第16章
 巨神降臨!

 湖畔にそびえる美しい城。そのバルコニーでは、城主メレア・アルストルが部下から
の報告を聞かされていた。
「以上がマルコ・フィオーレからの報告です。新型MSは間もなく完成。その後はシャ
ドウ・セイバーズはオーブを出て、ロウ・ギュール達がいるギガフロートへ向かうもの
と思われます」
 表情無き仮面で顔を隠した男、ノーフェイスはそう言って、メレアに会釈した。メレ
アは眼下の湖を見ながら、
「宇流影太郎か。なかなか面白い奴みたいだね。そんなMSを短期間で作り上げるなん
て、技術力も大したものだ。僕の組織に欲しいくらいだ」
「私もそう評価します。ですが、宇流影太郎は人に従うタイプの人間ではありません。
あれは人の言葉によって動く人間ではなく、自分で考えて動く人間です。スカウトして
も断られるでしょう」
「だろうね。まあいいさ。邪魔なダブルGと戦ってくれるのなら、それで充分だよ。マ
ルコにはもうしばらくシャドウ・セイバーズを見張らせておいてくれ。ダブルGにとど
めを刺すのは、そいつらかもしれないからね」
「クライン派ではダブルGは倒せないと?」
「シーゲル・クラインがもう少し頑張ってくれれば楽だったんだけどね。パトリック・
ザラがこうも簡単にクルーゼの操り人形になるとは思わなかった。愛妻家もあそこまで
行くと害悪だよ」
 ため息をつくメレア。人類の存続を願う彼にとって、パトリックの暴走は厄介な問題
だった。
「地球の方も厄介だしね。ブルーコスモスの切り崩しは上手くいってないの?」
「残念ながら。アズラエルの対抗勢力であるロード・ジブリールとアレックス・サンダ
ルフォンには、エンキドゥ・カンパニーを通じて資金援助をしているのですが……」
「それでもアズラエルの牙城は崩せない、か。この前のパナマの陥落が地球側の世論を
反コーディネイターでまとめちゃったからなあ。本当に、最悪のタイミングでやってく
れたよ。向こうもいよいよ本気を出してきたようだね」
「アルゴス・アイも新しい物を増産しています。我々の探査装置でも見つけられないタ
イプです」
「新しい探査装置の開発を急がせろ。手遅れになる前に手を打つんだ。ラクス・クライ
ンやアークエンジェル、それにオーブの連中にも頑張ってもらわないとね」
「はっ。ですが、彼らの戦力だけでオーブを守りきれるとは思えません。連合の攻撃は
凌げるでしょうが、恐らくその後には…」
「ダブルGが出てくるだろうね。助けてあげたいけど、今はまだ僕達が出る時じゃな
い。エンキドゥ・カンパニーを通じて、資金や物資だけを援助するだけにするんだ。い
いね」
「はっ」
 メレアの指示に、ノーフェイスは頭を下げて応じた。
「シャドウ・セイバーズにも頑張ってほしいね。彼らには期待してもいいみたいだ。マ
ルコにもいい勉強になるはずだよ」
「はい。しかし、カテリーナ・フィオーレはかなり苛立っているようです。息子とこれ
ほど長い間、離れ離れになるのは初めてだそうですから」
「彼女もいい加減、息子離れするべきだよ。マルコが組織の重鎮になっても、母親べっ
たりじゃ示しがつかない」
「確かに、そうですな」
 ノーフェイスは、成人になったマルコに抱きついているカテリーナの様子を想像して
苦笑した。あの女ならやりかねない。
「マルコだって、カテリーナの事を忘れているわけじゃないだろ。カテリーナから言わ
れた事はやってるみたいだし」
「エウテルペ・テレプシコーラの件ですか。なぜカテリーナは彼女を護るようにと?」
「あの娘の遺伝子はマルコと相性がいいんだってさ。将来の花嫁をマルコに護らせたか
ったんだよ。あの二人を親しくさせたかったんだろうね」
「そうだったのですか。ですが、その思惑は上手くいったとは思えませんが」
 エウテルペはマルコにではなく影太郎に恋をしてしまい、マルコもエウテルペには関
心が無いらしく、報告もしていない。
「マルコはシャドウ・セイバーズのメンバーに好意を抱いているそうだね」
「はい。モルゲンレーテに潜り込ませているスパイからの報告ですが、宮城夏という女
性に関心を持っているようです」
「ああ、あのサムライモドキの女か。マルコの趣味は変わっているね。遺伝子の相性だ
けで決まれば誰も苦労しないのかもしれないけど、それじゃつまらないか。見ている分
には面白いけど、哀しいねえ」
 苦笑するメレア。彼のその言葉はノーフェイスの胸に痛みを走らせた。恋心を貫こう
として生きて、裏切られて、無残な死を遂げた妹、ヤヨイ・ツルギ。遺伝子に従う事が
いい事とは思わない。だが……。
「シャドウ・セイバーズはこれからギガフロートに向かうんだよね」
「はい。パナマが陥落してマスドライバーが失われた今、あの人工島の価値は大きなも
のになっています。地球軍もザフトも狙っていますし、ダブルGも既に二度、部下を差
し向けています。いずれの攻撃も失敗していますが」
 ロウ達が建設を手伝っているギガフロートは、完成が近づくにつれ、その機能を狙う
者達の襲撃を受けていた。しかしロウ達と、マルキオ導師からギガフロートの警備を依
頼されたサーペントテールによって島は守られ、間もなく完成する。
「地球軍を窮地に立たせて戦況を激化させたいダブルGにとっては、ギガフロートは目
障りだからね。潰したいのも分かるよ。また来るかな?」
「恐らく。ムルタ・アズラエルとアンドレイ・ロマノフの傘下会社も動いており、軍に
資金や物資を提供しています。特にロマノフは傭兵を大量に集めているようです。近い
内に…」
「ギガフロートを潰しに来る、か。あの島がどうなろうと僕達にはあまり関係ないけ
ど、ダブルGの思いどおりにさせるのは嫌だね。ギガフロートがまた襲われるという情
報を表と裏の両方に流してくれ。後はジャンク屋とサーペントテール、そしてシャド
ウ・セイバーズに任せよう。マルコには定時報告は欠かさないよう、改めて指示してく
れ」
「はっ」
 ノーフェイスは感情を出さず、落ち着いた声で返事をした。その胸に妹への愛と哀し
み、そして妹とその子供の命を奪った義弟への怒りを秘めて。



 深遠の闇の中に浮かぶ巨大な機械。その中に収められた巨大な脳髄が、立体映像では
あるが集結した下僕達に指令を下す。ダブルGとその使徒達による定例会議の始まりで
ある。
 ラウ・ル・クルーゼとリヒター・ハインリッヒの映像がオペレーション・スピッドブ
レイクの失敗に揺れるザフトの内情を報せ、ムルタ・アズラエルの映像はパナマ基地の
陥落に動揺する地球軍の様子を伝える。地球に潜んでいるマクシー・ミガゲノと、某所
にいる不動剛馬の映像は、三人の報告を黙って聞いている。
「ご苦労だった。世界は我々の望む方向に動いているようだな」
 報告を聞き終えたダブルGは、満足気な声で答えた。謎の組織アンノンの妨害や、ア
ークエンジェルやクライン派の思わぬ行動があったものの、確かに世界はダブルGの望
む未来へと向かっている。人類の、いや全ての生命の滅亡という最悪の未来へ。
「シャロン」
 ダブルGは新たな使徒の名を呼んだ。白く長い髪をした、美少女の立体映像が映し出
される。シャロン・ソフォード。かつてはナチュラルの歌姫、ホワイト・プリンセスと
呼ばれた天才歌手だが、ある事から芸能界を追われる様に去り、その後、ダブルGの使
徒になった。パナマでは新型MSルシフェルを駆り、連合軍に壊滅的なダメージを与え
て『ザフトの勝利』を演出した。
「パナマでのお前の活躍は素晴らしいものだったぞ。ロディア・ガラゴの調子はどう
だ? まだ使えそうか?」
 ロディア・ガラゴ。元ザフトのエースパイロットで『ホワイト・バーサーカー』と呼
ばれていた男だが、オーブ近海の戦いでガーネットに敗れ、乗機を失って彷徨っていた
ところをシャロンが拾い、自分のパートナーにした。だが、
「残念ながらロディア・ガラゴとシステムとの適合性は低く、神経、筋肉組織共に限界
に達しています。あと二、三回ほどの戦闘で使えなくなるでしょう。もう少し使えると
思って保護したのですが、私の見込み違いでした。申し訳ありません」
「気にするな。お前のせいではない。エクスペリエント・システムと操縦者の適合性は
実際に機体に乗せてみないと分からんからな。新しいパートナーは私の方でも検討して
おこう。シャロン、これからもルシフェルと共に私の為に尽くしてくれ」
「はい。私の全てはダブルG様の為に」
 頭を下げて、忠誠を誓うシャロン。この少女は使徒としては新入りだが、パナマの地
球軍をほぼ一人で壊滅させたその力は、他の使徒達も認めざるを得なかった。
『ま、亜使徒の中には納得していない奴もいたけど』
 マクシーは、シャロンの使徒昇格を伝えられた時の亜使徒達の反応を思い出した。ク
ロナ・ギウムは内心の動揺を抑え、冷静に振舞っていた。アンドレイ・ロマノフは通信
機越しではあったが、驚きと怒りと苛立ちを隠し切れていなかった。ロンド・ギナ・サ
ハクはロマノフと似たような反応をし、姉のミナは特に関心は示さなかった。吟とマゴ
ットも普段どおり。アッシュ・グレイとミハイル・コーストも動揺しなかった。
『自分に自信を持って動いている奴と、ダブルGに依存している奴の違いね。ううん、
アッシュやミハイルは違うわね。あの二人は自分のやりたい事をやれれば、他の事なん
てどうでもいいんだわ』
 そういう人間だからこそ、マクシーは自分の部下にしたのだ。多少凶暴で扱いにくく
ても、己の欲求に忠実に従う人間がマクシーは好きだった。
『綺麗事ばかり言ってるオーブの連中より百倍マシよ。あんなバカな国、さっさと消え
ちゃえばいいのに』
 故国に対し、呪いの言葉を呟くマクシー。アズラエルが地球軍のオーブ侵攻作戦が決
定したと告げた時、マクシーは密かに微笑んだ。彼の願いは叶おうとしていた。
「オーブについてはアズラエルとシャロンに任せる。次はギガフロートの件だが、マク
シー、そちらの方はどうなっている?」
「順調ですわ。ズィニアの最終テストは終わったし、ロマノフが回してくれた傭兵はナ
チュラルばかりだけど、思ったより早くMSに慣れてくれました。亜使徒達の準備も整
ったし、ご命令さえあれば、いつでも出撃できますわ」
 マクシーは上機嫌で答えた。すぐに出撃命令が下ると思ったのだが、
「いや、もう少し待て。リヒターがそちらにプレゼントを贈りたいそうだ」
「リヒターが?」
「面白いMSを手に入れたのでね。あのMSを使えば、ギガフロートを潰す事など簡単
ですよ」
 リヒターの立体映像は自信満々にそう言った。アイマスクの奥に光る義眼の輝きは、
映像越しでも不気味に感じられた。



 影太郎達がオーブを訪れてから三週間。その間に世界は大きく動き、平和だったオー
ブにも戦いの嵐が訪れようとしていた。
 しかし、その嵐が訪れる前に影太郎は仕事を成し遂げた。アストレイ・リトルフレー
ム。倉庫の片隅で眠っていた失敗作は、新たな主と力を得て、日の下に立つ事を許され
たのだ。
 完成したリトルフレームはマチルダに積み込まれた。モルゲンレーテから提供された
物資やメカも、マチルダの広い格納庫に収められていく。
 その様子を見守る影太郎の隣に、一人の女性がやって来た。彼女の名はエリカ・シモ
ンズ。モルゲンレーテ社の新型機動兵器開発部の技術主任で、ホウジョウやユナの直属
の上司である。
「大したものね。あれだけの機体を、たった三週間で仕上げるなんて」
 エリカはリトルフレームに視線を向けながら、影太郎を褒めた。彼女の声からは、自
分の幼い子供と同じくらい小さな少年がMSを作り上げた事への驚きと戸惑いが感じら
れる。
「ウズミ・ナラ・アスハやホウジョウさんから俺の正体は聞いているんだろう? だっ
たらおかしい事じゃないさ。俺はプラント最高の技術者の知恵と勇気と根性を受け継い
でいるんだからな」
 そう言った影太郎の声には迷いは無かった。アルベリッヒ・バーネットの真意を知
り、それを受け入れた影太郎は、もう迷わないし、立ち止まらない。命尽きるその時ま
で、自分の信じる道を行くのみ。
 影太郎の心の強さを感じ取ったエリカは、軽いため息をついた。
「まったく、あなたといい、ガーネットさんといい、アルベリッヒ・バーネットに関わ
っている人はみんな強い人ばかりね。羨ましいわ」
「あんたも充分強いし、頭もいいと思うぞ。M1はいいMSだ。あれが本格的に量産さ
れれば、オーブは守れる」
「そんな時間があればの話ね」
 オーブの現状は、影太郎達も聞かされていた。大西洋連邦からの過酷な要求に対し、
ウズミは断固拒否する姿勢を示している。大西洋連邦は軍事行動に訴えるつもりらし
く、既にオーブには大軍が向けられているという噂もある。
「時間が無いという事は噂は本当らしいな。俺達も力になりたいのに、ウズミは俺達の
力は借りたくないようだ」
 世話になった国(オーブ)が危機的状況なのに出て行くのは、影太郎達も心苦しい。
しかし、ウズミは影太郎達がこの国に留まる事を許さなかったのだ。
「ウズミ様は貴方達に期待しているのよ。だからオーブという枠に留まってほしくない
の。貴方達にはオーブの為だけではなく、より多くの人々の為に戦ってほしい」
「ダブルGを倒して、この世界を救う為にか」
「軍隊だけの力では、ダブルGは倒せないかもしれない。軍とは違う力、違う立場から
戦う力がいるのかもしれない。ウズミ様も、そして私もそう思っているわ」
 だからウズミやエリカは影太郎達を送り出すのだ。広い世界へと羽ばたいてもらい、
世界を見て、それを守る力になってもらう為に。
「やれやれ。あんたもウズミも、俺に期待しすぎだぜ」
「期待させるだけの力を貴方は持っているのよ。この短期間でリトルフレーム以外に
も、色々作ったじゃない。うちの技術スタッフが驚いていたわよ」
「ホウジョウさんやユナさんが手伝ってくれたからな。いい材料も回してもらったし」
 謙遜する影太郎だが、オーブに来てからの彼は休む間もないほどに動いていた。リト
ルフレームの製造以外にも、提供してもらったストライクシャドウの大改造に、破損し
たケンタウロスの修復と強化。更にMSの操縦訓練も受け、素晴らしい成績を出してい
る。
「教官達も驚いていたわよ。たった数日であんなに成長した生徒は初めて見たって。マ
ユラやアサギ達にもいい刺激になったようだし」
 そう言ってエリカは、作業を手伝いに来たマユラ達の方を見た。作業は終わったらし
く、三人娘はマチルダの側でユナと話し合っている。ユナと三人娘は友人らしい。どち
らも別れを惜しんでいるのがよく分かり、ジュリは涙を浮かべている。
「元気でね、ユナ。またオーブに帰って来るよね?」
「当たり前よ。ここは私の故郷だし、みんなもいるんだから。みんなも死なないでね」
「ええ、私達は絶対に死なない。オーブを、カガリ様を守って、三人でユナを待ってい
るわ」
「だからユナも死なないでね。絶対だよ」
「うん。みんなも元気でね」
 少女達の別れの会話が、風に乗って聞こえてきた。少し切なくなる。
「影太郎君」
 エリカは影太郎の瞳を見つめる。体は幼児のように小さいのに、その瞳は大人よりも
鋭く、力強い。その不一致さが頼もしく、そして少し怖い。触れれば壊れてしまうガラ
ス細工のような、鋭さと脆さを感じさせるのだ。
「君も死んではダメよ。絶対に生きて、そしてもう一度、私達と会いましょう」
「ああ。俺も死ぬつもりは無い。キラ達とももう一度会いたいしな」
 同じ国にいたのに、結局キラ達とは会えなかった。キラ達は影太郎達がオーブにいた
事さえ知らないはずだ。影太郎が忙しかったというのもあるが、最大の理由はキラ達の
側に、あの女がいるからだ。アルベリッヒの愛娘、ガーネット・バーネット。今はどう
いう顔をして会えばいいのか分からないが、
「もう少し強くなれば、あの女の目を見て話せるかもしれない。いや、話したい。その
為にも生き延びて、そして強くなる。必ず!」
 影太郎がそう決意した一方、マチルダは発進の準備を終えていた。夏やユナ達は既に
艇に乗り込んでいる。あとは影太郎だけだ。
 マチルダに乗る直前、影太郎はエリカに、小さな薬瓶と一枚のディスクを渡した。デ
ィスクには瓶の中の薬の詳細なデータが収められている。
「これはとんでもない劇薬だ。猛毒と言ってもいい。だが、毒は薬にもなる。これを研
究すれば、苦しんでいる人を助ける力を作り出せるかもしれない」
 影太郎の望みを聞いたエリカは、薬とディスクをオーブの医学研究機関に預けた。薬
は人間の筋力や運動神経を一時的にではあるが、驚異的に上げるものだった。この薬を
研究した事によって、後に一人のブーステッドマンが薬物中毒から救われた。影太郎の
望みは叶ったのだ。
 しかし、影太郎は全ての薬をエリカに託してはいなかった。あと一回、使う為の薬を
隠し持っていた。
『この薬はもう二度と作らないし、出来る事なら使いたくない。だが……』
 敵の強大さを考えると、用心に越したことは無い。禁断の薬は影太郎の用心深さと、
臆病さを表す物でもあった。



 人工島ギガフロート。移動式の宇宙港としての機能も備えたこの島は、建設途中に幾
度も襲撃を受けてきた。特にロンド・ギナ・サハクが操るゴールドフレームの攻撃は凄
まじいもので、アルテミスで回収したブリッツの右腕をつけたゴールドフレームの猛攻
には、ロウのレッドフレームも、劾のブルーフレームも苦戦を強いられた。
 しかしロウと劾は力を合わせ、ゴールドフレームの二度の襲撃を二度とも撃退。ギガ
フロートを手に入れようとした地球連合軍やザフトの攻撃も退け、ついに今日、ギガフ
ロートは完成の日を迎えたのである。
 完成記念を祝う式典には、世界中の著名人が招かれた。戦時下という事で首相クラス
の重要人物は招待を断ったが、それでも多くの人が集まってくれた。ギガフロートの広
大な甲板は、そのままパーティー会場となり、賑わいを見せていた。
 建設工事を行なった人達もパーティーに参加していた。彼らの為に多数の出店が作ら
れていたが、特に、
「あ、そ、そんなに押さんといてー! 料理の材料はまだまだありますから、ちゃんと
行列を作って待ってておくんなましー!」
 そう呼びかける少女の店の前には、長蛇の列が出来ていた。少女も頑張っているのだ
が、客が多すぎて手に負えないようだ。松本茜が経営する移動式和風喫茶「風花屋」は
いつでもどこでも繁盛しているのだが、今日は特に凄い。さすがの茜も根を上げるかと
思われたその時、
「あれ、茜さんの店じゃない? 風花ちゃんと同じ名前だし、間違いないわよ」
 どこかで聞いた声が聞こえてきた。アフリカのとある町で聞いた、女の子の声。客の
声は全て覚えている茜は、声の主の名前を叫んだ。
「き、樹里さん、ちょっと助けてくれませんか? 姉ちゃんには怒られるかもしれへん
けど、ウチだけではもう限界や。アルバイト代なら弾みますから、お願いしますー!」
 ロウ達と一緒に店を回っていた樹里は、懐かしい人との再会を喜びつつ、厄介ごとに
巻き込まれそうな予感に震えた。
 こういう悪い予感は当たるものなのだが、今回は珍しく当たらなかった。ロウやプロ
フェッサー、そして偶然通りかかったサーペントテールの面々(劾はギガフロートの責
任者と交渉して、いなかったが)も手伝ってくれて、風花屋の行列は三十分で消滅し
た。
「はあ〜、ようやく終わったわ。手伝ってくれた皆さん、初めましての人も、お久しぶ
りの人も、ほんまおおきに。見事な仕事っぷりやったで」
 明るく言う茜に、ロウは少し疲れた顔で、しかし元気良く、
「はは、どんな仕事も手を抜かないのがジャンク屋魂だからな。あんたの話は樹里から
聞いている。アフリカでは美味しい料理を食わせてもらったらしいな。俺も食べたかっ
たぜ」
「いやあ、ウチなんてまだまだや。それでも良かったら、ご馳走するで。バイト代とは
別に、ウチからのサービスや」
「お、気前がいいな。それじゃあ遠慮せず、いただこうか」
「リード、少しは慎みなさい。食べてばかりで運動しないから、おなかが出て来たの
よ」
「確かにそんな感じね。リード、ダイエットしたら? 昔の軍隊キャンプ方式ので良か
ったら教えてあげるわよ。かなりキツいけど、太りすぎにはいい運動になると思うわ
よ」
「うっ、ロレッタもフィアもキツイな。中年の男ってのは、お前達が思っているよりも
ナイーブなんだぞ。もう少し優しくしてくれよ」
「だが、確かに最近のリードは不摂生だな。太りすぎは健康に悪いだけでなく、戦闘能
力も低下させる。傭兵は体調管理もしないと」
「イライジャ、お前に言われなくても分かっているよ。まったく、ちょっと腕を上げた
からって、口まで煩くなりやがって……」
「自業自得じゃないですか。文句を言われたくなかったら、もう少し体に気を使ってく
ださい」
「風っぱなまで説教かよ。やれやれ、サーペントテールも居心地が悪くなったものだ
ぜ。ジャンク屋に転職しようかねえ。どうだい、ロウ。宇宙に行っちまったリーアムの
代わりに、俺を仲間に入れてくれないか?」
「あー、えーと……プロフェッサー、どうする?」
「冗談を間に受けるんじゃないわよ。リードもあまりからかわないで。ロウはいい加減
そうに見えて、実は意外と悩んだり迷ったりもするんだから」
【確かにそういう時はあるな。年に一、二回程度だが】
「8(ハチ)、お前、俺をバカにしていないか?」
【データに基づいた事実を言っただけだ。気にするな】
 和やかな会話が続く中、劾がやって来た。
「ここに居たのか。探したぞ」
「劾、上との交渉は終わったの?」
 ロレッタが尋ねると、劾は頷いた。
「ああ。ギガフロートの防衛という任務は終了だ」
「ミッション・コンプリートね」
 劾の口癖を真似るフィアだったが、今度は劾の首は横に振られた。
「いや。引き続き新しい仕事を依頼された。このパーティーが終わるまでの警護をして
ほしいそうだ」
 式典には世界各国から大勢の人が集まっている。しかし完成したばかりのギガフロー
トの警備体制は万全ではない。万が一、敵に襲撃されれば大惨事になる。
「劾、引き受けたの?」
「マルキオからの依頼だ。あの男は相手を騙すような人間ではないし、断る理由も無
い」
 風花の問いに対する劾の答えは、シンプルなものだった。だからこそ説得力がある。
サーペントテールの面々は、劾と共に仕事を行なう事にした。
「俺も手伝うぜ。せっかく作ったギガフロートを壊されるのは嫌だからな」
 ロウが名乗りを上げる。樹里とプロフェッサーも反対はしない。
「よろしく頼む」
「こちらこそ、また一緒に頑張ろうぜ」
 劾とロウは手を握り合った。今日まで力を合わせてギガフロートを守り抜いてきた二
人の男の間には、友情とも言える気持ちが宿っていた。



 ギガフロートの祭典が佳境に入ろうとしていた頃、ザフトの潜水艦が四隻、ギガフロ
ートに迫っていた。目的はギガフロートの接収及び記念式典に参加している地球側の重
要人物、つまり全ての来客の抹殺。四隻の潜水艦にはグーンやゾノ、ディンなどのMS
が搭載されており、出撃の時を待ち侘びている。
「人類の英知の結晶であるギガフロートは、愚かなナチュラルなどに使わせるべきでは
ない。あれはザフトが、ナチュラルより優秀な我らコーディネイターが使うべき物なの
だ。何としても接収するのだ。ザフトの為に!」
 部隊長でもある艦長の激が、通信によって他の潜水艦にも伝えられる。士気を上げる
ザフトの面々だが、彼らは知らなかった。自分達に命令を下した上官がリヒター・ハイ
ンリッヒの手駒であり、自分達がオトリである事を。
 そして別方向からは、同じように自分達の運命を知らない者を乗せた潜水艦がギガフ
ロートに迫っていた。数は五。ロマノフ運送の社長にして東アジア最大の犯罪組織・崑
崙党の幹部、そしてダブルGの亜使徒という幾つもの顔を持つ男、アンドレイ・ロマノ
フが雇った傭兵達だ。彼らはロマノフの命を受け、ギガフロートの破壊を行なおうとし
ていた。
「いい時代になったものだ。俺達ナチュラルもMSを操縦できるようになったんだ。こ
れでコーディネイターの傭兵どもにデカい顔をさせずにすむ。やってやるぜ!」
 彼らも、自分達が捨て駒だとは知らない。全ては邪悪なる神と、その使徒達の狙いど
おり。



 ギガフロート完成式典の目玉とも言えるのが、世界中の著名な歌手を招いて行なわれ
るチャリティーコンサートである。ラクス・クラインなど実力と名声を兼ね備えた歌手
を招いて、平和への願いを込めて熱唱してもらう……という企画だったのだが、ラクス
は国家反逆罪で追われる身となり、他の歌手も戦火が激しくなり、国を出る事さえ危な
いという理由で参加を辞退。コンサートの開催さえ危ぶまれたのだが、
「お、エウテルペちゃんじゃないか。久しぶりだな。元気だったか?」
 佐々山一郎は自分の孫と言ってもいい八歳の少女に、気安く挨拶をした。熱血ソング
の大家らしい、さっぱりとした態度である。
 一方のエウテルペはため息をついて、
「ええ、テルペは先程までは元気でしたわ。佐々山さんの顔を見た途端、ちょっと元気
が無くなりましたけど」
 と皮肉を言った。エウテルペは佐々山のような馴れ馴れしい男は嫌いだった。それで
も歌手としての佐々山には一目置いているのだが、口は敬意を表さず、軽い毒舌を浴び
せてしまう。
 しかし佐々山は気にしていないようだった。彼はエウテルペの肩を軽く叩いて、
「今日は大人しいじゃないか。柄にも無く緊張しているのか? だったら緊張を解すい
い方法を教えてやるぞ」
「結構です。テルペはそんな方法に頼らなくても、緊張なんかに負けませんから」
 佐々山に一歩も退かないエウテルペ。見ている方がハラハラするやり取りだが、佐々
山にとっても、エウテルペにとっても、これは挨拶のようなものである。お互い、気に
しないし、仕事にも持ち込まない。二人に共通している数少ない点の一つは、二人とも
一流のプロである事だろう。
「けど、本当に何だかちょっと雰囲気が変わったな。テルペちゃん、何かあったの
か?」
 佐々山の質問に、テルペはドキッとする。そして、大西洋連邦で助けられたあの少年
の顔を思い出す。自分よりも小さいくせに自分より勇敢で、強くて、頼りになる少年。
名前は…、
「お、あそこにいるのはジャンク屋か。ふっ、ああいうのを見ていると影太郎の事を思
い出すな」
「!」
 思い描いていた男の名を聞いたエウテルペは、顔を真っ赤にして硬直した。どうして
知っている? どうしてこの人は影太郎の事を知っている? どうしてこの人は私が影
太郎の事を、す、す、好きだって……。
「どうかしたのか? 顔が赤いぞ」
「な、何でもないです。テルペは大丈夫です。ええ、いつだって、どこだって、誰にだ
って大丈夫なんです。そうです、そうです!」
 動揺を隠し切れないエウテルペ。その様子を見た佐々山は、少し意地悪そうに微笑
む。
「そうか。まあ何でもないって言うのならいい。コンサートに専念しよう。このコンサ
ートは何としても成功させないといけないからな」
「そ、そのとおりです。歌を忘れた臆病者のカナリアどもに、本当の歌とはどういうも
のなのか教えてやりましょう。テルペも頑張ります。その為に参加したんですから」
 危険なこのコンサートに多くの歌手が出場を辞退する中、ただ一人踏みとどまったの
が佐々山だった。彼は旧知の仲を尋ねて、出場を頼み込んだ。時には土下座までしたと
いう。
「俺達は歌わなくちゃならない。例え砲弾が飛び交うような戦場でも、死んで地獄の底
に落ちても、俺達は歌い続ける。それが俺達、歌手だからだ」
 佐々山のこの声明は、心ある歌手の心を揺さぶった。エウテルペもその一人だった。
自分の歌手としての覚悟と決意を知らしめる為に、彼女はギガフロートで歌う事にした
のだ。
「このコンサートは無事ではすまないだろう。だが、俺達の誰かが最後まで歌い続けて
いられたら、それで俺達の勝ちだ。そうだろ、エウテルペちゃん?」
「まったく、お年寄りは意外に勝負事にこだわるんですよね。振り回される方はいい迷
惑です」
 自分から参加しておいて、この毒舌。エウテルペのこの癖は一生治らないかもしれな
い。もっとも佐々山も、
「いやいや、恋する乙女には敵わないよ。君は影太郎と会っていたんだね。しかし、い
つの間に影太郎とそういう仲になったんだ?」
「!!!!」
 激しすぎる程に動揺するエウテルペ。さすがの彼女も、佐々山にはまだ勝てないよう
だ。
 とにかく、コンサートは開始された。しかし、それは戦いの始まりでもあった。



 コンサートが始まる直前、ザフトの潜水艦艦隊は、近づいてくる敵影を発見した。ギ
ガフロートの水中防衛部隊だ。数は四。旧式のジン・ワスプが三機と、正体不明のMS
が一機。
「MSという事は、敵はジャンク屋になった腰抜けのコーディネイターか。プラント
の、ザフトの為に戦おうとしない臆病者どもめ、海の藻屑にしてやれ!」
 意気込む艦長だったが、彼の思いどおりにはならなかった。正体不明のMSは水中専
用の装備をつけたブルーフレームだったのだ。劾は水中戦に置いてもエースパイロット
だった。ザフトのグーンやゾノを次々と撃墜し、かろうじて逃れた敵機も、後方で控え
ていた三機のジン・ワスプに包囲され、あえなく沈められていく。
「バ、バカな、たかが四機のMSに…」
 味方のMSが全滅して、艦長はようやく相手の強さに気付いたが、もう遅かった。ブ
ルーフレームの超音速魚雷が潜水艦の装甲を貫き、海の藻屑にしてしまった。
 勝利した劾だが、喜びの感情は沸かなかった。傭兵としての経験が、彼に危険が迫っ
ている事を教えているのだ。
「こいつらはオトリか。本命は既にギガフロートに……」
 急いで戻る劾。一方、劾の危惧したとおり、ギガフロートには新たな敵が上陸してい
た。ロマノフが送り込んできた傭兵部隊だ。数は二十。ジンの他にも、指揮官機らしい
シグーがいる。
「遠慮はいらねえ。野郎ども、ギガフロートをブッ壊せ!」
 傭兵のリーダーが命令すると同時に、ジンの大群が動き出した。銃や剣で手当たり次
第にギガフロートの施設を壊していく。
「やめろ、お前ら!」
 ロウのレッドフレームとイライジャのジンが傭兵達の前に立ちはだかる。他のジャン
ク屋達も、作業用に改造したジンやザウートなどで駆けつけてきてくれた。
「このギガフロートは俺達の汗と涙と努力の結晶だ。それを壊そうなんて、ジャンク屋
の誇りにかけても絶対に許さない!」
【ロウ、敵は多いが大した事は無い。落ち着いて戦えば勝てる相手だ】
「ああ、動きを見ていれば分かる。こいつらの動きには無駄が多すぎるぜ」
 民間人ではあるが幾多もの修羅場を潜ってきたロウの力量は、本人が自覚している以
上にまでなっていた。MSでは初の実戦とはいえ、プロの傭兵達を圧倒し、《ガーベ
ラ・ストレート》でジンを次々と切り裂いていく。
「大したものだな。劾が認めるだけの事はある」
 イライジャのジンも軽やかな動きを見せ、敵のジンを片付けていく。他のジャンク屋
達も頑張り、わずか数分で敵のジンは片付いた。残るは指揮官機のシグーだけだ。
「あわわ……。は、話が違うじゃねえか。MSに乗れば俺達も強くなれるって……」
 そんな虫のいい話は無かった。傭兵のリーダーがそう悟る前に、彼の人生は終わっ
た。しかし終わらせたのはロウ達ではない。シグーの胴体を貫いたビームサーベルの
主。姿を見せる事無くギガフロートに上陸したそのMSは、不甲斐ない傭兵の始末をし
た後、その姿を現した。
「また来たのかよ。懲りない奴だな、ゴールドフレーム!」
 ロウは宿敵とも言うべきMSを睨みつける。ゴールドフレームとはこのギガフロート
で二度戦い、二度とも退けた。しかしそれは劾が協力してくれたからで、ロウ一人の力
によるものではない。
【ロウ、気を引き締めろ。今回の奴は少し違うみたいだ】
「大丈夫だ、8(ハチ)。ちゃんと分かっているさ……」
 ロウの額に汗が浮かぶ。8(ハチ)の言うとおり、今日のゴールドフレームは今まで
とは違う。圧倒的なまでの敵意と殺気に満ち溢れ、近づくだけで殺されそうだ。
「クッ……。息が詰まりそうだ」
 プロの傭兵であるイライジャでさえ怯むほどの気迫。ゴールドフレームの操縦者ロン
ド・ギナ・サハクがこれ程の気迫を出しているのには理由があった。
「神よ。おお、神よ。私はロンド・ミナ・サハクではありません。貴方だけが私を見て
くれた。貴方だけが私を知ってくれた。私は、私は……」
 ダブルG。神を名乗るこの存在に、ロンド・ギナは強く惹かれた。姉のミナはギナを
心配して引き止めようとしたのだが、ギナは止まらなかった。姉に近づくなと言われれ
ば言われるほど、ダブルGに近づき、心酔していった。なぜならダブルGは、ギナの不
安を消してくれたから。
「お前と姉は互いを思いやり、自らの半身と考えている。どちらか一人が死んだ時は、
もう一人がその意志を受け継ごうという誓いも交わしている。では、もしミナが死んだ
ら、お前はロンド・ミナ・サハクとして生きるのか? ロンド・ギナ・サハクとして生
きてきた人生の全てを捨てて。自分自身さえも捨てて」
 それはギナが、漠然と抱いていた不安だった。自分は姉の身代わりになるしかないの
か? 自分より優れている姉の為に生きて、やがて姉として生きるのか。私の命はロン
ド・ミナ・サハクの物なのか。
 嫌だ。そんなは嫌だ。私の命は私だけのものだ。私は私だ。ロンド・ミナにはなれな
いし、なっても駄目なのだ。
 自己の喪失に怯えるギナの心を、ダブルGは見抜き、そして言葉巧みに洗脳した。本
人にその自覚は無いが、ロンド・ギナ・サハクはダブルGの忠実な僕と化していた。
 もっとも、ダブルGがギナを説得出来たのは、優秀なブレーンがいたからだ。彼は
今、ステルス仕様のディンに乗り、遥か上空から誰にも気付かれる事無く、ギガフロー
トの様子を見ている。もちろん、レッドフレームとイライジャ専用ジン、そしてゴール
ドフレームの戦いも。
「順調のようだな。さあ、頑張ってくれよ、ロンド・ギナ・サハク。お前が頑張って戦
ったくれるだけで俺は嬉しい。ああ、今度こそ、最高の絶望の歌を奏でられそうだ…
…」
 歌依吟はギガフロートのコンサート会場を見た。佐々山一郎とエウテルペがいる。一
度は地獄に落とそうとしたが、果たせなかった二人。あんな事はあってはならない。人
は全て自分の思いどおりに動く。吟の親兄弟がそうだったように、人は絶望の中で死ぬ
べきだ。それなのに、あの二人はまだ生きている。あの二人は生かしておいてはならな
い。
「佐々山、エウテルペ。お前達は殺すぞ。絶対に!」
 吟は合図の通信を送った。
 同時に、新たなMSが次々とその姿を現した。ミラージュコロイドを標準装備した量
産型MSズィニアが十四機。三叉槍を持っている機体と、不安定な動きをしている機体
が先頭に立つ。
「敵はあれだけですか。退屈な仕事になりそうですね」
「数は少なくても虫は虫。赤い虫も青い虫も、みんな落とす。みんな殺す。うふ、うふ
ふ、うふふふふふふふふふふふふ」
「マゴット様〜〜〜〜」
 吟への疑念を抱きつつ、神の命には従う女、クロナ・ギウム。そして相変らずのマゴ
ットの後ろには、今日ぐらいはしっかりしてくださいと儚い願いを込めるポーシャとそ
の子分二人が乗るズィニアが付く。
 ズィニアに続いて、シカゴで影太郎達と戦ったアサシンダガーも現れた。乗っている
のはもちろん、マクシー・ミガゲノ。
「まったく、自分の歌の為にライバルの歌手を殺せだなんて、あいつも相当な悪よね
え」
 苦笑しながらもマクシーは、佐々山とエウテルペを殺そうとする。武器はいらない。
巨大な足で踏みつけるだけでいい。と思ったのに、佐々山の動きが早い。幼いエウテル
ペを抱きかかえて走り、マクシーの追撃から逃げている。
「あ、あの、ちょっと降ろして、一人で歩けるから!」
 エウテルペは強引に笹山の手から降りた。
「ああ、すまない。勝手に抱っこなんかして、すまないね。非常事態だったから、つ
い」
「非常事態だからって、何でもかんでも許されるはずないでしょ! 胸に触っていた
ら、責任を取ってもらうところだったわよ。この、ちょっと優しいロリコン」
 最後に「ちょっと優しい」と入れたのは、助けてくれた事への感謝だろうか。
 とにかく、厄介な事態になった。ロウとイライジャはゴールドフレームの殺気に押さ
れて動けず、劾は未だ戻ってこない。そして佐々山とエウテルペは絶体絶命の危機に。
「やれやれ。今年は厄年だな」
 そう言う佐々山の顔には、死の恐怖のような感情は浮かんでいなかった。堂々と落ち
着いている。
「心配するな、テルペちゃん。実はついさっき、ジャンク屋の兄ちゃんから聞いたん
だ。このギガフロートに、俺達の仲間が帰ってくるってな。チーム名はシャドウ・セイ
バーズ。俺が名付け親なんだぜ。驚いたか? ハハハハハハハハハ!」
 佐々山は信じていた。自分が名前を与えた連中が、そう名乗るに相応しい奴らが、間
に合わないはずなどない。
 しかし、助けが来る前に、還暦間近の佐々山の体力が尽きてしまった。動きが鈍くな
り、息も荒くなってきた。
「あらあら、追いかけっこはもうオシマイ? つまらないわねえ。それじゃあ、さっさ
と殺させてもらうわよ」
 アサシンダガーの足が佐々山とエウテルペを踏み潰そうとした時、
「そこまでだ!」
 男の子の声が大音量で響き渡った。子供っぽさと大人っぽさを同時に感じさせる、不
思議な声。
 いつの間に来ていたのか、上空には巨大な飛行艇が飛んでいる。そして飛行艇のコン
テナが開き、中から四つの巨大な影が飛び出してきた。
 レッドフレームやブルーフレームとよく似た、しかし体の大きさは一回り小さい小型
MS。腰に小太刀を差し、背中にはエールストライカーを装備して、ブリッツの左腕を
宿した黒いストライク。そして、バクゥの背中にジンの上半身を乗せて斧を持った異形
の機体と、白く塗装されたジン。
 突然の乱入者に、ギガフロートにいる全ての者の動きが止まる。静寂の中で小さなア
ストレイに乗る少年は宣言した。
「シャドウ・セイバーズのリーダー、宇流影太郎だ。戦いたい奴は俺のリトルフレーム
が戦ってやる。しかし覚悟しろよ。知恵と勇気と根性を振り絞った俺の命、半端な事じ
ゃ殺せないぞ」
 自信満々に、自分の強さを誇る影太郎。小さすぎるほどに小さいMSに乗っている奴
が言う台詞ではない。
「ふーん、面白いじゃない。でも、こっちはこっちで仕事をやらないとね」
 マクシーはMSのカメラを佐々山とエウテルペに向けた。そして今度こそ殺そうとし
たが、突如現れた白いジンがアサシンダガーに体当たりして、その細い体を吹き飛ばし
た。
 アサシンダガーが飛ばされた隙に、白いジンは佐々山とエウテルペを避難させる。白
いジンに乗るジャン・キャリーは佐々山達の後姿を見届けた後、立ち上がったアサシン
ダガーに視線を移す。
「ぐっ、あのジンはジャン・キャリーね。やってくれるじゃない……。上等だわ、殺し
てあげる!」
 獲物は逃がしてしまったが、マクシーはまったく気にしなかった。上空の吟は歯軋り
を上げていたが、これも聞こえない振りをした。今は戦いの事だけしか考えられなかっ
た。
 一方、影太郎の宣言は、ロンド・ギナ・サハクに不愉快な思いを抱かせた。
「子供が私のダンスの場に上がってきたのか。無礼な!」
 ギナのゴールドフレームはロウのレッドフレームを無視して、影太郎のリトルフレー
ムに襲い掛かる。ゴールドフレームは右腕の《トリケロス》から三本のランサーダート
を放つが、リトルフレームは軽やかに動き、三本全てをかわした。
「ちっ、素早い奴」
 素早いだけではない。普通のMSよりも小さすぎるので、コンピューターを使っても
狙いがつけにくい。思ったよりも厄介な相手のようだ。
「クロナ、マゴット、お前達も来い! こいつを囲め!」
 リトルフレームの厄介さをすぐに理解したギナは、亜使徒達を呼び集めた。リトルフ
レームの動きを見たクロナ達も、その捉え難さを知ったので、ギナに協力した。ギナの
ゴールドフレームと、マゴットとクロナ、そしてポーシャ達三人のズィニアがリトルフ
レームを取り囲む。
「影太郎!」
 助けに来た影太郎が、逆に追い込まれてしまった。そう思ったロウとイライジャはリ
トルフレームに駆け寄ろうとするが、その前をズィニアが立ちふさがる。
「邪魔をするな!」
 レッドフレームの《ガーベラ・ストレート》がズィニアを切り裂…かなかった。ズィ
ニアには簡易型ではあるがPS装甲が搭載されており、普通の剣やミサイルは通用しな
い。
 レッドフレームに切りかかられたズィニアが反撃。持っていたビームライフルを乱射
して、レッドフレームとイライジャのジンを後退させる。
「プロフェッサー、レッドフレームのビームライフルを用意してくれ! すぐに取りに
行く!」
「分かったわ。でも、どうやって敵の攻撃を切り抜けるの?」
「それは拙者達に任せてほしいでござる」
 そう通信をしてやって来たのは、ブリッツの左腕を宿した黒いストライクだった。半
人半獣のような奇妙なMSもいる。
「その声は……ストライクに乗っているのは夏か!」
「はい。お久しぶりでござる、ロウ殿。イ、イライジャ殿も……」
「ああ、久しぶりだな。ところでそのMSは?」
「オーブに行った時に貰って、影太郎殿が色々と改造したのでござる。ブラックアーム
も使わせてもらいました。ストライク撃影(げきかげ)と呼んでくだされ」
 新たな愛機を紹介した後、夏はズィニアの軍団に眼を向ける。ストライク撃影の手持
ちの武器は小太刀のみ。共に来てくれたケンタウロスの武器は斧と銃。どちらもビーム
兵器は持っていないが、
「時間稼ぎぐらいなら出来るでござるよ。ロウ殿、急いでくだされ!」
「分かった。恩に切るぜ!」
 プロフェッサー達がいる倉庫に向かうレッドフレーム。それを追おうとするズィニア
の胴体に、撃影から放たれた三本の爪が絡みつく。かつてはブリッツの、今は撃影の武
器であるピアザーロック《グレイプニール》だ。
「お前達は行かせないでござる!」
 動きを抑えられたズィニアにケンタウロスが飛び掛かり、そのまま四本の足で蹴り飛
ばす。ケンタウロスを操縦しているのは、
「ラグナス殿、ありがとうでござる」
「いや、礼を言われるほどの事ではありませんよ。倒した訳ではないし、それに敵はま
だまだいます」
 ラグナスの言うとおり、蹴られたズィニアを先頭にしたズィニアの軍団が迫ってく
る。迎え撃とうとする夏達に、心強い味方が来てくれた。
「俺にも手伝わせてくれ。時間稼ぎなら、戦力は多い方がいい」
「イライジャ殿……。かたじけない!」
 歓喜の声を押しとどめ、夏は敵に対峙する。
 一方、ゴールドフレーム達に取り囲まれたリトルフレームだったが、取り囲まれても
なお、その軽やかな動きで敵の攻撃を全てかわしていた。同士討ちを避ける為、ビーム
ライフルは使えない上に、クロナのズィニアの三叉戟も、マゴットのズィニアのビーム
サーベルも、ゴールドフレームのビームサーベルも当たらない。まるで舞を舞っている
かのようなリトルフレームの動きに、さすがのロンドも翻弄されていた。
「こんな不愉快なダンスは初めてだ……。逃げることしか能の無い小人の人形が、私を
馬鹿にするな!」
 怒りと共に振り下ろされたゴールドフレームのビームサーベルだったが、リトルフレ
ームはこれもかわした。そして、ポーシャの子分Aが操縦しているズィニアに近づき、
その頭に飛び乗った。そして、手に持っていた銃のような武器をズィニアの頭にくっつ
けて、
「取り囲まれるのにも飽きたんでね。そろそろ行かせてもらう!」
 引き金を引いた。途端に閃光が走り、ズィニアの頭部は完全に破壊された。
「PS装甲を破壊した!? あの大きさでビーム兵器だと、そんなバカな!」
 驚くロンド。
 上空で待機しているマチルダの操縦室の大型モニターに、この戦いの様子が映し出さ
れていた。マチルダを操縦しているエレアも、レウも、部外者であるマルコも、ユナも
リトルフレームの活躍に見とれていた。特にユナの喜びは大きかった。失敗作と言われ
ていたリトルフレームとその武器《ヒナワ》を、あそこまで使いこなしてくれるとは。
「ありがとう、影太郎さん。本当に、本当にありがとう……」
 涙を流して喜ぶユナ。それを見たエレアも胸が熱くなった。技術者の端くれとして、
ユナの気持ちは良く分かるからだ。しかし、
「ユナ、喜ぶのはまだ早いわよ。本番はこれからなんだから」
 と釘を刺した。そのとおり。リトルフレームの本領発揮はこれからだ。影太郎もそう
思ったのか、マチルダに通信を送ってきた。
「一気に決めるぞ。エレア、あいつらを出してくれ」
「了解。待ってたわよ、そのセリフ!」
 エレアは笑みを浮かべて、新しく設置されたスイッチを押した。マチルダの開かれた
コンテナから、新たに三つの機体が発進した。その内の一機は空を飛び、残り二機は地
上に降りてきた。
 空を飛んでいるのは大型の戦闘機だった。その背には巨大なレドームを背負ってお
り、偵察機としての機能も備えているようだ。
 地上に降りた二機は、大型のショベルカーと長方形型の装甲車だった。装甲車には二
門の砲が装備されている。
「ほう、まだそんな玩具を隠していたのか。だが、そんな物、MSの前ではガラクタ同
然!」
 ロンドの言うとおり、この三機でMSを相手にするには戦力不足だ。しかし、
「見せてやる。このリトルフレームの本当の力を。俺が、俺達が作り上げた、お前達ダ
ブルGの手下どもを倒す為の力をな!」
 直後にマチルダから新たな物体が投下された。それは巨大な球体だった。球体は地上
に着くと同時に、猛烈な勢いで白い煙を吐き出した。
「煙幕だと? ちっ、くだらない真似を!」
 罵るロンドだったが、この煙幕は普通のものではないようだ。カメラもセンサーも敵
影を捉える事が出来ず、リトルフレームの姿を完全に見失ってしまった。
「この隙に逃げるつもりか? 小ざかしい。私とダンスを踊るどころか、殺される資格
も無かったようだな」
 嘲笑するロンドだったが、クロナとマゴットはそうは思わなかった。影太郎の事はロ
ンドよりも知っている。あの少年は簡単に逃げ出すような男ではない。
「皆さん、気を付けて。あの子はまだいます」
「うん、いるよ。虫はいる。もっと強く、もっと大きくなるつもり。きっと蛹から羽化
しているんだ。うふふふふふ、うふふふふふふふふふふふふふふ」
 マゴットは何も考えずにいったのか、それとも何か予感していたのか。ともかく彼女
の予想は当たっていた。
 煙はわずか十数秒で消え去り、ギガフロートは元の世界に戻った。しかし、
「…………」
「…………うわあ」
「な……何だ、あのMSは!?」
 その姿を見たクロナは絶句し、マゴットは感嘆し、ロンドは驚愕した。彼らの前には
リトルフレームではない、まったく違う機体が立っていたのだ。ズィニアやゴールドフ
レームよりも大きく、凛々しく、左肩に『正義』という文字を刻んだ、見たことも無い
巨大なMSが。
 その操縦席に座っているのは、影太郎だった。これこそが彼が作り出した大いなる
力。世界を滅ぼそうとする邪神を倒し、この世界を守る為に生まれた最大最強の守護
神。その名は、
「これがリトルフレームのもう一つの姿、B・I・Gアストレイだ。覚悟しろよ、お前
達。この姿になった俺達は半端じゃないぜ」
 B・I・Gアストレイ。それはこの世界を守る為に、あえて正道を外れし者。影太郎
の知恵と勇気と根性の結晶にして、影太郎の命が尽きるまで共に戦う最強の巨神。
 巨大にして美しきその姿は、見る者全てを圧倒し、見惚れさせた。ロウやイライジ
ャ、プロフェッサーや樹里、ロレッタ、風花、リードも例外ではなかった。そしてこの
女も。
「素敵……」
 客の一人に変装して潜入していた怪盗レインボースターは、B・I・Gアストレイに
完全に心を奪われしまった。そして誓った。あのMSを必ず自分の物にする、と。

(2007・10/6掲載)
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