第17章
 死闘の果ての旅立ち

 ギガフロート近辺の海中から青い機体が浮かび上がってきた。水中戦用装備スケイ
ル・システムを装備したアストレイ・ブルーフレームだ。水中からギガフロートを攻撃
しようとしていたザフトの潜水艦艦隊とMSを迎え撃ち、見事に退けたのだ。
 ギガフロートに引き上げようとするブルーフレームだったが、その背後にゾノの機影
が迫っていた。ただ一機、奇跡的に生き残っていたのだ。仲間の仇を討とうと魚雷を放
つが、ギガフロートのある方角から放たれたミサイルによって、全て撃墜されてしまっ
た。同時にゾノ本体にもブルーフレームからの魚雷が命中。爆発音と共に、巨大な水柱
が上がった。
「やったわね、劾。でも、私、余計な事をしちゃったかしら?」
 ギガフロートにいるフィアからの通信に、劾は首を横に振る。劾は隠れていた敵を誘
い出す為にわざと背を向けていたのであり、ゾノの魚雷も余裕でかわせた。しかし、フ
ィアのジンが魚雷を落としたくれたおかげで敵に逃げる間を与えず、楽に倒す事ができ
た。だから劾はフィアを責めず、
「いや、構わない。相変らず見事な腕だな」
 と感謝した。劾がいる水域とギガフロートは、まだかなり離れている。にも関わら
ず、ジンの小型ミサイルランチャーで水中の魚雷を全て撃ち落すとは、フィアの射撃能
力はますます向上しているようだ。
「こちらの敵は片付いた。ギガフロートの方はどうなっている?」
「さっきまでは悪かったわよ。けど、もう大丈夫。とんでもない助っ人が来てくれたか
ら」
「とんでもない助っ人?」
「あの子よ。大きくなって帰って来たわ。色々な意味でね」
 嬉しそうに言うフィア。劾の脳裏に一人の少年の顔が浮かび上がる。
「そうか。彼もついに戦場に立ったのか。俺達と同じ場所に」
 それは嬉しい事のようで、しかし、少し寂しくもあった。劾はブルーフレームをギガ
フロートに向かわせる。



 崩壊の危機に瀕していたギガフロートに現れた、白い巨神。B・I・Gアストレイと
名付けられたその巨体に乗り込んでいる少年は体は小さかったが、その闘志は大きく、
そして強い。ロウ達を苦しめたゴールドフレームや、PS装甲で守られたズィニアなど
の強敵をまったく恐れず、B・I・Gアストレイの拳を振り上げる。
「はあああああああっ!」
 影太郎の気合と共に、B・I・Gアストレイはその強力を発揮した。襲い掛かるズィ
ニアを殴り、蹴り、投げ捨てる。PS装甲を使用しているズィニアは直接攻撃で破壊さ
れないが、それでもB・I・Gアストレイのパワーには抗いきれず、押し出され、倒さ
れてしまう。
 ズィニアもビームライフルやビームサーベルで反撃するが、B・I・Gアストレイは
その巨体に似合わぬ軽快な動きでズィニアの攻撃を全てかわしている。そして右腕のパ
ワーショベルを伸ばして横に振るい、三機のズィニアをまとめて投げ飛ばした。その中
にはポーシャの子分二人が乗っている機体も含まれていた。
「ああ、もう、あっさりと! あいつら、もうちょっと頑張りなさいよ!」
 そう言うポーシャだったが、この巨大な敵が自分達の手には負えない相手だという事
は分かっていた。出鱈目とも思えるほどのパワーと、大型MSとは思えないほどのスピ
ード。これ以上ギガフロートを傷つけない為、威力の大きい銃火器を使用していないの
に、それでも圧倒的な戦闘力。B・I・Gアストレイ。その名に恥じぬ巨大で、強いM
Sだった。
「バカな……。こんなバカな事があるものか!」
 ロンド・ギナ・サハクの顔が怒りの色に染まる。合体したり、巨大だったり、とんで
もないパワーだったりなど、こんな子供の空想そのものとも言えるようなMSに自分が
負けるなど、
「あってたまるか! 私は偉大なる神に仕える者、神に認められた者だ!」
 B・I・Gアストレイに襲い掛かろうとするゴールドフレーム。だが、その前に赤い
兄弟機が立ちはだかる。
「待ちなよ、ゴールドフレーム。お前の相手はこの俺だ」
 ビームライフルを手にしたレッドフレームが、ゴールドフレームとB・I・Gアスト
レイの間に現れた。ロウはB・I・Gアストレイに通信を送る。
「そのデカいのに乗っているのは影太郎か?」
「ああ。久しぶりだな、ロウ。他のみんなは元気か?」
「元気だぜ。プロフェッサーも樹里も、サーペントテールの連中もな」
【私もいるぞ】
「8(ハチ)は相変らずみたいだな」
「ああ、相変らず口うるさい奴だぜ。あ、リーアムは一足先に宇宙に戻ってるぜ。あの
ユニットも持っていった。プロフェッサーが何か企んでいるみたいだけど、宇宙に行け
ば分かるってさ」
「そうか、それは楽しみだ。けど、その前にこいつらを片付けないとな。ロウ、ゴール
ドフレームは任せてもいいか?」
「任せろ。お前は残りの敵を片付けるのか?」
「いや、残りの敵は夏達に任せる。俺は…」
 影太郎が言い終わる前に、上空からの閃光がギガフロートを襲った。その閃光はB・
I・Gアストレイを狙ったものだったが、B・I・Gアストレイは素早くこれをかわし
た。閃光は分厚いギガフロートの床に大きな穴が開けた後、海に消えた。
 影太郎は空を見上げる。左腕に盾を、右腕に巨大なビーム砲を装備した緑色の新型M
Sが飛んでいた。そのMSからは明確な敵意が放たれている。
「ロウ、俺はあいつと戦る。あいつも俺をご指名らしい」
 新たな敵を見て、影太郎の闘志は高ぶっていた。その声からは子供らしさは感じられ
ず、一人前の大人の声、戦場に生きる戦士の声に聞こえた。
「影太郎、お前、変わったな」
「そうか?」
「ああ、変わった。ちょっと見ない間に強くなったみたいだ。その面白い合体MSの事
も気になるぜ。俺達と離れていた間に何があったか、後で教えてくれよ」
「OK。土産話ならたっぷりあるからな」
 そう言った後、影太郎は新たな敵に、ロウはゴールドフレームに意識を集中させる。
いずれも他人を気遣いながらでは勝てない強敵だった。厳しい戦いになるだろう。特に
影太郎は。
「残り時間は……二分か。それまでにケリをつけないとな」
 限られた時間の中で、影太郎は新たな敵への対策を練った。その結果は、
「今は考えている時間も惜しい。速攻あるのみ!」
 飛び上がるB・I・Gアストレイ。上空にいる緑色の敵MSはまったく動かず、ビー
ムキャノンの砲口をB・I・Gアストレイに向ける。その操縦席に座る男も、顔色一つ
変えずに戦おうとしていた。
「敵は……殺す。倒す。潰す。それが俺の使命、俺の任務、俺の運命……」
 ナイン・ソキウスの呟きは、誰かに聞かせる為のものではなかった。ただ、逃れられ
ない自分の運命を確認するだけのもの。
 しかし、なぜかナインの機体の通信回線は開かれており、ナインの声はB・I・Gア
ストレイにも伝えられた。
「! あいつが乗っているのか……」
 影太郎の表情が曇る。亡き友と同じ顔をした少年。救う事が出来なかった少年。それ
が今、自分の敵として現れた。
「…………」
 沈黙する影太郎。こうしている間にも、タイムリミットは迫っている。だからこそ考
えなければならない。そして決めなければならない。そうしなければ勝てない。
 B・I・Gアストレイの左肩に書かれた『正義』の二文字。これを書いた以上、この
字に恥じぬ戦いをしなければならない。その方法は、ただ一つ。



 歌依吟は苛立っていた。
 ディンに乗り、文字通り『高見の見物』を決め込んでいた彼だったが、眼下の事態は
彼の望むようには動かなかった。佐々山とエウテルペは生きているし、邪魔なジャンク
屋や傭兵どもも無事。そして万全の戦力で攻め込んだはずの自軍が押されている。
 こんなはずではなかった。佐々山とエウテルペは無残な死を遂げ、邪魔な連中もギガ
フロートと共に海の藻屑となり、その地獄絵図をを見て、自分は最高の絶望の歌を完成
させる。それが吟の計画だった。そうなるはずだったのだ。だが、
「あのガキ、よくも……!」
 宇流影太郎。生意気な子供だと思ってはいたが、ここまでやってくれるとは思わなか
った。あんなバカげたMSを造り、ゴールドフレームやズィニアを寄せ付けず、吟の企
みを叩き潰そうとしている。
 それに影太郎が来た事で、ギガフロートに漂っていた絶望感が一掃されてしまった。
あの巨大MSの姿はただその場にいるだけでも味方を鼓舞させ、敵を威圧する。戦闘で
もズィニアの軍団をまったく寄せ付けず、人々に希望を与えた。疲労していたロウやイ
ライジャ達も再び闘志を燃え上がらせ、ゴールドフレームやクロナ達のズィニアと戦っ
ている。
 吟は自分を戒めた。認めよう。私はあの小僧を、宇流影太郎という男を見誤ってい
た。奴こそが私の最大の障害だったのだ。絶望の歌を作り出すのに最も邪魔な存在、希
望を与える者。影太郎もその一人だったのだ。それも特上レベルの。
 殺さなければならない。どんな手を使ってでも、あの小僧は殺さなければならない。
そうしなければ私の歌は完成しない。
 吟の心の中に影太郎への明確な殺意が芽生えた。吟は殺意を抑えようとしない人間、
俗に言う殺人鬼だった。しかし普通の殺人鬼と違い、吟は決して自分の手を汚さない。
殺したい人間は他人を使って殺させる。今回も吟は自分で戦おうとはせず、ダブルGが
万が一の為にと与えてくれた『切り札』を導入した。
 ZGMF−X05A、デネブ。リヒター・ハインリッヒが手に入れたザフトの試作M
S。後の歴史に名を残す名機フリーダムやジャスティスと同じくNジャマーキャンセラ
ーを搭載しており、試作機とはいえその戦闘力は計り知れない。
 このMSに吟はナイン・ソキウスを乗せた。そしてデネブの通信回線を開いて、ナイ
ンの声が漏れるようにして、影太郎にデネブのパイロットがナインである事を教えてや
る。なぜかは分からないが、影太郎はナインを助けようとしている。相手がナインだと
知れば、奴は手を出せなくなる。
「ふん。正義の味方気取りのバカを殺すのは、楽でいいな」
 そう言いながらも吟は一抹の不安を感じていた。他人を利用して、自分の思いどおり
に生きてきた男には無縁の感情。自分が何を恐れているのか、吟にはまったく分からな
かった。



 上空にいる吟の考えを知らないクロナは、マゴットやポーシャと共にB・I・Gアス
トレイと戦うデネブを援護しようとした。しかし、
「そうはさせないでござるよ」
「エレアさんからも言われているんでな。影太郎さんの邪魔はさせん!」
「悪いが付き合ってもらうぞ」
 夏のストライク撃影とラグナスのケンタウロス、イライジャのジンが前を塞いだ。そ
して夏はクロナに、イライジャはマゴットに、ラグナスはポーシャにそれぞれ挑む。
「貴方達の機体の装備では、ズィニアには傷一つ付けられない。分かっているのに挑む
んですか? バカですね」
 クロナの言うとおり、PS装甲のズィニアには実弾系の武器は通じない。夏達の機体
にはビーム兵器は装備されておらず、勝算は無い。
「分かっているでござる。だが、それでも拙者達は戦う。人の世を滅ぼそうとしている
悪鬼に背を向けるなど、拙者が目指すサムライにあらず!」
「サーペントテールを舐めるな」
「仲間が戦っているのに、一人だけのんびりするなんて出来ないんだよ。俺はサイボー
グなんだから、人間以上に頑張らないとな」
「愚かな連中……。神の願いを邪魔する者は許さない」
「おお、相手になるでござるよ!」
 撃影の《グレイプニール》が、クロナのズィニアが持つ三叉戟を掴む。激しい引き合
い。
「人類を滅ぼすなど、史上かつてない悪行。絶対に阻止してみせるでござる!」
「人の滅びは偉大なる神の望み。だから人は滅びる。私は神の剣となって、人に神の裁
きを下す」
「拙者の父上が言っていたでござる。神とは人を救う為、自分を救う為に人が作り出し
た虚像。自分を神と騙る者は、神を気取る愚か者だと!」
「何という冒涜……。貴方も神の裁きを受けるべき人のようですね」
 神を信じるクロナと、神を名乗る者を否定する夏。二人の乙女の戦いは激しさを増
す。撃影がクロナのズィニアを一気に引っ張り、小太刀《タイガー・ピアス》を抜いて
待ち受ける。しかしズィニアもすぐに体勢を立て直して、ビームサーベルで《グレイプ
ニール》を切り落とした後、三叉戟を繰り出す。
「なんの!」
 間一髪、撃影は戟の刃先をかわした。そして接近してきたズィニアを斬ろうとする
が、ズィニアも素早く後退した。
「やるでござるな。不動剛馬と戦う前の腕試しにはちょうどいいでござる」
「使徒たる剛馬殿の手を煩わせるまでもありません。貴方はここで私が倒します」
 再び睨み合う両雄。夏もクロナも強くなっている。簡単には決着はつかないだろう。
 一方、イライジャはマゴットに苦戦していた。彼も傭兵として多くの経験を積み、腕
を上げているのだが、
「虫、虫、虫、蟲、蟲……。青い虫、殺す。殺した後は標本にしようかな? 綺麗な標
本が出来るかな? うふふふふふふふふふふ」
「くっ、こいつは!」
 変幻自在の動きをするマゴットに翻弄されていた。マゴットのズィニアは寄せては退
き、退いては寄せるの繰り返しで、迂闊に攻撃はしてこない。イライジャをいたぶって
いるかのようだった。
「こちらの攻撃は通じない上に当たらないか。厄介な相手だな」
 しかしイライジャの役目は、敵を倒す事ではない。劾やフィアが戻るまで敵の動きを
抑え、持ち堪える事。それがイライジャの仕事なのだ。
「俺ではお前には勝てない。だが、仕事はやってみせる!」
 傭兵のプライドを静かに燃やして、イライジャはマゴットの行く手をさえぎる。
 そしてラグナスはポーシャを圧倒していた。斧を振りかざして追いかけてくるラグナ
スのケンタウロスに、ポーシャのズィニアは逃げるだけだ。
「あ、当たっても大丈夫なのは分かっているんだけど、あれは怖い、怖いのよ! 助け
てください、マゴット様ー!」
 元宇宙海賊の割りに、意外と怖がりなポーシャ。追いかけているラグナスも、何だか
悪い気がしてきた。
「いやいや、ダメだダメだ。自分の役目を忘れずに果たさないと」
 気を取り直すラグナス。今、戦っている自分達だけではなく、マチルダにいるエレア
やユナ、客人のマルコも自分のやるべき事をやってくれた。そのお陰で、ラグナスは戦
場に立つ事が出来たのだ。自分もやるべき事をやる。それは、
「命を賭けて戦う事。だが、絶対に死なない事。影太郎さんも酷な事を言うなあ」
 そう言いつつもラグナスは影太郎の言葉に逆らわなかった。それはラグナスの願い出
もあったからだ。



 佐々山とエウテルペが襲われていた区域でも激しい戦いが繰り広げられていた。『煌
く凶星「J」』ことジャン・キャリーが操る白いジンと、ダブルGの使徒マクシー・ミ
ガゲノが駆るアサシンダガー。ジンの剣をアサシンダガーがかわし、アサシンダガーの
ナイフによる反撃をジンが見事に避ける。両者、一歩も譲らぬ互角の戦いである。
 この二人は大西洋連邦でも一度戦っている。その時はマクシーが退いたのだが、マク
シーはジャンと夏、そしてラグナスの三人を一人で圧倒した。MSパイロットとしては
ジャンよりもマクシーが数段上のはずだった。
 しかし今日のジャンはマクシーと互角に渡り合っている。いや、わずかだがマクシー
の方が押されていた。
「この前戦った時より腕を上げている? ……いいえ、違うわね。そのMS、中身をか
なりいじったみたいね」
 マクシーの推測は当たっていた。ジャンはB・I・Gアストレイの製作を手伝う傍
ら、自分のジンも改造していた。試作型の小型パワーシリンダーを組み込み、バーニア
の出力をジンの機体限界を超えるまでにアップ。パワー、スピード、共に通常のジンを
遥かに上回るものにしたのだ。
 しかし、その代償は大きいものだった。ジンの機体強度では、異常ともいえるレベル
にまで上げたパワーとスピードに耐え切れない。一回、それも短時間での戦闘が精一杯
だろうと予測されたのだ。
 それでもジャンは、長い間連れ添ってきた愛機を改造した。この白いジンには愛着が
あり、壊れる事を前提にした改造などしたくはなかったが、
「影太郎君の頑張りを見せられた以上、私も覚悟を決めなければならないだろう。子供
ばかりを辛い目に合わせる大人にはなりたくないからな」
 不殺主義を貫く一方で、過酷な戦場に挑む矛盾した男、ジャン・キャリー。影太郎は
彼の心に熱い炎を灯したようだ。
「行くぞ! これ以上、お前達の好きにはさせない!」
 マクシーのアサシンダガーに猛攻を仕掛けるジャン。白いジンはジャンの魂が乗り移
ったかのように激しく動き、アサシンダガーを追い詰めていく。
 凄まじい気迫と力の込もったジャンの攻撃。並の人間ならば数秒で敗北していただろ
う。一分以上持ち堪えているマクシーは、やはり凄腕だった。
「それでも、これはちょっと弱ったわねえ……。戦うべきか退くべきか、迷っちゃう
わ」
 アサシンダガーはその名のとおり、暗殺者のように敵に不意打ちを仕掛ける事を得意
とするMSだ。こういう正面からの戦闘には向いていない。それでも負ける気はしない
が、
「これ以上戦っても、こっちに得があるとは思えないのよねえ。あのバカは切り札をさ
っさと使っちゃうし」
 白いジンの攻撃を捌きながら、マクシーは空高くにいる狂った歌手の顔を思い出し
た。ダメだ、あいつの為に戦う気にはなれない。
 そして先程まで殺そうとしていた佐々山一郎とエウテルペ・テレプシコーラの顔を思
い出す。MSに追われながらもあの二人は、特に佐々山の顔には元気が漲っていた。自
分の生存と未来を信じきっている顔だった。
「ああいう顔をした人って、嫌いじゃないのよねえ。殺る時は殺るけど」
 本当にどうしたものか。ため息をつきながら、マクシーはジャンの猛攻を凌いでい
た。



 B・I・Gアストレイによってギガフロートから放り出されたズィニア達が、ギガフ
ロートに向かって飛んでいた。B・I・Gアストレイの怪力によって遠くに放り出され
たものの、PS装甲で守られた機体は致命的なダメージは受けてはいなかった。AMS
化されたズィニア達は与えられた使命、ギガフロートの破壊を遂行する為、まっすぐ目
的地に向かう。
 だが、ズィニア達は一機もギガフロートにたどり着く事は出来なかった。
「ここから先へは行かせん」
「サーペントテールの名にかけて、ギガフロートは守ってみせるわ」
 劾のブルーフレームとフィアのジンが、近づいてくるズィニアを撃ち落していく。
 ブルーフレームはスケイル・システムを装備したままだが、アストレイ用のビームラ
イフルでズィニアのPS装甲を打ち抜いていく。
 フィアのジンの武器はバズーカ砲だが、PS装甲が切れて灰色になったズィニアを狙
って落としている。近づいてくるズィニアは次々と灰色になっており、フィアにとって
はいい的だ。
「PS装甲はエネルギーを大きく消耗する。あの大型MSの攻撃を防いだ上、無駄な行
動をしたせいでエネルギーを予想以上に使ってしまったのだろう」
 冷静に分析する劾。ズィニアに使用されているPS装甲は、ストライクなどに使用さ
れているものをそのまま使っているのだろう。試作機のストライクと量産機のズィニア
では、エネルギーの消耗率はまったく違う。機体に合わせた調整をしなければ、せっか
くのPS装甲も宝の持ち腐れだ。
「戦場では手を抜いた者は生き残れない。機械に言っても無駄か」
 劾が最後のズィニアを撃墜した頃、ロウのレッドフレームはロンド・ギナ・サハクの
ゴールドフレームと死闘を繰り広げていた。
「ジャンク屋風情が。貴様では私のダンスパートナーは務まらん。今度こそ死ね!」
【ロウ、右から来るぞ】
「分かってる! クソッ、やっぱり強いな、こいつは!」
 ブリッツの右腕を植え付けられたゴールドフレームは、片腕だった頃とは桁違いの性
能を発揮している。過去の二度の襲撃時にも、ロウは散々苦しめられた。劾の援護が無
ければ二度とも負けていただろう。
「ふん、進歩の無い奴だ。私が姿を見せるまでもない」
 ゴールドフレームはミラージュコロイドを起動させた。右腕からゴールドフレームの
姿が消えていく。レッドフレームのモニターにもセンサーにも反応は無い。
「またかよ。8(ハチ)、位置の特定は…」
【無理だ。ミラージュコロイドを完全に察知するシステムは、この機体には搭載されて
いない】
 過去の戦いでも、ゴールドフレームのミラージュコロイドには散々苦しめられた。何
とかしようと思ったのだが、ミラージュコロイドを開発した大西洋連邦でも正確なセン
サーは作れないのだ。いくら凄腕でも民間人であるロウには無理な話だった。
「って、泣き言は言ってられないよな。俺だって頑張ったんだって事を影太郎に見せて
やらないとな。8(ハチ)!」
【了解。例の場所に誘い込む】
 駆け出すレッドフレーム。ゴールドフレームは姿を消したまま、その後を追う。
「逃がさんぞ、虫けら。プロト02共々、葬り去ってくれる!」
 レッドフレームの正式名称を呼び、ギナは獲物を追いかける。彼にとって今のレッド
フレームは死に掛けた野良犬だった。しかし彼は知らない。追い詰められた獣は時に凄
まじい力を発揮する。そしてロウ・ギュールという男は、時にバカバカしくもとんでも
ない事をやるのだ。
 逃げ続けるレッドフレームは、ついにギガフロートの端まで来てしまった。後ろは大
海。水中用の装備を施していないレッドフレームに逃げ場は無い。
「追い詰めたぞ。ここまでだな。せめて潔く死ね!」
 姿を消したまま、ゴールドフレームは右腕の《トリケロス》からランサーダートを放
つ。
「うわっと!」
 見えない敵から放たれた槍をレッドフレームはギリギリかわした。しかしバランスを
崩してしまい、ギガフロートの端でふらついてしまった。少し押せば、あっさり海へ落
ちるだろう。
「無様な……。とどめだ!」
 追撃のランサーダートを放とうとするゴールドフレーム。とどめを刺す為にギナが目
の前の相手にのみ集中したこの時こそ、ロウが狙っていた時だった。
「8(ハチ)、立て直せ!」
【了解】
 今にも落ちそうになっていたレッドフレームは一瞬で立ち直り、空高く飛び上がっ
た。端に追い詰められたように見えたのも、バランスを崩したように見せかけたのも、
全てロウの作戦。ランサーダートが放たれた方向を逆算すれば、見えない敵の位置は掴
める。
【計算完了】
 モニターにゴールドフレームの位置が映し出される。あくまでも推測によるものだ
が、ロウは信じて疑わなかった。次の策として隠し持っていた小型の銃を取り出し、銃
口をゴールドフレームがいると推測された位置に向ける。
「信じてるぜ、8(ハチ)。食らえ!」
 引き金を引くレッドフレーム。予想外の動きに一瞬膠着したギナだったが、すぐに攻
撃をかわそうとした。ビームにせよ実弾にせよ、ゴールドフレームの性能なら簡単にか
わせる。しかし、レッドフレームの銃から放たれた物はビームでも実弾でも無かった。
 降り注ぐ赤い雨。レッドフレームと同じ色の塗料が、スプレー銃から打ち出される。
塗料はあっという間に拡散し、その場から退いたゴールドフレームも赤く染めた。カメ
ラも赤くなり、モニターも赤一色になる。
 こうなってはミラージュコロイドも役には立たない。ゴールドフレームは姿を消した
まま、赤く染められたその体を晒してしまった。
「なっ、何だ、これは!!!!!!!」
 これがロウが考えたミラージュコロイドへの対策だった。色を消して見えなくなるの
なら、色をつけてやればいい。あまりにも単純な、しかしジャンク屋らしく、ロウらし
い作戦だった。
「う、美しいこの機体に、こんな事を……。許さん、許さんぞ、ジャンク屋!」
 怒るギナ。塗料が付いていないサブカメラに切り替え、モニターの映像を元に戻す。
しかし、時既に遅し。ゴールドフレームの正面には、《ガーベラ・ストレート》を抜い
たレッドフレームが立っていた。
「これ以上、ギガフロートは壊させないぜ!」
 《ガーベラ・ストレート》の刃が唸りを上げる。鋼鉄をも切り裂く刃がゴールドフレ
ームの体に振り下ろされる。
「くっ!」
 ギナは操縦桿を素早く動かした。後方に飛び退くゴールドフレーム。致命傷こそ避け
たが、ゴールドフレームの体には大きな刀傷が刻まれた。傷から火花が上がる。
「バ、バカな……。私が傷を受けただと? あんな虫けらに、この私が!?」
 ギナは恐怖した。こんな失態を姉が知ったら、ダブルGが知ったら……。
 どうする、どうする、どうする、どうすればいい? 私はどうすればいい? 誰か、
教えてくれ。誰か、誰か、誰か。



 ここで時計の針を少し前に戻す。ギガフロートの各地で戦士達がそれぞれの戦いを始
めた頃、B・I・Gアストレイに乗る影太郎は窮地に陥っていた。
「はあっ!」
 B・I・Gアストレイの巨大な拳がデネブを襲う。しかし、デネブに乗るナイン・ソ
キウスは冷静に判断した。
「防げ、《マンダラ》」
 デネブの背中のユニットから六機の円盤型の機械が飛び出す。遠隔操作型プラズマフ
ィールド発生小型シールド《マンダラ》。強固なプラズマフィールドを発生させて、あ
らゆる攻撃を防ぐ無敵の盾。B・I・Gアストレイの巨大な拳さえも押し留めて、
「散れ」
 その隙にデネブは次の行動に移る。右腕の巨大な超高インパルスキャノン《サラマン
ダー》と腹部のエネルギー粒子砲《フェーン》、そして左腕に装備された複合兵装攻盾
システムに備え付けられている延伸式ビームガトリング砲による一斉砲撃。
「くっ!」
 危機を察した影太郎は、B・I・Gアストレイの推進力を逆方向に向けて全開。素早
くその場を飛び退いた。その直後、B・I・Gアストレイがいた場所には破壊の雨が降
り注ぎ、ギガフロートの一部を完全に破壊した。
「やるな、あのMS。防御力も攻撃力も大したものだ。って余裕言ってる場合じゃない
な。早く何とかしないと」
 少し焦る影太郎。
 アストレイ・リトルフレームを核とし、三機のメカが合体して誕生した大型MS、
B・I・Gアストレイ。搭載された四機のパワーシリンダーによって絶大な力を生み出
し、更に通常のMSを遥かに上回る推進力によって、その巨体からは想像も出来ないほ
ど敏捷に動き、敵を翻弄する。ギガフロートも傷付けてしまうので使用していないが、
左腕の二門のビーム砲を始めとする強力な銃火器も搭載した、高い完成度を誇る機体で
ある。
 しかし、世の中に完璧な物など無い。このB・I・Gアストレイにも致命的な欠点が
あった。
「あと一分。さて、どうしようかな……」
 そう呟く影太郎の視線は、エネルギー残量を示すディスプレイに向けられていた。エ
ネルギーの量は残り半分、いや、三分の一を切っており、こうしている間にも急速に減
っている。
 これがB・I・Gアストレイの弱点。その強大な力ゆえにエネルギーの消耗も激し
く、長時間は戦えないのだ。
 影太郎が計算して、設定したB・I・Gアストレイの限界活動時間は五分。全てのエ
ネルギーを使えばもう一分は戦えるのだが、生命維持機能が停止したり、分離した後で
リトルフレームや各メカが動けなくなっても困るので、ある程度のエネルギーは残して
おかなければならない。五分を過ぎても合体していた時は、強制的に解除されるように
プログラムした。
 B・I・Gアストレイが合体して、既に四分が過ぎていた。このままでは強制分離し
てしまうだろう。リトルフレームの装備ではデネブには勝てない。
「余計なプログラムをしちゃったなあ。」
 ぼやく影太郎。彼はデネブのパイロットがナイン・ソキウスである事については、あ
まり動揺していない。むしろ彼を助けるチャンスだと思っている。しかし、なぜか気が
乗らないのだ。何かが違う。俺は何かを間違えている。何を?
「……ああ、そうか。俺は根本的な所で間違っていた。これはさっきまでのような戦い
じゃないんだよな」
 影太郎は合体解除のスイッチを押した。B・I・Gアストレイは分離して、四機のメ
カに戻った。リトルフレームと大型偵察機『ウィズ』、ショベルカー『ガッツ』、大型
装甲車『ブレイブ』。リトルフレーム以外のメカも有人機だが、誰も乗っていないので
動かせず、戦力としては期待できない。
 合体を解いて不利になったようだが、影太郎は気にしなかった。先程までB・I・G
アストレイを見上げていたデネブが、リトルフレームを見下ろしている。モニター越し
で相手はMSだが、影太郎には見慣れた光景だった。
「B・I・Gアストレイは俺の知恵と勇気と根性の結晶だ。だからこそ、使いどころを
間違えちゃダメだ。この戦いはあいつを倒すのが目的じゃない」
 B・I・Gアストレイの怪力と強力な武器では、たとえ勝利してもデネブに大ダメー
ジを与えてしまうだろう。そうなれば操縦しているナインも危ない。
「これはナインを倒す為の戦いじゃない。あいつを助ける為の戦いだ。それなら力にモ
ノを言わせるより、頭を使ったり、勇気を振り絞った方がいい。いや、この場合は頭よ
りも足かな?」
 影太郎はリトルフレームを走らせた。B・I・Gアストレイも決して遅くはなかった
が、リトルフレームのスピードはB・I・Gアストレイを大きく上回っている。B・
I・Gアストレイのスピードに慣れた者にとって、リトルフレームの速さは文字どおり
『目にも止まらぬ』ものとなる。それは戦闘用コーディネイターであるナインも例外で
はなかった。
「これは……予想以上のスピード。対応するには……」
 リトルフレームの素早い動きにナインが惑わされた一瞬、リトルフレームはデネブの
懐に飛び込んだ。影太郎はリトルフレームが持っている《ヒナワ》の出力を調整し、ビ
ームの刃を出した。
 しかしリトルフレームが現れたのは、腹部にある《フェーン》の正面だった。発射ボ
タンを押せば、リトルフレームは《フェーン》が放つ光によって消滅する。
「迂闊な」
 相手を侮蔑した後、ナインはボタンを押した。デネブの腹部が輝き、破壊の光を放っ
た。しかし、既にそこにリトルフレームはいなかった。
「バカな、あの至近距離でかわしたと言うのか?」
 動揺するナイン。バイオチップの再調整によって感情を封じられ、戦闘マシーンと化
していた彼の心に細波が立つ。驚愕、動揺、そして恐怖。
 その感情は、数秒後に現実化した。《フェーン》が発射される直前、身をかがめてい
たリトルフレームが立ち上がり、《ヒナワ》のビームサーベルでデネブの操縦席を切り
裂いた。
 いや、切り裂いたのは『操縦席のハッチ』のみ。影太郎はビームの出力を最小にして
操縦席のハッチだけを切断し、扉を開けたのだ。細かな作業を得意とする影太郎とリト
ルフレームが見せた神技だった。
 影太郎はリトルフレームのハッチを開けた。そしてデネブの操縦席に座っているナイ
ンの顔を見る。ナインは無表情だったが、その目は恐怖の感情を宿していた。影太郎は
微笑んで、
「来い」
 とだけ言った。影太郎に出来るのは、閉ざされた扉を開き、道を示す事だけ。その道
を歩くかどうかはナイン自身が決めなければならない。
「………………」
 ナイン・ソキウスの目から恐怖の感情が消えた。そして彼は立ち上がり、切り裂かれ
たデネブの傷口から外へ出る。
「俺は……もう、いいのか? お前は……どうして俺を?」
 ナインの質問は言葉としては不充分なものだった。しかし影太郎は、その意味を理解
した。
「ああ、お前を縛るものはもう無い。どこに行ってもいい。お前をそうしたいから助け
た。お前と同じ顔をした俺の友も、そう願っていると思ったからな」
 影太郎とナイン。二人の少年は見つめ合った後、共に微笑を浮かべた。二人とも同じ
ように、優しさと暖かさを感じさせる微笑だった。
 和やかな空気に包まれたと思われた直後、天空から一機のMSが舞い降りてきた。デ
ィンだ。操縦しているのは、殺意と怒りに震える歌依吟。
「何だ、これは! 何だ、お前達は! 私はこんなものは望んでいない、なのにお前達
は!」
 吟の書いたシナリオでは、影太郎はナインに殺されるか、死闘の果てにナインを殺す
はずだった。デネブがB・I・Gアストレイを蜂の巣にする事を期待しつつ、B・I・
Gアストレイがデネブを押し潰す光景を想像して興奮した。どちらが生き残っても良か
ったのだ。しかし、結果は両者共に生存。こんな結末、絶対に認められない。
「だったら私が殺してやる! 死ね!」
 生まれて初めて、自分の手で人を殺そうとする吟。ディンが持つ銃が火を吹く。影太
郎とナインは操縦席に戻るが、それでも間に合わない。このままではPS装甲ではない
リトルフレームも、機能停止したデネブも撃ち抜かれる。
 凄惨な光景を想像して、笑みを浮かべる吟。だが、神は彼の望みを叶えなかった。
 どこからともなく現れた、一機のMS。謎のMSは背部の武装を展開させ、眩い光の
壁を作り出した。壁はディンの銃弾を全て防ぎ、影太郎達を守ってくれた。
「あー、もう、思わず飛び出しちゃったじゃない。影太郎、あんたちょっと迂闊すぎる
わよ。勝利の余韻に浸るのもいいけど、ここが戦場だって事を忘れちゃダメ。死にたく
なかったらね」
 怪盗レインボースターは、戦場の新人に的確なアドバイスをした。そしてプロトハイ
ペリオンのサブマシンガンの銃口を、空にいるディンに向ける。
「どこの誰かは知らないけど、あんた、最低だわ」
 サブマシンガンの引き金が引かれ、多数の銃弾がディンの翼を破壊した。
「う、うわっ! こんなバカな、こんな、こんなバカな事が!」
 絶望を歌う男は、この結末が信じられなかった。なぜ失敗した? なぜあの小僧を殺
せなかった? おのれ、おのれ、おのれ!
「宇流影太郎……。覚えていろ、貴様は必ず殺す。必ず!」
 翼は破損したが、歌依吟を乗せたディンはまだ空を飛ぶ事が出来た。雪辱を誓い、吟
は待機させていた潜水艦に引き上げて行った。



 吟の退却はアルゴス・アイを通じて、マクシーやギナ達に伝えられた。戦況の不利を
悟ったマクシーは全員に退却を命令。ダブルGの部下達はギガフロートから撤退した。
「負けちゃったわね。ま、楽しめたからいいわね。この連中とはまだまだ楽しめそうだ
し」
 苦笑しながら引き上げるマクシー。彼のアサシンダガーには傷一つ付いていなかっ
た。
 マクシーとの戦いを終えたジャン・キャリーは、動かなくなったジンの操縦席で複雑
な表情を浮かべていた。
「私は勝ったのか? それとも……」
 クロナとマゴット、ポーシャも引き上げた。疲労困憊のポーシャの機体をマゴット機
が背負い、殿をクロナが務めてギガフロートから去って行った。
「神に逆らう者ども、次は必ず……!」
 静かに燃えるクロナだが、その炎を感じ取ったのか、彼女の奥に潜む者が動き出そう
としていた。
 ロウに赤く染められたゴールドフレームは、海に潜って海水で塗料を洗い流した。だ
が、そこへズィニアを片付けた劾のブルーフレームがやって来た。激しい水中戦の末、
不利を悟ったギナは吟の退却を理由にして、引き上げたのだ。
 作戦は失敗。ギナも負けた。屈辱に震えるギナは、姉ではなく神の名を呟く。
「ダブルG、ダブルG、私の神、私を導く神、私を私だと言ってくれた神、どうか、ど
うかお許しを、お許しを……」



 影太郎達は勝利した。生き残ったシャドウ・セイバーズの面々はロウや樹里、プロフ
ェッサーとの再会を喜び合う。
 ロウ達とは初対面となるユナは一同に挨拶をして、ロウ達からも仲間として認められ
た。マルコについては、今までどおり影太郎達の客人として扱う事にした。正体不明で
はあるが、有益な情報を持っているのも確かで、手放すのは惜しいからだ。マルコも去
るつもりは無いらしく、扱いに不満は言わなかった。
 影太郎に保護されたナインはギガフロートの医局に運び込まれ、精密検査を受けてい
る。ケガはしていないが、頭にはバイオチップが埋め込まれたままだ。取り出さなけれ
ばならないが、そんな難手術が行なえる医者や施設は多くは無い。洒落ではなく、頭の
痛い問題である。
 ギガフロートの被害は大きなものだった。各種設備だけでなく、マスドライバーも破
損しており、当分は使用不能。フロートも分裂したり破損したりで、『完成記念式典』
など開けるような状態ではない。影太郎がその事を心配して尋ねると、佐々山は笑っ
て、
「それじゃあ仕方が無いな。俺達は次の公演場所に向かうとしよう。確か、エウテルペ
ちゃんも同じ会場だったね?」
「う、うん。佐々山さんの公演の後だけど……」
 素直に答えるエウテルペ。さすがの彼女も恩人には遠慮しているのか、毒舌は控えて
いる。そして影太郎の顔をチラチラと見ながら、
「こ、公演のチケットだけど、実はちょっと余っているんです。良かったら佐々山さん
達も見に来てくれませんか? か、影太郎達も見に…」
 勇気を出そうとするエウテルペ。しかし、突然の轟音が彼女の勇気を消し飛ばした。
 轟音は、飛行機の離陸音だった。そして、ギガフロートから飛び立つ機影が見えた。
巨大なレドームをつけた飛行機が大空を飛んでいく。
「あれはウィズじゃないか。誰が乗っているんだ!?」
 戦闘後、ウィズはガッツやブレイブ、リトルフレームと共にマチルダに収容された。
マチルダに走る影太郎。音を聞きつけたロウ達や劾も一緒に向かう。
 しかし、時既に遅し。マチルダの格納庫にあるはずのウィズは姿を消していた。艇の
整備をしていたエレアや夏達に話を聞くが、
「アタシ達にも分からないのよ。いきなりウィズが飛んでって……」
 と、彼女達も呆気に取られていた。本当に、あっという間の出来事だったらしい。
「つまり、あの偵察機は何者かに盗まれたという事か」
 劾の発言で、影太郎は誰がウィズを盗んだのか分かった。いや、遅すぎた。もっと早
く考えて、対応すべきだったのだ。激しい戦闘や、ナインの診断にも付き添ったせいで
疲れていたとはいえ、なぜ注意しなかったのか。助けてもらった事で気を許してしまっ
たのか。
「やってくれたな、あの泥棒女め」
 怪盗レインボースター。今頃は勝ち誇った顔をしているだろう。
 悔しがっていると、ギガフロートの事務局にいるプロフェッサーから連絡が入った。
ギガフロートの片隅にレインボースターが乗っていたプロトハイペリオンが乗り捨てら
れていたそうだ。操縦席には手紙が残されており、プロフェッサーが読み上げる。
「意外と綺麗な字ね。えーと、『あの大きなMS、気に入ったので貰っていきます。で
も今回は下見のつもりで私だけで来ちゃったので、一機だけにします。いずれ残りのメ
カも貰いますね。怪盗レインボースターより。PS。チビ影太郎、女の子に囲まれて鼻
の下伸ばしてるんじゃないわよ。バーカ』ですって」
 ムカつく置き手紙である。影太郎を助けたのは、盗む相手が死んでしまっては寝覚め
が悪いからか。怪盗レインボースターらしい、妙な拘りだった。
 そして迂闊なミスをするのも彼女らしい。影太郎にも予想外だったが、ウィズには特
別な発信機が積み込まれており、Nジャマーの有効範囲内でも、ある程度の距離までな
ら報せてくれるのだ。
 発信機の反応をレーダーで確認すると、ウィズが向かった先にあるのは東アジア共和
国の東の端にある島国。かつて『日本』と呼ばれていた地。
「あの泥棒女を捕まえるぞ。行くぜ、東アジア、日本に!」
 影太郎の新たな冒険が始まる。

(2007・10/20掲載)
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