第12章
 運命への反逆

 ザフトの奇襲に対して、地下基地の地球軍は大混乱に陥っていた。
 まさかこの基地が見つかるとは思っていなかった油断に加え、基地司令官であるサン
ダルフォンからは何の指示も無い。連絡しても返事は無く、兵士達は抵抗らしい抵抗も
出来ないまま、ザフトの捕虜にされていった。
 マチルダで夏達を見張っていた兵士達も、この事態にどうするべきか迷っていた。上
官との連絡が取れずうろたえる彼らにエレアが、
「あなた達はこの基地を守る兵士なんでしょ? こうしている間にもザフトの連中はあ
なた達の仲
間を殺しているのよ。こんな所でじっとしてていいの?」
 と問いかける。
 兵士達は話し合った結果、仲間達を助ける為に基地へ戻っていった。ジャンク屋はも
う一人(影太郎)捕まえているのだから、エレア達はここから逃げないと考えたのだ。
「確かにそのとおりなのよね。あー、見透かされているみたいで腹が立つわ」
「仕方が無いでござるよ、エレア殿。レウが戻ってくるまでは拙者達には何も出来ない
でござる。時には待つ事も大事でござるよ」
「それはそうだけど、そんな呑気な事を言ってられるような状況かしら? アタシ達だ
ってヤバいのよ」
 地球軍の基地にいる以上、エレア達シャドウ・セイバーズも地球軍の一員と見なされ
てもおかしくない。ザフトの連中がこの格納庫まで来たら、戦わなければならないかも
しれない。
「ザフトの偉い人が話の分かる人だったらいいけど、あのサンダルフォンみたいな奴だ
ったら最悪よ。向こうが私達の話を聞いてくれなかったら、ザフトも私達の敵になるか
もしれないわ」
「そうならない事を祈るでござるよ……」
 ため息をつきながら、夏は万が一に備えてラグナスと一緒に出撃の準備をする。そし
て、ザフトの指揮官がまともな人物である事を心底から願った。



「?」
 シホ・ハーネンフースは自分が呼ばれたような気がしたが、気のせいだと思って取り
合わなかった。それに今は作戦中だ。余計な事を考えている場合ではない。
 シホが率いるザフトの部隊は、地下基地への突入を成功させた。地上に五機のジンを
残し、十七機のMSが地下に降りた。シホのシグーディープアームズとロイの緑のジン
に続いて、一般兵が乗るジンやディンが地下基地を蹂躙する。
「隊長」
 先陣を切るロイから通信が入った。
「どうも様子がおかしいです。連中、あたふたしているだけでロクに迎撃もしてきませ
ん」
「この基地が見つかるとは思ってなかったのね。私達だって、今まで気が付かなかった
んだから」
 まさかジブラルタル基地の勢力圏内に、これほどの規模の基地が築かれていたとは思
ってもいなかった。こちらの予想の斜め上を行く、敵ながら見事な作戦である。
「それでも不意を突かれたら脆いものね。ロイ、詳しい状況を教えて」
 ロイから伝えられた情報は、いずれもザフトが有利だというものばかりだった。地球
軍の反撃は散発的なものに過ぎず、戦力も戦車や戦闘ヘリばかりで、いずれもMSの敵
ではない。基地の各施設は次々と制圧もしくは破壊されており、完全制圧は時間の問題
だろう。
「そう。それならいいんだけど」
 シホは少しだけ安心した。初めて指揮を任された作戦は、どうやら成功しそうだ。
『いいえ、ここは敵の陣地。何が起こるか分からないし、最後まで油断は出来ないわ。
気を引き締めないと』
 シホには少し気に掛かる事があった。この基地についての情報はザフトの情報部が手
に入れたものではなく、地球軍にいる何者かが密告したらしいのだ。しかし密告者の正
体は不明で、なぜ情報を漏らしたのかも分からない。
 地球軍がまともな反撃をしてこないのも気になる。どうやら指揮系統がかなり乱れて
いるらしく、地球軍の兵士達はバラバラに行動している。ある者はさっさと降伏し、あ
る者は命惜しさに逃走した。軍隊とは思えない醜態である。これは指揮官が無能だから
なのか、それとも他に何か理由があるのか。
『もし、これが全て、私達を陥れる為の罠だったら……』
 シホの予想は半分外れ、半分的中する。



 ザフトの襲撃の様子は、影太郎が閉じ込められているプレハブ小屋にも伝わってき
た。小屋には窓が無いので外の様子は分からないが、地面から伝わる振動と爆音、そし
て外で見張っていた兵士達のうろたえる声で大体の事は分かる。
「信じられん、この基地が見つかるとは……」
 ジャン・キャリーは驚きを隠せなかった。オトリ役としてこの基地の存在を隠し続け
てきたが、この襲撃によって今までのジャンの仕事は無意味なものになってしまった。
『私は、一体何の為に……!』
 唇を噛み締めるジャンだったが、すぐに気を取り直す。この基地は戦場になってしま
った。悩んだり落ち込んでいる暇は無い。
「影太郎君、私について来たまえ。ここから君を逃がす」
「いいのか? 俺は捕虜なんだろ?」
「民間人を守るのが軍人の義務だ。たとえそれが捕虜であってもね。それに君がザフト
に見つかったら、ますます困った立場になると思うが」
 確かにジャンの言うとおりだ。中立であるはずのジャンク屋が地球軍の秘密基地にい
るなど、ザフトでなくても疑い、不審を抱くだろう。ジャンク屋組合とザフトの関係に
亀裂を生じさせるかもしれない。そうなれば影太郎だけでなく、ロウ達にまで迷惑をか
けてしまう。
「分かった、あんたと一緒に行こう。けど外の連中はどうする? あいつらはサンダル
フォンの子飼いなんだろ?」
「私が話をつける。サンダルフォン大佐も分かってくれるはずだ」
 そうは思えなかったが、仮面を取り上げられている影太郎にはどうする事も出来な
い。ジャンに全てを任せる事にした。そしてジャンが小屋の扉を開けようとしたその
時、
「ワン、ワンワン!」
 という犬の声が聞こえてきた。そして扉の向こうで上がる悲鳴。続いて、複数の人間
が地面に倒れる音。
「ふん。相変らず、地球軍の兵士はレベルが低いわね。もう少し鍛えないと、コーディ
ネイターには勝てないわよ」
 聞き覚えのある声に、影太郎は嫌な予感を感じた。そういう予感に限って的中するの
だ。扉を開けて現れたのは、
「また会ったわね、宇流影太郎。早速で悪いんだけど……この犬、何とかしてくれない
かしら?」
 怪盗レインボースターはそう言って、自分の足元で尻尾を振っているレウを指差し
た。レウは影太郎の顔を見て、
「ワン!」
 と嬉しそうに吠えた。
 影太郎はレインボースターをジャンに紹介した。悪名高いMS専門の大泥棒がこの基
地に入り込んでいた事にジャンは驚いたが、すぐに気を取り直して、
「助けが来たのなら、影太郎君は私と一緒に来なくてもいいだろう。仲間と合流して、
早くこの基地から脱出したまえ」
「あんたはどうするんだ?」
 影太郎の問いに、ジャンは黙って前を見る。彼の耳に聞こえるのは、基地の施設が
次々と爆発する音と、地球軍の兵士達の悲鳴。
 基地の惨状と、戦いの様子を見てきたレインボースターの話を合わせて推測すると、
地球軍の指揮系統に乱れが生じているようだ。迎撃もほとんど行われていない。
「私はサンダルフォン大佐の所に行く。大佐の身に何かあったのかもしれない」
「あのムカつく大佐の所か。あいつに何かあったとしたら、どうするんだ?」
「助ける」
 迷う事無く、ジャンはそう言った。サンダルフォンはジャンを嫌っており、過酷な任
務を与えた張本人だ。個人的には助ける義理など無いはずだ。
「ふうん。それはあんたが地球軍の軍人だからか? あいつの部下だから助けるの
か?」
「それもある。が、それだけではない。君ほどではないが、私も自分なりの正義という
やつを持っている。ここで彼を助けなかったら、私は自分自身さえ裏切ってしまう気が
するんだ」
 ジャンは自分が影太郎ほど強くない事を悟った。だからこそ、自分の正義は裏切れな
かった。人の命を守り、誰かを助ける。それがジャンの願いであり、正義だった。たと
えその思いが助けた相手に通じなくても、その思いは間違ってはいないはずだ。ジャン
はそう考え、自分のやりたい事をやる覚悟を決めた。
「私もとことん自分の正義を貫いてみる事にしたよ。不器用な大人なりに頑張ってみる
つもりだ。それじゃあ」
 と別れを告げて去ろうとしたジャンの手を、影太郎が握った。
「待て。俺も一緒に行く」
「君が? だが……」
 いくら精神が強くても、肉体的には影太郎は子供だ。戦いになれば何の役にも立たな
いし、様々な機能を秘めた黒い仮面はサンダルファンに取り上げられている。足手まと
いになる可能性が高い。それは影太郎も分かっているのだが、
「あんた、サンダルフォンの奴がヤバい事になっていたら、命を投げ出してでも助ける
つもりだろ。あんたみたいないい奴を死なせるわけにはいかない。だから一緒に行く。
そして一緒に逃げよう。命を捨てるのは、その後だ」
 影太郎という『守るべき民間人』がいれば、ジャンは無茶はしない。影太郎は真面目
なジャンの性格を見抜いていた。
 ジャンは迷ったが、すぐに理解した。この少年は自分よりも賢く、そして、実に頼も
しい。
「分かった、一緒に行こう。私に力を貸してくれ」
「ああ。力は無いけど、知恵と勇気と根性なら誰にも負けないつもりだ。よろしくな」
 微笑み合って、手を握り合う二人の男。それを見ているレウも嬉しそうだった。しか
し、あまり嬉しそうではない少女が約一名。
「こいつら、勝手に話を進めているわね。二人の世界を作らないでよ。あと、何だか私
も一緒に行かなくちゃダメな感じになってる気がするんだけど」
 はい、そのとおり。



 司令官の宿舎の一室で、サンダルフォンは困り果てていた。
『落ち着け、慌てるな、アレックス・サンダルフォン。『銀狼』と呼ばれるこの俺が、
こんな所で負けるはずが無い。落ち着いて、よく考えるんだ』
 自分にそう言い聞かせながら、サンダルフォンは現在の状況を整理した。
 ジブラルタル攻略の拠点となるはずだった地下基地は、現在ザフトによって制圧され
つつある。それに対して自分は何も出来ずにいる。なぜなら腹心の部下だと信じていた
男に銃を突きつけられているから。
「大人しくしていれば引き金は引きません。私もナチュラルである貴方を殺したくはあ
りませんから」
 ザフトがこの基地を見つけたのは、この男が情報を漏らしたから。ナイン・ソキウ
ス。ナチュラルに服従するように作り出された、特殊なコーディネイター。しかし今、
ナインはナチュラルであるサンダルフォンを裏切り、彼に銃を向けている。
「どういう事だ、ナイン。なぜ貴様は俺を裏切った? ソキウスは俺達ナチュラルには
逆らえないはずだぞ。服従遺伝子の力は絶対のはずだ」
「いえ、そうとも限りませんよ。どうやらナチュラルの方々はコーディネイターより遺
伝子の力を信じているようですが、遺伝子だけで人間の全てが決まるわけではないんで
すよ」
 サンダルフォンには知らされていなかったのだが、ソキウス達の服従遺伝子の効力は
絶対的なものではない。特にナインはソキウス達の中でも『出来が悪い』らしく、さす
がにナチュラルを直接傷付ける事は出来ないが、嘘をついたり、イタズラをするくらい
の事は出来る。
「ちっ、そんな欠陥品を寄こしたのか。アズラエルめ、余程俺が目障りらしいな」
 サンダルフォンは、あの嫌味ったらしいブルーコスモスの盟主の顔を思い浮かべる。
と同時に気付いてしまった。
「まさか、貴様の裏切りはアズラエルが仕組んだ事か?」
「はい、全てはアズラエル様のご命令です。私はアズラエル様の命令を最優先するよう
に作られています」
 サンダルフォンもナチュラルでナインの上官だが、ナインにとってはアズラエルの方
が上であり、より従属すべき存在なのだ。アズラエルとサンダルフォンのどちらかを選
ぶのなら、アズラエルを選ぶ。それがナイン・ソキウスという男なのだろう。
 それでも他のソキウスならナチュラルであるサンダルフォンを裏切る事をためらった
り、拒絶したかもしれないが、『出来の悪い』ナインは忠実にアズラエルの命令に従っ
た。ソキウスとは思えない異質さだ。
 サンダルフォンは、ナインが哀れに思えてきた。この少年は何も悪くない。真の敵は
この少年を操っている、あの陰湿で陰険で気取り屋でムカつく男だ。
「アズラエルめ、せっかくの反攻作戦を失敗させるとは、そこまで俺を潰したいのか。
こんな事をしても喜ぶのはザフトだけだ。ブルーコスモスの盟主としては失格だな」
「同じような事をアズラエル様本人も言っていました。ですが構わないそうです。この
命令はブルーコスモスの盟主としての命令ではないそうですから」
「何だと? ナイン、それはどういう意味だ」
「理由は聞かなかったので私には分かりません。他にもこう言っていました。邪魔者は
全て始末する。サンダルフォンも、コーディネイターどももまとめて、と」
 サンダルフォンだけでなく、基地に侵入したザフトの連中まで片付ける? それは無
理だとサンダルフォンは思った。既に基地の戦力は崩壊寸前だ。エンデュミオン・クレ
ーターの戦いの時のような罠(サイクロプス)も無いし、この状況で十数機のMSを倒
す事など不可能だ。
「アズラエル様は自分直属の部隊を送り込むと言っていました。私は彼らと合流して脱
出しろ、と」
 アズラエルの直属部隊など、サンダルフォンは聞いた事も無い。だが、そういえば以
前ジブリールが話してくれた。アズラエルはブルーコスモスの支援組織であるロゴスに
資金を出させて、色々とやっているらしい。直属の部隊とやらも、その一つか。
「アズラエルめ、何が何でも俺をここで殺すつもりか」
 サンダルフォンが死ねば、盟友であるジブリールも組織(ブルーコスモス)での立場
を失うだろう。アズラエルによって私物化されている組織を救う為にも、ここで死ぬ訳
にはいかない。
 だが、どうすればいい? ナインは銃の引き金に指を当てており、いつでも引ける体
勢だ。サンダルフォンを殺すつもりは無いようだが、それも時と場合によるだろう。ナ
インの服従遺伝子は当てにはならないのだ。
 慎重に行動しなければ、サンダルフォンはここで死ぬ事になる。そうなれば喜ぶのは
アズラエルだけだ。
『アズラエルめ、貴様の思い通りにはならんぞ!』
 そう思いつつも、どうにもならない。サンダルフォンが苛立ちのあまり拳を握り締め
ると、部屋の窓ガラスが激しく割れた。
「!?」
 突然の出来事に驚くサンダルフォン。ナインも表情は崩していないが、かなり驚いた
ようだ。サンダルフォンから視線を外し、窓の方を見る。
「隠れろ!」
 突然の声だった。子供のようなその声は自分に命令しているようで不愉快だったが、
サンダルフォンは即座に動いた。軍人らしく無駄の無い動きでその場を飛びのき、愛用
の机の陰に隠れる。この机は防弾仕様で、拳銃程度の弾では傷一つ付かない。
「くっ」
 机の効果を知っているナインは、わずかに焦った。その隙に、窓ガラスを割って入っ
て来た侵入者が迫る。
 侵入者はジャン・キャリーだった。ナインに銃を向けて、
「銃を降ろしたまえ」
 と、穏やかな口調で言った。
 張り詰める空気。ナインはジャンの命令には従わず、銃弾をジャンに放つ。ナインと
ジャンは同じ軍に所属してはいるが、コーディネイターであるジャンを殺す事にはため
らいは無い。ナインの容赦の無い銃撃がジャンを襲う。
 かわすジャン。彼も銃を撃つが、まったく当たらない。いや、当てる気が無いのか。
「こんな時まで不殺主義ですか。ご立派ですね」
 皮肉を言うナイン。自我をほとんど持たないソキウス・シリーズにしては、感情が豊
かだ。こういうところも、ソキウスにしては『出来が悪い』と評価されたのかもしれな
い。
 弾が当たらないジャンだったが、まったく慌てなかった。今回の彼もオトリ役だった
からだ。
 別の窓が割れ、新たな侵入者が入って来た。小柄な女の子と、白い毛並みの可愛い子
犬。
「ワン!」
 子犬が吠えると同時に、女の子が銃を撃ってきた。ナインはかわしたが、状況が自分
にとって不利になった事を悟った。
「長居は無用か」
 ナインはジャンが入って来た窓から外へ出た。しかし外にはもう一人、望まない客が
いた。
「ちっ。見れば見るほど、あいつにそっくりだな」
 影太郎はナインの顔を睨みながら言った。亡き親友ヴェイアと瓜二つな顔をしている
のに、その生き方はまったく違う。もちろんヴェイアとナインは別の人間であり、生き
方が違って当然なのだが、それでも腹が立つ。
「ナチュラルの犬じゃなくて、アズラエルの犬だったのか。どちらかといえば、そっち
の方がカッコ悪いと思うけどな」
 ナインを睨む影太郎。ナインの方は影太郎を無視して、別方向に走り去ってしまっ
た。後ろ姿もヴェイアとそっくりだ。
「ふん」
 鼻息を荒くした後、影太郎は司令官の家の中に入った。隠れていたサンダルフォン
も、机の陰から出て来た。そして影太郎とレウ、レインボースターを見て、
「キャリー少尉、何だ、このガキどもは? この小僧は逃がすなと命令したはずだし、
こっちの小娘は見た事が無いぞ。まさか不法侵入者じゃないだろうな?」
 正解だが、ジャンは上手く誤魔化した。
「影太郎君を拘留していた小屋にザフトのMSが接近してきたので、一緒に連れて来ま
した。影太郎君も私達に協力してくれると言ったので。大佐を助けた作戦は、影太郎君
が考えたものなんですよ」
 サンダルフォンの顔が青くなった後、赤くなった。青くなったのはコーディネイター
の、しかも子供に助けられた事。赤くなったのは不甲斐ない自分への怒りによるものだ
った。
 ジャンは説明を続けた。レインボースターを指して、
「それからこちらの女性は、影太郎君の友人だそうです。影太郎君の行方を捜して、こ
の基地に忍び込んだのだそうです。不法侵入者ではありますが、決して我々の敵ではあ
りません。こんな状況ですし、どうか寛大な処置を」
 と、サンダルフォンに頼み込んだ。
「その小娘もコーディネイターか?」
「はい」
 ジャンは隠さずに言った。サンダルフォンのコーディネイターに対する執念は半端な
ものではない。コーディネイターである事を隠してもすぐに見抜かれ、余計なトラブル
の原因になるだろう。ここは正直に話した方がいいというジャンの判断は、
「ふん、まあいい。今回は特別に許してやる。命の恩人でもあるしな」
 成功だった。
 サンダルフォンという男は残虐ではあるが、義理を知らない人間ではない。この基地
で一緒に過ごしてきたジャンはサンダルフォンの性格を知っており、影太郎だけでなく
レインボースターにも活躍させれば、必ず見逃してくれると考えたのだ。
 ジャンの狙いは的中し、レインボースターは正体を知られる事無く、一息つく事が出
来た。しかし休んでいる暇は無い。
「あいつを追うぞ。マチルダにはその後に行く」
「いいの? あんた達の船だって、ザフトに攻撃されているかもしれないわよ」
「マチルダには夏達がいる。あいつ等はそう簡単にはやられないさ」
「ならば私も行こう。サンダルフォン大佐、私のジンの発進の許可を」
 ジャンの白いジンは、この司令官宅の近くにある特別格納庫に保管されていたので、
ザフトの襲撃を免れていた。不幸中の幸いである。
 サンダルフォンは少し迷った。コーディネイターのジャンに力を与えたくはないが、
このままではこの基地は陥落する。この場合、司令官として下すべき命令は、
「分かった、ジンの発進を許可する」



 会いたくない時に限って会ってしまい、会いたい時に限って会えない。人の出会いと
はそういうものだが、この地下基地でもそんな出会いをしてしまった者達がいた。
 シグーディープアームズの前に立つ、ジンとバクゥの合体MS。中東のバザーで一緒
に謎のMS軍と戦ってくれた女性の機体だ。
「ケンタウロス、だったわね。乗っているのは……」
「拙者でござる。まさかシホ殿が来るとは思わなかったでござるよ」
 夏は数日ぶりに会った戦友に挨拶をした。しかし彼女の心もシホと同じく乱れてい
た。
 昨日の敵は今日の友。その逆もしかり。戦場にいればそういう事もあるとは分かって
はいたが、実際に経験するとは思っていなかった。はっきり言ってキツい。
「ロイ殿もいるのでござるか?」
「ええ。今は別の部隊の援護に向かわせているわ」
「そうでござるか。お二人とも元気そうで何よりでござる」
「あなた達もね。まさかこんな所で会うとは思ってなかったけど」
「これには色々と事情があるのでござるよ。拙者達も困っているのでござる」
「そうでしょうね。あなた達が地球軍の手下になるなんて思えないし。そういえば他の
人達はどうしているの?」
「ロウ殿やプロフェッサー殿とは別行動を取っているのでござる。拙者は今、影太郎殿
やエレア殿達と一緒にいるでござるよ。チーム名はシャドウ・セイバーズでござる」
「ふうん、いい名前ね。あなた達らしい名前だと思うわ」
「ありがとうでござる。名付け親の佐々山殿も喜ぶでござるよ」
 親しげな言葉を交わす二人だが、二人ともMSの操縦桿から手を放さなかった。
 シホはケンタウロスの足元を見る。ケンタウロスの刀で斬られたジンやディンの残骸
が転がっていた。正体不明のMSに苦戦している味方を助ける為に来たのだが、まさか
夏だったとは。
 しかし夏も戦いを望んだわけではない。やって来たザフト兵に事情を説明したのだ
が、相手はまったく信じてくれず、地上に降りていたマチルダに攻撃してきたのだ。マ
チルダを守る為、やむを得ず夏は出撃して、ザフトのMSを撃破した。
 撃破したと言ってもMSはいずれも手足を切り落とされただけで、パイロットは全員
無事である。噂に聞いたジャン・キャリーの戦い方を真似たのだが、上手くいったのは
相手が夏より弱かったからだ。シホのようなエースパイロットが相手では、手加減をし
ている余裕など無い。命がけの戦いになるだろう。
 夏はシホとは戦いたくなかった。しかし味方がやられた以上、隊長であるシホが退く
はずが無い。ならば早くここから脱出するしかないのだが、影太郎もレウもまだ戻って
こない。
「困ったでござるな。エレア殿、どうすればいいと思うでござるか?」
 夏はマチルダにいるエレアに通信で相談する。エレアは少し考えてから、
「ここはアタシに任せて。悪いようにはしないわ。多分」
 一抹の不安を感じたが、夏はエレアに任せる事にした。彼女の口の悪さ、いや、口の
上手さに賭けてみたのだ。
「しかし、拙者は賭け事はあまり得意ではないのござる……」
 自分で自分を追い込む夏。困った女である。



 ナイン・ソキウスは走っていた。ただひたすらに走っていた。
 目指す場所はMSの格納庫。あそこには彼の機体がある。あのMSに乗れば自分は誰
にも負けない。アズラエル様だってそう言っていた。あのMSはザフトのMSとは比べ
物にならないくらい強い、と。高性能すぎて普通の人間では扱えないが、ナインなら乗
りこなせる、と。
 ならばナインは乗るしかない。アズラエルの期待に応える事。それがナインの喜びで
あり、ナチュラルに従うべく生み出されたソキウス・シリーズの一人としての運命だっ
た。
 いや、今のナインはソキウスという枠には収まらない存在になっていた。ナチュラル
であるサンダルフォンを裏切り、銃を向けた上、今度はMSを使って殺そうとしてい
る。これらはソキウスである以上、絶対に出来ない事のはずだった。しかしナインはや
ったのだ。
 ナインは自分を解き放ってくれたアズラエルに感謝した。この基地に配属される少し
前、アズラエルの命令によって受けた手術。あれ以来、頭の中が妙にスッキリする。今
まで自分を縛っていた何かが解けたような気分だ。
「君は生まれ変わったんですよ、ナイン・ソキウス。今後は僕の命令に従ってくださ
い。僕の言葉は神の言葉ですから」
 アズラエルはナインにそう命令し、ナインはこれを承知した。その時、ナインは自分
が生まれ変わったのだと感じたのだ。
 アズラエルの為に生き、アズラエルの為に死ぬ。それが自分の喜びであり、運命なの
だ。そうナインは思っていたのだが、
「…………?」
 どうもおかしい。頭が少し痛い。あの影太郎という少年の顔を見てから、心が微妙に
揺れ動いている。
 なぜだ? 今日、初めて会ったばかりの子供に、なぜ心が揺れ動く?
 あの目か? あの、少し哀しげな目が気になっているのだろうか。そういえば、他人
にあんな目で見られたのは初めてだ。アズラエルもサンダルフォンも、あんな目はして
いなかった。ジャン・キャリーが似たような目をしていたが、影太郎の目はジャンのも
のよりも哀しみが深く、怒りの色も浮かんでいた。
 あの子供はなぜ、あんな目で自分を見たのか。なぜ? なぜ? なぜ?
 僅かな疑問を抱きながらもナインは走った。そして格納庫にたどり着き、自分の乗機
に乗る。
 ロングダガー。地球軍が作り上げたエースパイロット用のMSで、量産型MSストラ
イクダガーと共に開発された機体である。自分用に調整されたこの機体を使って、基地
を破壊する。それがアズラエルからナインに与えられた使命だった。
「今、ジブラルタルに落ちてもらっては色々と困るんですよ。余計な事を考えたバカな
邪魔者を始末してください。青き清浄なる世界の為に、そして、我らが神の為にね」
 アズラエルの神が誰なのかは知らない。ナインにとっての神はアズラエルであり、そ
の命令に従うのみ。
 決意を固めたナインは、影太郎の哀しげな目を忘れて、ロングダガーを起動させた。
忘れようとした時点で忘れられなくなっているという矛盾に気付かず、彼は戦場に向か
う。



 エレア・クーウェルは火星出身のコーディネイターである。
 特殊な仕事を行う為に遺伝子調整され、生まれる前から運命を定められていた人間だ
ったのだが、彼女はその運命に従う事を拒んだ。自由を愛するエレアは火星という人跡
未踏のフロンティアでありながら閉鎖的な世界を抜け出し、地球にやって来たのだ。
 と、言えばカッコいいのだが、エレアが地球に来た本当の理由は、彼女の性格が火星
の社会に馴染めなかったからだ。
 火星は苛酷な環境な上、人口が少なく、人々が力を合わせなければ生きられない世界
だ。それ故に調和を乱す者は嫌われ、犯罪者には地球以上に厳しい罰が与えられる。
 エレアは犯罪こそ犯していないが、人々からはあまり好かれてはいなかった。誰に対
しても遠慮せず、時には毒にも等しい言葉を浴びせ、時には意地悪にからかう。そんな
彼女の言動は人の心を傷つけるものとして敬遠されていたのだ。
 火星では爪弾きにされていたエレアだったが、地球に来てからは変わった。毒舌家の
彼女を嫌う人もいたが、好きになってくれる人もいた。それが嬉しくて、エレアは自分
の知識と舌に磨きをかけた。
 その結果、ザフトのエリートであるシホ達も唸らせる程の交渉上手になっていたので
ある。エレアは全ての事情を簡潔に、かつ分かりやすく話し、自分達が地球軍に属して
いない事、ザフトと戦う意志が無い事を説明した。それはシホを納得させ、端で聞いて
いた夏も感心するほどの素晴らしい説明だった。
 まあすぐに話が脱線したり、夏とイライジャの事を面白おかしく語ったのには参った
が、その雑談が場の緊張を和らげたのも確かだ。だから夏は顔を真っ赤にしながらも、
エレアを止めなかった。もっとも、
『この事件が解決したら、一発くらい叩いてもいいでござるよな?』
 と思っていたのだが、これは仕方ないだろう。ここでキツく言っておかないと、今後
もこのネタでからかわれる可能性が高いのだから。
 ともあれ、エレアとシホの話し合いは終わった。シホは部下にマチルダとシャドウ・
セイバーズの面々には手を出さないように命令し、シャドウ・セイバーズ側もザフトの
邪魔をしないと約束した。
 これで一件落着。エレアは待機していたラグナスのディンを飛ばさせ、影太郎達を探
しに行かせようとするが、その時、上空から大きな音が聞こえてきた。
「ちょっとラグナス、今のは……」
「爆発音ですね。上で何かあったようです」
 上という事は、つまり地上だ。地上にはザフトのMS部隊が待機しているはずだが、
シホが連絡しても応答が無い。
「そんな……。まさか地球軍の援軍が来たの?」
 慌てるシホ。別働隊の指揮を任せていたロイに連絡を取ろうとするが、マチルダのレ
ーダーは地上から降りてくる機影を捉えていた。数は七。その内の五機はディンの反応
だったが、残り二機はデータバンクに存在しない、未知の機体だった。
 七機の敵は二手に別れた。三機のチームはロイ達の方に向かい、残り四機はマチルダ
に向かってくる。
「シホ、確認したいんだけど、これってザフトの新手の部隊なの?」
 エレアの質問に、ディープアームズに乗っているシホは首を横に振る。
「援軍の要請は出していないわ。それに、地上で待機させていた部隊と連絡が取れな
い。こいつらにやられたみたいね」
 シホは部下のジンに戦闘態勢を取らせた。夏とラグナスも、それぞれの機体の中で身
構える。
 謎の敵達は隠れようともせずに堂々と、正面からやって来た。ディンが二機と、新型
のMSが一機。白い体のその機体にはジンのような地に付く足は無く、代わりに巨大な
飛行ユニットのような物を付けている。ユニットは足に見えなくもないが、それでも異
質な姿だった。
 巨大なトサカを付け、モノアイ式の頭部はザフトのMSに似ているが、よく見ると頭
の後ろにもう一つ顔がある。何とも奇妙なMSだ。
 このMSの名はズィニア。人類の滅亡を望む邪神ダブルGが作り上げた量産型MS。
その試作機である。試作機と言っても完成度は高く、性能も極めて高い。乗っているパ
イロットも、
「それでは任務の確認をします。第一の任務はGGユニットの所在を確認する事。もし
ユニットがここにあるのなら奪取もしくは破壊する事。第二の任務はこのズィニアの実
戦での性能テスト。同時にディンに搭載されているオートモビルスーツシステムの性能
テストも行います。第三の任務はムルタ・アズラエル様の部下、ナイン・ソキウスの回
収。もっともこれは彼の方から合流する予定なので、気にしなくてもいいでしょう。マ
ゴットさん、分かりましたか?」
 クロナ・ギウムはもう一機のズィニアに乗っているマゴットに通信を送る。別働隊を
率いているマゴットは、
「うん、分かってる。虫狩り、虫潰し、虫探し、虫テスト。うふふふふふふ、楽しい、
楽しいね」
「…………まあ理解はしているようなので、良しとします。ポーシャさん、そちらの方
はどうですか?」
 ポーシャとその手下二名はMSに乗っていなかった。シホや夏達の眼前に現れる前に
ディンを無人操縦に切り替えて、身を隠した。そして、
「今、ジャンク屋の飛行艇の中にいます。これからユニットを探しますから、時間稼ぎ
の方はよろしくお願いします」
「分かりました。あと分かっていると思いますが、この場にいる者達は連合もザフトも
関係なく、皆殺しにします。ズィニアやAMSの事を知られるわけにはいきませんか
ら。ポーシャさん達も、その飛行艇にいる連中は全員始末してください」
「……はい、分かりました」
 ポーシャはこの命令には従いたくなかった。彼女とその子分達は宇宙海賊ではあった
が、無闇に人を殺したりはしなかった。義賊を気取るつもりは無いが、嫌なものは嫌な
のだ。
『その点だけは、あの女と話が合ったのよね』
 レインボースターの顔を思い出すポーシャ。だが、すぐに気持ちを切り替え、子分達
を連れてマチルダの中を歩く。
 それと同時にクロナも動いた。無人操縦で動く三機のディンを前に出し、クロナのズ
ィニアはその後ろからビームライフルを放つ。シホの部下のジンの胴体に風穴が開き、
地に倒れた。
「くっ、全機散開!」
 シホの命令と共に、残っているジンがその場を飛び退く。
「ザフトではまだ試作段階のビーム兵器を持っているなんて、あれは連合のMSな
の?」
 戸惑いつつもシホは部下達に指示を送る。空中で待機していたザフトのディン部隊
に、空からズィニアを攻撃させる。ディンはズィニアに向かって銃を乱射する。
 しかし、なぜかズィニアはその場を動かなかった。ディンの攻撃は全弾命中した。
が、ズィニアは無傷だった。
「そんな……。まさか、噂で聞いたPS装甲?」
 シホの推測どおり、ズィニアには連合のGシリーズと同じPS装甲が使われている。
装甲が展開されている限り、ズィニアに実弾系の武器は通用しない。
「神よ、喜んでください。PS装甲のテスト結果は良好。実戦でも充分耐えられます」
 クロナは心の中の神に報告した後、敵のディンに向かってビームライフルを撃つ。連
続して放たれた光の矢は、ディンを次々と貫き、爆散させた。
 更にズィニアは、生き残っていた連合の戦闘ヘリも標的にした。ザフトも連合も関係
ない。自分の前に立つ者は全て破壊し、抹殺する。まるで伝説の狂戦士だ。
「連合のヘリまで落とすなんて、こいつ、一体何者なの?」
 迷うシホだが、ズィニアの攻撃は終わっていない。全てのディンとヘリを撃ち落した
ズィニアは、ビームライフルの銃口をシホ達に向けた。
「そうは、させないでござる!」
 夏が操縦するケンタウロスが地を蹴り、ズィニアに切りかかった。しかし無人操縦の
ディンが前に立ち、ズィニアの代わりに切り裂かれた。
 ズィニアはビームライフルを連射。しかしケンタウロスは巧みなフットワークを見
せ、攻撃を全てかわした。そしてシホのディープアームズの隣に行き、通信を送る。
「シホ殿、この敵は、どうやら拙者達も狙っているようでござる。一緒に戦わせてくだ
され。エレナ殿、構わないでござるな?」
「もちろん。話の分かる人には長生きしてもらいたいしね。ラグナス!」
「はい、援護は任せてください」
 頼もしい援軍に、シホの心は闘志を取り戻した。そして生き残っている部下達に指示
を送る。
「貴方達は敵のディンを片付けてください。あの白いMSは私とジャンク屋の皆さんで
倒します」
 夏達の参戦はクロナにとっても好都合だった。クロナが夏達の気を引いていれば、ポ
ーシャ達がGGユニットを探しやすくなる。
「テストを続行します。ザフトの皆さん、そしてジャンク屋の人達も、もう少し持ち堪
えてくださいね」
 ズィニアがビームライフルの引き金を引いた。走る閃光。かわすケンタウロス。空中
では、ラグナスのディンと無人操縦のディンが激しい戦いを繰り広げている。この様子
をマチルダから見ているエレアは、
「まったく、シャドウ・セイバーズを名乗ったばかりで、こんな戦いに巻き込まれるな
んて、私達の前途は多難すぎるわね」
 と呟く。その背後に迫るポーシャ達。こちらでも戦いが始まろうとしていた。



 ナイン・ソキウスの乗ったロングダガーはサンダルフォンを殺す為、彼がいた家に向
かって走っていた。が、その前に白いジンが立ちはだかる。
「ジャン・キャリーか。お前に用は無い。どけ」
「悪いがそうはいかない。人が殺されるのを黙って見過ごすわけにはいかないからな」
 それこそがジャンが戦う理由だった。だから彼はナインを止めるのだ。それは彼の友
の願いでもある。
「影太郎君は君がこれ以上、悪事に手を染める事を望んではいない。もう止めてくれな
いか?」
「私の主はアズラエル様だ。あの子供ではない。だから彼の命令を聞く必要は無い」
「命令じゃない。一人の人間としての頼みだ」
「そんなものを聞く必要は無い」
 白いジンに襲い掛かるロングダガー。このMSはストライクなどのGシリーズと呼ば
れるMSと同様、ビームライフルやビームサーベルなど小型のビーム兵器を搭載してい
る。操縦するナインも一流のパイロットだ。ロングダガーの高性能を引き出し、見事な
動きを見せる。
「くっ、やはり力づくで止めるしかないのか!」
 対するジャンも、『煌く凶星J』の異名は伊達ではない。機体の性能で勝る相手の攻
撃を全てかわし、銃や剣を振るい、互角の勝負を繰り広げる。
 二人の戦いは、影太郎達がいるサンダルフォンの家からでも見る事が出来た。影太郎
とレインボースターとレウ、そしてサンダルフォンも避難せず、ジャンとナインの戦い
を凝視していた。
「あれが噂の連合のエース用MS……。いいわね。欲しいわあ」
 レインボースターは目を輝かせているが、影太郎とサンダルフォンの表情は暗かっ
た。
「まずいな。このままだと…」
「ああ。キャリー少尉は負けるな」
 二人の予想は外れないだろう。ジャンも健闘してはいるが、旧式のジンと最新のロン
グダガーでは性能の差がありすぎる。両機とも相手の攻撃をかわしているが、ロングダ
ガーの方は余裕が見られるのに対して、ジンはギリギリでかわしているのが素人目にも
分かる。
 このままではジャンは負ける。そうなれば自分達も殺されるだろう。死の予感に震え
るサンダルフォンに影太郎が話しかける。
「ジャンを助ける。俺の仮面を返してくれ」
「何だと? あんな物で一体何をするつもりだ?」
「いいから貸せ。あいつに殺されたいのか?」
 怯えるサンダルフォンとは正反対に、影太郎の目には生きる意志が漲っていた。その
意志を感じ取ったサンダルフォンは、机の中に入れてあった黒い仮面を返す。
「それでどうするつもりなのよ」
「こいつは俺の知恵の限りを使って作った物だ。あとはこいつを使う勇気と根性を振り
絞れば、何とかなる」
「?」
「まあ見てろって。俺の知恵と勇気と根性の結晶を見せてやる」
 影太郎は足元にいたレウの頭を撫でた。そして、レウの首輪を外し、首輪の内側に隠
されていた小型の機械を手に取る。
「レウ、預けていた物を返してもらうぞ。お前はここに残って二人を守れ」
「ワン!」
「ひいっ! い、いや、この犬は連れてってほしいんだけど……」
 レインボースターの泣き言を無視して、影太郎は家から飛び出した。そして二機のM
Sがぶつかり合っている戦場に向かう。
「ちょっ、ちょっと、何をするつもりなのよ! あんた、死ぬ気!?」
 レインボースターの声は影太郎には届かなかった。彼の心は自分でも驚くほどに集中
しており、雑音は耳に入らなかったのだ。
 影太郎は仮面を手に持って、レウの首輪に隠していた小さな機械を取り付ける。小さ
な起動音を上げて、機械が動き出した。この機械は単体では何の役にも立たないが、影
太郎の仮面に取り付ける事によって、仮面に隠されている最後の切り札を目覚めさせる
のだ。
「まあ切り札って言えるほど、カッコいいものじゃないけどな。勿体無いし、まだ使い
たくは無かったんだが……いや、ちょっどいい機会かもな。こんな仮面で顔を隠して
も、俺の中にいるアルベリッヒは消えない。シャドウ・セイバーズの一員として、気合
を入れなおさないとな」
 影太郎はロングダガーに接近した。踏み潰されないように慎重に、だが速足で近づ
く。
 銃を壊され苦戦しているジャンも、押し始めたナインも、影太郎に気が付いた。影太
郎は二機のMSのすぐ近くにまで来ていた。
「影太郎君、危ない、下がりたまえ!」
 ジャンが叫ぶが、影太郎は退かなかった。
 ナインも驚いていた。この子供はなぜ、こんな所にいる? 何をしようとしている?
 ジャン・キャリーを助けようとしているのか。なぜ? 仲間だから。仲間? 仲間と
は何だ。アズラエル様より大切なものなのか。バカな、そんなものがあるはずがない。
あってはならない。
「目障りな…!」
 ナインはロングダガーの右足を上げ、影太郎を踏み潰そうとした。しかし、それが大
きな隙を生んだ。
「そうはさせん!」
 ジャンのジンはロングダガーに飛び掛り、その巨体を地に倒した。土埃が舞い、影太
郎の姿が消える。
「そいつから離れろ、ジャン・キャリー!」
 影太郎の大きな声が、ジンの操縦席に飛び込んできた。ジャンは咄嗟に操縦桿を動か
し、ロングダガーから離れる。立ち上がろうとするロングダガー。その右足に向かっ
て、影太郎は小さな機械を取り付けた仮面を投げつけた。
「すまない。でも、あいつを助ける為だ。最後に一花、それもとびっきりのを咲かせて
くれ」
 影太郎が別れを告げると同時に、仮面は大爆発した。ロングダガーの右足は吹き飛
び、その衝撃が影太郎の小さな体も飛ばしてしまった。
「影太郎君!」
 間一髪、ジャンのジンが宙を舞った影太郎を受け止めた。そして冷たくも大きく頑丈
な手で影太郎を守る。
 爆煙が収まると、右足を失ったロングダガーの姿が現れた。上半身も傷付いている
が、操縦者は生きているらしく、なおも戦おうとビームライフルを構えようとする。
が、その前に影太郎を降ろしたジンが現れ、剣で二本の腕を切り落とした。
「勝負あったな」
 ジャンの言うとおりだった。ナインは自分が負けた事を噛み締め、その意識を深い闇
の中に沈めていった。自分を倒した男、宇流影太郎の名と顔を、心に刻みながら。
 影太郎は大きなケガはしておらず、ジャンに向かって元気よく手を振る。
「やったな。ありがとう、ジャン・キャリー」
「いや、この勝利は君のお陰だ。私の方こそありがとう。だが、もう二度とこんな危な
い事はしないでくれ。君が死んだら悲しむ人が大勢いるようだからな」
「もうしないよ。けど、二人とも助ける事が出来たから良かったぜ」
 影太郎はジャンだけでなく、ナインも助けたかった。だから仮面をロングダガーの操
縦席には投げず、右足だけを吹き飛ばしたのだ。
「そんなにあのMSのパイロットを助けたかったのか?」
「ああ。あいつ、嫌な目をしていたからな。泣き叫びたいのに我慢している、バカな子
供みたいな目だ」
 影太郎の頭にアルベリッヒの記憶が浮かび上がる。父の足にしがみ付く娘。泣きたい
くせに我慢している娘と、娘を泣かせない為に優しく頭を撫でる父。不器用な親子だ
が、影太郎は嫌いではなかった。
 あの少女の目と、ナインの目が微妙に重なったのだ。亡き友と同じ顔をし、そしてあ
の少女と同じ目をした少年。彼を助けなかったら絶対に後悔する。それは理屈ではな
く、本能にも似た思いだった。
「影太郎君、君は私よりも険しい道を歩いているようだな。だが、立派だよ」
 ジャン・キャリーは影太郎の勇気と闘志に敬意を表した。そして、この少年を友にな
りたいと思った。
 一方、影太郎の活躍(?)を遠くから見ていた二人の反応は、まったく違うものだっ
た。
「な……何が、知恵と勇気と根性の結晶よ! あんなの、ただのバカじゃない! 自分
が死ぬかもしれないのに、何やってるのよ、あのバカチビは!」
 レインボースターは顔を真っ赤にして怒っていたが、サンダルフォンは、
「見事だ」
 影太郎を褒めた。彼がコーディネイターを褒めたのは、生まれて初めてだった。



 ロングダガーが右足を吹き飛ばされた際の爆発音は、発着場で戦っていた夏やシホ、
クロナ達の耳にも届いた。遠くで上がる黒い煙を見たクロナは、
「異常事態が起こったようですね。マゴットさん、そちらで何かありましたか?」
 別働隊の指揮を任せているマゴットに連絡を入れる。彼女はディス・ロイ率いる部隊
と戦っているはずだが、
「う〜ん、何も無いよ。敵は緑のだけしか残ってないし。緑の虫、虫、緑虫。あ、ミド
リムシは虫じゃないんだよね。あはは、間違えちゃった。あははははははは」
 微妙に会話にならないが、マゴットが無事らしい。クロナはポーシャ達に通信を入れ
る。
「こちらはクロナ・ギウム。ポーシャさん、そちらの作戦の状況は…」
「ク、クロナさんですか? 良かった、やっと繋がった!」
 返ってきた声はポーシャのではなく、男の声だった。ポーシャの子分の声だ。
「どうしてあなたが出るんですか。ポーシャさんはどうしたんですか?」
「姉さん、ボコボコにやられちゃったんですよ。俺も相棒も、逃げるのが精一杯で…
…」
 マチルダには女の乗員が一人だけ残っていた。彼女を捕まえてユニットの在り処を吐
かせようとしたのだが、その女は恐ろしく強く、返り討ちに合ってしまったのだ。
「あ、あの女はバケモノですよ。俺達の手に負える相手じゃありません。引き上げます
から回収してください。お願いしま…」
 クロナは通信を切った。予想外の事態が起きている。このままここに居ては危険な気
がする。
『時間が経てば、異変を察知したザフトの援軍が来る。そうなればかなり厄介だわ』
 いくらズィニアが優秀な機体でも、たった二機でザフトの大部隊を相手にするのは無
謀だ。PS装甲も無限ではなく、こうしている間にも機体のエネルギーは減り続けてい
る。
『計算以上にエネルギーの消耗が激しい。PS装甲のエネルギー効率は調整する必要が
ありますね』
 それに雑魚は片付けたが、こちらも無人操縦のディンは、敵のディンによって全て落
とされていた。そして残った敵はいずれも手強かった。
 夏のケンタウロスも、シホのシグーディープアームズも、ギリギリではあるがズィニ
アの攻撃をかわしている。ケンタウロスの武器は刀なのでPS装甲で防げたが、斬撃が
当たる度にPS装甲はエネルギーを消耗してしまう。ディープアームズのビーム砲も厄
介だ。連発は出来ないようだが、威力はズィニアのビームライフルより遥かに上で、P
S装甲でも防げない。
 迷うクロナの心に、何者かの声が響き渡る。
 恐れるな。
 戦え。
 撃て。
 殺せ。
 潰せ。
 切り裂け。
 それが君の望み、僕の望み。神なんて関係ありませんよ。僕達二人の望み、僕達だけ
の…。
「黙りなさい」
 クロナはその声を強引に押さえつけた。そして、しばし考えた後、判断を下す。
「作戦は失敗です。ズィニアの活動限界時間が迫っています。エネルギーが尽きる前に
引き上げます。マゴットさん、ポーシャさん達を回収してください」
「うん、分かった。でもいいの? ナインって人も回収しないとダメなんじゃない
の?」
「どうやら彼はやられたようです。死亡したかは分かりませんが、敗れた者を回収しろ
という命令は受けていません」
 それに吟が伝えた命令の内容から推測すると、アズラエルはナインにさほど固執して
はいなかった。アズラエルにとってナインはソキウス・シリーズを有効利用する為の実
験体に過ぎず、死ぬようならそれも『実験の結果』だと考えているようだ。モルモット
はその役目を果たしたのである。
 哀れなモルモット。けど、それは君もそうなんじゃないのか?
「黙りなさい」
 クロナは自分を叱り付けた。そして撤退の準備に入る。



 戦いは終わった。
 謎の敵は退けたが、犠牲も大きかった。地球軍もザフトも多くの死傷者を出してお
り、地下基地は地獄のような光景だった。
 夏とシホは疲れ果てていた。マゴットに追い詰められながらも命拾いしたロイも同様
だった。
「あ、あの白いMSは何だったんだ? 地球軍のものでもないみたいだったし……」
「恐らく、アフリカで拙者達を襲った連中でござる。戦い方がよく似ていたでござる
よ」
 夏はレセップスを修理していた時に自分達を襲った敵の事を話した。
「この事はダコスタ殿も知っているでござる。ジブラルタル基地にいるはずでごさるか
ら、彼からも話を聞いてみたらいいと思うでござるよ」
「ああ、あいつなら確かにジブラルタルにいるよ。もうすぐ宇宙に戻るそうだがな。そ
の前に話を聞いてみるか」
 久しぶりに友人と語り合う事にしたロイ。これが彼の運命を大きく変える事になるの
だが、それはまた別の話。
 戦闘後、シホはジブラルタルに「敵の予想以上の反撃を受けた」と連絡を入れた。一
応、謎のMSの事も報告したのだが、
「上は地球軍の新型機だと判断するだろう。実際、地球軍のMSは作られているから
な」
 シホの言うとおりだった。ザフトの上層部は既に地球軍の新型機については情報を掴
んでいたらしく、シホの報告をあまり重要視しなかった。既にリヒター・ハインリッヒ
による情報操作が行われていたのだが、それを知る者はいなかったのである。
 その後、シホとロイは生き残った部下を連れて、ジブラルタルに引き上げていった。
ズィニアの猛攻によってシホとロイの機体以外は全て破壊された上、負傷者も多く、今
の戦力では基地の占領は不可能と判断したのだ。
 それにこの地下基地は敵に発見された時点で、その存在価値を失っている。ザフト上
層部も急いで占領する必要は無い、と考えたらしく、シホ達の撤退は承認された。
 地球軍の兵士達は捕虜にはされず、基地に残された。シホの部隊は捕虜も確保できな
いほど傷付いていたのだ。しかし地球軍も負傷者が多く、この基地を守るのは無理だっ
た。サンダルフォンは撤退を命じ、ザフトの追撃が始まる前に引き上げる事にした。
 撤退する前にサンダルフォンは、影太郎達がいるマチルダを訪れた。マチルダの操縦
室にはシャドウ・セイバーズの面々が集まっていた。サイボーグのラグナスもいたのだ
が、サンダルフォンは彼を無視して、
「時間が無いので用件だけ言おう。お前達への疑惑は全て晴れた。今回の事はジャンク
屋組合には報告しない。これまでどおりジャンク屋家業を続けるがいい」
 サンダルフォンは指を鳴らした。扉が開き、ジャン・キャリーが車輪の付いたベッド
を押しながら入って来た。ベッドの上にはナイン・ソキウスが横たわっていた。
「お前達には迷惑をかけた上、命を助けてもらった。その侘びと礼として、この二人を
くれてやる。こいつらは本日をもって地球軍を除隊した。行く当ても無いそうだから、
ジャンク屋でこき使ってやれ」
「そういう訳だ。よろしく頼む」
 笑顔を見せるジャン。晴れ晴れとした顔をしている。
 一方、ナインは眠り続けていた。戦いが終わり、ロングダガーの操縦席から助け出さ
れてから、ずっとこの状態なのだ。簡単な検査をしたが、大きな怪我はしていなかっ
た。これ以上の検査は、マチルダや破壊されたこの基地の施設では無理だった。
「ナインを詳しく検査したいのなら、それなりの病院でないと無理だろう。俺が知って
いる最高の病院を紹介してやる。紹介状も書いてやろう」
「ありがとう。でも、いいのか? あんたは地球軍でブルーコスモスなのに、俺達コー
ディネイターにこんな事をしたら、マズいんじゃないのか?」
 心配する影太郎に、サンダルフォンは不敵な笑みを見せる。
「確かに俺はブルーコスモスだし、コーディネイターは大嫌いだ。滅ぼすべきだと思っ
ている。しかし、命の恩人を蔑ろにする恩知らずではないし、殺すにしても借りを返し
てから殺したい。そうしなければ俺の気が済まないからな」
「勝手な理屈ね。あんたの気分次第で殺されたり見逃されたりするなんて、こっちはい
い迷惑だわ」
 もっともな事を言うエレアだったが、サンダルフォンの笑みは変わらなかった。
「当然だ。俺はブルーコスモスだからな。それにこの病院への紹介状、貴様らにとって
は地獄へのパスポートになるかもしれないぞ」
「どういう事よ?」
「病院の住所を見れば分かる。貴様ら、死地へ飛び込む覚悟があるか?」
 サンダルフォンが紹介した病院は、世界的にも有名な大病院だった。所在地はワシン
トン。反コーディネイターを政策とする地球連合の中心的国家、大西洋連邦の首都であ
る。



 ちなみにレインボースターは、ザフトより先に基地を抜け出していた。
「あー、もう! 犬には吠えられるし、狙っていたMSは壊されるし、結局何も手に入
れられなかったし、あのチビバカと関わるとロクな事にならないわ! もういい、気を
取り直して次の仕事の準備をしましょう。次こそ地球軍のMSを手に入れるわよ。ルキ
ーニからの情報だと、大西洋連邦のニューヨーク基地の警備が手薄らしいけど……」
 彼女と影太郎の縁は、まだまだ続くようだ。ご愁傷様。

(2007・8/11掲載)
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