞台となってきた。
 コズミック・イラという新たな時代になっても、この地の歴史は変わらなかった。コ
ズミック・イラ70年の5月25日、第一次カサブランカ沖海戦でユーラシア連邦の艦
隊を破ったザフトは、この地に広大なジブラルタル基地を建設。以後、この基地はヨー
ロッパ・アフリカ方面のザフトを支える軍事拠点として守り抜かれていた。
 地球軍も度々ジブラルタル奪還作戦を行なってきたが、戦車や戦闘機ではMSを中心
としたザフトの防衛線を崩す事は出来なかった。影太郎達がこの地に来る一ヶ月前にも
大規模な戦闘が行なわれたが、結果は地球軍の完敗。地球軍はジブラルタル近辺に配属
させていた部隊を全て撤退させ、ジブラルタル攻略を諦めたのだと思われた。
 だが、それは見せかけだった。ジブラルタル基地から北に五十キロほど行った地に、
戦争に巻き込まれて廃墟と化した町がある。地球軍は先の戦闘の陰で、この町の地下深
くに基地を築いていたのだ。
 ジャン・キャリーを助けた影太郎達は、ジャンと共にこの基地にやって来た。もちろ
ん友好の為ではなく、仕事の為でもない。作戦を妨害されたと怒っているこの基地の司
令官に呼び出されたからだ。
 影太郎が操縦するマチルダは、町の奥にある森に隠されていた入口から地下に降下し
て、地下基地の中に入った。地下の中は思ったよりも広く、マチルダの巨体も天井ギリ
ギリではあるが飛ぶ事が出来た。
 薄暗い地底の空を、マチルダは飛行した。そして戦闘機の発着場らしき場所に降り
た。
 見つかったら騒ぎになりそうなラグナスをジャンクパーツの山の中に隠して、影太郎
と夏、エレアとレウの三人と一匹はマチルダから降りた。その途端、影太郎達は十数人
の兵士達に取り囲まれた。司令官に呼ばれたのだ、とジャンが取り成してくれなかった
ら、その場で射殺されていたかもしれない。
「部下に私達の事を連絡してなかったみたいね。伝達ミス、それともワザとかしら?」
 エレアは後者だと思っているようだった。影太郎も、テントで待っていたこの基地の
司令官であるサンダルフォンの顔を見た瞬間、エレアと同じ考えになった。サディステ
ィックな笑みを浮かべる金髪のこの男こそアレックス・サンダルフォンだ。銀色に塗ら
れた戦闘機を駆る事から『銀狼』と呼ばれている、地球軍のエースパイロットの一人。
大佐という重職にありながら前線で指揮し、時には自ら出撃するという勇ましい変わり
者。
「ようこそ、ジャンク屋ども。一般人がこの基地に入ったのは初めてだ。歓迎するぞ」
 サンダルフォンは頬杖をついたまま、影太郎達を見回す。そして黒い仮面をつけた影
太郎を見て、
「小僧、その仮面を外せ。不愉快だ。殺すぞ」
 有無を言わせぬ口調だった。予想どおり、いや予想以上に影太郎とは合わない人物だ
った。
 影太郎は黙って仮面を外した。しかし、この男に素直に従うつもりではなく、怒りと
苛立ちを込めた目でサンダルフォンを睨む。サンダルフォンはまったく怯まず、
「生意気な小僧だ。チーム名はシャドウ・セイバーズか。聞かない名前だな。モグリの
ジャンク屋か?」
「モグリじゃない。ついこの前、結成したばかりだが、組合には正式に登録されてい
る」
「ほう。それにしても、随分と子供っぽいチーム名だな。貴様がつけたのか? なるほ
ど、子供らしい、単純で頭の悪い名前だな」
 皮肉を言うサンダルフォン。影太郎は面白くなかった。シャドウ・セイバーズという
名前は影太郎の新たな友人が付けてくれたもので、とても気に入っていたからだ。
「大きなお世話だ。あとその名前を侮辱するな。殺すぞ」
 先程のサンダルフォンと同じ『殺すぞ』という発言。だが、言葉に込められた殺気と
本気は全然違う。影太郎の方が強く、そして恐ろしい。
 空気が凍りついた。サンダルフォンは戦慄を感じながらも不機嫌になり、影太郎もじ
っとサンダルフォンを睨み付ける。
 夏とエレアは、影太郎の好きにさせていた。彼女達が止めても影太郎は止まらないだ
ろう。エレアは半ば諦めており、夏は、いざという時は身を挺しても影太郎を守るつも
りで身構えている。
「ウ〜〜〜〜……」
 影太郎の足元ではレウが唸り声を挙げている。どうやらサンダルフォンは犬からも好
かれない人間らしい。
 しばしの睨み合いの後、サンダルフォンは話を再開した。
「ふん、つくづく生意気な小僧だ。犬も飼い主に似たようだな。まあいい、お前達、ど
うしてここに呼ばれたか理解しているのか?」
「拙者達がそちらの軍の作戦の邪魔をしたから、と伺っているでござるが」
 夏の独特な口調に、さすがのサンダルフォンも少し驚いた。だが、すぐに頷き、
「そのとおりだ。ハイエナにも記憶力はあるようだな。お前達は我々の作戦の妨害をし
た。ジャンク屋は連合にもザフトにも属さず、自衛以外での戦闘行為は禁止されている
はずだ。なのにこれはどういう事だ? お前達は、いや、ジャンク屋組合はザフトに着
いたのか?」
「組合は関係ない。この人を助けたのは俺達の勝手な判断だ。この人が殺されそうだっ
たから助けた、それだけだよ」
 影太郎は正直な気持ちを言ったのだが、サンダルフォンはそれで許してはくれなかっ
た。影太郎を強く睨んで、
「それだけ、か。ふん、さすがコーディネイター。見ず知らずの他人を助ける為に軍に
喧嘩を売るとは、随分と仲間意識が強いじゃないか。羨ましいくらいだよ」
 MSを操縦できるのはコーディネイターだけだ。サンダルフォンは三人と一匹の顔を
見回して、バカにするように言った。コーディネイターへの敵意を隠そうともしない。
ザフトと戦っている地球軍の軍人なら当然の反応かもしれないが、サンダルフォンから
は『それ』以上の憎悪と嫌悪が感じられる。
「とはいえお前達のやった事は笑って見過ごせる事ではない。何も知らなかったとはい
え、こちらの作戦の妨害をしたのは事実だからな」
 現在、サンダルフォンが率いる部隊はこの地下基地からザフトの勢力圏外へと続く地
下トンネルを掘っている。そのトンネルを使って大軍を送り込み、油断しているザフト
の不意を突き、ジブラルタル基地を攻略しようというのがサンダルフォンの作戦だっ
た。
 しかしザフトも馬鹿ではない。地下とはいえ長大なトンネル掘りなどという大規模な
作業をしていれば、気付かれる恐れがある。そこでオトリ役を地上に送り、敵の目をこ
の地下基地から遠ざける作戦も同時に行われていた。
 そのオトリ役を仰せつかったのが、コーディネイターでありながら地球軍に所属し、
鹵獲して白く塗られたジンに乗り込んでザフトと戦う男、ジャン・キャリーである。
『煌く凶星J』と呼ばれ敵からも味方からも警戒されているこの男は、ジブラルタルの
周辺各地に現れ、ザフトを翻弄していた。影太郎達と共に戻り、念の為にと医務室に連
れていたが、いずれここに来るだろう。
「せっかく奴が頑張ったのに、お前達が余計な事をしたせいでザフトの警戒はより厳し
くなるだろう。まったく、余計な事をしてくれるな」
 サンダルフォンは仲間であるジャンを助けた影太郎達を罵る。どうやら彼にとってコ
ーディネイターのジャンは同じ軍に所属していても『味方』ではないらしい。
 影太郎は段々腹が立ってきた。己の偏見と嫌悪感だけで他人を判断する、こういう人
間には我慢ならない。
「俺達は力を持つ人として当然の事をしただけだ。それともブルーコスモスでは仲間を
見捨ててもいいと教わっているのか?」
 影太郎はサンダルフォンの正体に探りを入れた。サンダルフォンは一瞬驚いたが、す
ぐに冷静さを取り戻し、
「よく分かったな。子供にしてはなかなかだ」
「あんたみたいな奴は、地球軍よりあの組織にいる方が相応しいと思っただけさ。俺は
ブルーコスモスに襲われた事もあるからな」
 影太郎はアフリカでの事件を思い出した。バルトフェルドと初めて出会った時、「青
き清浄なる世界の為に」と彼らに襲い掛かった来た集団。いずれもコーディネイターへ
の憎しみと殺意を漲らせていた。
「ふん。小僧、確かにお前の言うとおり、俺はブルーコスモスだ。俺はコーディネイタ
ーなど滅びるべきだと思っている。軍人だろうと、民間人だろうと、ジャンク屋だろう
とな」
 サンダルフォンは銃を取り出し、銃口を影太郎に向けた。夏とエレアの表情が固ま
り、レウも唸り声を激しくする。しかし当の本人は冷静だった。再び黒い仮面をつけ、
影太郎はサンダルフォンを睨む。
「あんたがなぜコーディネイターを嫌うのかは知らないが、殺すならさっさと殺れ。ハ
ッタリならさっさと止めて、話を進めろ。それとももう話は終わったのか? なら帰ら
せてもらうぞ」
「ふん。つくづく生意気な小僧だ」
 サンダルフォンは銃を降ろした。空気がわずかに和んだが、それはわずか数分の間だ
けだった。サンダルフォンが話を進める度に影太郎達の表情は険しくなり、反対にサン
ダルフォンはニヤニヤ笑う。
「そんなに怒る必要は無いだろう。今回の作戦、お前達にも協力してもらう。ただそれ
だけで、お前達がやった事は忘れてやるといっているんだ。もちろん組合にも報告しな
いし、それなりに報酬も出す。悪い話ではないと思うが。少なくともジャンクを拾い集
めるよりは儲かるぞ」
 サンダルフォンは指を鳴らした。テントの外で待機していた兵士達が一斉に入ってき
た。いずれも軍用の機関銃を持っており、影太郎達に狙いを定めている。
「断れば弾丸を百ダースほどプレゼントしよう。なあに、こういうご時世だ。蜂の巣に
された死体が道端で転がっていても不思議じゃないだろう」
 サンダルフォンはそう脅したが、影太郎の態度は変わらなかった。仮面を被り、サン
ダルフォンを睨みつける。
 緊張感あふれる睨み合いを終わらせたのは、検査を終えたジャンだった。
「失礼します、サンダルフォン大佐。今回の一件のご報告に来ました」
 渋い声と共にジャンともう一人、兵士らしき少年がテントに入ってきた。この少年の
顔を見た影太郎達は驚愕する。
「! ヴェイア……」
 ザフトの『英雄』にして影太郎達の友、グゥド・ヴェイア。彼と同じ顔をした少年は
無表情に影太郎達を見る。冷たい視線だった。



 結局、影太郎達はサンダルフォンの要請、いや強要を受け入れた。ジャンク屋として
は失格だが、ここで死ぬわけにはいかない。
 もちろん素直に従うつもりは無い。しかしそれはサンダルフォンも予想しており、影
太郎を夏達から引き離して、
「子供が基地の中をうろついていては迷惑だし、危険だからな。作戦が終わるまで、こ
ちらで面倒を見よう」
 というもっともらしい事を言って、人質にした。影太郎は心配する夏やレウに「心配
するな」と笑顔を見せて、連行された。そして仮面を取り上げられ、窓さえ無い粗末な
作りのプレハブ小屋に閉じ込められた。
「これはまた、随分と丁寧なもてなしをしてくれるじゃないか」
 皮肉を言いながら、影太郎は部屋の中を見回す。いや、見回すほど広い部屋ではな
く、家具もベッドと机が一つずつだけ。
 扉の向こうからは人の気配がする。それも複数。恐らく見張りだろう。
「やれやれ。トンネル掘りで忙しいはずなのに、ご苦労な事だ」
 何もする事が無くなった影太郎は、ベッドに横になって考えた。
 まずはこの基地について。ジブラルタルの近くに地下基地を築いただけでも大したも
のだが、この基地とザフトの勢力圏外にある基地をトンネルで繋げようという発想はな
かなかのものだ。バカバカしいようにも見えるが、トンネルが完成すれば大量の兵士や
機動兵器を敵に気付かれる事無く前線に送り込める。ジブラルタル基地の陥落は、ほぼ
間違いないだろう。
「こんな大胆な事を考える奴も凄いが、それを実行している奴も凄い。アレックス・サ
ンダルフォン、只者じゃないな」
 そのサンダルフォンについてだが、彼は自らブルーコスモスの一員だと名乗った。大
佐という階級から考えると、ブルーコスモスでもかなりの地位にあると見た方がいい。
コーディネイターを嫌いながらも、ジャンや夏などMSを操縦できるコーディネイター
を利用しようとしている。どうやら理想に溺れすぎない男のようだ。
「ああいうのは敵に回したら厄介なんだよなあ。しつこいし、しぶといし」
 そのサンダルフォンの下で働いているジャン・キャリー。コーディネイターでありな
がら地球軍に入り、MSに乗って戦っている男。アフリカで別れたキラ・ヤマトを思い
出させるが、ジャンはキラより年長だし、キラよりも『現実』を受け入れている気がす
る。
「悪い方向にだけどな。大人は諦めるのが早すぎる」
 そして、最も気になるのが、あの男の事だ。ジャンと共に現れた、ヴェイアと同じ顔
をした少年。
 彼の顔を思い出していると、扉を叩く音が聞こえた。来客らしい。サンダルフォンの
部下が尋問に来たのだろうか?
「開いてるよ。入れ」
 少し憂鬱になりながらも影太郎は返事をした。扉を開けて入って来たのは、
「やあ。お邪魔だったかな?」
 ジャン・キャリーだった。眼鏡をかけたこの男は、子供の影太郎に対しても紳士的な
態度を崩さなかった。
「あんたか。サンダルフォンが来たのかと思った」
 影太郎はベッドから起き上がり、ジャンを迎え入れる。この基地にいる連中はどいつ
もこいつもサンダルフォンと同じ種類の人間らしく、影太郎達を冷たい目で見ていた
が、ジャンだけは別だった。彼は自分を助けてくれた影太郎達に礼を述べて、
「今回の事はすまなかった。私のせいで君達に迷惑をかけてしまった……」
 と頭を下げて、謝ってくれた。口先だけではない、心の篭もった謝罪の言葉だった。
「あんたが謝る事は無いよ。悪いのはサンダルフォンって奴さ。それよりあんたに聞き
たい事があるんだけど、いいかな?」
「ああ、せめてものお詫びだ。私で答えられる事なら、何でも答えよう」
 そう言いながらジャンは、自分の軍服の襟元を指差した。どうやら盗聴器が仕掛けら
れているらしい。
『当然だろうな。子供とはいえ得体の知れない奴と、いつ裏切るか分からないコーディ
ネイター。好き勝手に話させるわけがない』
 影太郎は少し雑談を交わすことにした。盗聴器の向こうにいる奴を警戒しつつ、ジャ
ンからさり気なく話を聞き出す。ジャンもそれに応え、他愛も無い話の中に自分の事情
や、この基地についての情報などを混ぜてくれた。
 その結果、次のような事が分かった。
 ジャンが基地の建設から敵の目を逸らす為のオトリ役というのは本当の話だった。
『煌く凶星J』(ちなみにJとはジョーカーの意味。コーデイネイターでありながらナ
チュラルの為に戦うジャンへの皮肉も込められている)と呼ばれるジャンは、ザフトに
とっては許しがたい裏切り者。その彼が基地の周辺をうろついていたら、ザフトは絶対
に追いかけてくる。ザフトがジャンに気を取られているその隙に、サンダルフォンは基
地での作業を進めているのだ。
 しかし、危険なオトリ役をしているジャンに対して、サンダルフォンの態度は冷たか
った。援軍など送らなかったし、「敵を振り切っていない」事を理由にして地下基地に
入れない時もあった。ブルーコスモスの幹部ならば当然の行動なのかもしれないが、そ
れでも影太郎は不愉快だった。自分達の為に戦ってくれている者を認めないとは、卑劣
極まりない。
「ったく、どうしてブルーコスモスってのは、こうも腹の立つ連中ばかりなんだろう
な。ザフトから悪の組織呼ばわりされても仕方ない気がするぜ」
 ジャンも腹を立てていないわけではない。だが、彼も強気に出れない理由があった。
ジャンは凄腕のエースパイロットだったが、敵を殺さない不殺主義を貫いていた。
「私はユニウスセブンから始まる憎しみの連鎖を断ち切りたいと思って、軍に入ったの
だ。その私が人を殺して、更なる憎しみを生み出す事など出来ない」
 しかしジャンのその考えには反対する者が多かった。コーディネイターであるジャン
は仲間を殺す事をためらっている、ただの臆病者だと陰口を叩かれ、嫌われていた。
 上層部の評価もジャンの活躍の割には高くなかった。敵を殺せない兵士など必要な
い、と思われたらしく、今回のオトリ役のような危険な任務を命じられるようになっ
た。
 しかし、ここで功績を挙げなければ、オトリ役すら出来ないのかと思われ、軍から追
い出されるかもしれない。それでは何の為に軍に入ったのか、分からなくなってしま
う。
「一人の力、個人の力ではどうしても限界がある。だから私は軍に入り、ザフトの一方
的な攻撃を止める為の力になろうとした。その思いは今でも変わらない。だが、さすが
に少し疲れてきたよ。私は何の為に戦っているのか……」
 そう言うジャンの顔は、少し寂しげだった。その顔を見た影太郎は少し哀しくなり、
「なるほどな。あんたはザフトの正義の為でもなく、地球軍の正義の為でもなく、自分
の正義を貫く為に戦っているんだな。立派だよ、あんたは」
 と、ジャンを励ましてあげた。そして自分の考えを述べる。
「俺は正義の味方になりたいと思っている。けど、そんなものになれないのも分かって
いる。誰かを助けるという事は、そいつと戦っている奴を倒すという事だからな。俺と
戦う奴にとって、俺は正義の味方どころか悪魔の手先だろう」
 人の世の正義は一つだけではない。悪と呼ばれる者にも正義はある。そして時に、正
義の為に悪に手を染めなければならない場合もある。影太郎はそういう男を一人知って
いた。あの男とジャンの顔が、何となく重なる。
「それでも俺は人を助けるし、戦い続ける。助けを求めている奴がいるのなら、そいつ
を助けるし、許せない奴とは全力で戦う。それが俺の正義だからだ」
 思えばあの男、アルベリッヒ・バーネットも、自分の正義の為に戦っていたのだろ
う。彼のやった事は許せないが、それでも彼を悪とは思えない。アルベリッヒは自分の
正義を貫き、そして自らの命を絶った。影太郎もまた、限られた命を燃やし、自分の正
義を貫こうとしている。
「俺は俺の正義の為に生きる。そして戦う。あんたもそうじゃないのか?」
「………………」
 ジャンは答える事が出来なかった。自分の息子くらいの年齢でしかない子供の言葉
に、彼は衝撃を受けていた。
『この子は自分の正義を貫く為に生きようとしている。それによる苦難を受け止める覚
悟をしている。強い心を持った少年だ。それに比べて私はどうだ? この少年のような
決意や覚悟をしているのか?』
 影太郎はジャンの戸惑いには気付かなかった。そして、新たな質問を浴びせる。ジャ
ンと一緒にサンダルフォンのテントに入ってきた少年についてだ。
 その事を訊かれると、ジャンは更に迷ってしまった。質問の答えを知らないからでは
なく、答えを言うべきかどうか迷っているらしい。しかし、
「あまり愉快な話ではないが…」
 と前置きをして、話してくれた。
 あの少年の名は、ナイン・ソキウス。ジャンや夏と同じコーディネイターだが、普通
のコーディネイターではない。地球軍が戦闘用に作り出したコーディネイターで、複数
存在するソキウスシリーズの一人である。人間としての名前は与えられず、数字で呼ば
れている。
 ソキウス達には普通のコーディネイターとは違う遺伝子処理が施されている。服従遺
伝子と呼ばれるナチュラルへの絶対服従を刻み込まれた特殊な遺伝子を宿しており、そ
の効果によってナチュラルの命令に逆らったり、ナチュラルへの攻撃や妨害は出来ない
ようになっている。
「噂ではソキウス達は、ザフトの『英雄』グゥド・ヴェイアをモデルとして作られたら
しい。外見はかなりヴェイアに似ているそうだ。私はヴェイアの顔は映像でしか見た事
が無いが……」
「似ているよ。ホント、腹が立つくらいにな」
 影太郎は苛立ちを隠さずに言った。亡き友と同じ顔をした、しかしまったく違う生き
方を押し付けられているソキウス達の境遇と、彼らを作った者達に怒りを感じていた。
 ジャンは影太郎とヴェイアの事は知らなかったが、それでもあまり触れてはならない
事らしいのは分かった。少し話題を変える。
「ソキウス達はMSに乗る事が出来る。私のジンと違い、地球軍が作ったMSだ」
「えっ、地球軍が作ったMS?」
 影太郎は興味を示した。機械を扱うジャンク屋なら、この手の話題には飛びつくだろ
うと思ったジャンの予想、見事に的中。
「ああ。詳しい事はまだ秘密だが、この地下基地にいれば、いずれ目にする時もあるだ
ろう。私が言うのも何だが、なかなかいいMSだよ」
「そうか。そいつは楽しみだな」
 影太郎の頭の中では、ストライクの姿が浮かび上がっていた。キラが操縦した地球軍
のMS。あれと同じような機体なのだろうか?
『ストライク、ロウや劾のアストレイ、そしてザフトのMS。どれもなかなかいいけ
ど、俺が乗るには色々と問題ありだな。特に操縦席の問題は何とかしないと。俺と同じ
くらい小さいレインボースターは操縦桿を伸ばしてMSを動かしてたけど、あの方法だ
と複雑な作業は出来ないな。根本的なところから何とかしないと。操縦席そのものが子
供サイズのMSがあれば楽なんだけど』
 技術者としての思考が駆け巡る。影太郎の頭の中では、彼が乗るMSの姿が浮かび上
がっては消えていった。なかなか形がまとまらないが、楽しい作業でもあった。



 マチルダの格納庫では、夏とエレアがケンタウロスの整備を行っていた。操縦席の中
で機械をいじっている夏に、エレアが小声で話しかける。
「装甲とかに異常は無いわ。そっちはどう?」
「こちらも大丈夫でござる。いつでも動かせるでござるよ」
「そう。と言っても、今動かすのは無理ね」
 エレアは自分達を見張っている地球軍の兵士を睨む。マチルダは兵士達によって制圧
されており、この格納庫にも十数人の兵士達がいる。
「あのくらいの数なら拙者一人でも何とかなるでござるが、影太郎殿が人質に取られて
いるのでは迂闊に動けんでござるよ」
 夏の言うとおりだった。このままでは地球軍にいいように利用されてしまう。地球軍
の為に戦えばジャンク屋組合からは永久追放され、世話をしてくれたプロフェッサー達
にも迷惑をかけてしまう。
「チーム結成直後に大ピンチになるなんて、アタシ達ってツイてないわね……」
 ため息をつくエレア。何とかしなければ、と思うが、今はどうする事も出来ない。
「今は耐えましょう。チャンスが来るのを待つしかないわ」
「分かったでござる。動かざること山の如し、でござるな」
 二人の少女は耐え忍ぶ事を誓い合った。頼みの綱は二本ある。倉庫の片隅にあるジャ
ンクパーツの山の中にいるサイボーグと、兵士達に見つからないように影太郎の下へ走
っているはずの子犬。
「レウが影太郎を見つけて助け出せば、もう怖いものは無いわ。一気に行くわよ」
「了解。準備は出来ているでござるよ」
 頷き合う二人。少女達は反撃の時をじっと待つ。



 この地下基地には兵士達の住宅も作られていた。一般兵の住居は粗末なプレハブ小
屋、士官達もあまりいい家には住んでいない。限られた物資しかないこの基地では仕方
ないだろう。
 基地司令官のサンダルフォンはさすがに他の兵よりは綺麗な家に住んでいたが、それ
でも地上なら普通の一戸建てレベルの家だ。家の中の物は少なく、机や椅子も粗末なも
のだった。とても『大佐』の住む家とは思えない。
「ちっ、暗いし、娯楽も無いし、水も飯も不味い。早いところトンネルを完成させて、
ジブラルタルを攻略しないとな」
 古い椅子に腰を下ろし、サンダルフォンは隣に立っていたナイン・ソキウスに命令し
た。
「俺の目の前に地図を広げろ」
「はい」
 ナインは忠実に従い、地図を広げた。その地図はヨーロッパ南部の地形図で、この基
地から掘られているトンネルの道筋が書き込まれていた。
「現在、作業は80パーセントまで達成されています。このペースで進めていけば、十
二日以内には作業は終了します」
 冷静に報告するナイン。サンダルフォンは満足げな表情を浮かべる。
「ようやくここまで来たか。この退屈極まりなかった穴倉生活とも、あと半月で終わり
か。上層部の連中ども、この『銀狼』にモグラの真似事などをさせるとは。この代償は
高くつくぞ」
 銀色の戦闘機に乗って、多くのザフトMSを撃ち落してきた男にとって、今回の任務
は理不尽なものだった。除隊する事さえ考えたが、盟友の説得で思い留まった。
「ふん。確かにここで俺が軍を辞めれば、あの男の思う壺だからな」
 サンダルフォンは、ある人物の顔を思い出した。ムルタ・アズラエル。アズラエル財
閥の総帥にして、サンダルフォンや彼の友人が属するブルーコスモスの盟主。本来なら
忠誠を誓うべき相手なのだが、同じ反コーディネイター派でもアズラエルとサンダルフ
ォン達の考えは微妙に違っており、サンダルフォンも彼の友人もアズラエルを心底嫌っ
ていた。
「まあそれは奴も同じらしいな。だからこんな所に飛ばされたのだろう」
 アズラエルはサンダルフォン達以上に強大な力を持っている。軍人一人を成功する確
率の低い任務に就かせる事など容易いだろう。
 このトンネル作戦、軍はあまり期待していなかった。大胆すぎる上、危険も大きい。
難攻不落のジブラルタル基地を攻略するには無謀な作戦だ、と判断したのだ。
 しかしサンダルフォンはそうは思わなかった。大胆な作戦なのは確かだが、成功する
確率は低くはない。頭でっかちのコーディネイターどもには正攻法で挑むより、こうい
う常識ハズレな作戦の方がいい。現に今まで気付かれなかったし、それは今後も変わら
ない。
「作業をしている連中には、細心の注意を払うよう、再度命令しておけ。ここで敵に気
付かれたら全てが水の泡だ」
「はい、了解しました」
 ナインの返事は簡潔なものだったが、サンダルフォンは気にしなかった。ナイン達ソ
キウス・シリーズは服従遺伝子のせいなのか、いずれも感情が希薄だった。最初に彼ら
を見た時は、まるで死人のように見えたほどだ。
 その中でもナインは、まだ人間らしい部分を残していた。他のソキウスより怒りやす
く、苛立った様子を見せる時もあった。もっとも、三ヶ月ほど前にアズラエルの手によ
って再調整を受けてからは他のソキウスと同じになってしまったが。
「服従遺伝子か。アズラエルの奴もつまらない事をする」
 サンダルフォンもアズラエルと同じようにコーディネイターは嫌いだし、ソキウス達
に同情するほど暇でもない。だが、それでもアズラエルのやり方には腹が立つ。
 それに、最近のアズラエルは何か変だ。ロマノフ運送との業務提携や、地球連合に加
盟している各国への武器輸出など、アズラエル財閥の仕事を優先させてばかりいる。ブ
ルーコスモスとしての活動では月に一度の幹部会にも顔を出さず、それでいて組織を掌
握している。
「俺とジブリール以外の連中には、かなり金がばら撒かれているらしい。サザーランド
など完全に奴の腰巾着に成り下がっている。情けない連中だとは思わないか、ナイ
ン?」
「サンダルフォン様、申し訳ありません。私はその質問に答える事は出来ません」
 ソキウスに組み込まれている服従遺伝子は、ナチュラルへの敵対行動を許さない。戦
闘はもちろん、悪口を言う事さえ禁じられている。言おうとしても口が開かず、心も強
制的に沈められてしまうらしい。
「ふん。つくづくつまらない事をしてくれたものだな、アズラエルめ」
 昔から嫌いな奴だったが、最近では顔を見るのも嫌になった。本心がまったく読めな
い上、何か重大な事を隠している気がするのだ。
「俺達に隠れて何をしているのかは知らないが、今は好きにさせておく。この作戦が成
功してジブラルタルを落とせば、軍でもブルーコスモスでも俺の地位も上がる。その勢
いを利用してジブリールと共にアズラエルを追い落としてやる!」
 その時、ブルーコスモスは生まれ変わるのだ。青き清浄なる世界の実現を目指し、コ
ーディネイターという歪な者達に死の裁きを与える組織として。
「その時は、あのジャン・キャリーも始末してやる。地球軍にコーディネイターなど必
要ない。お前もそうだと思わないか、ナイン?」
「私には分かりません。ですが、ナチュラルであるサンダルフォン様がそうお考えにな
られるのであれば、それはきっと正しい事だと思います。ナチュラルに従う事が私の正
義。ナチュラルの方の考えが私の考えだと思っていますから」
 ナインはサンダルフォンに反論はしない。ナチュラルに逆らわない。ナチュラルの忠
実な僕になる。それがナイン達ソキウスの運命であり、全てだった。ナチュラルの忠実
な駒として作られたコーディネイター、ソキウス・シリーズ。彼らには自我さえ無いの
かもしれない。
「哀れな人形だ。コーディネイターも、こいつくらい聞き分けが良ければいいんだが
な」
 サンダルフォンは、今日迷い込んできたコーディネイターどもの顔を思い出す。三人
とも生意気で愚かな奴らだった。服従遺伝子は、ああいうバカな連中にこそ埋め込むべ
きなのだ。
「まあいい。あの三人には、せいぜい上手く働いてもらおう」
 ジャンと一緒のオトリ役。上手くこなせれば良し、ジャンと一緒にザフトに倒されて
もサンダルフォンには痛くも痒くもない。ジャン・キャリーは優れたMSパイロットだ
が、既に地球軍ではナチュラル用のMSが作られている。それさえ完成すれば、ジャン
のような敵を殺せない愚か者に頼る必要は無い。戦死してくれた方が始末する手間が省
ける。
「せいぜい働いてもらうぞ、コーディネイターども。この俺の為に、そして青き清浄な
る世界の為にな」
 その時、遠くで爆音が鳴った。続いて何かが崩れ去る音。どちらも上の方角から聞こ
えてきた。
「な、何だ、今の音は。まさか……ザフトに見つかったのか!?」
 サンダルフォンの予想は的中していた。地下基地への入口を爆弾でこじ開けたザフト
のMSが次々と降下してくる。ジンやバクゥが地に立ち、地下の薄暗く低い空をディン
が飛び回る。
「そ、そんなバカな。どうしてここがバレた? 今まで見つからなかったのに、な
ぜ!」
 サンダルフォンは考えた。あのシャドウ・セイバーズとか言うジャンク屋どもが報せ
たのか? 奴らは実はザフトのスパイだったのか? いや、あるいは地球軍を見限った
ジャン・キャリーが。
「違うな」
 サンダルフォンは自分の考えをあっさり否定した。シャドウ・セイバーズの連中もジ
ャンも憎むべきコーディネイターではあるが、スパイをやるような人間とは思えない。
特にジャンは真面目すぎる程に真面目な男だ。あれはスパイには向いていない人種だ。
 では、あのマチルダとかいう飛行艇がこの基地に入る所をザフトに見られたのか? 
そちらの方が確率は高いが、
「サンダルフォン様、敵MSの攻撃によって基地の設備が破壊されています。食料庫も
大型貯水槽も破壊されました。飛行場の滑走路も壊され、戦闘機が発進できません。戦
闘ヘリだけでMSの相手をするのは厳しいかと」
 坦々と報告するナイン。この報告を聞いたサンダルフォンの顔は青くなったが、同時
に疑問も生まれた。
「奴ら、兵士は狙わず、この施設の重要な場所ばかり狙っている。なぜ人を殺さないん
だ?」
 ザフトは冷酷な軍隊だ。ナチュラルへの憎しみを抱いている者も多く、ザフトの軍人
になぶり殺された地球人もいる。それなのになぜ、奴らは兵士達を殺そうとしないの
か。
「私がザフトに頼みました。これから敵になるとはいえ、ナチュラルの方々が死ぬのは
見たくありませんから」
 そう言ったナインの手には拳銃が握られていた。その銃口は、サンダルフォンの白い
額に向けられていた。



 地下に次々と降りていくMSの中に、中東のバザーで影太郎達と共に戦ったシグーデ
ィープアームズがいた。乗っているのはもちろん、シホ・ハーネンフースだ。
「信じられないわ。ジブラルタルの近くに、こんな大きな基地が作られていたなんて…
…」
 シホはモニターに映っている光景に驚いていた。情報を聞かされた時も信じられなか
ったが、現実に目にしても信じられない。だが、これは事実だ。地球軍がここに基地を
作っていた事も、ここにあの『煌く凶星J』がいる事も。
「ジャン・キャリー。コーディネイターでありながらプラントに弓を引いた裏切り者。
今日こそ私の手で倒す!」
「シホさん、気合入れすぎですよ。そんなんじゃ、またあいつを逃がしますよ」
 緑のジンに乗るディス・ロイがシホを落ち着かせる。だが、シホが力むのも仕方な
い。ジャンには今まで散々かき回されたのだ。たった一機の白いジンの為に、どれだけ
のMSが落とされたか。パイロットは一人も死んでいないが、それがシホ達の怒りを更
に上げていた。
「ロイ、あなたは腹が立たないの? ジャン・キャリーは敵を殺さない。つまり、まっ
たく本気を出していないのよ。本気を出さなくても私達など倒せる、ザフトなんか敵じ
ゃない。そんなデモンストレーションをされて悔しくないの?」
「いや、あいつはそんなつもりでやってるんじゃない気もするんですけどね」
 シホ達と違って、ロイはジャンに好感を抱いていた。ジャンの行為は戦士としては失
格かもしれないが、人間としては無用な殺生を避けようとする気持ちはよく分かる。
「俺ももう少し腕があったら、同じ戦い方をしていたかもな」
 『緑の疾風』と呼ばれてはいるが、ロイはナチュラルである自分が優れたパイロット
だとは思っていない。だからこそ凄腕であるジャンに憧れていた。
「とはいえ、仕事はやらないとな。辛いぜ」
 シホのディープアームズとロイのジンは、コンビを組んで地下基地を進む。二人を待
っているのは、つい数日前に別れた戦友との再会。そして……。



 地下基地に突入していくザフトのMSを、遠くから見ている者達がいた。右目を髑髏
の眼帯で隠した少女、クロナ・ギウム。自分の世界に入ったまま帰ってこない不気味な
少女、ミステリウス・マゴット。そんなマゴットに仕える褐色の少女、ポーシャとその
手下二名。
 ギターケースを背負った絶望の歌い手、歌依 吟もいる。地下から伝わる振動が、吟
の心を奮い立たせる。
「始まったか。闇に支配された地底での死闘、逃げ場の無い中での恐怖と殺戮の宴。素
晴らしい! アルゴス・アイが無いのが残念だ。この目で見たかったのに、ああ、残念
だ、残念だ」
「そんなに見たいのなら連れて行ってあげましょうか? 神からの命令は受けていない
ので私は乗せられませんが、他の人のMSに乗ればいいでしょう」
 クロナの提案に、吟は首を横に振る。
「いやいや、私が乗ったら皆さんの邪魔になる。今回の任務は重要ですからね。邪魔し
て失敗させるわけにはいきませんよ」
「任務の重要性は分かっているんですね。それならいいです」
 クロナはあっさりと言った。彼女なりの冗談だったのだろうか?
「それでは任務の確認をします。今回の任務はシャドウ・セイバーズと名乗り、ロウ・
ギュールの元から離れた者達がGGユニットを持っているかどうか調査する事です。彼
らがGGユニットを持っていれば回収もしくは破壊する。持っていなくても情報の漏洩
を防ぐ為、シャドウ・セイバーズのメンバー全員を抹殺します。その障害となる者も含
めて、です。分かりましたか?」
 クロナはマゴット達の顔を見る。ポーシャは手下二名は緊張した面持ちで頷くが、マ
ゴットは、
「虫、虫、蟲。暗い暗い穴の中で、蟲達は何をしてるの? 共食い? 殺し合い? 楽
しい楽しいパーティー? うふふ、うふふふふふふふ……」
 相変らずであった。さすがのクロナも不安になったのか、
「この人、大丈夫なんですか?」
 と、吟に確認する。吟も少し困ったように、
「うーん、まあ大丈夫だと思いますよ。普段はこんな感じだけど、戦闘になったらマト
モになるはず、ですよね、ポーシャさん?」
「あ、あー、え、ええ、そうです、マゴット様はやる時はやるんです! だから心配し
ないでください」
「…………」
 クロナの不安は消えなかったが、マゴットとの共闘は彼女の神、ダブルGからの命令
だ。従うしかない。
「では行きます。各自、MSに乗ってください。任務の障害となるものは全て倒しま
す。地球軍だろうと、ザフトだろうと、それ以外のものであろうと」
 クロナの言葉に頷くポーシャと他二名。マゴットも承知したらしく、ニッコリと笑っ
た。
 吟は見る事が出来ない地底での死闘を想像して、興奮していた。かつてない絶望の歌
の詞が頭に浮かんでくる。吟はクロナ達の奮闘を心から祈った。もっと戦ってくれ、そ
して、もっと殺してくれ、と。



 ザフトの地下基地襲撃を地球軍以上に驚き、うろたえている人間がいた。基地の片隅
で軍服を脱ぎ、変装を解いている男の兵士、いや、女だ。子供のように小柄だが、その
目は並の大人以上に鋭い。
「もう、何なのよ、これは! 苦労して潜入したのに、こんな事になるなんて!」
 グチる怪盗レインボースター。このままではお目当ての地球軍製のMSが壊されてし
まうかもしれない。そうなる前に盗み出さないと。
「あー、もう、練りに練った計画が台無しだわ。最近の私ってツイてないわね。これと
いうのも、あの似合わない仮面をつけたクソガキに出会ってから……」
「ワン!」
「んぎゃああああああああああああっ!!」
 大嫌いな犬の声を聞いて、思わず悲鳴を上げるレインボースター。恐る恐る振り返る
と、見覚えのある白い犬がいた。
「ワン、ワンワン!」
 尻尾を振りながら吠えるレウ。駄目だ、この犬には逆らえない。
「ああ、本当に最近の私って、ツイてないわ……。きっとこれからとんでもないトラブ
ルに巻き込まれるのよ」
 まったくもってそのとおりである。

影太郎達のチーム名「シャドウ・セイバーズ」はカイトさんが考えてくれました。ありがと
うございました。

(2007・8/4掲載)
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