第15章
 小さな、されど大いなる希望

 マクシー達の襲撃を退けた影太郎達だったが、その直後にウェールズ少将から通信が
入り、ナイン・ソキウスが病院からいなくなった事を教えられた。驚く影太郎達にマル
コが、
「ナイン・ソキウスをさらったのは、ダブルGの手先だろうね。もう一度、君達と戦わ
せるつもりなんだろう」
 マルコの推測は当たっていると思われる。そして、その予見も。だが、その時こそナ
インを救うチャンスでもある。
「あいつを救う為にも俺達は強くならないとダメだ。行くぞ、オーブへ」
 ウェールズに別れの通信を送った後、影太郎達を乗せたマチルダは大西洋連邦を出国
して太平洋を南下。敵に見つからないよう慎重に飛行し、三日後、オーブ連合首長国に
到着した。
 マチルダを空港に着陸させた後、影太郎はシャドウ・セイバーズのメンバー全員を引
き連れてモルゲンレーテ社を訪問した。世界でもトップクラスの技術力を誇る兵器製造
会社にして、オーブの国営企業でもあるこの会社にこそ、影太郎が求めている力がある
のだ。
 いつもは留守番役のラグナスも、ケガが治って間もないエレアを守る為について来
た。その外見ゆえになかなか外を出歩けなかったラグナスだったが、オーブの人々はラ
グナスのロボットのような格好を見ても、あまり驚かなかった。
「この国の人達は凄いですねえ。さすがは技術大国オーブの国民だ」
 ちょっと感動するラグナスだったが、
「お母さん、あの人、コスプレしてるよ。でも、今日ってそういうお祭りの日だったっ
け?」
「あら、お祭りはもう少し先だった気がするけど……。でも町中でコスプレをするなん
て、マナーがなってないわね。坊やはああいう人になっちゃダメよ」
「はーい」
 オーブは今日も平和だった。色々な意味で。
 しばらく歩いた後、モルゲンレーテ社にやって来た影太郎は、ある人物との面会を求
めた。その際に取次ぎを担当してくれた社員に、一枚の手紙を渡した。
 数分後、その『ある人物』が駆けつけてきた。その男の顔は青く染まっており、恐怖
と驚きに満ちた心境を感じさせる。男は影太郎達の顔を見回して、
「あの手紙を書いたのは誰だ? どうしてあの事を知っているんだ? あれは俺と…」
「アルベリッヒ・バーネットしか知らない事のはずだよな」
 影太郎は意地悪そうに笑いながら、男の顔を見た。幼稚園児ほどの身長しかない子供
の発言に男は心底から驚いている。影太郎は続けて、
「でも俺は知っている。信じられないかもしれないが、あの手紙に書いた事は全て真実
なんだよ。久しぶり、いや、やっぱり初めましてと言うべきかな。タツヤ・ホウジョウ
さん」
「なっ……」
 アルベリッヒ・バーネットの愛弟子は、死んだはずの師のクローンである子供との出
会いに戸惑い、口をあんぐりと開けた。
「驚いているようでござるな」
「無理も無いわよ。ところで、あの手紙には何が書いてあったのかしら? アルベリッ
ヒとホウジョウさんの二人しか知らない過去話って、ちょっと気になるわね」
「エレア殿、野次馬根性はみっともないでござるよ。話のネタにするつもりなのでござ
ろうが、ここは控えるべきでござる」
「夏ちゃんは真面目すぎるのよ。あの真面目そうな傭兵君とはお似合いだけど」
「なっ! イ、イライジャ殿は関係ないでござろう!」
「あら、アタシはイライジャ・キールの事だなんて言ってないわよ。それとも心当たり
があるのかしら?」
「ぐっ……」
 恋心を見透かされて言葉に詰まる夏と、そんな夏をからかうエレア。ラグナスやレ
ウ、ジャンにとっては既に見慣れた光景だが、客人であるマルコは首を傾げていた。
『仲が良いのか悪いのか分からない人達だな。ママは、分からない事があれば調べなさ
いって言ってた。影太郎だけでなく、この二人も少し観察してみよう』
 他人への興味。その感情に目覚めたばかりのマルコにとって、シャドウ・セイバーズ
の面々は面白い教材だった。
『そういえばエレアって人は、ノーフェイスさん達が追いかけていたな。でも、ママは
何も言っていなかったから別にいいか。殺すには少し惜しいし』
 面白い人だから、組織が追っている奴でも殺さない。自分の心が微妙に変わっている
事に、マルコはまだ気付いていなかった。



 影太郎がアルベリッヒのクローンである事に半信半疑だったタツヤだったが、影太郎
だけでなく夏やエレア、ジャンからも説明されて、ようやく信じてくれた。一同は社の
会議室に通され、改めてタツヤと話し合う。
「驚きましたよ。アルベリッヒ先生のクローンがこのタイミングでこの国に来るとは、
まったく、何て因縁なんだ。それともこれが運命ってやつなのか……」
「因縁? 運命?」
「ええ。つい先日、あなたの、いや、アルベリッヒ先生の娘さんがこの国に来まして
ね」
 タツヤはアルベリッヒの娘ガーネットを乗せた地球軍の戦艦がオーブに来た事、そし
てこの戦艦とザフトの部隊がオーブ近海の島で戦った事を話した。
「そうか。アークエンジェルがオーブに来たのか。いや、カガリ・ユラ・アスハを乗せ
ていたし、来ない方がおかしいか」
「先生、いや、影太郎君はあの艦を知っているんですか?」
 タツヤは影太郎に敬語で話している。大の大人が、幼児と言ってもいい子供に敬語で
話す。滑稽な様子だが、これはタツヤが今でもアルベリッヒを尊敬しており、亡き師の
体で生きている影太郎にも一目置き、彼の話を真剣に訊いている証なのだ。
「アークエンジェルとはアフリカで一緒に戦った。もうオーブを出たのか?」
「それが、その……。色々と複雑な事情が重なりまして。何て説明すればいいのか…
…」
 迷うタツヤに変わって、意外な人物が口を開いた。
「ザフトとアークエンジェルの交戦中、ガーネット・バーネットが操縦するMSストラ
イクシャドウが暴走。敵味方の区別なく攻撃を行い、アークエンジェルは逃走。残され
たストライクはザフトのイージス、ブリッツと協力してシャドウを沈静化。パイロット
達はオーブ軍に保護された。僕が聞いた情報ではこうなっています。間違いありません
か?」
 マルコの発言に、呆気に取られるタツヤ。その表情が、マルコの情報の正しさを証明
してくれた。
「き、君、どうして知っているんだ? あの戦闘については、オーブのマスコミには緘
口令を敷いているのに……」
「ママが教えてくれました。ママは色々知っているんですよ。あ、どうやって伝えてく
れたかは秘密です。ママが言うなって言ってましたから」
 自慢げに言うマルコ。無邪気そうなこの少年の顔を、夏は警戒する目付きで睨んだ。
「マルコ殿、そなたは一体何者でござる? ダブルGとやらの事を教えてくれたのだか
ら、奴らの仲間ではないようでござるが」
「僕が何者かは言えない。ママも言うなって言ってたから」
 夏の質問をはぐらかすマルコ。微妙な緊張感が流れる中、
「ホウジョウさん、マルコの言った事は本当なのか?」
 影太郎が尋ねる。
「え、ええ。もっとも、今はガーネット君はこの国にはいませんけどね。アラスカに向
かったアークエンジェルを追っていきました。それにしても、君達がダブルGの事まで
知っていたとは……」
「あなた達も知ってたんですか。オーブの情報収集力も大したものですね」
 感心するラグナスに、タツヤは苦笑する。
「いや、私達もつい最近までは名前さえ知らなかった。こちらも色々あってね」
 タツヤは自分の知っている事を全て話した。
 ガーネット達がオーブに保護されたすぐ後、この国に驚くべき人物がやって来た。プ
ラント評議会の前議長シーゲル・クラインの一人娘にして『プラントの歌姫』として多
くの人々に慕われている少女、ラクス・クラインである。
 彼女はアスランの同僚であるイザーク・ジュールと、キラの友人でザフトに捕らえら
れていたフレイ・アルスターという少女を連れていた。ラクスはフレイがダブルGの手
下によって頭にバイオチップなる物を埋め込まれた事を話した。人類滅亡を企むダブル
Gの野望を阻止する為、三人はザフトが作った三機の最新型MSに乗って、オーブにい
るキラ達と合流する為にやって来たのだ。
「キラ君達もダブルGと戦うと言ってくれましたよ。ラクス嬢の話だけでなく、先生の
ご遺言もありましたからね」
「アルベリッヒの遺言だと!?」
 驚く影太郎。途端に、自分の頭の中にある光景が浮かび上がる。死の直前に残した記
録。自分の罪を告白し、覚悟と決意、そして娘への思いを込めたメッセージを録画し
て、そして……。
「ガーネットさんが先生から託されていたんですよ。後で見ますか?」
「いや、いい。あいつが何を言ったのか、もう知っているからな」
 正確には今、思い出したのだが、それは言わない事にした。アルベリッヒ・バーネッ
トという人物について、今まで以上に考えてみたくなったのだ。その心境を隠して、影
太郎は話を進めた。
「ホウジョウさん、あんた達も知ったとおり、ダブルGはこの世界そのものを滅ぼすつ
もりだ。そんな事、絶対に許しちゃならない。奴を阻止する為には力がいる。俺は力を
手に入れる為にこの国に来た。ホウジョウさん、俺に協力してくれ」
「ダブルGと戦う人達に協力は惜しみません。けど、影太郎君は何を求めているんです
か? 力が欲しいというのは、MSのような兵器が欲しいという事ですか?」
「ああ。いきなりやって来て、図々しい頼みだと思う。でも、タダでくれとは言わない
し、それに正規のMSをもらうつもりはない。ジャンクパーツで充分だ。後は俺が組み
上げる」
「MSを自分で作るつもりなんですか? そんな無茶な……」
 驚くタツヤ。MSの開発や製造は個人レベルで出来るものではない。ジャンクパーツ
を使うとはいえ、それでも相当の知識や技術が必要だ。
「無茶でも何でもやるしかない。それにそんなに無茶な事でもないさ。基本設計はもう
出来ているし、こっちには頼もしい助っ人がいるからな」
 と言って、ジャンの方を見た。ジャンは黙って頷く。
「うーん……。それでも俺の一存では決められませんね。取次ぎはしますから、もう少
し上の人と話してもらえませんか?」
「上の人? モルゲンレーテの社長か?」
「いえ、もっと上の人、この国のトップ、ウズミ・ナラ・アスハ様とですよ。こういう
事は本当のトップと話し合った方が早く済みますからね」
 なかなか大胆な事を言う。驚く夏達だったが、影太郎は不敵に微笑んだ。
「ケンカは一番上の奴とやるべし。その方が時間も手間も省ける。確かアルベリッヒも
そう言っていたな」
「ええ。先生の教えの賜物ですよ」
 タツヤ・ホウジョウも影太郎と同じような微笑を浮かべた。慎重なようで時に驚くほ
ど大胆な事をやる。そういうところは、さすがアルベリッヒ・バーネットの弟子であ
る。



 ウズミ・ナラ・アスハ。オーブ五大氏族の一つアスハ家の当主にしてオーブ連合首長
国の代表首長を勤めあげた人物で、『オーブの獅子』とも呼ばれている。ヘリオポリス
の一件でオーブの中立政策を破った責任を取って首長の座からは退いたが、その政治的
影響力は今も健在で、人々からはオーブの代表として認識されていた。
 多忙な身でありながら、ウズミは影太郎達に会ってくれた。アスハ家の豪邸の客間に
通された一同の前に現れたウズミは、全員の顔を見た後、影太郎の側に行き、
「なるほど。同じ目をしている。いや、微妙だが彼とは違うな」
 と言って、影太郎に手を差し出した。
「ホウジョウ君から話を訊いている。宇流影太郎君、古き友にして、新しき友よ、よう
こそオーブへ。歓迎しよう」
「信じるのか? 俺がアルベリッヒのクローンだという事を」
 ウズミとアルベリッヒ・バーネットは古くからの友人だった。二人で夜遅くまで熱く
理想を語り合った記憶は、影太郎の中にも残っている。だからウズミの事は嫌いではな
かったし、信じてもらえたのは嬉しいのだが、あまりにあっさり信じてもらうと拍子抜
けしてしまう。それは他の者達も同じらしい。特にマルコは、
「何の証拠も見せていないのに、話だけで信じるんですか? オーブの獅子はもう少し
思慮深い人だと聞いていたんですけどね」
 と、軽く失望したようだった。これに対してウズミは笑って、
「そうだな。君の言うとおり、こんな話をすぐに信じるようでは政治家としては失格だ
ろう。正直、この目で見る前までは信じていなかった。ホウジョウ君は騙されたのだろ
うと思った。だが…」
 ウズミは影太郎の目を見た。自分の娘より幼く、とても小さい少年の目を、じっと見
る。
「その目、雰囲気、ダブルGの事を知り戦おうとする強い意志、そして何より、MSを
手に入れる為に友人とはいえ一国の長の前に立つ大胆さ。これらを兼ね備えている男な
ど、私の知る限りでは一人しかいない」
 ウズミの言葉からは、アルベリッヒに対する強い友情と信頼が感じられた。いや、そ
れ以外にももう一つ。
「例えアルベリッヒでないにしても、そういうバカな事を言う人間には興味が沸く。会
ってみたくなるものだよ。君もそうではないのかね?」
 ウズミはマルコの方に視線を向けた。影太郎への興味からこの場にいるマルコは、少
し顔を背ける。図星を突かれて恥ずかしくなったらしい。
 それからウズミは椅子に座り、影太郎達とテーブル越しに対面する。
「話は既にホウジョウ君から聞いている。MSが欲しいそうだね。それで何をするつも
りかね?」
「ダブルGと戦う為だ。この世界を守る為、奴を倒す為の力が欲しい」
 影太郎は今までの経緯を簡単に話した。自分達がダブルGに狙われている事、今は別
行動をしているロウや樹里が狙われると考えられる事。ナイン・ソキウスが誘拐された
事も話した。
「ナインはいずれ俺達の前に現れる。だが、今の非力な俺達ではあいつを助ける事は出
来ない。力が欲しいんだ。頼む、協力してくれ!」
 影太郎は椅子から立って、深々と頭を下げた。残念ながらその小柄な体はテーブル影
に隠れてしまい、頭を下げている姿はウズミからは見えなかった。しかし、その真摯な
態度は伝わったらしく、ウズミは考え込む。
「拙者からもお願いするでござる。影太郎殿は力を欲しているでござるが、それは邪な
事に使う為ではござらん」
「そうね。影太郎が悪い人間じゃない事は、アタシ達が証明するわ。この命を賭けても
いいわよ」
 あまり仲は良くない夏とエレアだが、影太郎を信頼している気持ちは同じだった。ラ
グナスとジャンも、
「エレアさんの言うとおりです。この子は見た目は子供だけど、中身は凄い。今までだ
って絶体絶命のピンチを切り抜けてきたんです、ダブルGだって、きっと倒せますよ」
「私はこの少年に命を救われました。彼は信頼に足る人物です。ウズミ殿、彼に力を貸
してください」
「ワン、ワンワン!」
 勇ましく吠えるレウ。皆と同じ考えらしい。
 客人であるマルコは傍観していたが、夏達に反対もしなかった。彼は黙って、事の成
り行きを見守る。
 どれほどの時が流れたのか。長いようで短い時間が過ぎ、ウズミが口を開いた。
「分かった。君達に出来る限りの協力はしよう。ただし、一つだけ条件がある」
「条件? 何だ、それは?」
 頭を上げた影太郎に、ウズミは過酷な条件を言い渡す。
「影太郎君。君にアルベリッヒ・バーネットの遺言を聞いてもらいたい。そして受け継
いでほしいのだ。彼の遺志と、その思いを」



 ウズミとの会談の後、影太郎達はモルゲンレーテに戻った。タツヤは所属しているM
S部隊の訓練に出かけて留守だったが、彼から話を聞いた部下が出迎えてくれた。まだ
若い女の子で、美しい銀色の髪と水色の瞳を宿している。モルゲンレーテの技師の制服
を着ているが、その肌は技師とは思えないくらい白く、どこかアンバランスさを感じさ
せる少女だった。
「ユナ・シュペルダートです。どうぞよろしくお願いします」
 外見に似合うくらい可憐な声で、少女は挨拶した。子供のような外見をした影太郎に
も、丁寧に対応している。いい親に育てられたのだろう。
『親、か……』
 複雑な心境を隠し、影太郎はユナに案内されてモルゲンレーテのMS工場にやって来
た。広大な格納庫の中では、多数のMSやその武器が組み上げられており、作業をして
いる人々の声や機械の音が止む事無く響き渡っている。
「さすがはモルゲンレーテの工場だ。大したものだな」
 技術者としての血が騒ぐのか、ジャン・キャリーの目が輝いている。
「ここでなら君の考えていたアイデアが実現できそうだな、影太郎。……どうした? 
顔色が少し悪いようだが」
「何でもない、大丈夫だ。ユナさん、ここで作っているMSのデータを見せてくれない
か?」
「はい、どうぞ」
 ユナは一台のノートパソコンを影太郎に渡した。そこには現在モルゲンレーテで製造
中、または既に作り上げたMSの詳細なデータが掲載されていた。
「随分と詳しいデータだな。これ程のデータを社外の人間に見せてもいいのか?」
「ウズミ様とホウジョウさんから許可は頂いています。特にウズミ様からは、ここにあ
なた達が来たら望むもの全てを見せるようにと言われていますから」
「…………」
 影太郎の顔がわずかに歪む。これはウズミなりの誠意であり、友情なのだろう。その
思いが嬉しく、同時に少しだけ煩わしい。
『ちっ、俺もいつまでウジウジやっているんだ!』
 気を取り直して、影太郎はモニターに表示されたデータを見る。さすがモルゲンレー
テ製のMSは高性能なものばかりだ。ストライクのような試作機はもちろん、量産MS
であるM1アストレイの性能も素晴らしい。
「M1アストレイは、ロウや劾の機体の量産型ね。なかなかの機体だわ」
「エレア殿の言うとおり、確かにいいMSでござるが、正規軍に採用される機体は使え
ないでござるな。民間人の拙者達が軍用の、しかも中立国であるオーブのMSを使って
戦えば、オーブに迷惑がかかるかもしれないでござる」
 夏の言うとおりだった。戦火が広がる一方の現在、オーブの立場は非常に微妙なもの
だ。正式な売買契約をして買い取ったとしても、戦闘用MSを民間人に売ればオーブは
国際的な評価を下げるだろう。オーブ軍が使う予定のMSは使えない。
「M1はダメだな。ジャンクパーツもM1のはなるべく使わないようにしよう。他には
……」
 影太郎はデータを次々と閲覧していく。レッドフレームやブルーフレーム、敵の手に
落ちたゴールドフレームのデータもあった。
「アストレイの試作機か。整備した事もあるし、出来るならこいつを使いたいな。ユナ
さん、グリーンフレームとかイエローフレームとか無いのか? ホワイトとかバイオレ
ットでもいいんだけど。あ、ピンクはちょっと勘弁」
「どこの戦隊ものよ」
 影太郎のボケに、エレアがツッコミを入れた。少し場が和んだ。
「それに、君の体は小さすぎるから、普通のMSは動かせないでしょ。まずは君専用の
操縦席を作るべきだと思うんだけど」
 エレアの言うとおり、影太郎の小柄すぎる体では大人用のMSは操縦できない。幼児
を自動車に乗せるようなもので、無理やり手を伸ばせば動かすくらいは出来るが、きち
んと操縦して戦うには手足の長さが足りない。この問題は影太郎も何とかしたかったの
だが、
「それは私も考えた。しかし彼専用の操縦席を作るとなると、既存のパーツでは大きす
ぎてほとんど使えない。一から作るとなると、予算も時間もかかりすぎる」
 ジャンの言うとおりだった。だから今までこの問題を解決出来なかったのだ。モルゲ
ンレーテが協力してくれるにしても、それでもかなりの時間がかかるだろう。どうした
ものかと悩む一同に、
「皆さん、ちょっと面白いMSがあるんですけど、実際に見てみませんか? 影太郎さ
んの問題、何とかなるかもしれませんよ」
 断る理由は無かった。影太郎達はユナに案内され、地下の格納庫にやって来た。地上
の工場にも負けないほど広大だが少し薄暗い。
「ここにあるのは正式採用されず、分解処分された兵器や機械、MSのパーツです。
色々事情があって民間に払い下げられない物なんですけど、影太郎さん達は使ってもい
いって許可が出ています」
「それはウズミ・ナラ・アスハからの許可ですか。オーブの獅子は気前がいいですね」
 マルコがからかうように言った。夏が少し顔をしかめたが、他の面々は苦笑しただけ
でトラブルにはならなかった。
 先頭を歩いていたユナの足が止まった。彼女の前には一体のMSが立っていた。分解
され、ジャンクパーツと化したMS達の中で、この一体だけは完璧な姿のままだった。
「このMSは私も手伝って作ったんです。でも失敗作って判断されて、上からは分解処
分するように言われているんですけど、どうしても出来なかったんです」
 ユナの白い顔に影が差す。自分が手がけたMSを分解するなど、彼女には出来なかっ
たのだろう。同じ技術者として気持ちが分かるのか、ジャンが静かに頷いていた。
 影太郎達はユナの前に立つMSを見上げた。外見はレッドフレームやブルーフレーム
などのアストレイシリーズに似ているが、大きさがまったく違う。
「小さいMSね。レッドフレームの半分くらいしかないんじゃない?」
 エレアがユナに尋ねる。
「はい。正確には9.15メートルです」
 通常のMSの身長は平均17メートルから18メートルである。その小ささにはジャ
ンも驚いた。
「こんなに小さい機体では、普通のMSの武器は使えないな。バッテリーも小型の物し
か搭載できず、パワーも劣るだろう」
「あ、あはは、さすがですね。そのとおりです。オーブは資源がそんなに多くないか
ら、これくらい小さいMSなら、たくさん作れると思ったんですけど性能が……。この
MSの専用の武器も作ったんですけど、それも小型だから威力がイマイチで……」
 落ち込むユナ。見かねたラグナスがフォローを入れる。
「で、でも動きは素早そうですよ。人間と同じで、小さい奴は素早くて捕まえにくいか
ら」
「いくら素早くても、力が無さ過ぎますよ。本体のパワーも足りず、強力な武器も扱え
ないのでは敵は倒せません。戦闘用MSとしては完全な失敗作です」
「マルコ君、確かにそのとおりだけど作った人の前で言うのはデリカシーが無いわよ」
「エレア殿も人の事は言えないでござるよ」
 夏が冷たい視線で二人を睨む。
「クゥ〜ン……」
 レウがユナの足元に近づき、慰めるように擦り寄る。
「あ、ありがとう、ワンちゃん。私は大丈夫よ。上の人達にも同じ事を言われたし…
…」
 重い雰囲気の中、影太郎が問題のMSに近づく。小さな影太郎と小さなMS。妙に似
合うツーショットだ。
「ユナさん、落ち込むために俺達をここに連れて来たんじゃないんだろ? コクピット
を開けてくれ」
「あ、は、はい!」
 ユナはMSの足元にあった機械を操作して、MSのハッチを開けた。影太郎は小型M
Sの体を素早く駆け上がり、操縦席の中に入る。
 小型MSは操縦席も小さかった。操縦桿こそ普通サイズだが、椅子やモニター類、計
器も普通より小さい。機体の大きさに合わせた結果なのだろうが、この操縦席の大きさ
は大人が乗るには狭すぎる。だが、
「…………」
 影太郎は操縦席の椅子に腰を下ろした。操縦桿まですんなりと手が届く。足もペダル
まで無理なく届くし、モニターや計器類も、幼稚園児並に小さい影太郎にとっては見易
い位置にある。
「ど、どうですか、影太郎さん?」
 不安げに尋ねるユナに、影太郎は大きな声で答えた。
「最高だ。このMSこそ俺が求めていた機体だ。これで俺も戦える!」
 喜ぶ影太郎。だが、この機体の欠点が解決したわけではない。
「そのMSで戦うなんて自殺行為だと思うよ。武器は貧弱だし、装甲は弱そうだし」
 マルコの言うとおりだ。愛する機体を褒められて喜んでいたユナの顔が悲痛なものに
変わる。
「やっぱりダメですよね……。で、でも、その操縦席は使えると思うんです。だから操
縦席を取り外して、他のMSに移し変えれば…」
「そんな手間をかける必要は無いだろう。そうだろう、ジャン・キャリー?」
 影太郎に呼ばれたジャンの視線は、格納庫の一角に向けられていた。そこにはジャン
クパーツが無造作に置かれていた。MSのパーツの他にも、戦闘機やショベルカー、戦
車や大型輸送車などのパーツや車体が放置されている。
「これ全部ジャンクなの? 見る人が見たら宝の山よ。ロウが見たら喜びそうね」
「いや、ロウ殿なら『メカを粗末にするな!』と怒るでござるよ。キャリー殿、あれが
どうかしたでござるか?」
 キャリーは不敵に微笑んだ。その目には静かな炎が宿っていた。
「ああ、そうだな。オーブに来る前に君に見せてもらったあの設計図とこの大量のパー
ツ、そして私が作ったパワーエクステンダー。この三つを重ねれば……」
「何とかなりそうか?」
「なりそうだ。いや、やってみせる。君が作ろうとしている物は男なら、いや技術者な
ら誰もが一度は夢見て、そして作ってみたいと思うメカだからな。必ず作り上げてみせ
るよ。私の中にある知恵と勇気と根性を全て振り絞ってな」
 自分の口癖を盗られた影太郎は、だが、楽しそうに笑った。
「ああ、俺もそのつもりだ。一緒に頑張ろうぜ、ジャン。ユナさんも手伝ってくれない
か? 人手は多い方がいいからな」
「はい、それは構いませんけど、一体何を作るつもりなんですか?」
 影太郎は小型MSの操縦席から顔を見せて、ニッコリと微笑んだ。
「このMS、リトルフレームに最強の力を与えるのさ」
「リトルフレーム? それって、そのMSの名前ですか?」
「これから世話になる相棒だ。名無しじゃ可哀想だからな。それとももう名前があった
のか?」
 そう尋ねる影太郎に、ユナは首を横に振った。本当は彼女が名付けた愛称があるのだ
が、口にはしない事にした。それはこの格納庫で朽ちていくだけだったあの機体を『相
棒』として認めてくれた影太郎への感謝の気持ちだった。
「いいえ、リトルフレームでいいです。影太郎さん、私からもお願いがあるんですけ
ど、いいですか?」
「ん? 何だ?」
「私も皆さんの仲間にしてください。その子の整備とか修理とか、私がいた方が役に立
つと思うんです。それに私も、皆さんのお役に立ちたいんです。お願いします、私も一
緒に…」
「ああ、よろしく頼む」
 あっさり承知した影太郎。シャドウ・セイバーズの他のメンバーも異論は無い。セイ
バーズのメンバーでない者を除いて。
「今日会ったばかりの人をこんなにあっさり受け入れるなんて……。この人達は何を考
えているんだろう?」
 母親と組織のボス、そしてその側近以外は誰も信じていないマルコにとって、影太郎
やシャドウ・セイバーズのやり方は不思議すぎるものだった。だから、ますます彼らに
興味が沸く。



 その日から影太郎達は地下に篭もった。オーブにいるキラやラクス達とも会わず、作
業に全力で、一心に打ち込んだ。
 オペレーション・スピッドブレイクの失敗と地球軍のアラスカ基地の壊滅に世界が揺
れ動き、ガーネットとニコルがアークエンジェルと共に帰って来ても、影太郎達は地上
に上がらなかった。そしてリトルフレームの未完成だったOSの調整、機体の整備や強
化を行なう一方、新たなメカを作り上げていった。
 情報収集用のレドームを搭載した大型飛行機にショベルカー、そして大型トレーラ
ー。この三体のメカに様々な改造を施していった。
 忙しく働く影太郎とジャン。エレアやラグナス、夏の三人は影太郎達を手伝い、ユナ
も白い肌を紅潮させて、元気よく動き回っている。そしてこの少年も。
「黙って見ているだけというのも退屈ですからね。僕も手伝いますよ」
 マルコはそう言って、色々な事をやってくれた。まだ子供なので重い物は運べなかっ
たが、それでもその知識や技術で影太郎を助け、作業を順調に進める力になった。
「そなたが協力してくれるとは思わなかったでござる。拙者、そなたの事を誤解してい
たようでござるな」
 申し訳なさそうに謝る夏。マルコは少し驚いた。
「意外だなあ。あなたみたいな頑固そうな人は、自分の非を認めないと思っていまし
た」
「そんな風に見られていたのでござるか。拙者もまだまだ修行不足でござるな。確かに
昔は、そんなところもあったでござるが……」
 夏はリトルフレームの整備をしている影太郎に目を向けた。
「影太郎殿を見ていると、つまらない意地を張る事が馬鹿馬鹿しく思えるのでござる
よ。拙者より小さくて、拙者よりも過酷な運命を背負っているのに、それでも頑張って
いる。拙者も負けていられないし、出来るなら彼の力になりたいと思っているのでござ
る」
「…………」
 マルコは影太郎をチラリと見た後、夏の顔を見上げた。優しい目をしていた。
「僕は影太郎が嫌いだ。理由は無いけど、ちょっと気に入らないんだ」
「嫌いな相手と一緒にいるのでござるか?」
「今だけだよ。どうしてあいつが嫌いなのか、その理由が知りたいんだ」
「ふうむ。変わった人でござるな、そなたは」
 変わった人。そんな風に言われたのは初めてだった。母はマルコを褒めるばかりだ
し、母の部下や上司もマルコを丁重に扱った。組織の頂点に立つメレア・アルストル
も、マルコを高く評価して、期待してくれている。
 しかし、この宮城夏という女性は違う。彼女はマルコを警戒しているが、冷静に見
て、彼女なりの評価をしてくれた。
「あなたは面白い人だ。言葉づかいだけでなく、中身も面白い」
「むっ。この言葉づかいは真のサムライが使っていたものでござる。こう喋るのは真の
サムライになる為の修行の一つで…」
 顔を赤くして自分を弁護する夏と、それを楽しげに聞くマルコ。微笑ましい光景だっ
た。
 マルコは夏に、影太郎と同じような興味と関心を抱いた。しかし、夏は影太郎とは違
う。影太郎は男で、夏は女だ。それも袴が似合う、なかなかの美人である。異性への興
味と関心。それを何と呼ぶべきなのか、マルコはまだ知らなかった。



 深夜。地上の工場が静まり、夏達が宿舎に帰っても、影太郎は作業を続けていた。
「今日は夏の新しいMSのせいで時間を取られたからな。ここのチェックだけでも終わ
らせないと……」
 これからの戦いは更に激しいものになる。自分だけ強くなっても駄目だ。そう考えて
いた影太郎は、手伝いに来たタツヤから、あるMSの話を聞かされた。
 そのMSの名はストライクシャドウ。アルベリッヒの娘ガーネット・バーネットの愛
機として活躍してきたが、数日前、オーブ近海で行なわれた戦闘で中破。ガーネットが
新しいMSに乗り換えた後、モルゲンレーテの工房で修理された。
 手伝いに来たタツヤからこの話を聞いた影太郎は、タツヤの上司であるエリカ・シモ
ンズと交渉した。その結果、シャドウの左腕と搭載機器のほとんどは、エリカが製造し
ていたストライクのコピー機であるストライクルージュに回され、残ったシャドウ本体
は影太郎が買い取った。
 本体と言っても、まともなのは見た目だけ。コンピューターを始めとする主要な部品
はほとんど抜き取られており、機体を動かす事さえ出来なかった。
 しかし、影太郎にとってはこれで充分だった。おかげで格安で買い取れたし、欲しか
ったのは作るのに時間がかかる基本フレームだけ。クセの強い夏の専用機を作るには、
色々なパーツが組み込めるこの方がいい。
「左腕にはアルテミスで手に入れた黒い腕(ブラックアーム)を使ってみるか。黒いス
トライクに黒い腕は似合うし、黒い腕(ブラックアーム)からミラージュコロイドのデ
ータも手に入れてある。ホウジョウに頼めば、必要なパーツも回してくれるだろう。後
は…」
 影太郎の手が止まった。自分の呟きの中に違和感を感じたのだ。
「ホウジョウ、か。『さん』付けじゃなく、自然に呼び捨てにしていたな」
 それはタツヤ・ホウジョウを慕っての事ではない。彼をそう呼んでいた男、アルベリ
ッヒ・バーネットの口癖が出たのだ。
 今までの影太郎ならばアルベリッヒの口癖が出たら、自分に怒りを感じていただろ
う。悪党の口癖を真似るなど、とんでもない事だと思っただろう。だが、
「あんなものを見せられたらなあ……」
 オーブ近海での戦闘の後、オーブに逃れたガーネットは、キラやウズミ達にアルベリ
ッヒの遺言を収めたディスクを見せた。ウズミとの話し合いの後、影太郎もそのディス
クを見た。そして知ったのだ。アルベリッヒが十二人の赤ん坊の命を奪い、自ら死を選
んだ理由を。
「アルベリッヒ。あんたは俺が思っていたような悪党じゃなかったんだな」
 それは何となく分かっていた。時折頭に浮かぶアルベリッヒの記憶と、そして今もな
お彼を慕う人達を見れば、アルベリッヒが悪人でない事は分かる。だから最近の影太郎
はアルベリッヒの事を受け入れ、認めつつあったのだ。
 そして、あの遺言。映像の中のアルベリッヒは心の底から自分の行いを悔やみ、それ
でもなお未来への希望を捨てていなかった。娘ガーネットへの愛情と信頼、そして愛す
る娘に苦難の道を歩かせる事への哀しみ。アルベリッヒの遺言映像からは、それらの思
いがひしひしと伝わってきた。
「アルベリッヒ・バーネット。あんたの思いは理解した。けど、俺はあんたを許さな
い」
 影太郎はアルベリッヒの真意を知っても、彼への怒りを静めなかった。
「あんたの気持ちは分かるけど、それでもあんたが十二人の赤ちゃんを殺した事実は変
わらない。俺はあんたを許さない。俺はあんたとは違う。けど、あんたの願いは受け継
ぐよ。世界の平和と人類の未来を守ろうという、あんたの願いだけは受け継ごう。そし
て戦う。あんたは名前さえ知らなかったあんたの敵、人類の敵、神を名乗る悪魔、ダブ
ルGと」
 アルベリッヒ・バーネットの肉体で生きる男、宇流影太郎。彼は罪を犯してでも世界
を守ろうとした男を否定し、まったく違う道を行く。
「正義の味方。あんたが目指して、けど最後の最後で挫折したこの道を、俺は行く。そ
して走り抜いてみせる。あんたの分までな」
 それこそがアルベリッヒの願いであり、影太郎の夢でもある。不器用な考え方ではあ
るが、影太郎はアルベリッヒの心を受け継いだのだ。



 深夜、とある森の奥深く。人の気配がまったく無い、静寂に満ちた世界の片隅に、巨
大な影がうずくまっていた。
 アサシンダガー。暗殺者の名を与えられたMSの操縦席の中では、マクシー・ミガゲ
ノが巨大な眼球型の機械に話しかけている。
「ええ。歌依吟はあなたの命令だと言ってましたよ。クロナは信じていないようでした
けど、あなたの名前を出されたら従うしかありませんね。あの子はあなたに心酔してい
ますから」
「クロナ・ギウムは私の名を出すだけで、どんな事でもやる。吟にとっては使いやすい
道具だろうな」
「だからこそ、あなたはクロナを吟に従わせているんですね。確かに、手駒がいた方が
吟も動きやすい。けど、いいんですか? 吟の奴、かなり好き勝手にやってますよ。こ
の前さらったソキウスの件も、そちらには報告していないんですよね? このままだと
……」
「構わん。やらせておけ」
 少し不安がるマクシーに、ダブルGはそう答えた。新造されたアルゴス・アイから伝
わる声からは、神のような威厳と強い意志が感じられる。
「……まあ、あなたがいいと言うのなら、あたしは別に構いませんけどね。じゃあ亜使
徒達には新しいアルゴス・アイが作られた事は内緒にしておくんですか?」
「そうだ。特に吟には絶対に報せるな。そうすれば奴は私の命令だと偽って、己の欲の
ままに動くだろう。奴はそれでいいのだ」
「もう動いていますけどね。ギガフロートを攻撃しているロンド・ギナを救援しろって
言ってますよ。でも本当の目的は、これを潰す事でしょうね」
 マクシーは持っていた書類を見た。それは数日後にギガフロートで行なわれる完成記
念式典の予定表だった。
「式典のメインイベントである世界各地のスターが集う一大コンサート。その中には吟
が殺したがっている男と、この前殺し損ねた小娘もいます。今度こそ殺す気でしょう
ね。あたし達を使って」
「自分では絶対に人を殺さない。人を殺す時は他人の手を使って殺す。そういう人間だ
からな、あいつは」
「いい趣味してますねえ。どうしてあんな奴を亜使徒にしたんですか? 扱いづらい
し、勝手な事ばかりするし」
 マクシーの質問に、ダブルGはこう答えた。
「あの男が最低最悪の人間だからだ」
「えっ?」
「歌依 吟。奴はお前が思っている以上に悪辣で、卑劣で、残忍で、狡猾で、邪悪その
ものと言ってもいい人間だ。ああいう奴を生み出した人間という種は、生物として間違
っている。奴を見ていると、私はそう確信できる」
 マクシーは納得した。ダブルGが吟に好き勝手にやらせているのは、吟の悪事を見
て、人類への絶望と嫌悪感を深める為なのだ。
「分かったな、マクシー。吟は好きにやらせておけ。お前も奴に従う振りをしろ。だ
が、忘れるな。お前の任務は…」
「ミステリウス・マゴットを守る事、ですね。ええ、分かっています。あのちょっと不
気味だけど可愛いお嬢ちゃんは絶対に守りますわ」
「マゴットを戦わせて、経験を積ませるのは構わん。だが、絶対に死なせてはならな
い。あの娘は貴様の命に換えても守れ。吟が邪魔をするようなら、奴を殺しても構わ
ん。必ずマゴットを守るのだ。いいな?」
「はっ。必ず」
 その後もダブルGは、マクシーにマゴットを守るよう何度も念押しして、ようやく通
信を切った。その執拗さは、さすがのマクシーも疲れる程だった。
「はあ、しつこいわねえ。それにしても、お気に入りの吟を殺してでも守れだなんて、
マゴットは吟よりもお気に入りって事かしら? 神様の趣味は分からないわ」
 だが、逆らう理由は無いし、その気も無い。マクシーは疑問を忘れて、新たなステー
ジに向かう事にした。人が作りし鋼鉄の巨島、ギガフロートへ。

(2007・9/22掲載)
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